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鬼畜ダンジョンタワー攻略 ~極悪にゃんこの塔登り~その3



 鬼畜ダンジョン中層に広がっている大森林フィールド。

 樹々の暗がりの下――顕現していた魔性こそが私。

 大魔帝ケトス。


 まあ、ちょっと大きくなってるし、黒い霧を纏っているが。

 神獣っぽいかわいいネコちゃんである!


 大戦当時の全盛期の姿に再臨していた私は、気高き獣神フォームで――瞳をギンギラギン。

 じぃぃぃぃぃぃ。

 目線の先にあるのは悩み、苦しむ若者。


 よりにもよって鬼畜ダンジョンの中で、ニャンコみーつボーイをしてしまったのだ。

 相手は顔見知り――。

 立花グレイスさんの弟くんである。


 威厳ある嘶きに、私は言葉を乗せていた。


『なるほど――汝はあの時の異界人。憐れにも死した魂であったか。久しいな、異なる世界は時の流れも異なる。よもや命短き人間の寿命の中、いま再び相まみえようとは。巡る因果とは、不思議なモノであるな――』


 と、なんかそれっぽく言ってみる。

 意味はそんなに深くないんだけど、こういう口調だとそれなりにイイ感じになるのだ!

 実際。

 このモードの私の姿はそれなりに幻想的。主神様が降臨なされたと思われてもおかしくないほどに、崇高で雄大。

 神社仏閣などに顕現すれば、ははぁ……っ! とお布施が集まってしまう程に神っぽいからね!


 今度、ご飯をくださいって看板をもってやってみよ。


 じいいいっぃぃぃっと眺める神ネコちゃんの前で。

 青年の心は――揺れていた。

 くっきりとした唇をぐっと結び、弟くんは声を出す。


「まさか――俺を地球に戻してくれた、あの破壊神が……っ――ケトスさん、あんただったなんて」

『不服であるか?』

「いえ、そういうんじゃなくて……その、ありがとうございます――あん時は、お礼を言えなくて。いや、死んでたんすから、そりゃ……当たり前なのかもしれねえんすけど……なんつーか。ずっと言いたかったから……すんません」


 おお、おお動揺しておる!

 さすがにまともに顔色を変えているし――いやあ、いいねえ! この驚いた顔!


 さて、十分に満足したのである!

 ボン!

 私は姿をいつもの黒猫モードに戻し、ドヤ!


 肉球を見せる形でネコ手を振って、ぶにゃはははは!


『ごめんねー! まさか君の元居た世界を私が滅ぼしちゃってたなんて、考えてもいなかったからさあ。まあ私は悪くないし? むしろ日本や地球のためには良い事をしたんだし? 責められちゃダメだろうし。できたら皆には内緒にして欲しいんだけど? それにしても、いやあ、異世界って狭いねえ~!』

「助けてくれて、地球に戻してくれたのは本当に、ありがたいっつーか。嬉しいんすけど……マ、マジであの糞みたいな世界、ぶっ壊してくれたんすか……?」


 こっちは既にコミカルうにゃうにゃな空気なのだが、相手の空気はシリアス。

 まあ、弟くんにとって私は救いの神猫。

 敬ってしまうのも仕方がない!


 と、まあ冗談は置いておいて。

 彼にとってはそれほどに、あの世界が憎かったのだろう。

 当時の私も、その憎悪に惹かれた可能性もあるのかな。


 身体を震わせる若者に向け――。

 大人ネコの顔で、私は静かに猫毛を輝かせる。


『ああ。おそらくね――まさか、生意気にも私そのものを召喚ゆうかいしようとしているとは思っていなかったけれど。こう、魔王様の魔力を奪おうとするとは許せんニャ! って、全力で反撃しちゃったことが、何回かあってね。君を助けたのも、その世界を結果的に滅ぼしてしまったのも偶然さ。いやあ、あの頃の私はまだヤンチャだったから仕方ないけどね~!』

「ヤンチャで世界を……?」


 ぼそりと呟くイケメン弟くんの顔を見て。

 私は魔法陣を展開。


『じゃあちょっと記録クリスタルを確認してみようか――もし違う世界だったら、色んな意味で困るし……っと。えーと、管理者権限で亜空間に接続してっと』


 緊急モードで主神の力を発動。

 記憶クリスタルを閲覧して、該当する水晶を召喚。


 起動し――当時の記憶を探ってみる。


 結界の中で、テレビモニターを錬金術で作成。

 液晶の上に記録クリスタルを設置したのだ。


 カカカカカカカカ――。

 映画のフィルムが回るように、記録クリスタルが魔術文字を刻みながら回り始める。


 ◇


 始まった上映会に、弟くんの黒髪が輝く。

 そして瞳も――僅かに赤く染まり始めている。


 その無駄に整った顔立ちは、憎悪を滾らせるように、ぐっ――と歪んでいたのだ。


 こりゃ、まだ大丈夫だけど魔性化が始まっているのかな。

 やはり、私の滅ぼした世界。

 それは彼が異界召喚で拉致され、戦奴隷として使役されていた世界だったのだろう。


 その辺りの感情にはあえて触れず、私は言う。


『あー……やっぱり、その世界やっちゃってるね。猫目石の魔杖を持ってるって事は、百年前から今の間のどこかのタイミングかな。あの頃の私にとって全てが些事――人間も世界も、魔王様以外のモノなんて全てが虚無みたいなもんだったからね~。あ、ほらほら見て見て! 生贄にされて死んでる君の魂を私が拾い上げてるよ!』

「なんか……すごい、悲しそうな顔をしてますね。この時の、ケトスさん」


 ふむ、言われてみれば。


 まあ確かにそんな顔をしている。

 彼の指摘の通り――。

 私は異界召喚で擦り切れた彼の魂を、そっと胸に抱き。

 まるで死んだ仔猫を抱く、親のような顔で――その魂を舐め上げていたのだ。


 過去の自分を眺めて、私は猫のヒゲをすぅっと前に倒す。


『きっと、君に同情していたんだろうね。私も、ほら。異界召喚で強制的に招かれて酷い目に遭った同類だから。相憐れむってヤツかもしれないのかな。もう、あまり覚えていないけれどね』


 瞳を細め、過去の自分を見る私って。

 ちょっぴり大人だね?


 やがて過去の大魔帝は死んだ魂を回収し、全盛期の姿を維持したまま――。

 その世界に降臨していた。


 そしてわたしは問いかける。

 異界召喚を乱用し、異世界人を虐げる世界に訴えたのだ。

 過去の映像の中、赤い瞳がギラギラギラ。

 蠢いていた。


何故なにゆえ、汝等は異界の魂を弄び、殺し合わせる。何故、自らの手を汚さぬ。何故、そのような顔をして、平然と暮らしている。我には分からぬ。人間よ、我も知らぬ異界の人間種よ。我が問いに答えよ――我はケトス。大魔帝ケトス――黒き魂に招かれ、汝らの世界を覗き込みし闇。憎悪の魔性なり』


 うわー、格好いい!

 やっぱり、私――全盛期モードだと神っぽくていいな~!


「過去のケトスさん……紅い瞳を輝かせて世界を光らせてますけど……これ、なにしてるんすか?」

『たぶん、君のように異界から召喚されて戦奴隷にされている人を、結界で隔離。そのまま元の世界に転移させているんだろうね。うわ、昔の私、けっこう効率の悪い魔術式を使ってるなあ。なんか、今見るとちょっと恥ずかしいね』


 まあ、ここ最近。

 二、三年の研鑽けんさんを積んだ私はグルメ散歩を通じて――大幅にレベルアップ!

 魔術の幅を広げたからね!

 当時と比べて、成長していないと困るわけだが。


「隔離して、転移。つまり……俺みたいな戦奴隷たちは」

『そう。みんな元の世界に帰還しているってわけさ。わざわざ時間を使って世界全ての転移者を戻した理由は、まあ……そういうことだろうね』

「世界を滅ぼすから、巻き込まないため……っすか?」


 ごくりと息を呑む弟くんの言葉を受ける、私のモフ耳が揺れる。

 敢えて答えず、私は言った。


『ほら、世界一つ分の転移が終わったから、たぶん――始まるよ』


 告げる私の目の前。

 モニターの中が、赤く染まり上がる。


『汝らの答えは理解した。異界人は所詮、道具。遊んで捨てて、殺し、惨殺をしても良い存在である――か。なるほど、それも一つの考え方である。我も獣を喰らう、家畜を喰らう。それが間違った事とは思うてはおらぬ。生きるためであるからな。それと同じこと――それが汝らの答え。幼き者も、老人も――全てがそれを正しいと認識している世界か。それも良かろう。なれど――気に入らんな』


 破壊神としての私。その荒ぶる心を諫めようとしているのだろう。

 祭司と思われる男が、私に向かい魔法陣を展開しているが――まあレジストされたようだ。

 ……。

 この祭司の男、この異界人サイドでありながらも唯一、黒髪だな……。


 賢者の顔で、過去の大魔帝が唸りを上げる。


『ならば証明してみせよ。己が正しさを――! ググググ、グハハハハハハハハ! 行くつく先は所詮、どちらが相手をねじ伏せるか! それも摂理よ! さあ、やってみるがいい遠き異界の殺戮者どもよ! 自らが蒔いた憎悪にて滅びる定めにある世界ものよ。我を負かせてみせよ! 我はケトス! 大魔帝ケトス! 汝等に弄ばれ死んだ魂に呼ばれし、災厄の獣なり!』


 それはさながら。

 呼んではいけない獣を呼んでしまった世界が――滅びる姿、そのもの。


 過去の私が、世界を闇で覆う。

 漆黒の霧の中――赤い眼光がぎしり……。

 割れた暗黒の空から、ネコの目の輝きを放つ魔杖を翳していた。


アンチ――裁定魔術:禁忌タブージャッジメント――!』


 この魔術は――おそらくホワイトハウル専用魔術のパク……。

 オマージュだろう。


 ホワイトハウルは罪の意識があるモノを戒める特殊な魔術を扱うが、これはその逆。

 おそらく。

 術者が罪と認識している事象を指定――その事象に対し、罪の意識がないモノの魂を生贄に捧げ、屠る。天才ニャンコがその場で構築した、即興魔術だろう。


 ようするに、道の蟻んこを踏み殺して罪悪感があるなら効果は無効。

 罪悪感がないなら特効でぶっ刺さる、精神と感情を条件とした人類種への攻撃魔術だろう。


 さっきから――だろう、だろうなのは勿論。

 ぜーんぜん、その時のことを覚えていないからである!

 自慢ではないが。

 大事な案件じゃなければ、昔の事なんてそこまで覚えているはずないのだ!


 あ! ついうっかり、思わず声に出していたのだろう。

 弟くんが、えぇ……っと怪訝そうに眉を顰めている。


 ともあれ。

 モニターの中の過去の私が肉球を、ぎゅっと握る。

 術を全世界に蒔いたのだ。


 憐れにも使役され息絶えた者達の魂。同類の死を嘆き――。

 ただ、淡々と滅びを与えていた。


 術は発動した。

 そして。

 世界は滅んだ。


 結果として、この世界の民は全員滅んだのだ。

 全ての民が、異界人を使役し奴隷とすることに罪の意識などなかったのである。


 まあ、価値観の違いは世界によって発生する。

 こればかりは、感情の問題も挟まってくるので……一概に答えなどないのだとは思うが。


 異界人たちが溜め込んだ憎悪の感情と、次元の狭間に取り残された黒マナティ。

 勇者となる筈だった魂たちの恨み。


 二つの力によって召喚された破壊神、大魔帝ケトスによって――。

 その長いか短いかも分からぬ異界は消滅。

 歴史に幕を閉じたのだ。


 滅んだ世界を見下しながら、過去の私が世界を生贄に魔術を展開する。

 世界サイズの大魔法陣の下。

 憎悪の魔性は咢を蠢かしていた。


アンチ――異界召喚リバースサモン。さあ、帰還せよ――脆弱なる者達よ。後の事は我も知らぬ、なれど、せめて元の世界で幸福を享受することを願っておるぞ』


 肉球が、輝く。

 術が発動されたのだろう。


 元から結界隔離で、帰還魔術を受けていたモノ。

 そして――死した転移者の魂すらも、元の世界に返還されていく。


 大魔帝ケトスこと、過去の私の大規模儀式――世界を生贄に反魂の儀式を行ったようだ。


 生贄は、異世界人を召喚し奴隷としていたあの世界の現地人全て。

 反魂対象は、今まで犠牲となった転移者達。


 転移者達が世界へと帰還する。

 その光は地球にも続いている。


 まあ確かに、こんな混沌とした状況では――弟くんの記憶が曖昧になってしまうのも仕方がない。

 人間の認識領域を超えているからね。


 奴隷として使役された魂。

 終わる世界を振り向く者も、憐れむモノも誰もいなかった。

 元の世界に戻った転移者達は皆、こう思ったのだろう。


 当然の報いだ――と。


 ◇


 記録クリスタルに接続していたモニターを切って。

 私は、くはははははは!


『いやあ、昔の私って、こんなことしてたんだね~。私ってさあ、基本頭脳が猫だから、ちょいちょい過去の記憶が薄れていっちゃうんだよね。まあ、こうして記録クリスタルに刻んであるから問題ないけど――うんうん、ちゃんと思い出せてよかった!』


 こっちはもう自己完結しているのだが、目の前の彼は違うようだ。

 呆れと驚愕。

 畏怖すらこもった顔で、弟くんは涼しげな顔に脂汗をじとり。


「えーと、ケトスさん……ほんとうにこんな大事件を、ぜんぜん覚えていなかったんすか?」

『まあ似たようなことを何回かやってるし。べ、別に忘れちゃった方が都合がいいからって忘れたわけじゃないよ? だって、ほら! 君だって、今日この塔を登った敵の顔を全部覚えてるわけじゃないだろう? それと一緒さ、一緒』


 世界を一つ滅ぼしていた証拠映像でもあるのだが。

 忘れるわけにもいかないので、一応保存しておこう。


 世界を滅ぼしてしまった訳だが。

 まあ、こればっかりは相手の自業自得。

 なにしろ貴族から平民まで、異界召喚をして異界人を隷属化――家畜のように使っている世界だったみたいだからね。


 私、本当に悪くないと思うのである。

 うん。

 でも、魔王様には黙っておこう。


 くるくる回って、ビシ!


『それにしても! さすが私! うっかり世界を壊しちゃった後のアフターケアも、ばっちりだったみたいだね! 今こうして、君がいるってことが何よりの証拠だし。もし私が誰かからお説教されちゃったら、悪いけどちゃんと弁明しておくれよ? 言っちゃえば、君達に召喚されて世界を滅ぼしたようなもんなんだし、転移犠牲者達全員の蘇生もしてあげたんだから』


 専門用語で、ネコちゃん悪くないもん!

 である。


「それは、まあいいっすけど――本当に、ケトスさんって凄い人、つーか、凄い猫だったんっすね。やっぱり、世界で一番、やべえんすか?」


 距離感をはかっている、そんな感じの声だった。

 まあいきなり命の恩人と再会したらこうなるか。

 首を痛めたんかい!

 ってぐらい、手を首にあてて……ちょっと斜め下をみている。


 どーでもいいけど。

 これも、ヒナタくんが見せてくれた乙女ゲーのポーズだな。

 ともあれ私は言った。


『ふ……っ、若者よ。世界の広さを甘く見てはいけない! 私よりももっと素晴らしい御方が一人、この世界には存在しているからね! 単純な戦闘力なら私もけっこう並んだかな~ってぐらいになってるけど、魔術の応用や破壊と消滅の魔術以外なら、ぜーんぜん届かないのである!』


 そう、魔王様のことだ!

 しかし魔王様の話よりも彼が気にしているのは、素敵ニャンコなようで。


 弟くんはチラチラチラ。

 こっちを見ている。


 はて、何か私に頼みでもあるのかな?

 震える唇が、言葉を発する。


「あー。その……、悪いんすけど。俺、殺戮騎士なんで――殺戮数キルカウントを確認する観測系のスキルがあるんすけど……その、アレっすよ。なんつーか」

『ああ、ちゃんとあの世界が破壊されているのか、まだ気になるって事かな?』


 弟くんは、黒髪を揺らし頷く。


 戸締りをしたか、火元をチェックしたか。

 寝る前にどうしても何度も確認したくなってしまう。

 そんな、不安定な精神状態と似ているのだろう。


『まあどうしても確認したいなら――使っても構わないよ。たぶん、あまりにも膨大な数に驚いて――ちょっと魂に揺らぎが発生するだろうけど……それを私のせいにしないでくれるならね』


 いわゆる自己責任、というやつだ。

 ただ弟くんは、言っている意味が理解できないようである。


 止めてあげるべきなのかもしれないが――。

 まあ私の殺戮数を鑑定した人間は、いつかのサメ牙神父くんぐらいだし。

 こういうタイプのドヤももう一度、体験したいのである!


「そうっすか? じゃあ遠慮なく……」


 言って、グレイスくんの弟はゆっくりと瞳を閉じ。

 手を翳し、念じたのだろう。

 次の瞬間。


「ぐ……っ――」


 ぞっと表情を青褪めさせ……口元を押さえて、蹲ってしまう。

 やっぱりこうなったか。


 殺戮騎士はキルカウントが力とスキルの因。

 すなわちきっかけとなる。

 殺戮数に応じた能力を発動するらしいし、感受性が強いのだ。


 私の素晴らしい殺戮数におそれをなしてしまうのも、まあ仕方のない事。


 すなわち。

 私の勝ちである!


『どうだい? まあ勘違いじゃない数値だってことは理解して貰えただろう?』

「え、ええ……いや、俺より人を殺してる相手って珍しいんで、マジ、びびった、つーか……ぱないっすね。ちょっと……っ、すんません、うまく、呼吸が……っ」


 だくだくと、滝のような汗に髪すら濡らし……。

 更に蹲り、背中を丸めて地に伏してしまう。


 ……。

 や、やばい。ものすっごい背中の上に乗って、くははははははは!

 ってしたい!

 けれど我慢をして。


『悪かったね。やっぱり止めればよかったよ』

「い、いえ……頼んだのはこっち、なんで……っ」


 瞳を赤くしたまま――彼は、ぐっ……。

 唸りを上げ続ける。


「あの、ケトスさんは怖く、ないんすか?」

『なんのはなしだい?』


 意味が分からず。

 こてんと顔を横に倒し、尻尾をハテナの形にしてしまう。


「いや、だって……人を、こんなに殺してるわけっすよね。それも世界一つ分、以上も。恨まれてるんじゃないかとか、他人に、どう思われてるかとか、そういう……アレっすよ。よく、わかんねーっすけど。モヤモヤするっつーか。気にならないんすか……?」

『ああ、そういう悩みね』


 ある意味、それは自問自答なのだろう。

 ま、転移召喚なんて目に遭わなければ普通の若者だったのだ――。

 悩むことが正しい人間の在り方だと私は思う。


『そういう倫理的でちょっとナイーブな部分を気にしているのか。まあ、そもそも私は猫だし――人間としての心もあるけど、既に憎悪で染まっている』

「憎悪……」


 赤き瞳を輝かせ、私は続けた。


『世界が変われば価値観も変わる。ファンタジーな場所から現代日本に戻ってきたら、混乱してしまうのは当然かもね。一人殺せば人殺し、千人殺せば英雄ってわけじゃないけど。異世界の英雄や勇者だって言ってしまえば、ただの人殺し。大量殺戮犯だっていう考え方もあるだろうね』


 私は若者を導く教師の声で、穏やかに告げた。


『君に聞くけれど。人を殺戮したその時、君はどんな理由でその者達を殺したんだい? 快楽のためかい? 私利私欲のためかい? 咽び泣く犠牲者や、その家族の泣き顔を嗤うためかい? 悩んでいるくらいだ、たぶん違うのだろう? 理由があって敵対し、相手を殺した。仕方なく殺した。流れで殺した。色々な理由があるだろう――』


 言葉を区切り。

 かつて異界で、教え子たちを教育したあの日々を思い出し――。

 私は淡々と告げる。


『けれど、いいかい? はっきりひとつだけ言えることがある。君は被害者だ』


 弟くんの顔が、ぎゅっと揺れる。


「なんで……そう、思うんすかっ。俺は、大勢の敵を、殺して……力を手に入れて、殺戮騎士になって、それで――! 俺は、敵世界の子どもからも睨まれるような悪人で! 俺は、そんな子どもさえも手にかけて……っ」


 それがトラウマになっているのだろう――吐き捨てるように叫んで。

 言った後に、ぎゅっと唇を噛んで。


 弟くんは、泣きそうな顔で私の瞳を見つめていた。

 まるで子どもだ。

 いや、まだ大人になりきっていない時に誘拐しょうかんされたのだ。


 本当に、まだ心が成長できていないのだろう。


 私には目の前の彼が、いまだ怯え震える子犬のようにさえ思えていた。

 心から、救いたいと思ってしまった。

 だから、言った。


『君が悪人ねえ――そうは思えないけど』

「なんで……」


 何故そう思うのか、と言いたいのだろう。

 ま、サービスが良すぎる気もするけど……モヤモヤを払ってやるか。

 わざと冷めたような口調で、私は猫口を蠢かす。


『だって君。弱いだろう?』

「俺が……弱い?」


 まあ、人間としては強いんだろうけど。


『たかだか千人弱、人を殺したぐらいで心が折れそうになっているんだ。悪人には向いていないんだよ、君は。そんな心の人間はしょせん、どこかで強さの壁にぶつかってしまうからね。悪人を名乗りたいのなら、せめて私と同じ数の殺戮数になってから自慢するんだね!』


 そう。

 私の方がもっと殺しているのに、勝手に悪人を名乗られるのも、ねえ?

 さて。

 言葉を失ってウジウジ項垂れている若者の顔を覗き込んで――と。


『もう一度、言おう。君は悪人にはなれない、ただの弱い召喚被害者だよ。自らの意思とは関係なく、運命を捻じ曲げられてしまったのだからね。まあ人を殺してしまった事を悔いてもいい、殺めてしまった者のことを嘆き続けるのも自由だ。その心を大事と思う者も多いだろうと思う。それでも私には――君は異界召喚などという身勝手な魔術の、哀れな犠牲者にしか見えない。少なくとも私にとってはね』


 ま、お節介が過ぎたかな。

 よいしょと私は腰を上げて。


『さて、長く話し過ぎたね――私は先に進むけど。君はどうする?』

「俺も……まあ、先に進みますけど」


 床に向けるような言葉だった。

 だからこそ、私はうにょーんとその視線に入り込むように、とてとてとて♪

 にゃはー!


『ねえねえ! じゃあ折角だから一緒に登るかい? 手に入る報酬やお宝は半分になっちゃうから、断ってくれてもいいけど』


 仕方ないから、こっちから誘ってやるのである。

 多少強引に一緒にいた方が、こういうタイプはいいのである。


 だいたいだ。

 どーせ、俺なんかぁ……ウジウジウジと、無駄に美貌オーラをだして悩むんだよ? こういうクール寡黙系主人公タイプの人間って。

 私をモフる筈の可愛くて暖かい女の子の心まで、ガッツリ掴んで持って行ってしまうのだ。


 そうは問屋が卸さない!

 一番かわいく見える角度で、ニャンコな瞳をうるうるうる。

 こてん♪

 くははははははははは! 貌を愛らしく横に倒してやったのだ!


『駄目かい?』

「いや、その――俺もここ、初めてなんで。一緒に登ってくれると助かるっつーか」


 ふ……っ、ちょろい!

 イケメンなんぞ、おそるるに足らず!

 なぜなら、ネコちゃんの方がかわいいから!


『オッケー! じゃあパーティ成立だね』


 言って私は、ジャンプ!


「って! 突然なんなんすか!」

『なにって。だってパーティを組むんだろう? 抱っこして運んでくれるってことじゃないのかい? 私、かわいい猫なんだよ? あんよが汚れちゃうし。エスコートするのは当然じゃないか!』

「アンタの世界だと、そうなんすか?」


 まあ誰かに抱っこさせてダンジョンを移動する。

 それは私の趣味みたいなものなのだが。

 堂々と言ってやる。


『かわいいネコちゃんは抱っこで運ぶ。それが世界の常識だろう?』


 嘘であっても、堂々としてしまえば何とかなる!

 それに、異世界の文化ならそうなのかもしれないと勘違いしてくれるしね。


 異界人を使役することが当然だと思っていたあの世界のように。

 結構、言ったもん勝ちのまま価値観や世界の仕組みが決まるという事も――まあ。

 たぶん、あるんだろうね。


「まあいいっすけど……戦闘になったら、降りてくださいよ」

『分かってるって! さあ行け、我がタクシー!』


 大森林フィールドの奥をモフ手で指差す私に。

 弟くんはぼそり。


「あんた、いま……タクシーって、まあ……恩人なんで、いいっすけど」


 ぶつぶつ言いながらも、弟くんは私をぎゅっと抱いて。

 ……。

 ゆったりと頬を緩めている。

 徐々に、ネコの魔性の魅力に憑りつかれ始めているのだろう。


 いやあ、私。かわいいからね~!


 私と弟くんはパーティを組み、上層へと向かった!



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― 新着の感想 ―
[良い点] ん?弟君魔性になりかけてんの?何の魔性かな? [一言] 弟君、あの異界で人を殺した事を気にすることはないと思いますよ。 罪の意識も無く、関係無い異界人を勝手に拐って戦争の道具にするん…
[一言] 猫汚染。姉さんの威厳はどうなってしまうのか。
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