真相 ~滅びのフィッシュアンドチップス 前編~
全ては平穏に終わった。
私は腹いっぱいの料理を堪能でき、ロックウェル卿も満足いく分の食事にありついた。
夜空は明るく。
宴会を彩る焚き火と魔力照明は、夕方色に輝いていた。
小さな田舎町は今、だれもが喜び。
高台の広場では大宴会が行われている。
飲めや歌えやどんちゃん騒ぎ。
魔女マチルダの占いの結果も平和を示している。
この街の危機は去ったのだ。
まあ全て私のおかげなのだがな!
そう。
だれもが喜ばしい筈なのに。
あの男だけは、一人、離れた場所で佇んでいた。
私は、人の姿へ変貌し歩いた。
話があったのだ。
百年単位の年月を彷彿とさせる大樹によりかかるダークエルフ。
彼は、平穏な街並みを複雑な表情で眺めている。
私は意地の悪い質問をした。
「こんなところで黄昏て、どうしたんだい?」
「いや――すこし酔いを醒まそうと思ってな。あなたは食事の続きをなされなくてよろしいのですか」
「大丈夫、ちゃんといっぱい収納してきてあるからね」
と、暗黒空間に手を突っ込みポテトの束をむっしゃむっしゃと噛み締める。
黄昏ていたギルマスの貌がちょっとだけ緩む。
「それで俺になにか?」
「ん―……どう聞いたらいいか」
「宴の料理ならあのバカ受付がやっていますから御心配なく。恩人であるあなたに満足できる量のご馳走をつくると張り切っていますしね」
どうやら食料のことしか考えてないと思われているようである。
心外だが。
まああながち間違ってないか。
食事と魔王様の事以外で私の心を動かすモノはそう多くないのだから。
「これで良かったのかい?」
「なにがですか」
まあそうなるか。
ちょっと話を聞いて欲しいと、私は尻尾をくるりと回して彼の目線の前に入り込んだ。
「ロックウェル卿はおそらく私と同じく未来予知でこの街の滅びをしり、滅びる前に名物料理を食べに来た。滅ぼすためにきたんじゃない。つまり順序が逆なんだ」
そう。
彼はそんな面倒なことはしない。
私と同じく自由に生きる大魔帝なのだ、彼は。
「それにおかしなことに、あの紋章、ロックウェル卿を召喚する陣だけはまだ比較的に新しいモノだった。あの陣はあそこで朽ちた先住人種が設置したのではなく、最近になってだれかが配置したようだね。この地に魔を呼びたがっていた誰かがさ。まあついでに私も引き寄せてしまったようだが」
そう。
あの滅ぼされた幻の里の関係者が、この地にいたのだ。
「私と彼は、この地にある憎悪と滅びの感情に引き寄せられただけ。イレギュラーでも起こらない限り私とロックウェル卿がそのまま出逢えば、まあ街ぐらい簡単に滅びるはずさ。それがあの滅びの占いだったんだろうね」
私は静かに結界を張り巡らせた。
「さて、じゃあ。だれがこの街の崩壊を望み、滅ぼさせるためにあのニワトリを意図して呼んだのか。いったい誰なんだろうね?」
あの地にあった物は、全て魔を引き寄せるものだ。
そして、今。
目の前にも魔を引き寄せる増幅装置が佇んでいる。
ダークエルフは……眼鏡の下で瞳を曇らせながら呟いた。
「まさかあの神鶏だけではなく、あなたまでも来るとは……想定外だった」
「悪いけれど、猫は気まぐれなのさ」
自供に、私は冗談で返した。
「さて――殺し合ってもいいけれど、どうする?」
「辞退させていただきますよ。俺ではどう足掻いても貴方には敵わない」
「で、どうしてまたこの地を滅ぼそうだなんて思ったんだい。まあ私としては滅んでも滅ばなくてもどちらでも構わないんだが、理由は気になる」
銀の眼鏡の奥で瞳を揺らがせ、男は言った。
「この土地はかつてダークエルフの里だった」
「あー……たしか……人間との戦に負け、滅ぼされたんだっけか。百七十年前ぐらいになるのかな」
「ええ、敗戦はちょうど百六十五年と二週間前です」
同胞を殺された復讐。やはりそういうことか。
まああれほど状況証拠があったのだ、気付かない方がどうかしている。
「短命な人間たちは既に忘れているが、俺達はまだあの日の悲劇を忘れていない。一方的な宣戦布告も、略奪も、虐殺も……陵辱もな。俺は……この地を滅ぼすためだけに生まれ、この地に潜伏した」
憎悪のオーラが彼の内から滲み出ている。
魔族好みのいいエネルギーだ。
「やはり君は魔を呼ぶ事に特化した特異体質か。
それも人為的に属性を植え付けられた痕跡を感じる。君の憎悪や悲しみ、負の感情が増すたびにこの土地の呪いと呼応し、私達のような存在を引き寄せる。
そういう仕組みだね」
「ああ、そうだ。あなた達のような破壊神を招くための火種を作り、それと同時に、俺自身も憎悪を増幅させ、滅びを願い引き寄せる。滅びの核としての役割を与えられた、生きたエサなのさ」
淡々と語るその唇に浮かぶ震え。
自嘲を察してしまったのは、私が感覚の鋭い魔猫だからだろう。
鈍い者がみたら彼はまったく動じず、気丈に振舞っているように見えた筈だ。
「俺には……同胞のためにこの地を滅ぼす義務がある」
言葉は止まってしまった。
平穏な街を眺める彼の瞳には何が映っているのだろうか。
その心はどう動いているのだろうか。
彼は何度もあの拷問場ともいえる施設を目にしたのだろう。
人体実験を受けた哀れな仲間の末路を目に焼き付けたのだろう。
同胞の惨い躯も。憎悪で死霊化した仲間の徘徊も。
全て見ていたのだ。
少なくとも最奥に召喚陣を新たに設置したのだから、あれを見ずには不可能なはずだ。
何度も何度も。
滅びた故郷を見続けたのだろう。
憎悪によって大魔帝を引き寄せるエネルギーをためるために。
大魔帝を呼び寄せる陣は大規模な魔術儀式だ、彼は何回にもわけて儀式を行っていたはずだ。
もはや、彼の心は憎悪の中に沈んでいる筈だ。
そして、おそらく彼はそうするように精神に細工をされている。
それが魔術的な洗脳なのか、教育的な洗脳なのかは分からない。
止まったままの彼。復讐者の代わりに、私が話をつづける事にした。
「あの地に渦巻く憎悪の魂と召喚儀式。
君の持つ憎悪倍増能力。
この二つが揃えば大魔帝の指定召喚も不可能ではない。ロックウェル卿ではなく、昂っている状態の私を直接あそこに呼べば本来なら全てを壊滅していた筈だ」
彼のためにも、言葉にする必要がある。そう感じたのだ。
「けれど、君はそうしなかった。
私ではなく、彼を選んだ。
殺すのは心が痛む。人というのは状況に流される生き物だ、共に過ごすうちに情が沸いても不思議じゃあない。君は慕われていたから尚更だ。
だから石化するだけで済むロックウェル卿を指定して呼ぶ召喚陣を配置したんだね。石化なら時間をかければ解除もできるだろうし。
まあ良心と使命の中間としては悪くない判断じゃないか」
ようするに、この男。
悪に徹しきれるダークエルフではなかったのだ。
いつまでも忘れられないその昏い感情。憎悪。
そして。
私は彼の境遇に同情していた。
「少し、真面目な話をしよう」
もはや霞んでしまった故郷を思い出しながら、私は切り出した。
「君、地球からの転生者だろ」
「どうしてそれを……、……っ――。まさか!」
苦笑した私は、人間として応えた。
「無理ゲーなんて言葉、五百年ぶりぐらいに聞いたからね。驚いたよ」
「五百年……っ、大魔帝ケトスが……元、人間。それも俺と同じ……だから、協力してくれたのか」
猫魔獣でも魔族でもなく、こうして会話をするのはいつぶりだろう。
「ああ、同胞にあった懐かしさもあったし、なにより君の作ったフィッシュアンドチップスは美味しかったからね」
「食べ物に目がないのは道化に徹するための演技、では……なさそうですね」
少し呆れているようだ。
「この世界には娯楽が少ないし、仕方ないだろ? それに――猫なんだから当然じゃないか」
「とはいっても、あなたの心は俺と同じく人間なのでしょう」
「どうだろうか」
「え――?」
「私にもね、分からないんだ。あの現場を見ても、私の心は動かなかった。既に私の中の人間は薄れて消えかけている。たまに分からなくなるんだ、私自身で、私がいまどの心で生きているのか……分からないんだよ。
かつて人間だった時の私はこんなに大食いじゃなかった筈だし、こんなにお節介でもなかった――まあ食べ物のことになると暴走しちゃうし、ちょっとムカツクと暴れちゃうし、猫としての本能の方が強いんだとは思うけれどね」
にゃははははと愉快に私は笑ったが。
「そう……なのですか。それはきっと、辛いのでしょうね」
「どうなんだろうね、私には分からないよ」
かつて地球人だった男の瞳は揺れていた。私をひどく悲しいモノを見るような色で見ていた。
ダークエルフの器にいても、やはり彼の心は人間なのだろう。
それが私には嬉しくて、少し妬ましい。
しかし人間の心だからこそ――。
「君は優しいんだね、やっぱり人間なんだ」
「少なくとも、俺自身はそう信じています」
断言できる、それが羨ましい。
「それにしても――。
未来予知の結果で君はさぞ驚いたことだろうね。本当なら石化で済んでいた筈なのに、私が乱入したせいで滅亡の未来を引き寄せていたんだから」
「ええ、実際、焦りましたよ。既にロックウェル卿の召喚陣を設置したあとでしたから」
彼は石化を直す方法は用意していても、死者蘇生ができるほどの準備はできていなかったのだろう。
自らまいた種で本当に滅ぼしてしまう。
石化という逃げ道ではなく、本当の意味で復讐を果たしてしまう。
その時の彼の心境は、どうだったのだろうか。
狼狽えたのか。歓喜したのか。慌てたのか。それとも……怯えたのか。
獲物を捕らえるように尖る私の猫目は、じぃぃぃっと男を見据えていた。
「で、君の境遇を教えてくれないのかい?
大魔帝にここまでさせたんだ、かつての同胞がどう生まれたのか、なぜここにいるのか純粋に興味がある。悪趣味な好奇心で悪いけれど、それが今の私、猫魔獣としての楽しみなんだ」
周囲に広がる結界に気付いたのか。
逃げられないと判断した様子で彼は語った。
「俺は……この地の人間を滅ぼすためにダークエルフとして新しく生を受けた。偶然ではなく、大規模な魔術で転生召喚されたんだよ。この地を滅ぼせるほどに育つ強大な憎悪の魂としてな」
滅ぼされる前に召喚?
ああ。
「なるほど、ダークエルフ達は自分たちが人間に滅ぼされる未来を予知していたのか」
魔術に長けた種族ならば自身の滅びさえも予知できるだろう。
「その通りだ。そしてそれが回避できないことを知ると、復讐の道具として俺を生み出すことにしたらしい。
滅ぼされた後に作られた人間の街や国に、俺という魔を呼ぶ爆弾を置く。後は勝手に憎悪を募らせた俺に引き寄せられた魔が、この土地を滅ぼす。
それで報いは完了だ。
置き土産としては悪趣味すぎる。まったく、身勝手な連中だよ」
ならば。
この男の憎悪増幅能力は――転生特権、か。
異界からの召喚者に与えられる特異能力を、復讐に悪用されたわけである。
この男は――なんて身勝手な連中に、振り回されてしまったのだろう。
心の奥が、ずしりと痛んだ。
「一つ分からないのだが、なぜ……今更何だい」
「と言うと?」
「だってもう君たちの種族を滅ぼした当事者たちは死んでいる。何も知らない連中を滅ぼしても意味がないじゃないか」
それがどうしても分からなかった。
「ダークエルフは長命だからな。人間の百年とダークエルフの百年は違うというのに……憎悪での召喚に百年以上かかると知っていても、気にならなかったのだろうな。まったく、愚かな話だよ……」
猫魔獣である私の口は思わず、呟いていた。
「なんだい……それ。つまらないよ」
「ああ、本当に。つまらない話さ……」
そんなバカな話があっていいのだろうか。
価値観の違い。とは違うか。
本当にこの復讐劇には……何の意味があったのだろうか。
ただ生き残ったあの子。
この男を苦しめただけではないか。
眼鏡をかちゃりと指でなぞり、彼は瞳を閉じた。
自分で吐き捨てた言葉に、彼はどう心を動かしたのだろうか。私はそれが知りたい。触れられたくない過去に揺れる人間の心、その割れそうな程に繊細な部分に触れたいと思うのは、おそらく私のエゴなのだろう。
でも。
私の尾は好奇心に揺れていた。
「やっぱり君の本心は人間を滅ぼしたくなかったのかな。それとも、滅ぼしたかったのかな。どちらなんだろうか」
「さて、どうだろうか。
強引に転生召喚されたとはいえ、故郷や仲間であるダークエルフの里への思慕がなかったわけでもないんだ。
俺にとって父と母と呼べる人には間違いなく愛情があった。俺を復讐の道具だけではない家族としての暮らしを与えてくれた。
まあもちろん、それ自体が俺に復讐を促すための演技だったという可能性もあるが。二人の愛情だけは俺の勘違いではない。
そう信じている」
彼は酷く疲れ切った顔をしていた。
おそらく、本当にずっと悩まされていたのだろう。
「君は、どうしたいんだい」
故郷を壊された恨み。復讐の道具として呼ばれた恨み。
元は人間なのだ。復讐とはいえ人間を滅ぼすことに葛藤もあっただろう。
そして出した答えが滅ぼしても治すことのできる、全てを石化させる大魔帝ロックウェル卿の召喚。
この男の魂は純粋過ぎる。
ああ、知りたい。
人間の心とはどのようなモノだったのか。思い出したい。
「どうして君は壊さずに我慢ができたのか、私はそれが知りたいな」
私は彼に手を差し伸べた。
人が無意識に張っている心の魔術結界を破壊し、近づく。
穏やかに、彼の魂を撫でた。
「なっ……なにを」
「さあ君の本音を聞かせておくれ」
私という魔を呼んでしまった。
その事実をこの男はもっと重く見るべきだ。




