猫魔獣の誘惑 ~エビフライの罠~前編
約束の時間。
砂漠のオアシスに築かれた市場の都でジャハルくんと待ち合わせをしていたのだが。
はて、その姿はどこにもみえない。
魔力を探るとこの辺りにいるのは間違いないのだが。
きょろきょろ探してみる。
炎の様に燃えるタイトドレスを身に纏い、赤毛の髪を結いあげた鋭い印象の美女が一人。
「ちょっとそこの君。人を探しているんだけど、聞いてもいいかな」
「なに他人行儀な声だしてるんすか」
美女の口から、なんか聞きなれた声がする。
あーなるほど。普段から男ぶってるけど、そういやジャハルくん、どっちかっていうと女性体に近い精霊だったね。
にゃふふふ、からかってやろう。
「もしかしてジャハルくん、女装趣味があるのかい?」
「精霊族に性別がないことを知ってて言ってやがりますよね。ケトスさま」
「はは、冗談だよ。で、なんでそんな恰好なんだい」
その姿はまるでパーティーに招かれた悪の女帝。
一国の王といってもいいほどの品格があった。
「一応国賓として招待されていますから、こういった正装じゃないと不味いでしょ」
「国賓? そういえば聞いていなかったけど、何で君、人間の魔導帝国なんかに招待されたんだい」
まあ私としては宮廷料理が味わえるので問題ないが。
疑問ではある。
「そりゃウチの国、人間とも交易有りますし」
「ウチの国?」
……。
しばらく間があって。
「アンタ、オレが精霊族の集まる一国を治めてる最強の精霊族だってこと完全に忘れてますよね。魔王軍幹部連中以外には一応、国の内外問わず陛下って呼ばれてるんですよ」
「そんなこと言ってたっけ?」
にゃーんと首を傾げてしまう。
ちょっと昔の記憶をさかのぼると。
「あーあー、たしかにそんなこと言ってた言ってた。君が人間ごときに召喚されちゃったときにいってたね」
「があああああああああああああああぁぁぁ、思い出せないでくださいよ! オレ、あのあとマジでへこんだんっすから!」
ああああああっと。
黒歴史を思い出したOLのごとく頭を掻いて喚いている。
まあそれほどあのバカ皇子が、人間としては優秀な部類の召喚術師だったということだろう。
「おーい、せっかくのセットが崩れとるぞー」
「あああ、これも爺やに怒られる! と、とにかく、今回のケトス様はあくまでもオレの護衛。仲間の獣人系猫魔族ってことになってますから、そこんところよろしく頼みますよ。で、ちゃんと常識とかマナーとか、そういうところを学んでください、いいっすね!」
「大丈夫、大船に乗ったつもりでいるといい」
胸を張って言ってやったのに、返ってきたのは不信の目。
「ケトスさまの大丈夫って一番不安なんすけど」
「まあ人間の常識を学ぶついでに晩餐会のごちそうをたらふくお召し上がりになればいいだけなんだろ? 楽勝だよ。なんの問題もないさ」
にゃはははは!
と、元気よく笑ったせいか、人型への変身がポンと解けてしまう。
ジト目が私のネコヒゲに突き刺さっている。
「マジで、本当に頼みますよ」
「おや、随分と真面目な貌だね」
「まあ、ここは魔導ショップが集まる国。精霊族のオレとしては色々と……思う所がありますからね」
魔道具ショップを見渡すジャハルくんは、少し、遠い目をしていた。
真面目な表情になると……瞳の焔がうっすらと揺らぐ。
本人は怒るかもしれないが、女性らしい高潔な色香が滲み出ているのだが。まあ本人も嫌がるし黙っておこう。
この国は精霊族にとっても曰くのある場所――か。
「なるほど、それで外交カードの切り札として私を連れてきたわけだ」
なにしろ、私。
ここ、一回滅ぼしてるからね。皇帝がその残された皇族の子孫となると私に対する畏怖を感じざるを得ないだろう。
「そうっすよ。半分はアンタに常識を教えるためですけど、こっちもボランティアじゃなくて対価を貰わなきゃってやつです」
「君のそういう所は嫌いじゃないよ、実に魔族的だ」
「まあ何事も無かったらアンタの正体はそのままただの護衛。なにか起こったら、アンタの名前でちょっと脅させてもらいますから」
何か事情があるのだろうか。
まあ猫の私には、そういうむつかしい事は分からないし。
とりあえず、御馳走さえ味わえたら、それでいいか。
「構わないよ、私だって魔王様の威を借りてる立場だしね。この国が再び魔族に仇をなすなら、サクサクっと滅ぼすだけさ」
だから気楽にそう言ったのに。
絶対に勝手に滅ぼさないでくださいと、ジャハルくんが目を尖らせた事はまあちょっとだけ覚えておこうと思う。
◇
月の光を反射するオアシスに浮かぶのは魔道具で作られた白亜の宮殿。
宮中晩餐会の会場。
比較的新しい国家ということもあり、種族間の差別も少ないのか、多種多様な種族を招いているのだろう。
人間、獣人、妖精、エルフ、それに珍しい所では樹人ドリアードの姿まで確認できる。
まあ、この世界で最も力ある集まりである魔族を呼ぶほどなのだ。種族ぐらいでどうこう揉めるほど心狭い国ではないようだ。
着飾ったジャハルくんの後ろに、正装姿に変身した私も続く。
きっと皆の目にはダンディハンサムな獣人紳士が、女帝に連れられ悠々と歩いているように見えるだろう。
宮殿へ続く道はさながらレッドカーペット。
五百年前に見たなあ、こんな海外セレブがあるく道。
この赤い絨毯、たぶん爪研いだら、気持ちいいだろうな。
ウズウズウズ。
尻尾がもっふぁもっふぁ揺れる。
そんな私を女帝に扮するジャハルくんが、青筋を立ててちらり。
「いいですかケトス様。アンタは常識を学びに?」
「来たんだろ。分かっているよ。さすがに私も絨毯で爪を研いでめっちゃめちゃにした後に、ぐるんと体に巻き付けてニャッハーと転がろうなんて思っていないさ」
「……そこまで考えてたんすね」
ともあれ。
私とジャハルくんが入り口まで着くと、扉を守る衛兵が槍を交差するように倒し道を塞ぐ。
ジャキン!
警備は厳重という事か。
まあそれ自体は悪い事ではない。
衛兵の一人が礼をしながら、事務的な声音で言った。
「失礼ですが招待状を拝見したいのですが」
槍の風圧で髪が乱れる。ジャハルくんは耳に垂れた髪を後ろに掻き上げながら、笑みを浮かべた。
妖艶な笑みというやつだろう。ぷぷぷ、笑える。
「ふむ、妾の貌を知らぬと申すか。まあ良い、これで良いか」
「こ、これは炎帝ジャハル様! し、失礼いたしました!」
「良い、人間であるそなたが妾の貌を知らぬとて仕方の無き事。そう硬くなるでない」
許しを与えるジャハルくんに対し。
衛兵は恐縮しまくっている。
これは縮図。
ジャハルくんの精霊国と真ガラリア魔導帝国の立場なのだろう。
「ご、ご無礼をどうか……どうか」
「良き戦士の貌が台無しではないか。だが次に逢うた時には覚えておることを祈っておるぞ。ではな」
カツカツカツと、ハイヒールの音が響く。
ポン!
もっきゅもっきゅもっきゅと私の肉球音が続く。
あまりにもおかしくて変身が解けていたのだ。
むろん、私は豹変したジャハルくんの澄まし女帝貌をじとーっとした目で見ていた。
「しかたないでしょう、オレ、じぶんのくにじゃ女帝ってことになってるんですから」
「なるほど、これが嫌で女性扱いされないようにしてたんだね、君」
だからあんなに他の魔帝にも女扱いするなといっていたのか。
「なんすか、その貌。なんなんすかそのしたり貌は」
おや。
これはなかなか照れた顔が面白い。
「別に、ちょっと普段と違ってかわいいなと思っただけだよ。レディジャハル」
「アンタがあの大魔帝ケトス様じゃなかったら今頃焼き魔獣ですからね。こんがりおいしく獣のエサっすからね。ていうか、早く獣人の姿に戻ってください! この国じゃ黒猫魔獣は不吉の象徴なんすから!」
ふむ。
私は魔力を纏い、素直に獣人紳士の姿へとその身を戻す。
ふ、さすが私。
ダンディ過ぎて淑女の皆さんの視線を簡単に奪ってしまう。
会場の入り口前につくと。
女帝お澄ましモードのジャハルくんが焔の鏡を生み出して、身だしなみを整えながら言った。
「精霊国の王としてすこし挨拶回りがありますから、ここを勝手に動かないでくださいね。会場内に入るのはオレと一緒にですよ」
「大丈夫、こどもじゃないんだから」
「そりゃ子供じゃないですけど、ケトス様。アンタかなり猫の本能に引っ張られる時あるんで……」
まあ確かに、一人で置いて行かれるのは私も不安だけど。
自分が何をするか、わからないという意味で。
「……くれぐれも頼みますからね」
ジャハルくんが去った後。
それはすぐにやってきた。
じゃれつきたいほどの豪華なヒラヒラドレスに身を包んだ淑女のみなさんが、わらわらと寄ってきたのである。
そしてその奥には、それをやっかむ様に睨む男どもの視線。
にゃふふふふ、これは。
ちょっと人間のオスどもをからかってやるか。
大魔帝の本気を見るがいい、そしてジャハルくんよ。
私を置いて行ってしまったことを後悔するがいいのじゃ!
にゃはははははは!
別に寂しいわけじゃないんだからな!




