神在月 ~つどいし主神の器、にゃんこと鳩とお兄さんと~後編
会議室と化したテント内、龍と冥界神がいる中で今日も今日とて猫は鳴く!
くははははは! くはははは!
留守番組のネコ魔獣たちも釣られて笑って、くははははははははは!
『我を愛でよ! 我を讃えよ! ネコ魔獣こそが、この世界でもっとも愛される魔獣! 魔王様に寵愛されしすばらしき種族、ネコをもっと褒め称えるのニャ!』
冥界神で魔王様の身内――レイヴァンお兄さんの頭の上に偉そうに乗って、ドヤァァァァァァァァ!
大魔帝ケトスこと私。
渾身の偉そうじゃなくて偉いのだ! のポーズである!
踏まれたお兄さんがこめかみに怒りマークを浮かべつつも、穏やかに言う。
「いいから、俺様の首がバキってなる前に降りろよ? おまえさん、けっこう――……あぁ、なんだ。その、重いんだから」
『ふふふ、我の勝ちなのである』
ふっ、胸のあたりのモフ毛があまりの偉大さに輝いてしまったのだ。
肩の方までよいしょと下って、私は口角を丸くつり上げ猫笑い。
『いやあ! 私が食すべきサツマイモに呪いをかけるなんて不逞の輩がいたおかげでさあ! ストレスがマックスでさあ! ちょっとイライラしてたんだよねえ!』
「ったく、なんだよ。おい、やっぱりおまえさんも寂しかったんじゃねえか。どうだ? このままウチに連れて帰ってやってもいいぞ? おまえさんを野放しにすると、いつ世界を壊すかわからんからな」
まんざらでもない顔で私をモフる冥界神レイヴァンお兄さんだが――私はニョキっと身体を伸ばし、空間転移。
冷静な顔で私は言う。
『え? いや……お兄さんの世界って夏に遊びに行くのは良いけど。冬だと寒そうだから――ない、かなあ……』
うん、ない。
と、結構ガチ目なテンションで答えたからだろう。
「はぁぁぁぁぁっぁあぁ? ベつに俺様だっててめえみたいな! 駄猫とのんびり冥界暮らしをしたかったわけじゃねえっつーの! 勘違いすんなよ!」
ぐぬぬぬと、歯を剥き出しに唸り。
レイヴァンお兄さんが火山を揺らす勢いで叫んでいた。
さて魔王様の香りを懐かしんでいても、話が進まない。
私は魔族の顔に戻り、ちょっと真剣な顔で告げる。
『んじゃ――戯れはこれくらいにして。だいたいの事情は知っているんだろう? 魔竜神と宣教師魔竜について聞きたいんだよ……何か知っている事はあるかい? 君はあまり現世に興味なさそうだから、得られる情報にそこまでは期待していないんだけど。なにしろこっちは相手の場所すら掴めていないからね、少しでも情報が欲しいんだ。意味深な言葉で勿体ぶったりしないで――知っていることを洗いざらい話しておくれよ』
ふむと真剣モードに顔を切り替え。
「ん? ああ……語る事に躊躇はねえが。おまえさんが言うようにあまり知らねえのも事実なんだわ。そもそも生者の世界への干渉は冥府の王の仕事じゃねえし――ま……宣教師魔竜ってやつが厄介そうな扇動者なのは間違いねえけどな。巨人と東洋魔龍、この地の人間まで利用して何を企んでいやがるんだか。死んだ連中からも宣教師魔竜については最低最悪な魔竜だって話ばかり聞こえてくるしな。しかも、あの野郎――この地で死したモノの魂魄を縛り拘束、魂の冒涜までしてやがる」
言って、ぎしりと瞳を紅く尖らせる死者の王。
まあ……たぶん。
死者の魂の冒涜の部分は、私とリベル伯父さんによる裏技。魔竜の魂から情報を引き出している作戦のことなのだろうが。
これは――黙っておこう。
黒い作戦であると自覚もしているからね。
魔族としての冷徹な微笑。
外道ネコとしての一面を誤魔化しつつ、私はあっけらかんとした顔で。
『じゃあ魔竜神の方を詳しく聞きたい所なんだけど――その前に、もう一人、こっちをずっと見てる人も呼んでおこうか。一緒に聞いちゃった方が早いよね』
「なんだ、俺様以外にも今回の騒動を眺めている奴がいやがるのか?」
『一応、世界の危機みたいだからね。そりゃ世界のために動く層も見ているんだろうさ。敵さんが呼ぼうとしている神様が、本当に厄介な相手だったら大問題。私は一度タガが外れたら止まらない。彼女も世界を壊されたくないんだろうさ』
「おー、彼女っていうからには女か!」
この辺はぶれないんだなあ……。
『はい、そこ――無駄に期待をしない! ともかく――! 私が来る前に、既に何人か民間人の死者が出ている。民間人の巨人だって巻き込まれている。それはとても悲しい事だよ。私にとっても市井の人々にとっても、魔王様にとってもね。だから、とっとと解決させたいのさ』
言葉を区切り。
揺らめく私の影。大魔帝ケトスの影。
人間たる私とネコの口、そして魔族としての私の魔力がギシリ。
蠢いた。
『たとえ――どんな手段を使ったとしても、ね』
ぎぎぎぎ、ぐぎ、ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぃぃぃぃぃ……。
一瞬。
世界から音が消えた。
魔力が逃げた。
声が――死んだ。
周囲の世界が悲鳴と呻きを上げた直後、世界が私の荒ぶる魔力に怯え軋んだのだ。
どんな手段を使ってでも。
そう本音を漏らした私の顔を見て、レイヴァンお兄さんがぞっと顔を引き締める。
思わず漏れた憎悪が、冥界神すらも怯ませたのだろう。
民間人の死に、民間人を利用した作戦。
他種族を囮や犠牲にするような卑劣な策。そしてなによりグルメへの、冒涜。
そう。
今回、私はかなりキレているのだ。
レイヴァンお兄さんを使ってストレスを発散したのは、そういう破壊神や祟り神としての私を鎮める儀式でもあったわけである。
別にからかうのが面白かったからだけ、という理由ではないのだ。
さて――!
『えーと、召喚に必要なのは――まあ、この手でいいかな』
言って、私は聖者ケトスの書を顕現させ。
詠唱。
天に向かって、大魔帝ケトス製の魔導メガホンを向けてウニャニャニャ!
『あー! あー! 神ー! 聞こえてるだろー! こっちにきておくれよー! 君が隠している人類への秘密とか、女神の双丘の秘密とか。そういうの、ぜーんぶバラしちゃうかもしれないよー! 今ここで来てくれないと―! 私、ついうっかり、全国の教会で寝言を言っちゃうかもしれないんだけどー! 君の胸が、実は――……』
「――――………っ―――……」
テントの外。
紅葉の木漏れ日の中から光が射して――。
何者かがダダダダダダダ!
「な――、ななななななな! 何言ってくれてるのよ、この駄猫! 営業妨害よ!」
ケトスの書によってつくられた天への階段を猛ダッシュで下ってきたのは、光り輝くモヤモヤとした神聖なる魔力の塊。
その実体はそこそこの大きさの、平たい胸の白鳩なのだが。
ぜぇぜぇと肩を怒らせ、光り輝く白鳩は私を睨み。
「こ、こんな召喚のされかたは初めてだわ……っ、く、屈辱……っ、ででで、でも。べべべ、別に! くくく、くやしくなんて、ないんだからね!」
ビシっと鳥の足で私の肉球をぺちぺちしてくる。
『にゃははは、秒で飛んで来たね。本体じゃなくて、下界に遣わすアニマル状の分身体みたいだけど――まあ十分かな。いやあ召喚に失敗したら面倒だったから助かるよ』
「あんたねえ! 言っていい事と悪い事があるって、あいつに教わらなかったの!? 人間なんて、全知全能な神ですらも見た目で五割を判断するんだから! 胸の話で信仰心が下がっちゃったらどうするつもりなのよ! 責任、とってくれるの!? えぇ!? どうなのよ! 大魔帝ケトス!? 一度失った信仰パラメーターを回復するのって大変なんだからね!」
くちばしでツツツツツ!
私の毛を啄みながら白鳩は、バッサバッサと羽ばたき飛ぶ。
『あいつというのは、魔王様の事かな? ということは、やっぱり――君、魔王様とも知り合いなんだね? その辺ももうちょっと聞きだしたい所なんだけど』
「あら、ごめんなさい。言っておくけど、楽園の事は話さないわよ。あなたと、この謎のモフモフ羽毛鳩の仲だとしてもね!」
いや、謎の羽毛バトって……正体バレバレなんだけど。
こいつ、神のくせに意外とノリが良いな。
聞かれる前に楽園の名を出したということは――本当に語りたくないのだろうが。
それを聞き出したくなるというのが、ネコちゃんの本能というもの。
どう秘密を聞き出してやろうかと、ニヒィ! 悪戯貌でモフ毛を輝かせる私を見て。
ずっと後ろで眺めていた一団が、うねうねうね。
宙を舞う朕龍さんが、私の背をにょきっと伸びる龍手でツンツン。
「のう、ケトス殿? 話の腰を折って悪いのじゃが――このとてつもない神聖なオーラを放つ、白き平和なる神鳥に身を窶した神々しい存在は……いったい何者なのじゃ? 朕には、どこからどうみても主神クラスの神にしか見えぬのであるが?」
そうか、この鳩の正体を知っているとバレバレなのだが。
初対面だと鳩への変装も効果があるんだね。
『あー、ごめんごめん。魔竜神について頭を巡らせていて、こっちばっかりで話を進めちゃってたね。正真正銘、この白鳩は大いなる光だよ。人間達が崇めている主神の――まあアニマルモードで降臨しているみたいだけど……』
「お、大いなる光――とな?」
しばしの沈黙。
朕さんの後ろで、家臣たちがザワザワザワ。
『あれ? もしかして黒龍達の間では、この世界の主神様ってあんまり有名じゃないのかな?』
「いや、有名じゃとも。ほほほほほ、そうか。そうであるか――主神までをも召喚してしまうほどの大猫魔術師殿であったとは――。ふむ……なるほど、なるほど。おじゃおじゃおじゃ。朕らは、それほどまでの魔と戦いかけていたとは、のう――ほほほほほほほ! しばし失敬。頭が痛くなってきたでおじゃ、おじゃおじゃ……だ、だれぞ……み、水を……」
しばらく、ほほほほほと笑った朕さんは。
ずでーん、と地に落ち気絶してしまう。
『え、ちょっと! どうしたんだい!』
ぐるぐるとコミカルに目を回す朕さんに駆け寄る私。
慌てる家臣龍。
そんな騒然とする現場を見て。
お兄さんと白鳩は顔を見合わせて――口をそろえるように言う。
「おまえさんなあ……そりゃあ、これが普通の反応だろうよ」
「大魔帝ケトス……。あんた……そのちょっとワンコにも似てる可愛らしいモフモフで、ぶっ飛んでる所を許されてる節があるけれど、けっこう大概よ? 世界の主神と冥界神が同時に顕現するなんて、歴史に残る大事件なんだからね?」
ええ?
なにこいつら結託してるし。
「お前さんは少し、常識ってもんを学んだ方がいいと思うぞ。わりと、真面目に。弟にも言われてたんだろう?」
『う……っ、それを言われると――黙るしかないし……っ』
反省を促すお説教モードの声に、私はブスっと顔を尖らせる。
朕さんに治療魔術をかけていなかったら、とりあえず猫パンチをしていた所なのだが――。
二人はそのまま会話を続ける。
「あら、冥界なんていう昏い場所を治めているわりには、いいことを言うじゃない――それに、こうやって冥王となったアンタと久々に会ってみると、ちょっといい男に成長したんじゃない? まあ、知らなかった。でも――駄目ね。嫌だわ、ジメジメしてるところに居過ぎて、こっちまで陰気になっちゃいそう」
言われたお兄さんの額が、ビキビキビキと邪悪なる色に染まっていく。
「ほぅ、言うじゃねえか。信仰の上で胡坐をかいているうちに力を失いかけ、どっかの可愛いウチのモフネコちゃんにキレられかけて? 目玉を攻撃されて? すごすごと引き下がった? 主神様がねえ? ふふふふふ、ふはははははっは! まさか、主神様が、ネコちゃんに負けるなんてことはねーわな! すまんすまん、なんかの勘違いだろうなあ!」
「あらー? このネコちゃん、もうすっかりウチのこたつで寛いでる家族みたいなものなんですけどー? どっかのくらーい冥界で? 寒い思いをさせちゃうような狭量な神様とは違って? ミカンまで出してあげちゃうんですけどー?」
まあ、確かに。
焼きたてアップルパイ目当てにけっこう遊びにも行ってるけど。
「俺様はこいつに、芋焼酎を貰った! さあ、お前は今回、何を貰った? 何も貰ってねえよな? ふつーに、召喚されただけだよな? あー、すまんすまん。まさか、主神ともあろうものが、タダで召喚に応じるなんてわけねえから、これも俺様の勘違いなんだろうなあ!」
「はぁぁぁぁっぁぁぁあああぁぁ!? こっちは分霊ですし、アニマルモードですし。本体は天界に残ってますし。冥界から完全召喚された冥界神には、言われたくないんですけどー!?」
しばらく、主神と冥界神はハハハハハと笑いあって。
ズジャ!
互いに距離を取り、十重の魔法陣を背に纏いながら宙に浮かび始める。
「上等じゃないの! 不浄なる冥界野郎がっ!」
「ああん? やるか、この天界クソ女神がッ!」
本物の主神クラスの神同士。
刺さりぶつかり合う魔力の視線は世界を、またまたまたグラグラと揺らしている。
あ、あれ?
なんかこの二人……天界と冥界、異なる死者の行く先を治めているだけあって。
実は、仲が悪いのかも?
◇
早く敵の正体を突き止めたい私の目の前。
召喚した神達が、ぐぬぬぬといがみ合う。
「常世ならざる亡者の息吹。顕現せし混沌の大海! 我、誘うは――っ」
「はーい! 詠唱キャンセルゥ~! 神の力~! おーっほほほほほほ! 完璧たる女神に勝とうなんて、一万年早いのよ!」
おや、大いなる光が神の権能を用いてお兄さんの術を妨害したようだが。
お兄さんは邪神の顔で、くくくく!
「甘いな! ははーん、ケトスが言っていた秘密ってのが見えたぞ。主神様よお? おまえさん、実はその胸、あの頃から成長してな――」
「冥界神。アンタ、それ以上言ったら、戦争よ? 天界と冥界の大戦争よ?」
すぅっと瞳を細める白い鳩から、神々しいオーラがでらでらでら。
レイヴァンお兄さんも、すぅっと瞳を細め――黒き翼をばさぁ!
「おもしれえ。ああ、いいぜ。やってやる! やってやるさ! 楽園の糞野郎どもの生き残りが澄ましたまま、天界で神をやってるのも前から気に入らなかったんだよ!」
「あーら、言葉を返すようで悪いけど。せっかく人が止めてやったのに、殺されるからやめなさいって? 忠告してやったのに? アイツの減刑への嘆願をしにいってノコノコやられた上で? 楽園が滅ぶ原因となったあなたに? そんなこと言う資格、あるのかしらねえ?」
なんだ。
ちゃんと止めてくれている人もいたんだね。どういう関係なのかまでは知らないが。
猫の耳で会話を追う私を無視して、続けざまに鳩は叫ぶ。
「だいたい! あんた! ウチに来るはずの英雄の魂を、横取りしてるんじゃないわよ! 死者の魂の取り扱いがどっちの領分なのか、この機会に分からせてやろうじゃないの! その穢れた魂、浄化してあげるわ――!」
「ウチが鍛え上げた英傑達を勝手に迎え入れる糞女神がよく吠えたもんだな!」
両者。
なにやら結構因縁が深かったらしく。
ぐぬぬぬぬと、にらみ合い。
バッと翼を広げ、十重の魔法陣を越えた領域に接続しようとする。
が――。
『あのさあ、そういうのは後でやってくれないかな? おーい! 聞こえているかな? わーたーしー! 無視されるの嫌いなんですけどー! って、マジで聞いてないでやんの。ふむ……』
いつまでも終わらないので。
ズドドドドドオォォォォォン!
「バカ冥界神、ストップ! なにかおかしいわ!」
「ああ、なんだこの魔力は……って、おい!」
ちょっと前にも言ったが、実は私。
今回けっこうキレてるんだよね。
『憎悪を司りし我が命じる、汝、ネコちゃんに平伏さぬ愚か者を戒めたまえ――っと。こんなもんかな。騒ぐようなら――もういいや。はいはい、ズドドドドン!』
テントの外に浮かび上がるのは、オーク神であるオーキストが使った私の魔術。
その応用である。
効果は巨大憎悪ネコちゃんによる、肉球スタンプ。
ようするに、重力操作魔術だ。
まあ、神特効の属性を付与した、主神クラスにしか効かない特殊コーティングを施した私のアレンジバージョンであるが。
ビシっと二人の神は顔を歪め。
「え? ちょ! ケトス! おまえ、これはさすがに!」
「ちょ、ちょっと! あんた、これを直接受けたら神だって滅ぶわよ!」
構わず私は、肉球を翳し――ヘン!
『はいはい、消滅したくなかったら協力して防ぐんだね。言っとくけど、消滅しても百年もしたら自動で再生するんだろうし、私、止める気ないからね? んじゃ、頑張ってね』
本当に、消滅させる勢いで放った大魔術。
受け止める主神クラスの存在が二人。
またまた世界がグラグラ揺れているのだが。
まあ、この二人は本物の主神だ。
なんとかするだろう。
ともあれ、これで役者がそろったかな。
この騒動の余波はそれなりに広がっている筈。
感じ取っているだろう要塞攻略組も、飛んで帰ってくるだろうし。
リベル伯父さんも情報を引き出し終わっているだろうし。
冥界神と主神からの情報も得られるわけだからね。
魔竜神。
そして宣教師魔竜についての情報も揃い始めるだろう。
その正体が判明するのも、もうすぐかな。
正体が判明したらどうするかって?
そりゃまあ、グルメを冒涜した相手だから――ねえ?
そんなわけで。
私は他の拠点に攻め込んでいる皆が帰って来るのを、ゆっくり待つのであった!
魔王様にお見せする記録クリスタルへの映像記録も、次回に続く!




