モテモテにゃんこの受難 ~ゾンビ無双~
魔王城での休暇も終えて、帰ってきましたダンジョン領域日本!
現在ここはホラーゲームで満たされた世界。
ソシャゲ状態も維持しつつ。
大人もこどももアニマル達も、湧いて出てくるアンデッド系の魔物をハンティング!
大魔帝ケトスこと素敵もふもふニャンコな私も、もちろんイベントに参加していた。
まだ早朝なので人は少ないが、ゾンビさんなら山ほどいる!
見回りと警備も兼ねているのだが、今回は聖剣使いの女子高生――ヒナタくんに浄化の魔術を教える、いわゆる魔術修行もすることになっているのだ。
だがその前に、ニヤリ!
待ち合わせ時間にはまだ余裕がある。
私は猫の丸口を悪戯の笑みに変え、小型のハンドガンを魔力で浮かべ。
緑豊かな公園内をネコちゃんダッシュ!
草と土の香りが、ネコちゃんの鼻を擽っていた!
『くははははははははは! 我はケトス! 大魔帝ケトス! 成仏したいゾンビたちは、とっととやってくるのである!』
パンパン――パンパンパン!
スタイリッシュにごろんと転がり、再び、パンパンパン!
風に靡く猫ヒゲとシッポ、そしてなによりこの凛々しい美貌!
とってもかわいいね?
対する相手はもちろんゾンビさん。
おそらく成仏できていない異世界の魑魅魍魎が、ソシャゲ化世界でゾンビという器に憑依。自由に行動できるようになっているのだろう。
死せる彼等は生者を求めて、うがぁぁぁぁぁぁぁぁ!
その目的は殺人、ではない。
ゾンビさんが、うごぉぉぉぉっぉと呻きながら、崩れかけた口で言葉を漏らす。
「たおしてえぇぇぇぇ! あたし、じょうぶつしたいのー!」
「まちなさいよー! ワタシが先よ!」
「ボクが先さ! きみたちはまだ、五十年しか彷徨っていないだろうが! ぞんび素人め!」
ぞんび素人って、なに?
ともあれ私は浮かべたハンドガンを三つに分裂させ、祝福された銀の弾丸を装填。
『はいはい、並んで並んで――ちゃんと全員倒して成仏させてあげるから。はあ、これじゃあゲームじゃなくて浄化ボランティアな気もしてきたけど、まあしょうがないか』
この人たち、今はソシャゲの世界に取り込まれているが……。
その実態は成仏できないまま彷徨う、哀れな霊魂たち。
本来なら転生もできず、永遠に地上を徘徊する呪われし存在なのだ。
けれど、パンパンパン!
ネコちゃんが魔力で浮かべるハンドガンで、その動かぬ心臓を打ち抜いてやると。
パァァァァァァっと神々しい光で満たされ。
ゾンビさん達は自らの胸に浮かぶ光に、ゆったりと目を落とし。
「ありがとー! この世でもっとも邪悪でおぞましき魂の魔猫の君」
「邪神ケトスさま! あなたこそがゾンビの救世主よー!」
「ああ、これであたし、やっと転生できるのねー!」
皆が死を再確認し、本当の意味で救われ成仏していく。
結界内でゾンビが倒されると、器の崩壊と共に祝福が発動!
同時に、魂を導く浄化の光が発生するようになっているのだ。
これも一種の魔術現象。
白銀の魔狼ことホワイトハウルと、大いなる光による彷徨える魂を救う奇跡結界なのである。
このダンジョン領域日本の主神の二柱だからね。
そういう細工もできてしまうのである。
この世界の主神扱いである残り二名。私やロックウェル卿はどちらかというと、邪悪サイドなので、そういう奇跡的な空間を作るのは得意じゃないから――。
まあ助かってるんだけどね。
『それじゃあ、君達。今度は迷わず逝くんだよ。今回みたいな成仏の方法は特殊なんだから』
成仏していく魂を、ま、せいぜい来世は幸せにね――と、祝福をかけて見守っていると。
ザザザ!
ぐおぉぉぉおおおおおおぉぉっぉぉぉお!
「みつけた! みつけた!」
「あれが魔猫の君! ありとあらゆる不浄霊を滅ぼし成仏させてくれる、御猫神さまよ!」
「キャー! 素敵、滅ぼしてー!」
草葉の陰から、ぞろりぞろりと成仏できないゾンビさんたちが顕現。
黄色い悲鳴を上げながら、墓穴からニョキニョキ♪
地を這い、ズザザザザザ!
『って、ぶにゃにゃ! 量が多いし! なんか怖いんですけど!』
「滅ぼしてー!」
「おねがいー! 心臓をぶち抜いてぇぇぇぇぇえ!」
そう!
出現するアンデッドさんも倒される事で浄化され、長い死霊生活を卒業! 成仏できるという事で、喜びながら倒されに来る。
そんな。
なんかよくわからん、一石二鳥な関係を構築していたのである。
大魔王ケトスは多種多様な異世界と、ホラーゲームをリンクさせたのだろう。
様々な世界の、様々な理由で成仏できない魂が無限湧き。
延々とゾンビとして浄化されにやってくるわけで……。
『ニャァァァアアアアアアアアァァッァァ! これじゃあ、キリがないじゃないか!』
と、いいつつも私はシッポを膨らませ。
ポンと変身!
黒衣の神父モードに身を再臨させ、聖書をバサササササ!
『主よ――! なんかすっごい浄化の光で彷徨える魂をなんとかしたまえ!』
超カッコウイイポーズをしながら、省略詠唱で浄化!
「あぁ! あれこそ黒髪の神父様よ!」
「ええ!? あのどんな邪悪な汚れも一発除去! たやすく浄化してくださる魅惑の紳士さま!」
「キャー! 聖書で叩いて―!」
猫モードでも、神父モードでもこの有様。
ゾンビさん達が寄ってきてしまうのである。
ちょっとしたアイドル状態になってしまっているのだ。
成仏したいゾンビさん達の熱意が、もう半端ない。
怖い。
テンションもやばい。
じゃあ早く成仏させてあげろと、当事者ではない人から見るとそう思うかもしれないが。
公園の土でわっせわっせと励む蟻んこの列。
あれが一斉に、向かってくる現場を想像して欲しい。
しかも、その蟻んこは人間サイズで、ところどころが腐っていたりマミー状態になっていたり、異形なる怪人アンデッド化しているのだ。
メチャクチャ怖い。
ドドドドドドドドド!
アンデッドの皆さんが走り、転び、ぐちゃぐちゃになって向かってくる中。
私は聖書を構え――ぶにゃ!
ゾンビさん達が舌足らずな声で、唸る。
「あー! ごれでやっど解放ざれるー!」
「眠りだいのー! おねがいー!」
ついつい私も人型モードなのに、珍しく動揺しながら叫んでしまう。
『君達! 誰に倒されても成仏できるんだから! もっと分散しておくれよ!』
「いやあぁぁぁぁ、あなたがいいのー!」
「ずでーぎーなーおじ様ー! あーだーじーをほろーぼじーでー!」
救いを求めるその手が、わしゃわしゃ!
ええーい!
脳が半分ぐらい溶けてるくせして、選り好みしおって……!
なんていうか、私。
ゾンビさん達にモテモテになってるんだよね。
たぶん邪悪な存在で近寄りやすく、そして間違いなく滅び――すなわち成仏を齎してくれる猫魔獣。
なおかつ、だ。
人間モードでは、奇跡や祝福を得意とする神父形態が基本。
自慢であるが浄化の奇跡も超一流だしね。
異界より招かれる形となっている不浄なるアンデッド達に、質の高い成仏を求められ、狙われているのである。
嬉しくない!
冷たいゾンビさんにモテテも、ぜんぜん嬉しくない!
ともあれだ。
救いを求められているのも事実。
この世界に招かれているのは皆、ゲームのゾンビになってでも成仏して輪廻の輪に戻りたがっている哀れな魂なのだから。
そんなわけで――!
『我はケトス! 大魔帝ケトス! 異世界の邪神なり!』
名乗り上げの詠唱で結界を構築し、空中に退避!
続いて、バサササササササ!
聖書を遠隔自動砲撃型魔道具――ビットのように飛ばし。
魔力で紅き瞳を輝かせ――祈り、詠唱。
『聞け! 道に迷いし哀れなる者達よ――! この慈悲は偉大なる御方、魔王陛下の御心による奇跡だと心に刻むのだ。さすれば道は開かれん! 汝等に救いの光が導かれるであろう!』
ここ、重要ポイント!
さりげなく魔王様信仰を広げ、魔王様信仰者を増やしているのである。
成仏して転生したその時、魔王様の御名を魂に刻んだまま生まれるだろうからね!
私自身も身を空に浮かべたまま、赤い魔力を纏う。
憎悪の魔性としての力だ。
空は暗黒に染まり、昏き天を聖なる光が衝く。
『私はゾンビ系ガンシューティングゲームを楽しみたかっただけ――なんだけどねえ。まあ、仕方がない! 主よ! 道は開かれた、哀れなる者達に安寧への導きを授けたまえ! 汝らの来世に、救いあらんことを!』
――名もなき浄化の奇跡が発動――!
振りかざすように、私は手をスッと降ろし。
キィィィィッィィィィィン!
割れた暗雲の隙間から、神々しい浄化の光を降り注がせ――。
ずどーん!
迷える魂を清めて、祓う。
もちろん、全て大成功。
「ありがとー!」
「ああ、ありがとう……ほんとうに……ありが……」
言葉の途中で、彼らの残滓が光の中に吞まれて消えた。
彼等はどこかファンタジーな異世界の、滅ぼされた街の住人だったようだ。
次々と魂たちが天へと昇っていく。
元の穏やかな顔に戻り、礼をしながら去っていくのだ。
成仏したのだろう。
パチパチパチパチ!
この拍手の主は、ソシャゲ世界でスキルや魔術を嗜んでいる人々。
彼等には今の偉大な、葬送の奇跡を理解できたのだろう。
それほどでもない、なーんて謙遜は私はしない!
『ふっ……それほどでもあるさ! さあ人間諸君! 迷えるアンデッド達を浄化してあげようじゃないか!』
朗々と宣言し、ペカーっとホワイトハウルのように後光を浮かべて両手を広げる私。
神々しいね?
「おー! あれが有名ランカーの大魔帝ケトスさんか」
「すげえ、初めて見た!」
「今回のゾンビハンティング記録も相変わらずトップらしいぜ?」
こんな拍手の最中でも、ゾンビさん達が浄化されようと次々と土の中から――。
ボコボコボコ!
モグラもびっくりな高速土掘りで、うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
「きゃあぁっぁぁあー! 死神ネットでも有名な、噂の黒衣の黒髪神父様よ!」
「あだぢよ! あだしがざきに、浄化じでもらうんだから! ブスはあっちにいってなざいよぉぉぉ!」
「は!? わたぢがザキに土を掘っだんだから、こっちがザキだし!」
ゾンビちゃん達が、浄化を求めてズボボボオ!
どちらが先に私に浄化されるか。
その権利を求めて、ドスドスドス!
取っ組み合いの喧嘩を始めて、ほのぼの太陽の下でなかなか見た目のエグイ殴り合いをしている。
って、死神ネットってなにさ……。
なーんか、アンデッド達によくわからんコミュニティが形成されてるのかな?
ともあれ。
『仕方がない、ほら君達――喧嘩はそこまでだ。はいはい、並んで並んで。主よ――大いなるその光を御旗に、邪悪なる魂に救いを齎したまえ!』
大奇跡の大安売り。
大いなる光の力を借りた、浄化の奇跡を雨あられ。
もちろん今回も成仏は成功!
見物人たちの、沢山の拍手と賞賛を受ける中。
やってきたのは強い魔力。
聖剣を担いだ女子高生の、呆れたようなぼそり声が私の耳を揺らす。
「ケトスっち、あんた、遊んでるって話だったのに……なんでそんなに疲れた顔してるの?」
『ああ、その声はヒナタくんか』
「うっわ……あんた、ひくぐらいすごいスコアになってるわね。これじゃあ世界一つ分の魂ぐらい浄化しちゃってるんじゃない? よく魔力が持つわよね。さすがだわ」
スーっと空から降りてきた私は、聖書を閉じて。
気怠く甘い青色吐息。
『まあ魔力は無限に湧くからいいんだけど……。うん……ご覧の通りだよ。なんか、アンデッドのアイドルになっちゃってね、ははははは……はぁ……とりあえず、まだここはアンデッドが無限に湧くから、場所、変えようか』
珍しくげんなりとしている私も凛々しいわけだが。
ヒナタくんは同情したように、くすり。
苦笑いを浮かべるのであった。
◇
場所を移して、ここは古びた教会の中庭。
大樹の木漏れ日の下の、座って休める緑の休憩所である。
結界の中でもあるので、さすがにここにはゾンビも入ってこられないのだが。
いつ襲われるのか、それも分からない。
結界を破ってくる上級アンデッドもいるだろうからね。
そんな教会の周囲。
街路樹の木陰が多い緑の道を歩いているのは、私配下のネコ魔獣たち。
街の警備をしている眷属猫も、雰囲気を出そう!
ということで変身。
みな、カボチャの兜をかぶってハロウィンキャットのコスプレをしているのだが、こちらの評判もなかなかいい感じである。
これで普通に、ガンシューティングゲームを楽しめれば問題なし。
ゾンビさん達も成仏できて、私達も遊べて一石二鳥のはずだったのに!
どーも、私が顕現していると、尋常ではない量のゾンビさんに囲まれちゃって――遊びどころではなくなってしまうのだ。
つまり、そんなに楽しめていないのである。
そうそう!
ちなみに、今ゲーム内ガチャも限定イベントアイテムも、全部がホラーゲーム仕様になっている。
力を取り戻した七福神たちが手伝ってくれたからね、そのクオリティも問題なし!
キョンシーのお札と帽子を被った車崎セイヤくん。
そして、同じ装備をした――破壊神の爺様産ギャルゲーの女の子たちが、それなりに渋い確率で排出されるようになっている。
ともあれ、神父モードなままの私は現状を説明し。
話の終わりを示すように、パタリ――。
記録クリスタルと同等の効果のある魔導書を、静かに閉じた。
『というわけで――今、この世界がこうなっているのは大魔王の仕業なのさ。ま、悪気は皆無だし、平和につながってはいるんだけどね。こう……無茶苦茶だけど、いちおう、筋は通っているんだよ』
浄化の魔術を勉強中のヒナタくんが、私特製の勉強聖書とにらめっこをして。
魔術式の多さと複雑さに音を上げたのだろう。
はぁ……。
肩を落として、私に言う。
「なるほどねぇ……あの白猫大魔王、さんざんこの世界を引っ掻き回してメチャクチャにしていったけど、一応、考えた上での行動だったのね。で、あの子は今どうしてるの? またなんかやらかさないわよね?」
『罰ってわけじゃないけど、今頃――魔王様の書類仕事を手伝って、ドヤ顔しながら判子押しをしているはずさ』
言って、私は空を舞う死霊の群れに向かって、ジト目を作り。
じぃぃぃぃぃっぃぃ。
上空の結界にびっしりと張り付いた、ゾンビお姉さんが――くわ!
腐った目を見開き、もう聞き飽きる程に耳を揺らした黄色い声を上げている。
「きゃー! いたわー!」
「ここよ! ほら、ここにあの方がいらっしゃるのー!」
「神父様ー! 浄化してええええ!」
黒衣の美貌神父モードを維持していた私は、聖書をバサササササ!
浄化の祈りをもって、迷えるアンデッドを迎え撃つ。
『主は命じられた――畏れよ、彼の者の威光を。信じ、祈りを捧げ給え。さすれば道は開かれん』
祝福の言葉が増幅され、結界に張り付いていたゾンビさん達がそのまま空に登っていき。
ありがとー!
感謝を残して、成仏。成仏。成仏成仏成仏!
私がやりたいのはスタイリッシュなゾンビハンター!
向かいくる敵を、バッサバッサと撃ち落として、魔刀でジャキン!
ゲームみたいに格好よく決めたいのに!
けれど現実は量が多すぎて、広範囲無差別浄化の奇跡を使う羽目となっているのである。
大魔王ケトスが誤射や悪意を心配し、同士討ちを禁ずる結界も張っているからね。
それも私にとっては厄介で。
いつもみたいに、とりあえず全部ふっ飛ばす! という手も、使えなくなっているのだ。
浄化を終えて、私は椅子に腰かけ――。
気怠い吐息。
まあ、今のこの姿は憂う美貌の神父なので、女性陣からはかなり高評価らしい。
あのソシャゲ中毒で、基本的にゲームの男性キャラにしか興味のないグレイスさんにすら、「ケトスさま……。あのぅ……その溜め息と、その草臥れた微笑。女の子を無駄に誘惑しちゃうので止めた方がいいですよ?」
と、忠告されたくらいなのだ。
かくいうヒナタくんも、ちょっぴり顔を赤くしているが。
まあ、これは指摘しない方がいいかな。
この気遣いこそが、モテる美猫のエチケットというヤツだろう。
「た、たいへんね。これ。もしかして神父モードを維持している理由って……」
『ああ、浄化の奇跡は人の形をしていた方が扱いやすいし。なにより猫の姿だとアンデッド達がすぐに邪悪なる私の気配を察知してね、救いを求めて隣の県から走ってきちゃうんだよ』
「ま、まじ?」
私が証拠映像を見せてやると。
そこには、黄色い声を上げながら全速力で走るゾンビたちが映されていて。
さしものヒナタくんも動揺して、ぽとりと口に銜えていたポテチを落としてしまう。
慌てて魔力で浮かべたので、貴重なポテチさんは無事だったが。
彼女も深くため息をつき、忠告するように私に言う。
「しかし……ケトスっち、あんた本当に人間モードだとイケおじね。あのぐーたらネコとは思えないほどまともじゃない。それと――さっきの溜め息、止めた方がいいわよ。あたしだから誘惑されなかったけど、耐性が低い一般人だったら即落ちよ? どーせ応える気がないんだろうから、魅了しちゃったら可哀そうでしょ。そりゃ、渋くてカッコウイイとは思うけどね」
『おや、素直に褒めてくれるなんて珍しいじゃないか』
キシシシシと微笑み、黒髪をふわりと風に揺らし彼女は言う。
「にひひひひ! ま、浄化の奇跡の腕は本物だし。今こうして、浄化の魔術も学んでいるんだから師匠みたいなもんだしね。リップサービスよリップサービス!」
『それで弟子である君に聞きたいのだが、どうだい? 少しは浄化の腕は上達したのかな』
言われてびくり!
聖書を枕代わりに机に突っ伏す彼女は、やはり再び落胆の姿勢をして。
「ダメねえ。浄化の基本は相手、つまり死した者への慈悲や憐憫、同情の心が強く影響するって言う理屈や、魔術式は理解できたけど――どうもねえ。その辺の死への慈愛とか、慈悲の感覚があたしには掴めないっぽいのよねえ」
『まあ仕方ないだろう。君は異世界に三度も転移させられて、常人とは違う死生観を持ってしまっている。望んでそのような環境になったわけではないだろうが――死への感情が薄くなってしまっているんだろうね。あくまでも浄化魔術を扱う上での感覚としてだけれどね』
そう、ヒナタくんは死を仕方のない事。
そうなってしまったら、それはそれ。
どこか他人の死に、冷めた感情を持っているのである。
なのに心は優しく、純粋。
勇者召喚という体験を通して積んだ経験のせいなのだろうが、不安定なのだ。
「で、人間を恨んでいる筈のあんたが、なーんでそんなに浄化の奇跡が得意なのよ。たぶん、ケトスっちさあ、浄化の分野でも世界最高レベルの実力でしょ? ズルよ、ズル! そもそも、魔族なのにどういう理屈で奇跡を発動させてるのよ。反則じゃない!」
『私の心、魂の三分の一は元人間だからね』
大魔帝ケトスの伝承を知っているのならば、その辺りの事情も少しは知っているのだろうが。
ちゃんと話した事はないからね。
話すべきかどうかも分からない、複雑な心境なのである。
ヒナタ君は何かを察したのだろう。あー……と、触れてはいけない部分だったかなと言いたげな顔をし。
頬をポリポリ。
気まずそうに彼女が話題を変える。
「まあ、いいわ。で、どーしてあたしを連れだして、こんな所でゾンビ狩りなんてしてるのよ。まあ、大魔王ケトスのこのホラーゲーム化現象で、敵からの攻撃を防ぐことに成功したって言うのは理解したけど。これ、なにしてるの?」
『そう、転移させた魔導書によるバグの発生は完全に防いだ。なら、次に敵がしてくることは何だと思う?』
麗しい美壮年紳士が教師としての声音で問う姿は、我ながら様になっている。
それなり以上に目を惹くのだろう。
教会の周囲の道では、まだゾンビ狩りが続いている。
連射式オートクロスボウでグールの心臓を射抜きながら、井戸端会議をしている主婦さん達の視線は、こちらにうっとり。
長い前髪の隙間から覗く私の赤き瞳に、釘付けとなっていた。
ヒナタくんが主婦の皆さまに苦笑しつつも、問いかけに応じる。
「そりゃあ、遠距離からのチマチマ攻撃ができなくなったんだし……。敵も手段を変えてくるんでしょうけど、あー、そっか。分かったわ――直接、攻め込んでくるって訳ね。まあ、あのペンギンみたいに潜伏。こっそり隠れてはいるんでしょうけど。って、もしかして! もう侵入されているんじゃないの!? 敵が潜んでいるなら探した方がいいんじゃない?」
『だからこうして探しているだろう?』
笑いながら言う私に、彼女は訝しげに眉を顰める。
「はぁ? 意味わかんないんですけど」
私自身と、彼女を交互に指差し私は言う。
『何かと騒動を引き寄せる私と、騒動に巻き込まれがちな君。二人で行動していれば、絶対に向こうからなんかトラブルがやってくるだろうからね。もし既に侵入しているのなら――そのうち黒幕の方からなんかやってくるんじゃないかな?』
いわゆる、お約束を利用しているのである。
まあこれ。
実は冗談ではなくまじめな話でもあるのだ。
お約束やジンクス。
そういったモノはある意味で魔術の一種。世界の流れを引き寄せる運命操作系に分類させる、れっきとした魔術学問の一つなのである。
まあ一般的な魔術理論ではないので、ヒナタくんはとても呆れていた。
「はぁ……アホらしい。あたし……帰るわね」
『そう言わずにもう少し付き合っておくれよ――っと、言いたかったのだが。どうやら頼む必要もなさそうだね』
そう。
既に教会の中に、私も知らない強力で邪悪なる魂が入り込んでいる。
気配を察したのだろう、ヒナタくんもこっそりと聖剣を顕現させて。
心底呆れたように喉を揺らした。
「えー! マジでこんなアホみたいな理論でやってきたの!? どーなってるのよ魔術って!」
『だからこその魔術さ。現実と同じじゃ、つまらないだろう』
言って私は、聖書を無数に顕現させた。
敵は――すぐ近くに潜んでいる。




