聖女と魔猫のコタツ会談 ~ミカンとわんこと夕食と~
世界の終わりと、気丈な女性の死の運命。
その二つを回避するべく気まぐれを起こした私こと、大魔帝ケトスは――既に乗っ取り、自宅としている神殿でむしゃむしゃパクパク。
おいしい夕食を味わっていた。
魔力を遮断する白石柱の神殿の、換気口から夜へと伸びる煙は――ごはん色。
湯気までグルメで芳醇なご馳走達が、月夜に向かってポカポカポカと白い蒸気を届けているのだ。
きっと。
月面に棲むといわれる天女カグヤ族も。
その従者たる首刎ね殺戮ウサギも、羨ましそうに地上を睨んでいる事だろう。
にゃふふふふふ!
そんな私は詩人なニャンコ。
最近、吟遊詩人と共に旅をした影響が出ているのか――なかなかどうして詩的であろう!
くはははははは!
あ、哄笑したらご飯粒が零れちゃった。
もったいないので、肉球で拾ってムチュムチュムチュ。
ともあれ!
コタツを装備した私が食するご飯は、聖女マイルくんが用意してくれた粉吹きイモと温野菜のサラダ。そして皮までカラっと焼き上げた黒コショウたっぷりのウインナー。
スープはコーンポタージュで、これがなかなか良き良き。
私と一緒にコタツに入って事情を聞き、マイルくんはまぁ……っ!
と、まるで古い少女漫画のように大きく瞳をぱちくり。
「ええ! ケトスちゃん、ハザマ先生と契約を交わしたんですの!?」
『ああ、まあ契約といっても主従や召喚獣としての契約じゃなくて、仕事の依頼のだけれどね』
その内容までは喋っていない。
理由は単純。
絶対この娘、悪気もなく周囲にばらしてしまうからである。
さすがに聖女様の口から世界の崩壊やら、ハザマさんの死やらを口にされたら――世界は大混乱するだろうし……。
かといって契約の事は内緒にしたくない。
後で契約を交わしていた事を知って、仲間外れなんてひどいです! と、拗ねられるのも嫌だったし。なにより、私の気分も乗らなかった。
『一応言っておくと、守秘義務があるからね。センシティブな問題でもあるし、おいしくご飯を共に食べる君と私の仲でも仕事内容までは教えられないんだ。ごめんね』
「ええ、分かりますわ! わたくしもついうっかり、仕事内容を皆に話してしまってマダムサンディから怒られてしまった事が何度もあったので、分かりますわ! ケトスちゃんたら、ふふ――かわいい猫ちゃんなのにお仕事のプロなのですね! カッコウイイですわ」
ふふふと笑いながら――マイルさんは肉汁弾けるウインナーをナイフとフォークで切り分け、バクリ。
相変わらず、太陽のように明るいでやんの。
……。
ん? いま仕事内容を何度も話したって言ってた?
それって、滅茶苦茶怒られるヤツだと思うんだけど……。
あの赤毛のマダム先生。
やっぱり普段から苦労してるんだね。
聞き直そうと口を開きかけた私より先に、聖女マイル君が微笑む。
「けれど、んー……学園を通さず直接ケトスちゃんに仕事の依頼ですか――どうして、わたくしには相談してくれなかったのかしら。いつでもお会いに来てくださいねってわたくし、お待ちしておりましたのに」
その表情は、少し寂しそうである。
「それにケトスちゃん程の存在に依頼ということになりますと、簡単な依頼とは思えませんし。もしかしてハザマ先生は――いえ、きっと――そうですわね」
『おや、心当たりがあるのかい?』
彼女は聖女だ。
もしかしたら世界の危機や、ハザマさんの死をなんとなく感じ取っていたという可能性はある。
「胸の大きさの悩み、でしょう? わたくし、前にハザマさんが胸で悩んでいると噂を聞いたことがあったので――胸がちょっとだけ大きくなる魔術をあの方のために研究して、相談して下さるのを待っていたのですが……もしそうなら、御力になれますのでこっそりとご連絡くださいね?」
『それ――ハザマさんの前で言ったらいくら恩人でもふっ飛ばされるから、絶対にやめてあげてね?』
あいかわらず、地雷を踏む確率もすげえ高いでやんの。
いや、まあ。
実際にちょっとは効果のある豊胸魔術を作り出しているって所が、凄いわけだが……。
この人、絶対に聖女としての力の使い方を間違ってるよね。
しばらく穏やかな食事風景が続き――。
美味しい食事を味わいながら。
ふとマイル君は肉球おててを伸ばす私に目をやり、微笑する。
「それで、ケトスちゃんはわたくしに何をお聞きになりたいの?」
追加の温野菜にマヨネーズをどばどばと垂らす私に、ちょっとだけ真面目な笑顔で言ったのだ。
たしかに。
いつ切り出そうか悩んでいたのだが。
モフ尻尾をくるりと回して、私は応じる。
『話が早いね。神託かい?』
「どうなのでしょう。けれど、次に相手がなにを望むのかなんとなく透けて見えてしまう時がありますの。今みたいに、それがちょっと……普通の人には怖がられてしまう時もあるんですけどね」
強すぎる聖女の力が、人間にとっては恐怖となってしまう時もあるだろう。
あえてそういった人間の闇の部分には触れず、私は明るい口調でぶにゃん♪
『この世界の主神がいまどうしているのか、心当たりはないかい? 明日になったら学園の図書館に潜入して調べてみるつもりではあるんだが、聖女である君なら何か知っているのではないかと思ってね』
そもそも私は、この世界の主神の名も知らないのだ。
世界の崩壊を防ぐには、この世界の柱である存在を知っておく必要はある。
「ごめんなさい――聖女といってもわたくしはただの不死の人間。長く生きてはおりますが、さすがに主神様についての情報は……あまり。もちろん、一般教養――常識として伝わっている範囲内のことなら答えられますけれど、聖女という立場だからこそ知っているという情報はございませんの。本当に、ごめんなさいね」
申し訳なさそうに、大きな胸の前で手をぎゅっとするマイル君。
儚く憂うその姿は正に聖女そのものだ。
頬にごはん粒をつけていなかったらの話だが。
『にゃはははは、謝らないでおくれ。一般的に伝承されている常識の部分で構わないよ。だって、私はこの世界の常識には疎いからね。君の話を聞かせておくれ――』
「そういうことでしたら、ふふふ。この世界を支える主神様の名は大いなる導き様。男性神なのか女性神なのかも伝わっておりませんが――人々に希望の道を照らす、舞踊を愛する偉大な大神様だと伝わっておりますわ」
名前を聞いた私の眉間がぐわっと尖り。
ネコ髯が、ぐねぐねぐねとヒクつく。
『大いなる、導きねえ……』
聞きなれたこの名前。
ぜったい、うちの世界から逃げてきた古き神じゃん。
「あらら、どうしたのですか? うわぁ……またかぁ……と言いたそうな顔で口を尖らせているようですが。ケトスちゃんなら、そんな顔も可愛いですけど」
『いや、うん……なんかパターンが読めてきたなって』
愚痴るようにボヤく私。
眺める聖女。
マイルさんは、不思議そうに瞳をキョトンとさせていた。
二人の食事は円満に続く。
◇
楽しく美味しいほのぼのとした夕食も終わり。
護衛に召喚した私の眷属猫魔獣に連れられた聖女が、ちゃんと家に帰った後。
占拠した神殿で私はぶにゃん♪
コタツの中で魔術ヴィジョンを浮かべて、私の世界と空間を繋げていた。
魔道具を起動し――カチリ。
まるでテレビのような魔道具を眺めるネコちゃんの瞳がギラーン!
コタツの中から、じいぃぃぃ!
私の友人であり大魔族。白銀の魔狼と連絡を取っていたのである。
ジジジジジとノイズが走った後、魔道具に映ったのは――。
お口いっぱいに食べ物を頬張っていたモフモフなワンコ。
その名をホワイトハウル。
強力な神の一柱、まあそれなりに頼りになる戦友である。
『んー? なんだこのモヤモヤは……おぉ! ケトス! ケトスではないか! 久しいな! 嬉しいな! 我に用であるのだな!』
『はは、君は元気そうだね。突然で悪いがその通り、ちょっと君に用事があるんだけど――』
シベリアンハスキーのような見た目の神獣で、次期主神候補である彼は、わふわふ嬉しそうに犬毛を膨らませている。
頼られて嬉しかったのか、ムフー!
湿った犬の鼻頭をフガフガさせて、尻尾をパタパタパタ♪
まあこうやっていると、ただのちょっとおバカなワンコなのだが。
私以外の前だと、厳格でギリリ!
罪は許さぬ正義の魔狼、それなりに厳しい神族の大幹部なんだよね。
私の説明を聞き終えたワンコは、わふぅ!
『ふむ、大いなる導きとな? ぐはははははは! 我を頼るとはなかなかいい心がけであるな! 今、我が主にその名を確認してみるから、しばし待っているが良いぞ!』
言って、ワンコは十重の魔法陣を展開。
魔王様から預かっているワンコの武器――三女神の牙杖を輝かせ、魔術通信。彼の主で現主神である大いなる光と、連絡を取っているようなのであるが。
私が気になっているのは、今現在、ワンコが毛布を敷いて丸まっている場所の事で。
じぃぃぃぃぃぃっとネコ目を光らせ私は言う。
『ねえ、ホワイトハウル。君――今、どこにいるんだい?』
『魔王城の最奥。魔王陛下の寝室であるが?』
こてんとワンコ顔を傾けたホワイトハウルが、子犬のような顔で言う。
『いや、であるが? って、君、私がいない間に眠る魔王様と一緒にいるってわけかい。まあいつでも入れるように、君にはそこの魔術式を教えてあったけど』
『ぐははははは! 最強であるお前が居らんのだ、次に最強である我こそがこの場にふさわしき獣神。魔王様の護衛は必要であろうが!』
ふふん、と偉そうに遠吠えを上げるホワイトハウル。
そのワンちゃん毛布の周りには。持ち込んだお菓子の束がごっちゃごっちゃと転がっている。
まあ、彼もたまには魔王様に甘えたいのだろう。
そろそろ魔王様に目覚めて頂こうと、こっそりとグルメ大作戦を企んでいる事を知ったら驚くだろうな~。
にゃふふふふと、肉球で猫口を押さえる私に構わずワンコは大いなる光と通信をし――。
器用にワンコの手で蜜柑を剥きながら、パクパクパク。
ぶしゅ~っと飛んだ雫で魔王様のお顔が濡れてしまったのだが……、まあ、魔王様、ホワイトハウルにも甘かったから問題ないか。
ともあれ彼は魔族としての貌に切り替えて、魔狼の牙を覗かせ唸る。
『主からの返答が来たぞ――大いなる導きとやらに心当たりがあるそうだ。やはりこちらの世界、かつて楽園に居たとされる原初の神の一柱であるらしいな。なんでも人間の運命を操作する能力に長けた、心優しい女神だったらしいが――楽園の崩壊と共に姿を隠し、その後のことは知らないとの事であるぞ』
大いなるの枕詞がついて、女神――か。
まあ十中八九、どこかアレな主神なのだとは想像ができる。さすがに私が滅ぼした大いなる輝きのように、いきなり襲ってくることはなかったが――はてさて。
『にゃるほどね~。で、悪さをしそうな神かどうか、大いなる光に聞いてみてくれないかな? 成り行き次第じゃあ、消去しちゃうかもしれないから――先に人となりを聞いておきたいんだけど』
滅ぼした後に、実はいい神様でしたぁ。
みたいな展開になったら面倒だしね。
ホワイトハウルは何故かジト目で私を見て、蜜柑をモグモグしながら苦言を漏らす。
『いや、ケトスよ……まーた貴様は、さらっと主神を消すなどという発言をしおって……。能天気なお前はあまり気にしていないかもしれんが、主神殺しは神話級の特大事件であるぞ? しかもお主ならば実際に神殺しもできてしまうだろうからな。結構、問題発言であるぞ? 分かっておるのか?』
さすが裁定の神獣。
厳格な視線がちょっぴし怖い。
『はいはい、あんまりお説教はしないでおくれよ。君だって、やろうと思えばできるんだし、お互い様だろう? まあ、真面目な話。この世界はどうやらそう遠くない未来に滅びてしまうみたいなんだ。主神であるその……大いなる導き? が、悪さを企んでいる結果で滅亡してしまうなら、君だって原因であるヤツを消去しちゃうだろう?』
正当性を説いたはずだったのだが、ワンコはベチっと額に肉球おててを当てて唸る。
『はぁ……おぬしはまーた、世界の崩壊などという神話規模の事件に首を突っ込んでおるのか。我、いろいろと心配になってきたぞ?』
『にゃはははは! 君は相変わらず心配性だねえ~。大丈夫大丈夫、なんとかなるって!』
コタツの中で蜜柑を剥いて、更に神速の猫爪で薄皮を綺麗に剥がし。
パクリ。
食っちゃ食っちゃ、咀嚼音を発する愛らしいニャンコな私を見て――ワンコはジト目のまま。
『お前のなんとかなるは、かなり心配なのだが――我もそちらに向かった方が良いのではないだろうか? 魔王様の守りをロックウェル卿に託し、次元を渡るべきなのかのう……』
『ま、いざとなったら救援を頼むかもしれないけど。君はそのまま魔王様の護衛をしてくれると助かるよ。君が守っているのなら、万が一と言う事も無いだろうからね。私も安心できる――ありがとう、頼りにしているよ』
頼りにしている。
思えばそう、彼に対して口にしたことはあまりなかったかもしれない。
私の変化を眺めるように、ホワイトハウルは口元を緩め。
ゆったりと瞳を閉じる。
『そうか――困った時は迷わず頼ってくれて構わぬからな』
『そっちもね。じゃあ悪いけど、大いなる導きの情報が入ったら魔術メッセージを送っておくれ』
言って私は、肉球を見せる形で手を振ってみせた。
ワンコもワフワフと手を振って――通信を終了。
独りになった神殿。
コタツの中で、私はうにょーんと身体をのばす。
『さて、じゃあ明日から本格的に動き出すかな。とりあえず大いなる導きと接触して話を聞かないとニャ~』
ハザマ君と契約をしたことで世界の運命は僅かに変動しているが――。
私は静かに瞳を閉じ、念じる。
……。
やはり、まだ世界の滅びが避けられた様子はない。
まだこの世界の崩壊は続いているのだ。
いったい何が原因なのやら。
まあ、いざとなったらこの世界の動植物全てを小型化し転移。
亜空間や私の夢と影の中の世界、ドリームランドに新しい世界を創造してやって――彼らを生き延びさせるという手も、ないこともないのだが……。
その場合、主神はおそらく私ということになってしまう。
むろん、そんな面倒な仕事はごめんなので――。
なんとかこの世界の滅亡を喰い止めるしかないかな。
何はともあれ。
大いなる導きとやらが、まともな神であることを願うばかりである。




