最終決戦 ~二匹の巨鯨猫神(ケイトス)~ その4
皆の協力を得て到着した決戦の地。
先回りをした私。
世界を救う素敵にゃんこな大魔帝ケトスは、魔王様への愛で膨らんだ大魔王ケトスを待ち構え――がーつがつ!
設置した決戦祭壇の上に鎮座していた。
『くはははははははは! まだじゃ、まだまだ我の腹にはグルメが入る! 大魔王と戦うためだからね、じゃんじゃん持ってきておくれ!』
ここで一騎打ちをするのだが、その前の腹ごしらえは最重要なのである!
グルメをバリバリ貪り、ムフフフのフ♪
場所は、フィッシュアンドチップスが名物の冒険者ギルド。
各地のギルドに支店レストランを持つようになった――隠れたグルメ名所発祥の地。
ジャハル君が出資した街である。
ギルド備え付けの酒場、夕張亭の前の広場で――私は王様気分でエッヘン!
朝か昼か夕方か夜か。
魔力の乱れが酷く、天候も昼夜も定まっていない。
これ……私と関係のない街や国だと連絡があまり届いていないだろうし。
とんでもない混乱が起こってるんだろうなあ。
まあ、その辺は天界がうまくやっていると思う事にしよう。
こちらはこちらに集中なのである。
失敗したらガチで世界が終わるからね。
カシャカシャカシャ、カッシャシャシャシャ!
これは――中華鍋におたまをつき入れ、パラパラ炒飯を作る音だろう。
タマゴと焼き豚の香りが私の瞳と鼻を、ぶわぶわっと広げる。
「魔力解放! ギルドマスター奥義、分身分裂中華鍋五重焼き!」
地球からの転生者でありダークエルフのギルマスくんが、長いエルフ耳をぴょこぴょこ。
分身分裂の魔術でその身を増やしながら、私への貢物をアイテムクリエイト!
山盛りチャーハンの大皿を、どんどんどん!
祭壇に積み上げ、ついでに唸りも上げながら叫んだ。
「くそっ――調理が間に合わん! 俺がグルメを用意している間に、皆はとにかく、全力でケトスさまにバフをかけ続けろ!」
「やってるわよ! ギルマス、あなた冷凍ピザの備蓄がある筈でしょう!? あれをお出しできないの!?」
と、軽い未来予知が可能な魔女であるマチルダくんが、私の授けた魔杖を翳し。
バフバフバフのバッフバフ。
暗黒三兄妹や、登録済み冒険者たちも一緒になってバフバフバフ!
大司祭で聖女なアイラくんの力で転移してくる人々が、次々とグルメとバフのレースに協力し始める。
合流できた人間の協力者たちが一致団結。
私へのグルメ奉納と、能力を強化するスキルや魔術を発動させ続ける。
「もう、とっくに全てお出しした! 既に全部、ケトスさまの腹の中だ!」
「うふふふふ、もぉ、ケトスちゃんたら相変わらず大食いなのね~。それに、お仲間さんもいっぱい! あたし、嬉しくなっちゃうわ~。ねえねえ、さっきいたとんでもない魔力の大精霊さんはケトスちゃんの部下さん?」
いつかの鑑定娘が、鑑定の魔力を働かせながらほんわかと微笑み続けている。
この地に漂う瘴気を吸収し膨らみながら、私は応じる。
『一番頼りになる側近さ。大魔王の攻撃を払いのけながらずっと私を運んでくれたから、今はちょっと休んでるけど――そうだ悪いけど、彼女にもグルメ回復アイテムを渡してきておくれ。妹のラーハルくんと魔帝幹部の娘エウリュケくんが看ている筈だけど、念のためね』
「はーい♪ それじゃあ、世界が平和になった後で、またいっぱいおはなしを聞かせて頂戴ね~!」
頷き、指示に従う鑑定娘の後――祭壇の真下から、すぅぅぅぅぅ!
顕現しながら私に近づいてきたのは。
冥府からの声と気配。
魔王様の兄、レイヴァンお兄さんである。
顕現した冥界神は銜えタバコをピコピコさせて、ふぅ……っ。
煙結界を張りながら言う。
「おい、ケトスよ。おまえさん、体調は万全なんだろうな? 蜂の女帝魔族となんかよく分からねえ謎ジャガイモの協力で、こっちの準備はできているが――」
『大丈夫さ。それと伝えてあるとは思うけど――異界のホワイトハウルとロックウェル卿も協力を快諾している、彼らは契約済みだから信用してくれていい。そして、こっちの世界のワンコと卿と同格の力を発揮できる。協力して絶対にアレを逃がさない結界を作っておくれよ?』
白ワンコニワトリと黒ワンコニワトリ。
戦ったらどっちが勝つとか、そういうことを口にしてしまうと最悪、あいつらで戦争を始めそうだから絶対に口にはできない。
その辺の私の心も察したのか、苦笑しながらお兄さんは言う。
「まあいいけどよ。いざ異界のおまえさんを捕獲して――戦闘、普通にこっちのおまえさんが負けました。世界はそのまま滅びます――じゃ洒落になんねえぞ? 言っとくけど、俺様じゃあ、あれほどに弱体化した巨鯨猫神であっても勝てねえからな。たぶん大いなる光も同じだ、異界のお前さんと戦えば負ける。情けねえ話だが、頼れるのはおまえさんだけなんだ。分かってるのか?」
『心配性だねえ。まあ私に任せなよ』
にゃははははは!
と、笑いながら言ってやるのだが。
「そうは言うが……おまえさんよぉ、思慮深く慎重っぽく見えてるが……結構ぬけてるところがあるじゃねえか。大魔族結界で、世界が壊れない大魔帝と大魔王のタイマン空間を作り出した直後に、うわぁっぁぁぁぁぁぁぁ、しまったニャァァァァァァッァ! とか、言い出さねえだろうな?」
なかなか鋭い推察である。
しかし。
私は真剣な表情で――口の端のタバスコソースを拭い。
決意を固める。
もうすぐ――始まるのだ。
『魔王様関連の事件だからね――本当に、大丈夫さ』
言って、私は肉球を鳴らし。
ざぁぁあああああああああああぁぁっぁぁあぁぁぁぁ!
姿を人間モードへと変貌させる。
変身の意味は二つある。
これからシリアスをするのだ。
そして、猫状態ではできないことを――これからするつもりなのである。
『レイヴァンお兄さん。おそらく君はこれから少し驚くことになると思うけれど――私を信じてくれるかな?』
「何をするつもりなんだ」
『たぶん教えてしまうと君は私を止める。だから教えられない』
魔王様の兄は考え込み。
真剣な表情を崩し、笑った。
「分かった。全世界の命運を、おまえさんにくれてやるよ」
『ありがとう。じゃあ君達――結界を頼むよ。ここの地脈と瘴気、そして世界を滅亡させかけた私の魔力の揺らぎ。全てを利用し、破壊のエネルギーを漏らさないようにしておくれ』
言われて顕現したのは、異界のホワイトハウルと異界のロックウェル卿。
そして。
異界の魔王陛下の愛娘。
転生したあの方の実子である聖剣使いの女子高生、ヒナタくん。
なぜ彼女を呼んだのか。
それはあの魔王様の娘という、大魔王ケトスにとっても放置することのできない存在だからである。
ガムをくっちゃくっちゃしていた彼女は、私を見て。
「うっわ、イケメンモードのケトスっちじゃない。どうしたの? そんなマジな顔しちゃって」
『突然呼び出してすまないね。君にはこの戦いの行く末を見守って貰いたいんだ。少し怖いかもしれないが、頼めるかな?』
「ちょ! ちょっと待って、近い! 貌が近い!」
黒髪を靡かせ、あわわわわ!
やはり私は、美し過ぎるのだろう。
目をグルグルさせるヒナタくんに苦笑し、自画自賛モードをぐっとこらえた私、偉いね?
ともあれ。
そのまま少女の手に一冊の書を渡そうと――魔導書を顕現させる。
「って、これ――アレじゃないの!?」
『そう、我が愛しき魔猫へ――さ。あの方が残された書を君に託す。万が一、大魔王ケトスに盗まれて、その中のプラズマ魔力球を奪われたら面倒なことになるからね』
書を受け取る前に、少女は私の目を見て。
「……ねえ、確認したいんだけど」
『なんだい?』
「父さんが父さんに生まれ変わる前、その……大魔王ケトスの主人で恩人で、魔王と呼ばれた偉大な人だったって言うのは、本当なの?」
まあ、知らなかったのなら驚くよね。
おそらく、年相応に混乱と動揺があるのだろう。
世界を二度救った勇者とはいえ、まだ――少女なのだろう。
『ああ、本当さ。十中八九まちがいなく、君のお父さんが転生された魔王様だ。私の魔王様じゃないけれどね。異世界の猫魔獣ケトスは……あの私は、君のお父さんを殺されて――狂ってしまった。私はそれを止めてあげたい。私自身のためにも、君のお父さんのためにも。そう思っているんだよ』
「マジかー……あの父さんがねえ。まあなんか異界帰りのあたしより強いのは変だとは思ってたんだけど、マジかー……」
しょーがない、っとニヒヒヒと笑い。
書を受け取り、聖剣使いの女子高生は微笑んだ。
「じゃ、まあ関係ないってわけにもいかないみたいだし? これは預かっておくわよ」
『ああ、頼むよ――』
無事に書を私の所持アイテムから手放して――。
指を鳴らし、魔導を見破り私は言う。
『と、まあそんなわけで、そろそろ出てきたらどうだい? 魔王様の娘の気配を感じ取って、引き寄せられているんだろう? 大魔王ケトス』
戦闘の気配を感じ取ったのだろう。
それを合図に――邪魔にならないよう人間達は散り、離脱。
大きく跳躍したヒナタくんも勇者の顔で剣を構え、後退。
ベイチトくんと謎の触手君の支援を受けた状態のレイヴァンお兄さん。
そして、邪悪アニマル二柱が結界を展開しはじめる。
『出てこないのなら――召喚するまでだ』
告げて私はヒナタ君に向かい魔弾の射手を発射。
ゴゴゴゴゴオォォォォォォッォォォォン!
突然の私の奇行だが、誰も動かない。
レイヴァンお兄さんも動かない。
私を信用しているのだろう。
魔弾の射手が直撃しても、魔王様の魔導書の中に仕込まれているプラズマ球が、愛娘を守る筈だから問題はないのだが。
ヒナタくんが動揺し、叫ぶ。
「ちょ! な、いきなりなにを――! ちょ、直撃しちゃうじゃないの、これ!?」
『ニャニャニャ! ニャんか楽しそうな事をしてるのニャ!』
きぃん!
私の魔弾の射手を防いだのは――大魔王ケトス。
ヒナタくんというエサに掛かった魔猫。
そう。
隠れていた筈なのに、庇いにやってきたのだ。
この魔猫は……私だからね。
魔王様の身内を、反射的に庇ってしまったのだろう。
それは、私の明確な弱点だ。
透明化状態になっていた大魔王ケトスを、祭壇へと強制顕現させ。
私は、皆に合図を送る。
結界が強化され、二匹の魔猫の決戦舞台が構築された。
ここは既に檻の中。
もはや逃げられる事はない。
私は少し、切なくなった。
こんな見え見えの手に掛かってしまう程、大魔王は魔王様の魔力や名残を求めて彷徨っていたのだから。
けれど。
私は心を鬼にして、この事態に対処しなければならない。
魔王軍最高幹部として、私は恭しく礼をしてみせる。
『ようこそ大魔王ケトス。魔王陛下を失い狂ってしまった異界の私よ。我はケトス。大魔帝ケトス。私は君を招待する。歓迎はしないけれどね――』
大魔王ケトスは肉球に汗をジトジトとさせて、くわ!
『ニャニャニャ!? にゃぜワタシはここにいるのニャ!?』
大魔王はコミカルな仕草で、仰天してみせるが。
対照的に私は静かに告げる。
『あー、そういうのはもういいよ。君、既に理性が戻り始めているんだろ? 話がしたいんだけど、茶番はもうやめにしないかい?』
『ニャ!? ニャにを訳の分からぬことを、我は――魔王様の元に急ぐのニャ!』
言葉を遮るように、私は手を翳し。
十重の黒色魔法陣を生み出し、大地を揺らす。
大魔王が逃げようとしているので、邪魔するのだ。
『我はケトス。大魔帝ケトス――冥界神の加護を受けし者。神鶏と主狼神と盟約を交わす者。結界固定。輪廻転輪。我は汝に告げる。大魔帝からは逃げられない』
大魔族連合が作り出した結界の中に、私と大魔王を更に固定。
中と外。
二重の結界で力が漏れないようにしたのである。
結界をよじ登ろうと爪で、ネコ足で、コミカルに跳ねまわる魔猫に。
私は言う。
『狂乱状態の効果深度はかけられたモノの魔力量と比例する。君は魔王様への感情や、魔王様を守れなかった事……そして人間への絶望や憎悪がきっかけで、自らを暴走状態に陥らせた。完全耐性まで貫くほどに、絶念を抱いてね。けれど……狂乱も状態異常。そもそも私は状態異常を無効化するし、基本的に効果が薄い。デバフを受け続けて魔力も低下した今の君なら、狂乱状態の深度は浅い。ネコの状態の君はまだ半狂乱状態だろうけど、人間モードの君ならば既に会話ができる程度には――理性を取り戻している筈だ、違うかい?』
告げると――大魔王ケトスはスゥっと瞳を細めて。
尾を揺らし。
ざぁぁああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!
人間の姿へと、その身を変貌させ。
ぎろり。
この世のモノとは思えない程に端整で冷たい男が、そこに顕現していた。
憎悪の魔性。
大魔王ケトスの人間としての心が、理性を取り戻していたのである。
白銀の髪の隙間から、世界を凍らせるほどの冷たく紅い瞳を輝かせ。
ぞっと息を吐き漏らした。
『君、つまらないね――』
◇
褐色肌に白銀の髪。
闇落ちした大魔王ケトスの人型形態が――周囲を見渡す。
既に私に敗れ、こちらの味方となっているブラックハウル卿と大魔帝ロックを眺め――その頬を少しだけ苦く緩めたが。
それも刹那の間。
すぐに冷徹な美貌、端整な顔立ちを取り戻していた。
ただ立っている。
それだけで周囲を蝕み呪う、憎悪の魔力を垂れ流し続けているのだろう。
結界に覆われた内側の草木が、死に絶えるように枯れていく。
死を振りまく存在となった大魔王ケトスが口を開く。
『大魔帝ケトスだっけ? 異界のワタシ。君さあ。ほんとうにつまらないよ。いいじゃないか、暴走状態ってことで。どうせやる事は同じなんだ。ワタシは魔王様のもとに行き、あの方以外の全てを破壊する。君達はそれを邪魔する、邪魔を達成できなければ世界は終わり。はい、おしまい。世界はバッドエンドを迎えます――シンプルで美しい答えだ。ただそれだけのことだろう? なぜ、わざわざ人間モードで私に問いかけ、理性を呼び起こさせる。そこに何の意味がある』
大魔王の放つ声。
瘴気と破壊を撒き散らす白銀美丈夫の声を受けながら、結界を維持する大魔族軍がぎりっと歯を食いしばる。
普段コミカルな連中だが、その表情は真剣そのもの。
頬には濃い汗が滴り、飲む息も深いシリアスな音を立て始めている。
まぎれもなく、目の前のこの男は世界を躊躇なく破壊する大邪神。
破壊の意思に目覚めた憎悪の魔性なのだ。
いやあ、私ってば。
敵でもイケメンハンサムさんだから憎らしい♪
結界を張っていなければ。
そしてデバフループでチクチクしていなければ――、大魔王の持つ威圧する魔力だけで、大陸にヒビを作っていた事だろう。
さて、私も自分の美しさに酔いしれているわけにもいかない。
『悪いけれど、君と取引がしたくてね。猫の君には悪いが、アレはまともに会話ができる存在じゃなかったから、しょうがないじゃないか。今でも、アレに戻ったらまた暴走を始めるんだろう? だから、理性を保てる君と話がしたい。駄目かな?』
『お断りだね。君はワタシなんだろう? しかも人間モードだ。碌な話じゃないに決まっている――悪いけど、さようならだ』
つまらなそうに言って、大魔王ケトスは指を弾く。
ゴガガガガガガガ!
次元を裂き、空間転移を行おうとしているが――。
効果は失敗。
『残念。言っただろう? 大魔帝からは逃げられないって。君にとっても、この私がラスボスなわけさ。ラスボスから逃げられないのなんて、世界の常識だろう? 違うかい? この空間はどちらかが消滅するか勝負の決着がつくか――示談を成立させなければ解けない結界。私にだって一方的な解除はできない特注品さ』
大魔王は周囲を探り――本当に結界を破れないと悟ったのだろう。
私の方を睨み、禍々しい杖を顕現させ始める。
私も知らない武器だが……。
視線を結界外に送り――それに応じたのは、ギルドの受付。
ジャハル君の力を借りた鑑定娘が、私にも不可能な高度な鑑定を行使してみせて――魔術メッセージを飛ばしてくる。
壊れた世界の欠片を固めて作り出した、武器。
か。
……。
めちゃくちゃヤベえ魔杖でやんの。
大魔王が杖を操り、無数の魔導書を顕現させる。
『そのようだね。で、なんだい? ここで君とワタシとで殺し合いのショーでもしようっていうのかな』
『まあ、結局はそういうことになるんだけどね。私は君を滅ぼしたくない』
今は心を読まれないようにガードしているので、こちらの作戦が読まれることはない。
それでもやはり。
一度叩きのめさないと、話し合いは不可能か。
『それはお優しい事で。異界のワタシは、ワタシとは違って余裕があるんだ――ね』
『君を消滅させずに倒すよ――大魔王ケトス』
声のトーンを落とし。
忌々しげに、大魔王は犬歯を尖らせる。
『自惚れるんじゃないさ、大魔帝ケトス! 絆の力か何だか知らないが、デバフにバフ、脆弱なる人間どもの力を借りたその状態とて、貴様の力は我と同じ。それほど大差ないじゃないか!』
哄笑を上げ、大魔王が動く。
十重の魔法陣を多重顕現させ、大魔王は魔導書を片手に――杖を振る。
魔導書を浮かべて魔導を扱う、あのバサササササも私が冒険散歩で習得した技術。彼には、まだ使うことができない。
『自惚れているのは君の方さ! 君になくて、私にあるモノ。それは仲間や人間との出会い、麗しきグルメとの蜜月だけではないんだよ!』
言って、私は手を掲げ――朗々と宣言する。
『顕現せよ、忌まわしき聖剣。我を主と認めし、愚かなる世界よ。魔王陛下の慈悲により、我は汝を救ってやろう!』
宣言と共に顕現したのは、かつて英雄が握っていた聖剣。
女神の末裔ダイアナとの戦いの中で再臨顕現した、私にとっては忌むべき剣。
ずっと、空間さえも切れるただの玩具。
料理の際の包丁替わりとして使っていたが――。
肉球状だったニャンコブレードが、元の聖剣となって私の手に握られる。
そう。
今までの流れをもって、私は確信していた。
都合よく奇跡を引き寄せる力。
旅の中で出逢った仲間との共闘。
そしてなにより、卑怯な手段を取ってでも世界を救い続けた、様々な冒険。
卑怯で姑息な存在、その最たるもの。
その職業の名は――。
『我はケトス。猫勇者ケトス! 憎き勇者の後を継ぐ――邪悪なる魔猫英雄なり!』
まさにそれは――英雄譚。
物語に出てくる存在そのもの。
勇者。
私こそが、忌まわしき勇者の居なくなった世界で選ばれた――次の勇者。
世界を守護する救世主なのだ。
名も無き勇者の剣を装備し、構える私の周囲に――勇者としての覇気が纏わり始める。
漲る闇の魔力と聖光。
勇者のオーラ。
あふれ出る力を感じ取りながら――私は冷めた表情で唇を蠢かす。
『ああ、なんだ。つまらない――本当にチートだね、この聖剣。いつの世も、正義には卑怯なほどの力が味方をする。これと戦わされていた魔王陛下が本当に――お労しい』
聖と魔。
勇者の力――。
そして、仲間たちによる支援。
大幅に弱体化している大魔王ケトスを相手にするには、十分な力だ。
おそらく。
相手が憎悪の魔性として格上な存在でも、対等に戦えるはず。
結界の中を見守っていた人間達も、大魔族たちも驚愕に顔を動かしていた。
勇者の存在。
そしてその証である聖剣を知っている者ならば、これが本物の勇者の剣であり――私こそが真なる勇者であると理解したのだろう。
冥界神であるレイヴァンお兄さんが、乾いた息を漏らす。
「はは、マジかよケトス。おまえさんよぉ、まさかとは思っていたが――マジでそんな隠し弾を用意してやがったとはな。世界を滅ぼしかねない大魔族が、勇者だぁ? まあ……この世界、弟が住まうような破天荒な地だ。そんなハチャメチャな奇跡もそりゃ、あるだろうが……っ」
黒き翼を震わせて笑いをこらえる冥界神に続き。
黒きニワトリが、目を点にしていう。
『クワワワワ!? 余はこの世界の住人ではないが……のう、ブラックハウル卿。これ、どーなんじゃろ?』
『グハハハハハハ! 我に聞くでない。結界に集中せよ――大魔王と勇者の聖戦だ、並みの衝撃では済まされんぞ!』
それぞれにギャラリー達が声を上げる中。
ぎしり。
ぎしり、ぎしりぎしりぎしり!
歯を食いしばり、憎悪に瞳を赤く染め。
大魔王は駆けながら、言った。
『気に入らないね。よりによって、あのウジのような存在、勇者が異界のワタシだって? ああ、そうかい。そうかい。決めたよ。やはり世界など要らない。ワタシは君を殺し、その力を吸収し迅速に世界を壊す。勇者などという悍ましき存在に堕ちたワタシなど目障りだ! 猫毛の一本さえ残さぬほど。完全に、消えてなくなるまで。破壊しつくしてやるさ!』
『忌まわしき勇者として――私はキミも救ってあげるよ。それが勇者としての私の最初で最後の仕事だ!』
言葉も魔杖も受け止め――私は告げて。
ギン――!
壊れた世界から作られた魔杖と、世界から授けられた聖剣がぶつかり合う。
二人同時に、距離を取り。
決戦祭壇の結界内に、互いの魔法陣が急速展開する。
世界が揺れる。
同じ存在同士の魂が揺れる。
最後の戦いが、始まった。




