グルメ穢す者に鉄槌を! ~極悪魔猫の戦略 ~その2
猫部隊とアンデッド軍を引き連れて、素敵大魔帝ケトスは今日もいく!
目指すは魔竜たちの拠点。
我等連合軍は走る! 走る! 走る!
にくきゅう、ぷにぷに。
モフ毛をなびかせ――どこまでも!
走る大地は、魔猫砦と敵の拠点を繋ぐ亜空間。
我等は紅葉の橋を駆けていたのだ。
本当はただ無が広がっている亜空間通路なのだが、それじゃあ初めて、亜空間移動する元人間にゃんこ達が驚いちゃうからね。
幻術でぶわっと見た目を変化。
モミジの葉道を走っているように、視覚誤認空間を発生させているのである。
先頭を進む私の横。
武装モードの魔帝豚神オーキストが狂乱の斧を片手に、ウォークライ!
周囲を探りながら豚口で告げる。
「ケトス様! 進入路に結界が張られているようですが――いかがなさいますか」
『ああ、分かっている! みんなが辿り着く前に、切り裂いちゃうよ!』
魔帝である彼が言うように。
なんか。
生意気にも空間と空間の間に最上位の結界が張ってある。
――が、脱走が趣味で得意な猫魔獣である私にとっては、朝飯前!
亜空間に接続しながら先頭を突っ切る私に、オーキストが叫ぶ!
「だ、大丈夫なのですか!? この結界は強固、魔竜はよほど自信があるように思えます。我等魔王城の城壁に匹敵するレベルの結界かと! 破るなら我等も共に!」
『いや、大丈夫さ! ちゃーんと結界破りの術は用意してある。あいつらが何故、この状況になっても拠点からでないのか不思議だったのだが、これで分かったね。この強力な結界があるから安心安全、籠城を決めこんでいたってわけだ。でも――破れちゃうなら、逆効果!』
言って、私は異世界すらも振動させる装備を亜空間から取り出し。
ズジャっと装備!
ちょっと今回は本気なので、全力を出すのである!
私が装備したのはとある大事件で入手した、呪われし剣。魔剣ではなく一応、聖剣に分類される類の武器。
「そ、それは――、ま、まさかかつて魔王陛下を休眠期へと誘ったという、忌まわしき勇者の武器……!」
『しぃぃぃぃいいいいぃぃ……これ、内緒なんだから。黙っていておくれ』
慌てて肉球で豚さんのお口にチャック。
オーキストが豚耳をぴょこんと跳ねさせ、肯定を示す。
武骨なその瞳は尊敬のキラキラで揺れていた。
「なんと――さすがはケトスさま。御身は既に……将来現れるだろう最大の敵の武器を入手され、……その肉球の中で守護していたとは」
『私が装備していると気付かれると面倒だからね。この武器の存在を知っているモノはほとんどいない……というか、黒マナティとか数人しかいないかもね。君も数少ない存在の仲間入りってわけさ』
猫ウインクを送ってやる。
それは魔帝にとってはそれなりに嬉しい出来事だったのだろう。
ぷるぷると震わせた口をぎゅっとさせ。
魔帝豚神は歓喜を噛み締め、言葉を漏らした。
「この機密は命に代えても守って見せます。いや、しかし……魔猫の君はまさか――ここまで。既に世界征服への道を順調に歩まれていたとは。このオーキスト、まだまだ未熟でありました。これからもより一層の忠義を――あなたの肉球に」
私の顔を立て、おだててくれているのは分かるが。
ついつい調子に乗ってしまうのである!
しっぽをぐねんぐねん、うにゃはははは!
『こらこらー、私が偉大で素晴らしいのは昔からなんだから。改めて尊敬してくれなくても十分さ! んじゃ! 他の人が来る前にサクっとやっちゃうね!』
宣言と共に――。
道を阻む巨大結界の前に顕現した私はニヒィ!
勇者の剣を肉球と爪の形に変化させて、猫腕に装着。
『どりゃーあぁぁぁぁ!』
くるくる回ってネコちゃんの回転斬り!
宙飛ぶ高速ハエを撃ち落とす要領で――。
一閃!
ザ――ッ、ッ――シュウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥッゥゥ!
ふ……!
決まったニャ!
「お、おおおおおぉぉぉ! これなら、どれほど強固な結界とて」
『ああ、問題なく切れただろうね。ぶぶぶ、ぶにゃーっははっはははは!』
異世界との境すらも切り裂く刃で、結界を崩壊。
裂けて雪のように溶けていく魔力の残滓を猫毛で吸収して、と。
『くははははは! 脆い! ケチケチして薄く切った、透けて見えるモモハムよりも脆いのである!』
くははははと嗤う私の前。
割れた結界の奥の空間。
ようするに、敵の拠点から発生するのは大爆音。
チュチュチュチュ、チュドドドォォォオオオオオオン!
ん――?
ものすごい衝撃が襲ったらしく。
こちら側の空間にも魔力暴風が発生し、私の猫耳とネコしっぽがふわふわと揺れてしまう。
お髯もぶにゃんと揺れていて。
『え、いまのって……』
「どうやら――結界が割れた事で、向こう側には大爆発が発生しているようですね。結界を張っていた術者が反動を受けたのでしょう。これも作戦で?」
オーキストに問われ。
肉球にちょっぴし汗を浮かべつつも私は、ドヤァァァァ!
『そ、その通り! これで敵は混乱してくれるからね!』
もしかしたら巨人達も怪我をしてしまった、かもしれないが。
死にたてほやほやだったら、基礎生命力の高い巨人は蘇生できるし。
うん……。
こっちも問題なし!
さて、他の者達に気付かれる前に勇者の剣を収納して、と。
ちゃんとモフ毛の隙間の亜空間に仕舞い込んだ――直後。
青年の、ちょっと慌てた声が私のモフ耳を揺らす。
「ケ、ケトスさまー!」
追いついてきた貴族詩人のケントくん達である。
驚愕の声を上げていたのだが。
なにやら大量の嘆き死霊に、うふふ……と抱きつかれている。
「い、いまの爆発はなんだったのですか? 空間全体が歪んでしまいましたが――敵襲、ではなさそうですよね……?」
『結界を破壊しただけだったんだけど……なんか君、すっごい愉快な事になってるね』
そういや死霊に好かれる憂い男になってるんだっけ、今。
「え、ええ……どうも女性の死霊に懐かれてしまうようで――。なかなか離れて頂けなくて……そ、そんなことよりもケトスさま。お怪我は? ご自慢のモフ毛は、肉球は大丈夫でしょうか!」
バンシーを退けて、私のスレンダーな身体をボンボンボンと撫でる詩人君。
彼は共に食べ歩きの旅をしていたから、自慢の毛が汚れることを私が嫌がると知っているのだろう。
私の力を知っていながらも、心配してしまう。
そこがこのケントくんの良い所でもあり、天然な所でもあるのだろうが。
このお人好しだ。
きっと、女神リールラケーもどこかしら心を揺さぶられ……本当に、少しは……温かい感情を。
いや、考えるのはよそう。
『心配いらないさ。ふふ、ありがとうね――ところで、うしろのリベル伯父さん。珍しく嫉妬はしないんだね。てっきり女の人を取られて暴走していると思っていたんだけど』
目線を後ろのおっさんに送る。
「ワタシはね。グルメを穢した魔竜どもを屠る事ばかりを考えているんだ。今は――麗しいレディの事でも後回しになってしまってね。申し訳ないとは思うのだが――シリアス、というやつさ」
リベル伯父さんは魔導書を片手に、ビシ!
ズバ! っと、変な決めポーズを取っているが……いったい、誰に教わったんだか。
まあ、そのポーズはともかくとして彼は貴重な戦力。
実際。
彼が操る死霊たちは最上級のアンデッド。
怪我や負傷や呪いなどを気にせず送り出せる戦力としては、かなり優秀なのだ。
私もネクロマンシーを使えば、犠牲を気にしない似たような戦い方もできるのだが。
どうも、手加減とかコントロールってものが苦手だからね。
制御できない程に強力な――世界そのものを呪う、異世界の祟り神を死霊召喚してしまう可能性が高いので使えないのである。
そんな事を考える私を見て。
リベル伯父さんは知的な魔導参謀みたいな顔で言う。
「ふーむ。どうやら――結界を破ったことで発生した爆発を、内心ではとても気にしているようだが、安心したまえケトスくん。大丈夫、向こうの巨人達に影響はない。ワタシは魔導地図と魔導書から流れる魔力振動を常にチェックして、敵の行動を把握している。ネクロマンシーを応用した生命感知を行使しているから間違いないよ」
言って、一番大きな拠点にいる巨人達のステータスのモニタリング情報を映し出す男。
「近くに来てみたから分かるけど、やはり彼等も芋の狂戦士化の影響を受けているね。この拠点でも例のイモばかりを食べているみたいだから、その凶暴性は増している。説得は呪いを抜いてから行うべきだと、ワタシは進言する。巨人達は結界で閉じこめた後に、ケントくんの竪琴による睡眠呪歌で眠らせてみてはどうかな? 結界の中で暴れて怪我をすることも予想される、その心配もなくなるだろう」
グルメが絡んで、なおかつ味方だと頼もしいでやんの。
……。
このおっさん……女性への奔放な部分を少し止めて、グルメ一筋の部分をアピールすればちゃんとモテるんじゃ……。
まあ、人間のおっさんの女性事情など気にしていてもしょうがない。
『んじゃ、そういう方針で――ケントくんへの指揮は伯父さんに任せるね』
「了解だよ、モフモフケトスくん」
「こちらもそれで構いません。それでは伯父さん、よろしくお願いします」
今、私の後ろには猫魔獣大隊と元人間にゃんこ部隊。
アンデッド軍に貴族が二人。
エウリュケ君も巨人達もちゃんと続いている。
『さて――揃っているようだね。今から敵地に潜入する。その前に、言っておくことがある』
範囲強化バフをかける時間に最終説明なのだ!
『全員、合図するまでこの場で待機を。この亜空間を抜けた奥は魔竜の拠点、戦場となる場所だ。本当ならパパっと全滅させちゃいたい所なんだけど、私は魔王軍最高幹部だからね――これから、相手に向かって降伏勧告を行う。奇襲の利点を失うが、一応決まりだからね。んで、結論から言うと降伏勧告に奴らは従わないだろう。戦闘は避けられないと思ってくれていい。この大きな拠点だけの話ではなく、ここを占拠した後に行くそれぞれの拠点でも同じことをするつもりだ』
猫魔獣大隊のモフ猫達がそれぞれ、ウニャウニャと頷く。
元人間キャットも真似してうにゃうにゃ。
『それでただ無駄に勧告を行うのも勿体ないからね。宣言してる間に巨人達の場所をサーチする。だいたいの場所を把握したら族長巨人さんに伝達するから、私の合図と共に族長さんだけで侵入を。あっちに全員が顕現しちゃってると、護衛の巨人君たちも強制結界に巻き込まれちゃうからね。これはこの紅葉の橋が別フィールドである事を利用した作戦だ。ただし――族長さんはしばらく単独行動となる、護衛の諸君、重要な仕事だ。君達がちゃんと強化魔術を族長さんにかけまくって援護しておくれ』
門番巨人達と護衛女巨人達がこくこくと頷く。
『族長さんが向こうに顕現した後、私はすぐに作戦通り敵側の巨人達に強制防御結界を張って、捕獲――無力化させる。作戦はこれで行こうと思っている。エウリュケくん、どうかな? 一番冷静そうな君の意見を聞きたいんだが』
「はい――問題ないかと。パ……じゃなかった、魔帝オーキストさんとあたしはそれぞれ臨機応変に動いて見せます。信じてくださいね、これでもあたし――力強いオーク神さんと一緒なら、もっと力を出せますから」
問題なさそうである。
私は視線をちらりともう一人の知恵者に向ける。
「悪くないんじゃないかな。ワタシはケトス君の作戦に賛成だ」
頷くリベル伯父さんに、他の者も頷く。
一連のまとめを告げるように私はニャホンと咳払い。
図説を紅葉の橋の上に投影させる。
『流れを確認するよ――まずは私が先行し、一人で向こう側に顕現。降伏勧告、続いて族長さんだけが顕現。ここで敵側巨人に結界。無力化後にウチの巨人君たちはすぐに族長さんの援護を、猫魔獣大隊とアンデッド軍も進軍開始! こんな感じだけど、大丈夫かな? 大丈夫だよね! えーと、巨人さん達もそれで問題ないかな?』
「ああ、任せとくれ。アタシはいつでも問題ないよ。アンタたちも準備はいいね!? これはイモに呪いをかけられた、その舐めた行為への報復でもあるんだ。ぬかるんじゃないよ!」
紅葉色の赤毛を靡かせ、口の端を上げる女傑。
その決意に頷くように、連れの巨人達が勝どきをあげる。
うおおおおおおおおおおぉぉぉおお――!
ウニャアァァァアアアアアアッァァァ!!
威勢の良い声を聞きながら、私もモフ耳を震わせ。
ぶにゃ!
『じゃあ、突入するよ――! 結界構築後に私もすぐに殲滅に参加する。たぶん私がほとんど駆逐してしまうと思うが――それぞれ魔竜を狩ってしまって問題ない。各自、何か問題が発生したらリーダーに指示を仰ぎ、従っておくれ!』
告げて。
私は亜空間から大魔帝セット一式を取り出し。
先行した。
◇
モフモフ愛らしい黒猫をちょこんとお座りさせたまま。
顕現したのは、大魔帝の玉座。
大爆発の影響で、ちょっと動揺している魔竜たちと巨人達の頭上を私は――ふよふよふよ。
魔導地図の情報通り、一番大きな拠点にはそれなりの数の敵がいて。
彼らの視線がこちらに向いたのを確認したら、咳払い。
『あーあー! テステス! ただいま音声魔術のテスト中! あー! 聞こえているかなー! 愚かなる魔竜の諸君と、トカゲに騙されちゃった巨人君たちー!』
肉球を振って見せて、私も彼らを見下ろす。
巨人達は里の巨人達と同種族。
魔竜たちはというと――かつていた世界では、西洋のドラゴンに分類されていた系統の、見た目だけは凛々しい魔竜たちがウヨウヨと歩き回っている。
ここが拠点で間違いなし。
『おー! どうやら聞こえているようだね。ならいいや。にゃほん、あー! あー!』
いつもの演出のモヤモヤを発生させて。
私の魔力が暗雲となり、空を覆う。
『初めまして脆弱なる諸君。私はケトス。大魔帝ケトス。殺戮の魔猫だよ。ああ、君達からの挨拶は結構だ。死にゆくトカゲの名前も顔にも興味はない。さて――既にこの地は我等に囲まれている。降伏したまえ。そして魔竜に狂戦士化の呪いを仕込まれ、従ってしまった巨人達よ。君達には迎えが来ている。そうだ、私達は君達の里の巨人と同盟を結んだ。分かるだろう? ゲンコツぐらいは貰ってしまうだろうが……戻ってきたまえ。あの人は君達の事をとても心配している』
悠然と告げて――私は、パンと肉球を肉球で叩き。
玉座の裏に聖光を輝かせ――詠唱を開始。
すかさず女族長巨人が対象範囲に入るべく、紅葉の橋からその身を顕現させ――。
私は肉球を格好よく翳し!
『大いなる光ー! 作戦は聞こえていたんだろう! どうせ世界が壊れないように見ているんだろうし、なんかすっごい防御壁、よろしくー!』
詠唱を完了させた。
むろん、族長さんも魔竜たちも敵側に居る巨人達も目を点にしている。
こういった、応用しまくった詠唱は初めて耳にするのだろう。
前にも何度か言ったことがあると思うが。
魔術や奇跡など、効果がちゃんと発動すればなんだっていいのである。
キィィィン。キンキン、キキキィィィン――!
奇跡や祝福が神への呼びかけと祈りで力を引き出す術式なら、こういう応用も可能なのだ。
案の定。
巨人族を守る結界が強制的に顕現。
「ど、どうやら。いまのふざけた詠唱で本当に発動したようだね。えぇ……いいんかね。一応、主神なんだろう、大いなる光って」
『にゃはははは、まあいいのさ。後で菓子折りでも持ってお礼をしに行くよ』
主神と会える存在だという事で、族長巨人さんはますます仰天しているようだが。
さて。
そんなドヤは後でたっぷり受けるとして。
『降伏勧告に応じるつもりはないようだ――じゃあやっちゃおうか』
「おうさね! これでアタシらの仲間は安全だ。それじゃあアンタたち行くよ!」
族長の呼びかけで、全員が戦争を意識して突入しかけるが。
その前に。
私は大魔族としての顔で――魔竜を見下ろす。
玉座の上。
顕現させた猫目石の魔杖を肉球で掴み――天へと翳し、ぎしり。
魔杖の先端。
ネコの瞳から紅き光が、生まれ。
そして。
『それじゃあ――魔竜の諸君。さようなら』
言って。
私は――魔竜を全滅させた。
◇
別れ――すなわち死を宣言した。
それだけで術が発動し、拠点の魔竜の生命を絶ったのだ。
パタパタ……パタ……。
死屍累々と化した地。
紅蓮のマントを靡かせる私を見て。
「え……?」
族長女巨人の漏らす、乾いた息が――もがく事すら出来ずに朽ちた魔竜の砦にこだまする。
結界の檻に閉じ込められた巨人達も、あまりの恐怖に狂戦士化状態が解かれたのだろう。
ただ、ごくりと。
息を呑んで朽ちた魔竜の群れを見つめていた。
しばらくして、巨人族の長は言った。
「な――なにを……したんだい」
『私は大魔帝ケトスだ。これでも本物の大魔族でね。まあ、憐憫も情もなく本当に相手を殺そうと思ったら――死という結果だけがすぐに起きる。そういうことだよ』
族長巨人は、しばらく何も言わなかった。
私という存在が、ここまでの存在だとは思っていなかったのだろう。
ただ声を失って。
風すら死んだ世界で冷笑を浮かべる私を、震えすらも忘れた瞳で眺め続けていた。
きっと。
彼女はこう思っているのだろう。
あの時。
大魔帝ケトスを敵に回さなくて、本当に良かった――と。
……。
ここ。
静かなるドヤポイントである!




