はじまりのチャペル ~異世界モンスター混入事件~
雨の香りがする、月明かりもない深夜の草原。
漂うのは饐えた土の異臭。
そして塗れた草を踏み込む靴の音。
不快な香りに鼻梁を歪めつつも――二つの影が闇夜を駆ける。
そんなわけで!
いきなりで大変恐縮なのだが、私は今現在、戦闘の真っ最中!
人間モードでキリリ!
端整な顔立ちをクールに引き締め、シリアスな声で聖書を翳していた。
雷雨が轟く、闇の中。
こちらの世界の死霊とは仕様の異なる、死霊戦車騎士の群れ。
デュラハンチャリオットの軍勢を前にし――黒衣の神父がぶにゃははははは!
赤き瞳に魔力を灯らせ――祈り、詠唱する。
『我こそがケトス! 大魔帝ケトス! 主よ――導きと光よ! 汝の導きにより、我が前の彷徨える魂を救い給え!』
手に乗せるのは、光と導きを讃える聖書。
突き出すもう一方の手のひらから、バチバチバチ!
神の雷光を纏わせ――てい!
『汝等に永久なる安らぎを! 《不浄者への猫鎮魂歌》!』
ぎりっと犬歯を食いしばり。
力を解放!
猫の形をした浄化の光が解き放たれ、シュバババババ!
よーし!
蠢く闇の軍勢を一掃!
魔力で黒衣の裾をパタパタパタとさせ。
人間種を魅了する、ダンディーな美貌を見え隠れさせる私も美しい!
パタンと片手で聖書を閉じる私――麗しいね?
謎の美貌神父モードでもちゃんとドヤ顔をしているのだが。
そんな麗しい耽美な空気をぶち壊すのは、いつもの明るい、ある意味で落ち着く声。
「ちょ! なに格好つけてるのよ! こっち、こっち! ケトスっち、ヘルプヘルプ! あたし! 浄化系の魔術は苦手なのよ! 早く成仏させてあげて!」
『ふふ、まあ確かに――君、神様への信仰とかなさそうだもんね』
敵を引き付けるヒナタくんこと、黒髪美少女勇者で聖剣使いな彼女の方を向き。
優雅にくるり♪
指を――ぱちん♪
彼女の身を私の背後に転移させ、救出。
続いて更に、コォォォォォォッォ!
足元から聖なる光を放ち、カツン!
聖職者の異装のまま私は――再詠唱!
『主の子らよ、主の教を聞き、耳を傾けたまえ! 汝、その永遠の苦痛から解放されんと欲するならば、我が賛歌を信じよ。退け! 邪悪なる者よ! 主の聖光を――仰ぎ見よ。安らぎを得るための楔とするがいい――!』
都市一つ分を覆うほどの聖なる力が、聖書を魔力核として広がっていく。
超広範囲の浄化奇跡なのだが……。
チャリオットを討伐した後に湧いてきたのは、次のお客さん。
今度はミサイルランチャーなどを担いだ、世界観ぶち壊しな特大アンデッドが、うごごごごごごぉぉ!
おー、怖い怖い。
これ、絶対ゾンビ系ガンシューティングゲームのボスでしょ……。
『はぁ……まーだ、敵が湧いてくるでやんの……キリがないねえ。これ』
「ボヤいてないで、やるわよ! ちゃんと成仏させてあげないと可哀そうでしょ?」
聖剣を輝かせ、再び魔力を溜め始めるヒナタ君の黒髪も、パタパタパタと揺れていた。
まあその意見も、もっともである。
さて、紹介が遅れたが――。
時は丑三つ時。
場所は突如として発生した、バグフィールドエリアでの事件である。
現在、大魔帝ケトスこと偉大なるネコ魔獣で人間モードに変身している私は――聖書に、銀剣に聖水に、チェーンウィップ。
様々な対アンデッド用の装備を抱えて、悪霊退治を行っていた。
そう、バグ取りをしていたのである。
もっとも、バグといっても普通のゲームに発生する。プログラムミスによるバグではない。
その性質と意味は大きく異なる。
どちらかといえば、これはコンピューターウィルスといった方が正しいか。
なにしろこれ、異世界からの干渉だからね。
先日の事件で知り合ったペンギン大王――アン・グールモーア。
彼と同じく、魔力を利用してダンジョン領域日本に介入。魔術式を書き換え、フィールドを一時的に乗っ取り。
不正データとして、魔物を顕現させてきているのである。
共通点はゾンビとかグール。不老不死ではなく、動く死骸という意味での不死者。
アンデッドが多めだということ。
その目的は不明。
まあどうせ、また世界崩壊の原因の一つなのだろう。
放置しておくと一般人にも襲い掛かるので、こうして処分して回っているのである。
まあ一般人といっても、彼らは既にソシャゲ化された日本の住人。
これも夢の世界のイベントだと思っていて。
ヴァンパイアロードぐらいなら、買い物帰りの主婦ですらエコバッグでドン♪
井戸端会議をしたまま、一撃で吹き飛ばしてるんだけどね。
まあ全部が全部、楽勝とはいかないだろう。
だからこうして今回も、湧いたアンデッドを退治するべく聖職者モードで武装をしているのだが。
……。
こういうのって、ホワイトハウルか大いなる光の仕事じゃないの?
あいつら、正真正銘の聖なる神じゃん。
ともあれ、あの聖なる神コンビのことはともかく。ここもバグエリアの一種。
書き換えられた未知の領域。
除去対象である。
眠れる吸血鬼の城っぽい場所の草原フィールドなのだが――これまた、敵が次々と湧いてくる事。
ちょっぴしうんざりしながらも、闇の中で魔力を纏い、再び黒衣の裾をバサササササ!
とにかくここを全滅させないと話が進まない!
面倒になってきた私は聖書を教会ごと召喚!
『灰は灰に、塵は塵に――! ええーい、もういいや以下、祈り省略!』
百冊を超える聖書を魔力で浮かべて、バササササササ!
自動的に開き、遠隔攻撃をする……一種のビーム兵器のような使い方をし。
ニヤリ!
ズビズビドバー!
鼻水を垂らすような効果音であるが、これは立派な最上位の浄化の奇跡。
ぐがぐげー!
世界の法則を書き換え顕現していたアンデッド達が、次々と浄化されていく。
世界観のぶっ壊しと共に敵も浄化!
『ふっ――実に優雅なエクソシズム。見てごらんヒナタ君、みな感謝しながら浄化されているだろう? きっと成仏できる筈さ』
「え? ど、どーなのかしら……悲鳴を上げて逃げ回っていたようにしか見えないけど……まあいいわ。で、例の魔導書は見つかった?」
周囲を警戒しながら問うヒナタくんに、私はニヤリ。
地底深くに埋まっている魔力の源を、ぐぐぐぐっと引き寄せ。
ぽんと手のひらに乗せる。
『ほら、今回もあったよ。ネクロノミコン。魔導書名は……死せる秘匿者の死霊再誕、か。無論、本物ではない。なにかのゲームから童話魔術に類するスキルで召喚した、魔道具だろうね』
「はぁ……、やっぱしこれなのね。いったいなんなのよ、この騒動は」
彼女がうんざりした声を上げるのも当然。
最近は毎日毎日。
こうして魔導書だけを異世界から送り込まれ、バグが発生――魔物が湧き続ける特殊フィールドを形成されてしまっている。
こっちは後手に回っているのだ。
犯人の特定もできず、はてさて困っていた。
のだが!
しかーし! 賢き私は、一つの結論を導き出していたのである!
内心が猫モードに戻り始めていて。
人型と猫モードの中間。
獣人形態へと変化するように――ピョコンと猫耳を生やし、尻尾をモフモフさせながら私は静かに言う。
『まあ、そんな顔をしたくなる気持ちもわかるけれどね。一つ朗報だ。たぶん、今回の異世界人。いや、まあ人かどうかは分からないけど、犯人がいる場所……というか、領域を掴むことができたよ』
「え!? マジ!? じゃあこのイタチごっこもようやく終わるんじゃない! いやあ、あたしはあんたを信じてたわよ? さあ行きましょう、すぐ行きましょう! とっととその異世界に行って黒幕をぶっ飛ばしましょう!」
ビシ!
っと、私みたいなカッコウイイポーズを取るヒナタくん。
その能天気な笑顔に、私は肩を竦めてみせる。
『そう簡単には行かないさ。なにしろ敵はおそらく、ゲームの中の世界。つまり、ソシャゲ化結界で私がここを覆っているように、ゲーム化されて守られた世界にいるようだからね。不用心に突撃したら、うっかりするとこちらが全滅しかねない』
「なによ、それ! ちょっと意味がわかんないんですけど!」
時間が時間だけに不機嫌そうであるが。
一応、私自身のためにフォローしておくと……勝手についてきたのは彼女の方である。
私は深夜だからと、さすがに止めたのだが――。
彼女曰く、あんたを一人で行かせたら、なにをやらかすか……マジで分からないでしょ? たぶん、あんた自身でも分からないんじゃない?
とのこと。
まあたしかに、私はたまに気分次第でなんだってやってしまう。
ストッパーとなる人物が身近にいた方が、安全なのは事実。
だからこうして、夜中にアンデッド退治という名のバグ取りをしていたのだ。
ともあれ。
優雅な私は眉を下げて大人神父の顔で言う。
『ようするにだ、こっちから攻め込んだとするだろう? すると、次元を渡るわけだけど――転移先で向こうのゲームルールが強制適用。こちらのレベルは一にされ、黒幕に発見されそのままブチ。勇者と大魔帝は死んでしまいました、バッドエンド。なーんてことがあるかもしれないのさ』
ダンジョンタワーで、一時的にレベルが一に戻される現象を経験しているからだろう。
コミカルに息をのんだヒナタくんが、ボヤく。
「うっ……! そりゃあ、それは困るけど……でも、こーして一方的に攻撃を受けてるってのも、ムカツクじゃない?」
口をぷふーっとしながら言う彼女に、私は言った。
『分かっているよ。とりあえず、どのゲームから攻めてきているのかそれを特定しないとね。おそらく、こちらの世界のゲームを依り代にしているのは確かだろうし。相手の土俵を確認することが先決さ。その後で、ゆっくり狩ればいい』
「ん? なんで、こっちの世界のゲームだって分かるのよ? 他の異世界のゲームかもしれないじゃない」
きょとんと美少女顔に疑問を浮かべるヒナタくん。
その顔に私は苦笑し、頬を掻く。
『あー、なんというか……私は様々な異世界の知識を持っているんだけれどね。……ここまで特異で複雑で、無数なジャンルのゲームを作る世界ってさ。ここ、地球だけなんだよね』
「え? そうなの?」
『うん。この世界が少し異常だということさ。君だって数度転移しているわけだけど、ここまで娯楽が充実した世界なんて見たことはないんじゃないかな』
ゲーム以外にも多種多様にエンターテイメントが存在する。
地球は一種の楽園。
享楽に耽る怠惰な世界ともいえるのだ。
そう、異世界人にとっての地球人って。
かなりの変人。
たぶん、ものすっごい変な文化をもっている種族だと思われているんだよね。
まあ私は転生者なので気にならないが。
ともあれだ。
こうして、今回の事件は幕を開けたのであった。
◇
私達はまず、どのゲームに黒幕が隠れているか――。
それを探る事から始める事となったのである。
が……。
夢猫ネットで資料を集めるうちに、だんだんと私はげんなりしてきていた。
尻尾がぐでーんぐでーんと揺れる。
いくらなんでもこの世界、げーむ、多すぎじゃね?
と。
えぇ……この中から候補を探すって、無理ゲーじゃないかなぁ……。




