貴婦人の受難 ~明日への肉球~前編
お月様がキレイな夜。
今日も今日とて、にゃんこ神殿の通気口には美味しい夕食の煙が上がっている。
それは――。
大規模な魔物襲来事件の翌日、事後処理が済んだ後の出来事だった。
ダンジョン遠征自体が罠だと気が付いた聖女マイルくん一行。
彼等遠征組が飛んで戻ってきた日の夕食時。
いつものように大魔帝ケトスこと私、素晴らしき魔猫でモフモフな大魔族は絶好調!
新しい部下もゲットし、さあ進め!
世界崩壊を喰い止めろ!
全てはまだ見ぬグルメのため!
乗っ取ったままになっているニャンコ神殿に広がるネコちゃんコタツで、幹部会議を行っているのである!
ででーん!
麗しき私の大活躍のおかげだろう、今回の事件の犠牲者はゼロ人!
奇跡的な結果に終わり、この戦いは大勝利!
いやあ、全てが解決だね――!
と、行きたい所であったのだが、今後のための打ち合わせなどをしておきたいからね。
それぞれに事情や状況などを説明する必要もあり、この世界での私の関係者を招集していたのである。
滅びの未来を回避するため、全てを打ち明ける事にしたのだ。
むろん。
ご飯を食べながら。
まあ議題は世界崩壊をどう食い止めるか、なのだが。
私の視線の先にあるのは――サクサク衣に包まれた豚肉さん。
薄い肉を重ねてミルフィーユ状になった、特殊な製法のポークカツに注がれている。
にくきゅうで、むぎゅっ。
握ったお箸で器用に掴んでぇ――。
サクリ!
んーみゅ、むっちゅむっちゅむっちゅ♪
肉のミルフィーユの真ん中に、とろけるチーズが仕込まれているのだろう。
噛む度に、肉の断層の隙間からじゅわじゅわ~♪
ふんわりチーズの味が広がる。
添えられたキャベツも一緒に口に頬張って。
もーぐもぐもぐ!
『くはははははははは! 我の贄にふさわしき夕食である!』
口溶け濃厚な素敵なトンカツさんをモグモグしながら、私はぶにゃん!
むふーっと、幸せホクホク顔で言う。
『とまあ、そんなわけで――死ぬはずだったハザマくんとマダムサンディの運命を、ちょっと弄って私が拾って。学長さんこと魔物の中ボスだったヒトガタくんは、既に私の部下になっていて。んでもって、この世界からは既に主神の加護が失われているから滅ぶ運命にあって~、私も滅びの未来視をしていて。マジで滅ぶ可能性が高いから、どうにかしないとぜーんぶ消えちゃうんだよね。にゃはははははは! いやあ、君達、大変だねえ!』
そんな私の目の前には、此度の戦いを記録した魔術映像が映っている。
事情を説明すると同時に、いない間に何があったのか――聖女マイルくんに見える形で提示したのである。
食事を楽しみながら全部の事情を説明して、最後にかるーくまとめて話す私に対し。
聖女マイル君と臨時教員ハザマさん。
そして私のおニューな部下、ヒトガタくんは――なるほどと頷き納得しているのだが。
赤い髪の目立つ貴婦人教師ことマダムサンディは、なぜか頭痛を抑えるように眉間に手を当て。
「えーと、ワタクシから一つ……ではありませんね。山ほどに話も聞きたいこともあるのですが、まずはよろしいでしょうか?」
『どうしたの?』
きょとんと首を傾げる私。
装備する魔獣登録首輪がキラリと輝いて、かわいいね?
「つまり、聖女マイルさんがワタクシの教えたブリ照りで――……、えーと、なにをどうしたらそうなるのか分かりませんが、あろうことか異世界の大邪神で破壊神、制御できない程の大魔族である大魔帝ケトスさんを召喚してしまった、と。ここまではよろしいでしょうか?」
『よろしいですねえ。にゃはははーごめんね~、まさか私もブリ照りで召喚されるとは思っていなかったから。そりゃ驚くよね』
肉球を見せる形でペラペラ手を振って、キリリ!
おかわりなのにゃ!
と、山盛りご飯を待つ私に炊き立てごはんを用意してくれながら、マイルさんが言う。
「あら、そんなに頭をお抑えになって――なにをそんなに怒っていらっしゃるの? サンディ先生。ストレスは溜め過ぎるとよくありませんわ。マダムもケトスちゃんと一緒にご飯のおかわり要ります?」
「怒っているのではなく、あまりの事態に頭がついていかなくて――頭痛がしているのですよマイル先生。それと、ごはんのお代わりは間に合っておりますので、顔の前にグイグイお茶碗を押し付けるのはお止めなさい。いま、すぐに……っ」
うわぁ……気品あふれる貴婦人の前に、よくあんなにグイグイできるなマイル君……。
「まあ大変! その御年で頭痛ともなると、血圧や血糖値も不安ですわね。わたくし、すぐに医療魔術を研究いたしますわ……」
「こんな話を聞かされて、それでもいつもと変わらない貴女が羨ましいですよ。ミス・マイル……お気遣いは嬉しいのですが、本当に、お構いなく」
んーと、納得していない顔の聖女マイルの追撃が光る。
「そう、ですか? わたくしは死なないし老いないので詳しくありませんが……男性も女性も一定の年齢を超えると若い時と同じ生活がだんだんと難しくなるそうですから。すぐにおっしゃってくださいね? わたくし、いつでも相談に乗りますので」
相変わらず、一言多いんだよなあ……天然煽り体質のマイルくん。
あ、マダム。
頭に怒りマークを浮かべつつも完全にマイル君をスルーして、こっちを見た。
「とにかく、話を進めさせていただきます。ハザマ先生の命を救ってくださった経緯も分かりました、そして――おそらく、奇跡を上回る魔術でワタクシを助けてくださったのも大魔帝ケトスさん、貴方なのでしょう」
『まあ、そうなるね。感謝はそれなり程度で構わないよ。君にはマイル君に美味しいブリ照りを教えてくれたっていう偉業があるからね。いやあ、あれはなかなかに美味だった』
ブリ照りを思い出して、じゅるり♪
にゃはーっと口角をつり上げる私を見て、マダムは深々と頭を下げる。
「生徒のみならず、ワタクシの命まで救っていただき……どうもありがとうございました。心よりの感謝を――」
頭を下げる角度がキレイだからだろう。
胸のブローチまでまるでお礼を言っているように見えて、私のモフ耳がぶわっと揺れた。
ありがとう――と、声がしたのだ。
きっと、そこには様々な想いが込められているのだろう。
故人の形見が守りの護符となる魔術現象が起こっているのかもしれないが、ともあれ。
『君のような品のあるお嬢さんに心の底から感謝されるのは――まあ悪い気はしないね。けれども食事中だ、ほどほどで構わないよ』
私は存外に穏やかな声で応じていた。
マダムが本当に感謝していると理解できたからだ。
頭を上げて、彼女は僅かに瞳を伏せながら。
「まさか時間逆行魔術を行使する大魔族の方が、ブリ照りで……召喚されてしまうとは――ええ、やはりまったく理解はできませんが現実なのですから、ええ、認めないわけにはいきませんね。けれど――」
目線を私から、その横で座る男に移し。
瞳を鋭くさせてマダムは言う。
「学長、まさか貴方が魔物側のスパイだったとは」
「言い訳は致しません。ワタシが人間を騙し、潜伏していたのは紛れもない事実なのですから」
かつて魔物のボスと呼ばれた男。
私の部下となったヒトガタくんは、真顔クールで端整な顔立ちをそのままに淡々と言う。
「しかし、ワタシを罰し退治しようというのでしたら。それなりの覚悟をしてください――以前ならば死を受け入れる事も選択肢にありました。何度死んでもリポップするだけでしたから。けれど、ワタシは変わりました。大魔帝ケトス様との出会いがワタシを変えました。この方が変えてくださったのです。この方に仕えると誓ったのです。死んでしまったら、この御恩に報いる事ができなくなってしまいます。それはとても悲しい事だと、ワタシは考えているのですよマダムサンディ」
と、私の召喚した蜂蜜紅茶をズズズと飲みながらヒトガタくん。
どうやらあの蜂蜜の甘さが気に入っているようである。
「そして、ワタシはこうも思うのです。貴女とは戦いたくないと――けれど、ワタシの最優先事項はもはやケトス様に向けられるべき感情なのです。敬い守るべき淑女である貴女を多少、傷つける事となっても……ワタシはケトス様の役に立つために生きなければならないのです。どうか、そこはご容赦ください」
寂しそうに呟いて――ヒトガタ君は言う。
その周囲には彼の能力なのだろう、異形なる巨大な魔導書が無数に浮かび始めていた。
エメラルド碑文録。
悪魔が記したとされる巨大聖書。
人々の幻想が産んだとされる、狂える死者の書まで浮かんでいる。
それらは異界に伝わる力ある魔導書の写本。
模造品であるようだが、その力はそれなりに強い――さすがは長年生き続けた、魔物の中ボスといったところか。
ボスとしての貫禄を残したままの魔力は、まあそれなりに悍ましくも禍々しい。
並の人間相手ならば、肌をぞっとさせるほどに鋭く伝わっているのだろう。
私とマイル君にはまったく効果はないが。
私の部下となった男は、薄い唇を静かに蠢かす。
「だからどうか、ワタシを殺すというのなら――覚悟をしてください。全てはケトス様、怠惰なりしも慈悲深き御方のために」
なんか、私の横で。
ラスボス前に立つ忠臣みたいな存在として、ギラギラギラギラ。
人としての形を保つヒトガタくんが、顕現している。
個体名も――荒ぶる魔猫の忠臣とかいう、なんか無駄にカッコウイイ名が表示されてるし。
どうやら長年、主という存在に飢えていた彼は私というボスを心から受け入れているようで。私への忠義がすっごいんだよね……。
けれどもマダムを裏切っていたのも事実で、それが守るべき女性であると考えているのも事実で。
だから、寂しい顔をしているのだろう。
対するマダムは魔力を構えもせずに、凛と佇んでいる。
はじめから戦う気などなかったのだろう、ため息に乗せて貴婦人は告げた。
「なにを馬鹿な事をおっしゃっているのですか。大魔帝ケトスさんの部下となった方に危害を加える程、ワタクシは浅慮ではありませんよ。ただやはり、貴方ほどの聖人で善人だった方が、よもや今回の事件の首謀者であったというのは……率直に言って残念であったと、そう思っているのです」
「そう――ですね。それはワタシには詫びる事しかできないでしょう」
この世界の人類にとってヒトガタくんは――長年戦い続けている魔物達、その悪の権化。幹部のような存在。
まあ、当然、思う所はあるのだろう。
それが人として、手放しに尊敬できるような学長であったのだから、想いは更に複雑なのだろう。
それに、死者こそ出なかったが負傷者は出ている。
実際――私が時間に干渉しなければ、マダムサンディの生徒は死んでいた。
一度、教え子の死を見てしまった彼女にとっては割り切れない部分もある筈だ。
様々な戦場を経験しているハザマくんはわりと達観した死生観を持っているのか、はたまた既に割り切っているのか。
まあ、任せるよ――と。
ご飯に煙が掛からないように遠慮して、窓に向かってタバコの煙を流している。
マイル君は……うん、マイル君である。
だからトラブルとなりそうなのは、学長ことヒトガタくんとマダムサンディなのだが。
ま、私が間に入るしかないか。
『はいはーい、ストップ。恩を押し付けるような言い方をして悪いが、マイル君以外の君達は私の介入が無かったら終わっていた筈の魂。既に全員が死んでいた筈の存在だ。一応、恩人となる私の顔を立ててくれるのなら、穏便に済ませてくれると助かるんだけど?』
「失礼いたしました。我が主よ――ケトス様を不快にさせてしまったのなら、心よりお詫びを……人間の文化には指を切り落とすというものがあると聞いたことがあります。ワタシは何本を切り落とせばいいのでしょうか?」
こいつ。
忠義が行き過ぎて暴走しないだろうな……。
『あー、そういうのはいいから……怒ってないし。不快じゃないから気にしないでおくれ。それと、マダムサンディ。君の気持ちも分かるけれどね、世界の滅亡、終わる世界を止めるためだと思って我慢をして欲しいんだけど、駄目かな?』
るるるにゃーん♪
必殺! 可愛いネコちゃんのおねだり攻撃である!
冗談みたいに言っているが、これは話術スキルの一種。
先導の能力の一つなのだ。
魔術判定は――成功だ。
「か、かわいらしい――あ、いえ……すみません。恩人であり、麗しき猫魔獣である貴方にそう言われてしまっては……仕方ありませんね。とにかく、全てを納得したわけではありませんが、事情は分かりました。学長も……お話を伺う限り、正しい人間であろうと人を助け続けていたのは事実なのでしょうし。ワタクシがどうこう言う事は致しません。それで、話を戻しましょう。肝心な事を聞きたいのですが――」
明らかに空気を変えて、マダムは厳格な教師としての顔で問う。
「世界が滅びるというお話は本当なのですか?」
『ああ、十中八九ね』
私の返答に、皆の顔が引き締まる。
私もお箸を下ろして、顔を引き締めた。
空気を読む私、偉いね?
この私がここまで真面目な顔をしているのだ、ちゃんと話は進む……。
筈だったのだが。
……。
聖女マイル君だけは追加のご飯にサンマを焼き始めている。
風の魔術を巧みに操り、大根おろしを作り出している。
浮かぶ学長さんの魔導書から勝手に魔力を引き出し、緑茶を生成している。
ふと――。
変わる空気に気が付いたらしい聖女は、あらあらまあまあと慌てた様子で。
「ごめんなさい、何か大事なお話をしてましたかしら?」
『いや、続けたまえ――』
私もまた、厳格な顔で焼魚の調理を促し――キリリ!
魔王軍最高幹部としての声で続ける。
『皮はこんがり焼いておくれ、焦げ過ぎないように、けれどお塩が効いた皮の表面がパリパリだと――なお良い。可能かな?』
「うふふふ、分かっておりますわ。焼魚の時のケトスちゃんは、いつもそうですものね~♪」
焼き目がつき始めたサンマ。
脂の香りが濃厚に漂い始める中。
とにかく、私達の会議は続く。




