【SIDE:軍服男ウォールス】 嗤う魔猫 その3
【SIDE:軍服男ウォールス】
昏い道の先。
修道院の孤児たちを囲う場所に、あってはならない施設。
大魔帝ケトスの名を冠する魔猫は、全てを見たと告げて嗤う。
まったく隙のない獣。
憎悪を滾らす怪物のおぞましい魔力がギラリギラリ。
血塗られた孤児院を赤く染めていたのだ。
軍服男ウォールスは戦いの構えを維持したまま、ゆらりと応じる。
「全部だと」
『ああ――全部さ。君達が孤児として引き取られたこの魔窟。その裏で行われていた惨劇もちゃんと見たよ。サメ牙の彼、どうも子供っぽいと思っていたが、なんだ――種明かしをすれば簡単、教育という権利を得られることもなく……成長をさせて貰えなかった憐れな人間。まるで純粋な子どものまま、大人になってしまったというわけか』
子どものまま。
的確な表現だと男は感じ、ごくりと息を飲む。
「ヴァルスをどうするつもりだ」
返答次第では、動く。
螺旋を描く魔力を剣に纏わせ、ウォールスは瞳をナイフのように研ぎ澄ます。
『おっと殺意と怖い顔はやめておくれ――つい殺したくなっちゃうからね』
優しい顔で、けれど淡々と魔猫はヒゲを蠢かし。
壁にこびりつく肉片を眺め。
『これでも虐めすぎたかなって反省してるんだよ? 人を殺すのが罪で罰が必要だというのなら――彼は先にもう十分に罰を受けていたわけだ。世界に復讐する権利も、うん、あると思うよ。他人を簡単に殺せる感性も納得いった。納得いきすぎて、どうしたらいいものか、これは……うーん。どうなんだろうね。彼を止めるのは悪なのか正義なのか、世間的にはどうなるんだろうか。君はどう思うかい?』
聞きたいのはそんな観測結果じゃない。
足の先に加速術式を展開。
抜刀の一閃に全ての魂を注ぎ込み、ウォールスは友のために言う。
「返答して貰おう、奴を、どうするつもりだ――」
『はは、ごめんごめん、あの子の事だったね。大丈夫、研究サンプルとして連れ帰るなんて不粋な事はしない。なにしろ私も不死だからね、そんな事をする必要もない。故に――今さら、あの子をどうこうするつもりはないよ。子供を虐めるのは趣味じゃないんだ。自分を嫌いになりそうになるからね。こういう言い方も悪いとは思うけどね――クズはクズのままでいてくれたら良かったんだよ。付きまとったのはある意味失敗だったかな』
もう殺せないじゃないか。
と。
魔猫はつまらなそうに呟いて。
ま、関係のない人を殺すなら止めるけど、と。
しぺしぺしぺ。
毛繕いを始めて、ネコは壁をじぃぃぃぃっぃぃいっと見る。
『それにしても――酷いね……ここは』
十重の魔法陣を容易く操るネコ。
大魔帝の瞳が――赤く輝く。
輝きに照らされる魔猫の影が、壁一面に広がっている。
『神に仕える心清く正しい聖者たち。正義のため、みんなのため社会のため――そんな看板を掲げている筈の修道者達が経営する孤児院で、身寄りのない、消えてしまっても誰も不審に思われない子ども達が――女神の遺骸を用いた実験を受けていただなんて。お約束過ぎて――つまらないよ』
ぞっとするほどの無表情で、魔猫は壁を見ている。
獣毛の一本一本が逆立っていた。
荒ぶる魔力がバチリバチリ……弾けて、爆発しそうになっている。
膨らんだ尻尾が左右に揺れる。
不機嫌そうに揺れている。
おそらく、過去を覗いているのだろう。
『ほとんどの子ども達が失敗例として、壁や土の中に埋められ消えてしまった事も、君と、あのヴァルスくんが数少ない不老不死の成功例だってことも。民を救うべき役人が君たち子どもの、救いを求める手を振り払い、汚いお金を握った事も――君達の憎悪も、絶望も慟哭も。ああ、見えてしまう。つまらない。つまらない。ああ、つまらない。私が好きな世界じゃないね』
黒い顔のまま。
魔猫は肉球を翳し、壁の中に聖なる光を流し込み始める。
それは浄化の光だったのだろう。
くぉぉぉおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ……。
壁の中に埋まったままになっていた怨念が、浄化されていく。
どんな聖職者でも清められなかった不浄が――、成仏という形で天に召されていく。
それは紛れもない、聖者の力。
頬に汗を浮かべ、ウォールスはぼそり。
「浄化魔術……いや、奇跡か。猫が、魔族が――なぜ」
『知りたいかい――?』
ごくりと息を呑んで怯んでしまう程の甘い声。
蠱惑的な表情で――魔猫は言った。
謎の黒い霧が、浮かび上がってくる。
何の効果か分からない。
けれど。
意味ありげに、モヤモヤが魔猫の周囲を取り巻いているのだ。
――これほどの強者が――何の意味もなく、こんな霧を放つ筈がない……。これは、暗喩か。警告か。それとも、試されているのか?
ウォールスは考える。
そして。
発動した。
それは――武人としてのスキル。
文字通り死線を踏みしめた先で手に入れた、抜刀剣士としての先を見る力を行使したのだ。
剣の道を究めたモノだけが視る事の出来る、未来。
全神経と魔力を集中し、見えない筈の答えを視る力。
様々な経験と観測を経て、考える。
だが。
おかしい。
どれほど考えても最終的に導き出される答えが、一つだったのだ。
ごくりと男の喉が隆起する。
武人としての男の魂が言っていた。
これは。
なんのいみもない、えんしゅつだ――と。
そんな筈はないと分かっていた。
だからこそ。深淵の中に取り込まれてしまいそうだった。
けれど。
もっと恐ろしい事がある。
もしだ。
もし。
本当にただの演出だとしたら。
ぞっとした。
格を比べる領域にすら、自分は届いていないのだと実感した。
そんなことのためだけに、十重の魔法陣を多重に組み合わせた魔術を使っているという事になる。
魔猫は次元と時空の操作、錬金術によるモヤの生成。
流れ出るモヤモヤの角度まで計算し、魔術で調整して一番栄えて見える光景を、無理やりに、あり得ない程に複雑な魔術式を用い――世界に再現させている。
その労苦で得られるモノが、ただの演出。
控えめに言って、化け物だ。
やはりコレは――この世界にいていい存在では……ない。
赤き瞳をギラつかせる魔猫。
昏く妖しい気迫に慄きながらも、軍服男はかぶりを振って否定した。
「いや――」
モヤモヤを引っ込めて、魔猫は少しドヤっとした顔をした後。
真顔に戻って話を続ける。
『何事にもイレギュラーがあるってことさ。君達の正しき導きでは消える筈だった私が、そのまま居着いているようにね。ああ、教皇様の預言? かなんか知らないけど未来視系の能力は失敗しているよ。私、碑文を警戒して直接は読まなかったからね。大魔女の目を盗みいつ改竄したのかは知らないけれど、残念だったね――君のボスは、ネコの警戒心を甘く見過ぎなんだよ』
壁一面に広がる魔猫の影が、ぎしりと頭を傾げる。
広がる闇に向かい、男は犬歯を光らせた。
「教皇様の侮蔑は控えて貰えないか、制約が発動し――斬らねばならなくなる」
言葉に反応し、魔猫はきょとんと首を傾ける。
そして。
『制約、いや契約か。君達、行動を縛られているんだね』
同情とも違う。
侮蔑とも違う。
不思議な表情で、魔猫は軍服姿の男に目をやった。
『ふーん、そしてそのバーコードみたいなモノが、君達が女神教のために動いていた理由か――なるほどね。消しちゃっていいよね』
軍服男の、その胸にある契約の印。
規格外の存在であるこの魔猫の魔眼には、契約の魔術式が見えているのだろう。
教皇に忠誠を誓う魔術契約。
それを横からの契約上書きでいとも容易く燃やし――ネコは瞳を細める。
『この死の孤児院が封印されて――百年以上。この隠し通路に気付かれず閉じこめられて――君達はここにいた。ずっと死なずに、ずっとここで生きていた。何年も、何年も。それはきっと辛かっただろうね』
ギリリと奥歯を噛み締めて、男は魔猫を睨む。
同情の言葉が気に入らない。
気に入らない。
気に入らない。
長年契約で戒められていたこの鎖を、いとも容易く解いてしまった。
どれほどに足掻き、どれほどに解除しようとしても解けなかったのに。
まるでバターを火で溶かすように、あっさりと――コレは契約を一方的に横から破棄したのだ。
それも気に入らない。
そしてなによりもだ。
こう思わずにはいられないのだ。
おそらく。
もし、まだ子供だった頃。
施設で実験体とされていた頃に、この魔猫がここを訪れていたのなら。
きっと――この猫は気に入らないと、つまらなそうに言って。
施設ごと。
ここの人間を滅ぼしていたのだろう。
抜刀剣士の先を見るスキルの果てには――そんな、あったかもしれない、救われていたかもしれない未来が見えていたのだ。
それが気に入らない。
今までの道程を、全て否定されたようで腹立たしいのだ。
なぜ。
なぜもっと早く、来てくれなかったのだと。
身勝手な心さえ浮かんでいる。
お門違いな考えなのは分かっていた。
けれど――思わずにはいられない。
あの日あの時、訪れたのが――あの役人ではなくこの魔猫だったのなら。
金を握り去っていった役人の手とは違い。
この魔猫の肉球は――子どもの手を掴んでいたのではないだろうか、と。
だから。
ウォールスは動揺していた。
自分が何を考えているのか、まったく分からない。
戦意高揚のスキルが次第に発動していく。
抜刀の構えの影響で、だんだんと思考が尖っていく。
鋭くなっていく男の視線を受けながらも――ふわふわと空に浮かんで。
くわぁぁあっと欠伸をして。
本当に他人事のように、魔猫はつまらなそうに告げる。
『地獄の中にいた君達は教団に救われたから動いていた。教皇様とかいう、どっからどーみても胡散臭い奴にすら従っていた。強制契約まで受けて……まあ、恩返し自体は嫌いじゃないよ、うん。昔話でも美談だし、私も嫌いじゃないからね。でも、救出の際のどさくさに契約を強要したんじゃそれは美談でもなんでもないし。君達がどこまで自分の意思で無辜なる者達を殺していたのか、私にはそれが分からない。さーて、困った。本当に困った。いわば君達も犠牲者なわけだ。正当な権利があって世界に復讐しているわけだ。部外者の私としては、なんとも難しい問題なんだよ』
その欠伸は昂る感情を抑えようとした猫の習性。気を逸らしているのだろう。
ゴゥ!
猫の肉球から、荒ぶる魔力が広がっている。
柔い肉球なのに、それは今まで見たどんな破壊魔術よりも強力だ。
触れたらおそらく、人体など木っ端みじんに砕かれる。
『ああ。分からない。分からない。私には分からない。魔王様ならどうしていたのだろう』
空を泳ぐ魔猫の尻尾は揺れている。
巨大なヘビが獲物を求めて鎌首を擡げるかのように、ゆらりゆらり。
揺れている。
ウォールスに語り掛けているのではない。
独り言なのだ。
動揺する軍服男に気が付いたのか、ちらりと目線を寄越しネコは言う。
『それにこれもつまらない――魔物達が中央に向かう理由が、まさか神の呪いが詰まった爆弾と化した女神の心臓を解き放つ事――だったとはね。たぶんヴァルスくんの世界への呪いと祈りが、女神の呪いとリンクしたのかな。魔物がそれを解放するだけで、簡単に世界は滅ぶ。放置すれば神の呪いでも滅ぶ。魔物が人間をそのまま蹂躙しても滅ぶ。教皇様とやらが何を企んでいるのかは知らないが、どーせそれも滅亡ルートなんだろう? バッドエンドしかルートがないゲームなんて、面白くないじゃないか』
「ゲームだと……ッ」
世界の流れをゲームと言い切る外道に、眉間の皺が尖る。
魔猫は、ぶにゃ! っと、瞳を見開いて。
しっぺしっぺしっぺ。
毛繕いの最中、不意に――まるで心でも入れ替えたかのように、空気が変わる。
魔猫は一変し、あたかも聖職者のような穏やかな顔で――瞳を細め。
静かな口調で語りだした。
『すまない。言葉が悪かったね――けれど、どうか許して欲しい。もし私がこれをもっと身近なものと考えてしまったら、きっと今この場で――この世界そのものを滅ぼしていたのだと思うんだ。いいかい。私はね。魔王様と私と、ほんの一握りの友人以外は、心底どうでもいいと、そう思っているんだよ。たまに面倒になると、全てを崩してしまいたくなる。私と私が大切に思うごくわずかなモノ以外、全部なくなってしまってもいいと、そう思ってしまう瞬間が――確かにあるのさ。つまり、言いたいことは分かるかな? 今ここで世界が滅ぶよりは、ゲームと呼んで心を納得させた方が被害は少ないと、私はそう思うわけさ。君達には、悪いと思うけれどね。性分だから仕方がない』
教鞭でも取るように、凛と通る紳士の声音が孤児院に反響する。
『さて、何が気に入らないかといえば――これも気に入らない。祈りは純粋であるほど力を増す。彼はいまだに純粋に世界の平和を願い、世界の滅びを望んでいるのだろう。なんてことはない、なんだ、この世界を滅ぼす原因を作ったのは全部人間じゃないか――だったら、そのまま流れるままに滅びてしまうのもこの世界にとっては正しい未来なのかもしれない。出しゃばりな私が介入した事自体が間違いだったのではないか。ふと賢い私はそう思ってしまうわけさ』
滅びの魔術映像を投影してみせて、魔猫は肉球をチペチペチペ。
気を逸らすように舐めて、けれど恐ろしく美しい声音で語り続ける。
『私利私欲のために善神を落とし、無辜なる子供を使い実験――その結果、魔物が誕生した。滅びを願う心と力、切り刻まれた孤児と女神の平和の願いから生まれた怪物たち――開かない扉の中で、百年以上も祈り続けた滅びの願い。それはきっと凄い力を生んだのだろうね。本当に世界を危機に陥らせるほどに。自分たちを救わなかった世界を呪うほどに。皮肉なモノさ――人に疲れた彼らの、子どもと女神の滅びへの賛歌は紛れもない平和への願いなのだからね、ああ、そうだね、その力は神聖ですらある。滅びの祈りは神の呪いを倍増させ、至る所に滅びの楔を打ち付ける。なんとも自業自得な末路。さて本当にどうしよう』
黙ったままのウォールス。
軍服男に目をやり、魔猫はぎしりと魔族の声で言う。
『ロックウェル卿、あやつめ、初めからここまで見えていたな。この地、この世界が詰んでいる場所と謳われた意味が、ようやく理解できたわ。あのサメ牙男に粘着し、やれ少し虐め倒してやるつもりであったが――もし、戯れに付きまとっていなければ、この世界の真実に我は気が付かなかったのであろうな。幸か不幸か、分からぬ、我には分からぬ――なれど、見てしまった以上は、見えてしまった以上は、我の行動も変わってしまう。都合の悪い箱は蓋をしたままにすれば良い、開くまで結果は固定されないのだから――ククク、クハハハハハハハ! ……我が自ら放った言葉が返って来たようではないか!』
哄笑の邪気に中てられて、恐怖に嘶く足を踏み込み。
軍服男は火を噴いた。
「虐め倒す――だと、貴様もやはり、ヴァルスを虐めるのか――!」
ウォールスの鼻梁が黒く染まる。
怒気が走る。
恐怖と戦意高揚の自己支援スキルが、冷静な判断力を失わせている。
「殺す――! 殺す――! これ以上、ヴァルスを虐げるモノは許さん!」
牙を食いしばり漏らす言葉には殺意が乗っていた。
けれど。
抜刀の範囲内にいるのに、闇の獣は平然としている。
きょとん、と目を点にして。
頬をぽりぽり。
ポンと肉球を合わせ場違いで間抜けな音を立て、魔猫は言う。
『だ・か・らぁ……もう止めたって言っただろう。単語だけで脊髄反射するのはやめてくれ! まったく、戦意高揚系のバーサーカーみたいな職業はこれだから戦死率が高いんだよ』
「……ヴァルスを狩るつもりはない、と」
狂戦士化のバフをあっさりと解除し、魔猫は言う。
『ここを見るまでは、そのつもりだったんだけどね。今までの犠牲者の数だけ無惨に、憐れに、死んでもらおうと思っていたんだ。謝るつもりはないよ? それだけのことを君達もしていたわけだからね。殺されるために何度も何度も再生し、絶望しながらリポップする顔を眺めて爆笑してやるつもりだった。だけど――つまらないね君達。興が冷めた。あんなのを見ちゃったら、どっちが正しいかなんて言えなくなっちゃったし。もう答え合わせが出来ちゃったし。これってさ、ポップコーンとコーラを用意して椅子に座った途端、いきなりネタばらしをされちゃった気分なんだよね。あーあー、ゲーム、楽しみにしてたのにな~』
獣の口は淡々と語る。
まるで陽気なネコのように。
心優しく残酷な聖職者のように。
怪物として嗤う魔族のように。
この魔猫は、酷く歪で混沌としている。
ただ自分の価値観に従っているだけ。
善ではない。
ましてや正義の味方なんてモノとは程遠い猫なのだ。
猫に善悪を本気で問う人間など、いないだろう。
猫なのだから。
それをこの魔猫は理解した上で、遊んでいる。
世界を股にかけた、ひまつぶし。
その言葉がピッタリはまっているのだと、ウォールスには思えていた。
ただ思うままに、願うままに――散歩をしているだけなのだろう。
ネコの瞳は、どこか他人事のように世界を眺めていたのだ。
どうするべきか、軍服男ウォールスは考える。
そして。
決意した――。
自分が支払える――全てのモノを差し出してでも、友を助けたい。
今の彼には鎖はない。
教皇によってかけられた強制の契約は、気まぐれなネコによって解かれた。
だから、道はある。
「取引をしてくれないか、異界の偉大なる魔猫よ」
『へえ、取引ねえ。それは想定していなかった。いいよ、言ってごらん。面白かったら、このモフ耳を傾けてあげるさ』
まずは、成功か。
額に濃い汗と皺を刻んで、ウォールスは息を吐く。
「ヴァルスを、あのバカを助けたい。協力しては――」
『いいよ、協力してあげよう』
まるでその言葉を待っていたかのように、被せるように魔猫は応じていた。
……。
ネコの肉球に、しまったぁぁぁぁぁっ、早すぎたぁぁあぁぁぁぁぁぁ――とでも言いたげなほどの汗がジトジト浮かんでいる。
訝しんで、眉を跳ね――軍服男は言う。
「まだ、こちらの提示する条件を告げていないのだが?」
『だから、そのぅ……言ったじゃないか。ちょっと虐めすぎたかなぁって、反省してるって』
きまり悪そうに言って、魔猫はフンと横を向く。
『それにだ。彼の滅びの祈りを何とかしないとおそらく魔物は生まれ続ける。女神の呪いと同調し、そのうち世界は滅んでしまう。私は世界を滅びから回避する依頼も受けていてね、どうにかしないといけないのも確かなんだよ。うん。だから、これは仕方がない事なんだし。先にちゃんとはっきりさせておこうと思うんだ。変な勘違いはしないでおくれよ?』
言葉を区切り。
くわっと瞳を見開き、尻尾をボッサボッサに膨らませて。
ネコは言う。
『べ、別に――君達に同情しちゃったわけじゃないんだからニャ!』
どう見ても同情しただけである。
ウォールスの武人としての先を見るスキルも、そう言っていた。
何を考えているのか分からない魔猫。
大魔帝ケトス。
この猫は案外にお人好しなのかもしれないと、軍服ウォールスは訝しんだ。
ともあれ言い切って満足したのか。
魔猫はもはや親しき部下に話しかけるかのように言った。
『まあ、後は私にぜーんぶ任せるといい。いざとなっても、大丈夫。君達だけでも夢の国の住人にしてあげるからね~。目つきの悪い猫と、サメ牙の猫が増えるだけだし――問題ないよね。さて、まずはあのサメ牙くんを説得する所から始めないと。たぶん、素直に私の言う事を聞くタイプじゃないよね。あれ』
ふよふよと宙に浮かんだまま。
肉球で空を歩き。
大魔帝ケトスは前へ進む。
『ほら、なにをしているんだい。友達を助けたいんだろう? ぼさっとしてないで行くよ、君にも協力して貰うからね』
「あ、ああ――」
もはや眷族を使う顔で、声で――魔猫は平然と話しかけている。
どうしてもそこに違和感があるのだ。
こんな強力な魔族が、こんなにあっさりと協力を承諾していいのだろうか。
他人事ながらウォールスは考える。
フンフンと陽気に鼻歌を漏らしモフ毛を揺らすネコ、そのふわふわな背を見て。
珍しくジト目をして。
思い至ったのだ。
この魔猫。
自分がどれほどに世界に影響を与えるのか、まったく考えずに行動しちゃっているのではないか――と。




