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貴婦人の受難 ~明日への肉球~後編



 教師とニャンコが集まる学園敷地内の神殿。

 月夜の下で行われる終末会議。

 黒猫は――終わりを告げる未来視を語る。


 まあ、その黒猫こそが異界より降臨せし大魔帝。

 偉大で優しい魔王様にケトスと名付けられた猫魔獣、ようは私なんだけどね!

 会議と言っても、ご飯の最中の会話なんだけどね!

 コタツに入ってポッカポカなんだけどね!


『うむ、このサンマさんも我の贄にふさわしき馳走である! 良いぞ、良い! もっと我にグルメを持ってくるがいいのである!』


 くはははははは!

 くははははははは!

 あ、ついつい闇の魔力を滾らせて哄笑を上げてしまった。


 魔王様に愛されしモッフモフな獣毛は、今日も素敵にキラキラ輝いている。

 肉球がピョコンときらめく足の裏まで可愛いんだから、さすが私だよね。

 ともあれ!

 終わりを問う貴婦人、マダムサンディに私は応じていた。


 表面の皮までパリパリでおいしい、塩をまぶした焼魚さんを銜えながら。


『と、まあ――グルメはともかく。おそらくこの世界が滅びるのは確実さ。何もしなければっていう前提がつくけどね。まあまず間違いないだろう。私の未来視だけではなく、私の友人で全てを見通す神鶏のお墨付きだ』


 魔術通信した時のニワトリ卿の真似をしてみせて。


『彼、笑ってたよ? クワクワ!? ケトスよ……こりゃこの世界は詰んでおるぞ、おしまいであるな。そんな下らん世界で遊んでいないで早く帰ってこい、余と酒を飲みかわそうぞ! クワーックワクワ! ってさ。そりゃ信じないって自由もあるけれど。それはあまり前向きではない判断だろうね』


 頬に手を添えて貴婦人は、ふぅ……と吐息を漏らす。


「そう、ですか――困りましたわね」


 肩を落とす彼女の空気にはちょっと違和感がある。

 何かこう。

 軽いような感覚があるのだ。


『そりゃ、まあ困るだろうけど。別に、無駄に驚けってわけじゃないが――何か他に気になる事でもあるのかい?』


 しっぽをくるりと回し、首も倒して私は問う。

 げんなりとマダムは応じる。


「いえ――マイルさんにそんなことを話してしまったとなっては……明日には生徒の半分は滅びゆく未来を知ってしまうでしょう。何か対策を講じないと、絶対に悪意なく喋ってしまいますわよ? ワタクシには分かります。よーく、分かります……ええ、本当に、もう嫌という程に」

『あぁ……、そっちか――』


 この貴婦人。

 世界が滅びるかどうかというのに、意外に冷静である。

 これ。

 絶対に普段から、聖女マイル君にある意味で鍛えられてるせいだよね。


『まあ、とりあえずマイル君の口止めは後で考えるとして。滅びを回避したいのなら動く必要がある。世界なんてモノは簡単に生まれないんだ、このまま滅びたいわけじゃないだろう?』

「もちろんでございます。けれど――そう言われましても、具体的にどうしたらよいのか――貴方もご存じの通り、この世界は既に主神たる柱、大いなる導き様を失った世界。神が残してくださった加護も徐々に失われているのです……既に選択肢があまりないのですよ」


 失った者への想いを浮かべるように、貴婦人はブローチにそっと手を乗せる。

 彼女もきっと、想いを託され――残された者なのだろう。


 そんな彼女の癖を猫目で眺めて、あえて触れずに――。

 私は静かに語る。


『何が原因で滅ぶのか、それにもよるだろうけど――前提として、まずはこの世界全体の強化、戦力の底上げが必要だろうね』


 くふふふふふふふ!

 既にアイディアを決めていた私は、ご飯粒をつけたままの猫口をニヒィ!

 私の悪戯貌に気が付いたマイル君が、サンマのハラワタを箸で器用に取り除きながら。


「あら、ケトスちゃんには何か考えがあるようですわね」

『まあねえ~♪』


 ここにいる教師たち全員を見渡し、私は胸のモフ毛が目立つようにふふん!

 偉そうに告げる。


『君達は教師だろう? 簡単な事さ、生徒達を戦力となるように教育すればいいだけの話だよ。死んでいる筈だった者が授業を継続するだけでも、滅ぶはずの世界の運命がかなり変動するだろうからね。そこに私の力と知恵も足すんだ、更に運命は変動する。言いたいことは分かるかな?』


 教育。

 そこに希望があると、私はそう考えているわけである。


 まあ――最終手段というか裏技として。

 私側の世界や、私の影の世界――ドリームランドでこの世界の生き物を引き取るという選択肢もあるが――まだそれは黙っておいた方がいいだろう。

 いざとなったら助かると思っていると、それに頼る道を選んでしまう可能性もあるからね。


 裏技にも問題は一つある。

 ドリームランドは私の夢と影、そして心と魔力が揺蕩う世界。

 たぶん長く滞在すると、全員――猫化しちゃうんだよね。


 ともあれ、私がやろうとしている事を察したのだろう。

 魔術師の顔となったマダムサンディが、顎にチョークダコの残る細い指を当て。


「なるほど、本当にワタクシたちが死んでいる筈だった魂なら――バタフライエフェクトが発生するわけですね。それも教育という羽ばたきを起こした場合、生徒の数だけ変動が起きる。未来への影響は大きくなると予想されますわ」

「そう言う事ですか。可能性はありますね」


 横で話を聞いていた私のおニューな部下で学長、ヒトガタ君も同意する。

 ハザマ君もなるほどね――と、微笑。


 教師たちが納得する中。

 きょとーんと、聖女教師マイル君が大きなメガネを傾けて言う。


「バタバタ……なんですの、それ?」


 いつか出逢った、どっかの鑑定娘みたいな反応である。


 遠くの方で、ハザマくんの苦笑する声がして――更にマダムサンディが頭を抱える中。

 ヒトガタ君の方が淡々と説明を開始する。


「バタフライエフェクト。混沌魔術と運命学の分野の言葉ですね。蝶の羽ばたき程度の風であっても、その現象は未来へ影響を与える――因が生まれて結果が発生するという考え方ですよ。つまり――小さな風であっても、先の未来へ進むにつれ、大きな風へと繋がることもあるということです」


 クール教師な顔で、かつて魔物のボスだった男は教鞭をとる。


「そうですね――例えばワタシが木の苗を埋めたとしましょう。数十年と経ち、その樹に実った果実がたくさんの生命を育むこととなります。果実の実りが人々の飢えを癒し、動植物の生命循環の助けともなるでしょう」


 言葉を区切り、闇の部分を強調するように学長の男は続ける。


「その反面。果実の奪い合いで人が殺し合い、死を招くこともあるかもしれません。動物たちも縄張り争いを開始するかもしれません。集まった動物を狩る人間がでるかもしれません。ハンター同士がそれぞれに縄張りを主張し、殺し合いをするかもしれません。ワタシはただ苗を植えただけであるのに、多くの命を救い、同時に命を奪ってしまった事になります。苗を植えるか植えないか――その選択で未来は大きく変動するのです。そして我々は滅びの未来を観測している。ここまで語れば、もうお分かりですね?」

「それが、未来とどう関係がありますの?」


 お分かりでないようで――。

 聖女様の頭の上には、それはもう見事なハテナマークが舞い踊っている。


 ヒトガタ君がマダムサンディのように、眉間に手を当て黙り込んでしまった。

 この天然聖女様にどう説明するか、悩んでいるのだろう。

 引き継ぐ形で、動いたのは――魔導チョークで空に図説を浮かべたマダムサンディ。


「つまり、ワタクシがもし過去に戻る事ができ――貴女にブリの照り焼きの作り方を教えないようにしていたら、どうなるでしょうか? 大魔帝ケトスさんは召喚されずここには存在しなかった――その結果、ここにいる三人、ワタクシとハザマ先生と学長は救われることなく――死んでしまっていたのでしょう。未来を変えたいのなら、その逆をするのです。何が原因で滅びてしまうのかは分かりませんが、滅びの未来を知った上で滅びる筈だったワタクシたちが生徒達に教育を施せば――何かが変わる筈です」


 おおむね、その通りである。

 まあ、その結果が良い方向に進むという確証も無いわけだが。


 私は魔術師としての先輩として、にゃほん!

 知識を自慢!

 ではなく、実際に未来を変えようとしているのだから、うん――アドバイスをするべく会話に割り込んでいた。


『大事なことを一つ忘れているよ。運命の流れを変えるには最低限、条件が追加される。君達は知っているかな?』

「それは――初耳ですね。ワタクシ、魔術師として大変興味があります」


 マダムは存外に魔術に対する探究心が強いのだろう。

 まるで少女のような顔で、私のモフ顔を眺めていた。


 素直な生徒は嫌いじゃない。

 そして、魔術に対して貪欲である姿勢も――嫌いじゃないのだ。

 私はもったいぶらずに瞳を細めた。


『運命に干渉するには、禁術レベルの魔術や現象が必要だと言う事だ。一定レベルを超えた力でないと、世界の流れに修正され――変動はごくわずかに留まってしまうのさ。ああ、これは心配なく。今回だけなら私が関わっている時点で、禁術なんてモノはとっくに超えた魔力が発生している。そしてなにより、私も力を貸すことでこのハードルは超えられる。まあ知識として覚えておくといい。もし滅びを回避したのなら、君達は明日へ向かって進んでいかなくてはならないのだからね』


 ドヤらないでゆったりと語る事で、結果的にドヤるよりもドヤへと繋がる。

 ドヤらずのドヤ。

 私の必殺技である。


「勉強になりますわね――なるほど、禁術と呼ばれる類の術がどのレベルに属するのかは分かりませんが――。これで長年の謎が一つ解明されました、未来への干渉儀式魔術の多くが失敗に終わる原因は、そこにあったということですね……これは学術にまとめる必要があるでしょう」


 顕現させたメモ帳の魔導書にサラサラサラと記入しているようだ。

 勉強熱心な紅蓮の魔女様を横目に、私は言う。


『ヒトガタくん。君の配下の魔物達はどうなっている? 滅びの未来を変えるのはなかなか大変だからね。できたら人間だけでなく魔物達の力も増強したいんだけど、今動けるのはどれくらいかな』


 しばし虚空に魔力を流し、ヒトガタくんは言う。


「リポップ待ちの魂や、植物化している数名を抜いて考えると、三十名と少々ですね。さすがにワタシの群れではない魔物には干渉できませんので――もし魔物の力も必要なのでしたら、ワタシのような中ボスを倒すか説得するかし、支配権を奪う必要があると想定されます」

『中ボスの方は理解したけど――君の部下というか眷族? そんなに残っているのかい? あの襲撃でほとんどがリポップ待ちだと思っていたんだけど、私の索敵にも魔物の気配は引っかからないし』


 うにゅうにゅ!

 モフ耳を立てて気配を探るが――やはり反応はなし。

 まさか、私の感知から逃れる程の存在がいるとは思えないのだが。


 ヒトガタ君は穏やかな微笑を浮かべたまま、告げる。


「簡単な事ですよ、我が主。彼らは魔物であり、魔物ではありませんからね。ワタシが人間へとリポップしたように、新入生として魔物から人間へとリポップした存在が紛れ込んでいたら、どうでしょうか」

『うわ……それってまさか――この間入ってきた生徒たちの中に……』


 ジト目を向ける私に――褒められたと勘違いしたのか。

 ちょっと自慢げに彼は言う。


「ええ、新入生の中にリポップした元魔物の人間族を紛れ込ませました。本来なら襲撃の後にそれぞれが活動を開始する筈だったのです。貴方様の介入で覚醒させる前に、こうなってしまいましたが――彼等も魔物であり人間。人間としてリポップした時に疑似人格が動作している筈です。そしてもちろん、その主はワタシに設定されております。魔物のボスとしての魔力で連絡を入れれば魔物としてでも、人間としてでも協力してくれると思いますよ?」


 結構、策士でやんの。

 突っ込もうかと思う前に、彼は眉を下げて言う。


「ただ、彼らは既に人間として十数年生きた存在です。人間の母から生まれた人間の身体と心を持った存在です。既に自我は彼らの魂として自立、人間の器に合わせて同期し始めていると予想されます。ワタシも――そうでしたので。なので、人格を支配するような強制命令は出したくない、それが本音ではありますね。リポップを繰り返しても記録と記憶を維持するワタシとは違い彼らは、そのまま人間として天寿を全うする事もできるのですから」


 んでもって、やっぱり悪になり切れないでやんの。

 人間として生きる道を選ぶ権利もある。

 そう言いたいのだろう。


 そして、おそらく本音も――。


 前も思ったけど、ほんと……人間であろうとしているからこそ誰よりも正しく生きようとしてるんだよね、ヒトガタ君。

 ……。

 もうちょっと気楽に生きればいいのに。


 ま、それはさすがにお節介か。


『んじゃあ、人間のままその生徒達も合わせて明日からは猛特訓かな。とりあえず教育をしてみて変化を見よう。その間に、ヒトガタ君は私が王都へと入り込むための手筈も整えておくれ。方法は任せるけど、できるかな?』

「全ては我が主の御心のままに――」


 魔導書を浮かべ恭しく礼をする姿は、やはり魔族幹部っぽいでやんの。

 ともあれ!

 皆を見て、私はニヒィと猫笑い。


『私も協力するから、君達もちゃんと協力しておくれよ。この世界の未来は君達の教育にかかっている、なんてね――それと、ちゃんと滅びの未来が解決出来たらグルメ報酬、頼んだよ!』


 この場に集まった全員に凛と告げて。

 はい、会議は終了!

 と――私はごはんのお代わりを、既にごはんを構えてニッコニコで待っていたマイル君に要求したのであった。


 ◇


 さて、彼等には敢えて言わなかったが――なぜ私が、王都やリポップポイントに直行しないのか。

 原因となる存在を探り、抹消しないのか。

 それにはもちろん理由があった。


 この世界の未来を見て貰ったロックウェル卿に、アドバイスを受けたのである。


 私だけが動いたところで滅びの未来は変えられない。

 この世界に生きる存在が、自らの力で成長をしなければ道は必ず途絶えてしまう――と。


 はぁ……。

 これが実はけっこう厄介なんだよね。


 私には運命を捻じ曲げる力があるとはいえ、ロックウェル卿の未来視は最上位の先見の能力。

 彼が詰んでると――そういうのなら、未来を変える道は険しい。

 私一人が頑張ったところで、かなりの確率でこの世界は結局滅んでしまうのであろう。


 だからロックウェル卿は言ったのだ、早く帰って来いと。

 彼は知っているのだろう。

 きっと、なんだかんだといっても――既に関わってしまったこの世界が滅んでしまえば、私が少しだけ心を痛めてしまうのだろうと。


 月夜の下。

 コタツの中で私は考える。


 どうでもいいと言う心も本当だし。

 ちょっとは心配しているというのも本当。


 私の中に、異なる正解が同時に存在しているのだ。

 猫心と秋の空はきまぐれなのである。


 ま、今すぐどうこうなる話じゃないし。

 教育を済ませて戦力を整えたのちに行動するしかないか。

 失敗したら、うん。

 みんなにはドリームランドの猫になってもらうしかないね。


 それはそれで、きっと楽しいだろう。

 永遠に、私と共に終わらず揺蕩う夢の世界へ――。


 ともあれ、私は瞳を閉じた。

 お腹いっぱいに食べたので、眠るのだ。


 明日は再開する学食のオムライスも待っているし。

 プリンもあるみたいだし。

 ……。

 別にしばらく学食を堪能するために、教育をするという名目で――無駄に時間をかけているわけではない。


 そう、名誉のために記入しておこうと思う。

 うん。

 はてさて、主神を失ったこの世界はどうなることやら。



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― 新着の感想 ―
[良い点] さてさてどうするケトス様("⌒∇⌒") [一言] う~ん…。あのロックウェル卿が詰んでるって言ってるならケトス様の考え通りかなり救世は難しい道程でしょうな(ToT) ケトス様がねじ曲げた…
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