最強の弊害 ~大魔帝ケトス討伐計画~その1
本来なら冥界の王が鎮座する謁見の間。
止まる時の中から目覚めた死神たちに向かい、玉座の上から黒猫が、ふふん♪
そのもふもふモコモコな猫魔獣こそが――天下無敵の最強ニャンコ!
新しく冥界の王となった大魔帝ケトス。
そう。
私である!
モフ毛をぶわっとさせて、尻尾をくるり♪
ふかふか玉座でワインを傾け、ドヤり!
今の私は全盛期モードの巨獣の姿。
紅蓮のマントを靡かせ、王者の貫禄を滲ませた顔で告げてやったのだ。
『くははははははは! 我こそがケトス! 大魔帝ケトス! この地の新たなる王なり! 皆の者、頭が高いのである!』
ビシ――!
ぐふふふふふふ!
どうやら、威厳ある声と姿に死神たちは声も出せない様子である。
高らかに宣言する私に、衛兵の代わりに配置されている冥界ネコ魔獣たちが肉球でパチパチパチ!
拍手喝采なのである。
王としての私がドヤ顔でネコ手を上げて、それに応じると。
「さすがはケトス様ですにゃー!」
「なんと麗しいモフ毛!」
「憎悪の魔性としてのうつくしき魔力、さすがでありますニャー!」
ニャッニャ!
ニャッニャ!
『うむ! と、いうわけで――死神の貴公らには、ゲーム化現象を解く緊急会議を行って貰うぞ! さあ! 貴公らが開発発展させた防衛魔術なのだろう? とっとと解決策を編み出してくれると――我はとっても嬉しいのであるが? 魔王様に怒られる前に見つけ出すべきであろうと、我は思うのだが?』
でっかい前脚で掴んだ、冥界の河に浮かぶ巨大イカの燻製。
巨大な割きイカを、くっちゃくっちゃしながら言ってやる。
死神たちがざわつき始める。
まあ、そりゃあ止まっていた時間から目覚めたら、こんな素敵な大魔帝が王様になっていたのだ。歓喜のあまりに混乱もしてしまうよね。
『我の言葉は絶対ぞ! ぐははははははは! さあ! 崇めよ! さあ祈れ! 我の頭上に輝く体力ゲージをゼロにしたものこそが、次代の王となろうぞ!』
そうだー!
解決方法を編み出すのニャー!
と、モフモフ冥界ネコ達が、アンティークっぽいイミテーションな髑髏の槍でタンタンタン♪ 謁見の間の、硬い床を叩く。
ネコ達は褒め称えてくれるのだが――死神たちは混乱中。
元冥界の王でおそらく神に分類される瘦せ型の男が、困惑気味に王女をちらり。
この人こそが元城主。
カナリア君のお父様なのだが――姿かたちは鎧に身を包んだ、蒼白い炎の靄であった。
分類上は霊魂系の魔物なのだろう。
外見のイメージは……うーん。
ロイヤルな鎧を纏い動く炎の魂。内から蒼白く燃えるリビングアーマーを想像して貰えば、まあだいたい一致するかな。
鎧だけで動くゴーストさんである。
カチャリと鎧を揺らし、王はモヤから魔力音を発する。
「なあ姫よ、なんじゃこの生意気そうで太々しい顔をした巨大な魔猫は。余がしばしの眠りについていた間に、なにがあったというのだ?」
「あはははははは! ダメよ、お父様。この方は冥界王ケトスさまっしょ? なんつーか、あーしら、もう王族じゃないみたいな感じ? 実はアメントヤヌス伯爵達を筆頭に反乱が起こっていたんだけど、それを鎮圧したついでに、あの魔猫ちゃんが冥界全部を乗っ取っちゃった感じなんよね」
もはや王女ではないカナリア君は実に嬉しそうに、ニヒヒヒヒ。
今の立場が気楽なのだろう。
パタパタパタと、ごてごてネイルを輝かせながら言う元第一王女。
その顔を、呆れた様子で見て。
ブタさんが言う。
「王よ、姫の言葉は本当で御座います。彼の御方こそが大魔帝ケトス。あの破壊神で有名な、異界の大神、邪悪なる憎悪の魔性……怒らせると面倒な事になるので、問題発言はお控えください」
と、プギプギ吠えるのはアメントヤヌス伯爵。
例の私に歯向かった愚かなコヨーテマンである。
そう。
黒マナティー亜種による闇の心増幅の洗脳が、既に解けていたのだ。
まあ洗脳が解けていても、微妙に失礼な男なのであるが。
キリっと濃い顔をするブタさんに目をやった王様が、再び困惑。
黙り込んでしまい。
全身鎧から飛び出すモヤモヤの顔から蒼白い火を浮かべて、ぼそり。
「伯爵よ。なにゆえ、豚化の状態異常が……」
「いえ、これで良いのです王よ。わたくしは、姫殿下の命を狙った逆賊。これくらいの恥辱は当然でありましょう」
なかなか声だけは良いので笑えるのだが。
まあ、しばらくブタさんの姿でいて貰わないと示しがつかないからね。
反逆は重い罪。
王女の暗殺未遂も重い罪。
けれど、黒マナティーの洗脳を受けていたのも事実。
だからとりあえず豚化の罰で、様子を見ているのである。
「すまぬが、余は本気で意味が分からぬのだが……そうか! これは夢であるな!」
『貴殿はやはりカナリア姫の父であるな、同じ反応をしおって……まあ良い、我こそが本物の大魔帝ケトスだ、冥府の王よ。しばし、この世界は我が預かる。かつての王であっても我は贔屓などはせぬ、ゆめゆめ忘れるでないぞ』
周囲を見渡し――私は柱の影までもじっと見て。
顔合わせは済んだと判断する。
さて、そろそろ真面目に話をしようと、コホン。
なんかこのコホンだけで、遠くの空で大竜巻が起こっているが気にしない。
咳払いと共に、空気を引き締め唸りを上げる。
『話を戻すぞ――冥界の民よ。我はこの通り、貴公らのゲーム化結界に囚われラスボスとなっておる。これでは元の世界にも戻れんし困っておるのだ。誰ぞ、解除方法を知らぬか? むろん、我を滅ぼす方向で話を進めても構わん。どうせ一度死んだ程度では滅びぬからな。それで解除できるのなら話も早いのだ』
「ちなみにさあ、ケトスにゃんって状態異常耐性ってどうなってるん? 即死攻撃が効くなら、たぶん死神の死を運ぶ力で一度なら倒すこともできると思うんよね。そこんところは、どーなん?」
気軽に私に話しかけるカナリアくんに大勢の視線が向く。
これも実は重要なんだよね。
あの大魔帝ケトスと対等に話をしている、それは次代の女王にふさわしい存在であるというアピールにもなる。
『ふむ、普段の我ならば当然完全無効なのだが――ゲーム化結界に取り込まれておるのなら或いは……』
「では! さっそく、わたくしがやってみせましょう!」
ブタさん伯爵がこれ幸いと前に出て、死神の鎌を顕現させる。
おそらくその鎌で魂の根を刈り取り、命を絶つのだろうが。
ゲーム化結界内でも発動できるということは、刀に分類されるスキルや技なのだろう。
ブタントヤヌス伯爵はシッポをふりふり、豚耳をピグピグ!
こいつ、ノリノリだな……。
洗脳が解けて、豚化状態でも微妙に野心に満ちてやんの。
『思う所は多々あるが――まあ良い。試してみよ、伯爵とやら。その鋭き刃で我を討ち取る事が叶うならば、次代の王は汝だ。その尽きぬ野心も、飽くなき心も潤沢に満たされるであろう』
「わ、わたくしに野心など微塵もございませんが?」
死神たちと、私。
そして王様とカナリアくんのジト目が、ブタさんに突き刺さる。
『ふははははは! 野心あるモノよ。汝の心は見透かされているようであるな』
「と、とにかく! やってみせましょう!」
言って、豚さん伯爵は空に浮かべた大鎌を振りかざし。
しゅん!
鎌は魂を絶ち切る魔力の刃となり、私の喉元に突き刺さる。
――が。
バギィィィイイイイィィッィィィィィィイィン!
私の魂の重さに耐えきれず、死神の鎌の方が崩壊してしまう。
当然、その反動は使い手に返って来る。
アメントヤヌス伯爵は目をグルグル回して気絶してしまった。
まあ、こうなるとは分かっていたのだが――実験したかったので仕方なし。
『やはり無理であったか――しかし参ったな。最終手段は使いたくはないが……このままここに留まり続けるわけにもいかぬし……』
巨大な前脚をしぺしぺしぺ♪
巨獣フォルムで毛繕いしながら悩む私に、元冥王が炎の顔を揺らす。
「最終手段とは?」
『決まっておろう。ゲーム化結界はこの世界を軸に掛けられた防衛魔術。世界そのものを破壊してしまえば自ずと解除される。我も尊き御方、魔王陛下の元へと帰還することが叶うのだが――さすがに世界を壊して帰ってきたとなると、一時間ぐらいは説教されてしまうからな。できることならば避けたいのだ』
お優しき魔王様から一時間もお説教!
それはなんとしてでも、避けなくてはならない。
真剣に唸る私に、空気が凍る。
ブタさん伯爵がピョコっと起き上がり、豚の蹄を振りながらプギプギ♪
「またまた御冗談を。大魔帝殿はよほど我らを揶揄うのがお好きと見える。たしかに我等は貴殿に無礼を働きましたが、世界を破壊などという虚言をつかって心を乱すのは、感心できませぬなあ?」
『ふむ、いやまあ冗談であったのなら良かったのだ』
コミカルで皮肉で嫌味なブタさんとは対照的に、私はあくまでも冷静に告げる。
『我は魔王陛下の事となると見境を無くしてしまってな。本当に壊さないと帰ることができないとなると、躊躇せずに破壊し帰還する。そのような滅びの道を選ぶと思うのだ』
「ちょ、ストップ! いやいやいや、選ぶと思うのだって……ケトスにゃん。自分の事っしょ?」
と、漏らすのは――私と付き合いも長くなってきたカナリア姫。
その頬に浮かぶのは、一筋の汗。
私も肉球に汗を浮かべて、闇獣の咢をぐわり。
『言ったであろう。見境がなくなると、すまぬが……我は陛下の事に関しては我自身を制御できん。本当の意味でな。暴走してしまう可能性が高いのである。これは脅しや駆け引きの類ではなく、真実なのだ――冥府の者達よ。のう、どうにかならぬか?』
空気は完全に固まっている。
まあ、既にこの地を棲み処と決めている冥界ネコ魔獣たちはのんびりと、ででーん。
絨毯の上でゴロゴロ転がり始めているのだが。
「えーと、じゃ、じゃあケトスにゃんにはちょっと悪いんだけど、一度滅んでも大丈夫っぽいし……。とりあえずここにいる全員で攻撃を仕掛けてみる? ゲーム化してあるなら、こっちもゲームの最強武器で攻撃しまくれば、そのうちその体力ゲージもゼロにできるっしょ?」
「それしかあるまいな」
姫の言葉に冥界の王も頷き。
他の衛兵もゲーム内アイテムを顕現させはじめる。
ゾンビ系ガンシューティングゲームなので、銃火器も豊富にある。
同時集中砲火を受ければ、まあ大丈夫だろう!
『くはははは! では、やってみせよ! 見事、我を討ち取ったら宴である! 今宵は盛大なパーティーを行おうぞ!』
ぐははははははと嗤う私に向かい、放たれる無数の銃弾。
剣の達人たちによる、剣撃の雨。
死神の鎌による即死攻撃。
全てを受け止めて――私はいまだに、ぐははははははは!
ぐははははは!
ぐは……。
……。
ど、どうしよう……これ、体力ゲージ、全然減ってないね。
五分くらいの攻撃で一ミリぐらい減るけど、すぐに回復しちゃうね。
攻撃が続くが決定的なダメージはゼロ。
お昼も過ぎて、冥界ネコ魔獣たちからの差し入れのお昼セット。おにぎりとタコさんウィンナーと卵焼きを受け取って。
モッキュモッキュモッキュ。
ごはん粒を全盛期モードの頬につけながら私は、ぼそり。
『あー……我、怒ったりはせんから。もうちょっと本気を出してもいいのだぞ?』
「はぁああああああああぁぁぁ!? こっちは真剣にやってるっしょ! ケトスにゃん! それで弱体状態って、どういうステータスしてるのよ!」
感情を剥き出しに元気に唸る姫に、王様たちはポカーンとしているが。
ともあれ、攻撃は続く。
……。
こりゃ、正攻法じゃたぶん、無理っぽいかな。
◇
ランチタイムは終わり、おやつの時間。
とりあえず一旦休憩を挟むという事になり、私は優雅に玉座の上でズズズズズ。
ミルク紅茶を楽しむ大人ネコの時間を満喫していた。
死神たちは私の討伐方法を探すべく行動中。
今現在、ゲーム化結界の資料を求めて書庫へと突入――、それなりに大きな図書館のような施設があるらしく引きこもっているようである。
色々と政争もあったようであるが、世界自体が滅ぶかもしれない!
ということで、姫も王様もブタさん伯爵も、その他の王族も全員が協力して私の倒し方を探っているようなのだ。
まあ、これで御家騒動の方は少し落ち着くかな。
共通の敵を用意するということは、案外悪くない仲直りの手段なのである。
冥界ネコ魔獣たちはお腹を上に向けて、万歳ポーズでお昼寝中。
この謁見の間はとても静かになっていた。
さて。
そろそろ声をかけてもいいかな。
私は何もない闇に向かい、赤き瞳を輝かせた。
察しているぞ、そういう威嚇である。
『もう出て来ても良かろう、冥府の神よ。いや、魔王陛下の兄――レイヴァン。共に食事を囲んだ我らの仲とはいえ、何も告げずに長々と盗み見ているのは――あまり感心せんぞ』
「お、なんだやっぱり気付いていやがったのか――」
突如。
世界が揺れた。
柱の陰から、黒き翼がバサっと開き――ザザザザザ。
闇と煙。
ノイズと共に現れたのは、強大な魔族の気配。
飄々とした表情と声で世界を震わせ、ソレは顕現した。
カツリ。
帝王の威厳を放つ男は、悠然と謁見の間に降り立ち――口角をつり上げる。
「キシシシシシ! よお! 珍しく困っているようじゃねえか、ケトスよ! ぶはははははは! まさか最強のおまえさんがついうっかり、ゲーム化結界に閉じ込められるとはな。お前さんには借りがあるからな、なんなら、この俺様が力を貸してやってもいいぜ?」
魔王陛下の兄。
私の世界の冥界神。
タバコと情欲と様々な酒を何よりも楽しむ悪食の魔性、レイヴァンお兄さんである。
ちなみに、こんな悪役みたいな登場シーンであるが。
この男。
めちゃくちゃお人好しなんだよね。




