陽キャでプリンな女の子 ~プリーズ、まともな敵~
古びた教会の中庭にて悠然と佇むのは――強き者が一人と一匹。
敵を迎え撃つ勇者と魔族。
神父姿で美丈夫な私――大魔帝ケトスと、聖剣使いの美少女黒髪勇者のヒナタくんである。
我らは既にシリアスな顔で、戦闘モード。
浮かぶ聖書からは結界が構築され、ヒナタくんが握る聖剣からも力が漂っていた。
周囲の自然の力を魔力に変換しているのだろう。
聖剣はまるで意思もつ魔道具のように、神々しい虹色の波動を放っていたのだ。
ザワザワザワと揺れる教会の大樹が、葉擦れの音を奏で。
そして。
動いたのは私が先だった。
聖書をふわふわと浮かべたまま、淡々と唇だけを蠢かす。
『教会の結界を破れるって事は、それなりには強力な存在なのだろう? 出ておいで、殺されたくないのならね』
「うっそー!? え!? まじー? すごいのねー、神父様! あーしに気付いていたなんて。マジうけるんですけどぉー!」
大樹の木陰から聞こえる声は、妙に気の抜けたギャルっぽい声。
ザッザッザ。
落ち葉を踏みしめる音が、こちらに響く。
敵か。
「ちょちょちょ! 待って、待って、ストップ! ストップ、そんなに怖い顔をしないで欲しいんですけどー! 聖職者のお兄さんと勇者のお姉さん! なーんて、ま、少しは強敵っぽい感じ?」
大樹の後ろ。
影渡りに似た亜空間移動魔術で、影からひょこっと姿を現したのは――。
プリンのようなグラデーションの長髪を靡かせる、日焼けの肌の目立つ、高校生ぐらいの少女。
ちょっぴり背伸びをしてちょっと悪い不良仲間と、繁華街に繰り出していそうな、まあ一般的には可愛いと分類されるであろう人間族の娘である。
着ている服も――。
イメージとしては、もう絶滅したのかと思っていた――黒ギャル。
といったところである。
『その恰好は……ああ、こちらの世界で用意したのか。でも君、異世界人だよね?』
「そういうこと! ちぃーっす! あーしの送り込んだ魔導書をぜーんぶ、台無しにしてくれた酷い人たち。ん? あー、でも両方とも純粋な人じゃない感じ? うっわ、両方とも邪悪! 魂が邪悪! まあ、そんなわけで! あーしが来たからにはもう年貢の納め時っつーわけ!」
ビシっと、ネイルでごてごてした細い指を向けられて。
私達は頬をポリポリ。
『なに、このテンション……ちょっとネコちゃん的には話しにくいタイプなんだけど』
「あーし、って言ってたわね。あたしって言いたいのよね? たぶん。どーする、この無駄に陽キャなギャル女。ここまでのヤンキー系ってあたしもあんまり相手にしたくないんですけど……」
『陽キャ……って明るいキャラってことだよねえ』
ヒソヒソと話す私達に。
更にビシ!
足を踏み込み、プリン頭のギャル女が言う。
「ちょ! マジむかつくんですけど! なにあーしを無視して二人で話してるのよ! このあーしが、せっかく出てきてやったっていうのに? それはないでしょーが! 犯罪よ犯罪! 訴えるんだからね!」
吠える声はちょっと間抜けなのだが。
……。
放っている魔力は本物。
間違いなく、例の魔導書を送りバグを発生させていた犯人である。
ヒナタくんと顔を見合わせて、私の方が言う。
『やあプリンのような頭が素敵なお嬢ちゃん。君は私達の敵かな、それとも傍観者かな――味方という事は残念ながらなさそうだけれど、どうだろうか。自己紹介をして貰えないかな?』
「ふーん、そう! レディに先に名を言わせるなんて、マジありえないんですけどぉ! ――お兄さん、いくらイケメンでもそれはマイナスってもんですわ!」
ふ、敵にすらイケメンと思われてしまう。
この美しさは罪。
まあ名乗ってもいいのだが、名前も魔術情報の一つ。
敵の正体が判明するまでは隠しておきたいという、戦略的な思惑もある。
『他人の世界に土足で踏み込みアンデッドを送りつけてくる、そんなふしだらな女性を淑女と呼べるほど、私は心が広く無くてね。申し訳ないが、もう一度だけ言うよ。名乗りたまえ』
一瞬だけ。
本気の魔力を、ざわりと滲ませたからだろう。
周囲の空気が――死ぬ。
日焼けの目立つ肌に薄らと汗をにじませ、少女は言う。
「へ、へぇ……お兄さん、何者なの? その魔力、マジでやばい感じじゃん」
『一応、魔力差を読むだけの力はあるって事か。安心したよ。君は奇襲をしようと結界を破り、入り込んでいたのだろうけど――残念だったね、そちらが罠にハマったという事さ』
少女は周囲を見渡し、ごくり。
彼女の瞳に映るのはおそらく――壊れた筈の強固な結界。既に破られたソレよりも、何倍も強力な結界を再構築されたと悟ったのだろう。
「なーるほどねえ、このカワイイあーしをハメるなんてクソ生意気だけど。まあ、いいわ! 自己紹介つってたわね。その邪悪なる耳の穴を、綺麗にしてよーく聞けっつーの!」
告げて――。
黒ギャルはプリングラデーションの髪を掻き上げ、ふっと微笑。
「あーしはカナリア。金色の死霊使いカナリア。この名に聞き覚えはあるでしょう?」
少女は自信満々な顔をこちらにふふんと向けているのだが。
当然、私に覚えはない。
まあ、猫である私の記憶容量は少なめなので、忘れているという可能性もあるが。
『だ、そうだけど。ヒナタくん、君の知り合いかい?』
「えぇ……んー、悪いんだけど。知らないわよ? こんなちょっと頭が残念そうな死霊使いなんて――あんたの方の知り合いじゃないの?」
どうやら両方共に知らないようである。
口元を小さな手で覆い、カナリアとやらは言う。
「はぁぁぁあああああぁぁぁぁぁ!? あ、あんたたちねえ! 本当にこのカナリアを知らないっつーの!?」
『だって君、地球からすると異世界の住人だろう? 私の世界の魔力パターンとも違うし、君の名前は伝わっていないよ? ああ、もし魔導書か何かで伝承されているのなら、その魔導書名を教えて貰えばもしかしたら――該当する異界存在を知っているかもしれないけど』
挑発のつもりではなかったのだが。
風船みたいに顔を膨らませ、怒り気味に少女は言う。
「は? は? はぁぁぁぁ!? どうせ、あーしは魔導書にもなってませんっつーの! もう! なによなによ! せっかくこのカナリアが! こんなド田舎の世界を征服しに来てあげたっていうのに、もう怒ったんだから!」
魔導書を浮かべ、バササササと戦闘をしかけてきそうになっている。
その顔は戦士の顔へと既に切り替わり、複雑な魔術構成による詠唱を繰り返し始めている。
シリアスというやつだ。
が。
むろん。
こちらはシリアスなど維持できずにいた。
私もヒナタくんもどうしたもんかと困惑気味。
「ねえ、どうする? これ、殺しちゃったらさすがに寝覚めが悪いわよ。残念そうな口調と格好だけど、一応女の子だし……」
『でもたぶん今回のアンデッドバグ領域の犯人だろうし……非常に扱いに困るね。どっかのバカボンボンみたいな異世界貴族だったら、とりあえず、殺してからネクロマンシーで自我と権利を奪い洗脳。死した屍から無理やり事情を聞くところなんだけど……』
困り顔で言う私に。
ヒナタくんはなぜかドン引き気味。相手の黒ギャル、カナリアとやらも若干引き気味。
聖剣でブンと風を切ったヒナタくんが、瞳をつぅっと細めて冷たい息を上げる。
「はぁ……あんたの倫理観とか価値観のずれの話は置いといて。カナリアさんだっけ? あたしたちと敵対するって事でいいのね!? 最終確認よ!」
「当たり前っしょ! いまごろ命乞いをしたって、遅いっつーの!」
プリン頭を魔力風で靡かせて、黒ギャルカナリアが手を翳す。
次に告げるのがおそらく、召喚の因となるキーワードなのだろう。
ぺろりと舐め上げた唇のグロスが、怪しく蠢いた。
「来たれ! 女王を守る無敵の剣よ――!」
ゴゴゴゴゴ、バチバチバシン……!
黒き雷光が教会のステンドグラスにヒビを作り、邪悪な魔力で周囲を覆う。
そして、それは顕現した。
◇
召喚されたアンデッドは……永遠なる英雄女王護衛騎士団。
平たく言えば英雄。
死した英雄騎士達を騎士団ごと召喚する、大規模な儀式死霊魔術である。
魔術の形式としては女王、つまり召喚主を守る騎士団を顕現させる死霊魔術のようだ。
私も以前、似たような魔術を見たことがある。
見た目十代の少女が使っていいようなレベルの魔術ではない。
が。
ひじょうに、もうしわけないのだが……。
うん。
当然、私とヒナタ君の敵ではない。
そこまでの力量の差を読む力が、残念ながらこのカナリアにはないのだろう。
「ふふん! どう!? 命乞いをするなら今のうちなんだから!」
「いや、あんた。命乞いは遅いって言ったばっかりじゃない……」
ヒナタくんに指摘され。
ぐぬぬぬぬぬ!
しかしすぐに自らの呼び出した、女王護衛騎士団に目をやって。
「あら、やーだー! そこの勇者さまったら、負け惜しみなんておっしゃられて、いるのでございますかー!? はー! ちょー! ウけるんですけどー!」
「あー、そういうのはもういいわ。敵なんだしね」
パタパタパタとヒナタくんはコミカルに手を振って。
スゥ……と瞳を細める。
「さて。じゃあ――殺すわね」
ぞっとするほどの殺意が、聖剣使いの女子高生の口から零れていた。
空気が、変わった。
雷光を纏う聖剣が、持ち主の本気に応じて――ばちり。その刀身を輝かせている。
んーみゅ……あいかわらず、女子高生離れした胆力である。
ヒナタくんは既に肝の据わりきった――実戦経験を積んだ、勇者なのだ。
ま、相手も私達でなければ無双できる戦力を召喚したわけだし、こればっかりは仕方がない。
いうならば、刃物を突き付けられている状態なんだし。
こっちだけが遠慮や気遣いをしてやる義理はない、ということだ。
気迫に圧され気味に、カナリアが応じる。
「は? ウッザ。マジしらけるんですけど。ま――そっちがその気なら、こっちも容赦しないっつーの! そのお綺麗な黒髪で呪術人形でも作って、あんたのお可愛い顔で、生きるミイラ戦士でも作ってやるわ!」
黒ギャル死霊魔術師も、ヒナタくんの放つ殺意に中てられたのだろう。
危険と判断したらしく、さささ!
そそくさと騎士団の後ろに隠れだす。
「さあ、やっちゃいなさい! あーしの素敵なクイーンナイツ!」
むふー!
騎士団の後ろから誇らしげに胸を張る少女には悪いが、私は手を翳し。
新たな死霊聖書を顕現。
長く端正な手に乗せ、ゆったりと――聖書を開く。
『ヒナタくん、ここは私に任せたまえ。魔力――解放』
さすがに女子高生と女子高生っぽい異世界人の殺し合いは、ねえ?
戦いを止めるべく、私は詠唱を開始。
赤い瞳を輝かせた私は、戦う事無く、格の違いを示すように憎悪の魔性の力を発動。
『聞こえているかな騎士達よ、我こそがケトス。魔猫を治める神にして、邪悪なりしモノの王。さあ、イイ子だ。主人を殺されたくないのなら、我に――従え』
名乗り上げの詠唱で、騎士達のコントロールを奪い。
ぐぎぎぎぎぎ!
支配を完了した私は、聖書を片手でバサリと閉じる。
既に配下となった死霊騎士団がザッザッザ!
謁見の間を彷彿とさせる隊列を組み、私を王と崇めるように傅いている。
カチャカチャカチャ。
気高き死霊の騎士達の、その甲冑は恐怖で小刻みに震えていた。
なかなかのドヤシーンである!
まともに顔色を変えて、死霊使いの少女が唸る。
「な! う、うそ!? あーしの騎士団が!」
『で? これで、君のお遊戯は終わりかい?』
殺意満々だったヒナタくんも、さすがに眷族を失った状態の召喚系統術師を、惨殺する気にはならないのだろう。
聖剣を握ったまま、はぁ……と肩を落としている。
「ケトスっち、あんたって本当に女と子どもには甘いわよねえ……邪悪な魔導書を何度も何度も、なーんども送り込んで攻撃してきていたんだから、明らかに悪意のある敵なんだし。この場でバサリ! って、やった方が後腐れなかったんじゃないの?」
『ま、たしかに……そうかもね』
言葉を受けて、静かに私は微笑していた。
「なによ、その顔は」
『いやあ、君との出会いも似た感じだっただろう? こうやって襲ってきたところを、見逃してあげたなあ――って、あの日の事を思い出していただけだよ』
「う……っ、あれは、あたしじゃなくて他の勇者とか衛兵とかが中心だったし!」
これでちょっとは彼女の戦意も薄れただろう。
さて、しかし。
ヒナタくんが言っていたことも、もっとも。
もし、どうしても仕方のない事情で地球を滅ぼそうとしていた。
なーんて裏があったら、面倒なのも事実なのだ。
だから、ヒナタくんが言ったように――。
攻撃を受けたという立派な大義名分だけがあるうちに、消してしまった方が、色々と安全だし楽なのである。
そんなこちらの内心を知ってか知らずか。
プリン頭のカナリアは、奥歯に物が挟まったような顔で――。
「ケトスっち……ケトス……ケトス、あれ、どこかで聞いたことのあるような……ないような」
呟き言って。
ビシ!
何かを思い出したのか、その日焼け肌にダラダラダラと汗を浮かべて。
「え!? ま、まさか……ね、ねえ……さっき、あなた……なんて言ったのかしら?」
『いや、我に従えって支配権を奪ったんだけど』
問いかけに応じる私に、彼女は首を横にブンブン振る。
「その前よ! 我こそがケトスって! それに、そっちの勇者はケトスっちって……ね、ねえ? ももももも、もしかして……あ、あなた! あの伝説の破壊神! 大魔帝ケトス!?」
『どう、「あの」なのかは分からないが、まあその大魔帝ケトスさ』
これは異世界に流れる魔導書で、私の存在を知っていたパターンかな。
私ほど有名で力のある存在だと、伝承を記す英雄譚――。
いわゆる魔導書が生まれる事がある。
知識が神話や物語として語られている時があるのだ。
まあその現象はおそらく。
力ある魔術師が、未来視や遠見の魔術に類する力を用い、異界の情報を読み取り魔導書を生成しているのだろうが。
ともあれ、プリン頭の少女は叫ぶように言った。
「だって、あんた人間じゃないのよ! つーか! 大魔帝ケトスって太々しい顔をした、黒きドヤ猫だって聞いていたんですけど!?」
『ああ、これは変身しているだけだよ。よっと!』
言って、私はくるりんぱ!
いつもの麗しい黒猫モードに戻り――黒い靄を発生!
大魔帝セット一式を緊急顕現させ、装着!
玉座の上で、もふもふボディを輝かせ――尻尾を優雅にくるり。
肉球で掴んだ猫目石の魔杖を、震わせ。
ドヤァァァァァァッァア!
『我こそがケトス! 大魔帝ケトス! 異世界の大神なり! なーんて、ほらどうだい? 君の知る伝承の魔猫に似ているかな?』
ネコの髭を偉そうではなく本当に偉いから、ピンピンにさせ。
私はモフりと猫の丸口を動かしていた。
今日もイイ感じに猫毛が輝いていて――とってもかわいいのである!
「黒き太々しい顔の、ネコ魔獣……。う……うそ……じゃあ、このドヤ猫、ほほほほほほ、ほ、本物……?」
カナリアと名乗った金髪プリン少女は、ぐぎぎぎぎ。
人形のように首を傾げ、ヒナタくんに目をやる。
さっきまでは切り捨て御免モードだったヒナタ君も既に、いつもの状態に戻っている。
声を震わせる黒ギャルに、親切に応えていた。
「ええ、カナリアちゃんだっけ? あなたの知る伝承がどういうモノになっているかは知らないけれど。正真正銘、あの、大魔帝ケトス本人よ」
「え? じゃああの! 異界の魔導書に記されし破滅の魔魂。あの! 終末の獣! あの! さ、殺戮の魔猫!? あの! 大魔帝ケトス!?」
あのあのあのを連呼し――彼女はびしり。
顔をヒクつかせ。
プリン頭に、ごてごてネイルの指をつき入れ――掻きむしり。
「はあぁぁああああああああああぁぁぁぁぁっぁぁ! マジありえないんですけど!? なんでよ! なーんでぇぇぇえええぇ! こんな魔術もスキルも発生していないような、ド田舎の異世界に、史上最低最悪の大魔族がいるのよー! そんなの、あーし!? 聞いてないし―!?」
絶叫が、穏やかだった教会にこだました。
◇
この後。
彼女が全面降伏をしたことは、まあいうまでもないだろう。
はてさて。
いったい、どういう事情で地球を襲っていたんだか。
どーせまた、厄介ごとなんだろうなあ……。




