王都襲撃 ~怒れるネコの肉球にある罪人~ その3
世界は彼女の帰還に動揺していた。
震えていた。
きっと、もう二度と戻る事はないと思っていたのだろう。
しかし。
違った。
黒く染まっていた空は蘇った。
直視する事さえ躊躇してしまう程の後光が、天を満たしている。
輝きに満ちているのだ。
天の光を放つのは――息を呑むほどに美しい天女のような女性。
芸術と音楽を愛する、心優しき女神。
かつて楽園に在ったモノ。
彼の者の名は――大いなる導き。
彼女は一人。
玉座の間の上空で、浮かんでいる。
願うように瞳を閉じて、祈るように両手を握っている。
女の瞳からは一筋の涙が流れていた。
長い睫毛が大粒の涙を吸い、美しく艶やかに輝いていたのだ。
召喚されたばかりでまだ意識が安定していないのだろう。
少し魔力を供給するように、大魔帝ケトスとよばれし偉大なる大魔術師ニャンコな私は肉球をぱちん♪
覚醒した女神は告げる。
地上に住むすべての民に告げるように、その口を開いたのだ。
「ああ、懐かしき地。かつてわたくしの愛した世界。今ひとたびこの地に降臨し、人の子らと再会できようとは――巡る因果の導きとは、複雑なモノなのでしょうね」
両手を広げる――それだけで神の加護が世界に広がる。
人々は見た。
かつてこの地を支え、導いていた主神の尊顔を。
そう。
私は漂い呪いを振りまく主神――大いなる導きを、形ある存在として蘇生顕現させたのである。
大魔女が膝から崩れて、まともに顔色を変えて唇を震わせる。
「うそ……であろう、この方は――母様……?」
「こちらの神々しい御方が、我等の世界の母。大いなる……導き、さま……、だというのか」
この国を治める王族。
聖痕によって選ばれ導かれた女性、金赤女帝さんがごくりと息を呑んでいた。
その背に刻まれた聖痕が、母なる神の力に反応しているのだろう。
淡い光に包まれ始めている。
「ああ、間違いない。この光。この魔力。母様じゃ、大いなる導き――我らの母。おぬしら人間に殺され素材とされた我が神、よもや、残り僅かな魂で今一度この光を見る事ができようとは」
大魔女の頬に、一筋の光が走る。
やはり。
彼女は人間だ。
嫌いと言っていたくせに、心は複雑なのだろう。母ともいえる存在が人間に殺され滅んでいた――そこに想う所もあったのだろう。
かつて神を直接、目にしたことのある大魔女の言葉。
その証言。
騎士団も。軍も、護衛隊も貴族も王族も。
ギルドも教会も――この光景を目にする誰しもが、神の降臨を疑う事はなかっただろう。
目の前に降臨した彼女こそが。
紛れもなく、大いなる導きであると。
それほどの威光を、女神は持ち合わせていたのである。
まあ、私の方がモフモフで可愛いんですけどね。
呆然と神を仰ぐ人間。
そのショック状態を起こすように、モフ毛を輝かせた私は朗々と告げる。
『どーだ! どーだ! 愚かなる人間どもよ、我の力に畏れ慄き平伏したか! ぶぶぶ、ぶにゃーっははははははは! やーい! やーい! なんだっけ? 罪は罪てきな? さっきの言葉、君達の罪によってほろぼされた神を前にして同じことを言えるかな!? ん? ん? どうにゃんだい?』
ビシッと人間どもを肉球で指差し、尻尾をぼっふぁーのピンピン!
『さあ、大いなる導きよ! かつて主神だったモノよ! 人間達を許す必要はどうやらにゃいらしい! 君の好きにすればいいのニャ! なーんて、ニャ! 不用意に動くでないぞ脆弱なる人間よ! 女神は我が魔力によって召喚されし神、その支配権は我にある! 我が本気になれば、神の威光を悪用する事すらできるのであるからニャ!』
勝ち誇った笑みを浮かべて、玉座の上で――勝利の猫ダンス!
ぴょん!
ぴょんぴょん!
くはははははははははははははは!
魔王様風ボイスで悪の幹部然としたまま告げてやったのである。
あー!
気分がいい!
当然、演出だし。
本当に女神に人間を滅ぼさせるつもりは、まだ、あまりないのであるが。
この呼び出された女神は本物。
正真正銘の、かつて主神であった大きな力を持った女神である。
皆は言葉を失っている。
それもそうだろう!
なんたってそんじょそこらの芸当とはわけが違う、主神の蘇生召喚なのだ!
いやあ、なかなかに準備が大変だったが。
私なら、できちゃうんだよね~!
だって、私は大魔帝ケトス。魔王様の愛猫だからね!
ブブブ、ブニャーッハッハッハハ!
まあ笑ってはいたものの。
ふぅ……と私は息を吐き、ゆったりと瞬きをする。
滅ぼされた神の再臨。
それは確かに偉業だろう。
しかし――神は呪いという形で魂の残滓を漂わせていたし、神の聖遺物が不老不死の実験体として遺されていた。
私はその軌跡と導きを辿っただけに過ぎない。
何の目印もない状態の力弱き人間を蘇生させるよりは、よっぽど簡単なのである。
力が大きければ大きいほど、その形を辿りやすいわけなのだから。
命というモノは、平等ではないのだろう。
なかなか皮肉な話ではあるが。
ふふん、とドヤ顔をする私の背後や横。
黒マナティ以外の私の隊列に加わっていた者達も、ぐぎぎぎぎぎぎ。
ドン引きした様子で。
首をまるで機械のように曲げ――私を凝視。
レイドモンスターと呼ばれる、力ある魔物達ヘカトンケイルやヘルズカロンも……えぇ……なに、この魔猫って顔をして、引いてるし。
ヒトガタ君が説得してきた英雄たちの亡霊も、本物の女神を見上げて困惑中。
わりとイエスマンのヒトガタ君もこっちを見て、頬をポリポリ。
はて。
なんだろう。
今の所、私の計画通りに話が進んでいるのだが――。
……。
あ。
あぁあああああああああああああああぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁあ!
そういや――私。
流れ次第で、この場で大いなる導きを蘇生させるって話……。
皆に……説明してなかった気がする。
……。
ま、いいか。
ともあれ!
前置きが長くなってしまったが――。
主神の蘇生を成功させた私はモフ毛を靡かせ、女神を見上げる。
『おーい、大いなる導きー! なんか言って欲しいんだけどー! 私を讃えて、誉めて欲しいんですけど―!』
返事を待っているのだが。
……。
なーんか、電波が遠い通信機器みたいになってるな。
「あぁ……なんと懐かしき魔力、なんとなつかしき導き……そう、ですか。憎悪の海の中で漂っていたわたくしを召喚できるほどの……あなたはいったい……。きっと素敵な殿方に違いないでしょう」
微笑む女神は玉座でドヤる私を見下ろし……。
……。
なぜか目線を参列する私の部下達に移して……該当者が見つからずに沈黙。
固まったまま。
キョロキョロキョロ。
仕方ないから玉座を魔力で浮かべて、分かりやすい位置に移動してやる。
『こっちだよ! こっち! 私! 私だよー!』
「わ……わたくしを召喚できるほどの……存在はいったい……。きっと素敵で偉大な召喚士に違いないでしょう」
なぜか、セリフを言いなおして。
汗をびっしょり女神様。
今度は人間達の方に目線をやり――召喚主を探している。
該当者が見つからず、また闇の眷属サイドに目線を戻し。
女神は言う。
「えーと。すみません。ちょっとお聞きしたいのですが。そうですね――そちらの……サメのような歯をなさっている方。わたくしを深い憎悪の淵から引き上げてくださったのは……いったい、どちら様で?」
いや、ここにいるんですけど。
目の前でモフ毛を靡かせて褒められ待ちしてるんですけど?
召喚主と召喚された存在は魔力による繋がりがある。ちゃんと理解している筈なのだが。
はて。
威圧感のある女神の御言葉にも動じず。
指名されたヴァルス君が、くわっと口を開いて――ギロリ!
女神の尊顔をビシビシと指差し叫ぶ。
「ああああああああああああああああああああああああぁぁああぁぁぁぁ! やっぱり、てめえ! マジでいつも夢にでてきた、クソ女神じゃねえか!」
しばし、間があり。
ポンと手を叩き、女神が満面の笑みを浮かべる。
「まあ! あなた! ヴァルスくんね! ふふふふ、そう――あなたがわたくしを蘇らせてくれたのかしら。そうですね! それならば、女神の威光も保たれましょう……。あー、良かった。いいわ、そう――あなたなのね。もう何百年も一緒にいたんですもの。なら、わたくしとあなたの願いの通り、祈りの通り……世界を、一緒に、滅ぼしましょうか」
告げる女神の指先に、ホタルのような僅かな光が凝縮されていく。
温かい光であるが――属性は即死。
キィィィィイイイイィィィィィィン!
神聖なる破壊のエネルギーが膨らんでいく。
ざわ!
息を呑んで様子を見守っていた人間達が、ざわめく。
『ふむ、召喚されておいて――私の意思とは別に行動するか。腐っても主神だね』
言って。
瞬時に私は肉球をぱちん!
鳴らした先から生まれたのは、濃縮された十重の魔法陣と大いなる光の力を借りた祝福の合わせ技――玉座の間全体に絶対防御の祝福を展開したのである。
「これは、懐かしき楽園の者――大いなる光の力?」
『そういうことだよ、お嬢さん。ちょっと話を聞いてくれないかな?』
猫目石の魔杖の先端に生んだ暗黒球で、光を全て呑み込んでいく。
大いなる導きの神性即死攻撃を全て引き付け吸収。
レジストしたのだ。
『さすがは一度滅んでも神は神。その力は私ほどではないが、人間の理解の及ぶ領域を逸脱しているね。金赤君――部下たちを失いたくないのなら人間達にちゃんと伝えておくれ、死にたくなかったら今度こそ本当に動かないことだ。私とは違い、女神は女性神――彼女らは時に、猫である私よりも気まぐれだろうからね』
「わ、我等を――ま、守ってくださるのですか?」
ギルドの聖職者が私に守られていると察したのだろう。
驚いた様子で唇を震わせている。
『話し合いの最中だからね。あくまでも今の所さ』
必殺!
自分で召喚して危機的状況にしておいて、自分で手を差し伸べる!
ネコちゃんマッチポンプである!
実際、結構効果あるんだよねこれ。
外道とは言うなかれ、守ってやらなければ死んでしまうのも確かなのだ。
それにだ。
人間達は知っているのだ。
かつて女神を滅ぼしてしまった、自らの種の過ちを。
その後ろめたさが、確実にあるからね。
女神に滅ぼされてしまう可能性がある、それは目の前に見える形での恐怖となっているのだ。
力ある存在である私の力を見て。
ようやく意識をハッキリと覚醒させはじめたのだろう。
「わたくしの力を、更に上回る力で妨害干渉? あなた……いったい」
まともに瞳を開いた女神が視界に入れるのは――。
玉座の上。
ドヤりながら紅茶を啜る私である!
「なんなのですか、この猫魔獣。いえ、人間? もっと邪悪な……っ、いずれにせよ――最盛期のわたくしよりも遥かに強い……っ」
『おや――さすがはかつての主神。どこかの愚かな人間達と違って、実力の差ってものを弁えてくれているみたいだね』
鑑定の魔術を瞳に浮かべ、女神は穏やかな笑みをもって告げる。
「あなたは、全ての情報が逸脱しているのですね。ステータスも、その在り方も。この世にあっていい領域の存在ではないでしょうに――って、本当に……なにこの子、うわ、憎悪の魔性としての魔力を三乗分も引き出せるのですね。うわ、ひくわー……」
ちょっと。
いや――だいぶ引き気味に言う女神に、ヴァルス君が応じる。
「バーカ! 糞女神、これで分かっただろう! てめえを降臨させたのは俺様じゃねえよ。そこにいる可愛いモフモフ大魔帝様だ。ちゃんと礼をしとけよ、礼を! 分かったか! 糞女神!」
「えーと、それでは……やはり……わたくしを起こしてくださったのは――この、ネコちゃん……なのですね。そう、ですか。猫魔獣に召喚……――わたくし、これでも本当の主神だったのですが。まさかネコちゃんに再召喚されるとは」
主神だった。
既に過去形である。
すぅ……と人間と闇の眷属の間に舞い降りて。
女神は周囲を観察する。
天女の羽衣に似た魔道具を顕現させた彼女は、世界を眺めるように――遠くを見ながらゆったりと装備。
現在の状況と、本当に私に召喚されたことを確認したのだろう。
踊り子のような仕草で、艶やかに私に礼をしてみせる。
「あの虚ろなる死の世界から引き上げてくれたことを感謝します。大魔帝ケトス。異世界の魔獣。憎悪の魔性――あの方の、弟子よ」
『君、魔王様を知っているんだね』
空気が変わる。
ああ、そうか。
もしかしたら――この女神もあの楽園で。
魔王様の追放に加担した存在の可能性もあるわけか。
ああ、そうか。
そう、だね。
ザザザ、ザァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァッァア!
ぞっ――!
闇の眷属達も、人間も――明らかに魂を震わせ、ごくりと息を呑むことすらできずに縮こまってしまった。
皆が皆、下を向いている。
重力に縫い付けられるように、床に伏して床を見る。
荒ぶる私の魔力に、圧迫されているのだ。
私は今、この世界に干渉し――この世界の事情に合わせて動いていた。
それが暇つぶしでもあり、戯れの人助けでもあり――グルメを求める旅の一つでもあった。
それでも。
戯れは戯れ。
想う所や同情や義憤はあっても――本気となって動くほどに、私の心を動かしてはいなかった。
けれど。
魔王様の事となれば話は別。
私の姿は猫と人と魔。
全てが合わさった全盛期の姿へと変貌していた。
瘴気が周囲をギラギラと揺らす。
殺意すら孕んだ闇の霧が、包む。
いつもの演出ではなく、本物の殺戮の霧だ。
憎悪の証である赤き瞳を輝かせ。
私の咢は告げた。
『楽園の住人よ。かつて我が君を堕とし辱めた、愚かなる世界の民よ。心して答えよ、嘘偽りなく答えよ。我は貴様に問おう――』
闇の中。
世界を揺らすように、牙が蠢く。
『女神よ、貴様はあの方の敵か?』
口を開いた。
それだけで世界が軋む。
おそらく。
返答次第でこの世界は一瞬で――。
消える。
それがこの場にいる全員の共通認識なのだろう。
なによりも私が優先するもの。
何よりも尊ぶ者。
魔王様。
魔王様に関することは全てにおいて――優先される。世界もそうするべきなのだと、感じていた。実際、そうするべきであろう。魔王様の事なのだから、当然だ。もしそうしない、できない者がいるとするならば、それはとても憐れな存在だ。
あの方の尊さが分からない者は、憐れ。
憐れ。憐れ。
一秒でも。
一瞬でも早く、滅ぼしてやるのが――その者のためともなろう。
あの方こそが唯一の光。
輝き。
導き。
主神の再臨に運命を動かす世界など、関係ない。
積み上げた歯車など、どうでもいい。
あの方以外の全ては、些事。
あの方の前においては、魂も命も矜持も――全てが無。
涅槃寂静の一粒よりも小さき事象。
私だけはどのようなことがあろうとも、あの方の味方であり続ける。
あの方の全てを肯定しよう。
あの方の輝きを愚かな世界に伝えよう。
私は、あの方の魔猫。
あの方のためならば――……。
息を呑むことさえできぬ魔力の中。
跪き。
女神は応じた。
「いいえ――敵ではございません。わたくしは、あの方の奏でる楽器の美しき音に惹かれ……あの方の前で、皆の前で、舞い踊った事もありますから。あの方の、ファンといってもいいでしょうか。あの方の前ではわたくしなど、ただの踊り子。あの方の輝きと威光の前ではわたくしなど、塵芥でございましょう」
なるほど。
魔王様を褒めている。
……。
魔王様、楽器もうまいからな~。
そっか。
そっか、そっかー!
『そうか。敵ではないか』
姿をいつものニャンコに戻した私は、ぶにゃん!
チペチペチペと毛繕い!
心を落ち着かせて――と!
よーし、完璧!
『あはははははは! ごめんねー! いやあ、今さあ魔王様を追放した楽園の連中を狩っている最中でもあったから、ちょっとムキになっちゃったね。謝るよ。みんなも、ごめんね~!』
女神の頬に滴る汗。
やっと呼吸を許された人間と闇の眷属達。
空気を即座に変えたかったのだろうか。
女神が言う。
「それで――わたくしを召喚して、あなたは何を望んでいるのですか?」
そう。
これからが重要なのだ。
降臨した女神との対話は――まだ続く。




