異種和睦会談 ~おかしな魔龍とおかしな会議~前編
ほんわか雅で古風。
朕を自称する烏帽子をかぶった黒龍をリーダーとした、東洋龍たちの襲来。
彼等とのそうぜつな戦いの終結から、数時間。
既に我等は和平の道を模索していた。
朕龍こと天帝の位にある東洋魔龍。
ぐねぐねと長い身体をもつ天子黒龍神と名乗る魔龍を迎え入れ――現在、我等は会談中。
いわゆる。
異種族和睦会談である。
場所は――魔竜から奪い取った敵拠点をにゃんこ要塞とし、モフモフパラダイスとなった地。
そのテント内に、大きく動く影が二つ。
一つはもちろん愛らしい最強な魔猫。
『やっぱり会議には糖分補給のおかしが必需品だよね~♪』
テーブルに並ぶお菓子を、じぃぃぃぃいいいぃぃぃ!
あられにこんぺいとうに、菱餅までずらり。
甘くカラフルな和菓子に、にょきーっと肉球を伸ばすのは黒き稲妻のような獣。
皆さまご存じの大魔帝!
魔王様にケトスと名付けられし、麗しきモフ魔猫!
ようするに。
私である!
会議室となっているネコちゃんテントに居るのは、私と数匹の猫魔獣。
そして。
テントに入るサイズに魔術で小型化した朕龍さんと、その少量の護衛のみ。
長い身体でとぐろを巻いて、器用に椅子に座る朕龍は龍ヒゲをくいくい。
興味津々に周囲をチラリ。
アンデッドの首無しメイドさんに紅茶を注がれ。
こくりと謝辞を伝えている。
彼こそが今回の話し相手。
魔龍の代表、天子黒龍神。
一人称が朕なので、勝手に朕さんと呼んでいるが――ともあれ、彼は紅茶の美味さに身体をウネウネさせながら言う。
「ふむ、朕らはあまり人間を好かぬからこの人数はありがたいが――要塞におった元人間ネコや、ハーフオークや魔性の器となった詩人。それと、なんとなくこわーい視線で、朕の身体を食肉を見る目で眺めていたネクロマンサーがおらぬが――いずこへ?」
朕さんの問いかけを聞いた私のモフ耳が、ぴょこぴょこ。
キラキラと輝く星のおかしを猫口で齧りながら、私は応じる。
『あー、ごめんごめん。そーいや伝えていなかったね。今は彼等だけで他の要塞を攻め落としている所さ』
言って、猫目石の魔杖をニギニギ。
遠見の魔術を発動。
拠点制圧のライブ映像を投影してみせる。
それを見て、朕さんが感嘆とした声を上げる。
「ほぅ……! 遠くを見る魔術であるな! 清き水の聖女から生み出された魔術を記録クリスタルに転用し、光の魔術を用い反射。空気中にある魔力に投影してみせている。そういうカラクリか」
『へえ、すごいね。原理をちゃんと理解した存在には初めて会ったよ』
さすがは龍の神と名乗るだけはある。
『いやあ、今回もオーキスト……あの魔帝でオークな神幹部の出番を最終的に奪っちゃったからね、きちんとした、記録に残る戦果を上げさせてあげたいんだよ。だから、私が貴重な時間を使って君との会談を続けている最中に、軍を率いて近隣の要塞を占拠してくれ! って、お願いしたって訳さ』
「なるほどのぅ。互いに、上に立つ者というのは大変でおじゃるな。ほほほほほ」
気分は野球観戦である。
会談は、まあわりと順調に進んでいる。
彼等、東の魔龍が例の宣教師魔竜に利用されていた。
という説明はどうやら本当らしい。
相手の許可を得て、嘘をみやぶる魔術を行使した上で質問したので間違いない。
そんなん嘘をみやぶる魔術を破る魔術を使われていたら、わからないじゃないか!
と、お思いの君!
にゃふふふふ、まだまだ考えが甘いのである。
その辺は問題なし。
この大魔帝たる私の看破魔術を正面から破って見せる魔術師など、世界を探しても魔王様ぐらいしか存在しないのである。
私たちは他愛のない話をして。
しばらく。
これくらいで互いの距離は測れただろう――と。
私の丸い猫口は、動き始めた。
『じゃあ、そろそろ話を聞こうと思うんだけど。大丈夫かな?』
「ああ、そうじゃな。そちとの話。なかなかどうして楽しき時間であったぞ」
表情を少し鋭くさせた朕龍が、紅茶カップをちっちゃい手で傾け。
カチリ。
「なれど、そうじゃな。話を進めなければなるまい」
言って、一口。優雅に紅茶を味わい。
黙り込んで。
瞳をキラキラ輝かせ、くわッ!
ずずずずうぅぅぅっぅううう!
と、甘い香りと味を一気に飲み切って――頬を紅くし満足そうにゲプゥ♪
味が気に入ったのだろう……。
後ろの爺やっぽい老魔龍のこめかみに、ドデカイ怒りマークを浮かばせながらも。
何事もなかったように、こちらをまっすぐに見る。
「さて――まずは朕らの身を滅ぼさずにいてくれたことを感謝しようかのう。ありがとう、そしてすまなかった。大魔帝ケトス殿、朕は先ほども名乗った通り天子黒龍神。こたびの魔竜の戦に招かれた客将。責任から逃れる卑怯な言い方ですまぬが――事件とは直接、まったくといって関係していないと言わせて貰おうと思うておる。いかがか?」
『ああ、君はそういう暗躍が得意なタイプとも思えないしね』
お菓子もおいしかったし。
「なれど、相手が人間だからと力を貸し、邪悪なる人の子らに拠点を奪われたからどうにかしてくれと頼まれ、この要塞に攻め入ったのも事実。落ち度は確かにあるであろう――ところで、そこな首無しメイド殿? 朕、もういっぱいお代わりが欲しいのだが? そう、おじゃおじゃおじゃ。すまぬな、ありがとう」
どうやら甚く紅茶が気に入ったご様子である。
今度は味わうように紅茶を楽しみながら、朕さんはいう。
「人間如きに臆したのですかな? と、神の身である朕が言われてしまえば、そこはそれ、売り言葉に買い言葉。まあ相手が人間ならば構わぬかと思った次第じゃ。その点に関しては言い訳をするつもりはないのでおじゃる。朕も、朕の部下達も……人はあまり好かぬのじゃ。こちらより襲おうとは思わぬが、もし歯向かってきたのなら――容赦なく罰を下すことに躊躇はない。むろん、むやみやたらに命を狩るは風流に非ず、そのような雅を欠いた行いは咎めるであろうがな」
朕さんはちっちゃいお手々で、砂糖入れをズズズズ。
引き寄せ、じゃっぽんじゃっぽん。
シリアスな顔のまま、紅茶が変色するほどに砂糖をぶち込んでいるのだが……んーむ、さすがは魔龍、おそるべし。
まあ、龍族は基本的に我が道を進む覇者。
相手に合わせるという習慣があまりないのだろう。
「単刀直入に聞くとするかのう。大魔帝ケトス殿よ、そちは何が知りたいのでおじゃるか? 朕は敗戦の将。うぬらに従うつもりじゃ。相手にこれほど強大な魔族がいると隠し、朕らを騙してくれおった魔竜どもに仕返しもしてやりたいでな」
全面降伏を誓った言葉に嘘偽りはないのだろう。
なかなか話は早そうである。
『まずそうだね、魔竜達のリーダー? みたいな宣教師の魔竜について聞きたいんだけど――』
問われて朕さんは、記憶を辿るように視線をぴょこっと上に向ける。
「ふむ、名は知らぬ。なれど、少なくとも百年前には存在していた個体であったと朕は確認しておるぞ。魔竜が人の心の隙間、すなわち魂に入り込む能力を有している事は知っておじゃるか?」
『ああ、詳しいわけじゃないが――通常の大魔術師が持っている知識レベルの範囲でなら知っているよ。以前にも、大いなる光の信者の心に入り込み暗躍していた所をガツっとサクっと、とっちめた事があるからね』
ならば話が早いと、朕さんは満足げに長いヒゲをうねうね揺らす。
「あの宣教師の魔竜は魔竜神を崇める信徒。狂信者と言ってもよいであろうな。長い歴史の裏で暗躍し続ける、下劣な輩。人の心に入り込み、魔竜神復活のための儀式を進めていることは確かであろう。人間達による不自然な理由での戦争が起こる影には、ヤツが必ずいる。そう――朕らが揶揄してしまうほどに卑しき魔竜じゃ」
瞳を細める朕さんに、私は眉を下げて言う。
『んー……そこまで言っちゃうほど嫌っているのに、よく力を貸す気になったね……いや、嘘じゃないってのは分かってるんだけど』
「気を悪くしないでもらいたいが、敢えて言わせて貰うぞよ? ケトス殿。朕に言わせれば、下劣で不浄なる人族と行動を共にし、そこまで力を貸している貴殿の方が理解できぬ。よく力を貸す気になったでおじゃると……そう思うてしまうのじゃが?」
なかなか痛い所を突いてくる。
巨人達も言っていたが。
魔族である私がこうして人間に力を貸しているのも、かなり奇妙に映るのだろう。
「人とは感謝を忘れ、高慢に生きる目障りな存在じゃ。蟻の如き勢いで増え、困った時はやれこう言うのじゃ。天子黒龍神さま、川をお作り下さいませ。そして分けてくださいませ、お救いくださいませ! 祈りも生贄も捧げます。水がなければ干からびてしまうのです、どうかどうか。この通り……――と頭を垂れておきながら、数十年もするとその感謝を忘れてしまう。忘れるどころか朕を邪魔者扱いし、追い払おうとまでする輩が出始める。朕は裏切られた。何度も、何度も、何度も裏切りを受け、やがて――人と関わる事を止めた。もはや斯様な種族に情はなし。水神――水の神としての最低限の責務は果たした、そう思うておる」
そういや五行属性。
いわゆる自然の力を司る神っぽいことを言っていたけど、この朕さん、水の神様なんだね。
人間への恨みはそれなりに強いのだろう。
常にギャグっぽい空気を作り出す魔龍の長は、するどく眉間を尖らせ……けれど――酷く、悲しい顔をしていた。
おそらく交流もあったのだろう。
全てが恨みの記憶というわけでもないのだろう。
きっと、思いは複雑なのだと思う。
川を作り出すなど、並大抵の存在ではできない。
信仰は力。
この朕龍も昔は、人間達からかなり信仰されていたのではないだろうか。
彼が空を辿る視線には、重みがあった。
失ってしまった日々への……冷えてしまった思い出への感傷があるのだろう。
昔を懐かしむように、物憂げな顔を作る魔龍。
歴史と、時の流れの物悲しさを感じさせるその横顔。
人間との関係を絶った、かつて神だった者を眺める私の目の前で、お付きの爺やが言った。
「いやいやいやいや、お館様。なにか急にせつない空気をだされておりますが……やはり毎日昼夜を問わず降臨し宴を要求した上で、酒に酔い大暴れをなさっていては……さすがに人間達も困っていたのではあるまいかと」
ビキっと朕さんの貌が引き攣り。
汗がだーらだらだら。
……。
開き直った様に龍目をクワっとひろげ、朕さんは部下に球の唾を飛ばしながら言う。
「たわけ! 川を作ってやった時に毎回やつらは言うでないか! なんでもします、忠誠を誓います。得られた水の恵みから神酒をつくり、いついかなる時でも要求されれば献上しますと誓っておったであろう! 約束は約束じゃ! 朕、悪くないのでおじゃる!」
あながち人間だけのせいというわけでもなさそうだが。
ともあれ。
話を戻すように、ジト目をシリアスに切り替えて私は言う。
『魔竜神っていうのは具体的にどんな存在なんだい? なんとなく、古き神々……こことは違う世界に住んでいた楽園の住人なのかなあ、とか勝手に思ってはいるんだけど。それと魔竜軍がマルドリッヒ領への侵攻にこだわる理由、それもちょっと理解できないんだよね』
リベル伯父さんのネクロマンシーで得られた情報はまだ少ない。
今頃、その辺も含めて他拠点で同様の禁術を用い魂を呪縛、情報を集めている筈なのだが。
朕さんはしばし考え、口を開く。
「答える前に告げておく。魔竜と魔龍はそもそも種族が違うのじゃ。種の発展と進化。それはドラゴンとて同じこと。種の起源――太古獣神ミアキス種から魔狼と魔猫に枝分かれしたように……もはや朕らの根本は違うということじゃ。魔猫のそちとて、犬のボスについて聞かれても答えに迷う事はあろう? それと同じじゃ。だから、これから語る事には多少の推察や予測、不確定な情報が含まれることとなるが構わぬか?」
頷く私に、朕さんは続ける。
「人の子らがマルドリッヒ領と呼ぶあの地には、とある魔導具が奉納されていると聞く。太古の魔竜神にまつわる、封印の祭具が眠っておるとも耳にしたことがあるが――それも人の世界での話。朕は人の世情に明るくないのじゃ。ケトス殿、博識なりしそちは何か知らぬのか?」
『え? あー、にゃははははは! ご、ごめんねえー。私もグルメ以外に関しては人間の歴史って興味が無くてね、まーったく知らないんだよね』
バリバリとひなあられを肉球で掴んでムシャムシャムシャ。
誤魔化し笑う私に、朕さんは龍の息をはき。
「左様か。まあ構わぬが――此度の騒動の話を聞く限りからの推察であるが……魔竜どもの狙いには一つ、心当たりがあるのでおじゃる」
あられとか、こんぺいとうとか。
ジャラジャラと会議のおともが並ぶテーブルの上に、占術用の札を並べる朕さん。
その貌は真剣だが、やはりそこはギャグ属性持ちの魔龍。
ついでに、砂糖入れから浮かべた角砂糖をぼちゃぼちゃと紅茶に入れてズズズズズ!
一息に呑み切って、げぷりと彼は言う。
「呪われしイモによる狂戦士化、じゃったか? ともあれ巨人族まで巻き込み、そして朕ら東の魔龍までも巻き込んだ意図。マルドリッヒ領にこだわるその狙い――おそらくであるが、宣教師魔竜めは巨人達や朕らの魂が狙い。ケトス殿、希少種である我等をそちに殺させ――無数の魂を獲得。漂う生贄の魂魄を神に捧げ祈祷、魔竜神とやらを降臨させようとしているのではあるまいか? ありがちな話ではあるが、それが答えではないだろうか――朕はそう思うておる」
やはり、同じ考えか。
巨人や魔龍はともかく……砦に配置された仲間であるはずの魔竜を殺させ生贄にしているのではないか、とは私も予想の一つに入れていた。
だからこそ、生贄防止処置として――貴族詩人のケントくんに冥界神の竪琴で浄化して貰ってはいるのだが。
『まあ、ありそうな話ではあるね。生贄にするのなら数は多ければ多いほど、その血が神秘的であるほどに生贄としての価値が上がる。古き神々の子孫とされるネフィリム巨人族、そして水の神で龍神の君と、その眷族魔龍たち。生贄としては最上級だ』
言葉を受けた朕さんが、ぴくっとヒゲを揺らし。
瞳をくわ!
「であろうな! であろうな! 朕は生贄としてもすばらしく雅で優雅でおじゃるからのう! ほほほほほほ! ……と、すまぬ、取り乱したな。さて、話を戻すでおじゃるが――魔竜神について朕は詳しくない。詳しくないが、一度、その魔力を感じ取ったことがある。アレは――荒れ狂う悍ましき魂であった……情けないかな、今でも、震えが止まらぬのじゃ。その者の降臨は止める方向で作戦を練るべきであろうな」
『降臨させちゃって、滅ぼすって手もあるんだけど。やっぱり事前に喰い止める方が無難だよね』
んー、とモフ毛を膨らませ考える私に。
姿勢を正し、シリアスな顔で朕龍こと天子黒龍神は告げる。
「気を悪くしないで聞いて欲しいでおじゃる」
『別に悪くはしないけど、どうしたんだい? かなりシリアス顔になっているけど』
私も姿勢を正し。
肉球についた砂糖をちぺちぺ舐めて、居住まいを正す。
この辺の空気を読めるところこそが、私がシリアスキャラという証明なのである。
うん。
朕龍は私の紅き猫目をまっすぐに見て、未来を覗く占術を発動。
水神としての清き水の波動をパシャパシャさせながら。
スゥっと瞳を細める。
「魔竜神。そやつは恐らく――ケトス殿。そちと同格。祟り神として最上位の荒魂。存在するだけで世界の理を壊す、破壊神じゃ」
言って、手にする宝珠を輝かせ。
未来の映像を魔術投影してみせ。
こう言った。
「本気となって戦い合えば――決着を迎える前に、世界は滅びを迎えるであろう」
と。




