グルメ穢す者に鉄槌を! ~極悪魔猫の戦略~その4
魔竜たちを一掃した敵側の要塞砦。
完全制圧の準備を進める私たちは今、それぞれに行動を開始していた。
そんな中。
一匹の黒猫が他の者の目線を避けるように、とある人間と密談をしている。
ここで滅ぼした魔竜をネクロマンシーで縛り、情報を引き出したい。
いわゆる禁術。
条約に引っかかる提案をした私こと大魔帝ケトスは、黒い顔で、男に悪事を語り掛けていたのだ。
話す相手は魔王様の魔導書を持つ人間。
性格がちょっとアレな、貴族でネクロマンサーのリベル伯父さんである。
グルメを穢した者への報復。
その一点において、私と彼との利害は一致していた。
怒りも一致していた。
共犯にはもってこいの相手である。
常に発動している死霊魔術で消耗する魔力を補給しているのだろう。
男は魔力回復の紅茶を口にして。
「なるほどね。条約は基本的に魔導契約書を使用して行われる。要は対象者と制約を指定した儀式魔術。その裏を掻くわけだね」
瞳を冷徹に細める男。
その考えを繋げるように。
貪り喰らったケーキで甘くなった口を私も紅茶で調和しながら、お口をてちてち。
あ、紅茶に垂らした蜂蜜がおいちい♪
丸い猫口を静かに動かす。
『そう――つまり彼らは私達と条約、契約を結んでいないのさ、魔族はもちろん人間ともね』
「つまり、魔導契約の対象外――互いに制約は一切存在しない。という認識であっているのかな?」
悪代官と越後屋の顔で我等はぐふふふふ。
『そういうこと。こっちが向こうに配慮するだけ損ってわけさ。実際――その分、あいつらは今でも好き勝手やっているんだ。例えば、心の隙間に入り込んだりもそうだろう? グルメに呪いをかけた件だってそうだ』
グルメと聞いたリベル伯父さんが、物悲しい顔をして目を伏せる。
我が子を抱く顔で、イモたちを抱き寄せたあの時の様子からすると――本当に心を痛めているのだろう。
拳をぎゅっと握り、男はシリアスに瞳を尖らせ言う。
「アレだけは――ワタシもどうしても許せない。次の犠牲グルメが出る前に、完全に奴らを駆逐するべきだ――初代皇帝になる道からもそう考えるね」
そう――魔竜どもはけして侵してはならない聖域を穢したのだ。
あいつらの悪行を思い出した私の眉間も、グギギと歪む。
ギラギラと紅い瞳を輝かせ、くわッ!
『そのとおり! 我が食すべきサツマイモに呪いをかけるなぞ、許せんのニャ! 骨肉までも使い倒し、目にもの見せてくれるのじゃぁぁぁああああぁぁぁ――っ!』
ズゴゴゴゴゴゴ――!
と、火山を揺らす勢いで魔力を放ってしまった、その途端。
私のモフ耳に伝達魔術が飛んでくる。
『え、エウリュケくん? って、……あはははは、ごめんごめん。緊急魔術メッセージを送ってくれたところ悪いんだけど、そう、今のは私さ。お、おこんないでよー! そ、そう。ご、ごめんねー。うん、わかってる。次は気を付けるよ。じゃ――じゃあ、引き続き索敵と、誰もいないようなら制圧を頼むねー。オーキストと共に地脈を乗っ取る儀式を行ってくれれば、後で私がダンジョン領域として上書きできるから! うん、そういうことで。お説教は今度必ず聞くからさ!』
一方的に魔術通信を切って、と。
私の放った魔力は、他の者に不安を与えたようだが。
謝ったから、いいよね?
まあ、まるでジャハル君みたいに私をビシバシ、ちゃんと説教してくれたわけだが……。
んーむ、やるなあハーフオーク。
「エウリュケくんに叱られたかい? 彼女、言うべきところはけっこうハッキリ言うだろう」
『うん、めちゃくちゃ怒られた……私って、強大な存在だからあんまりちゃんと叱ってくれる人がいないんだけど、んーむ……あの力を見た後でよく、あそこまで言えるなぁ』
何故か頭に浮かんでくるのは、私をちゃんと毎回叱ってくれる部下。
炎帝ジャハル君の顔で。
……。
あれ、なんだろう。
なんかモフ胸がほんわか温かくなっている。
肉球でポフポフ、ほんわか熱くなっている胸を撫でて私は考える。
私って。
魔王様が御眠りになられた後、普段叱られる事が減ったから――悪いことをしたらちゃんと怒ってくれる女の人に、実は弱いのかな?
そういや。
ジャハル君、精霊族の仲間たちをちゃんと元に戻せたのかな?
後で様子を聞いてみるか。
「どうかしたかい?」
『いや、私がちょーっと悪事をするだけで飛んできて、説教をしてくれる部下を思い出していてね。今は別件で動いているんだが、これまた……本当に、けっこうきっついお説教をしてくるんだよね。正論で、間違った進言じゃないからモフ毛に刺さるというか』
ありがたい存在なのは、まあ事実なのである。
「マルドリッヒの街を訪れていた当時のエウリュケくんを雇った理由は、まさにそれだったんだけど。ははは――どうやらあの娘もその部下も、大魔帝にすら間違っていることは間違っていると言える気質らしいね。まさか、エウリュケくんが、かの大魔帝の部下であるオーク神の娘とは知らなかったけれど、なかなかワタシも見る目があったという所かな。やはりそれこそがワタシ! リベル! フォン! マルドリッヒ! 初代皇帝になる男だね!」
と、小芝居をしつつ。
伯父さんがニヤニヤした顔でこちらを見ているが。
私は、怒りや照れや、なにやら色々な感情に尖った眉間のモフ毛を肉球で整えて。
『にゃほん……すまない話が逸れたね、どんどん本筋から外れて行っちゃうから戻すよ。ともあれ、兵糧を利用した作戦だって条約で禁じられている。その他にも私も関わった事件でも魔竜は悪さをしていてね。宗教のトップを操って人間世界を混乱させ、好き放題していた……なーんて事件まであった。それだって立派な条約違反だ』
西帝国で起こった事件。
ダンジョン最奥で出逢った三姉妹騎士との思い出が、少しだけ私を感傷的にさせる。
あの姉妹たちも、被害者だった。私が介入していなければ魔竜どもにいいように遊ばれて、殺されていた可能性は十分にあったのだ。
『けれど彼ら魔竜に言わせれば、ぐはははは! 条約なんぞ人間と魔族が勝手に結んだモノで、我等には関係がない――だろう? だったら、逆に、どんな非道をやり返されたって仕方がないってことさ。条約を結ばないって事は、そういうリスクもあることを、奴らもそろそろ知るべきだろう』
呪われしイモで作られたタルトケーキにナイフを通し、切り分けながら。
ぶしゅぅ!
フォークを突き立て、魔竜どもが仕込んだ呪いを払ってオヒゲをピンピン!
私は言う。
『ルールを守らない相手に、こちらもルールを守ってやる義理はないし。なによりこちらには民間人を守るという大義名分がある、実際、守ろうとしているのも本当の事さ。守りたいと思っているこの心もね――ほら、禁じられた術を使って悪を滅ぼす正しき行いだ。手段がちょっと邪悪なだけにすぎない、正義だよ』
落ち着いた顔で受けて、男は言う。
「正義かどうかはともかく――正論かもしれないねえ。それでもこっちはルールを守って正々堂々戦いましょうって、考えの人もいるんだろうけど。ワタシもそれはごめんだね。後の未来を創る若者たち、新しい命……無垢なる子ども達がなにも気にせず、なにも怯えず……美味しいグルメを食べられる世界を作るためならば――何をしてもいいと、ワタシは考えている。それこそがワタシの覇道。皇帝としての道だ」
語る言葉に嘘はない。
男は真に、そう願っているのだろう。その声音の裏に、失くしてしまった子の気配を感じたが……きっと、それは……私の気のせいではない。
おそらく。
この貴族はかつて子を失ったのだろう。
それが我が子か、養子か。それとも魔術の弟子かは分からない。
けれど。
きっと、たくさん泣いたのだろう。
私は魔族だ。人の心を読めてしまう魔性だ。
だから知ってしまった。
狂った男の心の裏にある、純粋なる夢の果てにあるモノを。
――ワタシは君のために、君の犠牲をなかったことにしないために。必ず初代皇帝となり、この大陸をグルメで満たしてみせる。君の眠る墓の前で、心から詫びられる日が来ることを望み続けるよ。だから、どうか――。
男の心が、私のモフ毛を揺らす。
思わず、言葉が漏れていた。
『安らかに眠っておくれ……か』
「……それは、ルール違反じゃないかい?」
飄々とした仮面が剥がれた男の下から出てきた表情は、無だった。
人間。
蟻の如き小さき彼等、それぞれには物語がある。
きっと、私の知らない物語もこの男は歩んでいるのだろう。
私は頭を下げた。
『すまない。覗く気はなかったんだ。けれど悪いね――見えてしまったよ』
「いや、いいんだ。仕方ないことさ。魔性はそういった性質を持つと聞いたことがある。ただ、見えてしまったモノはどうか忘れて欲しい。誰にでも、語りたくない、見られたくない過去の失敗はあるだろう。それが多少ワタシにとっては、大きかったというだけの話。そう――よくある物語。どこにでもある、歴史には残らない、ありふれた悲劇さ」
静かに語るネクロマンサー。
その顔立ちは端正だった。
そして、酷く、悲しい顔をしていた。
男の過去。
力なく横たわる子の亡骸に向かって、腕一杯のグルメを抱えて。二度と開かぬ子の口を、紅き瞳で眺め、絶望の嘆きを上げた男の姿が、私には見えていたのだ。
男がなぜここまでグルメに固執しているのか。
その理由がきっと……これなのだろう。
彼は子供に、美味しい食事を食べさせたかったのだ。
子どもがなにも気にせずグルメを食べられる世界のため――か。
このオッサン。
女癖の悪さで全部を台無しにしているような――……。
ついついジト目で見てしまう私に、彼は言う。
「まあ状況も理由も理解したよ。協力してもいいよ? けれど――、その前に一ついいかな?」
『ああ、問題ないよ。なにかな』
あくまでも興味本位。
そんな悪戯そうな魔術師の顔で彼は言う。
「大魔帝ケトスほどの大魔術師なら、専業じゃなくてもネクロマンシーはできるんだろう? どうして自分でやらないのかい? まあ、忙しいからっていう理由が含まれているのは理解しているけれどね。それがどうしても理解できなくて、不思議なんだよ」
たしかに。
私は出来ぬことがほとんどないほどの大魔術師。
神の奇跡すらも操る魔猫なのだ。どうして自分でやらないのかと。疑問は浮かんで当然か。
だからこそ。
私はしっぽをダラーンと垂らして、ちょっと目線を逸らしながらぼそり。
『あー……うん。まあ、疑問に思っちゃうよね。んー……なんていうか、私、力の加減とか苦手で――たぶん魔竜の魂を死霊召喚で縛ろうとすると、グルメ冒涜への怒りで、そのまま肉球でブニって握りつぶしちゃいそうなんだよね……』
肉球で、針に糸を通す作業を想像してみて欲しい。
死霊魔術って、そういう繊細なコントロールが術式に入るから……ね?
「ふふふ、ふははははは! なるほど、大魔帝にも苦手なものがあるんだろうねえ。いいよ、わかった。そういう事なら仕方がない、ワタシがやろうじゃないか。いやあ、一度やってみたかったんだよねえ。魂を支配しての情報抜き出しって。若いころにやろうとして魔導の師にぶん殴られてから試そうとはしなかったんだけど、かの高名な大魔帝ケトスに命令されたんなら、仕方ないよね」
言って、リベル伯父さんはウキウキ顔で魔導書を開き。
優雅に座ったまま。
悪役顔でネクロマンシーを開始する。
……。
この男も魔導士。魔術への探求心は人一倍なのだろう――大義名分を得たもんだから、まあ嬉しそうに術を紡ぎ出している事。
これなら大丈夫そうである。
モフ毛に魔力を這わせて、私は宙に浮き。
『んじゃ、悪いけれど情報確保を宜しく頼むよ。もしかしたらここの要塞は最初から捨て駒で、ここの魔竜には重要な情報は与えられていなかったという可能性もある。二、三匹試してダメそうだったら諦めちゃってもいいから。次の拠点もあるしね』
「ははは、分かったよ。使えそうならそのままドラゴンスピリットとして使役するから、戦力としても期待してくれていいさ」
共にグルメを穢した悪者を退治する者同士。
ビシ!
禁術の発動を見届けた私は次の指示を出すべく、転移を開始した。
◇
エウリュケくんからの地脈制圧の連絡を受けた私は、魔竜の砦の上空で――ニヒィ!
紅き瞳を輝かせ――。
両手をバッと開き、肉球をくいくい。
『ぶにゃはははは! ここをネコちゃんキャンプ地とする!』
ぷにぷに部分から魔力の稲光を走らせ――。
十重の魔法陣を展開!
『我がダンジョン魔術をくらうといいのである! 秘儀! 領域汚染にゃんにゃんダンジョン化の術!』
ちなみに、詠唱も魔術名もいつもの通り、テキトーなノリである。
とりあえず、そうあるべきと願って魔力を通すだけで魔術が生まれ、力が発揮するんだけどね。まあ、雰囲気作りというヤツだ。
人間達や他の魔族は、こうして作られ発動した魔術に勝手に名前を付けて、系統付けまでして使い始める事もあるらしい。
私がたまに使う範囲攻撃魔術、灰燼の焦土もそうなのかもね。
いや、まあ私の勝手な思い込みかもしれないが。
ともあれ。
宣教師の魔竜に汚染されていた空間が、麗しい魔猫の魔力に上書きされていく。
私のダンジョン化された砦の影。
暗がりとなっている部分から、トテトテトテ。
ぶにゃ!
ぶにゃにゃにゃ!
私の眷属で分霊とも呼べるドリームランドの住人、無数の影猫が生まれ始める。
もはやこうなってしまったら魔竜がこの領域を取り戻すのは困難だろう。
だって。
この影猫達、わりと無敵に近い存在だからね。
『ふぅ……これで、最初の拠点は完全制圧完了かな。影猫達ー! きこえるかなー! しばらくここの警護を頼むよ――巨人が来たら殺さず怪我をさせず、確保を! 魔竜が来たら、食べちゃっていいから!』
ドリームランドの影猫達に伝えると、彼らはぶにゃっと頷き。
ビシ!
なんか集団で変なポーズを取っているが、まあ分かったと言っているのかな。
私のダンジョン領域となった地。
支配者――すなわち領域ボスが変更されたフィールド全体に発生するのは、猫へのバフ効果。
猫魔獣の能力強化状態が付与され始める。
私は周囲を見渡し、状況を確認。
加速状態になった猫魔獣大隊が、魔竜たちの肉を冷凍保存していく中。
巨人達はただ茫然。
「いったい、なにがあったんですかい? 族長」
「なんか、きてみたら全部が終わってるんですが――」
部下達に問われ。
紅葉色の赤毛を後ろに掻き上げ、止まらぬ汗を拭いながら女族長は言う。
「神話レベルの存在の戦いってもんがあったのさ。はぁ……さっきの女騎士の言葉じゃないけど、まさかここまでのモノとはね。アタシも、この歳になって初めて大海を知った蛙の気分を味わったよ」
ちらりと目線を送られた私は、彼女の目の前にブニャっと顕現。
玉座から降りてフフンとモフ胸を張る。
族長さんは額の汗を拭い、キリっと顔を切り替えて豪胆な女盗賊女傑声で言う。
「と――噂をしていたら、今回の戦の立役者がおでましだよ。いいかい、みんな失礼のないようにね!」
私への恐怖を理解し、噛み締めた上で――彼女は気丈な態度を選ぶことにしたらしい。
なんとも健気だが、まあ、私に気を遣っているのだろう。
『怖がらせてしまってすまなかったね――実際、私は神属性を持った猫神だからね。ハッキリ言って自慢だけど、神の領域の魔術を扱える身。君達がもし古き神々の子なら、本能から怯えてしまうのも仕方ないさ』
「そう言ってもらえると、助かるよ。本音を言うとね、今も震えが止まらないんだよ」
それでもその瞳はまっすぐに私を見ている。
『とりあえず族長さん、そっちの怯えちゃってた巨人達のケアを後で頼んだよ。まだ恐慌状態になっている者は、とりあえずケントくんに寝かせて貰うけど。大丈夫かな? 一応、大丈夫かどうか確認したいんだけど。種族によっては歌の眠りで何十年も寝てしまう、なーんて種族体質の差もあったりするからね。確認は重要なのさ』
問いを受けて、女傑は頷く。
「ああ、問題ないさ。説得している時間もないしね。ケトスさま、アンタの指示に従うよ。ケントくんだっけ? そこのお兄さん、ウチのバカ共を頼むよ」
「了解です。心美しいお嬢さん」
女族長巨人さんに礼をして見せる吟遊詩人のケントくん。
ケントくんへの護衛に、アンデッド軍団の一部と門番巨人をつけて貰って、と。
玉座に飛び乗り。
座り直した私は、くるくるくると猫目石の魔杖を回し――ニヤリ!
『さて、もう一度私の出番かな――』
「どうしたんだい? ここの敵は殲滅しただろうに」
ダンジョン化した影響で範囲強化も掛けやすいので。
運命改変レベルの幸運強化魔術。運命の輪を回し遊ぶネコちゃんのタロットカード魔術を使い、全員を豪運状態にして――と。
『敵襲だよ。ほら、あっちの山の奥をみてごらん。黒い雲が見えるだろう?』
「ああ、雷雨かね。随分と光っているけれど――って、ありゃあ、まさか!?」
女傑巨人が唸り見る先。
そこに集っていたのは東洋の竜を彷彿とさせる、ぐねぐねとした空飛ぶ魔龍。
希少種ともいえる、龍族が、雷雨の宝珠を握って嘶きを上げていたのだ。
『そう、黒龍の群れで空が黒く染まっているのさ』
あんな連中が自然発生する筈がない。
奪われ魔猫ダンジョン化されたこの要塞を、取り戻しにきたのだろう。
戦争は、まだ始まったばかりだということか。




