エピローグ ~動く世界の大団円!~後編
宮廷を後にして、しばらく各地を散歩して。
お世話になった学食のおばちゃんや、南学園に残っている生徒。
そして――ふわふわオムライスさんに挨拶もして。
いよいよお別れなのだという実感が湧いてくる。
別れはいつも物悲しい。
ふぅ……と私は夕焼け色の空を見る。
憎悪の魔性。
以前の私ならば人間など助ける事はなかったのだろう――。
けれど、今回は救った。
私は――変わっているのだろうか。
魔王様はその変化をどう受け取ってくださるのだろう。
センチメンタルになってしまうのはきっと、この心のモヤモヤのせい。
そう。
少しだけ、寂しいのだ。
この世界で関わった人間達。
世界にどれだけ悲惨な出来事があったとしても、今の彼らの笑顔は美しく……今を生きている。
その眩しさが、すこし羨ましいのかもしれない。
まあ十年後にまた、ふわふわオムライスさんにも会えるだろうが……。
沈んでいく太陽の赤さが、まるでふわふわオムライスさんのケチャップのようで。
だから。
ふと黄昏てしまう。
太陽に手を伸ばす。
私のこの手は猫の手だ。
『ふわふわオムライスさん、最後にもう一度食べておこうかな』
喋る口は猫の口で。
猫の手の先でニョキニョキするのは猫の爪。
私は猫だ。
なのに。
人間の輝きと光が眩しくて堪らない。
『脆弱だからこそ。一瞬で消える命だからこそ――美しい、か』
沈む太陽を背に。
風に揺れる猫ヒゲを靡かせる私、かっこういいね?
ふっふっふ!
大魔帝ケトスこと素晴らしきニャンコな私の、ちょっとした憂いなのである。
実はこれ。
この世界に私の言葉と憂う姿を映像として残しているんだよね。
将来の優秀な魔術師が、過去視の魔術を使って私を調べた時。
この黄昏るニャンコが強制的に浮かんでくる、そういう仕掛けを用意したのである。
絵画にするなら、この黄昏るニャンコを描いて貰いたいんだよね~♪
さて、センチメンタルは終わり!
いざ、お腹の準備は万全だ!
と。
各地への挨拶のついでに購入したり貰ったりしたグルメを大事にしまった私は、送別会が行われる魔女のレストランに肉球を下ろしたのだ。
◇
並ぶ古今東西のご馳走!
世界のグルメがここに集結!
全ては救世主ケトスに捧げられし極上の贄!
くはははははははは!
そんなわけで!
宴は盛大に行われていた。
激務の筈だから先に挨拶を済ませておいたのに、金赤君も顔を出してくれたりもして。
追加のグルメも頂いた私はニコニコ。
金赤君は、この世界をよくして、なおかつグルメを発展させて待っていると私に強く約束をしてくれた。
この世界はともかく、グルメの発展はかなり嬉しい。
そう、答えると苦笑していたが……ちゃんともう一度、背にあった神の呪いの件で私に礼を言いたかった。
それが本題だったようである。
そうそう!
金赤女帝くんの後に聖女マイル君御一行とも挨拶をしたのだが。
別れの会話はほどほどだった。
だって。
今のマイル君……たぶん次元渡り、というか異世界移動を単独で行えるだろうからね。
ヴァルスくんとウォールスくんを引き連れて、今度遊びに来るらしいのだ。
だから。
彼等とはそんなに長い別れじゃない。
しかし、あの三人で行動するのはいいけど。
武人気質のウォールスくんの胃袋、溶けないといいが……と、ちょっと心配になってしまう。
ま、ハザマ君も一緒に行動するなら平気かな?
未来を見ようと猫の魔眼のピントを変えてみると……。
あれ。
なんか……ハザマ君とウォールスくんがイイ感じの関係に……なっている気も……。
あー、そういや。
前にハザマ君の未来の相手を覗いた時はまともな出会いがなかったけど、あの時点ではまだ、ウォールスくんも滅ぶ運命だったからなあ……。
ウォールスくんの生存で、未来に変化が起こったのか。
ま、繰り返しになってしまうが――私の未来視は完璧じゃない。
彼らが、その……そういう関係になって子供を作るかどうかはまだ分からないけどね。
これは十年後の楽しみとして口にしないでおこう。
ともあれ、近々に再会できるマイル君一行への挨拶は終わり。
今の私は生徒達の輪に囲まれていた。
直接教えを授けた、私の生徒達に見送られているのである。
キノコの椅子がファンシーなレストランと、南の学園とは魔術門で繋がっていて――。
私に別れを告げに来る生徒の、多いこと多いこと。
ニャンコ、大人気である!
『くははははははは! 良いぞ、良い! 我こそがケトス! 我こそが魔王陛下の愛猫! 我にもっとグルメを貢ぐのである!』
ビシ!
ズバ――!
超かっこういいポーズも大成功!
マタタビ酒をうにゅっと傾けて、ドヤァァァァ!
キノコ椅子の上で、どでーんと座る私もイイ感じである!
ちなみに。
私の正体が異界の魔猫だとちゃんと伝えた際に、私は生徒達一人一人とちゃんと対話をした。
むろん、一応騙していた訳になるからその謝罪。
それとだ。
クククク、くふふふふふふ、クハハハハハハハハハ!
実は! さりげなく魔王様の事も伝えて!
信仰心を植え付けてあるんだけど!
別に問題ないよね!
人間の信仰心は力となる。
彼等の感謝は私を通して、魔王様の力ともなるのだ!
世界を救ったんだから、これくらいの仕込みはさせて貰ってもいいだろう。
と。
私は都合よく考えていたのだが。
その辺も理解した上で、生徒は笑ってくれているようだ。
んーみゅ。
これ、私、自惚れでもなんでもなく――かなり慕われてしまっているのではないだろうか。
まあ、超一流の教師で。
世界を救った翳ある美貌の神父壮年で。
その正体は麗しいニャンコなんだから――慕われるのも当然か。
なんたって私、魔王様一番の部下だからね!
生徒達と話して食べて、飲んで、歌ってどんちゃん騒ぎが続き。
しばらくたって。
私はくわぁぁぁぁぁっと大きく欠伸をして、キノコの椅子からちょこんと降りる。
教師としての私が動き出したのだ。
とてとてとて。
『どうしたんだい、ミシェイル君。今日はいつもの元気がないね』
大声担当!
体育会系のミシェイル君が、肩を落として残念そうな顔をしていたので。
うん。
どうも気になってしまったのである。
しゅんと、声を小さくして彼は言う。
「先生……っ、先生はこの世界には残って下さらないんでしょうか!」
『前にも説明しただろう。私は憎悪の魔性で大魔族。ただの異邦人ならこうやって世界を救う事もあるだろうが、長く滞在するとなると……必ずや禍を引き寄せる。私も一度救った世界を、自らのせいで壊したいとは思わないからね』
そう。
はっきりと言って自慢になってしまうが、私は――強大すぎるのである。
確定された未来すらも肉球で吹き飛ばす私の行動は、たった一つでも大きな一歩。世界の運命を簡単に反転してしまう可能性すらある。
だから。
苦笑して、私は教師の声で言う。
『引き留めてくれるのは、嬉しいけれどね。最後の別れになるわけじゃない。って、泣いているのかい!? 君!』
「泣いてなどいません――いえ! 分かってはいるのです! 分かっては! けれど、先生が帰られてしまうと、寂しくなります!」
大声で号泣する彼とは裏腹に。
その後ろでジュースを啜っていたフローラ君がぼそり。
「まあ……十年後、約束の日に、先生は帰ってくるから。その時に、また、会える……し」
『そういうこと。まあ大いなる導きの裁定次第では、楽しく再会、なーんてできないかもしれないけれどね。頑張りたまえよ?』
ぼそぼそボイスの姫騎士フローラ君は案外、前向きな顔をして。
私の肉球をニギニギ。
「分かってる……、先生、ほんとうに、ありがとう。それと、すごく、楽しかった……先生も、すこしは、たのしかった?」
『ああ、もちろんさ。グルメを巡りながらの散歩も楽しかったし……十年後、どんな成長をしているのか楽しみだよ』
もし世界が壊れちゃうなら、魔王軍の戦力として連れ帰るし。
実際、生徒の成長は結構気になるんだよね。
「それで、その……金赤様の、新設騎士団に……、二人とも、入ってるはずだから。約束の日に、時間があったら……お会いできたら、その……嬉しいです」
ハザマ君が返事を渋っている新設組織のことだろう。
『そういえば、君達は入団が決まっているのか。今回の事件で世界は混乱しているからね、進路が決まっているのは良い事だ、おめでとう。金赤君はとてもいい子だ、二人とも、ちゃんと支えてあげてくれると助かるよ』
「はい! なにしろオレ達には先生の! 救世主の教え子の肩書がありますからね! あなたの名に恥じぬ働きはしてみせますよ!」
涙を拭い――元気に笑うミシェイル君だが、やはりどこか寂しそうな顔をしている。
まあ空元気も元気の内か。
姫騎士フローラ君も、ちょっとズズっと鼻を啜っている。
こういう時、教師である私も泣くと絵になるのだろうが。
私は猫だからね。
泣こうと思っても、ニャーと鳴くことしかできない。
それが、すこし寂しい。
寂しく思う私を見て、彼等も少し心を動かしているのだろう。
後ろで見ている生徒達も、涙ぐみ始めていた。
『どうやら、君達は教師である私を慕ってくれているようだね』
「無論です!」
『ありがとう。けれど――いいかい、これが君達への最後の教えだ。この教師としての私はあくまでも無数に存在する私の一面でしかない。君達に教えた魔術も武術も本物だけど、私自身はそうじゃないのさ。教師として教壇に立った私は、偽物だらけ。君達が知らない所で、非道な事も数多く行っている。外道と呼ぶものも多いだろう。表面だけで、あまり異界のモノを信用しない方がいい。特に人間に化けている魔族にはね――頭に入れておきなさい』
言葉を受けて――。
ぎゅっと唇を強く結んだのはフローラ君。
「それでも……っ、先生はっ、魔術師として、先生として、尊敬していますから! 他の世界で、どうなのかは……正直、わかりませんが。この世界での先生は――英雄です!」
私の猫手を握る手を震わせて、大きな声を上げたのだ。
ぼそぼそばかりだったのに。
意を決してくれたのだろう。
別れに泣く二人とは違い。
その奥からカツカツと歩いてくるお嬢様は気丈にふふん!
「ほほほほほほほほほほほほ! 当然ですわ! ケトス様はこの世界の英雄! そしてケトス様の一番弟子であるアタシの英雄! いつの日か、このエリカも、後の歴史に名を残すことになるでしょう! なにしろ、先生の弟子なのですから!」
扇をバッサバッサ!
優雅に登場したのは、おそらく生徒の中では一番成長しただろう女性。
エリカお嬢様である。
不死鳥の同時召喚ができて、状況判断能力にも優れていて、そして近接戦闘も可能。
たぶん。
この世界では、ある程度以上に無双できる実力者に成長したはずだ。
まだ幼さの残る乙女の顔を見上げて、ニャハっと私は猫笑い。
『君は相変わらず元気だね』
「お二方とは違い、アタシは昨日先に泣いておきましたから。まったく、ミシェイルさんもフローラさんも心構えが足りないんじゃなくって?」
たしかに。
化粧でだいぶ隠せているが、その目尻にはうっすらと泣いた跡が滲んでいる。
たぶん。
けっこう泣いてくれたのだろう。
その辺りには触れず、私は言う。
『エリカくんは金赤君の騎士団には入らないんだね。私はてっきり君も参加するものだと思っていたんだけど』
「お話は来たのですが――やりたいことができましたので、お断りさせていただきましたわ」
『おや、進路が決まっているのかい。それは良い事だ。君ほどの力のあるモノがどう進むか、何をするつもりなのか興味がある。聞いてもいいかな?』
問う私の瞳をじっと見て、少女は悪戯そうな顔を作る。
「ふふふふ、内緒ですわ」
言って、手を後ろに回して。
エリカ君は花の笑みを作って私にニッコリ。
「再会するまでの秘密。十年後、先生とお会いできた時に答えが分かるのです。それもロマンティックではありませんか?」
『なるほど。私も君の進路が気になるからね、十年後の約束を忘れずに済みそうだ。君は本当に頭が良いね』
約束の日を忘れるはずない。
冗談だと受け取った生徒達はそんな顔で笑っているが――。
目の前の三人はヒソヒソヒソと集まり。
ジト目をして。
じぃぃぃっぃぃぃぃ。
ミシェイルくんとフローラくん、そしてエリカ君は分かっていたのだろう。
これ、マジで言ってるな……と。
「大人になったアタシを楽しみにしていてください。ケトス様。あなたが連れ帰りたくなるような淑女になっていると約束いたしますわ」
『おや、それは楽しみだ』
「本当に、楽しみです……っ」
微笑むエリカ君の瞳は、少し濡れている。
涙を拭って――。
成長した乙女は微笑む。
「あら、ふふふ。駄目ですわね。昨日、先に一杯泣いておいたのに――そうだ、先生。これ、受け取ってくれますか?」
泣き顔を誤魔化すように言って、エリカ君は扇をバサリ。
翳した先に生まれる魔法陣から顕現したのは――。
大量のアイテムボックスだ。
『これは?』
「先生への贈り物。世界各地のグルメのレシピを記入した魔導書と書物ですわ。この世界のみで伝わる調理スキルの秘蔵書もありますから、きっと――お役に立つと思います」
猫の魔眼で鑑定の魔術を発動すると――。
おー、たしかに大量の料理スキルの書物が確認できる。
きっと、私のために集めてくれたのだろう。
『君は本当に優秀だね』
「先生の生徒ですから」
その言葉を受けた私は耳をぴょこん。
猫の微笑を浮かべて――姿を神父教師モードに変身させ。
朗々と告げる。
『若者たちよ! 生徒達よ! 私の教えを受け取った君達は、私の教え子といえるだろう! しかし敢えて言おう、我が弟子たちと! 願わくは、一人も欠ける事のない再会を私は望む! 君達の十年後を楽しみにしているよ!』
聖者ケトスの書を開き、彼等に祝福を送った。
◇
レストランでの送別会が終わり――私は大魔女の森へと顕現していた。
碑文図書館の魔王様の日記を回収したのである。
これで本当にお別れ。
ここにいるのは大魔女とマダムサンディのみ。
大いなる導きは先に亜空間で待っている。
もう十分。
大魔女とは話ができたようだった。
主神の娘でもある大魔女が――パイプステッキで鑑定の魔術を使い、周囲を見渡し。
「魔王陛下に関連する碑文は、これで全部じゃな――」
「ええ、先生。ワタクシの方でも確認しましたが、間違いありません」
大魔女の弟子でもあるマダムサンディが、ルビーの杖を輝かせ。
きぃぃぃん。
更に魔導書を翳し、チェックしながら応じる。
『二人ともありがとうね。いやあ、私、こういう細かいチェックって苦手なんだよね~』
ジュースをちゅーちゅーストローで吸いながら、モフ毛をふわふわさせる私。
かわいいね?
「構いませんよ、ケトス先生。っと、もう先生とお呼びするのは失礼かもしれませんね――あなたはこの世界の救世主なのですから」
『別にいいよマダム。君にも世話になったね。そうそう――ちょっといいかな』
言って私は、一冊の魔導書を顕現させて彼女の前に浮かべてやる。
「これは……?」
『あげるよ――君への選別さ。君が力を借りている炎の大精霊。炎帝ジャハルの力と在り方をより深く示した真なる魔導書だよ。それを使いこなせるようになれば、まあ、人間としては十分な能力を発揮できるだろうさ。主神に作られし魂の延命さえできるほどにね』
もし彼女がこの書を使いこなせるようになれば。
大魔女の残り僅かな命も、人間並みの寿命まで伸ばすことができる。
私の意図を理解しただろう大魔女が、マダムサンディの顔を見て。
「なんと、それは――すごいことであるが……」
「ええ。とても、ありがたいのではありますが……えーと、ケトス先生? このような伝説級の魔導書、本当に頂いてしまってもよろしいのですか?」
困惑するマダムに私は、頬をポリポリと苦笑する。
『あー……なんというか、何の因果か偶然かジャハル君は私の部下なんだよね。君の力を借りている人間が異世界にもいるんだって言ったら、ドヤ顔を誤魔化しながら作ってくれたんだよ。最近になって力をつけてきた精霊族だし……異世界にまで自分の名が伝わっていて、嬉しかったんだろうね。だから、使ってあげてくれるとこちらも助かる』
聞いていた大魔女が「伝説の大精霊すらも部下じゃと……」と、頭を抱えているが。
ともあれ。
師である大魔女の命を長くできるのなら、断る理由などないのだろう。
「そういうことでしたら――遠慮なく。教師である前に……ワタクシも魔女で魔導士ですから……知識への探求心は人一倍強いのです。大事にさせていただきますわ」
頭を下げて、礼を述べ。
受け取ったマダムサンディが微笑みながら、赤い髪を靡かせる。
古き老獪というにはまだまだ先。
けれど熟練の腕に達する魔女。
その瞳には、かわいいニャンコが映っている筈だ。
「ふふ、それにしても――まさかマイル先生が連れてきたあの黒猫ちゃんが、世界を救ってしまうとは……運命というモノは本当に、なにがあるか分かりませんわね」
『君がブリ照りの作り方を教えていなかったら、この世界は今頃どうなっていたんだろうね』
たぶん。
滅びの道を歩んでいたのだとは思う。
「そういえば――異界にいたあなたが、ブリ照りを食べたいと思ってくれたことも……召喚のきっかけだったのでしたね。ブリが世界を救ってしまったわけなのですから――この世界ではブリ照りにアイテム進化現象が起き、聖なるグルメとなる可能性もあるのでしょうね」
頬におっとりと手を当てたマダムは冗談のように言っているけど――。
んー。
マジでそういう進化現象が起きるかもしれないんだよね。
世界を救うきっかけになったアイテムの変化現象を、私も直接確認したことがあるし。
ブリが神聖アイテムに出世するわけである。
葡萄酒が祝福によって神酒になり回復効果を持ったりするわけだし、ブリ照りが上位回復アイテムになる可能性もあったりするので。
まあ、けっこう馬鹿にできないのだ。
『ちょっと興味があるから――もし進化現象を確認できたら、その書を通じて連絡をしておくれ』
「ご恩に報いるためにも、必ず――」
紅蓮のローブの裾を優雅に、優美に、そっと摘まんであげてみせるマダム。
魔女の森で魔女が二人。
さらにニャンコもいるのだ。
これも、きっと絵になる光景だろう。
魔女の胸で輝く形見のブローチが、ジャハル君の魔導書の魔力に反応したのだろうか――私に礼をするように淡い輝きを放っていた。
別れを述べるように、大魔女が告げる。
「ケトス殿。こちらの世界でやり残したことはないかな?」
『大丈夫だよ。グルメもばっちり回収できたし、別れの挨拶も終わっている』
「そうか――ならば本当にお別れじゃな」
私の言葉にうなずき。
名もなき大魔女は霧を纏う。
「ありがとう、異界の魔猫。我らが救世主よ――」
妖艶な大魔女としての姿になって、パイプステッキから煙を流し――ふぅ。
別れを噛み締めるように、微笑んで。
大きな煙を空に浮かべたのだ。
そこには感謝を告げる言葉が、煙の文字となって浮かんでいた。
彼女なりの演出、というやつだろう。
「そういえば――学長といったか、あのかつて魔物のボスであった男とは挨拶しなくてもよいのかえ? あの男、しばらく姿を見せぬが」
『あれ? 言ってなかったっけ。ヒトガタ君は先に私の世界に転移してるよ?』
「いや、聞いてないぞ?」
大魔女が知らないと言っているので、弟子で魔女であるマダムサンディをちらり。
『この世界の魔物は全員まとめて、私の世界で引き取ることになってるんだけど?』
「き、聞いていないのですが?」
大魔女もマダムも、困惑中。
目を点にしている二人の前で、私は目線を逸らして――にゃははは……。
『あー、そういえば……私が伝えておくってヒトガタ君に言ったけど……グルメ回収に浮かれてて、君達に伝えるの、忘れてた……かも』
またですか。
そう言いたげな。
魔女たちの視線が、ちょっぴし痛い。
フォローするように大魔女が妖艶に煙を吹きだし、ふふふと笑む。
「まあ、敵意も目標もなくしてしまったこの世界の魔物達。彼等が目的もなくこのままこの世界にいても、憐れな運命を辿る可能性も高いでな。そちらの世界で暮らすのもまた、天命やもしれぬ。しかし、この世界全ての生き残った魔物を引き取ると簡単に言うとるが、本当に大丈夫なのであろうな?」
『大丈夫、大丈夫。ヒトガタ君をリーダーとした魔王軍の部隊が一つ増えるだけだし。既に専用空間も増設済みだし。準備万端さ!』
抜かりないのである!
そう、ネコのお手々で器用にブイサインを作ってやったのだが。
「ならばよいのであるが――分かっておるとは思うが一応言うておくぞ? おぬし、一つの世界の闇の眷属を全て配下として連れ帰るわけだからな? そちらの世界への影響は、たぶんかなりあると思うぞ?」
あー、よく考えたら。
結構な規模の戦力増強になるわけか。
私に忠誠を誓っているヒトガタ君は、役に立とうとやる気満々だし。
あれ?
これ――もしかして、大いなる光とかレイヴァンお兄さんに事前に連絡しておかないと不味かったのかな……。
それに、大いなる導きを一時的に連れ帰るって連絡も……私、して、ないよね?
肉球に浮かぶ汗を誤魔化すように、チペチペチペ。
耳が後ろに、うにょーんと垂れて。
モフモフしっぽが、やっべぇ……と、左右に揺れる。
が。
……。
まあ、いいや。
主神と闇の眷属の引っ越しなんて、よくある話だろうし。
魔王様の戦力が増えるのは良い事だし。
私ネコだし。
うん、ジャハル君もサバス君も、レイヴァンお兄さんも大いなる光もなんだかんだで私に甘いし。
お腹を見せて、転がって――伝え忘れてごめんにゃさい♪
ぶにゃん!
ってすれば、一発でオーケーだよね。
『まあ、なんとかなるさ。世界を救うよりは簡単だよ』
笑う私に、魔女たちも笑う。
これでお別れだ。
けれど悲しい別れじゃない。
身体を浮かべた私は、大魔女の森から世界を見た。
約束の日には。
きっと。
美味しいグルメで迎えてくれるだろうと期待して――。
『じゃあね、落ち着いたら私の世界にも遊びに来ておくれ。君達ならば魔王軍にも歓迎だ。いつでもこの世界を捨てて来てくれてもいいよ』
なんて冗談を残しつつ。
私の姿は闇へと消えた。
魔女たちは、消えた私の影を眺めていた。
いつまでも。
いつまでも……。
第十二章。
ねこちゃん異世界召喚される ~滅びのブリは出世魚~編 ~終~
▽▽▽
▽▽
▽
そんなわけで!
私は今回の事件の被害者で主犯で黒幕ともいえる主神――大いなる導き。
そして。
魔物として生を受けた中ボス――。
ヒトガタ君こと、学長で千の魔導書を操るサウザンド。
その他大勢!
主神と、世界一つ分の魔物をぜーんぶ受け入れた私は、ぶにゃん!
無事世界を救って勝利のポーズ!
お土産を沢山持って、ドヤ顔で魔王城に帰還したのであった!
のだが。
うーむ、盛大に出迎えられたまでは、よかったんだよ――うん。
問題はその後。
大戦力を突如として連れ帰ってドヤる私を襲ったのは、悲劇。
大いなる光は、突然の再会と魔物軍団に立ち眩みを起こし。
レイヴァンお兄さんは、俺様は知らねえとそそくさ、翼を広げて闇へと溶けて。
ジャハル君が頭を抱えて、サバスくんが膝から崩れ落ちた。
ああ、まあ。
ここまでも良かったんだよ。良くないけど。
問題だったのは、あの二人。
頭にびっしりと怒りマークを浮かべたロックウェル卿とホワイトハウルに、かなりマジな説教をされた件については――うん。
また別のお話なのである。
えー!
魔王様の戦力がまた大幅強化されるんだから。
いいじゃん……ねえ?
―おわり―




