裏世界、その名は日本! ~ケトス様の地球散歩~
あれから一週間!
大魔帝なケトスな私は今、とある高校の校門の上で、ぶにゃん!
大量に買い込んだ液状オヤツを、ちゅるちゅるちゅる♪
もふもふ猫毛をウズウズさせながら――例の女子高生を待ち構えていた。
校舎からでてきたターゲットを見つけ。
くわぁぁぁぁっと身体をのばし、ん、んっと後ろ足までストレッチ。
可愛いニャンコな私は、とことことこ!
女友達とあははははは!
普通に笑う、あの黒髪美少女の名前は日向撫子。
転生した異界の魔王陛下の娘で、聖剣使いの勇者で女子高生――私とも知り合いの、まあ強力な人間である。
単独で転移してきた私は、こちらの事情を聞くため。
そして彼女の無事を確かめるために、真っ先に彼女の通う高校にやってきたのだ!
……。
あ、いや……先にオヤツを買ったから真っ先にじゃないか。
ともあれ、やってきたのだ!
ヒナタ君の足元まで進んで、どでん♪
ど真ん中に転がり、かわいく鳴いてやる。
『るるるにゃ~ん♪』
勘のするどい街の鳥たちが、ザザザザザザァァァァアァっと飛び立ち逃げる。
まあ、普通の動物からしたら、私って。
なんかヤベエオーラを纏った猫が、ドドドドドドドと擬音語を放ちながら歩いている。
そう見えていただろうからね。
鳥たちの逃走姿が、イイ感じの影を作り。
まるで桜吹雪のように――枯れ葉と抜けた羽がヒラヒラヒラ。
まん丸な瞳をえ? っとさせて。
カバンをぎゅっと抱えたヒナタくんが、じっと私を見る。
目が合ったので、肉球を見せる形で手を上げて。
にゃん!
『やあ、ヒナタくん。久しぶり!』
「って、ケトスっちじゃないの! どうしたの! こんなところで!」
魔力波動で本物だと察したのだろう、私を抱き上げ。
ダダダダダダ!
猛ダッシュで樹の影にまで場所を移動、ぜぇぜぇっと肩で息をし彼女はキリ!
私に耳打ち。
「ちょ! なっ……! ええ! どうしたのよ、本当に! あ――分かってると思うけど! 聖剣とか魔導書とか、そういうのは声に出さないでよ。あたし、異世界なんて知らないってことになってるし、そもそもこの世界じゃ、そういうのはゲームや漫画の世界でしかないんだから」
『だから、るるるにゃ~ん♪ って最初の挨拶はネコの声にしただろ。ちゃんと分かってるよ……っと、誰か来たね。私はただの可愛い猫のフリをするから、頼むよ』
ふつうの猫に見える幻術を発動、ヒナタくんのバッグを漁り――。
ポテチをゲット!
やっぱり、絶対持ってると思ったんだよね~!
あ、こら!
そう叫びそうになるヒナタくんが、言葉を噛み殺す。
先ほど話していた女友達がやってきたからだ。
むろん、私の計算通りである。
「ちょ! ヒナタ! いきなしなんなのよ――って、え、なになになに! なーに! この大きな黒猫ちゃん! うわ、すごい図々しいわねえ。勝手におかしを引っ張り出して……! つかさあ、そんなに懐いてるなんて。ヒーナーター……あんた、まさか学校に飼ってるネコちゃんを連れてきちゃったの? さすがにマズいんじゃない?」
「いや、連れて来たって言うか――連れて来ようがないというか……あははははは、ごめーん、ちょっとこの子をご主人様の所に返してくるから、カラオケはまた今度ね」
と、拝むように手を合わせて詫びるヒナタくん。
ちょっと不良っぽい友達の女の子が、プリン色の脱色した髪を靡かせ。
私をじぃぃぃぃぃ。
まあ、たしかに――女の子のカバンからポテチを強奪する猫は珍しいか。
「あのさあ……ヒナタ。さすがに食べさせ過ぎなんじゃない? まあ、いいけど……」
「だから、ちがうって! あたしのペットじゃないの!」
「わかりました。そーいうことにしておくわ。それじゃ、また明日ね♪ あ、早く告白しないと、先輩に先に告白しちゃうからねえ! なーんて、冗談よ、冗談! じゃあねえ~♪」
女の子たちの会話っぽいナニかを見届けて。
頭に被っていたポテチの空袋から、顔をズボ♪ っと脱出!
肉球についた脂をテチテチ舐めながら。
私はようやく言葉を漏らす。
『へえ、君もやっぱりそうしていると普通の女子高生なんだねえ~』
「なんだね~、じゃないわよ! 突然どうしたのよ! 昨日別れたばっかりじゃないの、いくらなんでも来るのが早すぎない?」
『昨日? あれ、君の感覚だと……あの大魔王事件から一日しか経っていないのかい?』
「ええ、そうよ」
ふーむ、と私は魔術師の顔で考える。
『なるほど。次元も時間軸も違う異界だから……色々と時間がおかしなことになっているとは思っていたけど。やっぱり推測の通りだった、というわけかな』
ダークエルフの転生者は無理ゲーの言葉を知っていたのに百歳以上だし。私も転生してから既に五百年以上も経っているが、もちろんそんな昔の人間じゃないし。
……。
まあ、魔術とは不安定なモノ。
そういう時間のズレの発生は示唆されていたし、可能性だっただけの魔術論がようやく証明されたってわけか。
「なーに難しい顔をしてるのよ」
『まあ、口にしてもたぶん理解されない領域の……面倒な計算式になる魔導現象の事さ』
一応魔術式を見る?
と、空に複雑な計算式を浮かべてやるが――。
「いや、頭が痛くなりそうだから、いいです……聞くのは止めとくわ。で、本当にどうしたの? まさかこっちのグルメを食べるためだけに来た、ってわけじゃないんでしょ?」
『うん、まあこっちの液状オヤツを買い占めに来たっていうのもあるけど、一応本題は別さ。こっちで何か起こっていないかい?』
この反応は、まだ何も起こっていないという事か。
まあ、魔王様も五年か十年ぐらいの誤差があるとは言っていたが。
ヒナタくんが私の猫鼻をつんつんしながら言う。
「なにかって、なにがよ?」
『そうか、やっぱりまだこちら側からだと観測されていないのかな。それとも誰かが未来視系の能力を封じているのか……。まあいいや、じゃあ単刀直入に言うけど、なんか地球さ。近いうちに滅亡するっぽいよ?』
肩を震わせ笑い。
ヒナタくんが私のモフ耳を、ぴょこぴょこ弄りながら。
「ぷぷぷー! やっだーケトスっちったら、そんな冗談やめてよー! あんたが言うと、冗談に聞こえないぞ! っと!」
『まあ、そういう反応になるよね』
転移してきてみて分かったけど。
現状、特に何も起こっている様子はないし。
けれど私は、真顔でじっぃぃぃぃぃぃぃ。
「え? まさか冗談じゃないの……?」
『そ、本当なんだよね』
さすがの彼女も絶句をして、はぁ……と頭を抱えた。
◇
移した場所は――ヒナタくんの学校からひとつ離れた駅の、しかもはずれにある個人経営のレストラン。
本当は学校近くのハンバーガーチェーン店に入りたかったのだが……。
学校関係者に見られたら不味いと、ちょっと場所を移したのである。
麗しいネコのままお店に入る事は、さすがにできず。
私は人間モードに変身していた。
衣装は適当にコンビニ雑誌からコピーしたので詳しくないが、まあ女性店員の反応を見る限り悪くはなかったようだ。
最初は神父の姿になったんだけどね。
さすがにそれじゃコスプレよと、却下されてしまったのである。
注文は軽くという事で、メニューを一通り。
上から下まで一つずつだけ。
真面目な話をするのだ、メニュー三周は止めておいたのだ。
さすが私、偉い!
店員さんが、大慌てで運んでくる料理を軽く平らげながら、私は彼女に事情を説明した。
ちなみに。
ヒナタくんは小食なのか、グラタンとパスタ系列のメニューを制覇するだけで済ませたようである。
事情を聞き終えたヒナタくんは、オーブンで作られたおこげ部分が美味しそうな、ぷりぷりエビの海鮮グラタンを突っつきながら。
大きな海老を、ぱりゅぱりゅ♪
弾けて垂れた天然オイルを拭って――。
ふぅと息を漏らす。
「なるほどねえ、それでケトスっちはあたしを心配してまっさきに来てくれたってわけか――はははは、ちょっと嬉しいかもね」
『君はあの方の娘でもあるわけだからね』
「ふふふ、そんなこといって――本当は心配だったくせにぃ、やあ、モテる女はつらいわねえ!」
なんか嬉しそうにしているが、まあいっか。
心配だったのも事実だし。
満腹極上ハンバーガーセット。そして、三十分で完食出来たら料金がタダだという超特大ステーキの熱々鉄板と、空いた皿を脇に寄せて――。
完食した私は静かに告げる。
『それで話を真面目モードに戻すけど、本当になにかこっちで異変は起こっていないのかい? 些細な変化でもいいんだけど、知っていたら教えてくれないかな?』
「といわれてもねえ。昨日帰ってきたばっかりだし」
んーと考え込んで。
「そういえば、ケトスっちの帰還魔術で転移して戻って来た時に――コンビニに顕現したんだけど。その帰り道に、ちょっと変な人に会ったわね」
『変な人って、夜道でロングコートの変質者がいきなりがばって開く、アレかい?』
「いや、そういう……変じゃなくて」
ちょっと貌を赤くし、ジュースをずずずず。
ヒナタ君は透明ネイルをさすりながら言う。
「異界帰りか、元から魔力持つ人間か――どちらかはわからないけど、明らかに常人じゃない女の人とすれ違ったのよね。まああたしみたいな元異世界勇者みたいな人もたまにいるし、そういう類だったって可能性もあるけど」
『私達の世界から帰還した直後に出逢うのは、偶然とは思えない……そういうことかい?』
「そういうこと。でも特になにかされたわけでもないし、ちょっと振り返っただけだったから……向こうも魔力持つあたしに気付いて、見ただけ。あ、この子なんてかわいいのかしら、アイドル? って気になっただけって可能性もゼロじゃないわ」
ボケを拾わず、私は真顔で。
『そうだね君はアイドルみたいにかわいいから、そういう可能性も考えられるか』
「え! いや、じょ、冗談だったんだけど」
『君はあの方の娘だからね、魔を惹きつける力が備わっている可能性もあるんだよ。アイドルとはすなわち偶像。テレビやネットで流れている人気タレントたちだって、自分の魅力という能力を使って他者を誘惑しているわけさ。分類すると、インキュバスやサキュバスと同系列と扱う説まであるからね』
それに、だ。
口には出さないし、あくまでももしもの話だが。
ヒナタくんの母親がもし、聖剣使いのあの勇者の転生体だった場合……。
勇者として他者を扇動し、惹きつける能力。
あの自分でも制御できない厄介な自動発動スキルを、そのまま受け継いでいる可能性もある。
まあ、過度に心配させても仕方ないか。
私は苦笑し、口を動かす。
『ところで話は変わるけれど、私はこちらに来たばかりでね――換金できる宝石を持参してそれなりにお金はあるんだが、保証人がいない。家を借りるまでの間、君の家に置いて欲しいんだけど、ダメかな?』
「そりゃ、構わないけど――いま、父さんも母さんもいないから保証人になって貰うとかはできないわよ?」
『え? いないって、何かあったのかい?』
魔王様の転生した姿と、その奥さんにものすっごい興味があったのだが。
「あの二人、ラブラブだからねえ。海外旅行に行っちゃってるのよ。ほら、あたしもよく異界に召喚されてたから、その間に二人でいろんなところに行くのにハマっちゃったみたいで。いやあ……娘からすると、親のラブラブってちょっと複雑なんだけどね」
そういやファザコン気味だったのか、この子。
まあ、魔王様の転生体ならとても素晴らしい父親なのだろう。
『なるほどねえ。いつ頃帰って来るのか――分かるかい?』
「たぶんだけど、あたしがケトスっちの世界に転移した気配を察して――留守の間に旅行に出た筈だから……まあ、二週間ぐらい? したら帰ってくるんじゃないかなあ」
『ああ、転移したのにすぐ帰ってくるとは思っていなかったってことか』
まあ、二週間なら待てばいいだけである。
今は転移門を繋いだままになってるし、時間のズレも問題ないし。
「あ! でも、さすがに男を連れ込んだなんて近所で噂になっても困るし、猫状態でお願いね? そっちの方がかわいいし!」
ネコと暮らす生活には興味あるようで。
ヒナタくんのテンションがちょっと上がっている。
『了解。よろしく頼むよ、ご主人様』
「いやあ、あんた良かったわねえ! 女子高生と同じ家に住めるなんて、ふふ、ふははははははは! あんた幸せもんよー! お金を払ったってなかなかできないんだから!」
キシシシと笑う彼女は、ちょっと楽しそうだった。
まあ。
大きな声だったので、店員さん達の、こちらのテーブルを見る目がギョッとなっているが。
気にせず私も、微笑んでいた。
「それにしてもケトスっち、なんか楽しそうね。地球が滅ぶかもしれないっていうのに……前にあった時より、心に余裕がありそうじゃない。なんかあったの?」
『そりゃあ、魔王様がお目覚めになられたからね――それが、とても……嬉しいのさ』
素直に語り、コーヒーを啜る私は揺れる波紋を眺め。
一息。
少しだけ頬を緩めて……息を漏らしていた。
『百年も待ったからね。あの方が起きていらっしゃる、無事でいらっしゃる。皆と共に、笑っていらっしゃる。私はね――それだけで満足なのさ。これ以上の喜びなど、存在しない。そう思っているんだ。分かるかな?』
本当に、幸せなのだ。
なぜだろうか。
ヒナタ君はかぁぁぁぁぁぁぁぁっと耳まで茹蛸のように紅く染めて。
目線を逸らす。
「ケトスっち……あんた、外見だけはマジで海外俳優だって顔負けの美形だし。そーいう……顔されちゃうと、なんつーか……。あぁぁぁあああああああぁぁ! へ、変な感じになっちゃうから! 少しは考えなさいよね!」
『なんかジャハル君と同じ反応をしてるね君』
「同じって、あんた……ちゃんとその人を大事にしてあげなさいよ」
どういう意味なのだろうか。
分からずにいると、ヒナタくんは苦笑しながらも。
ま、いっか――と、嬉しそうに微笑んだ。
◇
レストランのメニューを完全制覇して、支払いを済まし退店した後。
しばらく歩いて。
人通りが少ない場所に辿り着いた時だった。
ヒナタくんが猫状態に戻った私に目配せをし。
「これ、ケトスっちの部下とか関係者ってわけじゃないわよね?」
『こっちが聞こうと思っていたんだが、ふむ――ならそういうことだろうね』
そう。
レストランを出てからずっと、何者かに尾行されているのである。
尻尾の先をぶらーんぶらーんと、不機嫌に揺らし。
私は、ムッと眉を顰める。
『さて、どうしようか――面倒なら消しちゃってもいいけど』
「いやいやいや、ここ日本よ? 逮捕されるような事は、さすがに勘弁してほしいんですけど」
私を暴走ニャンコだと思ったままなのだろう。
だが、しかーし!
私はこの一年でますます落ち着いたのだから問題なし!
大人ネコの余裕をみせ、私はドヤらず語る。
『大丈夫さ、こっちに来る前に皆と相談して考えたんだけどね。消しちゃった後に同じ素材で同じ外見の同じ遺伝子をもつ人間、ようするにコピー人間を作ってさ。何食わぬ顔で置いておけばいいんじゃないかって結論が出てね』
言葉を遮るように、ヒナタくんが額に手を当て言う。
「えーと、ちょっと言っている意味が分からないんですけど……ケトスっち、あんた。人間を作れるの?」
『そりゃ、私も世界を創世できる程度には最強な神だからね。人間なんてチョイチョイのちょいさ。結局は化学物質の集合体なわけだし、魂さえ疑似的に作り出しちゃえば勝手に動き出す。ほら、そうすれば――記憶喪失になった同じ物質で構成された人間が残るだろう? 死肉ゴーレムの応用で簡単にできるし、見分けなんてつかないからね。戸籍とか捜査とかそういう面倒な話にはならないって寸法さ』
まさに、完璧な作戦!
告げる私は、ちょっとドヤ顔をしてしまったのだが。
なぜかヒナタくんはドン引きした様子で言う。
「相談した結論がそれって……、誰とそんなエゲつない答えをだしたのよ」
『ロックウェル卿とホワイトハウルっていう私の友達だよ? 大魔帝ロックとブラックハウル卿とは会っていたよね。黒き大魔族――彼らの闇落ちしていない元の姿。白き獣、私の世界の方に存在している力ある神獣さ』
色々と考えているようだが。
彼女も異界帰りで勇者。
割り切った考え方もちゃんとできるのだろう。
「思いっきし闇落ちしてるような考え方だけど、まあいいわ……。うっかり殺しちゃったとしても、最終的にはどうにでもなるってことね。で、本当にどうする? ここでやりあうわけにもいかないでしょうし」
ヒナタくんの目線の先には――街灯に取り付けられている、監視カメラ。
証拠が残る事を気にしているのだろう。
まあ、どこでだれがスマートフォンとやらで撮影しているか分からないらしいからね。
だからこそだ。
私は自慢げに、ニヒィ!
そう!
そういう対策もちゃーんとしてきたのである!
『それも大丈夫。ここに来る前にそういう隠蔽工作の魔術も研究してきたからね』
言って、肉球を鳴らし。
世界に干渉。
『さあ――私の世界に案内しよう。暗転影世界』
ざざざ……。
ざぁぁぁああああああああああぁぁぁっぁぁぁぁぁ!
電子機器をジャミングし――。
あらゆる観測を拒絶。
周囲が――影の世界に侵食され始めた。




