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蠢く世界 ~歯車を動かすニャンコの手~ その1



 ワンコとコタツ会談をしてから日が開けて。

 朝の陽ざしも心地良い、天気の日。


 いつもの通りおいしい朝ごはんも一緒に食べて――。

 魔物の巣窟となっている最寄りダンジョンの様子を見に行くという、聖女マイルくんと愉快な討伐隊の一行を見送って――。

 私は先日に話をした通り、魔導学園の図書館に潜入していた。


 こちらの世界の知識を回収するつもりなのである。


 新入生が入ってきたという事で、学び舎は賑やか。

 ぽかぽか太陽の下――学内の広場では、学長のありがたいお話やら入学儀式の祭事が行われている様子。

 その反面。

 静かさを求める作りになっているのか、少し離れた場所にある図書館付近を歩く人影はまばらだった。


 つまり、黒猫の私が一人で行動していても問題なし!


 誰もいない図書館のどでかいテーブルの上によっと飛び乗って。

 悪戯ネコの顔で私はニヒィ!


『くははははは! 愚かなる人類よ、大魔帝ケトスこと我、かわいいニャンコの華麗なる潜入なのである!』


 と、哄笑を上げる私、かわいいね?

 気高いそのモフ耳を揺らすのは――少し酒焼けをしたお姉さんの声。


「いや、問題ありだし愚かで悪かったね。本当ならここは関係者しか入れないんだから……ほら、あんたの魔獣登録証だ。ちゃんと持っておいておくれよ」


 背の高い本棚と本棚の隙間から現れたのは――草臥れた女傭兵っぽい臨時教師、私と契約を交わしたハザマさん。

 薄着に長い白衣を纏ったお姉さんである。


 その手の中に浮かぶ魔獣登録証の魔道具をペラペラさせて、苦笑している。


『おや、ハザマ君。おはよう――って、あれ? なんで私の心の声が聞こえていたんだい? もしかして君にも心を読む能力があるのかニャ?』

「なんでって、あんた……おもいっきし口にしてたんだけど――? まさか、気付いてなかったのかい?」


 ぜんぜん、気付いていなかったのである。


 悪戯ネコを見つけた顔で微笑む彼女から、ついつい目線を逸らしてしまう。

 さすがに。

 お行儀悪く図書館の机にドデン! と、乗っているのを見られてしまったのも気まずいのである。


「ほら、司書さんが戻ってくる前に降りとくれ。あたしはまあ、図書館の机の上で丸くなっている猫ってのはかわいくて、風情もあるし――嫌いじゃないけどね。調べ物が終わる前に、追い出されたくはないだろう」

『くはははははは! 我を追い出す輩なぞ、この我のすばらしき力と魅力をもってして、逆に追い出してくれるのニャ!』


 開き直った私の身体が、ぶにゃーんと浮く。

 魔力無しでも動くようになった腕でハザマくんが私を抱き上げたのだ。

 ポカポカ太陽で温かくなっている床に、ゆっくりと降ろしてくれる。


 あー、爽やかな風も通る図書館の温かい床ってのも、悪くないかも。

 私はハザマさんをじぃぃっと見上げて、うにゃん!


『せっかく抱っこしたんなら、もっとモフモフしてても良かったのに。もしかして、遠慮しちゃった?』

「あんた、もしかして猫魔獣形態の時って結構甘えたがりだったりするのかい? そりゃあたしも可愛いネコちゃんをずっと抱っこしていたいけどね、探し物をしているあんたを邪魔するのも、ねえ?」


 そういえば。

 私って、調子に乗ったり気分が乗ったりしてると声に出しちゃう癖があるっぽいし。

 猫の本能が前面に出ている時にポカポカ太陽を浴びると、魔王様との温かい日々を思い出して甘えたくなっちゃうけど。

 ……。

 誤魔化すように、私は真面目な表情で澄ました猫顔を作る。


『さて――冗談はこれくらいにして。神経が再接合された腕はどうだい? 魔族相手なら慣れているんだが、人間相手だからね――経過を聞かせておくれ。違和感や不備があるなら再調整するからね』

「全然違和感がなくて逆に驚いている所さ。まさか、もう二度と動かないと思っていた腕が蘇るなんて、アンタが可愛らしいニャンコ様じゃなかったら――へへぇ! ケトス様って拝んでいる所だよ。本当に、感謝しているよありがとう」


 二度と戻らないと言われていた彼女の腕だが。

 それはこの世界での魔導技術での話。

 自慢になってしまうが、私ほどの魔族なら治療も可能だったりするのである。


 これで少しは彼女の死の気配は薄れたのだが――まだ生存が確定しているわけではない。油断はできないと言う事だ。


『本当に顔の古傷は治さなくてもいいのかい? 私なら、元の貌に戻してあげる事もできるけど』

「ありがとう。けれど、いいのさ――この傷は、部隊の中で独り生き残ったあたしのケジメだから」


 遠くを見て、昔を懐かしむように彼女が漏らすのは――複雑な苦笑。


「それに、この古傷がなくなっちまったら大変だ。美人教師が一人増えるわけだろう? 新入生どももあたしの魅力で勉強も捗らなくなっちまうからね。これでも生徒には気を遣っているんだよ」


 キシシシシと、携帯用の小瓶で酒をグイっと飲んでいるハザマさん。


『生徒に気を遣うなら、学内での飲酒は避けるべきだと思うけれど』

「あんたの世界じゃどうだったかは知らないけれど、ここはいつでも死と隣り合わせの世界。こうした飲酒も認められているのさ――」


 切なく口を動かす彼女だが。

 私はジト目で、彼女に言う。


『いや、思いっきり。飲食禁止。特にお酒はもってのほか。見つけ次第、学長に報告しますってそこの魔導張り紙に書いてあるけど?』


 臨時教員の頬にタラリと滴る汗を、私は見逃さなかった。

 こいつ。

 私が猫で異邦人だから、シリアスっぽい顔とそれっぽい理由で誤魔化せると思っていたな。


「ははははは! バレちまったら仕方ないね! いいじゃないか、戦闘や授業になればちゃんと体内のアルコールを解毒浄化してシャキっとするからさ。硬いこと言わないでおくれよ」

『別にいいけどね。私は君の上司じゃないし――でも、酔いすらも魔術で治せてしまうんだから、本当に便利な世界だよね』

「おや? そっちの世界じゃアルコール浄化の技術がないのかい」


 意外そうに言う彼女に、私は言った。


『いや、ちゃんとあるよ――』


 少しだけ、猫の鼻頭がツンとした。

 私が口にしたのはもう、五百年以上も前の話。

 かつてあった、世界。

 もはやどれほど肉球を伸ばしても詳細を思い出せなくなってしまった、消えた思い出の中の故郷。


 私は図書館の窓から外を見た。

 この風景だけを切り取ると、まるで、かつていたあの世界の学び舎に見えなくもない。

 獣の手が――私の視界に映った。


 木枯らしに舞う落葉に釣られて、猫の手が伸びていたのだ。

 それが少しだけ不思議だった。

 ああ、私は猫なのだと実感した。


 たまに分からなくなる。

 私は猫なのか、人なのか、魔族なのか。

 どの心が、今の肉体と魂を制御しているのか――不安定になる時があるのだ。


 その時、私は思うのだ。

 どの心であろうと。


 私の胸を占めるのは、あの方への忠誠のみ。

 魔王様。

 我が主君。我が愛しき君。


 魔王様を思い浮かべると、微笑が零れる。

 ネコの私の影から伸びるのは、一人の男の影。

 ああ、きっと――人間の私もあの方を敬愛しているのだろう。


 思いを馳せる私に注がれる視線に気が付き、私は瞳をゆったりと開ける。


『おや、どうしたんだい? そんな紅い顔で私を見て――って、それは君。さすがに飲みすぎなんじゃないかな、真っ赤になってるよ?』

「ふぇ!? い、いやなんでもないよ――べ、別になんか……妙に渋くていい顔をしてたなぁ……なって。はは――あたし、ネコちゃん相手に何を言ってるんだろうね。マジで飲み過ぎてるわ。うん」


 頬をポリポリと気まずそうに掻くハザマさんの顔は、やはりまだ赤い。


『ふふ、飲み過ぎの自覚があるのなら問題なさそうだね』


 何気なく言いながらも――私の仕事は進んでいる。

 この図書館にある魔導書を完全コピーするために、影猫を本棚に仕込んでいるのだ。


 隠匿の魔術の影響で並の人間には見えないだろうが。

 本棚の上には私の眷属がたかっている。小さな眼鏡と学者の帽子を装備したインテリジェンスな影猫達が、わっせわっせと模倣魔術をそれぞれに展開しているのである。


 後は時間が経つのを待つだけ。

 魔力が固まって本となれば完了、ここの書は後でどこでも閲覧可能になるのだ。


 ◇


 コピーが終わった私は待っていたハザマくんの足元へと、トテトテトテ。

 書類仕事をしていた彼女もこちらに気付き、立ち上がる。


『待たせてすまなかったね――登録証をありがとう。えーと、これって学食にも入れるようになるのかな?』

「ああ、ケトスちゃん――あんたは聖女様の使い魔ということになっている。本当はあたしの使い魔って事にしてもよかったんだが、聖女マイル様の眷属って方がなにかと融通も優遇も効くからね。入れる施設も変わってくるし、ま、この世界も階級社会なのさ。もちろんこの登録証は聖女様にも許可を取ってあるから、後でお礼を言っておいておくれ」


 手渡された紙の魔道具が、変形し――紅い首輪へと変化していく。


『なるほど、これを装備する形になるわけだね』

「動かないでおくれ、今つけるから――っと、んー、はは、なかなか似合ってるじゃないか」


 ハザマさんが手鏡で私の姿を映してくれる。

 ――そこには深紅の首輪をつけた麗しい黒猫がいて――ぶにゃん♪


 私の中の猫が、全部の感情をネコキックで押し退けて前面にドヤァ!


『へえー、けっこうカッコウイイじゃないか!』


 首輪はあんまりしない主義なのだが。

 こういうアクセサリーも悪くないよね~!


「ステータス情報はそのまま真実を転写すると膨大過ぎて破裂しちまうからね、フェイクになっている。ただ、それなりのランクの猫魔獣として記入してはあるし、なによりも聖女の眷属だ。レベル一桁の猫魔獣と勘違いして襲ってくるバカは皆無……とまではいわないが、まあ少ない筈さ」


 ネコのおめめをギンギラギンにして、食い気味に私はクワ!


『ねえねえ! 食堂でご飯を食べる時はどうするんだい!? これがあればいいんだよね!』

「本当にグルメが大好きなんだねえ。登録されている使い魔も関係者として認識されているからね。その首輪を見せればちゃんと出して貰えるよ。マイルさんとあたしの所持金から自動的に払われることになっているから、好きなだけ頼んで貰って構わないさ」


 そういやマイルくん。

 初めにこちらでの滞在費を出してくれるみたいな事を言っていたしね。

 まあ――本当に遠慮なく好きなだけ頼むと破産してしまうだろうから、自分で稼ぐ必要もあるだろうが。

 ……。

 報酬分を食べるぐらいは、別にいいよね?


「遠慮なんてしなくていいって――あんたには……本当に世話になってるからね」

『あれ? 今、口には出さなかったはずなんだけど』


 キョトンとする私の猫鼻をつんと撫で。

 ハザマさんは眉を下げてみせる。


「何を考えているかぐらいは、分かるさ――あんた、少なくとも女性相手にはイイ子みたいだからね。臨時教師と言っても教師は教師、それくらいは読めて当然さ」


 なんか大人の先生って感じで、ちょっと格好いいかもしれない。

 まあ、酒の小瓶なんて持っているので台無しなわけだが。


 その辺りの事を揶揄ってやろうと思った。

 その時だった。


 キューン! キューン! キューン!


 精神をざわつかせる音が響き――。

 私はモフ耳をぴょんと立てて周囲をジロリ!

 警報が鳴り始めていたのだ。


 壁に取り付けられた魔道具が、紅く点滅している。


『なにやら随分と、けたたましい音だね。緊急事態のようだが、これは――?』

「まずいね。魔物の奇襲だよ――しかも、レッドサイン……大規模な魔物の襲来だ」


 静かだった図書館にも、ざわめきが起こり始める。

 肉球の先から領域を展開。

 サーチすると――何者かが侵入する気配も感じ取ることができた。


 何者かと魔術で尋ねるが――やはり返答はなし。

 思考のない、自動人形型の敵なのだろうか……。

 単純に意思がなくなったアンデッドという可能性もあるが。


 ともあれ私は告げる。


『ふむ、もう入られているようだね』

「なんだって――っ? くそ、やられたよ……聖女様の留守を狙ってきたってわけかい。じゃあ、あのダンジョンの異変は……」


 非戦闘員の退避を伝える警報の中。

 彼女の言葉を続けるように、私は猫口をまーるく動かしてみせる。


『もしかしたら、敵勢力の罠だったのかもしれないね。まあ偶然って可能性もゼロじゃないが。もし作戦なら、それくらいの知能はあるということになるのか』


 しかし――だ。

 魔物もなかなか肝が据わっている。

 恐怖という感情がそもそもないという可能性もあるが……この私の縄張りとなっている場所に入り込むとは。

 いい度胸を通り越して、無謀が過ぎる。


 乗っ取った神殿を中心に、既にこの周辺には猫魔獣ではなく――異世界の大魔族としての私の魔力が散布されている。

 大魔帝の魔力なのだ。

 普通は危険を察知し、絶対に近寄ってこない筈なのである。


 クマやライオンの香りを察知した獣が、縄張りを避けて歩くように、彼等も私という魔を避けて通り抜ける筈。

 だったんだよね。


 もっともそれは、相手側に自らの命を守る本能があるなら、の話だが。

 やはり……この世界の魔物はどこかがおかしい。

 その辺も接触して調べてみる必要があるか。


 はてさて。

 どうなることやら。



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