魔猫と女子高生 ~ニャンコみーつガール~
偉大なる魔猫。
麗しきも気高き大魔帝ケトスこと私と、脆弱なる人間達との戦いは終わった。
あの後、イ……イプシロン……せ、聖帝国?
の、皇帝陛下が目覚めたんだけど――会談は一旦お休み中。
明日に話し合いが行われることになっていた。
女子高生のヒナタ君がきて、すぐにあんな騒動になっちゃったからね。こちらの世界の事情はなーんも説明されていないのである。
ま、私のせいなんだけど。
その辺りは気にしない!
私だけのせいじゃないし! よーく思い出して欲しい、そもそも襲ってきたのはあっちが先なのだ!
故に私は悪くない!
ビシ! よーし、言い切った!
しかし。
ネコの眉間をかわいくウニョウニョし、私はシリアスな顔で考え込む。
この大陸の様子を見る限り、魔の気配が強くなっているとは思えないのだが……。
はて。
あの皇帝さんは、なんでまた勇者をあんなに大量に召喚したんだろうか。
世界そのものがバランスを取るために動かしたにしても、そこには何か具体的な事件や理由があるはずなのだ。
何事も無い状態で動くとなると……天啓が下るというパターンもあるが。
天啓を下すのはあの大いなる光。
彼女はいろいろとアレでぶっ飛んでいるが、この私を敵にする程、愚かじゃない。
むしろ大いなる導きを蘇生させて連れ帰ってきたことに、感謝してたぐらいだし。
それにだ。
我等が魔王城ラストダンジョンやグルメ帝国。
ヤキトリ姫が主導するプロイセン。
そして私が介入し大きな動きのあったシグルデンやエンドランド大陸。それらの地域とこの大陸とは情報が隔絶されている。
既にもう世界は闇で溢れている。
この情報がこちらの大陸にまで入っているとは、考えにくいのだ。
そもそも情報が入っているのなら、魔族と人間と天界は既にバランスよく成り立っているとのうわさも入っている筈だろうし。
この世界、グルメを通じて人と魔と天が繋がってるし。
ぶっちゃけかなり平和なんだよね。
ようするに、勇者を召喚して何をしたいのか。
させたかったのか。
それが分からないのである。
一番あり得そうなのは、大魔帝ケトス討伐なのだが……。
……。
まあ、明日になれば分かるか。
大魔帝ケトスに対抗するため――って理由なら、今回の件で力量の差をはっきりと体感した異界の英雄たちに、話し合いをするべきだと言ってもらえるし。
対話のできるタイプの魔族だと、理解してくれただろうし。
はっ――と、目と口をあんぐりと開いて、賢い私は思いつく!
さっきの戦いは必然!
ノリと気分で召喚されし勇者と戦ったのではなく!
平和のために必要だった戦い!
あくまでも作戦であったのだと、ご理解していただきたい!
よし、記録クリスタルにはそう言い訳をしておこう。
だからまあ。
明日までやることはなく、のんびり。
肉球あんよをぴょこぴょこ♪
さすがに騒動を起こした手前、勝手に外出するのは遠慮してやっているし。今はゆったりとした時間を送っているのだ!
とりあえずの自室として用意されていた賓客用の部屋に、転移者たちはそれぞれ案内されていた。
もちろん私もご満悦。
通されたのは一番いい部屋!
ロイヤルでスイートなホテルを彷彿とさせる、特等室である!
ふかふかベッドの極上シーツの上で、のびのば~!
私は分裂させたポテチをネコ手で掴んで、バーリバリバリバリ♪
ななな、なんと!
一口で五枚同時に重ねて食べてやったのである!
くはははははは! これぞ贅沢の極み! 大人ネコの特権よ!
上顎についた青のりを、うにゅうにゅとベロでなめとって。
一人で悠々自適!
の筈だったのだが――ゴロゴロする私のシーツの横で、携帯ゲーム機をピコピコする黒髪美少女が一人。
『で、なんで君は私の部屋にいるのかな?』
「ははははは、ケトスっちよー、いいじゃんか別に。この麗しき乙女、天下の女子高生! 日向撫子と一緒に居られるなんて、あんたこりゃ、お金を払ったって味わえない幸せだと思わない?」
にひひひ~!
と、微笑む顔はまあ本当にかわいい女の子なのだが。
この子も、勇者なんだよね。
私が相手だったからその他大勢みたいな扱いだったけど、人間の器のままの存在として考えれば、冗談抜きで強かったし。
『普通の女子高生は竜殺しの聖剣をぶん回して、扇動のスキルで範囲強化をしたりはできないと思うけどね。驚いたよ、君、けっこう強いんだね』
せっかくこの私が褒めてやったのに。
枕にプーっと顔を埋めて少女は足をバタバタ。
「だぁぁあああああああああああぁぁぁっぁ! いやぁぁああああぁぁぁ! ケトスっちみたいなマージで規格外な魔猫ちゃんにそう言われても、こっちは謙遜しちゃうだけなんですけど! 実際さあ、あんたレベルいくつなの? 桁が違うってぐらいまでしか読めないんですけど!」
『さあ、私のレベルを測定できる使い手も魔道具も存在しないから、今は……どうなんだろうね』
しれっと告げる私を、じぃぃぃぃっと睨み。
わざとらしいため息に言葉を乗せる。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁ、なんか……昔に自分で皆に言った、強者の余裕的なセリフみたいな? こーいうのをいざ他人から言われると、ちょっとイラっとするわ……」
ブスっと口を尖らせる彼女を鑑定し。
私は猫ヒゲをぴょこん!
『君は……レベル三百ちょっとか。十分強いじゃないか』
「うわぁ……また強者の余裕っぽい上から目線なセリフねえ。いや、実際、上なんだから仕方ないけど。ねえねえ! で? マジでケトスちゃんのレベルは? 気になる気になる気になるぅ! いいじゃん! 教えてよ! ね? ね? 減るもんじゃないし!」
わっしゃわっしゃと私の麗しいモフ毛をなでなでする少女。
その手が、いったん止まり。
更に、わしゃわしゃわしゃぁ!
……。
あまりにもしつこいので、私はポテチを亜空間に収納しながら応じる。
『最低でも、君の百倍以上はあるのは確かだよ』
「百倍!?」
『六万五千五百三十六を超えた辺りでオーバーフローして、数えるのを止めちゃったし』
ここ、静かなるドヤポイントである。
どどどど、どやぁぁぁぁぁ!
「うわ、マジひくわぁ……チートじゃない……なにアンタ。転生者だったりするの?」
『さあ、どうだろうね』
賢い私は考える。
チートと言われても仕方のないレベルなのは事実。
まあ、それなりに苦労したんだけどね。
文字通り死にまくって、人間に虐められまくってたし。
たぶん猫魔獣という種族の持つ、次のレベルまでの必要経験値の低さ。
そして猫と人と魔。
それぞれの心が憎悪の魔性として覚醒している事で、倍々ゲーム状態になっている事。更に単純に私が努力家だからという点も大きいだろう。
人間どもに復讐してやるためと、魔王様の役に立つため。
二つの理由で、そりゃもう修行に明け暮れていたからね!
そういや大いなる導きは私の魔力は三乗状態になっているとか言ってたけど、レベルも三乗になってたりして!
にゃはははははは!
まあ、たぶんさすがにそれはないだろうけど。
ともあれ、誤魔化すように私は大人の猫微笑。
『君達は異なる世界の住人。君個人で言えば敵意がないのはものすっごい分かるけど、利害が一致するとは限らない。あまり信用はできないだろう? お互いにね』
「手の内は明かせないってわけか」
明日の話し合いや、他の転移者の意見次第では――。
全面戦争という可能性もゼロではない。
ここは異世界ではないのだ。
いと偉大なる御方、魔王様が休まれる尊き世界。
もし、魔王様に害を及ぼす帝国となるのなら――私は躊躇わずこの聖帝国を滅ぼすだろう。
一瞬。
憎悪の魔力が漏れてしまったからだろう。
ヒナタくんがぞっと肌を震わせた。
「まあいいわ、そろそろ真面目な話をしてもいい?」
『君が一方的にシリアスになる分には別に構わないよ』
じゃあお言葉に甘えて、と。
私のベッドの上で、胡坐をかいて少女は言う。
「なんでこの世界にあたし達が召喚されたのか、その理由がわからないのよねえ」
長い手を伸ばして、むぎゅっと私を抱き上げると膝に置き。
ふむと考える少女の顔は真剣だ。
「ちょっと気配を探ってみてるんだけど、魔王やら闇の帝王やら、そういうラスボスっぽいヤバイ連中の気配がまったくしないのよ」
まあ。
魔王様は私達、力ある獣魔族が張った結界の中で守っている。
この大陸からは魔王様の魔力を探ることができないのだろう。
「すると、なんで呼ばれたのか。次の理由を考えると……あんまり考えたくないんだけどさあ。人間同士の戦争に呼ばれちゃった可能性なのよねえ」
『ま、妥当な推測だね』
私もその可能性は考え始めている。
「いや、こんなに大量の勇者が召喚できてるんだから、それに比例する程の闇の勢力があるのは確かなんだけど。どーも、敵意とか、悪意みたいな負の感情を読み取れない。なんつーか、既に魔族と人間がある程度和解している世界の気配にみえちゃうわけよ」
さっきも言ったが、この世界。
今、かなり平和なんだよね。
『おや、よく分かったね』
「そりゃ美少女で麗しい勇者ですもの! 当然でしょ! って、ケトスちゃん。この世界に召喚されたばっかりなのに、事情に詳しいの? 魔術かスキルかなんか?」
ん?
あー、そっか。
彼女、私がこの世界の住人だとは知らないのか。
皆、異界からの魔導書で私の存在を知っていただけなんだし。
……。
あー、うん。そっか。
都合が良いから、この世界でたぶん二番目に強い闇の眷属だってことは、黙っておこう。
『詳しいわけじゃないけど。まあ、君と同じ空気は感じているのさ』
「でしょー?」
ボフっと私を膝に抱いたまま後ろに倒れて、ふぅ……。
少女は黒髪をシーツに落として言う。
「あーあ、やだなあ……あのイケおじ皇帝さん、あたし達に何をさせるつもりなんだろ」
『イケおじ?』
「そうそう! イプシロン帝って、ちょっと年上だけど、いいかんじっしょ?」
人間の、しかもオスの顔を問われても、ねえ?
ファリアル君みたいな明らかな別枠の顔なら、うわ、イケメン!
と、思うだろうが。
そもそも。
私の方がイケてるし。
……。
うん。
「できたら敵にはしたくないんだけどなあ。でももし、あたし達の力を私利私欲のために使おうとしてるなら――」
少女は天井に向かい手を伸ばした。
その細い腕にはうっすらと、無数の古傷が浮かんでいる。
魔力探知の得意な私には見えてしまった。
魔術で何度も治療した痕跡、けして軽傷とは言えない戦いの傷跡が……見えていたのだ。
「あたしは、勇者としてこの国を滅ぼすわ。私利私欲の戦争に異界から戦力を呼ぼうだなんて、さすがに――ね」
シーツに細い身を沈める少女。
おそらく、日本人。
転生者ではなく転移者だろうとは思う。
その瞳に映る決意と信念は、既に完成された勇者の光を放っている。
美しいと、そう思った。
私が失ってしまった人間としての光が、そこにあったと思ったのだ。
私は身体を伸ばす少女の上を登る。
そのあどけない、けれど凛々しさすら感じる顔の前に立ち。
猫の口を動かした。
『まあ今ここで考えても仕方がない。明日、皇帝君の話を聞いてみようじゃないか』
「あんたはどうするつもりなの?」
呼吸をする少女の身体が揺れている。
勇者としての彼女は知っているのだ。
どんな裏技を使おうと、チート能力を手に入れようと――私には敵わない。
だから。
この帝国が悪だったとして、それに私が手を貸すつもりならば……。
その時、彼女はどうするのだろうか。
ま、そんなことにはならないんだけどね。
『もしここが悪い帝国で、それ故に君がこの地を滅ぼすというのなら。私が代わりに悪い大人たちを狩ろうじゃないか。それは勇者の仕事じゃない、まして、君のような少女の仕事ではない――私はそう思うよ』
「ケトスちゃん……、なーに、あんた、慰めてくれてるの?」
猫のくせして生意気ね。
そんな顔をして、ブスーっとしている。
『子どもには、あまり人を殺して欲しくないからね』
「あたしを子ども扱いって……あのねえ、これでもあたし、本当に世界を二つ救った英雄で勇者で、マジでエンプレスの称号と地位だって貰ってるんですからね?」
その言葉に嘘は感じ取れない。
きっと、私の知らない物語がこの少女の中には存在しているのだろう。
彼女しか知らない、物語が……。
人間として泣いたのだろう、笑ったのだろう。
出会いも別れもあった筈だ。
全てが良い思い出とは限らないだろう。
彼女の強い光から、様々な経験を感じ取れたのだ。
大人以上の経験もしている筈だ。
けれど。
私は少女の顔をまっすぐに見た。
『君は子供さ。少なくとも私からするとね――頼れるときぐらい、大人に甘えなさい』
我ながら、渋い大人の声を出していたと思う。
少女の顔は、かぁぁぁぁぁっと紅くなる。
黒髪の隙間から覗く少女の肌は、リンゴ色になっていた。
わなわなと唇を震わせていた。
けれど。
テレを誤魔化すように、ヒナタくんは眉をむっと動かす。
「大人って、あんた何歳なの?」
『さあね、イケてる紳士に年齢を聞くものじゃないさ』
なんかイイ感じに応える私。
かっこういいね?
ドヤを堪えて、キリリと渋い顔を維持していると。
ふと、彼女は真面目な顔をして。
ぼそり。
「ねえ、あなた……もしかして地球って世界に来たことある?」
地球、か。
懐かしい響きである。
『さあ、どうだろうか。忘れてしまったよ』
ポテチを懐かしい味って言っちゃったしね。それに反応したのかもしれない。
ともあれ。
苦笑で答えた私に少女は言った。
「そう。まあいいけど。ねえ、最後に一つだけ、いい?」
『なんだい』
最後に一つ。
そういう枕詞がある時は、大事な事を聞きたがっている。
そう考えるのが普通か。
勇者として。
魔族である私に告げておきたいことがあるのだろう。
できればこの娘とは、本気での戦いなどしたくはないのだが。
私は魔猫で魔族。
おそらく、この世界で今、私は魔王様に次ぐ実力者。
この娘は人間の勇者。
世界のために闇を祓うとなった場合……。
命の取り合いとなる可能性は、少なくない。
「ちょっと! 鎖骨の上に乗られると……わりとマジで重いんだけど――っ!」
……は?
『ぶぶ、ぶにゃ!』
「ぶははははははは! ねえねえ、あんた今、けっこう、マジな顔してたでしょ!? いやあねえ、あたしだってあんたみたいなチートを敵に回したくないですしぃ!」
私を抱き上げて、モフモフもふもふ!
腕に抱いて、大笑い!
「生意気な顔をしちゃってまあ、やっぱネコちゃんはこれくらい大きい方がいいわよねえ~! ちょっと、モフらせなさいよ! ほれほれ! 本当に手触りもいいわねえ! こしょこしょこしょこしょ! どうだ! なにが紳士よ! 生意気ねえ! 女子高生のもふもふ攻撃を受けてみよ!」
『くはははははは! くははははははは!』
癖なのだが。
撫でられるとついつい、くはははは笑いをしてしまうのである。
シリアスな流れで、このすかし。
なんかこの人間。
どこか空気が懐かしいというか……。
……。
うーん。
魔王様のような悪戯をする娘である。




