ニャンコ、王都へ侵入す! ~カキフライと留学準備~ 中編
王都潜入作戦を悪だくみする私。
バケツプリンを抱えた大魔帝ケトスはパクパクしながら密談中。
時刻は昼。
学長室に建設した、にゃんこ様専用食堂での出来事である。
本当なら。
ぽかぽか太陽の下でひと眠りしたい所なんだけど、まあ仕方ないよね。
魔導学園に似た施設が王都にもあるとのことだが。
んーむ、とモフ耳をぴょこんとさせ――私は学長の言葉を待つ。
私の部下となった魔物の中ボス。
人間へとリポップしたヒトガタ君が話を続ける。
「この魔導学園が建設された位置と意味。南にあるリポップポイントと王都との通り道に作られている理由――それはケトス様もご存知ですよね」
『ああ、魔物の進軍を止めるための砦。軍事施設としての役割を担っている、ということかな。君達魔物に、北へ向かい続けるという本能が刻まれているということも当然覚えている。本能には逆らえず、ただまっすぐ北へ向かい続けているとね――もっとも、それは私が解除してしまったが――ふふ、もし気付いているのなら……君にその本能を植え付けたナニモノかは今頃慌てているのかな』
ちょっと悪い魔族猫顔で、私はニャハーッ。
黒幕が存在するなら何か反応を示すかとも思ったが、特に変化はないんだよね。
執事のように胸の前に手を当て、恭しく礼をするヒトガタ君。
「あなたのおかげでワタシは終わらぬ輪廻から解放されました。ありがとうございます」
『まあ、君の感謝はよく理解できているよ。ありがとう』
そう。理解できている。
ちょっと行き過ぎた感謝が見られるのだが。
まあ、今は本題ではない。
『話の腰を折ってすまない。続きを頼むよ』
私、けっこうそういう悪癖あるよね。
ともあれ。
「――……もしかしたら既にご存知かもしれませんが――南のリポップポイントの他に三つ。北と西、東にもポイントが存在しているのです。そして各箇所にそれぞれ、群れを統率するボスが設定されています。ワタシが南のリポップポイントに湧く中ボスだとすると――残りの三体は健在。今も動いている事でしょう。さて、それでは。彼らが向かう先の途中には、何があると想定されるでしょうか」
『にゃるほどね、話が読めたよ――』
魔導地図をうにゅ~っと眺め。
キャラメルソースでベチョベチョになった手を、ペチペチ。
十字のチェックを入れながら私は言う。
『西に湧く魔物は東へ進み。東に湧く魔物は西へと向かい。北に湧く魔物は南へと向かう。その線を結んだ中央には――王都がある。そして王都を守る学園が南にもあるということは、他の方角にもそれぞれ学園が建設されている――ということかな』
「さすがはケトス様。ご明察でございます」
淡々とした声で褒められると、ムフフとしてしまうのである。
まあ、この私は天才ニャンコ!
これくらい、当然なんだけどね!
……。
最近、人間形態でいることが長いせいか、ニャンコに戻ると妙にハイテンションになってしまいそうである。
気を付けよう。
「いまだリポップの輪に囚われた名も知らぬ同胞は――王都へ向かい、日夜進軍している。ワタシはこれほど幸せなのに。すこし、複雑ですね」
『んー……機会があるなら他の中ボスも解放してあげた方がいいのかな』
しばし考えヒトガタ君は言う。
「どう、なのでしょうか。彼らの考えが分かりませんからね。今のワタシがケトス様をお慕いしているように、彼等には彼らのボスがいるのかもしれません」
向こうの事情が分からないと、なんともいえない――か。
『もし出会ったら検討してみるとして。で、学園四つはそれぞれ、ここと同じく防衛砦になっているってことは分かったけど。後の一つは王都にあるってことでいいんだよね? 留学先になる場所だろうけど』
魔導地図で魔力反応を表示してみると、分かるのだが。
明らかに大きな反応が王都の中央にあるのだ。
「はい。王都の丁度真ん中――それぞれのリポップポイントを結んだ線、それらが重なる場所。中央ポイントに最も大きな学園が建設されているのです」
スゥっと瞳を細めたシリアス顔で。
ヒトガタ君は、顔を黒く染め上げる。
「そこはおそらくワタシが向かっていた北。他の中ボスが進む最果て。我ら魔物の本能に刻まれた終着点。目的地とされた場所だと想定されます。ワタシも中への侵入は果たせませんでした。そこに何があるのか、ワタシはそれが気になって仕方がありません」
魔導地図に筋張った手を伸ばし、ヒトガタ君は魔力を滾らせ僅かな唸りを上げる。
魔物であった時の本能。
魂に刻まれた情報が、ジリジリと呼び起こされているのだろう。
『そんな都合のいい場所に、最初から学園があるとは考えられないからねえ――防衛か、それとも学園自体に何かがあるのか。ともあれ、理由や謎を知る誰かが中央学園を建てたと考えるべきだろうね。まあ、何かがあるのは確実。学園の創設者なら、何かを知っているのかもしれないが』
「残念ながら、もう死んでいる筈です」
言葉を受けて――。
少しだけ空気が変わる。
冷徹な魔族としての声で、私は猫口をギシリと釣り上げる。
『問題ない。ネクロマンシーで呼び出してしまえばいいだけさ。ここは異世界、条約の適用外だ』
魔族としての冷たく外道な一面を曝け出す私。
座る専用席の周囲が、闇の霧で包まれていく。
頬にうっすらと汗を浮かべて。
ヒトガタ君がごくりと息を呑む。
「古の魂を呼び出すことが可能なのですか?」
『私は大魔帝ケトス。君の主だよ? これでも本気でやろうと思えば大抵の事はできてしまってね。たぶん可能さ。まあさすがにここじゃ難しい、というか時間がかかり過ぎるから現地へ行って――依り代となる故人の形見や、魔力を特定するために本人が所有していた魔道具は必要だろうけどね』
闇の霧の中。
尻尾をびたーんと揺らす私、かわいカッコウイイね?
試してみた方が早い、と。
実際に、この学園で死んで彷徨っていると思われる魂を捕捉。
学園自体を依り代とし――。
『怨嗟に燃える魂共よ、憎悪に揺れる魂魄よ。我はケトス。大魔帝ケトス。汝等の憎悪を司りし魔性。我が声に応えよ――世界の終焉を憂うのならば、我が求めに耳を傾けたまえ』
猫手をうにょーんと伸ばし――肉球をぱちん!
モフモフな私の猫毛が、イイ感じに魔法陣の揺らめきに靡く。
『今一度与えよう、在りし日の思い出を――君達に。反魂召喚・死霊魂魄英雄譚』
学園を包んだ十重の魔法陣が、天を衝いた。
ごごごごご、ごごごごごごご。
学園が揺れる。
世界が揺れる。
世界の魔力が悲鳴を上げ始める。
求めに応じ、世界の法則が乱れる。
漂う古き死者の魂を呼び起こしたのだ。
声が響き始めた。
「わた……くし……あれ……あぁ……わた……くし……、また……この学園に……そぅ……、すごい、魔術師が……現れた……のです、……ね」
それはスゥっと現れ――横目で。
静かにこちらを眺め。
「……ね……こ? ……いや……あれ? ……わた……くし、を、呼び起こす……ほどの……大魔術師が……猫……?」
どうやら混乱しているご様子である。
「わたくし……世界の……終わりを……告げられ……めざめ……召喚主……ねこ? え、ねこ?」
そこに佇んでいたのは――陶器のような顔色をした線の細い女性賢者。
高位死霊導師として召喚してみせて、私は黒く微笑する。
『ほら出来た』
「本当に、できてしまう……のですね」
ここ。
けっこう凄いドヤポイントである。
ムフーっと褒められ待ちをしていたのだが。
……。
喝采と賞賛が遅い!
うにゅっと横目でヒトガタ君を見ると――。
少し顔色が悪い。
『あれ? どうかしたかい。貌を押さえて……』
「いえ、すみません。この女性はおそらく――かつてワタシが殺した人間の導師、だったもので……その、少し、複雑な感情を抱いてしまいました」
もう、百年以上前。魔物だった頃の話ですが――。
そう。
淡々と呟いて、ヒトガタ君は少し苦い笑みを零す。
「もし時代が違ったら。ワタシは彼らと共に学び、共に歩み、師であったり、弟子であったり――別の出逢い方をしていたのでしょうか。そう考えると、魂が僅かに揺れるのです。彼らがワタシの部下の一生を終わらせ殺したように、ワタシもまた――彼らの人生を奪ったのですから。時代が違えば。ケトス様ともっと早く出逢っていたら、詮無い事とは思いながらも、そう考えてしまうのです」
淡々と思いを言葉にするヒトガタ君の横顔を見て、私はぶにゃ!
うっ……そ、そのパターンは想定外だぞ。
マジデ……。
リポップする度に記憶を維持する彼には、様々なドラマ、様々な死が脳裏に刻まれているのだろう。
人間の器で定着された今の彼にとっては、少し酷か。
人間との戦争。
殺し合いの記憶は時に刃となって、心を抉る瞬間もあるのかもしれない。
『ぶ、ぶにゃにゃ! ごごごごご、ごめんねえ。自慢のついでに戦力にしようと思っていたから配慮まで気が回らなかったよ、デリカシーに欠けていたね。すまない』
どどどどど、どうしようと専用食堂で走り回る私。
モフ毛をバタバタさせる私を見て、かつて魔物のボスだった男は――ふっと優しい笑みを浮かべる。
「いえ、ケトス様は何一つ悪くありません。彼女も、死して尚、偉大なるケトス様の役に立てるのなら本望でしょう」
その言い方はどうかとも思うのだが……。
ま、実際。
私がこの世界を結果的に救うことになったら、死霊達も少しは救われるか。
呼び出した条件は、世界の終わりを止めたいと心から思う強者。
だったし。
『いや、あのね……本当にちょっとすまない事があってさ』
「なんでしょうか」
誤魔化しても仕方ない。
気まずい私は猫手で後ろ頭をカキカキしながら、素直に告げる。
『実はさあ……ちょびっとだけ、やりすぎちゃって……この地で眠る、戦力になりそうな英雄の魂……世界滅亡を止めたがるだろう学園の死者をさ……ネクロマンシーで全員呼んじゃった、みたいな?』
「全員、ですか?」
私は頷き、しれっという。
『うん、たぶん。学園を創立してからの英雄。全部だね』
あ、さすがの淡々クールなヒトガタ君もビシっと顔面を硬直させちゃった。
けれど彼はもはや優秀な私の部下。
私の言いたいことを理解しているかのように、ニャンコの瞳をじっと見て。
「なるほど――つまり……忙しいケトス様に代わり、ワタシが彼等に事情を説明して、世界滅亡を防ぐ聖戦に参加するように説得すればいい。ということですか?」
『おお! やっぱり君は優秀だね、分かってるじゃにゃいか! 大変だと思うけど、任せちゃっていいかな?』
もし、王都で何かがあった場合――死霊たちの存在が戦力になる。
彼等は私の呼びかけに応じた戦士。
きっと事情を知れば協力してくれる。
世界崩壊を防ぐためのフラグは多ければ多いほどいい。
私に頼られるのは嬉しいのか、学長は恭しく礼をしてみせる。
「お任せください。あなたの部下であるワタシを御信じ下さい。それで、後でこちらでも確認しますが、だいたいの数は――」
『さあ、千人以上はいるんじゃないかな?』
責任を押し付け気が抜けて――気軽に告げる私はルンルン♪
だって私、猫だしね~。
あんまり重い責任を押し付けるのは良くないと思うのだ!
さて問題解決と追加のバケツアイスを召喚してアイスをネリネリする私に、ヒトガタ君は固まったまま。
千人以上……ですか……と。
眉間に刻まれる皺にビシっと大きな手を当てる。
それはまるで頭痛を押さえるような仕草で。
しばし沈黙が続く。
あれ? なんだろう。
こういうやらかしをしても、いつも何とかなっているんだけど。
あー、そうか。今回はジャハル君がいないからなあ。
『もしかして無理そう? あー、だったら私の世界から側近を呼んで手伝ってもらうって手もあるけど』
「いえ! ワタシが一人で、かならず! かならず!」
歯をぐぎぎぎぎと食いしばって、可視化された魔力をゴゴゴゴゴと靡かせてヒトガタ君は唸る。
なんか知らないけど、凄いやる気になってるっぽいし。
大丈夫そうかな。
◇
呼び出した過去の英雄たちの亡霊の説得を、ヒトガタ君に丸投げ……信用し任せている最中。
既に私は行動を開始していた。
留学の件を一番まともそうな貴婦人教師に相談していたのである。
私の領域となっている図書館。
説明を受けるマダムは、ロングスカートを靡かせ椅子に座り――焔のペンでメモを取っている。
『と――いうわけなんだよね』
事情を説明した私はぶにゃん♪
マダムサンディは紅茶とお茶菓子を出してくれながら、はぁ……と重い息を吐く。
「なるほど。この禍々しい気配の群れは何事かと思っていたのですが……事件の犯人は、やはりまた、今回も……ケトスさんでしたか」
『今回もってのは酷いなあ。前回やらかしたのはマイルくんだったよ? 私、連続ではやってないし。セーフじゃないかな?』
先ほどの学長のように、マダムは眉間の皺に手を当てて。
「まあ、あなたにはお世話になっているので構いませんが――本当に学長お一人で大丈夫でしょうか。いえ、確かに事情を知っている人間は少ないのですし、お強く口も立ち、性格も素晴らしい学長なら適任ではあるのですが。なにしろ、数が数ですから。心配ですわね」
『んー……ちょっと押し付け過ぎちゃったかな。ジャハル君ならいつもなんだかんだで、それくらいやってくれちゃってたから、気が付かなかったけど……ははは、やっぱり多かったよね』
マダムが珍しく悪戯妖精のような顔で微笑み。
しとやかに口元に手を当ていう。
「ふふ、ケトスさんはそのジャハルさんという方に、少し甘えているのかもしれませんね。それにしても学長もお可哀そうに。きっと普段の側近の方に負けないように、今頃必死になっているのでしょう」
『あ!』
これ。
意識してなかったけど――ジャハル君とヒトガタ君を比較するような事になっちゃってたのかな。
『あちゃー……失敗した。そういうことをあんまり考えていなかったよ。上司失格だね、こりゃ』
「いえ、これくらい当然です」
ツンとした表情をしてみせたマダムは続ける。
「学長はワタクシを騙していたのですから――それくらいは頑張っていただかないと。今はもう割り切っておりますが、ワタクシ……本当に、少しショックだったのですから」
重い言葉ではなく軽い言葉でくすりと笑むマダム。
関係は良好そうである。
紅茶をチペチペと舐めて私は言う。
『今からでも手を回した方がいいかなあ。ちょっと今、猫に戻ってから時間が浅いから暴走気味なんだよね、私』
「学長のお気持ちを考えると、現状のままで宜しいのではありませんか? あなたに認められるための試練でもあると考えているでしょうし――なによりあの方は優秀ですから、問題ないと思います。まあそれでも……さりげなくサポートできるようには、しておきましょうか」
言ってマダムは焔の小鳥を召喚し、解き放つ。
魔術式を読み解くと、どうやら――ヒトガタ君の秘書に連絡をいれているようである。
私は瞳を閉じて、静かにヒゲを揺らす。
『頼むよ――君も優秀そうだ』
「ふふ。あなたのような大魔術師に言われると、悪い気分ではありませんね」
これでとりあえず問題は一つ解決――と。
連絡を終えた彼女はしばし考え。
紅茶を口にして、真剣な表情で唇を揺らす。
「さて、それにしても誰を王都へと連れていくか――ですか」
マダムは話が早くて助かる。
『ああ、戦闘能力って意味では私も生徒を把握しているけれど、パーソナリティ面はちょっとね。第一条件は私の正体を知っても問題なく行動でき、同行できる者。そして次に、世界崩壊の未来を知っても冷静でいられる者、になるだろうね』
「と、なりますと――」
生徒名簿を映像として顕現させるマダム。
そのメガネがスクリーンの魔力に反射し青白く輝く。
「どちらの条件も大抵の生徒は合格できるでしょう。ワタクシたちの生徒は、優秀ですから」
『おや、生徒を信じているんだね』
「それもありますが。僅かな期間でハプニングにはなれたと申しましょうか……あなたとマイルさんのおかげで、この魔導学園は大変鍛えられましたので――そう、本当に、色々な意味で……それは精神的な意味でも、です」
まあ、ブリの照り焼きで私を呼ぶような聖女様なのだ。
私がここに来る前にも色々やらかしていたのだろう。
私の方は――まあ。
久々の学園という場所でちょっと羽目を外してたりもしたが。
あまり考えるのは止めておこう。
『含みのある言い方がちょっと気になるが、悪いけれど任せちゃっていいかな?』
「ワタクシは構いませんが。ケトスさんが選ばなくてよろしいので?」
私は瞳を細めて、ぶにゃはははは!
『いやあ、どうもこういうのは苦手でね! この学園でこういう判断や選定を任せるのは、君が適任。最良の結果を得られると判断しているのさ。君は強者でありながらもよく目が届き、生徒一人一人を大事にしている。そんな君なら私には見えない部分も見えているだろうしね。人間は時に力に拘るが――そうだね、言葉にしてしまえば君には私にはない能力があるって事さ。頼りにしているよ』
言葉を受けたマダムが、ちょっとだけ顔を赤くする。
慌てて目線を逸らすように、生徒名簿を開き――彼女は言う。
「わかりました。では、お任せください。本日の夕食時までには候補をまとめた書類を持参し神殿に参りますので。しばしお待ちくださいな」
『ああ、頼んだよ。ありがとう、マダム』
マダムの胸のブローチが、なぜだろうか。
少しだけ嫉妬するように、ムムムと輝きを放っていた。




