異国風美女(グレイス)の憂鬱 ~前編~
長きに渡り続いていた事件――転移帰還者誘拐事件を扱っていた組織。
メルティ・リターナーズの一員。
とある雑居ビルの会場で、赤毛の髪を靡かせる彼女は、憂鬱な吐息を気怠く漏らしていた。
スーツの似合うキャリアウーマン風な彼女。
その名は立花グレイス。
今回の事件を終わらせた英雄の一人でもあるのだが。彼女は上司たちに事後報告をしながら、はぁ……とこっそり息を漏らしていたのである。
そう、気怠い吐息ではなくため息だったのだ。
もっとも、美女のつくため息とはそれだけで美しく見えるものなのだろうが。
ともあれ。
報告書には事実のみを書いている筈なのに、モニターに映る上司たちの反応は困惑。
それもそうだ。
まさか恐怖の大王が顕現していて、転移帰還者を復讐のために拉致し――地球人類を滅ぼすために魔力を吸収していたなど。
グレイスは気丈な顔立ちを保ったまま、まるで弟のようなクールな微笑を浮かべ。
内心では、こう思っていた。
――はぁぁぁぁぁ……そりゃあ、こうなりますよね……分かってはいたのですが。
いわゆる、クソでかため息。
である。
さて!
そんなわけで! グレイスさんの心を勝手に読みながら、現在私はメルティ・リターナーズの本部にこっそり顕現していた!
おまえは誰だって?
そりゃあ偉大なるニャンコ、大魔帝ケトスに決まっている!
ででーん!
いやあ、グレイスさんには不快な思いをさせるだけだろうから、会議には関わらない方がいい――。なーんて、前もって苦笑されていたのだが――。
そう言われると逆に気になるというモノ。
だからこうして、こっそりと――次元の狭間から眺めているのである。
報告が終わり、直接顔を見た事も無かった彼女の上司たちがザワつく中。
グレイスさんははっきりとした口調を意識したのだろう。
瞳に力と魔力を込めて、周囲に目をやる。
「信じがたい報告であると自覚はしております、けれどこれは事実なのです。どうかあの方を怒らせるようなことは、控えて頂くと助かるのですが――少なくとも、簡単に捕獲できるなどと愚かな考えは起こさないでください。あの方は慈悲深い方ですが、敵となったらおそらく容赦なく首を刎ねるタイプだと思いますので」
正解である。
相手が動物系の存在だったり、魔族だったり、女性や子供だったら一瞬の時間を与えるが。
会議モニターに映っているのは、性格までも腐っていそうなオッサンばかり。
まあ、おばちゃんも中にはいるが。
あー、このおばちゃん……組織のお金を横領してるな。
私が彼らの弱みを握っている間にも、会議は続く。
今現在も続いているダンジョン領域日本。ソシャゲ化現象。
このありえない事件の犯人が一匹の黒猫だというのだ、ザワつきが起こるのも当然か。
報告書の作成者――。
グレイスさん自身も幹部達が素直に信じないとは思っていたのだろう。
その表情にはイライラを上手く堪える、部下の悲哀が滲んでいる。
うーん……ふだんから苦労してるんだねえ。
そりゃソシャゲの車崎セイヤくんにハマっちゃうよ……。
それでも証拠はいくつもあった。
一番の決め手は――彼女本人だろう。
いやあ、だってグレイスさん……今は人間じゃ到底あり得ない領域へとレベルアップしてるからね。
今の彼女のレベルは、こっちの世界の人間が計測できる限界の三百を超えている。
あのラストタワーでのレベルはそのまま、今現在の彼女のレベルにもなっているのだ。
アン・グールモーアの経験値入手なんてさせません作戦に対抗し、最後に裏技を使いまくってレベルアップした。
あの状態である。
ただの捨て駒だった筈の彼女が、わずかな間に大英雄さえ超える存在になっている。それは本来ならありえない奇跡。
神の領域にいる存在の干渉があったとは、誰でも分かる事だろう。
それでも彼女の上司たち――。
メルティ・リターナーズの幹部達はモニターごしに渋い顔。
ありえねえ嘘をついて出世しようとしてるんじゃねえぞ!? そんな心を隠しながら手を顔の前で組んで偉そうにしている。
まあ、中には事実だと気が付いて、正当に評価している真人間もいるけどね。
けれど、信じていないモノもいる。
ただそれだけの話。
彼女の今の能力を、幻術や詐欺の一種だと思う派閥もあるのだ。
グレイスさんが瞳で訴えるように、幹部達それぞれの顔を覗き込み。
すぅっと唇を開く。
「もう一度お願いします、どうか――あの方を怒らせるような作戦などは今後、控えて頂きたいのです。人類のためにも」
初老の紳士が、こほんと咳ばらいをし。
毅然としたままのグレイスさんをじろりと睨む。
「そう声を張らんでもいい。そりゃあ言い方は悪いが雑兵の一人にしか過ぎんかったお前さんが、そこまで成長しているのは異常じゃ。神に類する何者かが関わっている事は理解している、なれど――そのネコ神を信じられるかはまた別の話であろう? 本当に信用できるのか? その大魔帝ケトスとやらは」
「無論です。既にこの世界を救っている、それが何よりの証拠ではないでしょうか?」
再び、本日もう何度目かわからないザワつきが起こる。
ようするに現在、上層部は大混乱。
黒幕であるアン・グールモーアの処遇に関しては、大魔帝ケトスな私に任せる、そういう提案をされているのだが――もちろん、それを快く思っていないモノも多い。
だからこそ問題なのである。
グレイスさんの女上司。横領おばちゃんは、ぶふーっとタバコの息を漏らし。
あからさまに不機嫌そうに。
でっぷりとした顔立ちを歪め……言う。
「そもそもの話だ。主神クラスの異界の大魔族、ねえ。本当にいるのかい? そんなおとぎ話みたいな存在が。あんた。ちょっと疲れが溜まって、おかしくなっているんじゃないだろうね?」
「精神汚染鑑定は受けている筈ですが」
挑発とも取れる言葉にも、グレイスさんは毅然と応じていた。
華麗なる大魔帝や、ぶっとび聖剣使いの勇者。
私達との触れあいで、人間として一皮むけていたのだろう。
うんうん!
さすが私達!
横領おばちゃんが更に言う。
「それほどに強い異界神ならば、うっかり陰口も言えそうにないじゃないか。たとえばだ、ここでその大魔帝とやらをペテン師で信用できない獣風情――そう言ったとしても、我々はどうにかされてしまうというのかい?」
「おやおや、それは恐ろしい」
それは明らかにバカにしたような声で。
ほー!
良い度胸じゃないか!
あからさまな嫌味。
小馬鹿にした口調と態度だったからだろう。
グレイスさんはキリっと目豹のような視線で、幹部達を睨んでいた。
「ふざけている場合ではありません。あの方の話では別の敵が迫ってきているとのこと、世界崩壊の予知が完全になくなったわけではないと、報告しましたよね? 失礼ですが、真面目になっていただけないでしょうか」
「グレイスくん、君こそ真面目になりたまえ。このような報告書、信じろという方が無理な話なのだよ」
やっぱりこうなったか。
だから私も一緒に行くと言ったのだが――はてさて。
横領おばちゃんに続き、懐疑的な幹部が弁護士のようなクールな声を上げる。
「一ついいだろうか、立花くん……だったかな。仮に君の話が本当だとして、どうしてその大魔帝とやらを連れてこなかったんだい? その者はこちらの許可なく、被疑者を匿っているわけだろう? それは君、少し傲慢というものではないかね」
その瞬間。
声が――響いた。
『まあ、そう彼女を虐めないでおくれよ――私もね、少しは悪いとは思っているんだ。アン・グールモーアの処遇については、色々と悩んだ上でこうなったんだが……まあ君達には理解できないのかな。世界の終わりが近づいているのに、君達は随分と悠長だ。組織内政治なんてしている場合じゃないだろうに――ねえ?』
続いて鳴るのは――奈落の底から蠢くような暗い魔力音。
くおぉぉぉぉぉっぉぉお。
雑居ビルの照明が、びちびちばちばち。
ついたり消えたり。
まるでポルターガイスト現象のような状況が起こり始める。
当然、私の仕業だ。
今頃、別の支部や本部でも同様の現象が起こっている筈。
モニターの中の幹部達がそれぞれに声を荒らげる。
「な、なにごとですか!?」
「結界が、破られている……だと?」
「騒ぐでない、本物の大神であるのなら、これくらいの干渉――朝飯前じゃろうて。どうやら、本当に実在していたようじゃな、その大魔帝とやらは」
最後に言葉を漏らした初老の紳士、実年齢とは大きく異なるその紳士の背後には――無数のネコ魔獣が赤き瞳をギラギラギラ。
闇の中。
ネコが見ていたのだ。
他のモニターの中でも、ネコ魔獣が赤い瞳をギラギラギラ。
「いつのまに! この……!」
「やめんか!」
空気を圧倒するほどの声が、初老紳士の口から飛んでいた。
モニターごしからも伝わる威圧感に、幹部連中はごくりと息をのみ――静止。
静かになったことを確認すると、男は言った。
「死にたくないのなら――大人しくしておれ。この者、大魔帝ケトスは本物じゃ。本物の異界の大神。器が――違う」
冷静に語るその頬には、濃い汗が滲んでいた。
本当の実力者や知恵者のみが即座に理解する――。
まあ、いつものパターンというやつである。
組織となると、ある程度は系統が似てくるのか、これ……多いよね。
少なくとも異界の存在と関わっていた組織である彼等ならば、察しただろう。
このプレッシャーを。
……。
にゃーんて! まあようするに、アン・グールモーアの身を引き渡せ――な~んて、グレイスさんに面倒な命令をするんじゃねえぞ!
って、脅しに来たわけである。
当事者の一人であるグレイスさんは、突然の私の介入に呆然としているが――まあ、嫌味な幹部連中の矛先をこちらに移せたので、問題なし!
『さて、それでは悪いけれど私も会議に参加させて貰うよ。ああ、モニターは必要ない。君達の影、君達の闇、君達を取り巻く全ての昏い部分から、私はいつでも眺めているのだから』
言って、肉球をぱちん♪
それぞれの会議室の影の中。
うにょーんと、伸びる猫の影。
蠢く闇から顕現するのは、無数のネコ魔獣だ。
彼等は口々に歌うように、猫口を蠢かす。
「控えよ――人間」
「彼の御仁こそが、魔猫の君」
「尊き方」
「偉大なりし魔王陛下の愛猫!」
太々しい顔の猫が一匹、二匹、三匹。
闇がそのまま具現化したような静けさで、ぞっと空気を揺らしている。
それは圧倒的な魔力。
彼等のレベルは――人間如きには推し量れないだろう。
眷属猫達が列をなして、私を出迎える準備を開始。
私も、慌てて玉座を召喚!
実はもうすぐに出ていけるんだけど――せっかくなので格好よく登場しよう!
つまり、タイミングを見計らって待機!
眷属猫が、朗々と告げる。
「二度は言わぬ。魔猫殿下に無礼を働いたら――」
「等しく待つのは死」
「否。死よりも恐ろしき滅と知れ!」
カカカ!
ネコの瞳が闇を赤く染め上げる。
おお! かっこういい!
赤と金で彩られたカーペットが、バタタタタタタタタと敷かれ。
ぷぱぷぺー♪
ラッパの音と共に、偉大なる存在が浮かび上がってくる。
闇の中から顕現した玉座の上。
黒きモフモフもこもこニャンコが、ニヒィ!
そう、私である!
『我はケトス。大魔帝ケトス。やあ脆弱なる人間諸君、初めまして。異界の民よ、出来るならばどうか私の名を覚えて帰って欲しい。もっとも、無事に帰ることができるのなら――だけれどね』
ふ、決まった!
悠然と玉座に座る私はドヤ顔のまま、チーズピザをあーん♪
むち~っ♪
猫口とキバで引きちぎりながら、くっちゃくっちゃ!
会議室に備えられているポットを魔力でぺちんぺちん。
お茶を淹れて、ズズズズズ!
皆が私の美しさに唖然とする中、私は赤き瞳を輝かせる。
『さあ、どうぞ続けたまえ――私はどうやらお伽噺の存在らしいからねえ。こうやって、チェシャ猫みたいにのんびり楽しく、君達を観察させて貰う。ああ、そうそう。質問があるならグルメを献上した後にしておくれよ。美味しかったら答えるし、美味しくなかったら答えない。簡単な契約さ』
告げて私は、ででーん!
それぞれのモニターの中で、分身した状態で顕現!
ドヤってやったのである!
ん?
私の視界の隅に引っかかるのは、白き束。
目玉クリップで留められた、積まれた書類。
……。
トッテトッテ……トテテテテ!
『ぶにゃはははははは! てい! てい!』
……。
あ、ついうっかり書類の束を見つけてダイヴして――ずざざざー!
いつもの癖で、ウズウズを我慢できずに書類を崩してしまったが……。
……。
まあ、セーフ!
気を落ち着かせようと賢い私は考える。
しぺしぺしぺとカワイイ猫舌で毛繕い。
尻尾の先を肉球で掴んで、ちぺちぺちぺ♪
完璧! 美しい!
『ああ、すまない。気にしないでおくれ――それでは会議を続けてくれたまえ』
よし、極上な魔族幹部ボイスで言ったから誤魔化せただろう。
いやあ、麗しく愛らしい私が複数同時に存在するなんて。
こりゃ、魔王様も大喜びだよね!
玉座に戻って、私がパカっと開けるのは――配達された、地球産のピザ屋さんのホカホカ木箱。
宅配ピザ!
各メーカーご自慢のピザを並べて――ごくり♪
ポテトやマヨネーズの香り。
サラミの脂と、表面がパリっとしたチーズピザの香りが漂う中。
むっちゅむっちゅと咀嚼音が響く。
シリアスな会議はまだ始まったばかりであった。




