【SIDE:古き神、女神クレア】ネコ無双ふたたび ~光の柱と勝利のマタタビ酒~その2
【SIDE:古き神、女神クレア】
迷宮国家クレアリスタのレンガ道。
ネコと魔物の大戦争が勃発した街。
そして。
古き神が信仰値を稼ぐための箱庭として作らせた、ニンゲンと亜人種の世界。
創造神ともいえる神々が去った地は――今。
モフモフもこもこなネコ魔獣たちに占拠されていた。
ウニャウニャ、ぶにゃぶにゃ♪
ネコの快進撃が止まらぬ街並み。
モフモフに守られ安堵するニンゲンたちの顔は、明るい。
既に猫に魅了されているのだろう。
そんな。
大魔帝ケトスの参戦でますます混乱している戦場を走る影が、一つ。
それは小柄な女性。
戦いの流れを避けるように駆ける少女だった。
村娘の格好をし。
純朴そうな顔に恐怖を浮かべ。ポニーテールを揺らす少女は――息を切らしながら逃げ回っていたのである。
何故逃げているのか。
その答えは明確で簡単。
彼女が普通のニンゲンではなかったから、それに尽きるだろう。
同胞である魔物を蹴散らし、邪魔者を吹き飛ばしながら下卑た美貌を歪ませ。
村娘は唸る。
「邪魔だ! うざってえんだよ、そこをどきな、このゴミクズどもが! 奴が来る……っ、あぁぁぁぁ! もうすぐそこまで来てるっつってんだろうが!? アタシは早く逃げないといけないんだよ!!」
純朴そうな村娘とは思えぬ声を出す彼女の名は、クレア。
人に化けていたヤンキー少女。
あの大魔帝ケトス達が追っている謎の存在。
その正体は――古き神。
かつて神格があった時代。
負け知らずの女神クレアと呼ばれていた、楽園の住人である。
彼女は思う。
こんなはずじゃなかった、と。
本来なら高みで、一方的に全てのモノを見下す上位存在だった筈。
けれど今はこうして逃げ回っている。
全てはあの男たちのせい。
楽園を滅ぼした者――名前を言えなくなってしまったあの男。そしてその部下の魔猫、大魔帝ケトス。
その噂は知っていた。
実際に調べていたのだから、当然だ。
けれど、まさかこれほどのモノだったとは。
彼女の胸に走るのは――焦り。
濃い焦燥だった。
ぎりりと奥歯を噛み締め、村娘は真珠色に輝く肌を汗で濡らし。
強く駆け。
そして、ビシっと濃い変装化粧をヒビ割らせながらも慟哭した。
「ちくしょう! ちくしょう……っ、ちくしょうめが! あぁぁぁぁ! 大魔帝ケトス? そんなもん、楽園にはいなかっただろう! 白銀の魔狼、森と法の番犬ホワイトハウル以外にもあんな神がいただなんて。あの男はどれほど凶悪な眷族を飼っているんだい! いったい、なんなんだいあのバケモノは!」
叫ぶ声が同胞であり、部下である魔物を蹴散らす。
道の邪魔だから。
ただそれだけのために、消し去ったのだ。
そう。
彼女は典型的な腐った女神だったのだ。
女神クレアはぎりりと奥歯を噛み締め、考える。
人ごみに隠れていれば、大丈夫。
様子を探っているだけだった。
だから安心だ。
いざとなったらいつものように逃げればいい。
そう思っていた筈なのに。
アレは確実に自分を追ってきている。
それも、最初と空気が変わっている。
なぜだろうか。
何か大きな衝撃が発生したあと、大魔帝は本気となった。
戯れを捨て、全力で自分を追跡し始めたのだ。
なにかがあったに違いない。
大魔帝を動かすほどの……ナニかが。
思い浮かんだのは……義憤。
あれは、ネコの身に似合わず、情け深い所があると耳にしたことがある。
罪なき者をいたぶることを是としないのだ。
故に考えられるのは。
ニンゲンへの憐憫。
アレはこの世界のカラクリに気付き、終わらぬダンジョン攻略をさせられ続けた冒険者たちに同情した。
その証拠に、信仰のエサとして確保しておいた英雄たちの灰が、蘇生させられてしまった。
あれは貴重な糧。
英雄たちを取り戻すため、生き返らせるため。
ニンゲンたちは必死になって自分たち、古き神々へ信仰を捧げていたのに。
青臭い言い方をすれば、正義のためにあの大魔帝は今。
本気となって自分を追っている。
くだらないと彼女は思った。
けれど同時に、正義なんてモノのために動く魔猫に感心もしていた。
そんな正しい感情など――とっくの昔に堕落と共に捨ててしまったのだから……。
まだ正しき神だった頃。
楽園で使役獣であった人間達と、まだ友好的な関係を築いていた頃の記憶が、次々と蘇ってくる。
なぜだろうか。
別に思い出そうとしていないのに、昔を思い出してしまうのだ。
それはまるで走馬燈だった。
望郷を振り切り、彼女は自分を叱咤した。
そんな捨てた過去を思い出している場合じゃない、ここで殺されたら!
全部が。
全てが台無しじゃないか!
そう――被害者面をした女神クレアの口が動く。
「アタシが、アタシがいったいなにをしたって言うのさ! ただ人間どもを使い信仰を稼いでいただけだろう! 皆やっている事じゃないか! ここはアタシたちが作った餌場。箱庭の働きアリを使い遊んで、なにがわるいっていうんだい!?」
思わず魔力を込めて怨嗟を叫んでしまい、ハッとした。
周囲を見渡す。
逃げのびたここは――街の端の市場、暴走させた大迷宮から魔物を放ったその騒ぎで、誰もいない場所。
幸いにも今の怨嗟を聞いている者はいなかった。
ただがさりと、近くの木陰が風で揺れただけ。
ほっと胸を撫でおろす少女姿の女神。
その谷間に汗が滲む。
女神クレアは魔術による感知を避けながらも、手を翳し。
詠唱を開始。
「アタシはクレア。女神クレア――在りし日を望み、楽園を取り戻す者なり!」
スゥゥゥゥゥゥゥ……。
指の隙間から召喚コストとなる聖者の灰を散らす。
少女のフリをしたまま魔術を発動させたのだ。
「大迷宮世界魔術! 来なさい、我が眷族! 反魂召喚:不浄なる竜帝王!」
逆五芒星の魔法陣が地を走り、更に大きな陣を描く。
陣から顕現したのは――不死の魔竜。
迷宮から強大な魔竜を直接召喚し、彼女はほくそ笑む。
これを囮にすればいい。
まだ彼女は逃げ切れるつもりでいたのだ。
ただ、この手段は別に過ちではない。
転移で逃げるのは愚策。
おそらく魔力振動で居場所を察知される。
転移するなら、魔道具による転移でなくてはならない。
彼女自身もそこまで計算した上で、この手を選んだ。
村娘の姿のまま、女神は下卑た微笑で眉を崩す。
「よーくきたねえ、ゾンビちゃん。さあ、アンタはアタシの眷属さね。アタシを守るためにアンタは二度死ぬんだよ! ほら! 街で暴れてる一番ヤバい黒猫のところに行ってきな! それが嫌なら隠れている人間どもを襲って、時間稼ぎをするんだよ!」
魔術による制御で魔竜の死骸を操作。
その魂を操り――解き放つ。
命令に従い、意思なき死骸が蠢きだす。
ズズズズ。
ずずずず……。
ググググ。グゥゥゥゥゥォオォォォォォォッォ……。
死者の遠吠えが、周囲のレンガを溶かし――崩しはじめた。
それは不死の魔竜のみが扱えるとされる、腐食属性の吐息。
死と腐敗を招くブレス攻撃だった。
「あは! ふふふふふふ! これで逃げ切ればアタシの勝ちよ! 大魔帝ケトス!」
女神は微笑した。
性根の悪さが滲み出ている、下卑た笑みである。
彼女は自信に満ちていた。
たしかにただの神同士の戦いならば、対等以上に戦える召喚獣である。
絶対に攻略させないように作ったあの大迷宮内でも、トップクラスの魔物。
最上位の不死竜だ。
これなら確実に時間稼ぎができる。
筈。
だった。
そう、その筈だったのだ。
けれど違った。
すぐに思い上がりだと、彼女は知ることになる。
声がしたのだ。
おぞましく膨大な魔力を抱いたネコの声がしたのだ。
迷宮国家に響き渡るのは、声質だけは無駄に良い。
端整な声。
『お! これ魔竜のアンデッドじゃん! 誰かに操られているね……ってことは! ビンゴだね! ねえねえ! ヘンリー君! やっぱりこの辺だ! って!? 走るのに疲れたって? まだ二百キロぐらいしか走ってないだろう! もう、体力ないなあ!』
声が、女神の心臓を圧迫する。
陽気な声な筈なのに、その内は酷くどす黒い。
予知に近い能力は誰しもが多少は持っている。
古き神ともなれば、当然その権能は発動する。
女神クレアは呆然としていた。
汗が滴り、すこし解けた前髪が鎖骨に張り付く。
悟ったのだ。
これは――絶対に敵にしてはいけない、悍ましきバケモノだ。
と。
先ほど見たのは、少し先の未来で死にゆく自分が見ていた走馬燈。
未来視が、死ぬ自分を感じ取っていたのだろう。
禁術を用い、未来を変えなければ確実に死が待っている。
なのに、召喚され命令された不死の魔竜は、件の黒猫に向かい突撃し。
そして。
魔竜の咢が、閃光を解き放つ。
ゴォォォオオオオオオオオオォォォッォォ!
周囲が闇に包まれ、街の一部が消える。
けれど。
どんな存在さえも溶かすとされる腐食のブレス。
死と腐敗の吐息を受けながらも、平然とそれは嗤っていた。
肉球を鳴らし、街の一角をどこか別の場所に転移させ逃がしたのだろう。
『あれ? ああ、魔竜か。そういや君、まだいたんだね。女神がいるって分かったし。変に暴れられて弱い人間が踏みつぶされても可哀そうだし。うん。君は――もういいや』
間の抜けた声がした。
次の瞬間。
「え……?」
遠くで眺めていた女神の口からも、間抜けな声が漏れていた。
そこに居た筈の眷属がいない。
最強の不死竜が――既に影も形も無くなり、消えている。
もういいや。
それが既に詠唱だったのだろう。
たった一言。
そう告げただけで、あの魔猫は滅した。
女神が放つ最強の手駒の一つを滅ぼしたのだ。
音もなかった。
殺傷の気配さえも無かった。
あの大魔族が存在をつまらないものと否定する――それだけで世界から消えるのだ。
アレこそが大魔帝ケトスの力。
圧倒的な殺傷能力。
相手は本気、ということだろう。
そして、今も街のニンゲンを巻き込もうとしたことに義憤を抱いている。
尾が、ばたたたたたたっと揺れている。
間違いない。
この魔猫は正義に燃えて本気を出しているのだ。
自分のためではなく、他人のために全力なのだ。
そうとしか考えられない。
『ねえ! 私さあ! 女の人を消すのってあんまり好きじゃないんだ~! でてきてくれないかなーっ! とてつもなく重要な事情があるから、君を絶対にみつけて、責任を有耶無耶……じゃなかった、話を進めないといけないんですけどー!』
呼びかけに、答えられる筈がない。
見つかったら、間違いなく殺される。
脚の震えを誤魔化しごくりと息を呑む女神クレア。
その恐怖が、彼女の足を止める。
走らないといけないのに。
思わず隠れてしまった。
彼女は思う。
大魔帝は気まぐれな神。
絶対的な自信と自惚れのせいで、本気を出すことは決してない。
そう、それは彼女自身で調査した結果だった筈。
けれど、今の大魔帝は本気で自分を探している。
なぜ?
理由は分からない。
それでもあの魔猫は何かを誤魔化すように、一刻も早く、事件を解決するように。
動いている。
なにがそこまで、大魔帝を駆り立てる?
頭を働かせる女神クレアの気も知らずに、魔猫の声が天を衝く。
『さて、返事がないならもういいね。警告は終わった。さあ、我が眷族たち! 敵はすぐそばにいる、見つけてくれるのに協力してくれるニャンコには、ななな、なんと! この大魔帝印のふわふわ肉まんを進呈しようじゃないか!』
デデーン!
十重の魔法陣を用いた効果音が、コミカルに鳴り響く。
アレは自分のセリフに効果音をつける。
ただそれだけのために禁術を用いているのだ。
それもまた。
大魔帝の恐ろしさ。
演出のためならば世界を歪める事さえ、厭わない。
ざわざわ、ザワザワザワザワ!
街が赤く染まる。
それはネコの瞳。魔力を滾らせる魔猫の群れ。
ぶぶぶぶ、ぶにゃにゃ!
街に蔓延っていた魔猫達が瞳を赤く染め上げ、歌い始める。
――アレはこの世で最も美味な魔猫王の手作り料理!
――ああ、食べたし!
――我等はナニを捕まえればいい?
――見つければいい?
――ああ、そうか。楽園から追放された女神であるか!
世界が魔猫の腹の音で――揺れる。
垂れるヨダレに反応した空が、雨を降らし始める。
大魔帝はのんびりと空を舞い、チェシャ猫スマイルでキシシシシ!
『さあ! 競争だ! 私も探すからねえ! 悪い女神をやっつけるのニャ!』
クハハハハ、クハハハハハハハハハハハ!
魔猫王は嗤い。
そして――。
大地が揺れた!
大魔帝印のふわふわ肉まんを欲した魔猫達が、一斉に肉球をザザザザザ!
駆け始めたのだ。
ダダダ、ダダダダダ!
ぷにょん! ぷににににににに!
コミカルな肉球音。
けれどこれは死の足音だ。
一匹に見つかれば、その時点で終わり。
けれど魔猫は無数にいる。
姿隠しのスキルを使って、彼女は呼吸を止める。
恐ろしいが、逃げるしかない!
あそこまで逃げ切れば――!
『人間を助けた善良な魔猫にはボーナスでシュウマイを! 魔物を狩ったよいこの魔猫には、水餃子を! 両方を達成したエリートにゃんこには、シュウマイと水餃子と、更にあんまんもつけちゃうからね!』
大魔帝がグルメを提供する中で、女神は駆けだした。
勝負に出たのだ。
獣の気配と吐息を聞いただけで、女神クレアは肝を冷やした。
あの魔猫の間抜けだが、良質な声。
アンバランスな紳士の猫声が、彼女の心をぞっと撫で続ける。
背筋に汗が伝う。
まだ遠い。
離れている。
気付かれていない。
その筈なのに――刺すような殺意が、足元に絡みつき。
走る意志を邪魔する。
捕まったら、間違いなく殺される。
だから。
大量に魔物を召喚し、走るしかない――!
「くそったれがぁあああああああああああぁぁぁぁ!」
慟哭し、彼女は足を叱咤し――駆けた。
饐えた土の香りが気に入らない。
雨の匂いも気に入らない。
走るたびに揺れるポニーテールが、汗ばんだ肌にぶつかり気持ち悪い。
それでも駆けたのだ。
「なんで、なんで……このアタシが、こんな惨めな思いをしなくちゃいけないんだい!」
まだ策はある。
ほとんどの仲間はあの日の襲撃で返り討ちに遭い、石化してしまった。
けれど。
全員が全員やられてしまったわけではない。
彼女は単独行動をしていたのではない、仲間がいたのである。
そう。
彼女は大迷宮の最奥にいる仲間と、合流しようとしていたのだ。
ようやく、臨時の転移装置を隠してあった遺跡にまで逃げ込み。
勝利を確信した。
「ほら、やっぱりアタシって素敵じゃないかい!? 間に合った、ああ間に合ったのさ! あの大迷宮にさえ逃げ込めればこっちのモノさね! 長年溜めてきた魔力も戦力も揃っている! ふふふふふ、ふははははははは!」
高笑いを上げた女神は魔道具を始動させた。
光が満ち、転移装置が起動する。
魔道具は八重の魔法陣を描き、迷宮最奥に繋がり……そして!
なにも、おこらなかった。
もう一度魔力を通すが、やはり起動はするが効果を発揮しない。
「どうして!? なぜ、うごかない! ここに来るときは、ちゃんと発動したじゃないか!」
くそうっ、と装置を叩くが意味はない。
焦りながらも彼女は鑑定の魔術を発動する。
故障か?
いや、違う。
全ての魔術式に乱れはない。
では、自分の起動魔力が足りない?
そんなことはない、ちゃんと足りている。
では、なぜ?
なぜなぜなぜ。なぜ?
そして、ようやく彼女は気が付いた。
ある筈のモノが、この世界から消えているのだ。
それは、世界と世界を繋げる光。
大迷宮と異世界を繋げていた筈の、大迷宮の根底。
光の柱。
全ての魔術式を計算し、演算する神の頭脳ともいえる魔道具。
神話規模のアーティファクト。
神の命よりも価値があるとされた、あの柱がなくなっている。
「なによ、あれ……」
震える女神の唇から、更に――。
擦れた声が漏れた。
「なんで光の柱がなくなって……ッ、あんなキャットタワー……、ネコの遊び場ができているんだい!?」
彼女の目線の先にあるのは、ネコの塔。
キャットタワーに登り、遠距離攻撃を続けるモフモフ猫魔獣たち。
その姿は愛らしいが、極悪だ。
空から五重を超えた魔法陣の攻撃が、恐ろしい精度で魔物を狙い続けているのだから。
ぶにゃっと輝く赤い瞳。
その恐ろしき眼光を避け。
ネコ達から身を隠し、深呼吸。
女神クレアは焦燥の中で、考えた。
大魔帝ケトスは、光の柱を大迷宮への緊急脱出装置だと知り、先手を打った。
異世界へ逃亡するための装置だとも知った。
だから折った。
それは分かる。
本来なら折れる筈もない強固な結界で守られていたが、相手はあの大魔帝ケトス。
その破壊神の逸話は本物。
あり得ない話じゃない。
けれど、自動で再生成される筈の塔を潰すための手まで、打っていた?
それはありえない。
でも、現実だ。
壊れてもいいようにと、再生機能をつけたのに――まさかこんな手段で潰されるとは想定外。
もはや光の柱を再建する手段はない。
壊した後で更に別の異物を配置し、再生不能にする。
ピンポイントな解決策。
これは偶然ではないだろう。
もし偶然だとしたら、とんでもない奇跡と豪運の果てに、たった一つの正解を引き寄せた事になる。
だから。
違う。
すべて。
見抜かれていた――!?
いったいいつから?
最初から?
そこで彼女は、はっとした。
石化させられてしまった同胞たちの顔が、脳裏に過ったのだ。
そう。
恐ろしい事実が分かってしまったのだ。
あの魔王城への襲撃。
大魔王を名乗る何者かが暴れ、最大戦力である大魔帝ケトス自らが出陣していた、あの日。
あの瞬間を狙った、絶大なる好機。
ラストダンジョン襲撃計画。
聖戦ともいえる最後の戦いがあっけなく失敗したのも、全ては大魔帝の計画。あの時はもう既に大魔帝が暗躍していた?
そう考えると、全てのつじつまが合う。
世界各地のニンゲンと連携し、かつての敵とも和解し新たな道を歩み始めたのは?
全て、いつかくる襲撃を畏れていたから?
一度は散ってしまった三獣神。
ホワイトハウル、ロックウェル卿。
あの二獣を魔王城へと連れ戻し、魔王の護衛を強化したのは――!
死の商人、フォックスエイルと手を結んだのは!?
人間の英雄、神さえドン引く錬金術師ファリアルを拾い上げたのは!?
ならば。
滅んだはずの主神、大いなる導きを蘇生させ連れ帰ったのも――。
大いなる光、中立であった大神と和解したのも――!?
もはや、言うまでもない。
「大魔帝ケトス……なんて、恐ろしい策士……」
そう、全ては大魔帝の肉球の上。
すべて。
見破られていたのだ。
大魔帝ほどの魔族が、意味もなく散歩などするはずがない。
グルメ巡りというフザケタ理由を隠れ蓑に、全て、計算していたのだろう。
バレていたのなら。
奇襲なんて意味がない。
絶対に勝てるはずのない襲撃を、自分たちは行っていたのだ。
唇から、押し出すような自嘲が漏れた。
「ふふ、ふふふふ……なんだいそれ、じゃあアタシたちは、まんまとあいつの罠にハメられていたってことかい」
彼女がそう、結論をつけた時。
声がした。
紳士の甘ったるい、けれど恐ろしく冷たい声。
『ああ、ここにいたんだね。チェックメイトだよ――』
ひたひたひた。
遺跡の床を、肉球の足音が響く。
赤き瞳を輝かせ、黒き獣毛も靡かせ――。
それは言った。
『大魔帝からは逃げられない。君の負けさ』
目の前に。
最強のバケモノが顕現していた。




