学園生活 ~穏やかな時、忍び寄る影~その2
オムライスを食べ終えて、お口をフキフキ、元気いっぱい!
大魔帝ケトスは今日も行く!
大魔帝とはなんだって? それは素敵にゃんこな私の名前!
さあ!
地球を滅ぼす悪い予知。破滅の未来を防ぐため、我はモフ毛を靡かせ頑張るのだ!
ビシ――と。
前口上は置いておいて。
学食の椅子に座り――私はネコの瞳で、目の前の不遜な王子様を見る。
『それじゃあ報告を聞こうか。光栄に思い給え――これは大魔帝ケトスたる私が最初に授ける、君専用の授業なのだからね』
「なにが授業だ! 面倒な仕事をいきなりおしつけやがって、ボクは王子なんだぞ! 普通はもうちょっと遠慮するだろう!」
死神貴族ヘンリー君、いきなりの罵声である。
しかーし、もう私は彼の人となりを理解している。
『ニャフフフフフフ! そうはいっても、ちゃんと調べてくれたんだろう? 君はちょっとツンデレ気質だね?』
「ツンはあってもデレなんてないね! って、また話が逸れるじゃないか。とりあえずボクも座るからな」
とまあ、こんな感じで小さな会議は始まった。
とりあえず、痩せている彼のために注文したオムライスも届き――私の追加分も届き、にっこり!
しばらく。
共に食べ終え――にゃほん!
ほとんど完食した王子様のオムライス皿に目をやり、ちょっと微笑んでみせる。
まんまるグリーンピース。
そしてわざわざ剥がした鶏皮が残してあるところをみると、好き嫌いは多そうである。
まあ、これだけ食べられるなら大丈夫か。
細身の青年――ヘンリー君は、神経質そうに食後のテーブルを拭き、紅茶を注文。
この辺の注文の仕草にも香る、ほんわかなロイヤル臭。
お坊ちゃんな気配が漂っていて、なんか笑えるのだが。
肉球についた脂をチペチペ舐めながら、私は教師の声で言う。
『どうだい? たまにはちゃんとした食事もいいもんだろう?』
「ああ、まあ……誰かと食べるのは久しぶりだったし。いつもよりは食も進んだ……って! ボクはこんなことで懐柔はされないからな。とにかく、話を始めるぞ。このボクが! 王子たるヘンリー様が! 直々に調査をしてやったんだぞ! 畏れ感謝し、頭を垂れろ!」
そうそう!
滅びの未来に関係ありそうな存在、あの教室にいた生徒の調査をして貰っていたのだ。
『おお、そうだった! いやあ、私。途中で他の事を考えちゃうと、そういうのがプツって途切れちゃう時があるんだよねえ~。ネコちゃんだから仕方ないから、怒ったらダメだよ?』
ヘンリー君はクマの目立つ瞳を、はぁ……と閉じて項垂れる。
「まったく、これであの伝説の殺戮の魔猫だっていうんだから。おまえは本当に心が読めない猫だよ。あーあ、どうせだったら? 美人のお姉さんだったら? ボクももっとやる気がでるんだがなぁ」
肩肘をついて、こちらから目を逸らしているが。
おそらく、魔眼の影響で――直接人の目を見て話すことに慣れていないのだろう。
ようするに照れているのである。
大人ネコの声と共に、私は紅茶をズズズズズ。
『はは、それは申し訳ないね。君の心はけっこう分かりやすいけれどね。本当は既に心を許しているのに、そうやって誤魔化している所なんて――実にニンゲンらしいじゃないか。まあ死神がどういう分類になっているか、私は詳しくはないが……人間種ではあるんだろう?』
への字の形に唇を曲げて、ぼやくように彼は言う。
「ああ、たぶんな。種族は人間……だと思う。もちろん、父親がアレだから純粋なニンゲンじゃないけどな。母様は……人間だったよ。だからボクは、ニンゲンだ。それが悪いのか?」
なにやらここでもコンプレックスがあるようだ。
その心の隙間を崩すように、私はおどけて猫のヒゲをぴょこん!
『種族なんてネコ魔獣と魔王様とそれ以外。三つしか意味をもたないからね、深く考える事もないだろうさ。まあ私なんて、ネコで人間で魔族だから、三種類の特効攻撃を受けちゃうんだけどね! そういう意味での種族特性は、重要だから忘れないようにしたまえ。君がどうありたいかとは、別としてね? たぶん、君、人間特効武器で大ダメージを受けちゃうから注意しないと――致命傷だ』
実に分かりやすい価値観!
素晴らしい私の考え!
褒めろ褒めろと猫顔を膨らませる私を見て、ヘンリー君があからさまに息を吐く。
「さっきの授業で、おまえがあの大魔帝ケトスだって事は確信できたけど! ああ……本当に信じられないね……! これがあの憎悪の魔性だなんて。ボクは! おまえの魔導書もちゃんと持っているし! その絶対的な破壊神としての逸話だって好きだったんだ! 昔から信仰していたのに! なのに、こんな、こんなっ……ケチャップで顔をびちょびちょにしている駄猫って!」
『あれ? 君、私の信徒だったのかい?』
思わず漏れた言葉だったらしく、彼は全身を赤く染めてしまう。
そういや信仰している者が、ガッカリするだろう的なことを言っていたけど……自分自身だったのか。
「っ……、まあいい――ああ、まあいいさ! 今の話は忘れろ! そんなことよりもだ、おまえに話を合わせてるといつまで経っても話が進まない!」
言って、ヘンリー君は魔導書を取りだし。
バササササ!
『おや、これは――?』
王族の特殊専用魔術、といったところかな。
「ボクはこれでも死神の王族だからな、魂の情報収集は得意分野。これはボクの固有スキル、チェックした相手の情報を登録できる死神名簿さ。さあ! このボクを褒め称えろ!」
『ねえねえ! そういうのはいいから、早く聞かせてよ! 私、魔術師だからね! 異世界の魔術とスキルには大変興味があるのさ!』
瞳をギンギラギンに輝かせる私も当然、可愛い! のだが。
その覇気に圧されたのだろう。
ヘンリー君は褒められ待ちを解き、死神名簿に魔力を通し説明を開始する。
「前世や犯した罪や、基本能力。その人となりについてなど、ある程度の情報を確認できるようになっている。世界に滅びを齎すほどの侵入者がいるのなら、何かのヒントが得られる可能性が高い。まあボクはレベルが低いからな、開示できていない情報もある。そこは勘弁して貰いたいね」
『なるほど、ゲームでいうとモンスター図鑑みたいなものかな』
モンスターじゃなくて転移帰還者だけど。
情報を取得するスキルはけっこう価値が高いんだよね。
鑑定が重宝されるのも、相手の能力を把握できるからだし。
注文してあった紅茶を口にして、ヘンリー君が同意を示すように言う。
「ま、簡単に言っちゃえばそうなるかもな。ともあれ、これにはあの教室にいた生徒達、そして今この学園内にいる存在の情報が刻まれている。将来的に死を引き寄せそうな魂もほら、ちゃんとチェックしておいてやったんだよ。どうだい、ボクって冴えてない?」
告げた彼は、名簿を指でクリック。
情報を投影できるのだろう。
最初に浮かんだのは――超かわいい顔をした黒猫。
「これがお前、大魔帝ケトス。本名:ロスト。種族:猫魔獣。前世は……ボクのレベルじゃまだ読み取れないな。この名簿の中で一番危険で、一番世界を滅亡させる可能性が高い存在。ブラックリスト入りの問題児だ」
『まあ、私。転んだだけでも世界を滅亡させちゃう未来があるしね――仕方ないか』
真面目に答えたのだが。
なぜかヘンリー君は、口籠ってしまう……考えこんでしまっているようだが。
はて?
なんかこういうのを見ると、邪魔したくなるんだよね。
テーブルに登って、顔の下にどでーんと潜り込み。
にゃは!
顔に向かって肉球を――ていてい!
『おーい! どうしたんだい? お腹でも空いちゃった?』
「おまえさあ……自分が世界を滅ぼす候補に入ってるんだから、もうちょっとさあ? なんか、こう……あるだろ? 心配とか、不安とか。申し訳ないなあ、とかさあ? もう一人の姉さんは、姉さんの影の中からあんなに悩んでいたのに」
おや、そういう部分が見えていたのか。
たぶんサタン・ムエルテ神を原初とする、かつて女神だった魂の事だろう。
「これじゃあ悩み続けていた姉さんも、ボクも……バカみたいじゃないか」
テーブルに向かい漏らす声は――弱い。
ここに、彼のコンプレックスの元があるのかもしれない。
彼を知るうえで、重要な情報になるだろう。
そう察した私は一瞬時を止め、深い思考の奥に沈んでいく。
私は――静かに瞳を閉じた。
そして確信した。
見えたのだ。
彼の過去が。
薄らと膝を抱えて泣いている少年の姿が――見えたのである。
弟であるヘンリー君……。
かつて幼かった王子には、何が見えていたのだろう。
魔性としての力を隠し持っていた姉が、どんな姿に見えていたのだろうか。
周囲では姉を良しとしない勢力が、利権を求めて踊っている。
政争の具。
王位継承権を持つ御旗として持て囃される王子には、特殊な力があった。
固有スキル死神名簿。
そして魔眼。
二つを合わせる事により、他人の闇と心を見る力を持っていた。
目を合わせると、見えてしまうのだ。
人間がもっとも奥に隠している、本心さえ……。
きっと姉の事もその力で調べただろう。
そして私は知っている、この王子は賢い。
バカ王子と言われているが、それは態度や行動の問題。頭脳や機転とは違う分野での評価だ。
ロジカルな考え方ができる彼の適性は、軍師や戦略家のような職業にある。
頭脳派な存在に分類されるだろう。
ならば――。
もっと。見えていたのだろう。
賢いが故に、先が見えたのだ。
憤怒の魔性と敵対しないといけないのか?
実在するおとぎ話の世界――楽園。
かつて彼の地で悪さを働いていた女神の転生者と、敵対しないといけないのか?
なぜ、ボクが。
そんな恐怖が、ずっと纏わりついていたのではないだろうか。
それは幼い王子にとってはおそらく相当な重みとなったのだろう。
そして人となりも探れるならば……。
王子はおそらく、見てしまったのだ。
自分を囲う家臣という名の道化たちが、自分を持て囃している理由も。
目の前ではさすがですと囃し立てる部下たちが、内心で自分をバカにしている事も。
固有スキルを通じてチェックできてしまう。
それは心の闇を覗くと同じ行為。
彼には世界そのものが。
全てが敵に見えていたのではないだろうか。
もしかしたら、彼の母親も……。
あくまでも私の想像。
実際には分からないが……そう違ってはいないだろうと思う。
カナリア姫が数奇な運命を歩んだように。
彼にも彼の人生が――物語があったのだ。
……。
まあ……心の闇の部分は、黒マナティー亜種の洗脳電波の影響もあったんだろうけど。
よく考えたら、あの子たち……なかなか極悪な事してたよね。
ともあれ。
少し、シリアスをしないといけないか。
沈んでいた意識から浮上し、私は言う。
『公の場で申し訳ない顔をした方がいいなら、そうするけどさあ、ここはプライベートだしねえ』
「世界を壊してしまうかもしれないのに! 怖く、ないのか!?」
目を見開き、彼は前のめりになって告げていた。
それは姉のことを言っているのか。
或いは……。
「あ……っと、悪かった。すまない、いきなり大声をだしてしまった。まあ、ボクは王子なんだ、許せよ」
『別に怒ってなんていないさ』
ふんと、気丈に息を漏らし彼は言う。
「で、どうなんだ? 本当に、何も思わないのかよ? おまえの行動一つで、世界がドカーンってなるかもしれないっていうのに。なんでそんなにヘラヘラしていられる。もう一人の姉さんはずっと悩んでいた。ああ、うざったいぐらいにね。なのに、おまえはソレだろう? 理解ができないね」
ソレと言われるのはあんまりだが、まあ仕方がないか。
私は瞬間転移で元の位置に戻り、空気を変える。
いつものシリアス装備一式を召喚!
闇の霧を纏い、告げた。
『我はケトス、大魔帝ケトス。それが答えさ』
冷淡な考えも持ちあわせる闇の猫として――静かに。
口を動かしたのだ。
『あくまでも事実なのだから仕方がない。もし――私が世界を滅ぼしてしまうのなら、それは地球の運命だと思ってあきらめて貰うしかないね。私は私自身でも時折、心を止められなくなる。それはネコ魔獣としての宿命だ』
私の暴走の原因って魔王様を除くと、主にマタタビとかグルメだけど。
後は――。
憎悪の吸い過ぎもちょっと危険か。最近暴走したばっかりだしね。
こっちはわりとシリアスモードなのに、ヘンリー君は既に慣れ始めているのか。
王子様な態度で、けれどこちらを怒らせないラインを守って言う。
「なあ……? 父上はボクにおまえをよく見て、観察し、常識を学んで来いと仰った。国に戻るにしても、別の道を探すにしても必要であろうとな。ボクもたしかに……常識が足りていない自覚はある。けれどだ。さっきから、おまえ! まったく常識どころか、非常識の連続なんだが?」
『と言われてもねえ――』
ふと、超シリアスな私の賢い頭が稼働する。
そして一つの結論を導き出した。
あれ?
まさかあの元冥王のオッちゃん……この私を、反面教師にさせようとしているのでは?
――と。
……。
あとで、ちょっと話を聞きに行こう。
ともあれ。
『まあ常識の話はひとまず置いて――話を戻そう。世界を私が滅ぼすかもしれない、という点の答えは既に決まっている。酷い論法を使わせて貰うとだ。私は既にこの地球を二度救っているしね。極端な話、二度までだったらうっかり世界を壊してしまっても……うん、文句を言われる筋合いはないと、本気で思っているよ。地球人類とは本来の歴史では既に消えてしまった、二度も滅びた種族ともいえるだろう。もし私が介入していなかったら、既に消えている種族なのだからね。そこで結論だ。もし一度、私がうっかり壊してしまってもおつりがくる、これが私の答えだが――どうだい?』
完璧な理論武装を前に、王子様は呆れ顔。
「どんな発想だよ……おまえ。マジで危険な駄猫でやがるし……本気でそう思っているのが理解できるし、読めちまう。あぁぁぁぁっぁぁ! 開き直りで解決って、なんなんだ! もうほんとに、理解ができないが意味は分かる……。常識を学べって、これじゃあ逆じゃないか」
と――眉間に手を当て、唸るようにヘンリー君。
『大丈夫かい? 頭痛がするなら、私の肉球を揉む? リラックス効果があるけど?』
「このネコが考えなさすぎで、ボクが考え過ぎ……なのか?」
……。
やっぱりあの元冥王、私を観察させて――常識を身につけないとマズい! と、思わせる作戦だな。
よーし、ヘンリー君にはちゃんと”私”の常識を教えて返してやろう。
彼は続ける。
「まあいい! 分かった。よぉぉぉっく分かった! おまえがどうしようもなく、マイペースだってことはな!」
『それはどうも。私も君が意外に繊細でナイーヴだってことは理解したよ』
そういう存在がいるからこそ、私みたいなテキトーな存在がいてもバランスが取れているのかもしれない。
うん、だから私はこれでいいのだ!
「とにかく、話を死神名簿に戻すからな! おまえを危険人物の頂点として――その下にあるのが、あそこの厨房で働いている謎のクソヤバイ魔力のペンギン。かつてオオウミガラスだった畏怖の魔性か。あれはおまえの部下……あるいは協力者ってことでいいんだよな?」
『ああ、彼は私の管理下にある。彼自身にももはや人類を滅ぼす意思は薄れているし、魔導契約でも行動に制約を与えている。彼は例外として省いていい』
頷き、ヘンリー君が頁をめくる。
「次にヤバいのは、やっぱりあの厨房にいる立花トウヤとかいう、人間だ。職業は殺戮騎士。半分魔性化しかけてはいるが、大魔帝ケトスに心酔している。よく分からんスキル特性、精神ネコ汚染(大魔帝ケトス)なんてものまで持っているしな。おそらくだが、おまえが人間を滅ぼすと言わない限りは、まったくの無害だろう――除外してもいいな?」
『異論なしだね。じゃあ次の候補は?』
言われてヘンリー君が頁をめくる。
だが。
なぜか、その指は止まり……苦い顔でヘンリー君が私をチラリ。
頬に汗が浮かんでいる。
候補を見せた時の、私の反応を読み切れない――。
といったところか。
「あー、あれだ。あくまでも候補だからな。怒らないでくれるよな――?」
『そりゃあ、怒らないよ。あくまでも地球や人類を滅亡させる可能性のある対象や、魔性化しそうな存在を候補に上げているだけで、犯人を当てているわけじゃないからね。けれど、なんだい? 随分と歯切れが悪いけど』
言いにくそうに、けれど頁を完全にめくり彼は言う。
「日向撫子――。勇者と魔王の娘。次に地球人類を滅ぼす可能性の高い候補は、あの子なんだよ」
ああ、言われてみれば、たしかに。
ヒナタくんも転移帰還者で、強者なんだよね。




