悪癖 ~暇つぶしにゃんこの育成ゲーム~
残念王子の部屋を急襲してから、一時間ほどが過ぎていた。
場所も移り、今ここは!
再起動させたソシャゲ高校の内部!
今回は試験的な学園イベントと、とある計画を同時に進めているため――七福神たちの協力を得た、特殊なテスト状態の空間となっていた。
ここで試しにゲーム的な学園生活をやってみて、上手くいったらダンジョン領域日本に広げる!
という計画となっていたのである。
そんなわけでここは女子高生ヒナタ君の高校を模した、疑似学校の一室。
消毒液の香りが、ちょっぴりネコの鼻をくすぐる場所。
ようするに保健室である。
あの後、大魔帝ケトスである偉大な私は――大慌てで動かなくなってしまった彼こと、バカ王子を治療。
死に掛けていた事件の証拠を隠滅。
気絶した状態のまま、ついでに強制連行して登校させたのだが……。
どうやら、それが気に入らなかったらしい。
えーと、名前は……あー、あったあった。
我儘坊ちゃん、死神貴族ヘンリーくんが――ふんと唸って魔力を揺らす。
「なんで、なんで、なぁぁぁぁんで、このボクが! こんな学校に居なきゃいけないんだ! おかしいだろう、絶対!」
叫びに構わず私はニャハハハハ!
『そりゃあ、学生の年齢だし?』
「そういう問題じゃないだろう!? ボクは王子だぞ! ボクは絶対にここからでない! 保健室登校は権利として認められているからな! 教師だって駐車場で引きこもる時代なんだろう! 文句は言わせないぞ!」
と――バカ王子様はご機嫌斜めな様子で……布団にこもって、ぐぬぬぬぬ!
カタツムリのように完全ガード!
現在。
保健室のベッドで多重結界を張って籠城中なのである。
闇と邪と風属性の複合結界なので、まあ……並の存在なら近寄る事もできないほどの防御状態。
一応、褒めてやってもいいかなと思えるほどの出来である。
腐っても王族だということだろう。
横で聞いていたヒナタくんが呆れた様子で、肩を落とし。
「あー……あたしは行くわよ? 今回の学園イベントテストが始まってるんだろうし。グレイスさんにも頼まれているからさあ、トウヤくんの様子も見ておきたいのよねえ」
『ああ、頼むよ。いつも迷惑をかけて悪いが、頼りにしているよ』
ネコのウインクを送ってやると、なははははは!
と、彼女は満足げに笑いながら黒髪を靡かせ去っていく。
そう!
実はこの高校には今、転移帰還者誘拐事件の被害者たちが集まっているのだ!
彼等は不幸にも異世界召喚に遭ってしまった被害者。
恐怖ペンギンこと、アン・グールモーアの魔力吸収を受けて昏睡状態になっていたが――既に全員が目覚めている。
そこで問題が発生した。
異世界転移に巻き込まれた経験のある者ならば、分かるかもしれないが……。
彼等の多くは学生時代に誘拐されている。
学歴や、教育が中途半端で終わってしまっている者も多いのだ。
こちらの世界に帰還できたとしても、生活に困ってしまうモノも多いのである。
そこで!
転移帰還者救済機関であるメルティ・リターナーズと協力して、提案! その空白期間の教育を埋めるべく、こうして幅広い年齢の帰還者を受け入れ、教育を受けられる高校を作った!
というわけである。
ダンジョン領域日本は、時間の流れがソシャゲ化前と違っているからね。
まだ現実世界では一週間も経っていない。
その時間のズレを利用した裏技なのだ。
元の世界に戻した時にある程度の教養が身についている、そういう寸法なのである。
まあ試験的なモノだけどね。
この王子君はそのついでに、ちょっと更生できればいいかなぁ……と思っていた。
筈だったのだが。
ジト目を向ける私の前。
布団結界の中からクマの目立つ瞳を曇らせ、バカ王子は拗ねた様子で駄々をこねる。
「まだそこにいたのか! この駄猫! オニ猫! 暴走猫! かーえーれ! かーえーれ! 暴力ネコは大反対! 訴えるぞ!」
『君……本当にブレないね』
まあ――こんな結界、ちょっと闇の吐息を吹きかけるだけで壊せるのだが。
歩み寄りも必要か。
仕方なく、私は優しく声をかける事にした。
『もう諦めたらどうだい? 別に勉強しろなんて言わないし。ほとぼりが冷めるまで退避してるだけなんだから、気楽にいこうよ、気楽にさ』
「うるさい! バカネコ! 恐怖ネコ! ボクは王子だぞ! 死神貴族ヘンリーだぞ! もっと畏れろ、敬え、チヤホヤしろ! だいたいおまえ、一応父さんに雇われて契約しているんだろう? だったら勉強してくださいと、その太々しい顔を下げたらどうだ!」
うっわ、こいつ。
私の恐ろしさを既に知った後なのに、この口の利き方。なかなかどうして根性があるな。
ま、根性を出して籠城というのも情けない話だが。
ともあれ。
本当ならここで、機嫌の一つでも取るのが大人なのだろう。
だが、しかーし!
大魔帝の位にある私、素敵ネコ魔獣なケトスにとっては相手のご機嫌取りなどする必要はない!
なぜなら私はネコなのだ。
むしろ、相手が私のご機嫌を取るべきなのである!
というわけで――実力行使!
『はいはい、じゃあ出てこようねえ! ネコ魔獣秘儀! 布団奪いの術!』
「うわ、ばか! 布団を取るな! ボクは直接相手の顔を見るのが苦手なんだよ……っ! 返せ!」
声は意外に真剣だった。
ふむ……。
どうやら目が合った相手に強制的な状態異常を与える、魔眼系の所持者なのかな。
まあ私には状態異常が効かないから問題ないけど。
「み、見るな……っ。おまえも、不幸になるぞ!」
『大丈夫さ。私は全ての状態異常を無効化するからね。君と目をあわせても石化もしないし、死亡したりもしないよ』
「そ、そうなのか?」
ヘンリーくんの声は微かに上擦っていた。
一応、相手を巻き込む状態異常の魔眼に気を遣っているのだろう。
『ああ、これでも私は本物の大魔族だからね。殺戮の魔猫、大魔帝ケトス。私の逸話を聞いたことぐらいはあるんだろう? 例えばだが――全世界のニンゲンを滅ぼせるほどの毒の魔力であっても、まったく無傷なぐらいには丈夫なのさ』
恐る恐る、坊ちゃんは私の顔を覗きこむ。
……。
なんつーか、これ。こちらが危険かどうかを慎重に確認する、痩せた野良猫の相手をしているみたいだよね。
本当に無効化すると悟ったのだろう。
一瞬だけ、ぱぁぁぁぁっと救われたような顔をしたヘンリーくんは、すぐに顔をブスっとさせ。
「ま、まあ……目線を合わせていいのは分かった。ああ、いいだろう。嫌いじゃない。許す、ボクの傍にいる事を許す!」
どこまでも上から目線な坊やである。
「だがな! それとこれとは話は別! ボクはいきなり人の顔にハンマーを投げつけてくる危険な猫と、話す気なんてないぞ! モフモフ抱っこぐらいなら、してやってもいいがな! なはははははは!」
かつてのロックウェル卿と同じく、実はちょっと嬉しかったくせに。
素直じゃないなあ……。
ま、デリケートな部分なのでここを揶揄うのは止めておくか。
『君、けっこうめんどうくさい性格してるね。まあいいけど。ところで、そろそろでてきてくれないかな? 君の魔眼は封印しておくから……どうだい?』
「封印はしてくれてもいい。だけど、学校は嫌だ。もう人とは会いたくない! どうせみんないなくなる! ボクを置いて、他の人間の所に行っちゃうんだからな! ボクはもう誰も信じない!」
家臣に見捨てられたことがトラウマになっているようである。
だんだんとその心情も見えてきたが……。
えぇ……、女の子とか、まだ十歳ぐらいの子どもだったらまあ同情もできるんだけど。
しょーじき、めんどうくさい。
モフモフ尻尾の先がびたんびたん、細かく揺れてしまうのである。
いやいやいや、ここは一応、こちらが大人になるべきか。
『しかし、分からないなあ……』
「は? なにがだよ」
『この大魔帝ケトスたる私が、やさしく迎えに行ってあげたっていうのに――いったい何が不満なんだい? もっとこう、感動して、ははぁ、あなた様の御言葉とあらばすぐにでも登校します! って、平伏しながらでてきてくれる予定だったんだけど』
ちっともわからないと、ネコ眉を曲げる私。
ふつう、ネコちゃんにお願いされたらそうするよね?
対するヘンリー君は、神経質そうな顔に大きな青筋を浮かべ。
布団から細い顔だけを出して、くわっ!
「はぁぁぁぁ!? 気絶させて強制連行のどこが優しいっていうんだ!?」
『だって、君。生きてるだろ? ほら優しい!』
自信満々にふふんとドヤる私に、ヘンリー君は再度布団にもぐりながら。
愚痴愚痴。
「だいたい! ボクのこの美しい顔に傷が残ったらどうするつもりだったんだ! 世界的な損失だぞ! もっと丁寧に扱え! 国宝を扱うように大切にするべきだろう!」
『これでも丁寧に扱っているんだけれどね。ま、それだけ元気なら大丈夫そうだね。ちゃんとくっついたって事だし、安心したよ』
言って私は魔術を発動。
結界を無視して転移!
布団の中に侵入した私は、闇の中でニヒィ!
赤い瞳をギラギラと輝かせていた。
どうも布団とか毛布を見ていると……ねえ? ネコの本能がウズウズするのか、乗っ取りたくなるんだよね。
「は!? ちゃんとくっついたって……なにがだよ……?」
怪訝そうに眉を顰めるヘンリーくん、その布団をはぎ取り。
ネコちゃんキックで外に追い出し――占領完了!
「って、なにをするんだよ! その布団バリアーはボクのだぞ!」
『残念でした! 奪った布団は既に私のモノでーす!』
マントのように巻きながら、ドドドド、ドヤァァァッァア!
相手の所有権の主張を気にせず、私は言う。
『いやあ、ピコピコハンマーで吹き飛ばした時に、ちょっと君の首がぐぎゅっとなってたからさあ。首の骨が……うん、ね? 呼吸が止まりかけていたし……』
「は?」
さすがに驚いた様子で、坊ちゃんは汗をじんわりと浮かべている。
『あ、いや! 一応、ちゃんと治したよ? でも、もともと蒼白い顔なのに、真っ白になっちゃってたから、にゃはははは――ちゃんと治ってたのか、ちょびっとだけ心配だったんだよねえ』
「え? いや、おまえ……なに平然と語ってるんだよ。それ、死にかけていたって事じゃないか?」
ドン引き気味に言われてしまうが。
しれっと私も言ってやった。
『専門用語では、そーかもしれないね。でも元冥王のアーケロンとは、生きてさえいれば問題ないって契約したし。契約は契約。私はその約束通りの範囲で行動するだけさ』
私、魔族だからね。
契約にはうるさいが、それが契約の範囲内であるのなら問題なく行動してしまうのである。
ヘンリーくんもさすがに悟ったのだろう。
私のこの性格を。
ひぃ……っと。
蛇に睨まれたカエルの様な顔で、引き攣った息を漏らし――彼は言う。
「父上! 父様! お父さん! 聞こえてますかぁ! こいつ、絶対にヤバイ! 明らかに異常猫だって! まったく悪いとも思ってないしぃ! チェンジ! チェーンジ! 教師、チェーンジ!」
『残念! 君みたいな面倒な王族を相手にしてあげられるのは、私ぐらいだろうからねえ。チェンジなんてできないんだなあ、これが!』
まあこういう自分に正直な小者というのも、冒険譚に出てくる小悪党っぽくて嫌いではない。
実際、あの事件も不可抗力といえなくもない。
黒マナティー亜種から洗脳電波を受けたのが一番の原因。
あれがなければ王権争いなんて起こさずに、いじいじウジウジしていただけで止まっていただろうからね。
だから私は、生温かい目でじぃぃぃぃぃ。
「な、なんだよ! その顔は!」
『いやあ、なんというか――いわゆるダメな犬ほど躾け甲斐があるっていうか。あー、こいつは私が矯正してあげないと、ダメだなぁ的な使命感に目覚めちゃったって言うか。うん、まあ、変な愛着が生まれちゃったみたいな感じかな?』
腕を組んで、高難度の育成ゲームを手にしたゲーマーの顔でいう私。
ヒクっと頬を蠢かす、バカ王子。
いやあ! なんか面白くなってきたかもしれない!
その肩を肉球でポンと叩き、暇つぶしのおもちゃを見つけた顔で私は――。
ニヒィ!
『ま、よろしく頼むよ、ヘンリー殿下。あ、ちなみに注意と警告を先にしておくね。大きなタブーは二つ。魔王様への悪口と、私の素晴らしい体型への謂れのない揶揄……これは非常に危険だ。ついうっかり、私もやり過ぎる事もある』
魔術ヴィジョンで、ありうる未来の可能性を投影。
映像と画像で、ヘンリー君に懇切丁寧に提示してみせる。
『具体的には面倒になって育成放棄。ネコ電波による精神汚染で、君の自我と人格を矯正してゲームクリア――! 元冥王の前には、本当の意味で生まれ変わった君だったモノが帰ってくる。そういうエンディングもあるってことさ。ま、それだけは気を付けておくれよ』
フレンドリーにぺちぺちと、肉球でその肩を叩いてあげたのだが……。
なぜかヘンリーくんはベッドに沈んで、ぐぬぬぬぬ!
「お前! ボクの性格が面倒くさいとかいっていたけど、おまえの方が面倒くさい性格してるだろ! 絶対、性格破綻者だろ! いやだぁあ! 帰せ、帰してくれ! ボクは一生、あのマンションでネトゲをして暮らすんだ!」
『あ、ネットゲームするんだ! じゃあ私にも教えておくれよ。そこでも勝利してマウントとるからさあ』
いやあ、なんだかんだで上手くいきそうだね!
何の心配もなさそうだ!
『あ、そうそう! 君の私物は人質になっている。とりあえず、後五分以内にここから出ないと――君の部屋においてあるゲームのデータを全部消しちゃうから。早めにでてきておくれよ?』
「しれっと外道発言をするな! もう、なんなんだよこいつ! ふつう、ここまで面倒なボクにずっと絡んでくるか!? おまえ、絶対にふつうじゃないぞ!?」
叫ぶ王子様は涙目になっているが、気にしない!
私、ネコだしね。
相手が嫌がっていると分かると、妙に粘着したくなってしまう悪癖があるのである。
にへへへへっと、眉を下げて私は言う。
『おや。そこまで褒められると、なんか照れるね』
「は!? 褒めてないだろう!? 言葉が通じていないのか、狂ってるのか! どっちにしても、ヤバイヤツじゃないか! もー、ほんとうになんなんだよ、この駄猫!」
頭を抱えて、歯をぐぬぬと食いしばるヘンリー君だが。
まあ少し元気になってきてるかな。
さあ、個人的には楽しくなってきた!
これから始まる学園生活は順風満帆!
オモチャゲットで更に!
満喫できそうな気がしてきたのである!




