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エピローグ:夢の国の楽園 ~始まる世界のペン・グイン~



 大仕事が終わった大魔帝ケトスこと私、最強最高なニャンコは更に大忙し!


 今度は次元の狭間。

 あのロックウェル卿が院長となっている病院。

 今回の被害者たち、転移帰還者狩りにあった人々が入院している亜空間に直行していた。


 ペタペタペタと、肉球で廊下を歩く音が響く。

 清潔でさわやかな空気は綺麗だし居心地は良いが、既にここも、どこか物悲しい雰囲気を纏い始めている。


 その理由は単純。事件は解決した。

 退院している者も多く、歩く看護師ネコ魔獣の姿も少ないからである。


 ここも寂しくなり始めていたのだ。

 ただ、役割を終えただけ。

 今回の事件のために創世した病院だ、それも終わりを迎えようとしているのである。


 日常に戻ろうとしているのだ。


 今ここにいる患者は今回の事件の被害者、トウヤ君。

 そして。

 滅びし楽園のペン・グイン。


 恐怖の大王の力を授かり暗躍していた黒幕、アン・グールモーア。


 彼等の病室の前で、私は身だしなみをチェック。

 大量に魔力を使った影響で逆立っている猫毛を、しぺしぺしぺ♪

 整えて、と。


『トウヤーくーん! 私だよー、私―! ねえねえ! 聞こえてるー!? かわいい私が来たんですけどー!』


 マナーを知っている私は、ちゃーんと病室をノックする。

 反応はない。

 らしているのかな?


『ノックしたからねー! 許可なく入っちゃうからねー!』


 肉球に浮かべた魔力で扉を開け、私はトテトテトテ♪

 すぐに猫抱っこを要求されるかと思って、ふふんと待機していたのだが。

 あれ?


 きょろきょろと探ると――全てを解決し、不安もなさそうに眠る青年がそこにいて。

 私は吐息に言葉を乗せて、うにゃん。


『って、トウヤ君は……ああ、寝ているのか。そりゃあ、あれだけ戦ったら疲れるのも当然か。にゃーんだ、せっかくモフられてもいいように、毛繕いしたのに。勿体ないね~、最高にカワイイこの私をモフる機会を一つ失うなんて、ぷぷぷー!』


 なーんて。彼の美男子顔にペチペチ肉球スタンプを押していると。

 モフられタイムを失って揺れる私の尻尾を眺める視線が、一つ。


「おやおや、これは大魔帝殿。吾輩に挨拶はないのでありまするか?」


 目線を送る主の正体は当然、今回の黒幕。麗しい私を見る、鳥の眼光。

 ぐでーん♪

 と、ベッドで休んでいたイワトビペンギン、恐怖の大王ことアン・グールモーアである。


「ガァガァ! あー、これだからマナーを知らない野蛮ネコは困りまするな~。ふつう、相部屋の時は、同室の患者に遠慮するべきでありまするのに。はてさて、大魔帝殿はマナーを軽んじていると思われる」


 このまま無視してやるのも面白そうだが。

 さすがに、今はまずいか。

 振り返り、挨拶代わりに肩を竦めてみせてやる。


『君って、なかなかに度胸があるよね……ふつう、あれだけ完敗したらもうちょっとビクビクしたり、様子を探ったりするだろうに』

「貴公は立花トウヤと吾輩の間に眷族契約を結んだ。それを横から破棄することは、この青年の心を傷付ける事となりまするからなぁ。ガアーッガァガァガ! それすなわち、吾輩は契約期間の間、逆に安全だという事でありまする!」


 ドヤるイワトビペンギンが黄金の飾り羽を、ふふーん♪

 無駄に偉そうだね。


『ま、ほどほどに頼むよ。私は魔王陛下の事に関してだけはセーブが効かなくなる、それを弁えた上でね。トウヤ君を悲しませたくはない』


 チクリと、静かなる声で警告をしてやる。


 それが結構マジなトーンだったからだろう、ガガガーン!

 アン・グールモーアは鳥の羽毛に器用に汗を浮かべていた。


「あーあー、面白くない! 吾輩、面白くないのであーる!」


 彼は私に文句を言うように、ガァガァ!

 まあ、言いたいこともいっぱいあるのだろうとは思うが。


 その様子は軽い。

 ひじょうにかるい。

 さて、少し話し合いをするか――そのために来たんだし。


 空気を切り替えた私は、大魔帝ケトスとしての顔と声。

 魔力を纏って穏やかに告げる。


『悪いけれど今回の勝者は私だ。しばらくは従ってくれると助かるよ。君の境遇にも、まあ……想う所がないわけでもないのさ。私も憎悪の魔性だからね、その感覚は理解できる。だからこそ、どうか――私に君を滅ぼさせないでおくれ。それはとても悲しい事だと、私はそう認識している』


 ラインを越えるなよ、そういう警告だ。


「ふーむ! なるほどなるほど。ははーん! 貴公はそうやって吾輩を脅し、守るつもりで? 結果として無駄死にをさせたくないと!? お優しいことでありますなぁ! 吾輩に情けを掛けたつもりでありまするかなぁ?」


 既にスルメイカのおつまみセットを嘴でクイクイしながら、寛いでいるご様子。

 私は猫眉を下げて言う。


『つもりもなにも、本当に情けをかけたんだよ。まあその半分以上は私がじゃなくて、そこで寝ているトウヤくんがね。眷族契約の段階で魔術式が刻まれている筈だ、だいたいの事情は知っているんだろう?』

「そうでありますな。まあ吾輩の行動制限も、そこで安堵しきった顔で寝ているニコニコ猿の事も――事情は、理解しているでありまするよ。だからこそ、こうして畏怖たる魔性の心を落ち着かせ――大人しく入院しているのでありまするから。敗者は敗者なりに潔くあるべき、吾輩もその心は理解しておりまする」


 言って――。

 最後のペン・グインは絶滅の恐怖を体験した感情。

 そして終末予言への人々の感情。


 二つの恐怖を取り込んだ、畏怖の魔性としての瞳を赤く輝かせる。


 力は膨大だ、けれど制御してみせている。

 暴走はしない。

 そういうアピールか。


 このペンギンも力のある神。

 契約の強制能力は理解しているのだろう、一応は大人しくするつもりらしい。


『さて単刀直入に言うからよく聞いて欲しい――彼、立花トウヤくんとの契約期間は君の行動を監視させて貰う。その後の事は知らないけれど、どうか私と敵対しない道を選んでくれると願っているよ』


 魔導契約の証と内容を提示し、私は続けて猫口を動かす。


『まあ願っているだけで――いざ現実となったら仕方ないとも思っている。君が私のタブーとしている禁忌――気に入らない罪に手を染めてしまったら、次はない、私は容赦なく君を滅ぼすだろう。それも仕方のない事だと、割り切って考える事にしている。理解してもらえるかな?』

「ふん――憎悪の魔性でありながら、ずいぶんと人間に甘いのでありまするな。飼いならされてしまったというべきでありましょうか? ぷぷぷー、所詮は三分の一に人間の魂が混ざった存在。お似合いでありまするな!」


 ででーん!

 ピンク色の鳥足をベッドに伸ばし、ガガガガガァ!

 わざと挑発するように大笑いしながら彼は言う。


 皮肉や嫌味を言えるのなら、まあケガの方はまったく問題なさそうか。

 この態度も虚勢なのだろう。

 これは、おそらく心を守るための――哀れな強がりなのだ。


 そして、私がどこまでなら怒らないのか。

 そのラインを確かめているのだろう。


『試すようなことはしてくれなくていい。私は魔族だ。契約には従う。それがどんな内容であろうとね。君が禁忌を冒さない限りは、その生活を保障すると約束しよう』

「はぁ……卑怯でありまするな。そうやって、訳知り顔を見せられたら何も言えなくなってしまうでありまする」


 先ほどまでのコミカルな恐怖の大王モードを止めて。

 彼はペン・グインとしての顔で、静かに語る。


「貴公の温情も理解してはいるのでありまするが、心というモノは割り切れぬもの。吾輩の野望は絶たれた。貴公を恨む気持ちがないといえば、嘘になるのでありまする。こうして、嫌味の一つでも零してしまうのは仕方なきことだと、どうか理解していただきたい」


 それはまるで貴族のような、高潔な声だった。

 主神としての器にある獣神の声なのだ、当たり前といえば当たり前なのだが。


 そのギャップが少し感慨深くて、私のヒゲはぴくりと動いていた。


『まあ君の心も分からないわけでもない。だから、そうだね――君の苦悩に報いる褒美、とは違うか。んーなんていったらいいのかな、ともあれ、人間との妥協点を探るきっかけとなる奇跡を一つ用意した』


 言って、私は皆の力を借りて用意した裏技!

 海の幸が美味しい!

 ペンギンさんも大満足な、マグロを中心とした海鮮料理を並べていく!


 いやあ、苦労したんだよねえ~、ここまで用意するの。


 フォックスエイルにも大至急な仕事で、新鮮なマグロを仕入れて貰ったし。

 ペンギンなら生魚の丸呑みもするだろうし。

 色々と気を遣って用意したのだ!


 うんうん、まさに完璧!


 と、冗談はさておき。

 本題を口にしようと――私は、顔を上げる。


 まあ茶番だと彼にも分かったのだろう。

 冷めた口調で、アン・グールモーアは言う。


「戯れを――グルメになど吾輩は興味ありませぬ」

『いや、丸のみしながら言っても説得力ないんですけど……』


 ジト目で尻尾を振る私に、ようやく自分が即座に喰いついていたと気が付いたのだろう。


 秋刀魚を丸のみにする、自らのクチバシを鳥目で追って。

 ガワガガガガガァ!

 アン・グールモーアは仰天した様子で、フリッパーをバタタタタ!


「か、勘違いをしないで欲しいでありまするな! これは腐らせたら勿体ないという、神の慈悲たるアレでありまする!」

『そんな言い訳をしなくても別にいいだろう? 魔力の回復には必要な筈だ。まあ、遠慮なく食べておくれ。私も頂くから、そのついでだしね――』


 超シリアスな表情で、ごくり。

 新鮮なマグロさんを、ぱくぱく啄みながら大王は言う。


「なんと恐ろしい知略――! これが大魔帝の真なる力……」


 呟くペンギンの心に偽りはない。

 本気で感心しているようだ……。

 って! こんなことで感心されたくないんですけど!


『え? ん、んー……こんな状況で、真なる力に恐怖されても色々と困るんだけど……、まあいいや。ともあれ、しばらくは仲良くしようじゃないか。表向きだけでもいい、主神である君の知恵を借りたい場面も来るだろうからね』

「ほぅ、つまり――吾輩以外にも敵はいる。この遠き青き世界を滅ぼそうと狙っている存在がいると、知っていると?」


 そう。

 だからこそ、私はまだこのソシャゲ空間を維持したままでいる。


 私もシリアスな顔で海苔を掴み、酢飯を乗せ乗せ♪

 ぷりぷりに輝くマグロの切り身と、刻んだシソの葉、そして細切りキュウリを巻いてえ――。

 くるくるくる♪

 手巻きずしにして、むっちゅむっちゅ!


『そりゃあまあねえ。私は滅びの未来を知りこの世界に戻ってきたんだけど――、事件を解決してもまだ滅びが観測されている。灰化した地球の中で滅ぶ人間、あのヴィジョンは見えなくなったが……まだ安全が確認されていない。つまり君以外の力ある、少なくとも主神クラスの存在が何かを企んでいるということだろう、私達はそう判断している』


 格好よく告げているのに、ペンギンさんは沈黙。

 物欲しそうな顔で、嘴にツバサをあてて――じゅるり♪


 私が次々とクリエイトしている手巻き寿司を、じぃぃぃぃっぃいっと眺めている。

 これ、眠っているトウヤ君の分だったんだけど――。

 まあ、後で他の料理を用意しとけばいいか。


『食べるかい?』

「ふん! こんなもので買収などされぬ! が、まあせっかくなので貰ってやるのでありまする!」


 こいつ、結構グルメに弱そうだし……。

 操作しやすそうな気もしてきたな。


 一応、滅びの神を呼ぶという終末の特性。

 そして、畏怖の魔性としての力と神性も持っているので、実はけっこう危険な存在なのだが。

 ……。

 その魔性としての赤き瞳は、キラキラキラ。


 大魔帝印の手巻き寿司を銜え込んで、ニッコニコである。

 ヨダレ、垂れてるし。

 威厳ねえな、この主神。


「げぷぅ! 吾輩、お代わりを所望しているのでありまするが?」

『ま、ここまで気に入って貰えたなら仕方がない。いいよ、せっかくだ――どんどん作って上げようじゃないか』


 私は苦笑し、海苔を巻き巻き♪


 私の影の中。

 材料補充にやってきた眷族のネコ魔獣が――わっせわっせ!

 酢飯を運んで、おひつに入れて。

 パタタタタタタ――っと団扇うちわで扇ぐ。


 しばらく我等は、表向きとはいえ交友を深め。

 変化が訪れた。

 私の眷属ネコが、影からニョコっと顕現したのである。


 影猫が私のモフ耳に肉球をあてて、うにゃうにゃうにゃ。


 お腹いっぱいに手巻き寿司を味わう大王が、ぴょこぴょこ。

 ピンク色の鳥足をパタパタさせながら私に言う。


「げぷぷぷぅ。ふむ、なにやら貴公の眷属が呼びに来たようであるが、どーしたでありまするか?」

『君、イワトビペンギンなんだよね? 魚を獲るの得意だったりする?』


 魚の在庫が空になっていると肉球で示してやったのだが。

 これ幸いと、ドヤ胸を張って大王は言う。


「まあ得意ではありまするが。ははーん! さては、吾輩の華麗なる狩りがみたいと? そう仰っておられるのですかな!?」


 ノリ軽いなあ、このペンギン。

 とりあえず契約期間は大人しくする、その言葉に偽りはないのだろう。


『んじゃ、自信満々だし。頼めるかな?』

「ふーん! よいよい! 素直な所が実によい! 吾輩のすばらしき狩りテクニック、刮目かつもくするといいのでありまする!」


 ビシ、バサ!

 ガァガァ! と、ドヤ顔でフリッパーを振り回し、ペンギンの舞を踊っているのだが……。

 これ、ロックウェル卿と同じく鳥の舞か。


『はいはい、トウヤ君が目覚める前に材料を確保したいし、ほら――行くよ』

「許す! 吾輩を狩り場へと案内することを許す! ガガガグァ!」


 なかなかどうして、愉快な奴である。

 ともあれ。

 私達は手巻き寿司用の魚を獲りに、とある島に向かって亜空間を渡った。



 ◇



 太陽を反射する大海原。

 魚たちが無数に棲んでいる、北海の島。

 とある次元に隔絶された世界。


 緑にあふれ、広い海岸のある大陸に顕現した私達は――華麗に着地!


 肉球で海岸をペタペタ歩く私。

 かわいいね?


 同じくペタ足で岩礁に登ったアン・グールモーアは周囲をきょろきょろ。

 準備運動をするように、ペペペペ。

 ペペペペとツバサをくいくい♪


「なかなか良さそうな魚群がありまするな! どこか魔力の濃い、変わった場所でありまするが。悪くない、どこか懐かしさのある島……で――あり……」


 言葉が途切れたのは、おそらく。

 ガァガァと鳴く、鳥の声が聞こえたからだろう。


 アン・グールモーア。

 かつて滅んだ鳥の王は、ゆっくりと周囲の魔力を探り。

 がぁ……。

 黄金の飾り羽を塩風に靡かせ――クチバシを開いた。


「大魔帝ケトス――吾輩は、夢を見ているわけではないのでありまするな」


 ペン・グインの嘴は揺れていた。

 闇を纏い、影を伸ばし私は答える。


『ここは現実の法則とも隔離された、夢の世界。ドリームランド。影と心の中の国。ある意味で夢を見ているといってもいい。けれど――現実でもある』


 翼を伸ばし。

 失ってしまった過去を辿るように、そのフリッパーを伸ばし。

 アン・グールモーアは島に暮らす鳥たちを、まっすぐと見つめ。

 グワァと鳴いた。


「どういうことで――ありまするか」


 ガァガァ。

 ガァガァ。

 遠くで聞こえる鳴き声にモフ耳を揺らしながら、私は再び応じる。


『君への保険さ。まあ本当は、協力を頼むために用意をしていたんだけど。いや、まさか……マグロ料理であんなに簡単に落ちるとは、その、うん、思っていなかったから……ね? 言い出すタイミングが、ね?』

「申し訳ないが、真剣に応えて欲しいでありまする」


 恐怖の大王は静かに言った。

 目の前の光景を、鳥の眼で焼き付けて――神の声音でそう告げていたのだ。


『そうだね、すまない――』


 私も真面目な顔に切り替え、ゆったりと瞳を閉じる。

 瞳を開き――夢の国の楽園に目をやり。

 大魔帝として告げた。


『前提として――私の蘇生能力には制限がある。元の形を保った遺骸と、そして遺骸から失われた器本来の持ち主の魂。この二つが無ければ私の蘇生は、基本的に成功しない。ただ逆に言えばだ、この二つの条件が整ってさえいれば――世界の法則も、運命も、因果律さえも操作し、強制的に蘇生することが可能だということでもある。まあ、ようするに――滅んでしまった君の種の蘇生も不可能ではなかった――そういう事さ』


 楽園で狩りをする、鳥たちを眺め。

 嘴を震わせたアン・グールモーアは、淡々と語る。


「吾輩たちが、あの楽園が滅ぼされたのはおよそ二百年前の話。肉体の器も、魂も既に存在しない筈でありまする。吾輩も蘇生の可能性を考えたことがありました。何度も何度も試みたでありまする。なれど一つも叶わず。なれど一つも拾えず。なれど――それは主神となっても届かぬ領域、けして開ける事の出来ぬ扉だと――そう、その筈でありまする!」


 彼の言う事はもっともだ。

 本来ならば不可能なのだ。

 けれど――。


 大魔帝たる私は魔杖を翳し、盟友――。

 フォックスエイルがこの世界を奔走する姿を映像として流し。

 告げた。


『器なら――存在する。悲しいけれど、君達が殺された理由こそが、蘇生を可能にした一つの鍵だったのさ。君の両親が殺された理由も……これだった筈だろう』

「我が一族の剥製……で、ありまするか」


 色欲の魔性としての力。

 商人としての力。

 二つの能力をフルに活かし、フォックスエイルが世界各地から彼らの剥製を買い上げる。


 わずかな時間でそれらをこなした彼女は、まさに天才。

 いや、天才だとしても不可能な筈だ。

 故にこそ。それを可能としてしまう。不可能を可能とすることのできる存在だからこそ、彼女は魔性。

 格が並とは違う、強力な獣神なのだろう。


『ああ、そうさ。ニコニコ猿たちにとっての最後の宝。絶滅することで稀少価値の出た、君たち自身の姿かたち。剥製とは元の形を保つ技術だからね。これは魔術的にも原形をとどめた遺骸といえるだろう』


 そう、条件は一つ満たされていた。

 そして私はもう一つの映像を流す。


『滅ぼされた者達が、憎悪をもったまま漂う魂となっていたのなら――転生もできず、恨み続けたまま、冥府にその魂が残されていると直感があった。だから私達は作戦を練った。冥府や冥界に連なるモノを祭りの余興として強制顕現させた。まあ、言い方は悪いけれど窃盗のテクニックだね。私の知り合いにも私の世界の冥界神がいてね。空き巣のように――彼にとっては異界でもある地球の冥界を、一時的に乗っ取って貰ったんだよ。そして、その冥界神は本物の大魔族だ。真なる心の暴走を知る者、悪食の魔性だ。その食らいつく性質のままに奔走し、彼らの魂を見つけることができた。確率はまあ五分五分だったんだけど――発見できて本当に良かったよ』


 ここまで言って。

 私は楽園の姿を完全に顕現してみせる。


 ザァァァァァァッァァァァァァ。


 空に上がる太陽は眩しく、色を失う事無く、恵みの光を灯している。

 ドリームランドの一部分。

 そこにはかつて滅んだ、終末に沈んだ楽園が広がっていた。


 そう、私は世界各地からオオウミガラスの標本を取り寄せ――魂を冥界から持ち帰り、黄泉よみがえりの儀式を執り行ったのである。

 と――。

 軽く言ってはいるがこれ、実はめちゃくちゃ大変だからね。


 それこそ世界を一つ作るよりも膨大な魔力が必要で――だから私は、病室に入る前、モフ毛を少しバサバサにさせていたのだ。

 少し疲れていたりもするのである。


 ともあれ、私は言った。


『世界に残されていた標本の数は百弱。卵が三十弱。このまま蘇生させて野に放っても滅んでしまうだろうからね。悪いけれど、彼らはドリームランド、影の国、私の世界の住人になって貰った。ここにはあの楽園を再現した、永遠に残り続ける世界を用意した。彼らの繁殖能力は低いと聞く、けれど――この世界ならばそれでも種を増やすことができる、繁栄することも可能だろう。悪いけれどね、私は他人をそこまで信用していない。いつ裏切るか分からないのも困るからね――これが君への鎖だ』


 ペタペタペタ。

 歩いてアン・グールモーアは、ガァガァと鳴いた。


「大魔帝ケトス。力強き異界の神よ。ああ、吾輩は……吾輩は、なんと言ったらよいのでありまするか。こうべを垂れて、忠義を誓い、神と崇め奉るべきでありましょうか」


 翼をのばし、黄金の飾り羽を揺らし。

 楽園を眺め。

 アン・グールモーアは、ガァガァと鳴いた。


 声に反応したのだろう。

 最後のペン・グインだったツガイが――、顔を上げた。


 ガァガァ!

 ガァガァ!


 私にペン・グインの言葉は分からない。

 けれど、その声の温かさが母や父の温もりなのだろうと、私は知っていた。


 父上、母上。

 そう、クチバシから息を漏らし――けれど、信じられぬといった鳥貌で彼は言う。


「これは夢でありましょう。幻術でありましょう。だって、ある筈がない。ありえませぬ。ありえませぬ。このような都合の良い奇跡。あっていい筈が……ないでしょう?」


 そう。

 普通ならばこんな都合のいい奇跡はない。

 蘇生した彼らの中に、両親がいるなど――ありえない。

 けれど、理由がちゃんとあるのだ。


『残酷なようだけれど、最後のツガイは貴重だからこそ綺麗な剥製にされたわけだ。その標本が残されていても、不思議ではないだろう。だから、ちゃんといるよ。生きて、このドリームランドの住人となっている。君だって分かっているだろう? あの顔を、あの鳴き声も。君が卵の中で感じた温もりが――彼等だよ』


 告げる私に、最後のペン・グインはペタペタペタ。

 よちよちとペンギン歩きで海岸を歩き。


「大魔帝ケトス。貴公は、いや貴殿は裏技が得意でせこくて、卑怯で、破天荒な黒猫神であるとは知っておりまする。なれど、まさか。よもやこれほどだったとは――」


 海水にペタ足をつけて。

 塩水を顔に受けて、ペン・グインは海を見る。

 ざぁぁぁぁ。

 ざぁぁぁぁぁっと波音が響く。


 潮騒の中。彼の瞳に映る世界はきっと……。


 私はふわりと身体を浮かべ、次元の扉を顕現させる。

 先に帰るのだ。

 私は空気の読める大魔帝だからね。


『ここは時の流れが外とは違う。後はしばらく、君の自由にするといい。この隣の次元に門番の中ボス猫が二匹いるからね。彼らは階段を守るガーディアン、この世界をいつでも見守っている。地球に戻る時や、逆にこの影の楽園に戻る時も――あの二匹に声をかけておくれ。君の事は伝えてある』

「待つであります! どこに行くというのでありまするか!」


 振り返らずに、私は暗黒の扉の中に身を沈める。


 闇の中でネコの笑みを浮かべ。

 影の猫となって、にひひひひ。


『私はこれでも忙しくてね。どうやら君の起こした事件を解決しても、世界滅亡の予言の時期が遠ざかっただけで――完全には消えていない。私はまだあのダンジョン領域日本を継続しなくてはならない。だから、私は行くよ――。ああ、そうだ。一つだけ君に、謝っておこう。あの日、君の復讐劇を邪魔してしまって悪かった。私はあの世界を滅ぼした事を悪いとは思っていない。なにひとつ落ち度のない事だと、そう思っている、けれど、君の邪魔をしてしまった事、それだけは――少しだけ、悪いと思ってもいるのさ。本当に、ほんの少しだけれどね』


 一応の詫びを残し。

 私の身体は闇へと消えていく。


「吾輩は――借りが嫌いでありまする。大魔帝ケトス。地球の危機がまだ終わっていないというのなら、頼るといいであります。吾輩の力が必要だと思う時が来たその日には――声をかけるといいでありまする。吾輩は借りが嫌いでありまする、アン・グールモーア、恐怖の大王として貴殿に誓いましょう。この恩に報いると約束しましょう――本当に困ったその時は、汝の嘴となると約束するでありまする」


 言葉は魔導書となり、契約が結ばれる。

 《始まる世界のペン・グイン》

 トウヤ君に語った時の魔導書の名が、自動的に書き換わる。


 契約が完了したのだ。


 終わりし楽園のペン・グインは、しばらく。

 ただゆったりと楽園を眺めていた。


『本当に、もう私は行くよ――事後処理が山ほどあってね。君はどうする?』

「まだしばらく、ここにいるでありまする」


 声は震えていた。

 風に揺れる黄金の飾り羽も揺れていた。


 私の姿は闇の霧へと完全に溶け、その魔力も遠ざかっていく。


 去り行く世界。

 私の後ろ。


 大声で鳴く、鳥の声が聞こえていた。


 ガァガァガァガァ。

 ガァガァガァガァ。


 まるで迷子になっていた子どもが、ようやく両親を見つけたような。

 安堵と悲痛の混じった声だった。


 群れとなったオオウミガラスの声がする。


 ガァガァガァガァ。

 ガァガァガァガァ。


 それはまるで、出迎えるような声だった。


 アン・グールモーア。

 波乱な人生を歩んだ主神。


 彼はちゃんと両親と出逢う事ができたのだろうか。

 話すことができたのだろうか。

 その温もりを味わうことができたのだろうか。


 必死に頭をこすりつけ、その人生を思い出しているのだろうか。


 それは私には分からない。


 けれど、いつまでも……止まらない。

 あの鳴き声は止まらない。

 止まらない。


 感知範囲の広い私のネコの耳には――大声で鳴く、鳥の泣き声が聞こえていた。


 ドリームランド。

 現実と夢の狭間の世界。

 大魔帝の支配する絶対に安全な楽園。


 影猫だけの世界であったここに、新しき住人が誕生したことを知る者は――。

 少ない。






 番外編:裏ステージ一。

 リターナーズ誘拐事件編 ―終―


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― 新着の感想 ―
[一言] 良き
[一言] そのうち地球に数万羽になった後に、絶命したオオウミガラスが突然出現!?とかさせてみたい。 オカルト雑誌が大にぎわいだな! 現実で出来るなら、ニホンオオカミとかもやってみたいね。
[一言] ペン・グインよ……これより改名の儀を始めるソナタの新たな名は【ユーホー仮面ペヤ〇グ】だ。 カップ焼きそばを食べながら我らが大魔帝ケトス様がやっている妄想しました(σ*´∀`)
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