要塞防衛戦 ~魔帝 対 魔龍。そうぜつなるたたかい~前編
魔猫にゃんこ砦として生まれ変わった要塞。
魔竜軍団から奪い取った地。
玉座の上で魔杖を回すのは麗しき魔猫こと私、大魔帝ケトス。
空を黒く覆う程の敵軍。
黒龍。
東洋の龍を彷彿とさせる細長い空飛ぶ体躯の龍達を見て、族長女巨人さんが女傑顔で目を見開き――驚愕の声を上げる。
「な――っ、なんだい! ありゃあ! 見たこともないタイプの魔竜じゃないか! それに、あぁぁっぁああああぁっぁあ! さすがに数が多すぎるだろうさね!」
紅葉色に燃えるような赤毛に細い指を通し、唸る女傑族長巨人。
それでも戦闘する気満々なのだろう、唸りと同時に焔属性の突剣を顕現させていた。
護衛の侍女巨人たちもそれぞれに長弓を顕現させ、前に出る。
そんな巨人達の臨戦態勢をネコ目で見て、にゃほん。
『ま、大魔帝ケトスを相手にするんだ。最低限の数は揃えたって言う事かな。それにしても……細長くて空を飛ぶタイプの魔龍、希少種をあんなに集めるなんて……短期間では不可能だ。ふむ、魔竜どもは何と戦争をするつもりだったんだか――』
冷静に悩み。
モフ毛とモフしっぽを秋風にそよがせる私を見て。
「で――、どうするんだい?」
言われて私は玉座の上で足をぴょこぴょこ。
空を見上げて、瞳をぎゅぎゅっ
奴らを鑑定。
『飛行不可能な巨人族は――敵側にはいないみたいだね。そのまま薙ぎ払っちゃってもいいけど、とりあえず話を聞いてみるのもありかな。どうせ戦うことになるとは思うけれどね』
「黒龍ってのは強いのかい? アタシも長く生きているが、あんな連中は知らないよ」
更に猫の魔眼を光らせ。
観察する私は、丸い猫口をウニャウニャニャ!
『異世界では自然神の化身や、時の権力者に姿を見せる神の使いとして知られている上位存在さ。宝珠を集めると願いを叶えてくれる、なーんて民間伝承もあったけど――アレはちょっと違うか。ともあれ、それなりに強いんじゃないかな? 奴らが手にする宝珠が見えるだろう? アレは天候を操作する魔道具なんだけど……あのタイプの黒龍は儀式魔術を得意とする魔術師タイプ。たぶん、遠距離からとんでもない魔術を並行詠唱してくると思うよ』
女傑族長巨人さんが慌てて結界を構築しながら叫ぶ。
「なにを呑気な顔をしているんだい! すぐに防御結界を張らないと!」
『それはそうだけど、一応、部下の顔も立ててあげないとね』
言って、私が目線を向けるのは、空飛ぶ黒雲の群れの前に立ちふさがる魔帝豚神。
魔王軍幹部であるオーク神。
オーキストが狂乱の斧を手に、武人の貌で腕を組んで待っているのだ。
「あれは――アンタの部下のオーク神!? 一人で行かせて大丈夫なのかい?」
彼からの――豪胆だが礼儀正しい声が、ネコちゃんに占拠された要塞に響く。
「勝手な出陣をお許しくださいケトスさま、ここは任せて頂いても?」
『ああ、構わないよ。降伏勧告後、従わないようなら好きにしていい――そういえばエウリュケくんはどうしている?』
オーキストなら心配ないが、エウリュケくんはさすがにあの黒龍軍団には敵わないだろう。
巻き込みたくないのだが――。
「娘……いえ、あの者は地脈を書き換えた後、負傷していた巨人の治療に向かわせております。巨人達も民間人であると勝手に判断したのですが――事後報告となってしまい申し訳ありません」
へえ! やるじゃん!
感動でぶわっとモフ毛を満足に膨らませながらも、冷静な幹部ボイスで言う。
『そうか――いや、実に正しい判断だ。私も君の選択を誇らしく思うよ、ありがとう。それじゃあ君が殲滅している間に、私がこの要塞の守りを完璧にしておく。君はこちらへの被害を気にせず暴れちゃっても問題ない。終わったら転移して迎えに行くからね』
「ハッ! 必ずや、魔族の威光を、愚かなる竜どもに叩きつけてごらんに入れましょう!」
有言実行なのじゃ!
と。
ドヤ顔を浮かべた私は玉座の上に魔杖を翳し、猫目石の先端から光を放つ。
要塞を包む結界を強化するべくモフ毛をぶわっと膨らませ。
詠唱――。
『我はケトス。大魔帝ケトスなり!』
名乗り上げが詠唱の代わりとなり、上級クラスの魔術ならそのまま発動できるのだが。
今回はちょっと大掛かりの魔術なので、十重の魔法陣を十字型に五つ並べ。
疑似音声を発する魔杖と共に、同時に並行詠唱する。
『天に遍く星々よ。宙で輝く流星よ――我、久遠の安寧を欲する者。我、悠久の惰眠を貪りし者。空よ、大地よ、大海よ。天地創造の力持ちて、汝等の魔力を守りの鎖とせん!』
告げて――私は猫毛をボッファー!
紅き瞳を細め、握った魔杖を天に掲げ――。
魔力を解き放つ!
《絶対不可侵の猫楽園》
ききききぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいぃぃぃん!
淡い光が、周囲を鋭く包んでいく。
使った魔術は、天体の力を借りて行う儀式魔術。
絶対防御のバフを、要塞そのものに付与したのだ。
オーキストのみを結界外に残し――、敵も味方も侵入も退去もできない絶対の壁を作り出したのである。
……。
ふざけた魔術名だが、魔王様が開発した術なので……その辺は突っ込まないのである。
作った経緯と理由は単純。
これ。
実は……対私用に開発された魔術なのだ。
あれは確か、魔導実験と称した悪戯をしまくっていた時期。
露見したと同時に、肉球でそろりそろり――私がこっそりと御城から脱走するという事件が多発した頃の話。
絶対に逃がさずお説教だ! と、私を膝に抱いてモフる魔王様が、私ですら破れない結界儀式魔術を研究。
即座に開発したのだ。
ようするに、最強魔猫である私を捕えるために作られたという、傍から見るとしょーもない経緯の術なのであるが……。
まあ、私も魔王様も半分はお遊び。
脱走ごっこと捕獲ごっこを繰り広げて魔導を競って遊んでいた――という事情もあり、ふざけた名前だが、効果は絶大。
実際。
強固な結界を付与された要塞を見て、女傑族長巨人さんが鳥肌を立てながら言う。
「なんだいこりゃ……っ、あらゆる攻撃を防ぐって言うのは、まあいいとして、どんな空間移動ですらも防ぎ妨害する結界って! はぁぁっぁあ? ――こんな、えぇ? こりゃ反則だろうよ」
『おや、魔道具を使わないで鑑定魔術が使えるんだね。けっこうレアなスキルなのに、なーんか最近、使える人ばっかりに出逢うんだよねえ』
呆れたように大きな肩を落とし、彼女は言う。
「アタシもアタシ以外で、鑑定魔術を道具無しで使える存在なんて知らないけど、そんな奴らにばっかり出逢うって――ケトス様、アンタの環境がちょっと普通じゃないんだろうさ」
『にゃははははは! まあ誉め言葉として受け取っておくよ』
笑う私に、オーキストが豚耳をピンと跳ねさせ言う。
「それでは接触を試みます。相手が従わないようでしたら、殲滅――ということになりますでしょうな」
『了解。んじゃ――ここから見ているけれど、私はちょっと休ませて貰うよ。さっきも敵を殺し過ぎちゃって、少し気が荒ぶっているから鎮めたいんだ。君の健闘を期待しているよ』
慇懃に礼をして見せて、オーキストが短い豚シッポをペチペチペチ。
ワンコみたいに揺らして。
フンと豚鼻から覇気を放ち、武骨な顔をギシリ!
「我が魔猫の君よ、お任せください! 御身が休まれる時間は必ずや、この魔帝オーキストが作って見せてごらんに入れましょうぞ!」
随分とやる気のようである。
勢いのまま。
宙に浮かんだ魔帝豚神オーキストは狂乱の斧を、フンと空で振り。
「聞け―い! 脆弱なる黒龍どもよ! この要塞は既に我が主、魔王陛下。そして――御方、一番の臣にして魔王軍最高幹部であらせられる魔猫の君。大魔帝ケトス様の領域となった! 魔竜に付き従う貴様らが踏み入れていい領域に非ず! 直ちに降伏せよ! 繰り返す、直ちに降伏せよ!」
言って。
八重の魔法陣を狂乱の斧に付与し、獣の嘶きをもって相手を威嚇。
ググググググオオオオオオォォォォオオオオオオオオォォォォ――ッ!
凄まじい嘶きが――大空を揺する。
こっちの要塞は結界という名のネコちゃん逃走防止の檻で守られているから、問題ないが。
あっちの山……ちょっと割れちゃったね。
あれ?
そういえば、オーキストって物腰が丁寧になったとはいえ、結構過激派な戦闘狂魔族の一角なんだっけ。
そういや。
……。
負けないとは思っているし、敗北は絶対にないと猫の勘も言っているのだが。
やりすぎるってパターンを……考慮してなかったんだけど。
……。
ま、まあだいぶ丸くなってるみたいだし。平気だよね!
魔帝オーキストの降伏勧告に対するは、一際に大きい黒龍。
群れを支配する王種、リーダーとか神とか、そういった存在だろう。
巨大黒龍は頭にかぶった烏帽子から、水の魔力波動を放ちながら。
フン! と、龍の吐息で自らの長いひげを揺らす。
「ふーむ、なんじゃ! 斯様に醜き魔族は、ついぞ目にした事もないぞよ! 朕に対するその不遜。覚悟はできているのであろうな? 豚の神如きが、吠えたモノよ――汝が降伏せよ。ブタ!」
ブータ! ブータ!
と、黒龍どもが合唱しているが――オーキストはただ静かにそれを見て。
武骨な瞳を光らせる。
「降伏には従わぬ。それが貴様らの答えで良いという事だな?」
「当り前じゃ。朕に頭を垂れ、食肉となるべく豚が小生意気にも斧など持って。平伏せ、朕に頭を下げよ――さすれば汝も下僕としてこき使ってやろう。どうだ、悪くはない提案でおじゃろう?」
ぐねぐねぐね。
蛇のような胴体をくねらせ、黒龍達は空を舞う。
それが防御結界を作り出す、魔術の一種であるとは分かるのだが。
分かるのだが。
私の身体は震えていた。
相手の魔術に恐れをなした! わけもなく。
朕だって!
龍の分際で、朕だって!
ぶにゃはははははは! マジうけるんですけど!
そんな内心大爆笑モードを隠そうと、必死に笑いを堪えているのでモフ毛が――ぶわっぶわっと揺れてしまう。
玉座の上でブドウジュースをチュルチュル啜る私を見て、女傑族長巨人が言う。
「どうしたんだい、あの魔龍になにかあるのかい!?」
『いや、ちょっと喋り方がいと古風でおかしくてさあ。朕て、朕だよ! この世全ての主となるべく御方である魔王陛下が自称するならいいけど、黒龍如き矮小な存在が、チン……ぶにゃーっはっはっははは! 駄目だ、おかしくて眠っていられない!』
玉座の取っ手を肉球でバンバンぺちぺちしながら笑いだす私に、女族長さんは困ったように頬をぽりぽり。
護衛の巨人達も頬をぽりぽり。
「アンタの笑いのツボがよく分からないけど、まあ、大丈夫そうならいいさ」
『オーキストー! なんか、そいつら降伏勧告には従いそうにないし、好きにしちゃっていいよー!』
結界を挟んでも聞こえる魔術音声で伝えると。
オーキストが豚耳をぴょこん。
「そのようですな。いや、残念であります。ケトス様が話し合いさえも検討なされていたというのに、慈悲を投げ捨てるとは――魔帝オーキスト、空飛ぶ巨大ミミズを撃ち落としてご覧にいれましょうぞ!」
言って。
狂乱の斧を握り――魔道具としての力を発動。
「狂乱! 狂乱! 大狂乱――ッ!」
シャボン玉色の波紋が、斧から放たれ空を覆う黒龍に襲っていく。
斧を通し。
自らの魔力を周囲の敵に直接ぶつけ、狂乱状態にする範囲状態異常攻撃かな。
応じて巨大黒龍。
通称、朕龍も六重の魔法陣を展開し――掴む宝珠の魔力を引き出す。
「斯様な攻撃、朕の前では無意味! 者ども、掛かるぞい! 見事、朕の前に豚の丸焼きを差し出した者には褒美を授けようではないか!」
防御結界に包まれた、その身を盾とし空を覆う黒雲達が一斉に詠唱を開始する。
「火炎、洪水」
「大地に大風――禁忌の祝詞を哀れなる豚どもに、いざ、いざいざいざ!」
「然り! 然り! 然り!」
蛇のような胴体から生える一対の腕が、複雑な印を結んで――謡うように詠唱。
錬金術と同時期に発展した五行系の陰陽術のようだが。
こういう詠唱って、けっこう時間がかかるので……。
あ、やっぱし。
オーキストが俊足で飛んで。
「甘いわあぁあぁああああああああぁぁぁっぁぁ――!」
無数の魔力の戦斧を顕現させ、放出!
シュ――ッ、シュシュシュシュシュン!
魔力斧の嵐が、戦場となった空を縦横無尽に駆け巡る。
詠唱を妨害された黒龍達が、よよよよ――と下がり。
「こ、こやつ。ひ、卑怯者であるぞ!」
「詠唱を妨害しようとは、育ちが悪いのであるな!」
「そうだー、そうだー! どうして我等が頑張って詠唱しておるのに、邪魔をできるのだ!」
え、ええ……。
なんかこいつら、あんまり戦い慣れてないのかな……?
朕龍もくわっと目を見開き、巨大な体躯をうねうねさせて汗を滴らせる。
「な! なんたる不敬! 朕らが詠唱をしている最中に攻撃とは、これだから野蛮な魔族は好かぬのだ! もうよい! 朕は疲れた、帰るぞ!」
ぞろぞろぞろと帰還しようとする黒龍達。
その背に向かい。
豚さんの眼をジト目にして――。
「お、おい! きさまら! 拠点を取り戻しに来たのではないのか!」
「左様じゃ。なれど、此度の戦い。朕はあまり乗り気でないでな。魔竜神なる存在の事もあり、ドラゴンに分類される存在としての義理もあった。ならばこそ、とりあえずの参戦となったが、雑魚の筈のその魔帝でその強さじゃ。話が違う。朕は帰るぞ。ほれ、者ども、転移空間をはよぅ」
頭にちょこんと乗った烏帽子がズレていたのだろう。
長い龍髯で器用に直し。
いきなり。逃げの一手である。
いや。
まあ、敵わないと悟ったらとっとと逃げるのは正しい判断なのだろうが……。
いいのかい、おい。
冷静沈着なオーキストすらも、さすがに唖然としている。
おそらく。
暗躍している魔竜軍も、東洋の魔術を扱う黒龍軍団には期待していたとは思うのだが。
こいつら。
役に立たねえ……な。
けれども、おそらく何か情報は握っている筈。
『オーキスト、作戦変更。殲滅ではなく空間封鎖をしてそいつらを確保。絶対、そいつ口が軽いし……情報を聞き出そう』
「御意!」
黒龍達の転移空間を破るべく、オーキストは狂乱の斧を翳した!




