ラスボスが仲間になると強い、その3 【SIDE:女虜囚・王国聖騎士シアン】前編
【SIDE:女虜囚・王国聖騎士シアン】
死の気配に包まれた空間――名もなき砦に煙が上がる。
捕虜となっていた王国聖騎士シアンは、生贄にされかけていた聖職者見習いの子ども数名と、聖女を庇うように監禁部屋の中。
扉の前で構えていた。
饐えた土壁の腐臭が、周囲に広がっている。
剣はないが、拳はある。
戦う心も残されている。
聖騎士シアンは拷問を受けた身体を必死に鼓舞し、泣きじゃくる子どもたちに笑いかける。
「最後まで希望を捨てるんじゃないよ! お姉ちゃんがちゃんと守ってやるから、アンタたちもいざとなったら逃げだせるように、深呼吸しておきな!」
裂けた囚人服は、もうほとんど下着だけに近い状態。
痣も切り傷も、打撲も酷い。
けれどシアンは聖騎士として、捕虜で唯一残された戦士として自らの士気を高めていた。
――まったく、清い身体じゃなくなると生贄としての価値が下がるからって、ああいう事はされなかったけど、もう、ボロボロだね……っ。
冷静に、状況を見極め――シアンは頬に走る傷跡を撫でる。
これは捕虜としての辱めを受けた時についた傷ではない、王国で聖騎士の一人として訓練をしていた時にできた傷だ。
いわば勲章。
古傷を撫でると、あの時の訓練を思い出して気が落ち着くのだ。
聖騎士シアンの折れた腕に手を翳す聖女の捕虜が、ぎゅっと唇を噛み締める。
「申し訳ありません、騎士様……っ。ここまでの治療で……限界のようです、ワタクシの治療の魔力はもう、これしか残されていなくて……っ」
後は結界が数度、使える程度か。
腕を動かし、聖騎士はニヒヒと笑って見せる。
「ふふ、上出来さ! ほら、アンタたちみたかい? これが聖女様の優しささ、無事にここから出る事ができたら、アタシみたいなガサツな女じゃなくて、こういう綺麗な人を見習うか、お嫁さんにするんだね!」
残り僅かな聖女の魔力。貴重な治療の奇跡を受けた聖騎士シアンは息を吐く。
見習い聖女の治療は不完全であったが、ありがたい。
手の感覚が、回復しているのだ。
深く息を吐き、言葉を静かに乗せる。
「いいかい聖女さん。おそらく、奴らは生贄のアタシらをどこか別の砦か拠点に運ぶはず。ここが開いたら、子どもたちを連れて先に行くんだ」
「騎士様はどうなさるのですか……っ」
「アタシは――やれるだけのことをやるさ。可能なら一人ぐらい殺して時間を稼いでやるが……正直、あまり期待しないでおくれ。いざとなったら挑発のスキルで全員を引き付ける。その後は――頼んだよ」
囮になっているうちに。
すなわち、殺されているうちに――子どもたちを連れて逃げろ。
そういう意図を読み取った聖女は、聖騎士に頷く。
「ここでワタクシも残ります、なーんて泣き言を言われたらどうしようかと思ったが、いやあ、アンタ、本当にいい女だね。アタシが男だったら嫁に貰いたいくらいだよ」
「まあ、騎士様ったら」
だははははは!
と笑う聖騎士に、子どもたちも次第に泣き止んでいく。
無理をして微笑む聖女と騎士だったが、その微笑みに子どもたちも救われている。
シアンは意識を集中した。
縦揺れが三回。
横揺れが七回。
敵襲を受けているのだとはすぐに分かった。
――しかし、誰がこの砦を取り返しに来たんだい……っ。王国か、帝国か、共和国か――なんにしても、今日という日で良かった……っ。
そう。
今日は子どもたちが生贄に捧げられる日。
昨日の襲撃ならば終わりだった。
バラバラとなっていたこの子どもたちは、緊急で他所に連れていかれていただろう。即座に魔力タンクとしての生贄に、使われていたかもしれない。
明日ならば既に生贄として使われていた。
今日、いまこの瞬間。
生贄の宴の準備が進んで決行となった今日だからこそ――生贄にされる子どもたちは一箇所に集められ、まだここに残されていたのだ。
神様がいるのなら、奇跡を与えてくれたのかもしれない。
いや。
「神様がいるのなら……はじめから、こんなことにはならない、か」
「騎士様?」
「いや、なんでもないよ聖女さん」
拳をぎゅっと握り、戦闘訓練を思い出す。
素手での戦い、いわゆるステゴロはあまり得意ではなかったのだ。
聖騎士シアンは大きく息を吸い、戦いをシミュレートする。
こっちは素手で相手は武器も魔術もある。
状況は最悪だ。
せめて、槍さえあれば……。
無いものねだりをしても仕方がない。できる限りのことをして――それでも無理だったら、そこに悔いはない。
決意を固めるシアンの耳を、魔力音声が揺らす。
砦内に緊急放送がかかったのだ。
「侵入者はタヌキと女子高生と、ネコ! 繰り返す! 侵入者はタヌキと女子高生と、ネコ! いや、冗談ではない! 真面目な話をしているのだ! 三人が三人とも頭のおかしい強さをしている……っ、ただちに捕虜と生贄を連れて他の拠点に転移を――っ、なんだ、おまえ……女、聖剣を持った女が――うわぁぁあああああああぁぁぁぁ……――――…………」
通信が途絶える。
「騎士様、これは?」
「ああ、どうやら――天はまだアタシらを見捨てちゃいなかったみたいだね」
この騒ぎはただ事ではない――砦で奴隷として働かされている者、捕虜として拘束されている者。
囚われていた誰しもがこう思っただろう。
これが最後のチャンスだと。
砦内を襲ったのは何者なのか。
分からない。
分からないが――。
衝撃に揺れ動いた砦は騒然としている。やはり自分たちにとっては味方、砦を占拠する連中にとっては敵の存在が、既に内部に侵入しているのは間違いない。
タヌキと女子高生、そしてネコ。
意味が分からないが――今はその連中に賭けるしかない。
「おねえちゃん……っ、あたし、怖い」
「お姉ちゃんだって怖いさ、だから――頑張っておくれよ、ね?」
子ども達を励ましながらも、シアンは精一杯の優しい笑みを作った。
その言葉を受けた子どもたちは、きゅっと唇を結んで頷く。
その時だった。
硬い靴の足音が、監獄塔となっている砦の廊下に響き渡る。
シアンは眉間に力を込めた。
「来るよ――敵が一体ならなんとかしてみせる。聖女様、後は頼んだからね」
「はい――御武運を」
聖女様と呼ばれた聖女は悟った。
別れの時なのだと。土で汚れた細い手で、子どもを匿うように小さな結界で包む。
一人でも命を救うため。
聖騎士と聖女は、力を込める。
凍てつき冷えた身体を魔力で強化し、ボロボロな身体を傾けたのだ。
扉の外に複数の足音が響き、止まる。
カチャリ。
重い扉が開いた――その瞬間。
「移動するぞ、羊ども! 死にたくなかったらとっとと出てきやがれ!」
「うおぉぉおおおおりゃぁぁぁああああぁぁっぁぁあっぁぁあ!」
聖騎士シアンの魔力を込めた正拳突きが、看守の男の腹を襲う。
軽い一撃だった。
だから看守は嗤っていた。
「はは、死にぞこないが――っ」
低い男の声が、土壁の中で反響する。
が、魔力効果はタイムラグを作ったのちに――襲う。
ごふぅ――ッ!
看守の男の口から血が吐き出される。
「な、なにを……っ、なにをしやがったメス犬が!」
「クズに話す理由なんて、ないよ!」
拳の先で振動させた魔力が、内臓を直接攻撃していたのだ。
「ほざけ、猿以下の野蛮人共が!」
「調子に乗ってるんじゃないよ! 異世界人!」
続いて拳のラッシュで一人を打ち倒し、その後ろにいるもう一人の看守の首に回し蹴りを炸裂させる。
だが。
手甲で蹴撃を受けたもう一人の看守の男は、にぃっ!
嗤い、低く唸る。
「残念だったな。オレはそっちの馬鹿とは違って、油断なんてしてねえっつーの! はははははは! ばーか!」
敵は二人。
一人は昏倒している、だが――もう一人は倒せそうにない。
シアンは焦った。
呼吸を整え、更なる蹴撃で畳みかけるが――。
「くっ――……」
「無駄だって言ってるだろう? 聖騎士様よ!」
戦いが始まった――けれど、シアンは即座に悟った。
レベルが違う。
万全の状態だったとしても敵わない。
男は聖騎士シアンの身体をわざと煽情的な姿になるように、壁へと押し込み。
げひひひ。
壁に押し付け、その震えを楽しみながら。
女騎士の傷だらけの脚を掴み、哀れなほどに痛むその肢体を眺めていたのだ。
「へえ、昨夜も散々痛めつけて遊んでやったのに、元気じゃねえ――か!」
「うぐ……ッ、あがぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁ!」
打撲で膨らんだ足をきつく掴まれ――痛みの電流が聖騎士シアンの脳を襲う。
絶叫が、砦内にこだました。
女の叫びに反応したのだろう。
腹に治療の輝きを浮かべながら、倒され気絶していた看守も起き上がる。
首をぽきりと鳴らし、カツカツカツ。
最悪だ。
看守の二人は互いに嗤ったまま、口角をつり上げる。
その目線の先は、足を掴んだままになっている聖騎士シアンの――胸の谷間と脚の隙間。
「ててててて、っく、やりやがったな、この糞女が!」
「ばーか、てめえがトロイから女なんかに奇襲を受けるんだよ。どこの温い世界から来たんだよ。あーあー、大魔王様に知られたら処刑もんだぞ?」
「バカはてめえだっつーの! あの御方がこんなクッセー場所まで見てるわけねえだろうが!」
言い合いではない。
ただの戯れだ。
彼等は異界から招かれた転移者。
文字通り、遊んでいるのだろう。
看守二人が、下卑た笑みを浮かべてシアンを眺めていた。
脚を掴んたままの看守が、嬲るように……殺さぬように、聖騎士の身体を蹴り上げ続ける。
「オラオラオラ! 泣いて詫びて、すみませんでした~って足でも舐めろよ!」
「っ……!」
チャンスを窺っていたシアンは一瞬のスキを突き。
キッ――!
目を見開き、掴まれたままの脚を回転させ魔力を解き放つ。
「スキル――発動するよ! このグズどもが、アタシらの罠にかかって後悔するんだね!」
裸足の脚で下卑た看守の腰から、鍵の束を蹴り上げ。
叫んだ――。
「受け取りな、聖女様! こいつらは引き付ける――っ、頼んだよ!」
「は……はい!」
鍵を受け取った聖女が、子どもたちを淡い結界で包みながら、返事をし。
神に祈りを捧げ、駆ける。
少しでも幸運値を上げるための祈祷だ。
覚悟も決まっていた子どもたちは、聖女と共に走り出す――。
が。
聖女の張っていた結界を遠距離からの魔術弾が襲ったのは、その直後。
衝撃が、子どもたちと聖女を襲い。
ズン!
「きゃぁぁあぁぁぁぁぁっぁあ……っ!」
そのまま監禁部屋の中へと押し戻され、シアンを含んだ全員が倒れ伏す。
結界の影響でケガはない。
けれど――子どもも聖女も動けない。
――流れ弾! こんなときに……っ!
「くそう!」
叫ぶ聖騎士シアンの口の端が痛む。
切れて血の味がする口の中に、砂利が数粒転がり込んだ。
ギリリと噛み締め、それでも聖騎士は立ち上がり――スキルを発動させ、跳躍する。
「どこ見てるんだい、こっちだよ――っ、こんな手負いの女に苦戦してるってのかい、異世界人!」
なんとかもう一度。
ターゲットを引き付ける。
「おっと、聖騎士の姉ちゃん、動くなよ? はは、そんな怖え顔すんなって、オレたちはただ移動しましょうって誘いに来ただけなんだから――な!」
ドスドスドスドス……っ。
仲間を殴られた腹いせと仕返しだろう。
執拗な魔力弾が、シアンの身体を襲う。
「くぅ……っ、あ、がぁぁ……!」
シアンの身体が崩れ落ち、床に倒れ込んだ瞬間。
ガシャン!
硬い靴が、聖騎士の腕を踏みつけていた。
くっ――っと、気丈に聖騎士は敵を睨みつける。
「よーし、いいぜそのまま捕まえとけよ相棒。はぁ……これがこの世界の挑発か。なるほど、確かにこの姉ちゃんに意識を集中させられて、ガキと聖女に意識が回らなくなってたな」
「だろぉ? 次からは気をつけねえとな」
聖騎士シアンの裂けた囚人服の中心。
丹田に硬い靴の制裁が落ちる。
口から血を漏らし、それでも下卑た男の足を掴んだ聖騎士は不敵な笑みを浮かべる。
「っぐ……はは、あんた、女の腹を蹴るなんて、ろくな死にかたをしないだろうね」
「は? てめえが、挑発のスキルなんぞクソ生意気なもんを使ったせいだろうがッ!」
そう。
この監禁部屋に来た看守は二人。
その両方に挑発のスキルが発動したのだ。
これが唯一できる、捨て身の作戦。
効果は攻撃ターゲットの固定。
後は聖女が目を覚ませば、子どもを逃がすことができる。
そして今も。
挑発のスキルが発動していた。
「聖女様! 頼むから起きてくれ! こいつらを引き付けていられるうちに……っ」
声に反応はない。
聖女の身体は、ぐったりと横たわったまま。
起きた子どもが、震える喉から言葉を押し出した。
「聖女様……っ、うごかない、うごかないよ、おねえちゃん……っ!」
「魔力切れだな! はは、生意気なことをしやがった報いだろうさ」
挑発の効果で目を光らせる看守二人だが、時間の問題か。
その攻撃目標は既に聖騎士から逸れ始めている。
男の一人が、ゲームでも楽しむかの様な顔で。
濡れた舌をぺろり。
「なあ、先にこっちの綺麗な聖女様から――ヤってやろうぜ」
「バーカ、生贄としての価値が下がるから駄目だって言われてるだろうが。やるなら生贄にならねえ、捕虜にしとけって」
そう、清らかな身体が穢されなかったのもそれが理由。
だが。
ゲス共は聖女の周囲にいる子どもを魔力で弾き飛ばし、眉を下げて――嗤った。
「この騒動で死んじまったことにすりゃいいだろう?」
「ナイッスー! それいいねえ!」
看守の男が口角をつり上げて、女騎士の身体を蹴り上げ吹き飛ばす。
ガン……ッ!
壁にたたきつけられた衝撃で、鎖で繋がれたままになっている遺骸がごろりと転がる。
朦朧とする意識の中。
死を意識させられる冷たい感触の中、聖騎士は考える。
――くそ……っ、身体が動かない。それでも、それでも動かすしかないじゃない!
もう一度、挑発のスキルを発動させないと。
子どもも聖女も危ない。
「くそくそくそ、くそぉぉおおおおおおおぉぉぉ! 聖女様に手を出しやがったら、アンタたち全員、殺してやる!」
地に倒れ、爪の剥がれた指で土を掻き立ち上がろうとする聖騎士シアン。
彼女は生まれて初めて神に祈った。
一度でいい。
たった一度でいい。
自分はどうなってもいいから、心優しい聖女と、子ども達の命は救ってやってくれ。
そう、強く願って――スキルを発動する。
「アンタたちの相手は、あたしだって言ってるだろうが――っ!」
赤い光が、聖騎士の身体を包む。
挑発のスキルが、発動したのだ。
それでも。
「バーカ、もう効かねえよ」
「そりゃ何回もくらってりゃ、慣れるわな」
男たちは、嘲笑するように赤い魔力を弾き飛ばす。
「あ……そ、そんな――っ」
せっかく、発動したのに。もはや効果はない。
レジストされたのだ。
魔力も体力も精神力も、尽きた。
祈りは天に、届かなかったのだろう。
絶望の中。
聖騎士シアンはそれでも泣かなかった。
泣いたら、男たちを喜ばせるだけだと悟っていたのだ。
その勇姿すらも鼻で笑い、看守の男たちは黒々とした微笑を浮かべて。
ゲヒヒヒヒ。
昏倒する聖女の身体をまさぐりはじめる。
「そこで綺麗な聖女様が穢れる姿を喚きながら見てろよ――っ、て、なんだ、おい! ガキたちをどこにやった!」
「え……?」
言われて聖騎士も気が付いた。
子どもたちが、いない。
男たちに魔力で吹き飛ばされて、その後、蹲っていた筈なのに。
なぜだろうか。
どこか遠くから――声がした。
ネコの、声がしたのだ。
◇
看守の男たちが、それぞれに武器を亜空間から顕現させ。
息を引き締める。
遊びで女騎士を嬲っていた、その時とは状況が変わったからだろう。
汗を流し。
深く呼吸をし――周囲に目をやる。
「な、なんだ、猫の声?」
「こんな所に猫がいるわけ……って、おい、侵入者って確か――」
男たちにも聞こえている。
もちろん聖騎士シアンにも聞こえている。
三人の意識が逸れている間に――今度は聖女の姿が消えていた。
やはり、なにかがいる!
「これは、幻術か! 聖女を連れていかれたなんてなったら、おれたち――は……」
男が言葉を言い終わるより前に。
羽虫の群れのような音が――。
ざぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁっぁぁぁ!
黒い霧とモヤが、周囲を覆ったのだ。
刹那!
訪れたのは寒気。
肌を刺すような膨大な、闇の魔力が満ち溢れていったのである。
くはははははは!
クハハハハハハハハハハハハハハ!
哄笑が聞こえる。
先ほどの猫の声だ。
世界が揺れて、空間が軋む。
バリッ――!
まるで獣の爪で掻かれたような痕が、何もない空間に描かれる。
割れた次元の隙間から、とてつもない魔力の塊が――ズズズ。
ズズズ。
強力なナニかが這いずるように顕現しようとしているのだろう。
割れた次元から、黒い靄が垂れ流れ始めた。
「な、なんだ……っ、なんなんだこの魔力は……っ!」
「やべえ、逃げるぞ――っ!」
生まれいでる黒い靄から、うにょーんと延びてくるのは猫の手。
その輝く肉球が、きゅっきゅっ。
爪を出し入れし。
『ぶにゃはははははは! ゴミ掃除にリサイクル、同時に発動、ニャンズクリエイト♪』
まるで歌い遊ぶような紳士の鼻歌。
昏い監獄に、場違いなほど明るい猫の声が響く。
ぶつん!
黒いモヤの中――逃げる看守の脚が途切れて、崩れる。
血の這う地面に、足だけが残されていたのだ。
床に突き刺さる自らの足を見て、ぎしりと顔色を狂わせ男は絶叫した。
「え、なんだよ……なんなんだよ、おれ、おれの脚! なんで、なんで――っ意味分かんねえよ、これぇぇぇええええぇぇぇぇ――……ッ!」
叫ぶ看守の男は助けを求めるように仲間を、振り向く。
だが――。
そこには青が広がっていた。
「え……?」
「たすけ……あつい、あついあついあつい……っ!」
振り向いた先の仲間。その顔は、首から上を軋ませて蒼白い焔に包まれていたのである。
燃えていたのだ。
崩れた、それは――地面に落ちる間もなく魔法陣に包まれ。
その身を結晶化させていく。
『あれ? おかしいなぁ……まだ動いてる』
うにゃ~ん?
次元の隙間から、赤々とした瞳が眺めていた。
じぃぃぃぃぃぃいいっと燃えるカスを観察し、次元の隙間の獣は言う。
『あちゃー、生かしたまま素材に使うと動かれちゃうから座標がズレる時があるのか。次の素材は気を付けないとなあ、じゃあ、もう一度。動きを縛ってと――ニャンズクリエイト♪』
まるで魔導実験感覚の気楽な言葉が、周囲を包み。
ざぁぁあああああああぁぁぁぁぁぁ!
肉を裂くように十重の魔法陣が咲き乱れ。
……。
ぶちん。
二人の男が、黒い靄の中に沈んだ。
『ま、こんなもんかな』
黒い靄が晴れる。
するとそこには、蒼白く輝く結晶体が二つ、ごろんと転がっていた。
下卑たゲスたちの遺体はない。
次元の隙間から、よっこいしょ!
ぽにょん♪
愉快な肉球音を立てて、それは顕現していた。
シアンは突然のことに、混乱していた。
けれど。
現実だ。
黒々とした猫が、凛と佇んでいたのである。
その背後。
分厚い結界に覆われた聖女と子どもたちの姿が見えた。
気を失っているが、肩が動いている。
「生きている……のか」
思わず言葉を漏らした聖騎士シアンに構わず。
浮かぶクリスタルを回収した猫魔獣は、トッテトッテトッテ。
肉球ステップで監獄を一回り。
彼は周囲を見渡し、顔をわずかに引き締める。
『ふう、なーんか間に合った……とはいいがたいけど――どうやら生きてはいるようだね。みんなとは別行動を取って、神への祈りを辿って正解だったよ』
祈りが一瞬だったから、気のせいだったかもと見捨てる所だったし。あぶにゃかったねー。
と、ヒゲを動かす猫に目をやって。
傷だらけの聖騎士――シアンは、呟いた。
「あ、あんたは……いったい」
『ああ、ごめん。先に索敵を優先してしまった。自己紹介がまだだったね。私はケトス。大魔帝ケトス。大魔王ケトスとかいうムカつく偽物に名前を使われてしまった、可哀そうな大魔族――』
言葉を区切り、黒い毛並みを魔力で靡かせ。
赤い瞳をギラギラギラ。
闇の中で、ネコは告げる。
『喜ぶといい、人間よ。まあ、ようするに――君達の味方さ』
監獄の廊下から、魔力の灯りが中を照らす。
逆光が、黒猫のシルエットを引き立たせている。
まるで主神のような神々しさとは裏腹。
黒猫は自慢するようにモフ毛を膨らませ――ドドドドドド。
ドヤァァァアァア!
我を崇めよ! 褒め称えよ!
っと。
褒めて欲しそうに、口を丸く動かしていた。




