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大魔帝の本気 ~殺戮の魔猫~

 戦いは続いていた。

 けれど、もう結末は見えているだろう。


 このままではジャハル君は消滅する。

 魔帝としてもっと力を出していれば、相手が妹ではなければ、相手が身内の魔道具を身に取り込んでいなかったら――結果は変わっていたのかもしれない。

 炎帝の戦いには欠けていたのだ。

 妹を相手にするジャハル君には、殺意が圧倒的に足りなかったのである。


 ここまでか。

 魔力ガスを漏らし、魔核である赤い焔の花が剥き出しとなった炎帝ジャハル。その弱る姉に向かい、妹は詫びながら。


「ごめんね、姉さん。さようなら」


 言った。

 これで終わりだ。

 ラーハルは既に姉を吸収し人間を滅ぼす決意を決めている。

 私も、覚悟を決めた。


「仕方ないね」


 刹那。

 私は――ジャハルくんと自分との空間座標をすり替え、交換転移した。

 姉を貫くはずだった魔力刃を魔力で受け止め、私は言った。


「そこまでだ――」

「な……っ、転移じゃと!」


 魔力同士がぶつかり合う。

 ザキィィィィィィィィィイイイイイィィィィィィン!

 擦り合う魔力が火花となって空に舞った。


「これ以上やるのなら私も動かなくてはならなくなる」


 私は魔族として、宣言した。


「わっちの邪魔をするというのなら、たとえ愛らしい猫魔獣といえど容赦はせぬぞ」


「愛らしいとは恐縮だね、君、見る目があるじゃないか」

「わっちは猫が嫌いではない。精霊族と相性も良いのでな。姉上のペットであったとしてもできるなら、塵にしたくなどないのじゃ。どうか去ってくりゃれ」


 蒼帝ラーハルは真剣なまなざしで私に言った。

 雑魚でしかない猫魔獣を殺したくないのだろう。

 人間を滅ぼす。

 それ以外の事では、彼女はわりと良い魔族、良い精霊族なのだろうか。


 きっと。

 この娘は優し過ぎたのだ。

 彼女がジャハルくんと敵対していなければ、私は新しい保険湯たんぽを手に入れていたのかもしれないが。


「君に……最後にもう一度だけチャンスを与えよう。ここは引いて貰えないだろうか。ジャハルくんの焔を吸収した君の自壊も、今ならまだ間に合う」


「口が達者な猫じゃ。よほど主人である姉上が大事らしい。その忠義には感服する――じゃが、これ以上の問答は無用じゃ。わっちは姉上を討ち、魔王様に代わりこの忌まわしきガラリアを滅する。もう、誰にも止められはしない!」


 そうか。

 残念だよ。


『自惚れるなよ脆弱なる大精霊ごときが。貴様程度の憎悪で魔王様の代わりが務まるものか』


 思わず、ドス黒い声が漏れていた。

 世界が軋む。

 瘴気が魔力となって月夜に広がっていく。


「な……っ!」


 蒼帝ラーハルが息を呑んだ。


「貴様、何者じゃ」

『我はケトス。魔王様の忠実なしもべにして魔王軍最高幹部。憎悪より生まれし魔性、荒れ狂う魔猫、大魔帝ケトスである』


 相手は魔王様の名を出した。

 ならば。

 私には魔族として、彼女と向き合う義務がある。


「本物の……荒れ狂う魔猫じゃ、と」

『ほう、我が憎悪の魔力を浴びても尚、口をきけるか』


 死を代償に炎帝の力を吸収し。

 魔道具を身に取り込んだ精霊とはここまでのモノなのか。

 短時間とはいえ。

 彼女はいまこの世界で最も力強き存在に近い魔族となっているのだろう。


「ケトス様、まって! 妹は、オレが!」


『炎帝よ、貴様には帝都の守護を命じる。守りは私よりもお前の方が何倍も得意だろうからな』

「けど、そいつはオレがやらなきゃ、駄目なんだよ!」


 魔力を貯めようと炎帝が歯を食いしばる。

 その決意には感服する。

 しかし。


「くどいぞ、炎帝」


「だって!」

「君には無理なんだよ、ジャハルくん。優しい君には、絶対に……妹を殺せない」


 優し過ぎるのだ、この姉妹は。

 けれど、私は違う。

 私は――魔王様に仕える魔族。

 魔王様のためならばどんな汚い仕事でも、どれほどの情が沸いたとしても、成し遂げられる。

 私に優しさなど、不要だ。

 そんなものは、とうの昔に捨てたのだ。


 さて、本物のケトスと知って彼女がどうでるか。

 引いてくれればいいが。

 おそらくは――。


「くくく、面白い。まさか本物の大魔帝と相まみえる機会が来ようとは」

『この大魔帝とやる気か?』


 猫目を細め、私は言う。

 彼女もまた瞳を閉じ。

 そして強く見開き、膨大な魔力と共に宣言した。


「わっちはもう、決めたのさ! 魔族の頂点に立ってやるってね! そなたの憎悪も吸収し、更なる力に変えてくれるわ!」


 彼女もまた……本気で精霊族を想っているのだ。

 人間は、必ずまた同じ過ちを犯す。

 禁じられていたとしても、裏では今も何件かは精霊族を狙った事件が起こっている筈だ。

 ジャハル君とは別の方法で、守ろうとしているのだ。

 その心に、私は敬意を表したいと思った。


『ああ、そうか。そこまでの決意なら、私も本気を出させてもらう』


 いつもの道化でもなく。

 雑魚をあしらう遊戯ではなく。

 決意を持った戦士への尊敬をもって、戦士として戦う。


『我はケトス。大魔帝ケトス。我が主、偉大なる魔王様の忠実なるしもべ也!』


 名乗り上げはそのまま詠唱となって月夜を包んだ。

 指を鳴らし。

 私は両手を大きく広げ、大気に漂う魔力を吸収しつくす。

 幻影の吐息を漏らし。


『魔の王たる主に逆らう者に死を。我が眷族たちの玩具となれ、幻影魔猫殺戮劇ジェノサイドキャットショー


 生み出した十重の魔法陣。

 無数に咲いた魔力の円陣が空を覆いつくす。


 稲光を纏うその陣中から幻影の殺戮猫が無数に顕現する。


 一匹一匹が魔王軍の幹部クラスに相当する魔力、猫の俊敏性と残虐性、そして幻術ではあるが影ではなく実体を伴った最高ランクの幻影暗殺者だ。

 いつか呼んだ戯れの影猫ではなく、これは本気で相手を殺すための術。

 獲物を狙う暗殺者としての猫の側面。


 暗黒の中に赤い瞳が無数に煌めく。

 シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!

 幻影魔猫が、敵に向かい跳ねた。

 一閃!


「……っぐ、ぐわああぁぁあああああああああ!」


 更に、一閃!


 シュシュ!

 シュシュン!


 影から影へと渡り、暗殺者が敵の肌と魔力を裂いていく。

 蒼い月夜の空は、鋼鉄の糸にも似た猫の刃で紅く染まっていく。

 闇の刃が空を走る。


「く、くそったれが! ……この、離れろ!」


 余裕がなくなっているのだろう。

 まるでジャハルくんのような粗野な口調に戻っている。

 蒼白い業火が影の猫を薙ぎ払う。

 しかしこの猫に並の攻撃は通じない。

 暗殺猫はドヤ顔をすることもなく、ただ無表情で敵を嬲る。

 踊る事も、よそ見することもなく。

 肉を裂き続ける。


 私が本気になっていると、影の猫たちもどうやら本気になってくれるのだろう。

 私は――。

 魔族として彼女を殺す。

 追い詰められたからか。


「わたしは……っ、まけるわけにはいかないのよ!」


 魔道具全ての力を放出しはじめた。

 ギュキィィィィィィィィイイイイイイイイイイィィィィィン!

 魔力爆発が周囲の影猫を弾き飛ばす。

 が。

 それでも、ネコには傷一つ付けられない。


「な、……っ、化け物――……っ!」


『我と正面から戦うのならば、せめて神か他の大魔帝でも連れてくるべきだったな。終わりだ蒼帝、このまま滅びろ』

「なめるなぁぁぁぁあぁ!」


 叫びと共に。

 蒼い魔力波が私と眷族を貫く。

 しかし。

 何の影響もなかった。

 それこそロックウェル卿クラスの大魔帝でなくてはダメージを与える事すらできないだろう。

 先日の事件で私がレベルアップしていなければ、多少のダメージ程度なら入っただろうが。


 もはや勝負は見えた。

 しかし、私は大魔帝として、戦士として戦うと決めたのだ。

 せめて。

 最後は――偉大なる魔王様の偉大なるしもべの手による全力で、滅ぼされたという名誉を与える義務が私にはあった。

 私が本気を出す機会はまずない。

 きっと魔族史に名が刻まれるだろう。


 大魔帝に本気を出させた強大な魔族、蒼帝ラーハル、と。


 私を取り巻く魔力波動が私の周囲に多重の魔法陣を自動生成する。

 手を掲げ、印を結び、


『我、汝らの召喚主にして全ての猫の長、魔に君臨せし大魔帝』


 名乗りを詠唱に乗せ。

 続けざまに、私は宣言する。


『爪よ滾れ、牙よ轟け、その身を代価に我に仇なす者を貪りつくせ!』


 幻影魔猫の牙と爪に強靭で濃密な魔力が巡っていく。

 大魔帝による軍隊支援魔術。

 対象者の命を代償に全能力を大幅にブーストする禁断の魔術である。

 むろん、本来なら幻影には効果がない。しかしこれは私の生み出した実体のある幻影。幻影なので滅びないが実体があるのでブーストはされる。効果とリスクも絶大な自壊魔術を自由に何度も使用できるのだ。

 一種の裏技ではあるが。

 後はもう。

 一方的な嬲りだった。


「す、すごい……これが大魔帝の力……」


 人間の皇帝、ガラリアが呆然と呟いた。

 そして一度だけ瞳を伏して。

 目を見開く。

 詫びるように、滅び行く蒼帝の姿を目に焼き付けている。


 蒼帝の決意の原因は人間の所業。

 この帝国の主として、責任を抱いているのだろう。

 逃げずにそれに向き合い、何度も謝罪を続けていたのだろう。

 きっと、今までもずっと……。

 そして、これからも。

 この皇帝は王として、人間として強くなるだろう。

 少なくとも、私はそう感じていた。


 私も。

 魔王様不在の魔王軍最高幹部としての責任を果たす。


「すまない、ジャハルくん……私は」


 このまま彼女を殺す。

 それが魔族だ。

 ジャハルくんは手を伸ばしかけるが――止まった。

 魔族として大魔帝に逆らった。

 その重みは幹部である彼なら理解できたのだろう。



 私は、魔王様の部下としての使命を果たした。

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