学園生活 ~穏やかな時、忍び寄る影~その3
優雅な食後のぽかぽかタイム。
陽だまりも心地良い学食でのネコちゃん会議は続いていた。
そして、今。
この会議は一つの議題を前に、空気を重く沈ませかけている。
チェックした相手の情報を記載する、死神名簿。
死神貴族で王族なヘンリー君のスキルによって、危険そうな存在をリストアップしているのだが。
ここで、ちょっとした問題が発生してしまったのである。
世界や人類を滅亡。
すなわち絶滅させてしまう可能性のある者を示す、ブラックリスト。
その中に浮かんだ候補が問題だったのだ。
まず代表は大魔帝ケトスこと私!
憎悪の魔性で最強ネコ魔獣である、殺戮の魔猫!
皆の破壊神系アイドルニャンコである! これはまあ当然だから仕方がない。
次に上がったのは。
アン・グールモーアこと恐怖の大王――。
実際に世界を滅ぼすべく暗躍していたペンギンさん。こちらも既に故郷の楽園を取り戻す機会を得て、その暗躍は終わっている。
更に、その一件で魔性化しかけていた人間で転移帰還者。
殺戮騎士のトウヤくん。
彼はキルカウント、殺戮数をスキル計算に使う事ができる特殊な職業に就いている。
もし魔性化して暴走すれば。やり方次第でニンゲン全てを巻き込んで、滅ぼすことも不可能ではない。
記載されていないがおそらく他にもまだ、候補はいる。
ヘンリー君にチェックをされていないせいでエントリーされていない魔族、私の眷属で、異界の中ボス。
ヒトガタ君こと千の魔導書。
遅れて就任した彼も、ヘンリー君のスキル範囲に入ったらブラックリスト入りするだろうと思われる。
なにしろ私の眷属化で能力も向上、世界一つ分の魔物を従える魔王軍幹部だからね。
そして――問題なのは。
聖剣使いの女子高生ヒナタくん。
転移帰還者で、色々と複雑な生い立ちの――自称、美少女勇者である。
まあ確かに、美人さんだけど。
候補を眺めて、ほへ~っとしている私にヘンリー君が硬い声で言う。
「彼女がいないからハッキリと言うが、この子、たぶん本人の意思とは関係なく……かなり危険な存在なんじゃないか? 本人はイイ子だし、統率力もカリスマもある。けれど危険かどうかとは話が別だろう? もし暴走したら、たぶん人類は終わる。光と闇、相反する二つの力が反作用を起こし――この世界を滅ぼすだけの力を放ち続ける、魔力核となってしまうんじゃないのか?」
世界を滅ぼしかけるほどの魔性、憤怒の金糸雀を眺めていた彼には分かるのだろう。
ヒナタくんもまた、道を踏み外せば――。
……。
シリアスモードにチェンジ!
『そうだね――君の心配ももっともだ。光と闇の力を抱える魂は不安定になりがちだ。本来なら反目し合う異なる属性を、共に抱えているのだから――故にこそ私や、白銀の魔狼ホワイトハウルに神鶏ロックウェル卿。力ある神獣三柱がそれぞれに試練を与えている。来るべき日のために。力を制御できるように訓練をしているのさ――ああ、大丈夫だとは思うが一応、念のため警告しておく』
空気を変えかける私よりも早く、存外に聡い王子は言う。
「分かっている。本人にはいうな。手を出そうともするな。そう言いたいんだろう? まあいいけどさあ、ちょっと過保護すぎるんじゃないのか? 彼女だって勇者なんだろう? それにもう経験は十分に積んでいるっぽいし。余計なおせっかいってことはないのか?」
『相手は私達とは異なる世界の魔王様とは言え、転生なさった魔王陛下の娘様。そして私がかつて噛み殺し、その世界の呪縛から解き放った勇者の子。それなりに因果な繋がりもあってね――魔王陛下の次に尊き方、見守るべき存在であると、我等三獣神はそう判断している。そして私自身も……それなりに彼女を気に入っている。できることならば、不幸になって欲しくないのさ』
ゆったりと告げる私を中心にひろがる、濃い霧。
赤と黒。
二色の魔力波動で、周囲が満たされていく。
時は止まり、この場には私とヘンリー君だけが残されていた。
周囲に目をやり、ヘンリー君が冷静な顔のまま唇を動かした。
「時属性の魔術。過去にやり直したい出来事があった者に現れる魔術属性、か……本当に、あんたはなんでもありなんだな」
存外に肝が据わっている。
姉が女王となり、重荷がなくなった今……彼もまた、一皮むけようとしているのかもしれない。
私は若者の成長を眺める顔で、ゆったりと告げる。
『約束してくれるかい? 不粋な真似はしないと。見守ってくれると。君を信用はしているし、気に入ってもいるが、すまないね。魔王陛下とその周囲に関わる事柄だけは、どうしても譲れない。こうして……私という存在のタガは外れてしまうのさ』
今、ヘンリー君の目の前にあるのは、おそらく人間味を捨てた黒猫。
憎悪の魔性として。
大魔帝ケトスとして戯れを一切捨てた、紳士な黒猫だ。
赤い魔力波動で照らされた影が、地獄の窯のように煮えたぎっている。
魔王様。
ああ、魔王様――黒い影ネコが狂乱の舞を披露し、影の世界で歌っている。
魔に魅入られたモノの顔で、ヘンリー王子が喉を揺らす。
「やっぱりそれが本性。ボクも知っている。伝承の中の怪物。大魔帝ケトスか――」
『本性……とは違うと思うけれどね。言っただろう。どちらも本物の私さ。戯れの優しさも、憐憫も殺意も、残虐性も……すべて含めて大魔帝ケトス。私という歪な魂なのさ。まあ、どう思うかは君の自由だ。君が信仰していた大魔帝の逸話も、嘘じゃない。確かにあっただろう私の一面なのだから』
ごくりと息をのみ、ヘンリー君はいう。
「なあ、図々しい願いだとは分かっている。けれど、ボクは見たいんだ。あの日、あの童話魔導書の中で見た大魔帝ケトスの姿を。どうか、ボクに見せてくれないだろうか」
『構わないけれど――その童話魔導書がどの私を示していたのかが分からないと、なんともね』
言うと、王子は一冊の黒い書を取り出す。
「これはボクが一人で泣いていた時に、異界から現れたあの人……妙に飄々とした賢者がプレゼントしてくれたんだ。そんな泣いてばかりだと、大魔帝ケトスに喰われてしまうぞ、なんて……はは、あの人はどこかの異界から流れてきた残留思念みたいな存在で、すぐに消滅してしまったが。ボクにとって、師匠といえる、ただ一人の恩人だったんだよ」
書を目にした私のネコ目が、まん丸なチーズのように膨らんだ。
その賢者の正体はおそらく。
異界の魔王様。大魔王ケトスを止めるべく、様々な布石をありとあらゆる時代と世界に蒔いた――北の賢者。
ああ、どうりで。
私はこの青年を気に入ったわけだ。
私は童話魔導書の大魔帝ケトス。
すなわち、ネコと人と魔の合わさった全盛期の姿へと変貌し。
ぎしり――。
『汝が欲するは我との邂逅であったか――北の賢者の弟子よ。我はケトス、大魔帝ケトス。常しえの中で語り継がれし殺戮の魔猫。巡る因果とは、なんとも複雑なモノよのう。あの方の願いは成就した。既にその布石は世界を平和へと導いた。なれど――今ひとたび、こうして新たな出会いを我に授けてくれるとは。そうか――この喜ばしい出会いもまた、運命の一つであったのだろうな』
「ボクも伝承の中に在るアンタに逢えて、嬉しいよ。ずっと……憧れていたからな」
過去を見る瞳で、細身の青年は私の獣毛と魔力を眺めていた。
膝を抱えて泣いていた王子、ヘンリー。
彼にとって私の魔導書は、救いになっていたのかもしれない。
全てを吹き飛ばして解決する、そんな物語に夢や羨望を覚えていたのかもしれない。
なんというか。
私、けっこう、昔は暴れてたしね。
私は姿をポンと元の黒猫へと戻し、飄々とした猫顔で――ぶにゃん♪
『それはどうも――で、さあ? 憧れついでに、どうか約束してくれないかな。彼女を悲しませる事は……できるだけしないで欲しい』
「分かった。約束する」
願いが叶って満足したのだろう。
王子は頷き――そして言った。
「けれど――心配なのは事実だ。勇者であり、魔を統べる王の娘である彼女。ヒナタ嬢は特異点ともいえる程に異質な存在。特殊な運命の流れを感じてしまう。そのせいか……トラブルを引き寄せる能力があるように見える。死神の端くれでしかないボクにも、あの特異な運命の流れが見えてしまうくらいなんだ、大魔帝ケトスならとっくに見えているんだろう?」
否定はせずに、私は肩を竦めてみせる。
「もしかしてボクが見聞きした一連の事件も、全ては彼女の……――っと、これ以上余計な事を言わない方がボクのためか。誰にも言わない、約束するさ。ボクもここで死にたくはないからね」
『やはり君は賢いね。それが賢明な判断だと、私も思うよ』
言って、私は肉球を鳴らし時間を進める。
ザザザ、ザザ……。
何事もなかったように、時は動き出す。
殺すつもりなんてなかったが。
まあ、記憶を操作するぐらいはしていた可能性が高い――けれどその手前で、引いてみせた。
彼は人の心を探る能力に長けているのだろう。
ずっと、他人の顔色を見て、全てが敵に見える世界で生きていた青年。
その人生は――それなりに辛いモノだったのだろうと思う。
まあ!
そんな彼の人生を支えたのが、異界の魔王陛下の残留思念がお残しになった私の童話魔導書だったのなら!
それはすなわち、私のおかげ!
私が輝いていたからこそ! 彼はここまで生きる事ができた!
つまり、やはり私は偉大である!
そう、いえるのではないだろうか!
「おい駄猫。アンタがボクの魔眼を弱めてくれているから全部筒抜けって事はないがな。言っとくが、ボクにはある程度の心がみえているからな……? よくそこまで自画自賛ができるな」
『そういう性分でね!』
ビシっと言い切る私に、呆れた息を漏らすヘンリー君。
けれどその顔は。
明るい。
彼は話を戻すように死神名簿を示し、薄い唇を開いた。
「とりあえず、チェックした範囲の中で世界を滅ぼせる可能性がある存在はそれだけだよ。侵入者はおそらくいる筈だ。けれど……世界を滅ぼせるほどの大物なのかどうかは正直、分からないね。全員にスキルを発動させたわけじゃないし、効果範囲にいないモノの情報は残念ながら取得できていない。もっとも、情報を隠匿している可能性もあるし、ボクのスキルに勘付いて改竄している可能性もある――まあ、単純な話。ボクのレベルが低いからチェックできていないだけ、そんな情けない理由の可能性も高いけどな」
スキルの効果範囲……。
死神名簿に該当者が書かれない、もう一つの可能性を考えながら。
あえて口にはせずに、私は悪戯ネコの顔で――にゃはり!
『なら話は簡単だね、君がレベルを上げてその名簿の精度をあげれば解決さ!』
「はぁ?」
本当は私がスキルをコピーすればいいのだが。
まあ、今回は元冥王から彼の事を預かっているしね――成長を促すというのも、悪くないだろう。
そもそも侵入者といっても危険かどうかは不明なのだ。
ブラックリストに引っかからない所を見ると、危険度は低いだろうし。
敵対する意思はないが、様子を探りに来た第三勢力――なんていう可能性も十分にある。
この世界、異能の能力者が戦っていた形跡もあるからね。
そっちの可能性もゼロではないのだ。
そんな風に考えをまとめる私のモフ耳を、不機嫌ぼっちゃんの声が揺らす。
「簡単にいいやがって、これだから天才タイプは嫌なんだ」
『君ならできるよ、だって私が気に入ったんだ! それってなかなかできることじゃないんだよ? 世界を救うよりもよっぽど難しい偉業だね! もっと自信を持つといいさ!』
名誉なことなのニャ!
と、手を組んで頷く私は、キャットスマイル!
正面から直球で言われるとやはり照れが勝るのだろう。
ヘンリー君はむずがゆそうに視線を逸らし、口を開く。
「まあ言いたいことは分かった。けれどな! さすがにこれだけの人間と会って疲れたし! 今日はもういいだろう、そういうレベル上げとかの話は明日だ。もう部屋に帰るからな!」
それには同意である。
『ああ、お疲れ様。ちゃんと明日は自分から登校しておくれよ? まあ、私に迎えに来て欲しいっていうなら、話は別だけど――また吹き飛ばされたくはないだろう?』
「ふん、まあ学校には通ってやる。異界の魔術も気になるしな。それじゃあ、転移魔法陣をササっと出してくれよ」
偉そうに立ち上がるヘンリー君だが。
転移魔法陣をだせ? はて?
言葉が理解できなかった私は、こてんと首を横に倒す。
『ん? ヒナタくんみたいに自分で出せばいいじゃないか。ここ転移自由なエリアだよ?』
「へえ、分からなかったかな? もう一度言ってやろうか? だから天才タイプは嫌なんだよ! もっと下々の能力を考えろ、駄猫! バカネコ、ダメ教師!」
と――。
腕を組んで額に青筋を浮かべ、じろりと私を睨むヘンリーくん。
『あ、あれ? けっこうマジでムカっとしてるみたいだけど、ど――どうしたの?』
まあ、もう信頼関係は築けているから、大きな問題にはならないだろうが。
なにかマズい事を言っちゃったかな?
ヘンリー君は、私が本当に理解できないと理解したのだろう。
「いいか、駄猫! この際だからハッキリと言っておくが、おまえやおまえの周り――大魔帝ケトスの関係者のレベルは異常に高すぎるんだよ。転移の魔術は勇者だとしても使えるかどうか怪しいライン。上位の魔術なんだよ! ボクが使えるわけないだろう!」
『えぇ、だって私の部下は下っ端でもみんな使え……』
言葉を遮り、吠えるように王子は唸る。
「そういう所が常識知らずだって言われるんだろうが! そのブニャ顔を引き締めて! 心を込めて、ボクの言葉を復唱しろ! 転移魔術は高ランクの魔術! ほら、言ってみろ! おまえさあ、転移なんて使えて当然ニャ! みたいな基準で考えてただろう!?」
必殺、正論攻撃が続く。
「違うんだよ、基準がおかしいんだよ! だから、ボクみたいな転移魔法陣を扱えない存在が迷惑するんだ! それに、もししばらく生徒に魔術を教えるつもりなら、だ! その辺の一般人の基準をちゃんと把握しておかないと、ついていけなくなる生徒が絶対に出るぞ! 確信した! おまえ! 絶対にボクよりも常識がないだろう!」
と、結構なお叱りなのだが――これは、私を心配してくれているようである。
そういや、昔。
魔術の常識のラインで、ジャハル君に怒られたっけ……。
スパイワンワンズの新人でも転移魔術、使えるんだけどなあ。
まあ。
ワンコとニャンコと人間タイプでは質量が違うので、習得難度も異なるのかもしれない。
生徒と教師との魔術への理解の差、か。
大いなる導きがいた異界で――魔術教師をした時もあったが、あの世界は滅亡寸前の限界状態だったからね。
わりと特殊な環境。
生徒達も必死だったので、私の授業にもついてこれたのかな。
さて、ここはそれっぽい空気で誤魔化そう。
肉球で顔を整えて――っと。
『そうだね、すまない――そういう私の欠点を指摘してくれる存在はとても稀少だ、ありがたいね。ただ、困ったな。これじゃあどちらが生徒か分からないね』
必殺、大人ネコボイス!
神父の時の声なので、猫モードとのギャップに相手が怯んだその隙に。
追撃――!
『肝に銘じておくよ――忠告をしてくれて、ありがとう。感謝するよ。それじゃあ明日はまず、希望者を募集して、転移の魔術の基礎を教える所から始めようかな。君だって、覚えてみたいだろう? 魔術の習得はレベルアップにも繋がるだろうからね、名簿の精度も上がるだろう。一石二鳥だと思うが、どうだい?』
「ふん! どうだろうな! とにかく、ボクはいますぐ帰ってネトゲ三昧に入る! 早く飛ばしてくれ!」
こんな口調であるが、たぶん転移の魔術の授業には興味があるのだろう。
私もたまには、魔王城以外での能力基準や常識に慣れておく必要もあるしね。
今回は常識を学ぶ、良い場所になりそうである。
教師とは学生からも知識や心を学ぶ職業。
互いに尊重し合ってこそ、良い関係を築ける職業なのかもしれないね。
ていうか。
魔王城の面々が常識はずれ……というか、基本は魔王様が強すぎるせいで、色々と常識とのズレがでちゃってると思うんだよね。
何が言いたいかというと、つまり。
私はそこまで悪くない。
うん。
ともあれ――明日が楽しみなのである!
ついでに、紛れ込んでいる侵入者も見つかるかもしれないしね!
明日からは転移魔術の授業なのニャ!




