一時の別れ ~涙のさよならチキン~
世界崩壊――そして、荒ぶる私の魔力反動を防ぐ猫魔獣の結界の中。
大魔帝ケトスこと私は――クイクイ!
猫目石の魔杖を握る肉球の先から、爪を出したり引っ込めたり!
本気の魔術を披露しまくっていた。
次元の狭間に発生させたブラックホール。
暴走する魔力と重力に吸い込まれていく魔竜どもに手を振って、くははははははは!
世界樹に集う猫魔獣軍団と共に、くははははははははは!
ひとしきり、いつもの哄笑を上げた後。
私は赤い瞳を細めて――。
猫のヒゲと口を動かした。
『悪いけど、私の勝ちのようだね――ロックウェル卿』
そう、相手はかつての戦友が道を踏み外した姿。
いや。
今、私が肉球を歩めている世界。あのグルメ世界線こそが正しいとは限らない、道を踏み外したと言い切る事もできないか。
どちらにせよ、勝負はもはやついていた。
状態異常攻撃を主軸とし、未来を予測し戦うロックウェル卿の天敵は私。この大魔帝ケトスは状態異常を無効化し、確定された未来すらも壊す能力を有しているのだから。
結末は初めから見えていたのだ。
ただ、どれほど犠牲者を出さずに戦えるか――その一点だけに変化のある戦いともいえたのだ。
おそらく。
相手もそれは理解していた筈。けれど、彼はそのまま私と戦い続けた。
負けると分かっているのに戦っていた。全てを見通す者が、である。
その理由を、私は想像する事しかできない。
……。
崩壊する惑星の魔力暴走の中でも、やはり敵は生きていた。
それでも。
その翼も身体も、ピシ、ピシっとところどころに亀裂が入り始めている。
魔力制御ができないのだろう。
自らの石化能力で自らを石化させているのだ。
そして私の影は、周囲の魔力を喰らい続けている。
力の源を喰われ、魔力回復手段である魔竜を失い。
存在を維持できなくなっていた大魔帝ロックこと、異世界のロックウェル卿の姿が徐々に薄くなっていく。
崩壊する自らの身を察したのだろう。
卿はしばらく黙ったまま。
けれど、ゆったりと自らの翼に目をやり、ほぅ……と嘴を開き。
『グググググ、グワワワワワグワグワ! 本体ではないとはいえ、この大魔帝ロックを退けるとは――さすがはケトス。余の友となる可能性があったモノよ! 余は貴様を賞賛しよう! 余の負けだ、それは認めるしかなかろう!』
負けを認めているのに、怪鳥は実に嬉しそうに嘴を唸らせる。
バサリバサリ!
まるで舞うように彼は言う。
『戦いに敗れてしまったのなら仕方がない――相手がキサマでなかったのなら最後の力を振り絞り、大陸そのものを石化させてやるところだが! まあ……よい、もうよいだろう。貴様との出会い、久方ぶりに胸を躍らせるに値するモノであった。今回の顕現だけは――おとなしく眠ってやるとしよう』
彼の話が本当なら、本体は次元の狭間にある。
封印されし向こう側から魔力を飛ばし、こちらの大陸に干渉しているのだろう。
つまり魔力がなくなれば――強制的に向こうへと戻される。
そして時間をかけて再生するのだろうが――その時には勝負は決している。
大魔帝ケトスか、大魔王ケトスか。
どちらが勝つにせよ、彼が目覚める時には全ての結末がついた後なのだ。
それが彼にも分かっているのだろう。
大魔帝ロックは淡々と言葉を紡ぐ。
『なあケトスよ。異界の余は――どうしておるのだ』
『毎日、楽しそうだよ。石化能力もコントロールできるようになっているし、人間とも……普通に話をしている。君と私と人間の帝国とで――カラアゲだって開発したぐらいだ。共に、人間の国を救った事さえあったんだよ。私にも治せない死ぬ直前の人間を、君が治療してみせて、自慢げに笑っていたよ』
怨嗟の魔性の瞳が見開かれる。
『余が、人間を?』
『ああ。私の知る君は今でも人間を怨嗟している。それでも、笑っていたよ』
言葉を受けて――私の瞳からその記憶の残滓を読み取ったのか。
穏やかそうな笑顔を作り。
紅き瞳を鎮めていく。
全てを見通すニワトリは――ほぅと静かに息を吐いた。
『そちらの余は、なんともバカな顔をして笑うのであるな――ああ、本当に。なんとも……』
あり得たかもしれない別の未来を見て、満足したのだろう。
その身体が縮んでいく。
元の私の知るサイズの普通のニワトリに、姿を戻していたのだ。
自らの石化の魔力にその身を崩し――怨嗟の魔性が消えていく。
魔力を失い、キラキラと、次元の狭間の中で塵となっているのだ。
『そうか――もし、そんな道があったのなら余も……いや、詮無き事と言ったのは余か。さらばだ、ケトスよ――。おまえが大魔王ケトスとどう戦うか、眠りの中で眺め続けるとしよう――……』
もう、二度と会うことはなかろう――。
それが残念だ――。
そう言葉を残して、次元の隙間で漂っていた残滓。
怨嗟の魔性の身が消える。
眠りにつくのだ。
消えそうになるその魔力残滓を眺め……。
私は――。
瞳を細め――。
『いや? なにそのまま帰ろうとしてるの? 君さ? なんか最後に良い空気をだして誤魔化そうとしてない?』
『余が格好よく滅びようとしているのだ、空気を読まんか。空気を』
怒りマークを浮かべる魔力残滓を見て。
じぃいぃいいいいいいぃぃぃっぃぃい。
……。
トテトテトテと、空を歩いて次元の隙間に頭を突っ込んで。
私はじぃぃぃぃっぃぃい。
これ、さあ。
にゃんこなジト目で睨んだまま。
最強天才大魔術師でもある私は輝く杖を回し――漂う魔力に干渉。
お手々をうにょーんと伸ばして、てい!
てい!
『えーと……魔力の塵をかき集め形を作り。再構築。ここにドバっと大魔帝ケトスの魔力を、おおさじ一杯。あ、やっぱりできた!』
『……コ……コケケ!?』
自慢げに。
私の猫鼻腔がむふ~っと膨らむ。
『眷族化完了♪ いやあ、さすが私! 謎の異世界大陸でも冴えてるぅ~!』
眷族化の契約を、突っ込んだ肉球でペチペチペチと刻んだのである。
うん!
ちゃんと契約もできている!
黒ニワトリの鶏冠を撫でて、私はニヒィ!
『あー、よかったよかった! いやあ、こっちも元の世界と連絡がつかなくて戦力が足りなかったんだけど、これで解決だね~。うんうん、世の中ってなんとかなるもんだね~』
『え、ちょ……っ、ぐわわ!』
次元の隙間から黒色にわとりを引っ張り出して――。
私は猫のモフ尻尾をぶわっぶわ!
ブラックホールが轟き、重力崩壊を継続する空間。
世紀単位で使用不可能となった空間を見なかったことにして――栓で封印。
……っと、こんなもんかな。
はい完了!
わっせわっせ!
ニワトリを抱えて空から降りてくる私に、なぜかみんなは呆然としている。
はて。
なんだろうか。
世界樹に集う勇士たち。
私は戦ってくれた彼等を見渡し、勝者としての笑みを浮かべて。
ふふん♪
『ぶぶぶ、ぶにゃはははははははは! 大魔帝ケトス、華麗に大活躍なのである!』
ビシ! バシ!
ズジャ!
超カッコウイイポーズを決める私、美しいね?
せっかくドヤったのに、反応はない。
私は眉間に猫ジワを浮かべて、尻尾をくるり。んー……と考える。
『って、どうしたんだい君達? その顔は……あれ? そりゃ結構な規模の戦いだったけど、まだ茫然自失状態なのかい? あー……もしかしたら、これも大魔帝ロックの状態異常攻撃? 耐性結界を貫通されてたのかな……? まあいいや。というわけで! 君達の新しい仲間の大魔帝ロックだ。みんな、仲良くしてあげておくれよ!』
沈黙を破ったのは最新の仲間。
くわっと嘴を広げ、黒ニワトリこと闇落ちチキンが唸る。
『な、なかま!?』
『そそ。君――今日から私の使い魔だから、大魔王をなんとかするまでバリバリ使い倒すから、そのつもりでね』
『どこを、どーするとこうなるのか!』
『いや、だから。私、ダンジョン猫じゃん? ボス猫じゃん? だから領域ボスとしてのダンジョン魔術を行使して、君を個体名「大魔帝ロック」としてダンジョン魔獣契約したんだけど?』
我が眷族猫達がクイクイっと集合の合図をし――。
私に担がれて、目を点にしたままの黒ニワトリを見て。
その後、私をじぃぃぃぃぃっと見て。
ヒソヒソヒソヒソ。
何故だろうか。
砦のニャンコ達がざわざわしだして、え、そういうのありなの?
って顔で肉球に汗を浮かべている。
集合するモコモコ毛玉の中で、無数のモフ耳とモフ尻尾が揺れている。
ど、どうするニャ?
ええ、お前が言えよ……ボス、たぶんこの空気の理由わかってないニャ。
然り。にゃれど、ニャーには良い言葉がみつかりませんニャー。
と、なにやら私がやらかしたみたいな空気をだしてやがる。
勇者たちも混乱する中――。
目を点にした大魔帝ロックこと異界のロックウェル卿が、こほんと咳払い。
コミカルなジト目を作り。
まるで説教をするような声で、言う。
『いや。ケトスよ――ふつう……余はこのまま眠りにつく流れであろう? それを世界の法則も書き換えて存在を維持するとは……おまえの部下も、勇者も引いておるぞ? だいたい。余、世界を滅ぼす怨嗟の魔……』
言葉を遮り、私は眉を顰め。
ぶにゃ?
『いやいやいやいや! だって――こっちは人手が足りないし! 君、この謎の大陸の事情にも詳しいだろう? どうせ、闇落ちホワイトハウルとも戦闘になるんだろうし。だったら君を眷族化して仲間にしちゃった方が絶対に得だろう? 戦力も情報も両方手に入るんだし。ねえ?』
同意を求めるべく、砦内の勇者たちの方を向くが。
彼等はこっちに聞くなと目線を逸らす。
あっれー……。
彼等は異界の勇者だし。文化の違いかな。
眷族化された大魔帝ロックの方を見て、私は同意を求める。
『え? 私、別に今回は変な事いってないよね? ふつう、こうするよね?』
『あー……異界のケトスよ……。ふつうは余ぐらいの力のある大魔族を、使役できんし。それも魂の芯まで闇に染まったモノの眷族化など……できる筈ないのであるが……』
闇落ちチキン、渾身のジト目である。
『ま、まあ……お前だからのう……』
言いながら、そそくさと消滅しようと瞳を閉じる闇落ちチキン。
むろん。
肉球で光をかき集めた私は――消滅しようとするその魂を引き上げて、もう一度、大魔帝ロックとして強制ダンジョン契約。
ニワトリさんの鶏冠に、ダラダラダラと汗が滴る。
そして、瞳を見開きコミカルにくわわ!
『くわぁ、くわくわくっわ! な、なにをする! これでは本体に戻れんではないか!』
『はぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ!? 君、負けたのに逃げるつもりなのかい!? こっちは山ほど聞きたいことがあるんだしー? もう契約しちゃったんだし! 君の存在維持ぐらい私の魔力でできるんだし、いいじゃん別に!』
ちょっと全身が黒くなっているが。
まあ普段と同じニワトリサイズとモコモコ羽毛に戻った大魔帝ロックを、眺め。
私はフフン!
『私が勝ったんだから、これくらいは当然なのである!』
ドヤる私の横。
黒ニワトリを見るのは、少女の興味津々な目線。
黒色魔導書を聖剣に戻しながら、女子高生勇者ヒナタくんがキシシシシ!
「え、なになに! 闇落ちチキンちゃん、仲間になるの! ラッキー! ラスボス級が二匹? 二人? まあ呼び方なんてどっちでもいいけど、最強アニマルが増えるなら完全にこっちが有利じゃない! 勝利は我等の手にこそあり! ってね!」
『だろう? いやあ、ヒナタくんは話がわかるねー!』
いえーい!
肉球と女子高生の手がハイタッチ!
「当然よ! だいたい、ボスっていうのは倒した後にほとんど仲間になるしねー! あ、闇落ちチキンちゃん、あたしはねえ、ヒナタナデシコ。日本の可愛い女子高生よ! どう! 驚いた!?」
『だれが闇落ちチキンであるか! 余には大魔帝ロックという名が……ヒナタといったか、そなたはもしや……』
「え、なに? もしかして美少女なあたしに一目惚れしちゃった?」
能天気な女子高生は、既に打ち解けているのだろう。
勝利の余韻に浸るようにポテトチップを顕現させ、むしゃむしゃむしゃ。
私も拝借して、パリパリパリ。
なにやら、ヒナタ君の顔をみて考え込んでしまった闇ニワトリ。
未来視を使っているのか、それとも別の何かを見ているのか。
その紅き瞳が驚愕に揺らいで。
はぁ……と、露骨なため息をつき。
『分かった。色々とルール違反な気もするが……少々気が変わった――こうなっては仕方あるまいて。そなたらに力を貸してやろう。どうせ断っても強制命令されるだけであろうからな』
『そういうことさ。ま、よろしく頼むよ』
渋く大人の笑みを浮かべて――私は肉球を差し出す。
闇落ちチキンもその肉球を翼で握って……。
渋く微笑……。
していた顔が、ぐぬぬぬぬと歪む。
『クワワワワワワ! き、きさま……! ポテチを食べてベチャベチャになった肉球で握手をするとは、どういうことか!』
黒ニワトリの説教を聞き流し――私は勝利のブイサイン!
というわけで。
ピンチはチャンスに大変身! 我等は一気に情報と戦力を手に入れる事に成功したのである!
ニャフフフフフ!
ぶにゃははははははははは!
哄笑を上げながら大満足!
さっそく記録クリスタルに我が活躍を刻んでいると――。
黒ニワトリは軽くなった空気を引き締めるように、顔をキリリ!
『昔からそういう部分が、まぁああぁぁぁぁぁったく改善されていないケトスはともかく。仲間となったからには助言をさせて貰うぞ。勇者たちよそして、ケトスよ――まずはなるべく早く、戦力を整えデルトライア王国に戻るべきであろうな』
超シリアスモードな黒ニワトリの顔の前に、私は尻尾をふっさふっさ。
モフ毛に頬をモサモサされながら――闇落ちチキンは、嘴を器用にヒクつかせる。
まあ、彼が言っている案件も実は既に理解している。
実は今、向こうにも危機が迫っているのだ。
だから私は余裕をもってポテチをバリバリ。
魔力を回復させながら、肉球を見せてブニャブニャと笑った。
『ああ、大丈夫大丈夫――! あそこには私の部下を配置しているからね。そう容易くは落とされないさ』
『気楽に言うとるが――本体を封印されている筈の余が、魔力体を飛ばしこちらに攻め込んだのだ。その意味はわかっておるのか? 大魔王ケトスは動けんが、その代わりにヤツがおる。あちらには誰が向かっておるのか――さすがに想像できるであろう? いくら能天気なままのおまえとて、分かると信じておるぞ?』
なんかまた失礼なことを言っているが。
ちゃんと想定済みである。
おそらく相手は異界のホワイトハウル。
どういう理由で天界に戻らず、そのまま大魔帝を名乗るようになったのかは知らないが……。
敵となるならば当然、かなりの強敵だ。
しかし――。
余裕を持った笑みを浮かべた私は、ゆったりと転移門を形成し始める。
ゴガガガガガガッガ……っ!
デルトライアとニャンコ砦を繋ぐ門を展開しながら、私は言う。
『心配してくれてありがとう、大魔帝ロック。けれど問題ない。それを含めて、大丈夫だと言っているのさ』
世界樹が作り出す影。
闇の中。
多くの部下を使役する大魔帝ケトスとしての顔で、告げた。
『自慢するようで大変恐縮だけどね。君も知らない私の部下達は――強いよ』




