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とある臨時職員の日誌 ~闇~【SIDE:鑑定士ハザマ】前編


【SIDE:鑑定士ハザマ】


 魔導学園ザインの受付。

 中央エントランスと隣接する空間に彼女はいた。鑑定士ハザマ、女傭兵をイメージとさせるスレンダーな女性で、この学び舎の臨時職員である。


 臨時である理由は二つ。

 彼女は以前、もはや剣を握れぬほどに負傷を受け除隊した――元戦闘員である事。そして、人員不足により急遽呼ばれた事で正式雇用ではないからである。


 急遽呼ばれた理由は一つ。

 魔物との戦争に負け、また一人職員が死んだのだ。


 職員の死を弔うように机に飾られた花は、既に枯れている。


 それでもドライフラワーとし残しておいたのは、ハザマの独断であった。枯れたまま、けれど滅ばぬまま残り続ける花を見て――。

 ハザマ女史は、額から顎にかけて斜めに走る古傷の痕を擦りながら呟いた。


「使えなくなった部品でも、受付ぐらいはできるってか……はは、あたしは中古品かっての。死んでくれちゃったアンタの顔は知らないけれど、いい迷惑だよ。ほんと……迷惑さ」


 使い魔の戦闘力や魔力。

 スキルなどを測る魔導実験室には、ハザマ女史が流すタバコの灯りと煙が漂い続ける。

 休憩中でもないのに、絶えずタバコの煙は舞う。


 誰もここには来ないからだ。

 魔物との戦いに苦戦し、もう後のないこのご時世。新たな眷族や使い魔を雇い従える程に余裕のある者は少ない。

 今日来るという新入生たちにも眷族を従えている者は少ないだろう。


 ハザマはそう考えて、名も顔も知らない前任者を弔う花を眺め続ける。

 そして。

 酒の残った息を漏らしながら、化粧もしていない顔を尖らせ唸っていた。


「だぁぁぁああああああぁぁぁっ! 辛気臭いのは嫌いだっつーのに! アンタねえ! 花のくせにこっちを睨んでるんじゃないわよ! あたしは死なないからね!」


 ようするに、朝から酔っているのである。


 そもそも、その日の彼女は、朝からついていなかった。

 二度と動かぬ左手を魔力で無理やり動かして、自慢の黒髪の手入れをしながら考える。


 ――ったく、あの聖女様。また一人で勝手に先行して、魔物を退治しちゃって。見てるこっちがハラハラするっての。もう少し、仲間を信じなさいよね……。


 頭にそんな愚痴を思い浮かべ苦い顔をしたのだが、それはすぐに自嘲へと変わる。

 信じてくれなんて言えた義理じゃない、か――とハザマ女史は自らの考えを一蹴したのだ。

 

 銜えたタバコをプカプカさせて、今朝の戦闘を思い返す。

 圧倒的だった。

 聖女教師シュー=マイル。学長が王都からの命に従い受け入れ監視している、超越者。


 普段はのほほんとバカげたお花畑な行動ばかりの女。

 年齢も不詳。行動も読めない。なにをしたいのか、なにをするのか全く分からない奇人だ。けれど彼女は本物の聖女。


 本気で他者を殺戮する戦闘状態の彼女の前では、歴戦の戦士とて赤子も同然だった。


 故に、戦いになれば仲間は不要。

 いたら足手纏いなのだ。

 だから彼女は行動した。今朝も街に入り込んだ伝説の魔物を一人で葬った。

 それは分かっている。


 けれど、一言でもいい。行ってくると告げて欲しかったのだ。


 ――いったい、何者なのかしら彼女。


 静かな実験室に煙を流し、ハザマ女史は思考する。

 並の強さじゃない、並の存在じゃない。そして……並の性格ではない。それは分かっている。けれど、一般職員に過ぎない彼女にはそれしか情報は与えられていない。

 臨時職員なのだからなおさらだ。


 流れてくる噂では、彼女が滅ばずの巫女と呼ばれる重要人物だという事。

 そして。

 彼女を使い、王都は何かを企んでいるらしいとの話だ。


 滅ばず――その言葉の意味は理解できる、彼女が不死能力者だからである。

 けれどだ。

 死線を潜ってきたハザマ女史の何か、予知ともいえる第六感がそれだけではない何かを訴えている。


 大量発生している魔物に対する戦力となっているのは確かだが。

 それでも、傷を受ければ痛みもするだろうに。


 あの聖女は、自分以外誰も傷つかなくてもいいように――いつでも最前線に立ち続けていた。

 もう一度、自分の傷をなぞり。


 ハザマ女史は息を吐く。


「はぁ……ったく、イライラするわ。あの聖女様」


 イライラはそれだけではない。

 今日は王都から生徒が送られてくる。それも気に障った。

 新入生と言えば聞こえはいいが、所詮は新しい駒。彼女自身も卒業したここは、戦いを教える場――新たな戦闘人員が死ぬまで戦う術を教える学び舎なのだ。

 だから彼女はここを好いていなかった。


 それでも命令されれば臨時職員として働かずにはいられない。

 王都の軍からは除隊後に幾ばくかの保証金と生活できる金銭は貰ったが、それもそのうち底をつきる。いっそどこかのバカ貴族でも探して結婚か、そんな夢はもはや抱くまでもない。

 ハザマ女史はもう一度、顔の傷跡を指でなぞって息を吐く。


 誰にも会いたくない。

 特にあの聖女様には――。


 ――まあ、あの聖女様がここを訪ねてくることはないか。


 キシシシと歯を見せて笑って、酒瓶に手を伸ばした。

 その時だった。


「ごめんくださーい! 臨時職員のハザマさーん、いらっしゃいませんかー! わたくし、教員のマイルなのですがー! ネコちゃんの鑑定と登録を、お願いしたいのですけれど―!」


 酔いの残る頭にキンキンと響く聖女様の声が、ハザマ女史の脳を叩いていた。



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