エピローグ ~ディガンマ大陸編~
大魔王との戦いを終え、数日が経っていた。
最強猫魔獣こと私。
大魔帝ケトスは現在、魔王軍最高幹部としての仕事を立派にこなし中。
これは――例の魔力モコモコ猫を放置した件で、めっちゃ怒られた後の出来事である。
今、私がいるのは、異なる世界軸の主神である黒ホワイトハウル、かの魔狼が作り出した第六世界。
ディガンマ大陸。
場所はイプシロン聖帝国の、巨大会議室だ。
今回の事件に関わった大陸のお偉いさん達や、召喚された勇者達を集めて会議、会議。会議会議の、会議のまたまた会議!
事の顛末を伝えていたのである。
ようするに、私はあんまり好きではないのだが――。
もはや恒例行事となった事後処理を行っているわけで……。
まあこれが面倒くさい。
世界がくっついたり、滅びかけたりしていたんだから仕方ないけどね。
会議室の空気は――それなりに重い。
大魔王の脅威が去ったからといって、全てが解決とはいかないのだろう。
私を知っている国の者達の空気が重いのは。
うん。
うっかり他国の連中がやらかさないか、心配しているのだろう。
私に失礼を働いて、大魔王ケトスではなく大魔帝ケトスがブチ切れました――世界は再び恐怖の海に落ちます!
と、なったら意味無いもんね。
各国の護衛魔術師が濃密な結界を張る中。
衛兵君たちはサンドウィッチを忍ばせ私をチラッチラ。
何かあったら――すかさずグルメを捧げて、私の怒りを抑えようという作戦だろう。
ていうか、別に私。
そんな狭量じゃないのになあ。
前の会議の時だって、失礼なヤツへの対処は温厚。大事な用事がある日に、絶対に寝坊する程度の、じみ~な呪いしかかけなかったし。
まあいいや。
乾いた口を潤すために用意されている紅茶。
その甘いハーブの香りに口をつけているのは私と、そして聖剣使いの女子高生勇者ヒナタくんのみ。
モフモフな尻尾をくるりと回し――。
たくさん喋りながら私は、ぶにゃん。
この第六世界の成り立ちや、別の世界と既に融合している事。
この繋がった世界には他の大陸と、人間たちの住む地がある事を伝え――警告。
ようするに――グルメ帝国のある大陸やエンドランド大陸のことなんだけど。
ぶっちゃけあいつら。
私のせいで人間の平均基準から逸脱する程に強化されてるから――手を出して反撃されて、あっけなく国が滅んでも責任は取らないよと、力強く宣言。
更に続けて、私はぶにゃん♪
この世界にはラストダンジョン魔王城があり、そこには、やんごとなき御方である魔王陛下がいらっしゃる。
もし、なんか。
間違ってでも手を出そうとしたら――ディガンマ人間種そのものの存続が怪しくなるから、やめといてね?
って、忠告をしているのである。
ひとしきり話し終えて、私は衛兵くんを肉球で呼び。
サンドウィッチを受け取り、貪り、モフ毛をぶわっぶわ!
スパイスの効いたハムとチーズ。
そしてレタスとトマトのしゃきしゃきバランスがイイ感じ!
ズズズズズズゥゥゥゥ!
紅茶を呑み込んで――。
『――と、まあそういうわけで。長い戦いの果てに大魔王ケトスは私の眷属になった――ひとまずの危険は去ったってわけさ。全世界は救われたと、そう思ってくれて問題ない』
魔術映像で状況を全てみせたので、嘘ではないと伝わっている筈。
つまり。
私は諸悪の根源でもある大魔王を味方にしただけであり、退治をしたわけではない。それを各国の王が知ったのである。
召喚された勇者達や、私と関わった老王とイケおじ帝にはもちろん伝えてあるけどね。
ディガンマ大陸の王族達は互いに、顔を探るように見ているが。
畳みかけるように私は言う。
『あれほどの悪行をしておきながら大魔王を放置するのか? 許すのか? そう思う人もまあいるだろうね。先に言っておこう、どうしても許せないって行動するのも君達の自由さ。大魔王を討伐したいのならご自由に、私はそこに一切の干渉をしない。大陸の三分の二も占拠されていた君達には、その権利があるだろうからね』
「んーむ……」
「いや、しかし――」
ざわめきが起こる。
私に禁止されるとでも思っていたのだろう。
まだ若い王などは、護衛の魔術師にアイコンタクトを送っている。
この私の実力を、鑑定で量れと言っているのだろう。
むろん、護衛なのだ――それなりの強さなのだろう。
鋭い目をした魔術師の方は汗をだらっだらに垂らして――それ自体が不敬にあたり、国が亡ぶと王に苦言を呈している。
何人かの王族が、野心を抱き始めているのだ。
まあ混乱する世界は領土拡大のチャンスでもある。
そんな人間達の心が、憎悪の魔性である私にはすぐに分かってしまう。
融合したこの世界で、ディガンマ大陸は遥か東の大海にぽつんと存在している。
私たちが住む大陸と交易などをする未来もあるのだろうが、まずは自分の大陸の事を考えている筈。
つまり。
誰が、どこの国が――この大陸の覇権を握るか。
水面下の動きがもう始まっている筈なのだ。
制圧されていた国では、大魔族の恐ろしさを理解していないだろうからね。
大魔王を倒して名を上げる。
そんな野心を抱く者もいるかもしれないが――。
それを止めるつもりはなかった。
実際に、相当な恨みを持っている人も多いだろうと思ったからである。
反面。
大魔王ケトスにしても、人間への恨みを返す権利は当然あったのだ。
いつもの無責任で大変申し訳ないが、ここは元別世界。
私は部外者なのである。
勝手にやり合って、勝手に滅んでしまうのは悲しいが――仕方のない事だと、達観した心もたしかに存在しているのである。
ニャハ!
世捨て人的な渋い考えを持つ私――。
かっこういいね?
各国の王族達が浮足立つ前に、デルトライア王国の魔術師老王が口を開く。
「よろしいでしょうか、ケトスさま」
『ああ、構わないよ』
風格も威厳もあるヒゲを擦りながら、カツン!
他の王族や護衛に見せつけるように、魔力ある杖で床を叩き――老王は言う。
「干渉しないということは、逆に言えばです――大魔王ケトスを怒らせ、再度の戦争が起こったとしても、手を貸してくださるお気持ちは皆無。この大陸全土が火の海に沈んだとしても、救いの肉球を伸ばしてくださることはない――そう受け取っておいた方がよいのですかな?」
『その通りさ。悪いけれど、君達の自業自得だと判断させて貰う。今の大魔王は私の怒りを買わないように、無辜なる民たちには手を出さないだろうしね。そして一応告げておくけど、大魔王ケトスに与えた制約は世界を壊すなという強制契約、それだけだ。人間に襲われたら間違いなく反撃するだろうし、そもそも、アレを倒すとなったらとんでもない年月の準備が必要だろうし――なによりだ』
私の言葉を続けるように、天から光が満ち溢れてくる。
『よい――異界のケトスよ、後は我から告げよう』
神々しいプレッシャーが、大陸全体を撫でるように顕現する。
現れたのは大物神族で魔族。
黒ホワイトハウルこと、ディガンマ大陸の主神――ブラックハウル卿である。
彼は次元を割って、顔だけをワォンと突き出し。
じぃぃぃぃぃぃぃ。
ガルゥゥウゥ、ガルガルウゥゥゥゥゥゥゥ!
おーい。
打ち合わせにない威嚇は、やめて欲しいんですけど……。
睨んでやると――。
ペカー!
聖なる光を纏い、凛々しい顔で神狼は告げる。
『我はかつて魔王軍幹部ホワイトハウルであった者。かつて神も人も大地もなき世界に慈悲を与え、作り直したケモノ。全ての命、全ての大地、全ての海を生み出し育んだ主神――ブラックハウル卿である』
打ち合わせだと――。
ここで黒ワンコの尊さに気付いた他国の聖人や聖女が、彼を神だと認めるはず。
我を信じるのだ、ケトスよ、ワオォォオオオオンって、話なのだが。
そう、上手くいくのかな?
心配だったのだが。
ガタン!
椅子から崩れ落ちた宗教国家の教皇が、瞳と口を震わせ。
乾いた声を漏らし始めた。
「主よ……! ああ! 主よ! この方こそが紛れもなく……主!」
「おぉ……この大地にも真の神がおわすようになるとは――っ!」
その隣の宗教帝国の女帝が、立ち上がり。
瞬きすらも忘れて――涙と共に祈りをささげ始めている。
え? なにこれ……?
聖職者の護衛が……その神聖さに平伏し、涙を流し始めているし。
黒ワンコが、ドヤ顔で私に目をやり――むふぅ!
なんかイラっとするけど。
いやあ、こいつ。
この大陸だと……まじで主神なんだね。
平伏す聖職者には慈悲の瞳を送り、反面。
王族達を一瞥し、黒き神は鋭き瞳を細める。
『此度の降臨は汝等に警告を与えるためである――心して聞くが良い。我を敬うも、堕ちた神と呪うも自由。なれど聞け。人間どもよ、我は貴様らへの恨みを忘れたわけではない。悠久の果てに残りし憎悪は消えん。いまだ、あの日々の悔恨は我の心を蝕んでいる。なれど、我も一度はおまえたちを慈悲にて作り出したのだ。チャンスも与えるべきであると、そうも思い始めている。今の汝らを壊さずにいるのは、猶予を与えているに過ぎないと知るがいい――我はまだ迷うておるのだ。人を生かすか殺すか、な』
『ねえ、君。キメ顔をつくってるけど、口の端……カラアゲのヨダレでべっちょべっちょになってるよ……? 滝みたいになってるよ?』
あー、分かった。
さっきの威嚇は、カラアゲの取り合いをしていたのか……。
黒ワンコと黒ニワトリと麗しい白ニャンコは、魔王城の賓客。
今、魔王様を呼び起こすための祭り会場で、魔王軍によるもてなしを受けている筈だしね。
もうラストダンジョンと契約している魔獣たちだし。
魔王様を御守りする戦力として、定期的に使わせて貰う気まんまんなのである。
ともあれ。
神聖なる浄化の光でヨダレを清め。
澄ました顔でワンコは続ける。
『貴様らが大魔王ケトスと敵対するというのなら――我はこの地の守護を止める。というか、大魔王に勝てると本気で思っているのなら、少しその認識を改めた方がいいと思うぞ、我。主神としての警告だ、アレをこれ以上刺激するでない。マジの注意であるからな? ま、まあ人間なんて本当はどーでもいいんだがの! 勘違いをするな! だが、我の発言――ゆめゆめ忘れるでないぞ!』
ペカーっと神々しい光を放ちながら、ワンコが退場。
次元の扉をズズズズと閉めたのだが。
あの主神の事を知らない他国の王族連中は困惑気味。
犬が主神?
そんな感じの言葉がチラホラ聞こえてくる。
イプシロンのイケおじ皇帝が、わざとらしい咳ばらいでアピールし――。
スッと立ち上がる。
「驚かれるのは無理もないが、あの方は本物の主神様。あの方は人間を既に諦めていらっしゃったが、最後の慈悲にて我等の住む大陸、第六世界と人間を創世なされたらしい。その慈悲の心を裏切るとなると――それなりの覚悟が必要ではあるだろうな」
「左様。我等はまだ神に試されている、そう思うべきでありましょうな」
魔術師王は私の授けた杖を翳し。
過去の魔術映像を、ぼわぼわっと顕現させてみせる。
そこには黒ワンコと黒ニワトリ、そして白ニャンコが私の用意した生命のクリスタル(悪人転移者)を用い、此度の大魔王の進軍で命を落としたまともな人間達を蘇生。
ニャンコ砦で保護している姿を見せている。
むろん、私と魔術師王が相談した上での仕込みである。
とりあえず、出来る限りの人的被害には対処した、奇跡盛り盛りで救済したよ。
そういうアピールである。
「ご覧いただいた通り――主神ブラックハウル卿と、大魔帝ロック。そして大魔王ケトスの手によって蘇生していただいた各国の民は、今回の戦の要となっていた砦で保護しておる。後程リストをお渡しするので、各国の王には難民たちの受け入れや、帰還を手伝っていただきたい。本日お呼びしたのは、この件についても相談をしたかった――そういう思惑もあるのですよ」
思慮深い賢者の顔で語りながら――魔術師王は、こほん。
私にこっそりと魔術メッセージを送る。
もうこれくらいで問題ありません、ありがとうございます。
の合図である。
私はサンドウィッチを回収しながら、すっと身体を浮かべる。
『あー、悪いけれど。後の件は人間同士で、君達の国同士で解決をしておくれ。助力が必要なら協力するが、話し合いを進めるうえで私は不要だろう。これ以上、強く関わるつもりもないからね』
言いながら、この身を人間モードへと変貌。
猫神としての聖光をぶわぶわぶわ!
それこそ主神が降臨したかのような、演出魔術を使いまくってやる。
人々があまりの美しさと高潔さに息を呑む。
威厳ある王者を彷彿とさせる装備を事前にしていたので、きっとさきほどの黒ワンコよりも神々しい存在に見えているだろう。
私だって、主神クラス以上の存在だからね!
別に対抗しているわけじゃない。
打ち合わせにない行動だから衛兵君も、魔術師王もイプシロン帝も頬をヒクつかせているが。
気にしない!
『さて、異界から招かれた勇者たちへの報酬や帰還は、私が引き受けよう。各国の王よ、勇者を取り込み、悪事を企んでいるようなら諦めたまえ。私は彼らを無事元の世界に戻すつもりだ。もし、勇者の力を借りたければ自分の手で改めて召喚するといい。それも君達の自由だよ』
きっと、この大陸はこれから大きな変革があるだろう。
それが戦争による革命か。
それとも話し合いや協力による変貌か――それは私には分からない。
人間が人間である以上、戦いが避けられない場面もあるだろう。
けれど、私は――。
案外、大きな戦争は起こらないのではないかと感じていた。
理由は簡単。
どう考えても、デルトライア魔術師王が強すぎるからである。
私、与えた力を回収なんてせこいことはしないからね。
そして、老王はおそらく、私利私欲を働かせ大陸を武力で制することなどはしない。
なぜかって?
そりゃ、私の反感を買うようなことは絶対に避けるからだ。
人間は愚かだが――計算ができない程にはバカじゃない。
それにあの王国には、暗黒騎士シアン君ことシャーネス姫もいるからね。
きっと、問題ない。
そう信じて。
『それじゃあさようなら、ディガンマ大陸の人々よ――次に私が降臨する時には、グルメ文化が発展している事を願っている。民たちの蘇生に使ったクリスタルの代金は、その時にグルメ報酬にて頂くことにするよ』
言って、超絶美しい私の姿は――霧状になって消えていく。
シュン!
勇者たちの姿も同時に――消える。
よーし!
ドサクサ紛れに蘇生クリスタル代の請求に成功した!
◇
転移した先は、デルトライア王国の一室。
あれから数時間が経っていた。
シアン君に挨拶するついでに、ここで勇者たちの帰還魔術儀式を執り行っているのである。
広がる魔法陣は異世界帰還の大魔術。
この後の宴会に参加しない者とは、ここでお別れなのだ。
世界が無事になったのなら早く元の世界に帰りたい、そう思う者も結構いるのである。
まあもちろん。
そうじゃない勇者も中にはいて。
勇者たちの転移と別れを済ます中。
拳聖でタヌキ獣人のタヌキくんが、私に言う。
「あー、ケトスの旦那よ。その、なんだ――ちょっと相談なんだが」
『はいはい、この世界に残るって言うんだろう』
「は!? なんで分かるんだよ!」
「いや、ふつう分かるでしょ……。タヌタヌ、あんたシアン姫に仕えるつもりなんでしょ」
私の代わりに聖剣使いの女子高生、ヒナタくんがジト目で言うが。
その瞳はウズウズとしている。
本当は根掘り葉掘り聞きたいのだろうが、うぶな二人に遠慮しているのだろう。
まあ、そこは私が引き継いで。
ニヒィ!
『で、タヌキ君はシアンくんと結婚でもするつもりなのかい? 根本的な事を聞いちゃうけど、添い遂げるつもりはあるのかい? 単刀直入にいえば、どこまで手を出しちゃったのかな?』
「な! い、いきなり何を言いやがる!」
尻尾をぼふぁっと膨らませ、黒い獣手をぷるぷる。
器用にタヌキ顔を赤く染めて私に、くわ!
笑わないように、あくまでも真剣な顔を貫いて私は応じる。
『大事な事だろう? 君は元の世界を捨てて、この世界に残る決心をしているんだ。どれくらいの意識なのか、心を確認しておく事は結構重要だと思うんだけど。悪かったね、からかうつもりではなかったんだ、誤解させてしまったのなら謝るよ』
「そ、そうだよな……いや、すまねえ。と、とにかく! もう、残るって決めたってことだ! これ以上、言わせないでくれ!」
あー、これ。
手を出しやがったな。
ヒナタ君もぷぷぷー!
と、しそうになっている顔を必死に堪え、真剣な表情で。
「ま、それもいいんじゃない? ケトスっちに頼めば、タダじゃないだろうけど戻して貰えるだろうし」
「ああ、そんじゃ――シアン嬢ちゃんの手伝いに行ってくるから、またな!」
言って、シュタシュタシュタ!
逃げるように猛ダッシュ。
たぶん恥ずかしいのだろう。
異世界でもあるここに残るって、けっこう大変だとも思うのだが。
ただ――街の孤児院に跳んでいくタヌキ君は、まあ幸せそうだから。
別にいいか。
◇
帰還組の勇者たちの転送が終わり、静かになった頃。
静寂の広がる部屋。
転生された魔王様の愛娘、ヒナタくんが黒髪の毛先を指で弄りながら――苦笑する。
「ここまで人間に手を貸してあげるなんて、ケトスっちもお人好しよねえ……。あたしが同じ立場なら別に、この後の世界、まあ今は大陸か、ともあれここの今後の事までは気にしないで――帰っちゃうけど」
『何の話だい?』
一つの物語が終わる。
そんな空気の中で、私はネコ髯を揺らして応じていた。
よっと、座っていた椅子から飛び跳ねて。
ヒナタくんは私の鼻先に指を当て、ペン!
軽く揺らして言う。
「大魔王のケトスっちが恨まれないように、犠牲になった民の蘇生儀式を徹夜で行ったり。この大陸の王様たちが戦争を始めないように牽制しまくったり、あれほど世話をしてやったのに報酬はグルメでいいって先に宣言してやったり。抑止力になる魔術師のイケ爺王様を用意して、なおかつ暗に大陸でくだらない戦争を起こすな、そんなことよりグルメをちゃんと用意しとけよって軽く全員を脅して戦争回避の道を誘導したり――あんた、自分で思ってるよりよっぽど過保護よ、マジで」
さすが魔王様の娘。
勘もいいし、頭も働く。
あえて否定はせずに、私は片目でウインク。
『だって、じゃあ逆に聞くけど……急に気が変わって遊びに来たら、いきなり見知った顔が殺し合いをしてるって状況も嫌だろう?』
「そりゃまあ、そうだけど」
んー、と考え込む彼女に私は眉を下げた。
現実を語るのだ。
『まあ、それも今だけの話さ――どれだけこっちが気を配ったって、百年もしたらみんな知らない人になる。いつかは血なまぐさい戦争を始めるんだろうけどね。それが人間さ。それでもまあ――少なくとも、グルメが発展するまでは、見守ってみるのも悪くない。私はそう思っているけどね』
「そういうのって、本当はあの黒いワンコがやる仕事じゃないの?」
『だよねえ……』
二人してジト目をして。
そして。
笑った。
さて。
『それでヒナタくんはこれからどうするつもりだい? すぐに返してもいいけど、どうせだったらこの後の宴会まで付き合っていかないかい?』
「ああ、魔王陛下を起こすための宴をするとか言ってたわね。んー……どうなんだろう」
彼女は考え込む。
複雑な心は揺れているようだ。
『お父さんと同じ魂の存在と会うのが、微妙な感じとか言ってたっけ』
「そういうこと。まあ転生してるって話だし? 既に違う人間ではあるんだろうけど? んー……。思春期の女子高生としては……、そもそも、お父さんっていう存在が色々とね」
あー、こりゃ。
たぶんファザコンだな。
たしかに、目覚めた魔王様に一目惚れなんかしちゃったら。
……。
色々と話がややこしくなる。
話を逸らすように、私は言う。
『そういうもんかねえ。まあ、人間の、それも若い子の気持ちはさすがの私にも分からないや。あ、そういや君のお母さんってどんな人なんだい? 別になにか重要な意味があるわけじゃなくて、純粋な興味なんだけど』
「どうって、普通のお母さんよ。ちょっと聖剣を使ったりしてたけど」
最近の日本って、聖剣を使うのも普通になってるのかな?
まあ転生者や転移者が帰還しているんだろうし、あり得ない話じゃないのか。
もしかして、今の地球って……。
私がいた時よりもカオスなことになってるんじゃないだろうか。
『なるほどね。じゃあお父さんから魔術の才能を、お母さんから剣の才能を引き継いだってわけか』
「おかげさまで、なんかあたしって結構特殊な存在っぽくってさあ。これで三回目の転移よ? 選ばれ過ぎだっつーの。って、はい、これがあたしのお母さん」
携帯電話機器から母親の写真を見せてくれたのだが。
ん?
……。
あれ、写真……というか画像だから読み取れる情報が曖昧だけど、聖剣を扱える人間で、この魂って……。
私は自らの持つ、例の聖剣をチラり。
いや、それはないか。
ディガンマ大陸世界のあの忌まわしき勇者は、黒ロックウェル卿が輪廻すらも石化させて消滅させている筈だし。
私の世界のあの勇者は、たしか男だったし……。
あ、でも……転生して性別が変わると言う事もありえなくはない。
大魔帝の世界の勇者の転生体と、大魔王世界の魔王様の転生体が地球の日本で出逢って……運命の出逢いを――。
なーんて、さすがにないか。
……。
ふと、興味が湧いた私はヒナタくんに言う。
『ねえねえ、ヒナタくん。あの我が愛しき魔猫への魔導書の事なんだけど――』
「ああ、返すわね。さすがにこんな強力な魔導書、日本に持ち帰るのもアレだし。なによりケトスっちは魔術師なんだから、興味もある筈よね」
本を顕現させようとするその手を止めて。
私は言う。
『いや、逆に――君に持っていて欲しいんだけど、ダメかな』
「え!? そりゃ、あたしもいつまた転移させられるか分かんないし、強力な魔導書だから持って帰っていいなら遠慮なく貰っちゃうけど……いいの?」
『ああ、君になら問題ないだろう。それに大魔王ケトスも、大魔帝ケトスたる私にも――本物の魔王様がいるから。その書は君を守るために使った方が、きっと……亡くなられて転生された魔王様もお喜びになるさ』
魔導書を譲る心広いニャンコの顔で、私はニッコニコ。
そう。
私はこう考え始めていたのである。
転生した魔王様の結婚相手を――、この目で確かめてみるっていうのも、いいよね♪
と。
そのために。
私の故郷でもある青き星。
地球の完全なる次元と時空、そして空間座標の目印とするため――目的地に強力な魔導書があると、楽だよね?
と。
つまり!
次の私の、冒険散歩の候補地は――。
グルメも豊富でゲームも娯楽もある、ある意味でネコちゃんにとってもパラダイスな地!
まあ、それは黙っておいて。
本当にしんみりと。
白々しく言ってみる。
『いつかまた、会えるといいね』
「そうね。ま、あたしとケトスっちが再会する時なんて、どーせ大事件が起きる時だろうから。本当にまた会えちゃったら、複雑だけどね」
『え、いや――変なフラグ立てないでよ……』
私の計画を知ってか知らずか。
少女は魔法陣の上に乗り。
「それじゃあ、またね――私の黒い王子様」
チュっと、猫の額にキスを落として。
彼女は去った。
あっけなく日本へと帰還したのだ。
なぜ彼女が私の額にキスをしたのか、その意味は私には分からなかった。
誰もいなくなった部屋で。
私は外を見た。
空は明るく、燦々と輝く太陽が――私のモフ毛を温めている。
この後、私は魔王様を目覚めさせる。
様々なグルメ。
様々な仲間。
冒険の中でであった彼等と共に――楽しく飲んで歌って騒いで、笑って――。
そして、お願いするのだ。
どうか魔王様も参加してください、起きてくださいよ――と。
あの方は寂しがり屋で、皆が楽しそうにしているのを寝て待つことなどできるはずがない。
きっと。
お目覚めになるだろう。
長かった百年。
私は魔王軍最高幹部として、その席を守ってきた。
あの方の留守を預かった。
けれど――それも終わり。
私の冒険は終わるのだ。
最後に、街並みを見ていると――見知った顔が視界に映る。
暗黒騎士と、タヌキ。
まあ随分と変な組み合わせだが――幸せそうだった。
出会いもあれば別れもある。
逆もまた然り。
彼等は彼らの物語を選んだのだ。
孤児院で、タヌキ君とシアン君が笑っている。
ずっと眺めていたからだろう。
シアン君がこちらに気が付いて。
手を振ってくれた。
黒きモフ毛を靡かせた私は、肉球を振り返す。
お辞儀をしてくれたお礼に――私は聖者ケトスの書を開き、この大陸に祝福を残した。
まあ、サービスというやつである。
幸運猫の祝福を世界に唱え終わると――。
なんで人間如きに、ここまでしてやらないといけないのか?
そんな気も浮かんできて、私はネコ眉をぶにゃん?
ついでになんだか、気恥ずかしくもなって。
いつの間にか、私の身体は消えていた。
海産グルメを大量に抱え。
闇の霧へと溶けて、この地を去ったのだ。
きっと、彼等なら大丈夫。
ディガンマ大陸の明日を信じて――。
◇
私は、皆が待つ魔王城へと帰還した。
第十三章
とあるニャンコ(最強)の巻き込まれ召喚 ~肉球は死の香り~編
――終わり――




