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【SIDE:エリート令嬢エリカ】神父教師とお嬢様 ~謎のトンデモ教師~その2



【SIDE:エリート令嬢エリカ】


 大勢のギャラリーを引き連れて、お嬢様と神父教師は――ぞろぞろぞろ!

 向かうは、魔力が漏れぬ設計となっている訓練室。

 先の襲撃では守りの拠点ともなった施設だった。


 結界により外界と隔絶されたそこは、さながら闘技場。

 腕比べの猛者たちが、一対一で戦うような舞台上。

 異世界の英雄譚にでてくる、コロッセウムと呼ばれる娯楽建築物に似ているだろうか。


 実際。

 まだ平和だった頃のこの地。この舞台では――吟遊詩人による演奏会も行われていたらしいが、今はもうその面影はない。


 強いて名残を探すのなら――舞台を囲う二階席。

 見学用の魔力席だろうか。

 今現在。

 見物に集まってきた生徒たちの座るソレだけが、かつて行われていたエンターテイメントの名残を感じさせている。


 席はすべて埋まっている。

 謎の教師と聖女候補、いや、もはや聖女といってもいいほどに活躍をした令嬢エリカとの戦いは必見。

 ここは――そう。

 まるで、まだ平和だった頃のような活気で満ち溢れていた。


 エリカお嬢様は思う。


 ――ふふふ、このアタシの晴れ舞台じゃない!

 と。


 彼女には夢があった。

 まだ幼かったころの夢。

 今は亡き母との約束があった。


 あなたを強く、聖女候補になんて選ばれる程に強く生んでしまって、ごめんなさいね……と。

 いつも泣きそうな顔で詫びていた母に、言ってやったのだ。


 ――お母様! あなたは救世主になる聖女を産んで、これほどに賢く美しく育てたのですから誇りに思うべきですわ! アタシが必ず世界を平和にしてみせますから、楽しみにしているといいですわ!


 そう幼き我が子から宣言されて数年。

 母は、病床の中で言った。

 いつかこの世が平和になったら、好きな事をやって生きて頂戴ね、と。

 娘は言った。

 はい、お母様。先に旅立ってしまうお母様が悔しいと思うぐらい、幸せに……なってみせますわ!

 と。

 最後に微笑んだ母の顔を、エリカは今でもよく覚えている。


 あの日の約束。

 あの日の涙。

 あの時に覚えた無力感は彼女の力となっていた。


 そして、今日もエリカお嬢様は前を見て進む。

 対するは謎のヘンテコ教師。


 ――道化であったのなら排除するだけ。本物でしたら……アタシの夢のため、その力と技術を学ばせて貰うだけ。いくわよ、エリカ。だってアタシはあんなに優しいお母様の娘なのですから!


 黒の神父教師に訓練を申請したご令嬢――エリカお嬢様。

 訓練所についた彼女はふふん♪

 美しい妖精のような顔立ちに、不敵な笑みを浮かべる。


 ――その実力、見せて貰いますわ!


 互いに舞台に上がった後。

 ビシっと実力の読めない新人教師を指さし、少女は高らかに宣言していた。


「さあ、先生! 武器をお選びになってくださいな!」

『選べって言われてもねえ』


 黒の神父は頬をポリポリと掻きながら、周囲を見渡す。


『なんなんだい、この数のギャラリーは。そりゃあ、授業をする数は多ければ多いほど未来が変動するけれど、いくらなんでも多すぎだね』

「……? 未来が変動する? どういうことですの?」


 占星術師や戦術家系統。

 先を見る能力を有したクラスなのかしらと、エリカお嬢様は眉をピクンと跳ねさせる。


『ああ、すまない。こっちの話だよ。んー、そうだね。君はえーと……』


 考え込んでしまった神父の思考は読めている。

 なぜなら、自分もこの現象をよく起こすからだ。


「エリカですわ。エリカ=ハル=フランソワーズ。先ほどそう名乗ったではありませんか……覚える気、ないんですわね」

『そうそう、エリカくんだったね。エリカ=ハ……、フラ。……エリカ様はまずいか……エリカ君でいっか、覚えやすいし。いやあ、忘れていたわけじゃないんだよ。うん。勘違いをしてはいけないよ』

「そういう嘘はちゃんと覚えてから言ってくださいまし!」


 こいつ、絶対にフルネームは覚えないなとエリカお嬢様は確信していた。

 なぜなら自分も同じ。

 出会ったばかりの相手のフルネームなど、面倒なので覚えないからである!


 苦笑いをして見せる神父教師は、よっと聖書を亜空間に収納。

 長身と釣り合ったスタイルの良い肢体を伸ばして、コキコキ。柔軟を始めだす。


『エリカ君は私にどの武器を選んで欲しいんだい? なんだっていいよ、君の選んだ武器で稽古をつけてあげようじゃないか』

「そう、ですわね。ではアタシと同じく扇でお願いできますでしょうか? まさか、出来ないとは仰いませんわよね? なんでも教えてくれると、仰っておりましたものねえ!」


 それは名前すらもまともに覚えていない教師への嫌がらせのつもりだった。

 けれど相手は微笑していた。


『いいよ、扇だね』

「って、あなた! 男性なのに扇での戦い方をご存じなんですの!?」

『ああ、武器の使い方なら一通りは知っているよ。これでもそれなりに長く生きているからね』


 言って神父は訓練施設の収納亜空間から鉄の扇を取り出し、シュっと一度振ってみせる。

 長く筋張った神父の指に、閉じたままの鉄扇がそっと握られる。


 しなやかな手のスナップを見て、お嬢様は息を呑む。


 ――これは、あるいは本物……かもしれませんわね。


 エリカは表情を険しくさせ、戯れを捨てた。

 鉄扇を持つ手は確かに、扇での戦い方を知っている者の握り方だったのである。

 自身も戦闘用の扇を顕現させながら、エリカは問う。


「失礼ですけれど、あなた――おいくつなんですの? 歳がまったく読めないのですけれど」

『少なくとも君達よりはずっと年上さ』


 まあ、秘密だよと冗談めかして神父が苦笑する。


 優秀な男性は最前線に立ちやすく、早く死ぬ。

 故に、まだ若いと言える男性教師の数はあまり多くない。

 優秀だからこそ、死んでしまうのだ。

 だからだろう。

 端整な顔立ちの神父が微笑む――それだけで、ギャラリーにいた女生徒がキャーっと声を上げていた。


 当然。

 その横にいる男子生徒たちは面白くない。

 突然現れた、顔だけは整った臨時教員にやっかみの視線を送っている。


 きっと男子生徒たちはこう思っているだろう。

 やってくださいエリカ様! と。


「別にいいですけれどね。それでは先生――稽古、よろしくお願いいたします。肉体強化系の魔術以外は禁止。相手の武器を手から弾き飛ばした方の勝ち。実戦形式で構いませんわよね?」

『ああ、いいよ。その代わり、グルメ報酬を忘れないでおくれよ』


 訓練開始の合図は、魔術閃光。


 ――実力の分からない相手には先手必勝、ですわね!


 開始と同時に瞬時に魔術を発動。

 肉体強化練度を最大にし、エリカ嬢は跳んでいた。


 シュン――!


「この勝負、貰いましたわ――!」


 勝利宣言そのものが魔術詠唱。

 魔力で筋力強化した足を、カモシカのように一瞬の跳躍に注ぎ――教師の胴を薙いでいたのだ。


 それは必勝の一手。

 それは女で子どもだからこそ使える手段。

 この歳の乙女がこんな殺意で、こんな速度で防御を捨てて突進してくるはずがない。

 そんな心理。

 思い込みを利用した、超一流の戦士でさえ回避不可能な速度での一閃だった。


 筈だった。

 けれど、確かに薙いだはずの胴の反応がない。


『うん、悪くない攻撃だ。私じゃなかったら、確かに今の一撃で昏倒していたのかもしれないね』

「うそ……」


 ――当たっていない? 受け流された!? いえ、違うわ。届く寸前、刹那の間に――相手の扇の隙間に掴まれた!?


『けれど、初撃で止まってしまうのは非効率的だね。必殺の一撃だと思っていても、失敗した後の事を考えないとね。はい、おしまい』


 言って、神父は扇の隙間で挟んだエリカ嬢の扇を掴み上げ、武器を奪い取る。


 勝負は一瞬で終わった。

 観客たちが少しだけ残念そうな息を吐く。

 エリカの実力不足だと思われたのだろう。


 さすがに近接戦闘じゃあの優等生でも、まあ仕方ない。

 そりゃ魔術師相手なのだから、近接戦が得意そうな教師側が勝って当たり前か。

 そんな空気も出始めている。


 けれど、違う。

 エリカは思った。


 間違いなく、達人だ――と。


 負け惜しみではなく、少ないながらも死線を潜った彼女には理解できていた。

 これは、戦場の猟犬ハザマ先生と同じタイプ。

 魔力の強さや魔術の練度とは違った領域の力。戦闘において高みにある存在だと。


 その証拠は一部の生徒の視線。


 エリカ嬢だけではなく、気が付いた者達。

 何人かは瞬きすらも勿体ないとばかりに――眺めていた。

 この黒の神父教師の底知れぬ実力を凝視し、技を探ろうと観察していたのだ。


 その者達は皆、魔術では劣っているが白兵戦に特化した存在。

 武芸でその名声を築いた有名人たちばかり。


 見えた答えは二つ。

 この黒の神父が口先だけではなく、尊敬できる匠。生徒を導くに値する、価値ある教師だと言う事。

 そして反面。

 魔術の腕ならば、自分にも届く領域にある存在だと言う事。


 武芸に秀でた者達の特徴は、魔術の凡庸。

 魔術が得意な者達はその才能を伸ばされ、魔術の教育を重点的に施される。

 もちろん白兵戦の鍛錬もあるが重要視はされていない。


 それはエリカお嬢様も同じだった。

 事実。

 自信に満ちたエリカお嬢様も、白兵戦においては超一流には絶対に敵わないと認めていた。

 練度が圧倒的に足りないのだ。


 その逆をつけばあるいは――。

 武芸の達人相手に魔術で挑むなど、卑怯者だと思う者も出るだろう。

 それがエリカお嬢様には分かっていた。


 だから。


 ここで、ふっと眉を下げ――お強いですわね。

 生意気を言って申し訳ありませんでした、と頭を下げて微笑めば綺麗な一ページになるだろう。


 が、お嬢様はお嬢様だった。

 負けたことは認めた上で、けれどこう思っていた。


 魔術なら負けないですわ!

 と。

 そう! お嬢様は負けず嫌いだったのだ!


 なのでお嬢様は不敵に笑う。


「ふふふふ、おほほほほほほ! と、まあこのようにするのが実戦形式ですわ! さて、練習も終わったところで勝負の方法を考えましょう! 実戦では? 魔術を用いて戦うのですから? こんな模擬試合みたいな訓練は無意味ですものねえ!」


 おほほほほほほほ!

 と、あくまでも負けていない。練習であったのだとアピールする。

 観客たちも、またエリカ様がなんか阿呆なことを言っていると苦笑い。

 けれど。

 止めたりヤジを送らないのは、続きが見たいから。


 この世界の住人は娯楽に飢えていたのだ。

 暴走トンデモお嬢様と、謎の教師がなにやら愉快な事をやっている。

 それだけで、僅かな幸せを覚えているのだ。


 そしてなにより。

 先日の戦いでエリカお嬢様は学友たちを守っていた。

 やっかみや嫉妬を送る者だけではなく、感謝や羨望という形で受け入れている者も存在しているのである。


 続きを望む空気を眺めるように周囲を一瞥し、黒の神父は言う。


『それは、魔術戦を教えて欲しいって事でいいのかな?』

「そう受け取ってくれても構いませんわ!」


 ビシっと偉そうに胸を張り、ふふんと少女は笑みを作る。

 負けてたまるもんですか!

 そんな前向きな力強さをみせるお嬢様を見て――黒の神父は、少しだけ笑みを作っていた。


 お嬢様と神父教師。

 おかしな二人の喜劇はまだ続く。






 ▽▽▽









 ▽▽









 ▽






 けれど。

 これが喜劇だと誰が言ったのだろうか。

 誰も言っていない。

 誰もが勝手に余興だと、勘違いしているだけ。


 皆は知らないのだ。

 この男の底知れぬ魔術の練度を、武芸よりも高みにある魔術の極みを。

 この場にいる若者は、まだ誰も知らない。


 若者は笑う。

 楽しい余興だと微笑む。

 その果てにあるモノを、知らずに――。


 歯車は、着実に動き始めていた。



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