黒き魔猫と死神姫 ~目覚める王女と、うどん会議~ 前編
今日も今日とてモフモフかわいい大事件!
大魔帝ケトスこと素敵ニャンコな私は、優雅に見参!
私が可愛いというだけでも、もう十分すぎるぐらいの大事件なのだが。
実際、もっと面倒な事件も起こっているわけで――。
世界防衛システム魔術ともいえるゲーム結界、そのラスボスを吸収した麗しいモフ猫魔獣に占領された冥界にて。
私は既にふかふかソファーの上で、どでーん!
無数の眷属猫を引き連れて王様気分。
冥界魔猫王ケトスの所有物となったクリスタル城。
その第一王女の寝室で、私はのんびりと過ごしていた。
しっぽを長ーくして、じっと待ち――猫の髭を揺らして、くわぁぁぁぁっと大あくび。
死神姫の目覚めを待っているのである。
女の子の部屋なのに殺風景で、そこが少し気になるが――あまりチェックするのも失礼かと私は視線をとある一点に集中させる。
ほかほかなグルメの香りと湯気である!
この香りの正体はうどん!
シェフ・ザ・ニャンコから受け取ったお盆を掴む肉球に、ちょっと力が入ってしまう。
割り箸をパキっと割って……。
……。
あまりの強大な魔力に木っ端みじんになってしまったので、専用お箸を顕現させて――ニヒィ♪
あんよを前に投げ出し、肉球をぴょこぴょこ!
時間は私がこの冥界の地を乗っ取ってから、一日後。
旧冥界国の住人。
死神族たちの時間は停止してあるので、本当にただ待つだけで。
じゃあ冥界のグルメでも堪能するか!
――と、取り寄せたのが、熱々うどん鍋の御ドンブリ。
だったということだ。
これは、冥界うどんをじゅるじゅるじゅる♪
御出汁の効いた甘じょっぱい油揚げを、ハフハフと頂いていた時の出来事である。
◇
いつもならここで、くはははははは!
美味し!
実に美味し!
と、嗤う所なのだが――今回は少し遠慮気味にズズズズズ♪
七味唐辛子を一振りして、表面をこんがり焼いた鴨肉と一緒にズズズズズズ!
まさに、至福!
『くはははははははは! やはりうどんには鰹節なのである!』
って、大きな声を出しちゃった。
いやあ、油断した。
ナルトをガジガジしながら猫口をうっとりと動かす私の前、声が響き始める。
酸素を取り込むように細い腕を伸ばし、少し腫れた目尻を指で擦りながら。
眠り姫は起床する。
シーツを擦る音がした後、上下する肩と共に少女の声が零れた。
「ここは……あれ?」
お目覚めの第一王女、プリン頭なカナリア姫であったが、彼女はまだ夢と現実の狭間にいるようだ。
その眼は重そうである。
いや、これは……。
「ん……なに、この……香ばしい匂い――って、カツオブシ? あたし、死んだんじゃ……なにがどうなっているのかしら……」
起き上がり、周囲を見渡す姫の瞳は少し赤くなっている。
夢の中で泣いていたのだろう。
私はズズズズズ! うどんを啜る仕草を継続したまま、制限内でも使用可能な涙消しの魔術をこっそりと使用。
女の子なのだ。
きっと泣いていた顔は見られたくないだろうからね。
これぞ、気遣いの出来るネコ紳士!
うどんの御汁からゆったりと目線を移し、私は言う。
『どうやら、目を覚ましたようだね――カナリア君。私が誰だか分かるかな?』
「ケトスにゃん!? どうしてあーたが、ええ!? だって、ここ、あーしの世界っしょ!? なんで、ここにいんのよ!?」
ビシっとこちらを指さす少女。
その魂を、じぃぃぃぃっぃいっとチェック。
会話も可能っと。
目立った外傷も後遺症もなさそうだ。無事なようで安心した私は、ふっと猫のヒゲをくねくねくね。
紅茶を差し出し、にっこりと微笑んでやる。
『ま、色々とあってね。具合はどうだい?』
「えーと、よく分かんないんだけど……あたしは、たぶん大丈夫。って、それより! ケトスにゃんこそ、その頭の上の体力ゲージはなんなのよ? それ、ラスボスの特殊ゲージよね? うわ、やっば! なにがどーなってるのか、マジで意味わかんないんですけどー!」
ベシベシと私の体力ゲージを叩きながら、彼女は元気よく笑っている。
ちょっと無理をしている様子もあるが……。
ま、空元気も元気の内か。
本当ならこのまま一緒に冥界うどんを食べたい所なのだが。
一応、事情説明が先である。
大事な話だからね。
御出汁が香るうどん様からのお代わりの誘惑――。
強敵といえるその豊潤さに堪えつつ、私は必死に会話を優先する。
『にゃははははは……、ま、まあいろいろと……うん、ちょっと説明するけど、なんというか……驚かないでね?』
「もう十分驚いているから、平気よ。えーと……たぶん助けてくれたんよね?」
『そういう事にはなるかもね』
ドヤ顔で告げる私に、彼女は頬をぽりぽり。
ふぅ……と息を吐き。
姿を黒衣の死神姫モードに切り替えて、ロイヤルな微笑を浮かべて姫は頭を下げる。
「左様でありますか――ありがとうございます、異界の魔猫王ケトスさま。第一王女としてお礼をさせていただきます。なーんて、ま! こういう礼儀も王女の義務的な? なははははははは! どーよ! 王女モードのあたしも可愛いっしょ?」
『あー、それなんだけど……はははははは! えーと、なんというか。君、ある意味でもう、王女じゃないんだよねえ』
だって、書類上やシステム上での話ではあるが。
この国。
もう大魔帝の所有物に書き換わっているからね。
さすがに姫じゃなくなったと聞いて、彼女も眉をきょとん。
さほど悲壮そうじゃない顔で、唇をぷっくら動かす。
「どーいうこと?」
『うん、実はさ――』
まさかちょっと眠っている間に。
国家が転覆しているだなんて、思わないだろうしねえ。
ふつうなら、遠慮して告げない所だが。
そうも言っていられないのだ!
説明しないわけにもいかない! なぜならこの世界はいまだにゲーム化現象から脱出できていないのだから!
亡国の王女であり力も本物な彼女に、このゲーム化現象の解除方法を相談したい。
ようするに。
解決策を聞きたいのである。
だって、侵略してきた世界の姫を殺すのは可哀そうだから?
送り返したら命を狙われているから?
気まぐれに助けに行ったら世界をバグらせて?
ついでに国家転覆を成功させて、実質的に国を滅ぼしました!
なんて魔王様に知られたら……。
まずい。
ひじょうに、まずい。
まあ死者はゼロ人だし。
少女を救うための善行だから、一応は問題ない筈なんだけど……それでもねえ?
だからまずはゲーム化を解除して、制限なく魔術を発動できる世界に戻し。
滅ぼしてしまった国を元に戻したい。
そんな大事な思惑があるのである。
◇
『と、まあ――そんなわけで。君を救って、悪者を退治して。ついでに国も奪わせて貰って――今は洗脳されていたアメントヤヌス伯爵が使ったゲーム化結界が解けずに……困っている。そういう状態ってことさ』
「ちょ! タイム……待って! 待って待って! 色々と意味わかんないっしょ!?」
話を聞き終えた彼女はさすがに困惑。
ぷっくらと唇にグロスを塗りながらも、頭上にハテナを浮かべている。
自らの眉間に細い指を当てて、考え込み。
そして、出した結論は。
「分かったわ。これ、夢っしょ?」
指をピッと立てて言いながらも、その表情は硬直している。
『そうだったら良かったんだけどねえ。まあ、夢の中ってことでもいいけど――このゲーム化結界を解除する方法って、何か知っているかい? なんかバグっちゃって効果が永続になってるんだけど』
「ん? ゲーム化結界がバグってるってこと? 領域の書き換えだから、まあ――不安定な魔術っぽいしねえ。あー! ならさあ、たぶんどっかにラスボスが湧いてるはずだから、それを倒せばいいだけっしょ? そりゃその辺の雑魚よりかは強いけどさあ! マジ楽勝だから」
ケラケラと笑う彼女は、まだ事の深刻さを理解してはいないようである。
しかし、やっぱりか。
死者たちの安寧なる死、そして来世への道を見守るこの国。
カナリアくんの世界では……防衛システムとして使用していたゲーム領域化の解除に、ラスボスの討伐を設定していたのだろう。
いざとなったら湧いているラスボスを倒すことで強制解除ができる、そんなバグへの対処をちゃんと用意していたということか。
ここは冥界。
死者の流れを操作する力を用い――ラスボスを倒す手段も蘇らせる手段も、確立させていたということである。
しかし、今回は無理!
『あー、その……なんというかさ? ラスボスを私が取り込んだままになっているから……うん、そこらの雑魚どころか最強で。なんというか、自分でもラスボス化を解除できなくて、困っているんだよね。念のために聞くんだけど、この世界にさ? 主神クラスの神を軽く葬れる聖剣とか邪剣とか、そういう特効武器とかあったりしないのかい?』
ケラケラ笑いを継続して、姫様は言う。
「なに夢物語みたいなこと言ってるのよー。そんなんあったらダンジョン領域日本に攻め込むときに、とっくにあーしが使ってるっしょ? 王女の特権でね。てか、元王女か。まあいいんだけど、その冗談、笑えないわよー! だって、その話が本当ならこの世界は領域の籠の中。ケトスにゃんを倒さないと永久にゲームの中に閉じ込められるわけでしょ? そんなのある意味で滅亡と同じっしょ」
あらためて他者から言葉にされると。
あれー……これ、本格的にまずいんじゃないかって気になってくるな。
肉球に浮かべた汗をこっそりと拭う私を見て、カナリア君もピンと来たのだろう。
一気に顔を青褪めさせて――頬をヒクつかせながら唇をぷるんと動かす。
「え……マジ? なんつーか……真面目な話だったん?」
『ああ、冗談じゃなくて解除できていないんだ。世界を征服したラスボスだけが徘徊するゲーム状態になっているっていうか、バグってそのままゲームオーバーにならず、延々と終わった世界を流し続けている状態になっているっていうか。にゃははははははは! いやあ、困ったね! そんなわけで、なにかこのゲーム化を解くいい方法を知らないかい?』
人命は無事。
死者も出ていないし、反逆者達も殺していない。
事前に説明を受けていたので冷静に受け取ったのだろう――。
カナリア姫が真剣な顔で考え込み。
頭上にプスプスと湯気を飛ばし。
知恵熱による魔力放熱をし始めて――首を横に振る。
少女はジト目で言った。
「無理っぽくない?」
よし、話題を変えよう。
解除できないもんは仕方がない。後回しである。
それよりも今は猫と姫の再会を祝うべきだろう。
『ま――まあ、そのうちどうにかするとして。そんなわけで、ちょい久しぶりだね、なにはともあれ――君が無事でよかったよカナリア君』
心からの言葉だと伝わったのだろう。
彼女は照れくさそうに笑った。
そして王女としての声で、穏やかに告げる。
「また会えて嬉しいわ。とてもね――本当に、もう終わりだと思っていたから」
浮かべる微笑は美しいが。
どこか儚げな印象があったのは、私の気のせいではないだろう。
『本当はもっと早く、颯爽と登場する筈だったんだよ? だって今回の私は正義の味方だからね! スマホの画像に祈れって言っておいたのに、素直じゃないんだから。祈りを辿って出ていこうと思っていたから、ちょっと焦ったよ』
彼女は苦笑し、その言葉を聞き流していた。
あの時の彼女は、死を受け入れていたからだろう。
もう疲れた。
もう、いいか。
もう十分、頑張ったわよね?
そんな心の声が、あの時の私には聞こえていた。
モフ耳をザワつかせた。
心もザワつかせた。
だから必死に駆けたのだ。
そのような悲しい思いを抱く少女を、そのまま殺させたくない。
私はそう思ってしまったのである。
自らの運命を選ぶ権利も彼女にはあった筈だったのに、私はその道を邪魔し、破壊した。
それはおそらく善行だろう。
けれど――それは疲れの中で悲しく微笑する姫の、憔悴した心を救えたわけではない。
生きる事の辛さも、私はちゃんと知っていた。
人間であった頃の記憶の残滓が、知っていた。
それでも――。
ああ、それでもだ。私のネコの口は動いていた。
『ごめんね、けれど私は――君にはまだ生きていて欲しいと、そう思うんだ』
虚を突かれたようで、姫はしばらく呆然としていた。
本当に、自分の中でもハッとしていたのだろう。
やがて、その唇が動きだす。
「はぁぁぁぁぁ? なによそれー。もう! 変な空気を出さないで欲しいんですけど! あーしだって、ちゃんと生きていたいわよ。あの時は、ほら、ちょっと民を人質に取られてたっしょ? だからよ、だから。咄嗟に動けなかっただけっしょ」
パタパタパタとコミカルに手を振る彼女に、私は眉を下げる。
『にゃははははは、ごめんごめん! だってー、本当にタイミングが分からなかったから焦ったんだよ。こっちもね。まあ、無事だったのなら、それでオーケーってことで!』
私もコミカルに笑う。
まだ若き王女。
王族と少女としての心に揺れる胸の内には、不安定でアンバランスな自己破壊願望がどこかにあるのだろう。
口には出さなかったが、私はそう感じていた。
死神姫は深く重い悩みの中。
きっと。
狭い鳥籠の中で鳴く金糸雀のように、ずっと――ここにいたのだろう。
殺風景な部屋の中で、夢物語のような天蓋付きの寝具だけが彼女の世界。
姫が少女になれる聖域だったのだろう。
ネコの直感が、私の思考に様々な過去を想像させる。
ともあれ。
話さなくてはいけないことは、いっぱいある。
事件はなにも解決していないからね。
少女と黒猫のうどん会議は――まだ続く。




