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扇動者 ~煽り蔑みし者の名は~中編



 宣教師魔竜こと、勇者の関係者の男。

 転生者イヴァン。

 魔竜から人間への転生を果たした転生者らしいのだが、その性格は歪んでいる。


 上級扇動者ハイ・アジテーターとしての能力を用い、今回の騒動を起こした張本人。

 銀髪の目立つその首を刎ねたのは、魔族みんなのアイドルニャンコであった。

 その名も大魔帝ケトス。


 つまり――私である!


『悪いね、これで終わりだよ――』


 刎ねた首は宙を飛んで――鮮血に染まった絨毯の上をズズズズと転がり落ちる。


 ここ。旅の連れだった吟遊詩人、ケントくんの実家でもあるのだろうが……これ、血の掃除大変だろうなぁ……と他人事みたいに思いつつ。

 ズチャ――ッと格好よく着地!


 肉球でクイっと床にブレーキを掛ける様は、まさに美しきユーターン!


 私は尻尾で掴んでいた民間人の魂を回収し、それぞれの肉体に戻すべくサーチを開始する。

 これで事件も解決か、と思いきや。

 どこからともなく、声が聞こえてくる。


「おやおやおや、酷いではありませんか。不意打ちだなんて――油断いたしましたよ」

『はぁ……なんで最近の敵って首を刎ねた程度じゃ死なないゴキブリさんみたいな奴ら、ばっかりなんだろうねえ……』


 あからさまに落胆したネコ声を上げて、私は耳を後ろに倒しモフ尻尾をブンブンブン。


 蠢く気配が、周囲を包みだしていたのだ。

 モフ耳をピンと立て場所を探る私の視界に入ったのは――死した本人の後ろ。

 魔竜の形で揺れる影。

 影がモソリモソリと蠢きだし、竜の翼を広げバサリ!


 高速で呪文を詠唱。


「我こそが竜人。我こそが人と魔竜との狭間に揺れる者。イヴァン=マクワイアの命により、蘇れ死者よ。ワタクシの言霊に応えなさい!」

『あちゃー……これ竜言語による影竜魔術……か。君、影も同時に殺さないと駄目っぽいのか。死んでもしつこいだなんて、本当に勇者の関係者って感じだよね――っと!』


 こちらには人質の魂を壊してはいけないという制限がある。

 何があるか分からないので、影猫魔術でうにょーん――と距離を取り、ギリリ!


 その次の瞬間、更に伸びた魔竜の影が砂状の魔道具を発動。


「洗脳――解禁。我に扇動されしマルドリッヒの民よ、抜かれ蠢く魂よ! ワタクシの亡骸を守りなさい! ググググ、グハハハハハハハハハハ!」


 やはり――!

 攻撃を仕掛けていたら、隠し持っていた他の民間人の魂を盾にするつもりだったのだろう。

 砂となっているのは、人々の魂。


 しかもご丁寧に魂を抜かれた本体は生きているというオマケつき。

 私が――魔王様の命により無辜なる民間人を殺さないでいる、その性質を悪用しているのだ。


 時間を稼ぐ影が唱える言霊は、死者に語り掛ける扇動スキル。

 言葉の力を増幅した言霊を用い、発言した効果と同じ現象を発生させるこいつのオリジナル魔術だろう。

 その効果は――おそらく死者の蘇生。


『ふつう、死んだ自分の身体に、影に残った精神体で魔術を使うかねえ……。すんごい、不気味なんですけど……』

「生憎と、ワタクシは普通ではございませんので。あなたと同じで御座います」


 魔竜の影が蘇生の言霊を発動しながら、ギヒヒヒと軋んで嗤う。


 むろん、完璧な蘇生ではなく死した直後にしか効果は発揮しないのだろうが。

 影さえ消せばもう終わりだろうし。

 死亡直後のカウンター自己蘇生も発動しない筈。


 行動に移す前に――、私は魔術音声でネコ声を拡散!


『君達、見えているね! 場所はマルドリッヒ領、領主の屋敷だ――街一つ分の人質がいる、私の破壊のエネルギーとは相性最悪なんだ。うかつに動けない! 悔しいけど、たぶん私の行動を制限するためのこいつの作戦だろう! 転移できる者はこっちへ!』


 スゥっと大きく息を吸って。

 大魔帝としてではなく、ネコちゃんの声でぶにゃん!


『私は共にグルメを囲んだ君達を信じているよ! さあ、ちゃんと私を助けておくれよ! 民間人の魂さえなんとかしてくれたら、ぶっ飛ばすから! んじゃ、待ってるからね~♪』


 信じている。

 その言葉を受けた皆は行動を開始したようだ。

 冷静な女騎士エウリュケ。軍略を把握している魔王様の魔導書をもつ死霊使いリベル。

 魔王軍の中でも勇猛果敢な魔帝豚神オーキスト。

 長く生き、長く種族を束ねる女傑風の族長巨人さん。そして、東洋魔龍の長にしてちょっとギャグキャラだが――この私を説得できるほどの行動を起こすことができた天子黒龍神。


 彼らがいれば――少し暴走気味な冥界神と主神、大いなる光の行動をうまく導くこともできるだろう。あの暴走主神クラスども、同じ場所にいると危険っぽいし、今後は同時召喚はやめておいた方が良さそうだよね……。

 ケントくん辺りはあわあわしてそうだけど。

 ともあれ。


 私は信じていた。

 猫魔獣大隊も、元人間魔猫も勝どきをあげるようにブニャっと尻尾を立てている!

 グルメを一緒に味わったのなら、それはもう仲間なのだ!


 私は、信じていた。

 憎悪の魔性であるはずの私なのに――この世界を少し、信じられるように、なっていた。


 浮かぶ照れ臭く青い感情。

 信じるなどという温かい心を誤魔化すようにモフ毛を膨らませ、猫口をぷっくらさせる私を見て。

 まるで……太陽の光を見る眼で――竜人イヴァンは細い手を伸ばしていた。


「ああ、新しき勇者ケトス様。あなたにはたくさんの仲間がいらっしゃるのですね。信じられる方がいるのですね――羨ましい。妬ましい。ワタクシもどうか、どうか――世界崩壊のためのお仲間に。くくく、くひひひひひっひひ!」


 死んでも動き、縋るようにしゃべり続ける魔竜の影。

 その手は複雑な魔術文字を刻み、効果を高めている。


 本体を蘇生させようとしている言霊を妨害しようと、私は尻尾をボフ――ッ!


 しかし――問題は一つ。

 先ほどもみんなに呼びかけた通り、私がそれなりの魔術を使って妨害すると周囲に影響を与えてしまう。

 こいつが人質にしていた民間人の魂も、妨害の影響で消えてしまうという事だ。


 なので。

 転移可能な者がやってくるタイムラグを使い、出来る限りの事はやっておくべきだろう。

 私は祈るように、瞳を閉じ。

 敬虔なるネコ神父の顔でささやき、詠唱。


『主よ。光よ――我が地、我が身を汝の慈悲にて照らしたまえ』


 きぃぃぃん!


『大いなるネコちゃんの尻尾光(テールランプ・ライト)!』


 翳す私の肉球とモフ尻尾の先から生まれたのは、ただの光源。

 大いなる光の力を借りた、夜の街を光で満たす照明生成の奇跡。

 ようするに、照明魔術である。


 これなら民間人の魂を傷つける事はない。


『ぶにゃはははははは! 近年、ようやく手加減を覚えた私にはこれくらい、できちゃうんだよね~! 周囲を壊さない低級魔術だって扱えるのである! このまま影が消えたら、ぷぷぷー、君も終わりだねえ!』


 勝ち誇る私の前で、影が徐々に消えていく。

 だが、しかし――!


『あ、あれ? 影が消えないね……』

「甘い、甘いですよ大魔帝ケトス様!」


 声は影ではなく、刎ねた筈の首の方から紡がれていた。

 銀髪の隙間。

 簾のような髪から覗く三日月型の瞳が、デラデラデラ――深い笑みを浮かべ続けている。


「もしやと思いワタクシは、ここまで読んでおりました。失礼、ワタクシの影は少し特殊でして、この闇、この漆黒――光では拭えぬワタクシの心の影に御座いますれば、物理的な輝きなどただ少し眩しい程度……いや、なにやら失明レベルの光源がでていますが――ともあれ無意味です。我が身を売り込む様で恐縮ですが、それ以外にも芸当は多数ございます。これでもワタクシ、勇者様の供でございましたもので――小細工には長けて御座います」

『え、これ……ふつうの人間なら失明するレベルの光源だったのか。て、てかげんて、難しいね』


 言葉を受けた男の影は、光源を握りつぶしこちらをジロリ。


「このような児戯では誤魔化せませんよ、大魔帝様? わざとそのような失敗をした振りをして、時間稼ぎをしようとしていたのは明白。ワタクシ、そこまで愚かではございません」

『いや、ふつうに調整に失敗しただけなんだけど……まあ、それでいいよ。どうせ人の話を聞かないんだろうし、面倒だし』


 蘇生の言霊魔術が発動したのだろう。

 動き出した男の胴体がゆらりと立ち上がり――自らの首を抱え頭に乗せる。

 まるでネジでも回すようにグルグルグル。


 不気味に嗤い続ける男は完全回復した状態で、恭しく礼をしてみせる。


「ワタクシはこれこの通り、無事で御座います。治療も完了。首もこの通り、くっつきました。おやおや新しき勇者様。不思議ですか? おかしいですか? いえいえ、たいした事ではございません。ワタクシ、この不死の力は転生特典というものでありまして、ええ、魔竜から人へと生まれ変わる時に手に入れたのでございます」


 つーことは。

 さっきまでの影に蘇生の魔術を唱えさせていたのは、ただのハッタリかブラフ、だったのかな。

 いや、不死の力と言っても刎ねられた首を治すには言霊の力が必要だった可能性もある。


 ともあれ。

 私は嗤う男を無視して両手を広げ――詠唱。


『我はケトス! 大魔帝ケトス、魔王様の留守を預かる魔猫なり!』


 名乗り上げの詠唱により、周囲の民間人の魂を私と連結。

 一時的に命を共有させたのだ。


 それを眺める男の口が、軽快に蠢きだす。


「ほぅ、それほどに民間人の命が大切ですか。くだらないですね、つまらないですね。今、あなたは弱点だらけとなりました。魂の連結、ソウルリンク。たしか……最上位の聖騎士が長年の修行を経て習得できるカバースキルの一種。受けるダメージを全て肩代わりする、献身スキルでございますね? つまり、ワタクシが人間の魂を攻撃するたびあなたは致命的なダメージを受ける。本来なら通じない筈の攻撃も通用してしまう。それを、まさかまさか、人間如きに使うとは――あなたは本当にお優しい。自分を殺し続けたゲスな種族にまで手を差し伸べるだなんて――ああ、そうか、そうですね。そうですね。これは、いいですねえ! あなたなら、あなたならこのワタクシすらもお救いくださるのでしょう! ねえ! そうでしょう! あんなに醜く愚かで、自分勝手な種族を無辜なる民間人という理由だけで! こうして尽力なさっているのですから!」


 語りが、ながいよ!

 戯言を聞き流し、私は答えずそのまま絨毯を駆ける。


 バッと後ろに下がった、その瞬間。

 光の道に照らされたリベル伯父さんとケントくんが顕現。


 着地と同時にケントくんが冥界神の竪琴を奏で、周囲に散る抜き取られた人間の魂を回収。


「すぐにお助けいたします、ケトスさま――! 今です、伯父さん!」

「立ち並ぶは霊柩。引き上げしは我と神。冥界神の力を借りしリベルが命じる。汝、忘らるる王権の復活を――太古死霊召喚、きたまえ骸の王よ!」


 続けざまに魔法陣が展開。

 魔王様の力を借り受けた魔導書を開き、伯父さんが悪役微笑で口角をつり上げた。


 屋敷を壊す勢いで冥府から這いずり出てくるのは、過去に繫栄した砂漠国家の王族の棺。

 いわゆる亡国の王様。

 ファラオに該当する骸の王を、国ごと召喚する大規模儀式魔術である。


『ファラオ召喚って、だ、大丈夫なのかい! この辺の人間の魂、壊れちゃうんじゃ!』

「おや、人間の魂の心配をするなんてケトス君は偉いねえ。ははは、大丈夫。抜かれた魂はケントくんの竪琴で回収できている、それに――こうしてワタシに力を貸してくれている冥界神様も、既に動いている。数分でこの地に拘束された魂も保護完了さ。この周囲一帯、生きとし生ける者全てを冥界に招いて、一時的に冥府の住人になって貰っているんだよ――と!」


 竜人イヴァンが飛ばしてきた洗脳と扇動の言霊を、ケントくんが魔曲による力ある音楽で妨害する。

 魔導書が再び自動で、バサササササ!

 飛び出した邪精霊が、ファラオ召喚の合間に私と二人の身を守り始める。


 なるほど。

 いくら魔王様の魔導書を使っているとはいえ、国ごとアンデッドの王様を召喚する儀式を人間の身で扱えるはずがない。そう思っていたのだが――冥界神レイヴァンお兄さんと契約をしたのだろう。

 屋敷の空間が、ピラミッドと祭壇に作り替えられていく中。


 ふと、賢い私は考えた。


『ね、ねえ。冥界に招いてってそれ……ようするに一回は死んじゃうって事なんじゃ?』


 言われたリベル伯父さんは、目線を逸らして。


「まあ、大いなる光の力で蘇生はできるらしいから。ワタシに言われても困るかな。この作戦も、あの二人が提案したんだし」

『あー……あいかわらず、古き神々の関係者も魂とか命を、けっこう軽く扱ってるようだね……。いや、まあ実際。一度冥界で回収して安全を確保した方が、結果的には被害を最小限には抑えられるんだろうけど。にゃんだかなぁ……』


 わりとサイコパス気味だよね……、神って。

 価値観が違うのである。

 ソウルリンク状態であっても私は不死なので、魂を繋いである民間人たちが一時的に冥界に呑まれても問題ないのだが。


 肉球で額を抑える私の目の前。

 召喚された黄金マスクのミイラが、王の錫杖を片手にチリン!

 連鎖召喚を発動したのだろう。


 ――ググオオオオオオオオオオォォォォォォ……。


 亡国王の軍勢が、死人と化して顕現し始める。

 ファラオを魔導書で操るリベル伯父さんが、私にウインクを寄越してくる。


「さて、これでフィールドはアンデッドに有利な亡国の砂漠に塗り替えられた――冥界神様がもっと活発に動き出すはずさ。どうやらこのマルドリッヒ領には、人間属性所持者以外を阻む結界が張られていたようだからね、それを破るのも計画の内だったというわけさ」

『人間属性ねえ……マンイーターとかの特効武器の対象になっちゃうアレだね』


 人間属性を持つ者は――現時点で人間族である者や、かつて人だった者。

 転生者である私や、元人間魔猫。

 ハーフオークやハーフエルフのような親に人間を持つ種族。

 そして、元魔竜であり人間に転生した者――竜人イヴァン。

 限られた存在しか街に入れない状態になっていた、ということだろう。


 なるほど、それで魔竜達はいつまでもこの街に入ってこなかったのか。


『それで君とケントくんが先行してきたんだね。私も人間属性判定されてるのは、まあ、なんか癪だけど。ともあれ――最適な解決とは言えないかもしれないけど、これで人質の心配はなくなったってわけか。どうする? イヴァン=マクワイア……くんだっけ? 降伏するなら今の内だけど』


 私たちのやり取りをみていた竜人イヴァンは、突然。

 つぅー……。

 涙を零し、うっとりと心酔するようにこちらを見始める。


「ああ、これが仲間。ワタクシが失ってしまった協力関係」

『え、なに? ……いきなり、怖いんですけど』


 ほんとう。

 なんで勇者の関係者って。

 こう……生理的に、うわぁ……ってなるやつばっかりなんだろうね。


 ◇


 ドン引きネコちゃんの瞳に構わず銀の男は――ゆらりゆらり。

 独り芝居を開始する。


「懐かしいです、羨ましいです、妬ましいです。ええ、ええ。かつてワタクシもこうして! 皆と協力をしていたのですよ! 死ねずに漂うワタクシの唯一歩んだ光の道。ワタクシがワタクシとして必要とされていた懐かしき日々でございます。勇者様によって作られた、そして勇者様の死によって崩れ落ちてしまった……淡くて脆い泡沫の道。きれいで、温かくて――ワタクシの心をその温もりで抉り続ける残酷な光に御座います!」


 まーた、人の話を聞いてないでやんの。

 跳びかかって滅ぼしてやりたい所なのだが、レイヴァンお兄さんによる魂の回収が完了するまでは時間を稼ぐ必要がある。


「だから、ワタクシも仲間を呼ばせていただきましょう」

『お仲間ねえ……君、友達少なそうだし。リベル伯父さんみたいにアンデッドでも呼ぶのかい?』


 揶揄に反応したのは、リベル伯父さんの方だけで――敵さんは意外に冷静だ。

 本気を出す、まるでそんな空気で銀の男は嗤う。


「友など要りませんよ。ワタクシに必要なのは、あの方の光と輝きだけ。道を照らしてくれる御仁さえいれば、他に何もいらないのでございます」


 嗤う。

 その瞳はやはり三日月のようで――魔竜として、人間として、この世界全てを呪う憎悪の眼光をギラギラギラとさせて、男は嗤う。

 薄らと嗤い続ける男には、得体のしれない不気味さが漂っていた。


「ワタクシ、この地には二百年も前に訪れておりまして――ええ、ええ。それは本当に偶然です。ですが、二百年前ワタクシはこの地にとある魔道具を与え、伝承を授けたのでございます。いつかその魔道具がワタクシの役に立つと信じて、いつか時の流れと共に、持ち主の魂を吸った魔道具がワタクシのためになると信じて――貴方様が勇者になる前に、既に準備を進めていたのでございます。本来ならばワタクシの勇者様の御力にする筈でしたが……間に合いませんでした。既にあの方は、あなたに噛まれ息絶えていた……死なぬはずのあの御方が死んでいた――おかしいですよね、狡いですよね。なぜ、ワタクシも共に、異界へと呼んで下さらなかったのでしょうか? はて、ワタクシ。それがわからないのでございます」


 いちいち、めんどうなやつである。


『天子黒龍神が、あれ? 他の人だったかな。ともあれ、誰かが言っていたこの地に眠る魔道具のことか』


 ちゃんと覚えておくべきなのだろうが。私、記憶容量が猫だからね。

 仕方ないね。


「左様で。ワタクシはその力を解放し、魔竜神様を降臨させようと思います」


 ちっ、魂の保護は間に合わないか。

 こうなったら、召喚用の魔道具を破壊するか。あるいは、召喚された魔竜神をその瞬間に仕留めるか。

 どちらにせよ、直接私が戦闘する事は避けるべきだろう。

 戦いとなれば朕龍ちんりゅうさんが見せてくれた、あの未来が待っている。


「さあ、出てきなさい魔剣グラムスティンガー! その呪われし刀身に刻まれた憎悪、嫉妬、そして怨嗟! 汝の身を対価に、我が神の再誕を! この世界に降臨を! 召喚の儀式で御座います!」


 翳す細い腕。

 背後で蠢く魔竜の影が、無数の魔法陣を並列させて魔術を詠唱し始める。

 禍々しい波紋が街を包んでいく中。


 膨らむ魔術が弾けそうになり、そして!

 ……。

 なにもおこらなかった。


 ん?

 術の失敗か?

 しかし術式に変な部分はなかった筈だ。


 竜人イヴァンも失敗するとは思っていなかったようで。

 もう一度、格好よく手を翳し!


「おや、どうしたというのですか。魔剣グラムスティンガー! でてきなさい!」


 今一度、まるで魔王様でも呼ぶかのような強大で複雑な魔法陣を作り出し。

 魔竜と人の狭間で揺れる男は哄笑を上げる。


「さあ、蘇りなさい! 魔竜神! 魔剣グラムスティンガーに込められし力を用い、顕現なさい! そして大魔帝ケトスと戦い、その衝撃で憎きこの世界に完全なる滅びを!」


 魔力波動が世界を揺らす。

 術が発動し――力ある形となって具現化される。


 特大魔法陣をマルドリッヒの街に輝かせ!

 そして!

 ……。

 やっぱり、何も起こらない。


「なぜ! なぜなぜなぜ! 何故来ない! 魔剣グラムスティンガー! けして壊れぬ剣! けして滅びぬ剣! どんな攻撃にも破壊されないのは確かなのです、世界のどこかにあるのは確かなのです! この地の魔剣士に語り継がれているのは確認済みです。血を吸い続けたあなたの刀身を生贄に、我が神を! 我が望みを! 叶える瞬間がいま、ここまで来ているのです!」


 何故来ない――!

 血を吐く勢いで銀の髪を揺らす男。

 焦る竜人の目の前で、私はネコ眉をくねらせ考える。


『魔剣グラムスティンガー……グラムスティンガー。あれ、その名前はどこかで……』


 聞いた覚えが。

 そう言おうとした私の猫口は、カツオブシの味を思い出してペロリと舌なめずり。


 それは下級冒険者の魔剣士が持っていた魔剣。

 家宝だったとか言っていたが。

 たしか……。


 あー……。

 ……。


 モフモフしっぽが左右にびたーん、びたーん。

 肉球に汗がジトジトジト。


 やべえ、思い出した。

 思い……出しちゃったよ……グラムスティンガー。


 あれ、私。

 食べたよね?



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― 新着の感想 ―
[一言] しっかり。 美味しく。 食べていた気がしますねぇ………
2023/12/31 09:59 退会済み
管理
[良い点] 勇者関係者は相変わらずしつこいですね。 [一言] あぁ ( ̄▽ ̄;) グラムスティンガーね。 そーいえば鰹節にされて食べられたね。 て事は召喚は無理?ですな。 ((…
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