人間狩り ~大魔帝の華麗なる侵略~その1
恐怖の大王ペンギン、アン=グールモーアが北海道を制圧したとの報告を受け。
大魔帝たる私は闇の箱の中で、ぐはり!
肉を噛み千切り、その強靭な咢を蠢かし――。
世界を揺するほどの咆哮を上げていた。
『くはははははははは! 愉快、愉快! これで北の大地も落ちた! 大阪は既にロックウェル卿の石化ミュージアム状態! 人類とは実に脆き生き物よなあ!』
思わず声を上げてしまったが、気にしない!
なぜなら私はかわいいから!
濃い肉の香りと、瘴気の魔力に――鼻腔をピクピク。
ふんふんふんふん、フンフンフンフン♪
『灯る! ああ、本能に火が灯る! 我が名はケトス! 大魔帝ケトス! 愚かしき人類を滅ぼせと、我が魂の内に眠りし憎悪が訴えかけておるわぁぁぁぁぁぁぁああ!』
魔性の魔咆哮が、周囲全体の人間を弱体化させるフィールドを発生。
紅蓮のマントを翻しながら、私はぎしり……っ!
肉を喰らい、ただ本能のままに肉を喰う。
皮をはぎ、ぶちぃぃぃぃ!
さすがに、派手に動いたせいで侵入がバレたのだろう。
騒動が起こり始めていた。
無数の足音が、ぶわぶわに膨らんだ私のモフ耳を擽る。
憎き人間の香りが、私の鼻腔も擽る。
敵だ。
敵だ、敵だ、敵だ。
憎悪に染まる瞳が、くぉぉぉぉおんと灯る。
吠える私のもと――人間の上級プレイヤーたちが一斉にやってきて。
ぎしり!
顔を歪ませ、悲鳴に近い声を上げる。
そこですかさず、私はラスボス登場演出で周囲を拘束。
逃亡不可状態を付与!
デロデロと鳴り響くボス戦ファンファーレと共に、告げた!
『脆弱なる人間どもよ、一足遅かったな――貴様たちが何よりも大切にしているモノは、ほれ、この通り。既に肉裂かれ、無惨に散っておる。怖かろう? 恐ろしかろう? 泣くがいい! 喚くがいい! そして、その恐怖を抱いたまま滅びるとよかろう!』
大魔帝の吐息を受ける人間達の肌に、汗が浮かび上がる。
ぞっと顔を青褪めさせ、彼らは口を蠢かした。
「な――なんでこんな所に大魔帝ケトスがいるのよ――っ!」
「げぇ! ラスボス案内ネコじゃねえか!」
「ラストダンジョンで待っているんじゃ!? ひ、卑怯だろ! どうなってやがるんだよ!」
キャンキャンキャン!
まるで子犬である。
ちなみにここは敵地。
人類たちの隠れ家となっていた地域の、ど真ん中。
そう。
もっとも重要な場所――食料保管庫!
『ぶにゃははははははは! なんと愚かなニンゲンよ、話をちゃーんと聞いていなかったのか? 「基本的」にダンジョンの奥にいると言っただけ、常にいるというわけではない、ということだな!』
魚肉ソーセージのダンボールに麗しい顔を突っ込み、くははははははは!
肉を喰う!
うまし! じつにうまし!
『貴様たちがもっとも大事にする魚肉ソーセージは既に我の腹の中! もはや全てが遅い! 遅いのである!』
邪悪に顔をぶにゃりとさせた私は、なんと!
とても外道な行為である、一気食い――!
包装フィルムを剥いだ魚肉ソーセージを束ねて、十本同時に食べてみせて。
ドドドドドド、ドヤアァアアアァッァァァァァァァァ!
喉がゴロゴロと唸って、フィールドを揺らす!
「なんと邪悪な!」
「この悪魔ネコ! きっとポテチも十枚重ねて一気食いするタイプよ!」
喚く人間どもを目にし、私は――げぷり!
ソーセージの息をかけてやったのである!
さて。
素敵な食事シーンをお届けできたし、もういいよね?
肉球を翳す!
『滅びよ――!』
ぺかー!
っと、ゲームエフェクトが輝いて、周囲の人間はゲームオーバー。
「きゃぁぁああああああああぁぁっぁぁあ! 痛くないけど、これ! ソーセージの包装フィルムじゃない!?」
「お、終わりなのか、俺達!」
「こ、こんな雑な攻撃で! 嘘だろぉぉおおおぉぉ!」
それぞれに悲痛の断末魔を上げて、消滅。
天の声……というか、大いなる光によるシステム音声が流れる。
《プレイヤー消失》《ミッション失敗:クリア報酬は得られません》
《残念です、お疲れさまでした》
負けた人間が、光の粒となって消えていくこのグラフィックは、敗北状態。
ミッション失敗を確認し、イベント強制退場。
自動冬眠モードへと移行されたのだ。
ていうか、地味に――。
残念です、お疲れ様でした……っていう敗北後のシステム音声は、相手をモヤモヤさせる気もするが、まあいいや!
むふー! ブブブ、ブニャハハハハハハハハ!
ビシっ――!
と、いつものドヤポーズを決めて、暴走なんてしていない素敵な私は華麗に大活躍!
『人間よ――我を畏れよ! 汝らなど、我にとっては塵芥! おそるるに足らずとはまさにこの事である! グハハハハハハハハ!』
なんか頭の上の体力ゲージも、前以上にギラギラギラ。
興奮に漏れる鼻息も、まるで熱暴走したように、ふんふんふん♪
全身のモフ毛が、ぶわぶわモコモコモコモコ!
揺れるシッポが、狩り直前の肉食獣のようになっているが。
はて。
なんだろう?
暴走?
いやいやいや、ないない。
うん、ない。
絶対、暴走なんてしていない!
していないったら、していない!
なんかいつかのシグルデン事件の時。
魔王城が襲われたと聞いた時になってしまった、熱暴走状態に似ている気がするけど。
きっと、気のせい!
『さあて、これで思う存分、兵糧漁りができるというものよ! やはり、戦いはこうでなくてはな! 敵地に侵入し、真っ先に食料を奪う。戦争の基本よ!』
と、それっぽい理由をつけて次のダンボールに前脚をかけて。
ぱかり!
おお! 乾燥フルーツの詰め合わせではないか!
全盛期モードのまま、猫毛をぶわぶわに膨らませた私は後ろ足を伸ばし――顔をズボ!
敵の食料を断つために、仕方なく……ムッシャムッシャ!
『うまし♪ いと、うまし♪』
肉球をぷにん♪ と輝かせる私。
凛々しいね?
というわけで――偉大なる私、大魔帝ケトスはいま、直々に兵糧を奪いに来ていた!
団体様を一網打尽!
ラスボス討伐に来ていた上級プレイヤーたち! ではなく、後方支援担当の部隊を、先に叩いていたのであった!
めでたしめでたし!
と、このまま終わらせるのは忍びないので、記録クリスタルを再度起動。
現在ここは――ゾンビさん対ニンゲンとの大戦争の、まっただ中。
ラストダンジョン攻略を目指すプレイヤーたち。
その後方支援キャンプ地となっていた、ショッピングモール。
転移魔法陣と重火器武装の補給地点となっていたここは、これで制圧完了。異界から召喚したアンデッドが占拠中。
警備も既に召喚済み。
異神の僕――全身に包帯とチェーンを巻いた、封印されしアンデッド神みたいな存在である「骸王ソドムと骸王ゴモラ」が並んで……イイギギギギギギ!
包帯で覆った骸の顔の下。
歯茎と歯を剥き出しにし――イギギギギギギ!
なかなかどうして威圧感のある門番となっている。
そんな中。
門番骸王が、生まれいでた闇の煙に目をやった。
煙の中からスゥっと現れたのは黒き髪を靡かせる、死を纏うヴェールの聖母。
カナリア君である。
「って!? なーにこれ。マージでうけるんですけど! ひゃー! 異神ソドムとゴモラじゃん! こんなん呼んじゃって、本当に大丈夫なん?」
『ちゃんと制御できておるし、問題なかろう。こやつらは心悪しき人間しか齧らんしな』
サタン・ムエルテ神を原初とする女神の転生体であり、悲しき炭鉱のカナリアの転生体でもある姫少女。
冥界の死神姫。
無数の黄金鳥の亡霊を纏うカナリアくんが周囲を見渡し、呆れたように言う。
「まあ、ケトスにゃんがそういうのなら信頼するけどさあ――なんつーか。あたし達、ここに居ていいの? ふつう、ゲームのラスボスってさ? ラストダンジョンの奥でふんぞり返って、勇者とか救世主がくるのを待ってるもんっしょ? 出歩いてちゃ、マズいんじゃない? まあ、あたしは、ドバドバっと憎い種族を退治出来て楽しいっちゃ、楽しいんだけど――ありなの?」
根が真面目なのだろう。
純粋な姫の一面、優しき少女にちょっと心がほんわかしつつも、これはこれ、それはそれ。
私は魔族の将としての顔で言う。
『ゲームと言っても人類との戦い。搦め手を使ってはいけない、そんなルールも理由も道理もないからな!』
占領したショッピングモールの中央魔法陣。
前線へと繋がる、ニンゲンたちの転移陣に肉球を置き――。
祈り、念じる!
大量の鬼神クラスの侍ゾンビさんを送り付けながら、私は猫のヒゲを、ぶわぶわ!
『あのラストダンジョンは囮。本気の戦力があそこに攻め込んでいる間に、我等はニンゲン達の拠点を落とす。そしてこうして、背後からアンデッドで襲う! グハハハハハハ! 今頃、引っかかった冥界神が、もぬけの殻となっているラストダンジョンで、ぐぬぬぬぬとしておるのであろう!』
「大魔帝のおじ様。あなた、とても楽しそうね」
姫としての口調で、彼女はそっと微笑む。
揺れる二つの魂を抱える姫を見て、私は口角をつり上げる。
『我は楽しい! 実に楽しいぞ! そなたは楽しくないのか?』
「あたしは――そうね。きっと、楽しいのだと思うわ。このイベント? に参加している人々も、なんだかんだで楽しんでいる。ここは不思議な世界ね。楽園にはなかった場所と心だわ」
葬儀のヴェールを揺らし、覗かせる彼女の瞳は赤く染まっていたが……。
そこに暴走の兆しはない。
「ねえ大魔帝のおじ様。あたしはどうしたらいいのかしら」
『ゲームを楽しめばいいではないか! 我は楽しむぞ! 楽しいしな! 楽しいのである!』
神速で姫の周囲を肉球プニプニで駆けまわる私。
暴走なんてしてないね?
「ゲームは楽しむわ。うん、いつか本当に人を滅ぼしたくなった時のためのリハーサルにしたいもの。でも、あたしが言っているのはそういう話じゃないの」
『ではなんだ! なんだ! 聞いてやろう! 今日も気分がいい! 憎悪の心地良き魔力に満ち満ちているからな!』
庭駆けまわる勢いで、フンフンする私に彼女は笑む。
「生まれ変わったあたしの器は、いったいどちらのモノなのか……わからなくて。どうしたらいいか。うまく、言葉にできないのですが、どちらもあたしであたしは……ごめんなさいね。変なことを言ってしまって。少し……頭痛が……」
おや。
少し、暴走の兆しが見えている。
おそらく。
古き神の魂が大きすぎて、魂と心の境界が不安定になっているのだろう。
これこそが、カナリア姫が籠の鳥となっていた理由。
家臣や、身近な者達から腫れ物を触るように遠ざけられていた理由。
私のネコの魔眼には、憎悪を抱え膨らみ嘆く、健気な金糸雀の魂が見えていた。
『ふむ――魔力暴走か。古き神の魂には、やはり強大な力があるのであろうな――』
言って私は、魂を落ち着かせる闇の霧で周囲を包む。
少し、落ち着いたようだ。
「ありがとう……ふふ、あなた、やっぱり優しいのね。古き神は嫌いなのではなくって?」
『そなたはカナリアだ。共に食事を食べた仲、それは既に我が身内――弱き者を守ることこそ、我が本懐。それにな。我は――もう、目の前で弱き魂が滅びる姿を、みたくないのだ』
心の中。あの日の焦げたパン色を眺め――。
告げる私に、聖母は悲しそうに瞳を閉じた。
「あなたは――……そう、守れなかった命があったのね……」
しかし――。
元冥王の妻も惨い事をする。
いっそ、その恨みを死神の力で拭い、成仏させてやればよかったものを……こうして来世へと導いた。
それも一種の救済だ。
けれど、こうして不安定な存在として漂っている。
その選択はとても、残酷なモノでもあるのだから。
しかし。
おそらく、あの日。滅びを願い歌うカナリアは、死した己の骸の上で――冥王の妻の手を掴んだのだろうと思う。
転生したい、と。
願ったのだ。
おそらく、その目的は――人類への復讐。
その願いを叶えた神こそが、元冥王の妻が金糸雀に授けた魂。
罪深き楽園のモノ。
どんな悪しき願いも、良き願いも平等に叶える死の聖母――サタン・ムエルテ。
今こうして、カナリア姫の一部となった強大な存在。
ともあれ、どうにかしなくてはいけない。
三つの魂を抱える先輩として、私の身は神父の姿へと変貌する。
ラスボスのような悪しき波動を常に発生させながら、私は黒衣の神父へと再臨。
カツリ――と床を踏みしめ、歩き出す。
シリアスなシーンなので魚肉ソーセージを袖の中に隠し……。
ゆったりと告げた。
『君がありたいようにあればいい。したいようにすればいい。そのまま分かたれた心で生きるのもいい、二つの心を統一してもいい、それは君の自由さ。どちらも意識は共有しているのだろう? いまだって、黒ギャルでネイルアートにも興味があって、前向きであろうとしている君の意識もある筈だ』
「そうよ、あたしはちゃんと聞こえている。あなたが、あーしのためにこうして動いてくれた事を感謝している、姫としてのあたしもいる。どちらも、あたしよ」
淑女としての苦い笑みを浮かべて、彼女は言う。
「ていうか、あなたが少し変なのよ! なんで、そんな巨大な憎悪の魔性の魂を三つも抱えたまま、平然としていられるのよ! 意味わかんないっしょ! 反則よ、反則!」
『おや、レディの顔でその声は案外にギャップがあって可愛らしいね』
安定したことを確認し――微笑した私は、魔導書を翳す。
また新たに作り出した書である。
《異聞黙示録――嘆きの金糸雀》
ラスボスとして、神父として。
金糸雀たちの悲鳴の叫びを伝える聖職者として、魔術を発動させたのだ。
ピピピピピピピピ!
世界に、炭鉱で置き去りにされた金糸雀たちの嘆きの悲鳴が響き渡る。
効果は範囲内のニンゲンの精神を乱し、常に一定の負荷を与える事。
朝食に食べようと思ってバターを塗っていたパンを、うっかり落としてしまう。
もったいないし、残念で、一日中なんとなくモヤモヤしてしまう。
そんなレベルの残念な感情を、常に引き起こすと思って貰えばわかりやすいか。
つまり。
ただの嫌がらせである。
『まあいいじゃないか、どちらの君でも私は受け入れよう。私は君の全てを肯定しよう。君の絶望も、君の悲しみも、君の嘆きも、君の憎悪も。全てが尊き感情だ。全てを破壊した後で考えよう』
フフフ、フハハハハハッ!
悪の美貌幹部宜しく、私は嫌がらせ魔術を世界全体に放ちながら祈りを捧げ続ける。
魔王様、私は暴走などしていません、と。
よーし!
ちゃんと魔王様への祈りを捧げたから、セーフ!
ポンと身体を、全盛期モードのぶわぶわ巨獣ニャンコに戻し!
まったく暴走していない私は、姫少女の手を握った。
『姫よ! 人類とのゲームは始まったばかりであるぞ! 此度はこちらが先制したが、次は分からぬ! さあ、更なる嫌がらせをしようではないか!』
「そうね、楽しまなくっちゃ勿体ないっしょ! よーし! あたしも人間をやっつけるわよ!」
やっつけても本当に死ぬわけではない。
痛みはなく――光の塵となって消え、ゲームから強制退場させられるだけ。
それが姫の気持ちを楽にしているのだろう。
ま、そういう心情的な事を考えて、そういうエフェクトと安全装置をつけたんだけどね。
姫と黒猫は天を舞う。
共に、人間を憎悪する者として――滅びのゲームを賛美する。
『その意気だ! では、次の嫌がらせのために富士山の頂上に行くぞ! あそこから人類に向かい、騒音攻撃を一晩中してやるのである!』
言って、私はラスボスの権能で緊急転移!
ホワイトハウルがここを察知し攻めてきたときには、既に私達は立ち去った後だった。
たぶん今頃。
レイヴァンお兄さんとワンコ、私にいいように翻弄されてメチャクチャ怒ってるだろうな。




