エピローグ ~にゃんこと仲間、隠れ里の大宴会!~後編
大宴会が行われている巨人族の隠れ里。
モミジが舞い散る空の奥。
遥か上空で繰り広げられるのは――主神クラス同士の小競り合い。
冥界神と主神だね、あれ。
喧嘩してるね?
少し離れた紅葉砦からそれを眺めていた魔帝ケトスこと、ニャンコな私は女騎士エウリュケ君に行ってくると告げて空間転移。
冥界神と主神の分霊。
強大な魂の転生先で揉めている彼らの前に顕現して、ジロリ。
『きーみーたーちー……っ!』
ネコちゃんの尻尾をぶわっと威嚇するように膨らませ。
紅い瞳を尖らせて。
肉球のお手々で腕を組み――ゴゴゴゴゴゴ!
『民から信仰されている神様二人が、こんなところでいったい何をやっているんだい? 私、喧嘩はするなって言わなかったっけ? 言ったよね? もしかして、もう忘れちゃった? 大陸が壊れたらどうするつもりなんだい、冥界神さま?』
モフしっぽが、ぶふぉんぶふぉん!
左右に揺れて空を掻く。
尻尾から漂う魔力の風に押されながら、レイヴァンお兄さんが――うげっと眉間に深い皺を刻む。
「いや、冥界神様って。ケ、ケトス……おまえ、しっぽがすごい事になってやがるが――もしかして、結構怒ってるのか?」
『へえ、やっぱり怒られることをしているって自覚はあるのかな?』
宴会場で飲んで歌って騒いでいるみんなが、ケトスさまがモフ毛を膨らませて怒っていると笑っている。
たぶん、宴の余興だと思っているのだろう。
しっぽをバータバタバタさせて、大いなる光の方もギロリ。
『巨人も魔龍も人間も猫魔獣も、今は互いの種族の垣根を越えて――たのしく平和を祈っているのに、ねえ? というか、君達。こういう暴走は私の得意技なのに、なんで私がお説教側に回らないといけないのかな? ネコちゃん的にはちょっとどーかと思うんだけど?』
お説教の魔力を滾らせる私に、白い鳩に身を窶す主神様が慌てて翼をパタタタタタ。
「ちょっと、誤解よ誤解! 喧嘩なんてしてないわよねえ?」
「あ、ああ。そうだぜ、俺様達は転生待ち状態のこいつの魂をどうするか、真剣に話し合っていただけであって、なあ?」
目線を合わせてわざとらしく頷く二人。
腕を組んだまま、じぃぃぃぃぃっとジト目で睨む私。
更に弁明をするように彼らは言う。
「新しく生まれてくる大事な命ですもの。主神的には真剣にならないと、でしょ? うん、そう。あくまでも真剣になってヒートアップしちゃっただけなんだから、怒らないで欲しいわ! 神、わるくないですしー! だから早く、その超威嚇モードに膨らんでるシッポをどうにかしてね」
「まあ実際。扇動の力を取得しているこの男の来世は、少なからず世界に影響を与える筈だ。進み導く道は慎重に選択するべきだってのは、お前さんだって同意見だろ? な? 俺様達はなにも無駄に過熱していたわけじゃねえんだって」
そーよねー!
と、二人は翼をパタパタさせてウンウンウンと頷き合っている。
こいつら。
こういう時だけ結託してやがるな。
『転生待ちねえ……』
猫目をやった先にあったのは、やはり――魂の元ともいえる魔力核。
かつて勇者の仲間だった男。
竜人イヴァンの転生待ち状態の光だった。
彼らが取り合っていた理由は明白、扇動の能力者はまあそれなりに貴重でなおかつ強力なのだ。
今回の事件では失敗ばかりであったが、それは相手が悪かっただけ。
同じ扇動の能力者であり、なおかつ幸運値がとんでもなく高い私だったから通用しなかっただけなのである。
扇動。
それは未来視に近い能力と組み合わせると、かなり応用の幅も広がる――それこそ勇者の供として活躍できるほどの能力でもある。
転生したのちに天寿を全うした後、天界でも冥界でも力ある存在になることは間違いない。
ようするに。
彼らがこの魂の行く末を心配しているのも確かだが、戦力として手元に置いておきたいと思っているのも確かなのだろう。
この神達。死者を司る神なのに、けっこう私利私欲が混じってるよね……。
まあ、神なんて所詮はちょっと魔力が強く高位な存在なだけ。それこそ性格も性質も、人間や魔族とさほど変わらないんだろうけど。
お説教に膨らませていたモフ毛を鎮め、私はイヴァンくんの魂をじぃぃぃぃっと見る。
間違いなく敵ではあった。
敵ではあったのが――色々と哀しい男である。
……。
なんかまるっこくて、ジャレたくなるけど我慢我慢。
「おい、まさか――消滅させるつもりじゃねえだろうな?」
「ちょっと、だめよ! 確かにさっきは喧嘩をしていたけれど、それとこれとは話が別です。この魂の転生先を真剣に考えていたのは事実よ? もうこの魂は罰を受けた。それでも拭いきれない罪を来世で償う、転生とは本来そういう意味もあるんだから――モフモフで最強なあなたが相手でも、もし本気でこの魂を滅ぼすつもりなら――神として戦う事になるわ」
この世界を治める主神として、魂を守ろうとしているのだろう。
そこには、かつてあった高慢さは感じられない。
きっと、大いなる光も最近の事件を経て成長しているのだと思う。
それは、まあ……嫌いじゃないかな。
私は空気を切り替え、顔を引き締めキリリ!
魔王様の部下。
魔王軍最高幹部としての低音ボイスで穏やかに告げる。
『安心したまえ、彼の魂をどうこうしようって気はないよ。とりあえず君達が神として一応、真剣に考えている事は分かった。けれど、けれどだ――本当に気を付けておくれよ。言いたいことは――分かるね? 君達のような強力な存在が喧嘩をしたら、それだけで衝撃が世界を振動させる。罪のない者達が神の怒りを買ったのかと不安になってしまうだろう。私が言うのも恐縮だけれど、周囲の迷惑をもう少し考えて貰わないと。人々を真に想い、憂う君達なら――分かってくれるね?』
と、静かでまともなお説教を受ける彼らはすみません……と頭を下げる。
これぞ、必殺!
くははははネコちゃんモードからの一変、素敵ダンディーで紳士魔族なお説教モード! である。
いやあ、こういうテンションの差って、けっこう効くんだよね~!
「おまえさんにそんなことを言われるとはなあ……、まあ、今回は確かに悪かったけどよお」
「なーんか、釈然としないのよね……正論だから、言い返せないけど……」
レイヴァンお兄さんも、大いなる光も口を三角にしてジト目でこちらを睨んでいるが。
ふふん!
今回、私はぜーんぜんわるくないので、睨まれてもドヤり返せるのである!
さて、お説教モードは終了!
私はいつもの口調で、にゃは!
『さて――話を戻すけど、たしか転生先の種族で揉めてるんだよね? じゃあさ! 猫魔獣に転生させればいいんじゃないかな? きっと彼はもう、人間も、魔竜もどっちにもなりたくないだろうし。私も将来的に猫魔獣大隊の戦力にできるし、魔王様を守る戦力が増える事はとっても良い事だし。うん』
言って、魂に干渉し――。
『えーと、転生転生……あー、こんな感じかな。種族を猫魔獣に設定して……うっわ、このたましい幸運値ひくすぎ! ガガガーッと幸運猫状態に引き上げて、と、ちょっと魔力も増し増しにして、魔王様への信仰値を最大に……』
「ちょ――え? なななななな、なにやってるのよ! それ、神の御業じゃない! どこでそんな技を盗んだのよ!」
肉球でうるさい鳥さんを押し返し――こっそり魔法陣を展開。
『あー、前に君の本体が澄まし顔で、東王国の皇子を転生させようとしていた所を見ていたからね。まあその時の記憶を頼りに、ちょちょいのちょいで』
「何サラっと犯行を自白してるのよ! 転生空間に介入してきたあの闇も、転生妨害もやっぱり全部アンタの仕業だったのね! あの後、どれだけ大変だったかアンタ、わかってるの! って、なによこの槍は! アンタ! 主神を舐め過ぎでしょ!」
大いなる光の分霊を闇の槍結界で閉じこめて――。
私は肉球で魂をふわっと操作。
閉じこめられた白き鳩をキシシシと嗤う冥界神のお兄さんは、ふと顔を真面目モードに切り替えて――私に言う。
「いいのか? こいつは勇者の関係者。既に罪は薄れているとはいえ、アイツを眠りにつかせた者の仲間。あまり祝福を与えすぎると……もし、その時の記憶が蘇った時に――ヤバい事になるんじゃねえか?」
『お優しい魔王様ならきっと、彼の最後の望みを叶えてあげると思うんだ。世界を呪っていたあの男が漏らした願い通り……猫魔獣に転生させてあげるんだろうってね。私は魔王様の代わりに魔王軍最高幹部をやっている、だからこれは私の仕事なのさ』
いざとなったら、また滅ぼせばいいしねと物騒な言葉をオマケにつけて、私は猫微笑。
言葉を受けて……レイヴァンお兄さんは納得したように微笑する。
なんだかんだ。
このお兄さんもお人好しなんだよね。
タバコを吸い、煙を風に流しながら魔王様の兄は呟いた。
「そうか――まあ、この魂の転生先を確認したらしばらく様子は見といてやるよ。それがお前さんみたいな気まぐれ暴走猫を育てちまった、アイツの兄である俺様の務めでもあるだろうからな」
大魔族が二人。
渋い大人のやり取りをしているのに。
「ちょっと! そこの冥界神! なにを格好をつけてるのよ! どうせどさくさに紛れて、猫魔獣でもいいから自分の配下に加えるかとか考えてるんでしょ! そんなの絶対許さないんだから、モフモフ天使だったらこっちだって欲しいんだからね! もう容赦しないわ!」
告げた鳩さんは私の闇の槍結界を破壊し、輝きを放つ。
『おや、これは――』
ピカーン!
白い鳩状態から、変身。
並の生き物では直視できない程の神々しい光。主神のオーラを放ちながら女神モードで顕現する。
「女神、華麗に登場よ! じゃなかった……わたくしは今、愛する魂たちのために降臨いたしました」
「へえ、分霊ではなく本体と切り替えたか。久しぶりだな、糞女神」
挑発するようにタバコの煙を吹きかけるレイヴァンお兄さんに構わず、大いなる光はこちらを向いてニッコリ女神スマイル。
「此度の事件……上からずっと見ておりました。あなたがたには感謝をしております。けれど――やはりその魂はこちらでお預かりいたしましょう。さあ、大魔帝ケトスよ、お渡しなさい?」
『えー、もう転生準備できちゃったし、いいじゃん別に―』
ブスーっと猫の眉間にシワを刻む私を見て。
主神はにっこりと笑う。
「この者にはわたくしが幸運の祝福を授けて、わたくしが人間へと転生させてさしあげようと思うのです。分かってくださいますね、大魔帝ケトス。これはわたくしの使命なので御座います」
大いなる光の本体に魂を奪われないよう、肉球でササっと後ろに隠す私。
その背後では――。
黒き翼をパタパタとさせたレイヴァンお兄さんが、銜えタバコをぴょこぴょこさせて。
「さて、転生空間に干渉っと――猫魔獣から魔竜への転生に切り替えて……不運を幸運に反転させる冥界神の加護を付与して――と。まあこんなもんかな。さーて、我、冥府と奈落を支配するもの。汝、その魂の輪廻を――」
レイヴァンお兄さんが勝手に転生を開始しようと腕をまくって、詠唱を開始していて。
『ぶにゃ! いつのまに! 猫魔獣にするって言っただろう! 大魔帝の加護を授けるのニャ!』
「いいえ、人間にいたしましょう――大いなる光の加護を授けましょう」
「いーや、最初の種族である魔竜に戻るのが本来あるべき姿だろうが! ここは冥界神の加護をだな!」
主神クラスの三柱が、意見をぶつけあう中。
ゴゴゴゴゴゴゴと迫ってくるのは――なにやら強力な重力魔術の反応。
ぶにゃにゃははははははは!
突如広がる謎のくははは、声。
これは――なにかの魔術、かな?
猫魔獣への転生に再調整した、その直後。
モフ耳をピンと立てた私は、緊張に顔を尖らせ唸りを上げる。
『ストップ! なんか物凄い魔力の反応が迫ってきてる!』
二人も反応し、額に汗を浮かべて唸る。
「――あれは、まさか……!」
「もしかして、俺さま達があの時になんとか受け流した、おまえさんの肉球スタンプ魔術じゃねえか――? 超高速で飛んできているがって! もう来るぞ!」
お兄さんが言う通り。
それは突然やってきた。
ぶにゃぁぁぁぁぁぁぁん?
魔力による黒き巨大猫のモヤモヤと、そこから発生する肉球型の重力。
私が喧嘩をしていた二人に放った肉球型の、主神クラスの力持つ存在にしか効果を与えないように改良したスタンプ魔術。
肉球に汗がジトジトジト。
あー、これ。
主神クラスが喧嘩をすると戻ってやってくる、迎撃型の魔術として世界に漂い続けているんじゃ……。
つまり、それには私も対象に含まれるわけで――。
『これって、世界を一周して魔力加速度がついた状態で戻って来た――感じなのかな? なんか、飛ばした状態で時間が経ってコントロールも効かないし? まじで不味いんじゃ……ぶにゃにゃ! まっすぐこっちに飛んできてるし! やばいよ、直撃したら私でもやばい!』
世界に漂う巨大な魔力の闇猫が、喧嘩は許さんのニャ!
と、肉球スタンプを連打し始める。
ぷにぷに! ぷにににににににに!
かわいらしい音だが、その衝撃は物凄い高密度の魔力を含んでこちらに迫る。
もはや私の手から独立したとはいえ、私の魔術だ。
むろん、とんでもない高威力で。
いた、いたたたたたた! 押されると痛いよ!
『にゃにゃにゃ! にゃんて無礼な魔術だニャ! 私の魔術のくせに、私に歯向かうとは生意気だニャ!』
「ちょっと! まじめに全力で防がないと、冗談抜きで全員滅ぶわよ――これ!」
大魔帝セット一式を緊急顕現させた私と、主神としてのオーラを纏う大いなる光が瞬時に防御結界を張り。
続いてレイヴァンお兄さんが、闇の翼を広げて全力で支援モードに切り替える。
「ちぃ……っ! ケトスに糞女神! ここは仕方ねえだろ! 全員の力を合わせるぞ!」
今、ここに。
喧嘩を仲裁するために放った魔術を相手に、我等三神の協力魔術が繰り広げられたのである。
かくて。
宴会の余興だと勘違いしたままの観客たちが見守る中、私達は全力で肉球魔術を防いだわけだが――、いやあこれがなかなか大変だった。
まさか最大の敵が自分自身とは、笑えないよね……。
私、最近も一度、自分の魔術を反射されて酷い目に遭ったしね。
すこし対策を考えるべきなのかもしれない。
ともあれ!
私達を襲った肉球魔術はなんとか防ぐことができたのだが。
なんというか、うん。
そのどさくさに扇動者イヴァンの魂は勝手に転生を開始していて、私達の手元からは既にいなくなっていた。
大魔帝の加護。
大いなる光の加護。
冥界神の加護。
全ての幸運の加護を受け継いで、その魂は輪廻の輪の中に消えてしまったのだ。
転生は成功した。
きっと、とてつもない幸運の力を秘めた存在として転生している事は間違いない。
なにしろ、本物の主神も含んだ神達が三つの力を注ぎ込んだわけだからね。
本当なら、暴走しないように様子をみるべきなのだろうが。
もはや、騒動の中でその行方は見失ってしまい――どこに行ってしまったかは闇の中。
生まれ変わった彼がどのような運命を辿るのか、それは神にすら分からない。
だって、見失っちゃったからね。
けれど、きっと問題なくまっとうな猫魔獣に育つのだと私は確信していた。
というか、まっとうに育ってもらわないと色々と困るのだ。
何か問題が起こってしまったら、私達三柱のせいなわけだし……。
と、いうわけで!
もし。
銀色の毛並みを持つ、妙に幸運な猫魔獣がいたら連絡をして欲しい。
問題を起こす前に、ぜひ教えて欲しい!
いや、ほんと。
魔王様にバレたらお説教されるだろうし。
もう一度、特徴を伝えるが――。
銀色の毛並みの、不自然なほどに幸運なネコである。
おそらくその猫こそが――……。
……。
まあ、見つからないなら見つからないで、それでいいんだけどね。
何か悪さをするのなら、私のモフ耳に入ってくるのだろうが。
もし。
その噂を聞かないようであるのなら、悪さすることなく幸せに生きている――ということになるのだろう。
勇者という太陽を失い、道を誤ってしまった男の第三の人生に想いを馳せ。
私の視線は焚き火の中。
ホクホクに焼けて香ばしく育っていく、美味しいヤキイモさんを眺めるのであった。
教訓!
一度放った魔術にはちゃんと責任を持とう!
▽▽▽
▽▽
▽
月夜の下で行われる大宴会。
吟遊詩人は魔曲を奏でる。
嘆きの魔性となりかけたことで、音痴だった筈の歌も得意となり――その歌は観客たちを沸き立たせる。
「と、まあ――ボクの知る、あの方の冒険はこれで終わりとなりました。あの方って誰だって? そうですね。幾多の名で呼ばれる魔猫の君でございます。魔王陛下の愛猫とも、魔王軍最高幹部とも。神とも勇者とも、大いなる光に代わる主神とも――本当に様々な側面をもつ御方ですね。けれど、ボクにとってあの方は――」
言葉を区切り、感情を込め。
微笑みながら詩人は告げる。
「心優しい愉快な救世主――きっと、その言葉が一番ふさわしいのではないか……ボクはそう思うのです」
冥界神の竪琴を鳴らし、吟遊詩人ケントは歌う。
もはや紅くは染まらなくなった瞳を閉じて、思い出に浸るように――次のリクエストに応えるように。
失った恋を受け入れて――。
もはや嘆かぬ詩人は、愉快なネコの英雄譚を奏で続けた。
【第十一章】
嘆きの英雄譚 ~紅葉とニャンコとヤキイモと~編 ~おわり~




