殺戮の魔狼 ~神の咢が吼える時~その3
全てを見通す者――大魔帝ロック。
世界の終焉を何度も眺めたその嘴から語られた、ディガンマ大陸の秘密。
長い話の行き着いた先は――。
黒ニワトリさんの自慢話だった。
いや、まあ……重要な情報だったけどね?
ともあれ!
この大陸の秘密と歴史を聞き終えた私は、戦場にぶにゃんと顕現!
『くはははははははは! 真打ち登場! 苦戦する最前線に、我が最強魔術の――って、あれ、私とニワトリだけだからって転移空間を狭く作り過ぎたかな。お腹が、ひっかかって……っ、てい! てい! あー、通った』
なんとか亜空間を潜り抜けた大魔帝ケトスこと、最強ニャンコな私の後ろ。
漆黒の翼を羽ばたかせる大魔族。
異界のロックウェル卿も、ポテチでぷくぷく膨らんだ羽毛腹をひっかけて。
驚愕と警戒にトリ目を見開く。
『コケーコッ! クワワワワワワワワ!? こ、これは! あやつの奇襲か! おのれ、余の寝返りに気付くとはさすが主神であるな!』
『いや……ごめん。出口を狭く作り過ぎちゃった……だけなんだけど』
亜空間にモコモコ羽毛をひっかけ、鶏冠を輝かせるニワトリさんを――ニャンコな瞳が、じぃぃぃぃぃい。
聞いちゃいないな。
まあ、これもホワイトハウルのせいにしとけば、いいか。
『ほら、引っ張るから力を抜いておくれ』
『おう、そうかそうか! ほれ! もそっと引き抜くとよいぞ? クワワワワッワ! これぞ余の忘れてしまった仲間の力であるか! うむ、見事なり!』
こんな所で仲間の大切さを実感されても、なんか違う気もする。
闇落ちチキンの気まぐれな感情を気にしても――仕方ないか。
どてん♪
草原に尾羽ごとお尻をついて、ニワトリさんも顕現完了。
ビシ!
大魔帝ケトスも華麗に推参である!
戦いの場は――平原。
まるで私もよく知る地。女神の双丘を想わせる、ただただ平らな広大な草原が広がっていた。
私が太陽を髑髏に変えた影響で、日は沈んでいない。
むしろ朝のような明るさが、草原を照らしている。
ここは、懐かしい気配がした。
芝生の香りが、猫の鼻をくすぐるのだ。
過去の戦友と再会した草原。
一緒にドラゴンステーキを食べた、女神の双丘。
その思い出を主神となった魔狼は知らない。
このディガンマ大陸を作り出したのは異界のホワイトハウル。
もしかしたら……、女神の名を持つあの場所自体に思い入れがあり、つい似た場所を創造してしまったのかもしれないが。
『えーと、ここが最前線で一番魔力の変動が激しい場所……だったんだけど――あれ? おかしいな、既に戦いの気配があんまりないね』
『ぜーんぜん、なーんも居らんではないか。ケトスよ。おぬし、平和ボケ世界で魔力感知能力までブクブクと太ってしまっているのではないかー? クワァー、これでは駄猫と言われてしまっても仕方ないのう? クワワワッワワワ!』
こ……こいつ、マジで楽しんでやがるな。
『絶対ここで合ってるんだって! もう、せっかちなんだから』
魔力の乱れが、私のヒゲをヒクヒクと……させないね?
私はうにょーん♪
首周りのモコモコ獣毛をきょろきょろさせて、周囲をチラリ。
戦場となっているのは、間違いないのだが。
『おかしいのう。殺戮の魔狼を自称する、主神ブラックハウルの意思なき天使兵たちがここに攻め込んでいる筈であるのだが――』
『ニャンコ砦を君が襲い、その間にこっちを取り返す予定だったんだろう? 実際、首都には天使兵の偵察隊も来てたんだし。でも、なんでここはこんなに静かなんだろ』
黒きモコモコのまま腕を組むニャンコと、黒きモコモコのまま翼を組むニワトリさん。
我等二獣は、じぃぃぃぃぃっと何もない平原をみて混乱中。
その疑問に応えたのは――大きな魔力の流れ。
ソゴゴゴゴゴオズゴゴゴゴゴゴバスゴーン、ズズズズゥゥゥ!
『な、なんであるか!』
『これは、私の部下だね――』
何もない平原に轟く爆音。
そして、空に輝く魔法陣の群れ。
『あー、あっちだ! 次元の狭間の方で戦ってるのかな。気配遮断の結界が張ってあるのか……まあ近くにいる部下に聞いてみるかな』
ともあれ私とニワトリは草原を歩く。
ちらほらと見える敵の影は――最高位の天使達。
もはや上位過ぎて、人の姿からかけ離れた異形な者達である。
『魔狼の手下の天使兵であるな……まあすでにヤラれておるが』
『やっぱり戦場はここで合ってるね。ふーん……天使っていっても、魔力と土塊で生み出したゴーレムみたいな感じなのか。あのワンコ、主神になったのに魂は作り出さなかったんだね』
既に大規模な戦闘が終わった後。
といった感じか。
魂なき土塊の天使に死という概念があるのかは分からないが、全て戦闘不能状態である。
『一度天界を滅ぼしておるからのう――それに、土塊に魂を注ぎ込む、その行為自体が人類創世魔術とも言える。天使兵どもが新たな人類となっても、おもしろくなかったのではないか? あやつの目的は全世界からの人類抹消。兵士とはいえ、似たような種族など作ってしまったら本末転倒であろう』
『あー……確かに。異界神話の再現魔術、アダムスヴェインをコピーした時に、あの辺の魔術はヤバイから、使わないでおこうって私も思ったもんね』
管理とか絶対に面倒くさいし。
そういうのは、うん……ニャンコの仕事じゃないよね。
歩くたびに天使兵の残骸が見つかる。
私の配置したダンジョンモンスター達にやられたのだろう。
その傷跡と魔力残滓を眺め――。
闇落ちチキンはちょっと顔を引き締める。
『ふむ……たしかに、お前の部下は強いと自慢げにドヤっていたが。あながち嘘でもなさそうであるな』
『へへーん、すごいでしょう! 私の部下たちは一味違うからね! 通常の個体よりも大幅に強化され、なおかつ常に私の加護を受けている状態にあるし』
たとえばだ。
今、草原の中で神殺しの光剣を構えている、ごくごく一般的な見回りネズミ。
あの子の主な特技は偵察。
非戦闘系の低級魔獣で――本来戦闘向きではないのだが。
あの子とて――魔王城の住人。
そのレベルは三桁。召喚された勇者たちには敵わないが、無限に湧き続けるし、リポップ間隔も十秒ほど。
その数も低級魔獣なので大量に存在できる。
実際。
今回の戦場でも、この平原に大量配置されているのだろう。
群れを見つけた私は、肉球を振ってみせる。
『おーい! 見回りネズミー! みんながどこにいるか知りたいんだけどー! なにか、知ってるー!?』
天使の残党の首を刈りながら――シュバン……――ッ、――ッ!
草原から飛び出したネズミくんが、私にぺこり。
チューチューチュチュー!
私に本隊の場所を教えてくれる。
ネズミの魔獣。
おもわず、ねこのおめめが――んにょ~っと拡がってしまう。
……。
ものすっごく、良い香りがするのだが――我慢我慢。
『了解、ありがとうね。君達も頑張っておくれ。え……、なに? い、いや――遠慮しとくよ。さすがに部下を食べるのはちょっと……ねえ? いや、食べられるのは光栄って言われても』
『ほー、これもお前の部下なのか』
闇落ちチキンは、値踏みするように見回りネズミのまるっこい瞳を見て。
嘴の端を、ギシンと硬直させる。
……。
なぜか凄い顔で、じっぃぃぃぃぃぃいっとこっちを睨んでいた。
『な、なんだい。怖い顔して』
問う私に、睨むニワトリさんが逆に問い返してくる。
『なぜこやつが、伝説の神特効武器――輝く光剣を持っておるのだ? 見回りネズミであろう?』
『あー、それね? キラキラひかる装備が欲しいっていうから、この子の誕生日に倉庫から取り出してコピーを上げたんだけど?』
誕生日っていったら、できる上司アピールのチャンスだし、ねえ?
さすができる猫ボス!
大魔帝ケトス、すばらしい!
と、ニワトリさんが拍手してくれるはずだったのだが。
『いや、軽く言うとるが――これ装備レベルが百は必要であろう』
『うん、だって――魔王様と私達のおうちの魔物だよ? それくらいはあって当然じゃないか。眠る魔王様を守るために訓練したし。私が最高幹部になってからは、魔物達も常に強化され続けてるし』
私の言葉を肯定するように、草原に潜んでいる見回りネズミが赤き瞳をギンギラギン!
その数は四千ぐらい。
彼等は偵察と警戒、そしてすぐに臨戦態勢に入れる遊撃隊としても活動しているのだろう。
天使の軍団が次元から湧いた。
その瞬間に――赤きギラギラねずみ目が一斉に輝き。
「チュチュ? チュチュチュチュチュ――!!」
「キキキキキィィィィィイイィィ!」
ネズミさんの自己バフの雄たけびが轟き。
その後ろ、ハムスター音楽隊の大規模支援バフスキルが展開。
ドンドンドン♪ ドンドンドン♪
ドンドンドンドン、ドドドンドン♪
パフパフー♪
草原全体が赤く染まった、刹那。
ザシュ!
ザシュ――ザシュシュン!
天使は羽だけを残し、存在を消失させる。
血染めの死神ダガーやら、魂裂き回転のこぎりやら、射殺す炎の目やら。私の授けた神話領域装備による雨あられが襲ったのだ。
感涙を堪え私は肉球を叩き、大満足。
『すばらしい! 実にすばらしい! いやあ、最近はラストダンジョンに攻めてくる人もいなくなったからねえ、実力を発揮してくれて私は嬉しいよ!』
ぽにょぽにょぽにょ!
肉球の拍手をしながら、黒ニワトリにドヤろうと私はニヒィ!
あれ?
賞賛……してないね。なんかちょっと、呆れてる?
『異なる世界だから多少の変化はあるのだろうが……あー、そうか。ケトスよ、おまえ……一度、勇者に襲われてから大改築したのか。魔王様を守るために、ラストダンジョンを大幅強化しおった……のであろうな……これ。偵察部隊でこの強さは、正直、どうなのであろう……』
まあ、世界が異なる故の誤差。
文化の違いだろう。
『いいじゃん、偵察部隊だって強い方が便利だろ? ネズミ君の話だと、あっちで大きな神聖魔力を抱えた強敵、おそらくホワイトハウルの魔力体だろうね、次元のボスが潜んでいる空間を見張っているらしいから――移動しよう』
このままここにいると、ついうっかり本能を働かせて。
パックリと。
ネズミさんの……じゅるり♪
……。
いやいやいや、さすがにまずい。
向こうも、ケトス様に食べられるのなら本望です!
って、なってる所が実にまずい。
『のう、ケトスよ。全てを見通す余の直感であるのだが――おぬし、幹部連中を困らせてはおらんか?』
『そんなことないよ? ほら、そんなことより、早く行くよ――ホワイトハウルが本格的に攻めてきたら厳しくなるだろうし』
ネズミくん達に手を振って。
私はニワトリを引き連れて歩き出した。
◇
戦場の範囲はかなり広く、各地で戦闘行為が繰り広げられていた。
天使兵もそれなりに強いのだが――魂無きゴーレム人形のようなもの。さすがに日々、訓練を重ねているラストダンジョンの仲間の敵ではなかった。
魔王様と私が持つ、特殊スキル。
モフモフする者を大幅に強化する自動発動ダンジョン領域ボスバフのおかげで、エースは猫魔獣や、犬魔獣。そして鳥魔獣なのだが――。
その一部分だけが強いわけではない。
むろん、一般的な魔物もちゃんとラストダンジョンな強さを持っている。
「おぉ、皆の者! ケトス様がご覧になっておるぞ! 我等オーク隊! 豚神魔帝オーキスト様のいないこの場でも活躍をしてみせようぞ!」
「オークに負けてはならぬ! 我等ゴブリン大隊の華麗なる活躍、ケトスさまにお見せするチャンスであるぞ!」
と、オークやゴブリンなどの魔物よりの亜人類。
彼等はそれぞれに天を衝くほどの魔法陣と覇気を足元に展開。
誕生日プレゼントである神器を片手に――ギリリ!
「どりゃどりゃどりゃ!」
「きえぇぇぇぇぇぇぇぃ!」
必殺必中の投擲長槍。
光すら呑み込む暗黒弓。
紅蓮猫石のブーメラン。
亜人類たちによる神話領域武器の遠隔攻撃が、中位存在である力天使達を襲う。
「次弾装填、放て――!」
黒きモフ毛のコボルトリーダーが、次元の狭間に向かい。
ネコちゃんマークの旗を掲げる。
応じたのは、ワンコ尻尾をふりふりするコボルト部隊。殺生石の投石器を、ひゅーんひゅーんひゅーん!
ズガゴゴゴン!
もちろん通常モンスターもいっぱいいる。
冥府の番犬ケルベロスや侯爵悪魔の血を賜ったデモニックヒュドラ。
亜空間と時間を喰らい、侵入者の存在ごとなかったことにするダンジョンワームなども、ちゃーんと揃っているのだ。
それに。
最近も追加戦力の歓迎会をしたばっかりだしね。
異世界散歩で仲間にした世界一個分の魔物達。
今回は彼等の初陣ともいえるのだ。
まあ、極端な話。
上司の欲目ではないと断言してもいい。主神を相手にしても、不足ではない戦力が整っているのである。
『のう、ケトスよ?』
『どったの? 頭を抱えて――あ、もしかして、私との戦闘の後遺症だったりする?』
『いや。少々聞きたいのだが――おぬし……異世界をすべて支配しようと、この戦力を整えている――そういうわけではないのだな?』
カッシャカッシャカッシャ。
草原を進むニワトリさんは困惑中。
『みんなそういう誤解をするけど、魔王様を守るためだけの戦力さ』
『過剰戦力であろう……』
皆は私に杞憂だという。
けれども、私は猫なのだ。
慎重に、警戒心を巡らせて――その爪を磨く。
『私はね、あの日――たしかに魔王様の消滅を防ぐことができた。けれど、それでも守り切れたと言い切れるほど傲慢じゃない。いまだにあの方は眠りにつかれている。私はね、きっとあの時いっぱい泣いたんだと思うよ』
黒い雨と瘴気の風。
眠る魔王様の傍らで項垂れている私を、見て。
ホワイトハウルは声をかける事ができなかったと言っていた。
『それでも、魔王様はご存命だ。私はあの日の後悔を忘れない』
人間は泣いた数だけ強くなる。
そんな、昔の流行歌を思い出しながら――私は、こちらを眺めていた懐かしき気配に。
告げる。
『君はどう思う、過剰戦力だと思うかい――ホワイトハウル』
声に反応し、次元に亀裂が生まれる。
ジャリィィィイイィィィ!
裂ける空。
髑髏太陽が世界を照らす中――開いた宇宙の隙間から。
赤き瞳がギラギラと、輝いていた。
『その魔力、その口調。ああ、懐かしき……あの日々。異界のケトスよ、ついにきおったのか』
大魔帝ホワイトハウル。
いや、ブラックハウル卿は――鋭い犬歯を尖らせて。
魔狼の咢を開き始めた。
『久しいな、魔猫よ。異なる道を歩んだケトスよ。我は主神、ブラックハウル卿。嫉妬すらも捨てさり、無我の境地へと辿り着いた者。全ての時代、全ての時空、三千世界を巡り全ての人類を駆逐する者の名なり! さあ――邂逅の時は来た! 我はこの日を待ち望んだ!』
吠える衝撃が、世界を揺する。
主神としての力は本物なのだろう。
ただ次元の隙間からこちらを覗いて、言葉を発生させているだけなのに――プレッシャーが私のモフ尻尾を震わせていたのだ。
こいつは――間違いなく、強い。
『主神たる資格を持つ汝に問う――大魔帝ケトスよ、人間を恨み憎悪する魔性の王よ。我は汝を待ちわびていた。この日を何度夢見た事か。いや、問いかけなど要らぬか。要らぬ、要らぬ、ああ、要らぬ! 我はこれほどに待ったのだ。ならば、そなたは我の言葉に耳を傾けるに決まっておる! さあ、魔猫よ。ケトスよ! 我と共に――神となり! 全ての憎悪を消し去ろうではないか!』
グハハハハハハハと、主神の放つ黒き遠吠えが――世界に漂う全人間に対するデバフ効果を発生させる。
人を心から憎んだことで手に入れた、固有スキルだろう。
すごいかっこういい登場シーン。
の筈なのだが。
その姿は、やぶれた障子の隙間から顔を出す黒ワンコである。
『って――人の話を全然聞きそうもないし。こいつ。闇落ちしても……そういう所は、かわってないでやんの』
揺れるモフモフ尾もバッタバッタと音を鳴らしているし。
今のワンコとも違う、この黒き神獣に妙な親近感を覚えてしまう。
おそらく、黒き獣毛と人間への憎悪が共鳴しているのだろう。
……。
けれど。
私は少し、重い息を吐いていた。
今から私は――この魔狼。
再会と同時に尾を振り、喜びながら勧誘してきたこの主神と――戦わなくてはならないのだから。




