表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
485/701

来訪者 ~誤算と紅茶とジャムクッキー~その1



 蜂蜜入りミルクティーの、甘い香りが漂う午後の一時。

 ここは学園長室。

 外界からの干渉を防ぐための、防衛施設ともなっている場所なのだが――。


 いわゆるシリアスな空気!

 ――とやらを維持するここでは、今。

 強力な魔族ふたりによる特別な会議が行われていた。


 中にいるのは偉大な存在!

 フカフカソファーに腰をかけて――どでーん♪

 伸ばす美しい脚の先には、ちょこっと輝くぷっくら肉球。


 濃厚ジャムな苺クッキーをバリバリし――漆黒の獣毛を輝かせる麗しい魔獣こそが、勇者にして天才魔術師にして、大魔族!

 のもふもふ魔獣こそが、ニャンコの王!

 バターの甘さも香りも大好物な伊達男!


 甘いティータイムにモフ毛もお鼻も膨らませて、ブニャにゃんにゃん♪

 その名も大魔帝ケトス。

 魔王陛下にその名と位を授かった、イケメン美猫!


 そう――私である!


 そして、だ。

 もう一人は教師の似合う私の部下。


 大きな特徴がない事が特徴の、どこの会社にも一人はいそうな清潔感のある長身の、真面目系インテリ成人男性。

 学長であり!

 魔物の中ボスで! 魔族幹部なヒトガタ君!


 なのだが。


 それぞれ情報を集めていた私と彼は、共に凛々しい顔を歪めて。

 うわぁ……。

 会議の最中に浮かんできた事実を把握し、シリアスに眉間を尖らせていた。


 そもそも今回は、気になる事があると呼ばれたのだが……。

 ともあれ。

 並ぶ書類を目にして、私は重い吐息を漏らしていた。


『んー……どうしよう。これ』

「さすがに想定外でしたね――」


 千の魔導書の異名を持つ強者――無機質な顔立ちのヒトガタ君が、名簿を眺めて。

 長く筋張った指をメガネに当て。

 ぼそり。


「まさか――ケトス様が召喚なさった生徒達のほとんどが侵入者……と呼称していいものかどうか、悩むところではありますが。ともあれ、役目を終えて帰還した者達ではなく、意図的に戻ってきた存在。異界から派遣された監視者。我ら魔族、そしてホワイトハウル様をはじめとする突如降臨した神族の動向を探る、勇者や反英雄だったとは……」


 そう。

 侵入者はいた。


 あの「いしのなか転送事件」で、身の危険を感じたのだろう。

 もし侵入者がいるなら、自分から名乗り出てね! と、私がきまぐれに設置した自白ボックスには、封書の数々が投書されていて。

 開いてみたらあら、不思議。


 ほぼ全員がまっくろだったのである。


『いやあ、うん。侵入者がいるとは思っていたけど、まさかメルティ・リターナーズで保護した生徒以外のほとんどが、潜伏していた異世界からの刺客かスパイだったなんてね~! にゃははははは! ははは、はは……ど、どうしよう?』


 こういう事態は想定してなかったぞ。

 いや、マジで……。

 さすがに野放しにするわけにもいかず――該当者全員に魔導契約を行使して、危険行為を禁じている状態にあるのだが。


「さて、どうしたものでしょうか? ワタシ個人の考えでは、今のうちに封印処置も止む無しと思うのですが」


 眼鏡をギラっと輝かせ――。

 スーツ姿で冷淡に言い切るその姿は、結構怖いものがある。


『いや、まさか素直に自白してきた生徒を、こう……なんというか。謀殺とか、抹消とか。そういうことをするわけにもいかないし……魔導契約で行動制限を与えているからね、危険はない状態にあるんだけど――ん~みゅ……』

「でしょうね。貴方ならそう仰るとは思っておりました――それでも一応、確認はしておきたかったので。申し訳ありません」


 すみませんと微笑するヒトガタくんは、なぜかちょっと嬉しそうである。

 私が生徒をそのまま抹殺しなかったことに、好意的な反応を示しているのだろう。

 まあ彼も最初は似た状況だったしね。


 頭を悩ませる私は、ファサファサしっぽを巻き直しながら応じる。


『しっかしさあ。地球……ちょっと不用心過ぎない? いくらなんでも入り込まれ過ぎでしょ? これ、私達が来てなかったら、とっくに戦争かなんかが起こって滅んでたんじゃないかな?』

「どうでしょうね……」


 しばし考え彼は言う。


「卵か先かニワトリが先か、ではありませんが。遠き青き世界、地球。この地に発生している大規模な異変を察知した彼らは、調査しに戻っていた。様々な世界に飛んでいた転移者達が帰還したきっかけは――申し上げにくいのですが、ケトス様達が行動を開始した事にあるのでしょうし」

『う……っ、つまり。私が行動しなければ、彼らは地球に戻ってきていなかったってことだよね』


 私ほどの大魔族が動くと、意図しなくともバタフライエフェクトが発生。

 運命を改変。

 異世界を巻き込んで、全ての流れが変わり――動く。


 そういうことだろう。


「まあそうなった場合、あの恐怖の大王に地球人類が滅ぼされていたわけですから――ケトス様の行動は正しかったと思いますよ。ワタシは貴方様の行動を肯定いたします」


 にこりと唇だけで微笑むヒトガタくんがトトトトト。

 銀縁メガネを輝かせながら、紅茶にデロデロと蜂蜜を垂らし言う。


「さて、メルティ・リターナーズから彼らの処遇をどうするか問われていますし、話を進めましょう。おそらく彼らに敵意はない。世界を巻き込む大規模な異変を察知し、異世界から帰還した彼らは様子と事情を把握するために潜伏。状況を整理していた段階で――ケトス様、貴方の転移帰還者無差別召喚に巻き込まれたと見るのが妥当。そしてそれぞれがそれぞれの世界からの間者であり、生徒間に横のつながりはないと思われます。ここまではどうでしょうか?」

『同感だね』


 続きを促すように、私は肉球を見せる形でネコ手を上げる。


「ワタシとメルティ・リターナーズのメンバー、立花グレイス女史とで直接、自白してきた者達と面談も行いましたが、嘘を言っている形跡もない。彼らは口を揃えるように、こう言いました」


 私のモフ毛をチラリと眺め、ヒトガタ君は言う。


「地球にナニカが現われた。あれは終末の獣だ。大いなる闇ともいえるとてつもない存在が、異界すらも巻き込み大規模儀式を行使している。邪悪な存在かどうかは分からないが、世界を軽く滅ぼせる闇の存在である。既にたもとを分かった世界とはいえ故郷は故郷。かつての地球を想い、心配となり戻ってきた――そういう境遇の生徒が大半でした」


 面接の映像を流しながら淡々と説明するヒトガタくん。

 そのひとつひとつをチェックしながら、彼は続ける。


「この大いなる闇とはおそらくケトス様、貴方の事だと思うのですが……貴方の見解は?」

『まあそうだろうね――以前に私をそう形容する存在もいたしね。おそらく私か、大魔王ケトスのどちらか。もしくはその両方。いずれにせよ今現在、魔王陛下の部下で眷族となっている私達の事で間違いないだろう。大規模儀式は、ダンジョン領域を利用したソシャゲ化現象のことを言っているのかな』


 同意するように頷く、ヒトガタ君。

 彼は蜂蜜でデロデロになった紅茶にスゥっと口をつけて、静かに微笑む。


「全てをリセットできる夢の中の世界。条件付きとはいえ時間逆行さえ可能な領域は――たしかに、異界のモノからすると危険な領域にみえるのでしょうね。貴方はただ、再びその慈悲をおかけになり……世界を救おうと奔走なさっている。それだけの話なのに」


 半分ぐらいはグルメのためなのだが。

 それは言わない方がいいだろう。


『ま、疑われても仕方がないって事だね。私だってこんな怪しい空間が近くの世界に顕現したら、慌てて様子を見に行くだろうし。それで、君が気になることってなんなんだい? 私を呼びだしたって事は、なにか相談があるんだよね』


 ヒトガタ君もどちらかといえば頭脳派。

 武闘派の連中とは違い、私のようなインテリタイプ!


「ええ、もちろん我が主である貴方とこうしてティータイムを楽しむことも、至上の喜びでありますが――本筋を進めてしまいましょう。ほぼ全ての生徒が偵察や警戒の意味でこの学園に在籍していた、それは間違いないでしょう。それはいいのです。彼らからすれば、当然の流れ……ワタシたちを侵略者と誤解しても仕方がなかったでしょうし。ただ――二名ほど気になる生徒がおりまして」


 魔術ビジョンを浮かべて、彼は怜悧な顔で眼鏡を輝かせる。


「一人はこの星のノスタルジアを名乗るブロンド髪の少女」


 言われて私は肉球を口元にあて、上を向く。

 すぐにピンとこないのは、ネコちゃんである私の弱点。記憶容量が少ないから仕方ないのである。

 フル稼働した頭脳に、くわっと映像が浮かんでくる。


『ああ、ふわふわした妖精系の不思議ちゃんね。彼女がどうかしたのかい?』

「彼女は自白ボックスを利用していないのです――」


 と、ノスタルジアくんの情報を提示しながら。

 長い指で眼鏡をクイ。


「メルティ・リターナーズに保護されていたわけでもなく、自らが侵入者であると自白したメンバーでもなく。けれどこの学園に留まり在籍している――そして、この少女自身の行動にはまったく目的が見えないのです。多少遅刻しがちですが、普通に授業を受け。普通に学食で食事を楽しみ。普通に友達と会話をし、そのまま下校。まあ学園生活を楽しんでいると言えば、それまでなのですが。他の生徒が少なからず疑う要素がある中で、彼女にはそれがない。その状況が逆に不自然ではないかと、ワタシには思えてしまうのです」


 まあたしかに。

 他の生徒、あの委員長や闇番長ですら――実は地球の異変を察知し、様子を探りに帰ってきたと告白している。


 潜伏していた転移帰還者の大半が、いしのなか送りを畏れて――方針転換。

 身の潔白を証明しようとしているのに……。

 彼女はしていない。


 まあ天然気味なので、何も考えていないという可能性も非常に高いが。


 立ち位置がハッキリとしていない。

 その一点で、ヒトガタ君が警戒するのも理解できる。


『悪い子には見えなかったんだけど……んー。まあ、直接面接して聞いてみるとして――もう一人は誰だい?』

「冥界の王子ヘンリー殿下の死神名簿のチェックからも逃れ、なおかつ自白ボックスにて名乗り出なかった人物が一人だけ――」


 言ってヒトガタ君は、スッと資料を差し出して見せる。


「名前は不明です。この世界ではヤンキーと呼ばれる職業に扮していた少女。転移魔術訓練”覗き見”事件の時に、彼女は姿を消していた。おそらく、なんらかの能力を使って覗き見犯侵入の手引きをしていたのではないか、ワタシはそう考えているのです」

『ヒナタくんを慕っていた舎弟みたいな子か。そういえば確かに、転移魔術訓練にも参加していなかったし……それで、いま彼女はどこに?』


 首を横に振ってみせて、ヒトガタ君は言う。


「姿を見せていません。もうその時点で黒に近いかと――」

『なるほどね。まあできたら殺したくはないが……』


 こっちは、確定かな。

 ネコの勘とセンサーが、これは怪しいニャ!

 と、ぷんぷん香って鳴っている。


 いざとなったら、仕方ないけど石櫃せきひつ送りか――そう、物騒な手段を考える私のモフ耳が揺れる。


 ジジジ。

 ジジィィィィッィ。


 いしのなか。

 警告を無視した人質達が埋まる、あの空間――石櫃に誰かが接続しようとしているのだ。


 これは中からの干渉ではなく、外からの干渉である。


 違和感を察したのか。

 ヒトガタ君も険しい顔をしてみせる。


「どうかなされましたか?」

『どうやらお客さんのようだ。この気配は、なるほど――あの時に私達を覗いていた無礼な連中と同じ魔力パターン。いしのなかのお友達を助けに来たってところかな。本命が釣れたようだね』


 告げると同時に――ヒトガタ君の顔が仮面に覆われ戦闘モードに移行。

 周囲に図書館の様な空間が顕現する。


「迎撃いたしますか。それとも」

『とりあえず話し合いを優先しよう。お客さんをここに転移させる、構わないね?』

「仰せのままに、我が主」


 忠義を示すように頭を下げるヒトガタ君。

 その献身に感謝するように、私はネコのモフ毛を靡かせながら眉を下げた。


 彼はやり過ぎる傾向にあるからね。

 少しリラックスさせる必要があるだろう。


 ついでに普段の感謝を述べるように、私の猫口が動く。


『いつもすまないね、こういう時に頼ってしまって。古参幹部連中は頼めば動いてくれるだろうけど、配属は魔王様の部下だし。魔王軍は魔王様のモノだと印象をつけ直す必要があるし……私の独断で動かしたくはない。側近ともいえるジャハル君は国を治めているから、過度な負担をかけたくないし。するとだ――理知的に行動できて、私の直属の部下で、単独で行動させても敵を返り討ちにできるほどの強者。条件を満たした中から人選を考慮すると、異世界から私を慕ってついてきてくれた君が最適になるんだよね。いつも苦労をかけて悪いとは思うが――感謝しているよ、ありがとう』


 部下をねぎらうコツは単純。

 本当に感謝していればいい、それを口にすればいいだけなのだ。


 私も魔王様に頼りにされたり、感謝されたら嬉しいからね!


 言葉を受けて、ヒトガタ君は眼鏡の奥の瞳を揺らし。

 ぎゅっと唇を結んで、声を震わせる。


「その御言葉がなによりの誉れ、ワタシにとって最高の褒美でございます。異界より導かれし魔物、このヒトガタ。偉大なる御方、大魔帝ケトス様と魔王陛下に、より一層の忠義を捧げると――その尊きモフ毛に誓いましょう」


 ビュビュンビューン!

 忠義を示す彼のレベルが大幅に上昇する。


 なんか……。

 進化イベントのような状態で、魔力が跳ねあがっているんだけど。

 よっぽど嬉しかったのかな。


 ん?

 よく考えたら――。

 リラックスさせるどころか、超やる気状態にさせてしまったような気も……。


 これ。

 またついうっかり……。大魔王ケトス事件の時みたいに、私の想定と予想以上の動きをみせ、成果を発揮し過ぎてしまうのではないだろうか。


 いや、思うんだけどさあ……。


 どこぞのギルマスくんといい、ファリアル君といい、トウヤくんといい、ヒトガタ君といい。

 どこか共通点があるよね。


 絶望のどん底にいた所を私に拾われた人間属性の男連中って、なんかネコを崇める狂信者になりがちな気がするよね……。

 ……。

 まあ女性でもメイド騎士のマーガレット君みたいな、私のためならなんだってしてしまう暴走タイプの子もいるけど。


 まあ、いっか!

 我等ネコ魔獣を崇める事は、とても素晴らしい事だと思うし!

 別に問題なし!


『それじゃあ――招待するよ。準備は?』

「いつでも――問題ありません。必ずや生徒の安全を守ってみせましょう」


 彼は私の事をよく分かっている。

 優先すべきは生徒の安全。

 慇懃に礼をしてみせる彼に頷き、私は転移ゲートをお客さんに強制接続。


『頼りにしているよ。さて、じゃあ問題を解決してしまおうか――我はケトス、大魔帝ケトス! 異世界の魔性なり!』


 名乗り上げの詠唱で魔術式を展開。

 肉球を――パチン!


 強制転移を発動!

 お客さんを招き入れた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] あはは((o(^∇^)o))ほとんどの生徒がスパイでしたか!《*≧∀≦》 [一言] まあ、ケトス様みたいな大物が動けば何事かと様子を探ってこい!となるわな(。-∀-)
[一言] たぶん……《ジーク・ニャンコの言葉と共に永遠の忠誠を》を伝えに来た!! このドドメ色の脳ミソプリンのオイラに間違いない( ´∀` )b
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ