我が愛しき魔猫 ~異界召喚と召喚コスト~
デルトライア方面の問題を解決した、我等がニャンコとたぬきと暗黒騎士!
タヌキくんと第三王女シャーネスこと、シアンくんに現地の管理を任せ――さあ、次の風を起こすべく私は張り切ってモフ毛を、ふふん♪
そんなわけで!
大魔帝ケトスこと素敵ニャンコがやってきたのは、勇者たちが召喚された地。
はじまりの場所。
聖帝国イプシロンの謁見の間である。
深紅と黄金に彩られた帝国旗が、ペッタペッタと張られた広間。
えら~い私と老王は優雅にティーカップを傾ける。
そう。
賢きニャンコな私は、病から解放された老王デルトライアを、聖帝国の皇帝さんと会わせるつもりだったのだ。
理由は単純。
まあようするに……。
他人に事情を二度も説明するのが、めんどうくさい。
イプシロン聖帝国への事後報告を、ね?
うん。
救ったばかりの国、デルトライアの魔術師王に丸投げする気だったりするんだよね。
よく考えて欲しい。ほら!
生き残っている代表同士の話し合いって、必要じゃん?
そもそもだ。
私は部外者。
この大陸の事は、大陸の偉い人同士で話し合うべきではないだろうか?
そこにいかに偉大とはいえ、この私が出しゃばってしまう事は――どうなのだろう?
果たして、正しいといえるのだろうか?
否!
そこは当人たちで、真剣に語るべきだと! 私はそう、思うのである!
ビシ――ッ!
私、間違ったこと言ってないよね!?
ぶにゃ。
ぶにゃはははははははは!
よーし、言い切ったのでこの件は解決!
と半分だけ冗談な話はこれくらいにして――。
実はその他に一つ。
懸念があるのだ。
帝国がどうやって、何をコストにあれほど大量の勇者を呼んだのか。
その答えが分かっていないのである。
謁見を待つ間、デルトライアの老王は居心地が悪そうに――座る椅子の位置を直し。
はぁ……と大きなため息。
髯を揺らしロイヤルな声を出す。
「のう、ケトス殿。いったい、老体であるワシになにをさせるつもりなのだ?」
『こっちの皇帝さんにね、聞きたいことがあるんだ。君にはその証人になって欲しい』
問われて返した私の答えを聞き。
空気が変わる。
真剣な声だったからだろう。
老王は顔を引き締める。
「なにやら、訳ありなようですな――」
『ああ……どういうわけか大魔王ケトスは、能力だけは高い悪党のみを呼んでいる。なぜ悪党しか呼ばないのか、それとも呼べないのか――それは分からないけど。ともあれ、その召喚儀式に、他者の命を消費しているだろう? 大量の民間人の命を中心に、シアンくんのような聖騎士、聖女や僧侶などの聖職者を生贄に捧げ使っている。それは、既に確認済み』
ゆったりとティーカップを傾け。
揺れる波紋をネコ目で追いながら、私は重い声で告げる。
『この大陸でも異界召喚にはコストが必要なんだろう?』
「たしかに……我が国では、少なくとも膨大な魔力か命の光、どちらかが必要だと伝わっておりますな」
髯を擦り考える老王。
その手が静かに……止まる。
「まさか――」
『そう――聖帝国では何をコストとして勇者を呼んでいるのか。私は――確認していない』
いつも私は――。
ぽんぽんぽんぽん。
呼吸するように異界召喚を行っているが、本来なら大儀式なのだ。
私の場合、私自身の溢れる魔力と組み合わせた裏技として――大気圏ギリギリに浮かぶ魔力タンク。宇宙と世界との隙間に接続して、魔力を無理やり引き出し魔術を行使。犠牲となるコストを使わずに召喚できている。
けれど。
それは私にしかできない例外中の例外である。
異界より食料や商品を取り出すフォックスエイルは色欲の魔性としての膨大な魔力、そして転生者特典スキルを利用しているらしいので。
これも例外。
では、この帝国はどうなのだろうか?
便利グッズみたいな使い方をしているタヌキくんや、砦の守りを頼んでいるヒナタくん。
比較対象が私だから少し地味になっているが、彼等は勇者。
それも、世界を一度以上救った事のある者という条件付きの召喚。
一人呼ぶだけでも、本来なら大儀式なのである。
なのに、大量に勇者を呼んでいる。
いくら勇者を呼びやすい状況。
この世界に闇の眷属が増えたからといって、やはりあの量は異常だ。
それを皇帝さんに問い質すつもりなのだ。
返答次第では、残念だが……私は私の信念に従った行動をするだろう。
『君にはその証人として、この大陸に国家として認知されているデルトライア王として、今回の審問に立ち会ってもらいたいんだよ』
「分かりました。けれど、あのぅ……そういう大事なことは、転移する前に……教えていただきたかったのですが?」
ジト目で私のモフ毛をみる老王は、まあ随分と元気そうである。
言葉を聞き流し、私は考える。
本格的に帝国を疑う可能性もあるのだ。
もちろん準備は万端!
何の備えもなく、着の身着のままでやってきたりはしていない。
舐められてはいけないと渡した、老王デルトライアの装備は一級品。
装備レベルが三桁も必要な鷹法王のローブに、紅蓮石の猫魔杖。
いわゆる私の手作り装備。
たぶん将来的に、神の遺した武具。
アーティファクトとして伝承されるぐらいの、高性能装備である。
病を治すついでに、ちょっと経験値を付与してレベルも上げておいたから、まあいきなり弱小国の王と舐められることはない。
そもそも王族が魔術師の国だからね。
今の老王はたぶん、召喚された勇者と同じくらいの力にはなっている筈だ。
他国という事で安全を確保させるという意味もある。
特にその紅蓮石の猫魔杖は、自慢のハイクオリティ!
魔力ブースト効果を持つ魔杖の中では、最上位クラスの逸品。
老いる前は一流の魔術師だった老王。
老魔術師とはいえ、彼がその杖を翳し詠唱すれば天地は荒れ、天候も操作できてしまう程の魔力を引き出すことができるだろう。
ムフフフゥ!
ついつい猫のお鼻のチョンチョンを、自慢げに広げてしまうのである。
ここで、ふと賢い大魔帝は考える。
そういや……私。
その杖はマジで本気でつくったアイテムだから、加減を間違えるととんでもない事になるって伝えたっけ?
……。
まあ、伝えたって事にしておこう。
もう七十歳も超えた大人なんだし、杖のせいでやらかしちゃっても自己責任だろう。
うん。
そんな私の自己完結を見るのは鷹のような瞳。
横目で器用にジト目を作り、私のドヤ顔を見た魔術師王デルトライアは握る杖をじっと眺め。その手をちょっとぷるぷる震わせる。
あ、やっぱり私、説明してなかったっぽいな。
まあいいや。自分で気づいてくれたみたいだし。
病も解け、健康的な顔となった魔術師王は立派なひげを擦りながら。
困り顔で私をチラリ。
「ところで――のぅケトス殿、そもそもの話であるが……一国の王が国交を結んでいない国に突然転移して……大丈夫であるのか? これ……」
『大丈夫って、どういうこと?』
はて。
私と老王は今、謁見の間に召喚したお茶会空間の中。
影から召喚した聖猫騎士たちを部隊とし引き連れて、陣取り――。
おとなしく、ズズズズズ♪
蜂蜜たっぷり魔力回復ロイヤルミルクティーを飲みながら待機中。
まあようするに。
事前許可なくど真ん中に、他国の王様と聖猫騎士隊を引き連れて瞬間転移したわけであるが。
す、――すぐに皇帝陛下を連れてまいります!
と衛兵君がいうので、素直に待っているし。
私ネコだし。
問題ないよね?
モフモフな毛を動かしながら私は周囲を、じっと見る。
まあ確かに。
ピョコンと立った猫耳には――大慌てで会見の準備を進める高官たちの、悲鳴に近い声が聞こえている。
聖猫騎士達も、ここが発見された新大陸なのですにゃ~と神聖な魔力を纏って、周囲をじぃぃぃぃぃぃぃぃい。
待機している衛兵君の顔を見て。
ケトス様に無礼を働いたら許さんぞ、と肉球を光らせフフン!
「いや、ワシにこんな伝説級装備と能力付与をして貰ったのはありがたいのであるが……帝国の衛兵たち、ものすっごい焦っておったぞ……」
『ん-、なんでだろう……もしかして転移での来客に慣れてないのかな?』
干し柿をぶちっと噛み切り、もしゃもしゃ。
程よい甘みに猫口を蕩けさせる私を見て、魔術師王は肩を落とす。
「それもあるだろうが、おそらく……老体とはいえ、王であるワシが訪ねてくるには通常ならば前もっての連絡が……必要だとは、思わぬかな?」
??????
こてんと首を横に倒し、私はうな~ん?
『だって、私は大魔帝だよ? 代理とはいえ魔王軍の最高責任者だからね、君と同じくらいには偉いだろう? 私だって突然来るんだから、イコール、君が突然来たって問題ないよね?』
「ケトス殿は……その、やはり少々、常識を――いや、ワシの口から言う言葉でもないか……はぁ……若い頃のワシ、きっとこんな風に思われていたんじゃろうなぁ」
げんなりとぼやく王様を見て。
私は、ぶにゃん。
んーむ、こっちの大陸だとちょっとまずいのかな。
まあ文化の違いだろう。
異界の大魔族の魔導書を開き、蜂蜜の瓶詰を召喚して。
ついでに虫を操る魔術を大陸全体に発動させて――っと。
老王の眉が跳ねる。
魔術師として、この書が気になるのだろう。
「ケトス殿、その魔導書は?」
『いいでしょう! ベイチトくんっていう友達から貰った魔導書だよ。もし人間と全面戦争するなら力を貸すって、話だったんだけど――とりあえず蜂蜜召喚の書として重宝してるんだよね~』
いいながら、魔導書をバサササササ!
全ての虫を配下とし、遠見の魔術の起点とできるようにモニター化も完了!
「なるほど……蟲魔公――かつて異界の主神により作られた魔族の女帝……大変興味深いですな」
王はやはり魔術師なのだろう。
異界の魔術に興味津々のようで――会話が弾んでしまう。
◇
待機している衛兵君たちがダラダラダラと大汗を流す中。
私と老王の魔術師対談が続いていたのだが。
しばらくして、やっと本命がやってきたのだろう。
ダダダダダダっと廊下を走る音がして、バン!
イケおじこと、聖帝国イプシロンの皇帝。
フランシス=ヴィ=イプシロンくんが急いで着込んだ儀礼服を揺らし、ぜぇぜぇ……。
「お、お待たせしてすまないケトス殿。大事な用があると聞き、飛んできたのだが――おや、そちらの御仁は」
『にゃははははは、大丈夫。そんなに待ってないよ。えーと、こっちの魔術師君は――』
促された老王は、まるで阿呆な発言が飛ぶ前にとばかりに、素早く。
魔力を纏って、スゥ――。
顕現するように立ち上がり――魔術師王デルトライアとしての顔で、キリリ。
鷹のような貫禄ある顔で告げる。
「お初にお目にかかりますな。名乗りは……いえ、正式な謁見ではないので伏せさせていただきましょう――デルトライアの長と、そう告げればわかっていただけますかな?」
後ろに控える衛兵君と共に、王はハッと顔を引き締め。
「こ、これは――水と風を操る雷神のデルトライア。魔術師王殿か!」
「ふぉふぉふぉふぉ、懐かしい名でありますな。たしかに、まだ人間同士が戦っていたあの日々では、そう呼ばれていた時期もありました。貴殿の父とも、決闘に近い戦いをしたこともありましたな」
魔術師王くん、案外に外交も得意なのかな。
その顔は友好的だが、放つ魔力は魔術師王を名乗るにふさわしい覇気を持っている。
王者としての風格が、うん。
はんぱない。
会話を二人に任せて、私は椅子に座り直したのだが。
「魔術師王たる貴殿がなぜ、このようなところに……。デルトライアは陥落したと聞いておったのだが」
「ケトス殿が取り戻してくださったのだが、お話は届いてはおらんかった……のであろうな」
なぜか二人は、じぃぃぃぃぃっぃい。
召喚したパンケーキに生クリームと蜂蜜をでろでろと垂らす私を見て。
じぃぃぃぃぃぃぃ。
「我が帝国でも奪還計画の話は聞いておりました、しかし昨日の今日で――まさか既に奪還していたとは……」
『だって迅速な方がいいだろう? 実際、民たちは既に生活を取り戻しつつあるし』
翳す肉球から現在のデルトライアの状況を投影してみせる。
魔術師王の方は、これ、どこからでも覗き見られているのは……どうなんじゃろ、みたいな顔をしているが。
気にしない。
解放された地を見て、ほっと胸をなでおろした様子で――。
イケおじイプシロン帝が言う。
「それで雷神の魔術師王殿。今日は何用でここに?」
「ワシではなくてこちらのケトス殿が――その、なんだ。貴殿に用があるようなのだが」
二人して、再び私をじぃぃぃぃぃぃぃぃ。
なーんか、王様二人は私を破天荒なニャンコだと誤解しているようだが。
まあ、仕方ないか。
文化の違い、そう、あくまでも習慣の差!
なかなか便利な言葉だから、今後も多用しようと思う。
ともあれ。
私は猫笑いしながらも、影をそっと伸ばしていた。
『ニャハハハ、ごめんごめん。他国の王様がいた方が誤魔化しもきかなくていいかなって思ったのと、後でデルトライアの状況について説明して貰うために連れてきたんだけど。まあいいや。回りくどい事は抜きにして、先にこちらの要件を済ましてしまうね』
ちょっぴしシリアスな顔をして、皇帝陛下の方をちらり。
この人個人には恨みはない。
けれど――どうしても確かめておかないといけないことだ。
「物資の支援などの話であろうか? もちろん、できる限りは協力させていただくが……どうやらそういった類の話でもなさそうなご様子。ケトス殿の要件とは」
皇帝君も空気の変化を読み取っているようだ。
猫の瞳をすぅ……っと細め――あきらかに空気を切り替える。
私の横。
魔術師王の顔にも、緊張が走っていた。
『とても――大事な話だよ』
イプシロン帝も私の本気を察したのだろう。
貫禄ある顔立ちを引き締める。
「なにかな、ケトス殿。貴殿には大変世話になっている――我らは出会ってから日が浅い。何やら疑念があるのならば、こちらとしてもこの場で解決したいと願っておる。なんでも言ってくれると余は助かるが」
『ありがとう。イプシロン帝よ。本当に重要な質問なんだ――いいかい、どうか嘘偽りなく答えて欲しい』
蜘蛛の巣のように影を伸ばし、周囲を一瞬で闇で包む。
そして。
闇の中で、咢をギシリと蠢かしていた。
『勇者召喚のコストに何を使用したのか、聞かせて貰ってもいいかな?』
闇の中。
蜘蛛の巣状の影から、私の眷属影猫が顕現する。
がしゃん……っ。
空気に押された衛兵君たちが、剣や槍を構えそうになるが。
それを――スゥっと視線だけで聖猫騎士が威圧し、止める。
謁見の間を囲う私の眷属影猫達の瞳は、真剣そのもの。
実はこれ、結構深刻で。
返答次第では――私、この帝国を滅ぼす可能性もあるんだよね。
皇帝は威圧感の中でも王者としての顔を保ったまま。
私に問う。
「ふむ、ケトス殿。その質問の意図がどういうことなのか。聞かせて貰ってもよろしいですかな?」
『私はね。イプシロン帝、君個人なら嫌いじゃないし信用をしている。私が紛れ込んだ時、膝で抱っこもしてくれたからね、ネコが好きな人はみんないい人だと、そう思っている』
けれど。
『君や、君の配下の召喚士が勇者たちを呼ぶために――多くの民や命を犠牲にしていたのだとしたら、それは看過できない』
私の言葉に続き動いたのは、魔術師王デルトライア。
深く頭を下げ、老王は言う。
「お話し中に失礼いたします、お二方。ワシもケトス殿の懸念は理解できているつもりだと、口を挟ませていただきたい。これから会談を通して説明させていただく事ではありますが、先にこれを告げておきましょう」
私の授けた紅蓮石の猫魔杖を翳し、念じ――。
魔術師の王は淡々と、民たちのいなくなった首都の映像を投影してみせた。
「大魔王ケトスは異界より招かれた悪党四百人の召喚に、我が国二十万人の命を生贄として使っておりました――」
「なんと……っ」
二十万人。
その膨大な規模に、イプシロン帝は息を呑む。
「幸いにもケトス殿の神の御手で生贄とされた民は蘇り、こうしてわたくしも病から解放され自由に動ける身となったのであります。けれどです――ケトス殿の瞳は見たのです。人間のいなくなった国を、誰もいなくなった街をその場で目撃されたのです。故にこそ――ケトス殿は、召喚コストに関して強い疑念がおありなのでしょう。勇者を呼び、使役する――その儀式がどれほどの大魔術なのか。魔術師王とまで呼ばれたこのデルトライアも承知しているつもりであります。国家機密ともいえるのでしょうが――ここはどうか何を用いたか、明かしてはくれませんでしょうか?」
おー!
老王が貫禄ある顔で頭を下げる姿って、なんか知的!
私は不老不死だから、これ以上渋くはなれないけど――こういう、クレバーなイケ爺を目指すのもありだよね~!
聖剣使いの女子高生勇者、ヒナタくんがこの光景を見ていたら凄い事になってたかもね。
イケおじとイケ爺のシリアスな対面なわけだし。
老王の言葉を聞き終えて、イプシロン皇帝は頷き。
手を翳す。
微笑みを含んだ温かい目で、私に目線を送る。
「なるほど、あいわかった。優しきケトス殿は民の命を気にしておられるのですな。イプシロンの名を継ぐ第三代皇帝として、貴殿の疑問に応えましょう」
告げて、皇帝は一冊の書を顕現させた。
◇
真実を語る。
そんな表情で聖帝国イプシロンの皇帝は一冊の魔導書を翳した。
どこか、見覚えのある書なのだが。
はて。
「我等はこの書を通じて、力を世界とこの書そのものから取り出しております」
『随分と力のある魔導書みたいだけど、なんだい、それ?』
魔術師である私と老王の目はギンギラギンになるが。
ここはぐっと我慢し、普通の声を出せていた。
「勇者たちとの謁見の時、大儀式魔術が可能なほど闇の勢力が広がっていると告げた事は、覚えておいでか?」
『ああ、ヒナタ君たちと話している時だね。たしか私は一人でグルメを貪っていたと思うけれど、それがどうしたんだい?』
肉団子に練り込まれた軟骨が、牙に引っかかったのでよく覚えている。
味は良かったんだけどね。
「我等はこの書と盟約に従っているのです。闇の勢力の拡大……すなわち大魔王ケトス、彼の者がこの世界に顕現し――真に動き出した時にこの書を用いよ、と。初代皇帝から伝えられておりました」
皇帝が書を開くと――そこには、太陽にも似たプラズマ球が浮かんでいた。
純粋なる魔力炉。
無限の魔力を引き出す、複雑な魔術式を計算し続ける魔道具。
これは――。
冥界神で魔王様の兄、レイヴァンお兄さんがレプリカを持っていた魔力の源か。
「この書は闇の勢力の拡大を預言していた、とある賢者殿が残されたモノなのですよ」
『とある賢者?』
「はい――我が帝国の始祖、初代イプシロン帝にこの『開かぬ魔導書』を遺し託した賢者殿がおられたのです」
開かぬ魔導書……つまり、条件指定され封印されていたということか。
今はもう開いているようだが。
悩む私を前に、皇帝は語る。
「開かぬ魔導書の中身を賢者殿はこう語っていたそうです――勇者を招き、因果と混乱を発生させる事でこの世界を発見させ――とある存在を呼ぶための魔導書。世界を読み解く究極魔術である異界召喚――すなわち勇者召喚の手引書であると。これは真の勇者を招くための書なのだとも、賢者殿は言っていたそうです。我等はその力に頼ったのでありますよ」
「真なる勇者……これまた大きな話でありますな」
魔導書の魔力を観察し、汗を流す老王。
呟く魔術師王に目をやり、皇帝は言う。
「もちろんただの伝承。おとぎ話の一種として扱われていた時期もありましたが――。実際、大魔王ケトスは顕現した。そしてずっと開く事の出来なかったこの書が、ようやく開くことができた。そこでその話が真実であると、我等は悟りました。この書には全てが記されていたのです。勇者召喚の条件も、方法も、勇者様を呼ぶための力も全て、整っていたのであります。ケトス殿、これが我等の答えです。神に誓って、召喚の儀式に犠牲者を出してはおりません」
私と魔術師王は顔を見合わせる。
おそらく二人の頭には同時に答えが浮かんでいる――世界を研究していた北の賢者、と。
『その賢者の名は?』
「言えません」
かぶりを振る王に、私はネコ眉を顰める。
『言えない? 知らないじゃなくてかい?』
「言いたくともいえないのです。百年前――突如として、その名を呼ぶことができなくなってしまったそうですから。彼自身は自分をとある神、とある魔性の亡霊。滅ぼされた後に僅かに生じた残滓だと、いつも笑っていたそうですが」
魔術師としての私はピンと来て、告げる。
『なるほど――名を奪う、または独占する魔術が発動されたんだね』
腕を組んで、肉球をトントントン。
大規模な魔術で世界に干渉し、名前を禁ずる大儀式、か。
名前を知ったところで、何があるわけでもないと思うのだが。名前を封じるためにそんな無駄な力を使うとは……。
んーむ。
術者はよほどのバカか考えなしなのだろう。
悩む私の顔を見て、皇帝は続けた。
「この書を託す時、かの賢者殿は笑いながらこう言ったそうです。どうか、この書を使ってあの子の暴走を止めておくれと。勇者がたくさん召喚されれば、ワタシも知らないどこか別の空、別の道を歩んだあの子が気付いて――止めに来てくれるだろうからね――と」
一瞬。
時が止まったように思えた。
私の耳が、跳ねた。
その口調には、覚えがあったのだ。
その感覚を合図にしたのだろうか。
魔導書が輝きを放ち始める。
封印されていた魔導書の機能が解放され、皇帝の意識を一時的に支配したのだろう。
その身に魔力が満ちていく。
皇帝も瞳を閉じ――書に身を委ねて語り始めた。
「聞こえているだろうか――我が弟子よ。いや、ワタシの知らないキミ。キミはワタシならばなんでもできると思っているかもしれないが――それは違うんだよ。ワタシには……できなかった。見えてしまったワタシの未来とあの子の憎悪、絶望、絶念の未来を変える事ができなかった。
何度、やり直そうとしても。何度、繰り返しても。
あの子はワタシの消滅を嘆き、全てを破壊する荒魂となってしまう。きっとあの子もキミもワタシを愛してくれているのだろうね。だからこそ、あの子はけして止められない魔性となった。きっと今頃封印が解け、暴れ出している事だろう。
けれど、布石は残した。
ワタシが勇者に滅ぼされない未来の可能性を――読みとり、干渉した。様々な次元、様々な時空、様々な世界。キミが成長するために出逢う光と輝きを、我が弟子たちを育て上げた。いやあ、消えかけた魂で、滅んだあとの残滓で師匠ごっこは結構大変だったんだよ? 時間も跳躍したし、別の世界線に跳ぶってのがそもそも難しくてね。何度も消えかけたよ。けれど――ああ。楽しかった。とても、楽しかった。いつかこの子たちがキミと出逢うのだと思うと、ワクワクした。あの子が惹きつけられるよう、あの子が大好きなグルメも用意した。きっと大丈夫。あの子なら、あの子を止められる――。だから、どうかお願いだ。キミの眠る主ではないワタシの最後の我儘を、キミに聞いて欲しい」
そこまで告げて――皇帝の支配が解けたのだろう。
聖帝国イプシロンの長は、自分自身の言葉で私に語る。
「そうあの子に伝えておくれ……と、そう言い残し、賢者は塵となって消えてしまったそうです。これが初代様より預かりし、賢者の言葉。おそらく、あなたに向けての――伝言なのでしょう」
言って、皇帝は私にその魔導書を差し出す。
書の名は――。
『我が愛しき魔猫へ――』




