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歪み ~ニャンコの瞳は何を見る~その2



 今現在、我等はレストラン空間を抜けた先にある魔女の森。

 別のフィールドに顕現していた。

 名称は「碑文図書館」。

 歓迎会を抜け出して大魔女との話し合いだったのだが――ふむ。


 大いなる導きの眷属。

 理事長で大魔女の女性は大きな帽子をかぶったまま、無表情のまま薄い唇を動かしていた。


「ボクはこの地の領域ボス。中央学園と碑文図書館を守りし使命を刻まれた者。かつての主神、滅びし女神――大いなる導きにより作り出された者。名もなき大魔女じゃ」


 目の前の名もなき大魔女さんであるが……。

 んーむ……。

 見た目は妖艶な魔女そのもの。

 ちょっぴりセクシーなウィッチさん、といった所だろう。


 スラっとした色素の薄いエルフが吸血鬼となったら、こんな感じになるのだろうが。

 種族は――人間、か。

 薄い唇に惹かれた紫色の紅がアクセントになっている。


 対する私は大魔帝ケトス。

 異世界のまあそれなりに強くて偉くてかわいくて、凄い!

 そんなネコの大魔族である。


『初めまして、大魔女さんの本体くん。大きな帽子は例の喋る魔道具だし、手にするパイプタバコはステッキにもなってるのかな。魔導書を使うタイプじゃないのかあ。私、あのバササササササっていうのが結構好きなんだけどな~。なーんて――悪いけど、ちょっとここ、確かめさせて貰うよ』


 さて。

 念のため引率仲間のハザマ君に結界を張って――と。

 ゴゥ――!

 私の肉球の先から飛び出た影が、魔女の森を掌握していく。


 影の中を渡り歩く眷属影猫にフィールドを調査させているのである。


 この森。この碑文こそが――魔物達が中央に進んでいた理由という可能性もある。

 滅びの理由という可能性すらある。

 まあ――もっとも、ここは中央学園とは次元軸が違う場所。

 まったくの別案件。

 滅びとも魔物とも関係ないという可能性の方が高いが。


 女の白い肌に一筋の汗が垂れる。

 大魔女は目線で影猫を追うが――敵わないと知っているのだろう、ぎゅっと細い指を握ってこちらを睨むだけ。

 まあ、弁えているという事か。


「十重の魔法陣を詠唱も儀式もなしで、即座に発動させるとは――文字通りの化け物じゃな……っ」

『賛辞として受け取っておくよ』


 ふふんと私は猫の口をすばやく蠢かす。


『で――君は敵かい? 味方かい。それとも傍観者かな? 立場をはっきりとさせてくれないだろうか? 敵なら別にいいんだ、どうだってね。けれど敵じゃないなら――うっかり殺してしまうのは忍びない』


 それは偽らざる本音。

 私は敵なら容赦する気がない。


 向こうとしては慎重に行動したいのだろう。

 答えを考え息を呑んでいる。


 しかーし!

 ここで追撃を掛けるのが交渉のコツ!


『早く答えてくれないかな。実はこう見えてね、私は気が短い』

「年寄りをいたわる紳士であると助かったのじゃが――ふふ、異界の魔猫は存外に傲慢とみえる。ババアを大切にせいと教わらんかったのか?」


 相手は会話のペースを自分に引きよせようとしているみたいだが。

 そうは問屋が卸さない!

 更に追撃!


『そもそもだ! 君が何歳かは知らないし、もしかしたら私よりも年上なのかもしれない。けれど、いいかい。よく聞き給え。私は猫魔獣だからね! 猫の一年は人間の一年より長い! つまり、私の年齢はたとえ五百年と仮定したとしても二千年ぐらいの年齢計算になるのである! 君は二千歳より上か! 私の方が上ならば、君が私を労わるべきである!』


 ビシっと肉球を向けて、ドヤァァァァァァァア!


 影という影からニョキニョキっと出ていた私の眷属影猫魔獣が。

 そうだー!

 そうだー!

 労われー!

 と、森の中を支配しながらクハハハハハハハ!


 ふっ――!

 完璧な理論武装。

 言い切ってやったのである。


 ドリームランドの住人で影で待機していた影猫達も森を侵食し始め、パチパチパチと拍手喝采!

 拍手を受けて、私は猫手を上げる。


『ねえ、帽子くん。君もそう思うだろう?』


 私の肉球と言葉を受けて、世界が軋む。

 大魔女の帽子がギヒィっと亀裂を作って語りだす。


《ひゃーっはっはっはは! おいマスターよ。おまえさんの得意技、ババアを労われを逆に利用されてるぞ? そりゃ年齢だけで優位に立てるなら、向こうだって利用するわな。多数決をしようにも向こうには無限のやべえ、影猫。こりゃ、こっちの負けだよ。ひーっひひっひひひひ! うける! マジうける! マジクールだぜ!》


 勝手に起動し、勝手に喋る帽子に、なっ……!

 と息を漏らして大魔女が叫ぶ。


「あ、こら! 勝手に喋るでない! そもそもおぬしは煩いから起動していなかったはず、なぜ動けるのじゃ!」


 帽子君に代わり私が言う。


『あー、そっちの帽子君とは相性が良さそうだしお喋り好きそうだからね。あの時、時を戻した瞬間にちょっとした仕掛けをね――んで、勝手に起動させて貰ったよ。悪いね』


 術式の乗っ取りと、支配。

 まあいつもの猫魔獣必殺の窃盗スキルである。

 魔力を揺らす肉球をプニプニさせて、私はにょほほほほほ!


 慌てた大魔女はステッキを取り出し。

 魔法陣を展開。

 魔道具帽子の制御を取り戻し、こちらをギッと睨む。


「これじゃから力のある者は困る! 大いなる導きもそうじゃった。生まれたばかりのボクをこき使いおってあの忌々しい女神めが……っ! どーして、神属性がある者はこうぶっ飛んだ奴しかおらんのじゃ!」


 声からだんだんと威厳が消えていく。

 まあ、ペースは完全にこちらが掴んだかな。


『神なんてモノはどこの世界でも我儘なんだろうさ』


 言葉を受けて、大魔女ははぁ……。

 頭の三角帽子を揺らし――濡れた唇を動かしてあからさまな息を吐く。


「まあ良い――とりあえず座って話そうではないか。真面目な話、立ったままは腰が痛くなってのう。それにじゃ――ボクは優秀な魔女であると自負しておるが、おぬしは存在が大きすぎる。怖いのじゃ。うっかりレストラン空間の術の制御を失ってしまって、もしもじゃ、あちらに何かがあっては、互いに困るじゃろうて」

『おや、スマートだね。空間ごと私の生徒を人質にしたのか』


 まあ想定内なのだが――。

 こちらの猟犬はすぐに動いていた。


「へえ、そうくるのかい――!」


 ハザマ君が一瞬だけ殺意を覗かせるが、私が肉球でスッと制止する。


『ストップ。ここで戦って、もし彼女の術制御を失ったらどうなるか――おそらくレストランフィールドも無事では済まない。まあ私なら次元の狭間に取り残された空間ごと探し出せるが――手間になる。これは彼女にとっての保険だ。これくらい大目にみようじゃないか』


 頬に球の汗を浮かべて大魔女は、妖艶に微笑む。


「そう思うてくれると助かるのう。なにしろおぬしは強すぎる。こちらにも生徒がおるのじゃ、守るべきものを守るためならば何でもする。それが卑怯と罵られようとな」


 あー、なるほど。

 私が生徒達の安全を確保するためにハンド君をつけたり、バフを増し増しにしたようにこの大魔女も必死だということか。

 まあ、うん。

 嫌いじゃない。


 実際はハンド君がいるし。空間ごと結界を張ってくれるだろうから、大丈夫なんだけどね。


《ぎゃーはっははは! とりあえず座ってくれよブラザー! マジで罠なんてなんもねえ! この婆さん、見た目こそプリプリな魔女になってるがもう魔力も肉体も限界なんだよ。あの導き糞ビッチの加護が日に日になくなっていやがるからな!》


 帽子くんが言うのなら本当に罠なんてないのだろう。

 ハザマ君に目線で合図し、私達は歩き出す。


《ほらほら、座れ! ババアは知らねえが、オレ様はアンタたちを歓迎する! なんせあの碑文に示されし大魔帝ケトス様だからな! 長いものに巻かれろ、強者に従え! それが魔道具の本懐だからな! ヒャーッハハハハハハハハハ!》

『君は本当にお喋りだね』


 私の憎悪を鑑定できる程の魔道具なのだ。

 ただガミガミするだけの帽子ではない筈。

 いったい、誰が作ったんだか……。


 ともあれ帽子君に促され――。

 キノコなぷにぷにクッションに座り、テーブルをチェック!


 クッキーよーし!

 ホットミルクよーし!

 蜂蜜……がないので召喚! よーし!


 蜂蜜をごってり垂らして、ミルクをズズズズズズズ――。

 ……。

 ずずっ、ずうずずっずず!

 そこそこ美味しかったので飲み干してから私は告げる。


『で、私を君の家に招いて何をしたいのかな?』


 冷淡に告げる私の影が、広がっていく。

 先ほどは許したが、これ以上はさかしい事をするな。

 そういう警告だ。


「いや、すごんでる所を悪いが。おぬし、ミルクでべっちゃべっちゃになっておるぞ……?」

『いつもの事だ、気にしないでおくれ』


 猫口についたミルクヒゲをハンカチで拭き拭き。

 何事もなかったことにして。

 続けて私が尻尾をぐるーんと回して、ギロリ。


『さて、まず先ほどの回答を聞きたいんだが――君達は私の敵かな、味方かな』


 魔導契約書を浮かべて、言質を取るべく待機中。

 魔女だから一度答えたらそれが契約――すなわち制約となると察しているのだろう。


 判子をおせぇ!

 おせぇ!

 と、悪徳商人のように迫っていると思って貰ってもいいかもしれない。


 私の押せ押せな魔力オーラを眺めて、タラタラタラと汗を滴らせ大魔女が肩を落とす。


「正直、判断できなかったんじゃが……味方になるしか道はないじゃろう。味方じゃ味方。逆らえるはずなかろうて」

『了解。じゃあ契約だ――』


 サラサラサラと味方であると契約をして、と。


「あー……一応、聞いておくが……もし敵だといったら、どうするつもりだったのじゃ?」


 森の静けさを楽しむ瞳で周囲を見渡す私。

 その紅き瞳。

 憎悪の魔性としての魔眼が、くぉぉぉぉんとドス黒く輝いた。


『どういう意味での敵かにもよるね。たとえば誰かを人質にされて仕方ない、なーんてお涙頂戴モノな理由があるなら様子を見るけどね。君の帽子の言葉じゃないけれど。悪意を持って私をハメようとしていたのなら関係者全員――皆殺しさ』


 幻惑鱗粉を放つ蝶が周囲に広がる。

 私の幻術が大魔女の精神に干渉。


 もし、敵と言っていた場合の未来。

 どういう結果になったのか、見せているわけだ。


 大魔女の瞳にはかつて出逢った仲間や友。

 様々な出会いが死者の顔となって襲っている筈。


 からめ手まで使うゲームや漫画のラスボスとかが、主人公相手に使うエッグイ精神攻撃と思って貰っていいだろう。


 私は悪くないよね?

 だって、どーするつもりなのか聞きたがっていたわけだし。

 そういった一面もある存在なのだというアピールでもある。


 もう人質なんて取るんじゃねえぞという脅しを察した魔女は、ふぅ……と優雅にパイプステッキから煙を流し魔術をレジスト。

 ……。

 できずに、ぐぐぐぐと魔術を放ち――。

 それでも解除できないようで、ぐぬぬぬぬぬと涙目になって私を見る。


「悪趣味はやめい! 本当に味方じゃよ――というかおぬし! 可愛い猫魔獣の姿をしているくせに、エグイ幻術を使うのう……ふつうの人間だったら発狂しておるぞ?」

『そうかい。まあ信じるよ』


 幻術を解除し、私は注ぎ足したホットミルクをズズズ。


 保温効果のある魔女のポットかぁ……。

 後で分裂させて持って帰ろう。

 てちてちとミルクの表面を舐める私を見て、大魔女はシリアスな吐息を漏らし。


「こちらからも確かめたいのじゃが」

『ふむ、なんだろうか』

「大魔帝ケトス殿。そなたこそが碑文に示されし破壊神。怠惰でどうしようもなく気まぐれで、けれどすっごい可愛い猫魔獣♪ でいいんじゃよな?」

『なんだい、そのふざけた記述は……』


 ジト目でヒゲをヒクつかせる私。

 ニャンコの揺れるモフ尻尾を目にした名もなき大魔女は、慌てて結界をビシり。


「こここここ、こちらに言われても困るのじゃ――! この碑文図書館に記されし大魔帝ケトスの記述なのじゃから、文句を言うのなら書いた大魔術師にじゃ!」


 大いなる導きが書いた、というわけでもなさそうか。


『悪いけど、その碑文を見せて貰ってもいいかい? 影猫に掌握させている森の中の碑文に書かれている文章は、なんていうか……統一性がまるでない。魔術の話を記述してあったと思えば、モフモフな動物は可愛いねって急に話題が変わるし。まるでただ書きなぐっただけの、日記帳みたいだ。それが無限ともいえる数存在している。私の記述が記された碑文を見つけるまでどれだけ掛かるのか……』


 まあ碑文を記したモノは、おそらく魔術師。

 モフモフアニマルに癒しを求めていたみたいだが……。

 モフモフ繋がりで異界の素晴らしきモフモフ猫な私を知り、記述を残した――といったところか。


 大魔女はこほんと咳ばらい。

 パイプステッキを吹いてふふふふふと笑う。


「ふむ、よかろう――やっと大魔女っぽい威厳をアピールできるか。見ているとよい」


 魔女のローブを翻し――。

 妖艶な笑みを浮かべたまま、ふぅ――。

 吐息に魔力を這わせ、光る石で魔法陣を展開。


 魔術式を組み上げたステッキをさっと振る。

 反応したのは森の奥。

 墓標のように突き刺さる碑文が蒼白い光を放ち始める。


「叡智よ――我が前に。導きに従い汝が在り処を示したまえ」


 森に埋まっていた石碑が、ズズズズズズとせりあがってくる。

 碑文の配置を変換しているのだろう。


「ほれ、それじゃ――。一番大きな、鯨みたいな石が見えるじゃろ。読んでみい。それを見せるようにと言われておる」


 私はスゥっと影を移動し、碑文の前に立ち。

 肉球をぺちぺち。

 えーと、なになに……。


『憎悪に揺蕩いながらもグルメと遊興を嗜むモノ。戯れに世界を滅ぼし、または救い。定められた運命すらも破壊する傍若無人で気まぐれな猫の神。ゆえに破壊神。怠惰なりしも慈悲深き魔猫か。まーた怠惰が入ってるし……でも確かに私の事だね。これ。この碑文、いったいだれが書いたんだい? 相当な魔術の達人みたいだけど……』

「さあのう」


 どっこいしょっと声を出してキノコの椅子に座り直し。

 大魔女はお茶を啜る仕草でホットミルクをズズズズズ。


「なにしろこちらもただ創造主から預かったモノじゃ。導かれた彼の者がこの世界に顕現するまで、時が来るまで……守っていろとな――詳しくは知らぬ」

『知らないって……君、大いなる導きから預かったんだろう?』


 揺れるミルクの波紋。

 広がる水面に目をやる大魔女の瞳は僅かに揺れている。


「知らされておらんかったのじゃ」


 細い指でカップを抱えるように握り、彼女は紫色の紅をぎゅっと結ぶ。


「いつだれが、どこの何者かがなにをしにやってくるのか。分からないまま時を過ごすというのはなかなか退屈でな。次第に反抗心が少しだけ生まれ、出来る範囲で意趣返しをしてやろうと思うたのはいつの日じゃったか……読んではいけないと思いながらも一文字ずつ解読して、我が弟子たちにも協力して貰い一部の文章を読めるようになった。そして待ち人が大魔帝ケトスと知ったのはいいが……ほんに驚いたぞ。まさか、この碑文。森の草花よりも多く存在する碑文の大半が――何の意味もない日記のような散文だとは……普通、思わんじゃろうて」


 寂しそうに。

 けれど。

 責めるように大魔女は言う。


 まあ、確かに。

 内容も知らずに預けられる方もなかなか可哀そうではある。


「創造主だからと、母だからと……作りし者の運命を縛る。神とは本当に、傲慢で矮小な存在なのじゃろうな」

『まあ、だからこそ神は人間を管理できるのかもしれないけれどね。全てのモノに慈悲を与えていたら、さすがにパンクしてしまう。神の考えなんて考えるだけ無駄だね。どうせ奴らは自分以外は蟻にしか思えていないのだから』


 告げる私に、魔女は笑う。

 同意見なのだろう。

 紫色の紅が光る。


「ともあれ――ああ、これで役目も果たせた。確かに託したからのう。その碑文を渡すことに何の意味があったのか、それすらも分からぬのは腹立たしいが……後は学園を守り続けるのみ。もっとも――それももう僅かな時間で終わりを告げるのじゃろうがな」


 この世界の滅びを言っているのだろう。

 私は役目を一つ終え、疲れ切った様子の大魔女をじっと見る。


 この大魔女の種族は人間だ。

 もちろん神の眷属。

 作られたといっていたからには、ただの人間ではないのだろうが。


 人間の精神で、ずっとこの地を守り続けていたとなると――本当に寂しい思いをしてきたのだろうと想像ができる。

 惨い事をする。

 大いなる導きも楽園の住人だしなあ……、人間のことなど道具としか思っていなかったのかもしれない。


 その辺のデリケートな部分には触れないようにして。

 私はふむと息を吐く。


『つまり、君は碑文の記し主も知らないし。これを見て私に何をしろっていうのかも知らないって事かな』

「ああ、こちらはただの案内人じゃ。実際、無数に存在する碑文からソレを見つけ出すのは、おぬしとて苦労するじゃろう?」


 言葉を受けて、肉球を顎に当て私はシリアスに唸る。


『全部読むにしても、これめっちゃ長いよね……鯨の大きさ程もある文章だし。いったいどこに必要な事が記載されているのやら……大いなる導きなら知っていたのかもしれないけど……』

「ああ、そうじゃ。我が主はとうの昔に滅んでおる。ただ、まあ――まったく情報がないわけでもない。味方となったのじゃ、信用して貰うために我が悪戯を目にして貰うとするかのう」


 悪戯そうな顔をして、大魔女は言う。


「この碑文の持ち主。けして口にしてはいけないその名を、ボクは知らぬ。けれど、我が母はそれを稀に口にしていた。忘れてくださいとその唇は語っていたが、ふふ――もう我が主はおらん。碑文図書館は既にそなたに託した。神との契約は終わった。制約を守る必要も無かろうて。ま、それでも本当はまずいのであろうが。しかし……それを口にするのではなく、書くのなら――問題あるまいて。契約の抜け道じゃ」


 魔女はパイプステッキを振るって、かつて神が語った言葉を空に書く。

 文字が語りだす。


「大いなる導きに曰く――その者はかつて楽園にあった者。全ての魔術の父にして母。兄の死を嘆き、絶望に揺れし銷魂しょうこんの王。全てを見通す、いと麗しき方。確定された未来を嘆き、人を諦め、神を諦め、世界を諦め失望せし者――全てを諦めた果て、動物のみに安らぎを求め世界に揺蕩い続ける者」


 緑色の文字に刻まれるその魔力文字が、こう続けた。


「すなわち――絶念の魔性」


 ――と。


「我が母、大いなる導きは酒に酔った時、愚痴るように……嘆くように、語っていた……あの方を失望させ、絶望させ。諦めさせてしまった我らが悪いのである、とな」


 魔女は文字を書き終え、ふぅっと息を吐く。


 言ってはならないその言葉。

 文字にして見せたことが彼女の悪戯。

 神に意趣返しが出来たと、満足しているのだろう。


 ざわざわっと猫毛が膨らむ。

 全身の魔力が滾って、瞳孔が膨らむ。


『まさかっ……――』

「なんじゃ、心当たりでもあるのか?」


 私は顔色を変えていたのだと思う。

 全身の毛がザワついていると自分でもわかる。

 様々な出会いを経て、私は知っていた。


 あの方の物語を。

 あの方の道程を。


 かつて楽園にあったモノ。

 絶望に揺れし魔性の王。


 絶念。


 全てを諦め、どこか他人事のように世界を見下ろし続けたモノ。

 世捨て人のように生きたモノ。

 全ての未来を覗き、諦めを知るモノ。


 諦めという感情を暴走させた果てに魔性となった、その心を私は知らない。

 けれど。

 その方はおそらく……。


 いや、間違いない。


『魔王陛下――私の主人だよ』


 告げる私。

 その猫口は震えていた。


 伸ばすネコ手。

 肉球はぷにっとぶるっと――揺れていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] うわ!!すごい情報もでた! [一言] 魔王様も魔性になっていらしたのね…。 まあ、あんなめにあってたらなってても不思議はないか…。(。-∀-) 名前的には何にも思わないし何も望まない的…
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