成果無しの調査結果 ~傷心ネコちゃんへのマタタビ酒~後編
一連の事件の原因が分かった、食堂で。
静かな怒りに打ち震えるのは大魔帝ケトスこと、グルメニャンコな私と――。
そして。
ここにもう一人。
調理人としては超一流。
貴族コックで色々と残念な中年リベル伯父さん。
謎の狂戦士化事件。
魔竜と巨人の連合軍。
二つの問題を抱えていたのだが――。
事件と物語はまた一つ、新しい歩みへと猫足を進めていた。
ようやく、異変の原因をぷにっと肉球で掴んでいたのだ。
握るのは呪われし――サツマイモ。
「これは――」
『ああ、君も理解したようだね。魔竜どもはグルメを利用したんだ』
苦々しく重い猫声が、食堂の白い湯気を揺らす。
甘い煙の香りも、今はただ。
むなしい香ばしさとなって私の鼻腔を、スンスンと揺すっている。
そんな私の目の前。
リベル伯父さんは街を襲われ、駆ける英雄の顔で――。
「じゃあ、まさか――っ」
ハッと倉庫の木箱を魔力で引き寄せ、中をガバ!
彼はいつもとは違う表情で、ギリリ! 証拠が浮かんだ呪術サツマイモに歯を剥き出しにしていた。
三枚目でも悪党顔でもない。
鋭い唸りを上げたのだ。
「惨い、惨たらし過ぎる! このイモも! こっちのイモも! あっちのイモも全部汚染されているじゃないか! なんと……なんということを――っ」
『初めから罠を仕掛けていたんだろうね。巨人族には手土産として、君達には戦争準備の食糧難を見越して、あらかじめ呪術栽培したイモを用意してあったのさ』
狡猾な魔竜がやりそうな手である。
私も美味しいオイモさん達に目をやって……悲痛な面持ちを浮かべてしまう。
グルメを利用するなんて。
私の愛する……グルメを――……。
……。
あ、いかんいかん。
ネコちゃんの愛らしい眉間に、ものすっごい邪悪で濃い縦線が、ビシィィィィィと刻まれているのが自分でもわかる。
ぐにゃぁああああああああああぁぁぁっぁあああああああああああぁぁぁぁ!
と、いつもなら感情に任せてすっ飛んでいくところを。
私は我慢。
そう、我慢だ。我慢。我慢我慢。我慢我慢我慢。
我慢我慢我慢。我慢我慢我慢我慢我慢我慢。我慢我慢我慢。
我慢我慢。
ここはグっと我慢し、冷静に対処するべきだろう。
あれ?
ところで、我慢ってなんだっけ?
我慢ばかり考え過ぎていたら、頭が混乱してきてしまった。
ああ、そうだ。
もし、本能のままに。
グルメを穢された怒りのままに。
魔竜の連合軍に突っ込んでしまったら――巨人達も巻き添えにしてしまうし、なによりこの大陸が危ない。
荒れ狂う魔力がエンドランド大陸を、ガスガスドカン。
それなりの規模の地震が起こっているが……深呼吸。
なんか、世界の下。
冥界の方で、幼き巫女と主神クラスの神が大慌て。
火山の噴火を抑える、緊急魔術儀式を執り行い始める気配を感じたが。
まあ、気のせいだろう。
冷静さを取り戻し、私は言う。
『とりあえず巨人の里のオーキストにも連絡を入れよう。これ以上の被害を防がないと』
簡潔に魔力メッセージを送る私。
冷静に努めるネコちゃんの横。
料理を愛する男は、イモを腕に抱きながら悲痛な顔で私に問う。
「ではやはり……巨人達の方の異変も、グルメを利用した罠であったと。そういうことかい?」
『ああ――いま向こうでもイモを調べて貰った。ビンゴだよ。あっちのイモからも極わずかな呪術反応が検知された。皮部分に結界を張り探査から防御、中のホクホク部分に呪いの核を培養していたんだろうね』
「っ……! なるほど――このイモの皮は通常よりも少し固い。それが食感のアクセントになっていたんだが、まさか呪い検知から少しでも逃れるための外壁だったとは……っ。イモを、グルメをなんだと思っているんだ!」
目を血走らせ、犬歯を剥き出しにリベル伯父さんは今にも泣きそうな目でイモを抱き寄せ。
気付いてやれなくて、すまなかったと……ひしっ。
我が子を抱くように、イモを抱いている。
その気持ちは痛いほどに分かる。
肩を揺らすその背にポン――肉球を優しく当て。
あくまでも冷静に私は言った。
『原因さえわかれば解決策も簡単。低レベルな……あくまでも職業としてだが。未熟な者がイモさえ食べなければ、あの時のような事件が起こる事は無くなるだろう。念のため、一度全員の呪いをチェックして浄化をすれば問題は無くなる筈さ――』
言って、私は肉球をくいくいしながら考える。
『しかし。分からないのは、魔竜たちの目的だ。低レベルのモノにしか効果のない、便宜上狂戦士化とよぶが……あの好戦的な状態にすることに、どんな利点があるというんだろうね』
猫口をウニャウニャさせ思考を言葉にする私。
対する料理人リベルは丸太のような芋に目をやり――気を落ち着かせるようにゆったりと、瞳を閉じる。
冷静さを取り戻し、彼は考えを口にし始めた。
「そうだね……料理人としてあまり口にしたくないが。単純な話、巨人族の里と紅葉砦の人間達の戦力を減らすことが目的ならば、毒を入れればよかっただけの話だからね……。高レベルなモノにまで効く毒や呪術芋にしてしまうと、イモからみなぎる魔力が強すぎて気付かれてしまうので――避けた、という可能性もあるが。ふむ……しかしこのままでは、ただの嫌がらせ止まりで終わってしまう。ならば争わせる事自体に、なんらかの意図があると考えるべきか」
なんかかなり冷静で理知的な意見が返ってきたな。
ギャップがちょっと面白いが。
尻尾をぐねぐねさせて悩む私は、イモをちょいちょいしながら言う。
『なにはともあれ……とりあえずオイモさんを浄化しよう。食料を無駄にするのは私の矜持が許さない。一度呪われたイモのグルメは……残念ながら気にする者がいるだろうし、危険がある可能性もある。他の者に出すわけにはいかないし、私が全部頂くよ。うん、全部責任をもって私が食すとしよう』
私、そういうの全部レジストしちゃうし。
憎悪の魔性だからね。
呪いとかそういうのも、むしろ美味しい隠し味として召し上がれちゃうからね。
木箱に積まれた丸太のようなオイモさんを、全部。
私が――。
にゃはぁぁぁぁぁあああぁあっぁん♪
キリリと涎を流し、ダラダラじゅるじゅると自己犠牲を訴える私の目の前。
高出力の魔力を滾らせる反応が一つ。
超一流の調理人。
初代皇帝になるなどと妄想を抱く、リベル伯父さんである。
「ああ、ボクが責任をもって呪術を解き、ちゃんと皆が食べられるようにしてみせるよ」
『いや、やはり危険だ――ここは状態異常に完全耐性を持つ私が全部、責任をもって』
浄化作業を始めようとイモの木箱を選別するリベル伯父さん。
その木箱をじぃぃぃぃぃぃ。
肉球でキュキュキュと引き寄せた私は、お芋さんを見ながら言う。
『呪われしスイートポテト。呪われし蒸かしイモ。呪われし乾燥干しイモ! いやあ! 仕方ないからぜーんぶ私が食べてあげないとね!』
「そうか、君はそこまで芋を愛して――分かった。料理人としての僕の人生、全てを注ぎ込んだイモのフルコースを君に捧げると約束しよう」
お芋! お芋! と、木箱にネコ手を掛けてシッポの先を小刻みに揺らす私。
その横で。
「しかし――許せない。こんな惨い事、絶対にあってはならない! これは……食への冒涜だ――っ!」
吐き捨てるように言って、ギリリとその貌をまるで武人のように尖らせ唸る。
その感情は、グルメに対する高潔なる怒り。
私も、あまり怒らないようにしていたのだが。
……。
この人も、ブちぎれてるんだし……私もキレていいよね?
いや、なんつーか。
グルメを使った卑怯な作戦って、一番やっちゃダメなやつだよね?
この世界は魔王様と、グルメのためだけに存在しているのだ。
その他は全部オマケ。
私には、世界のグルメをかき集め――魔王様がお目覚めになった時に献上するという野望があるのだ。
そのグルメへの冒涜。
許せるはず、ないじゃん?
私、そうとうイライラっとしているし。
やっちゃっていいよね?
『同感だよ。これはグルメへの挑戦。生きとし生けるグルメを踏みにじる行為。つまり――やつらは私の虎の尾を踏んでしまったというわけさ』
ゴゴゴゴゴゴゴゴ!
モフ毛を靡かせ、紅き魔力と紅き瞳をギラギラギラ。
その傍らで。
飄々としたセクハラモフモフ伯父さんの仮面をかなぐり捨てて。
貴族の男――リベルが亜空間からなにやら禍々しい魔導書を顕現させ、ぎしり。
「宣戦布告、これは戦争だ。あの魔竜ども……! このボクを本気でキレさせるとは良い度胸だ!」
『ああ、喧嘩を売られたからには絶滅必須! 根絶やしにしてやらなければ、気が済まないね――!』
言って。
二人は魔力を共鳴させ。
ズゴゴゴゴゴゴオオオオオオオオオゴゴゴゴゴゴゴゴゴオォォォ!
おそらく。
二人の間で誓う心は同じ。
食を穢した、その罪には必ず報いを与えるべし!
貴族の男リベルは、完全にシリアスモードになっているのだろう。
指の長さが際立つ手の平に乗せたのは、一冊の魔導書。
なにやら強力な魔道具のようだが。
「開け――閉ざされし戦の扉よ。我、汝の封印を解く者也!」
私は思わず、目を見開いていた。
『おや、それは――!』
「知っているのかい? じゃあ、やっぱりそうなんだろうね」
意味深な言葉で悪役貴族顔の男が開くのは、懐かしき魔力の香り。
開く魔導書は――魔を統べる王の書。
すなわち――。
我が愛しき魔王様の魔導書。
「盟約に従い、顕現せよ――常世に在りし亡者たちよ。我が盟友よ、我が同士よ!」
『その詠唱は――ネクロマンシー!?』
グリモワールの力を発動し、男は大死霊召喚術式を展開した。
こぉぉぉおおおおおおおおぉぉぉぉ……。
楽しく食事を味わう食堂に、最上級のアンデッドモンスター達が顕現し始める。
この男。
職業はネクロマンサーだったのだろう。
その瞳は冷めて鋭く。尖る冷徹なハンサムは、既に一流の魔導士の顔になっていた。
「これは我が師匠から卒業の証として譲り受けたグリモワール。ボクはね、ケトス君。ずっと言われていたんだ。遠い先の未来、いつになるか分からない。けれど、愛らしいモフモフな黒猫が訪ねてきた時、もし、必要とあらばこれを使って協力してやってくれ――ってね、魔導の師にそう言われていたんだよ」
『魔導の師、か――どこかで聞いた話だね』
それはかつて出逢った人間の錬金術師。
魔力の性質が、血染めの英雄として名をはせた人間の英雄ファリアルくんと少し似ている。
彼もまた、少し変わった師匠がいたと言っていた。
フォックスエイルも、似た師匠がいたと言っていた。
猫の直感がビビっと毛を震わせた。
まさか、いや。
この男は人間だ。
色欲の魔性であるフォックスエイルや、憎悪の魔性候補であるファリアル君とは寿命が違う。
百年前に魔王様が御眠りになられたのだから、この男が生まれた時には既に休眠期。
寝室でぐっすり――ネコちゃん柄のマクラでお休みになられているのだ。
だから、この男の師匠があの方であるはずがない。
けれど。
この力だけは間違いなく、あの御方。
魔王様の魔力を使った術式、だ。
……。
というかこれ。
どっかのヤキトリ姫も使っていた系統の、神魔混合魔術。
高位の死霊召喚術か。
魔王様の力を借りた魔術は私が世界に干渉し術式封印、基本的に使えないようにしてあるのだが――あの方の力を宿した魔導書の力を借りれば、話は別だ。
あの方の力を借り受けるのではなく、あくまでも魔導書に秘められたあの方の力を引き出しているのだろう。
ちなみに。
これ。
友達の少ない魔王様が、アンデッドなら友達になってくれるかも!
と、ちょっと悲しい理由で研究し、作り出した高位魔術である。
冷然と魔導書を片手に掲げ、大アンデッド軍団を顕現させていくリベル伯父さん。
そのクールダンディな横顔を私の猫の瞳が、じぃぃぃぃぃぃぃ。
「ふふふふ、どうだいケトス君。人間としてはまあなかなかの術だろう?」
『そのようだね。ちょっと意外だったよ』
「まあ、ボクもそれなりに長く生きているからね。その分、色々と経験も積んでいるのさ。酸いも甘いも、時には辛酸だって舐めて……長く、生きてきたのさ」
魔導書の表紙をピアニストのように長い指で撫でて――なんか渋いセリフを吐いているが。
ついついジト目で見てしまう。
常人ならば空気に流されてしまうのだろうが、私は大魔帝だからね。
見抜く瞳を持っている。
このオッサン。
女を甥っ子に取られて、阿呆な考えを起こしたあのバカ男だからね?
正真正銘のダメ貴族なのだ。
心を見たから私は知っている。
この男。
マジで初代皇帝になり、女の子とモフモフにゃんこを集め、ハーレムを建設する野望を抱き続けていると。
人間性に関して、正直、救いようがないままなのも事実なのだ。
まあ、グルメに関する事だけは真剣なので。そこだけは高評価だけど。
それにしても。
この人も。
本当に、友達……少なそうだよね。
やっぱり。
そう、なのかあ……。
きっと、魔王様と同じ理由。人間の友達ができないからこの魔術を習得……。
死者と友達ごっこを……。
いや。
やめよう。本当だったらいくら性格破綻者のリベル伯父さんといえども、悲し過ぎる。
ふっと、目を伏せながら。
偉大で心優しい私は――大人ネコの貫禄を持って、男への憐憫を浮かべてしまった。
私には、ワンコと鶏。
なんと! 二人も対等な友達がいるんだから、勝ちだよね。
ふ……虚しい勝利である。
そんな。
友達が少なそうな人間への、心からの同情を知らず。
男は、シリアスな顔で私を見て――キリ!
「大魔帝ケトス。ボクは君に全面協力をしよう」
『ああ、味方は多い方がいい。今回は私も全力を出させて貰うよ』
彼の師匠の正体は知らないが、その弟子であるリベルくんは魔王様のグリモワールを使用する魔術師。
その力は本物だろう。
どうやら飄々とした人格の裏で秘めた力を隠していたようだが――食への冒涜による怒りが、その禁を破ったといった所か。
普段から妙に余裕があったのも納得ができる。
こんな、人間としては最上位の切り札があったからこそ、なのだろう。
男はまるで歴戦の勇者の顔で、拳を掲げ宣言する。
「許されざる大罪! グルメを穢した魔竜への鉄槌を!」
『然り! くはははははは! グルメへの冒涜は、万死に値するのニャ!』
私も肉球を掲げ、ビシっと宣言!
これさあ。
私ひとりじゃなくて共犯もいるし。
魔竜をぶっ倒して。
根絶やしにして。
調理して食ってやるために。
けっこう、本気で大暴れしちゃって、いいよね!
くわッ――!
『くくく、くはははははははははは! 待っているがいい、愚かで卑劣で脆弱なる魔竜どもよ。グルメを使った外道は、この私が絶対に許さん! 真似する者がでないように、徹底的に、塵芥すらも残らぬ滅びをもって、駆逐してやるのにゃぁぁあああああああああぁぁぁぁぁ!』
紅き魔力が、世界を揺らす。
周囲が異常に気付いたのか。
なんだなんだと近寄ってくる中。
お芋料理の甘だれで、口元をべっちょり汚しながらも魔力を滾らせドヤる黒猫。
そして。
ネコちゃん模様のエプロンを魔力で靡かせ、キリっと瞳を尖らせる謹慎中のおっさん貴族。
グルメへの冒涜はぜったいに許さん!
と、共通の認識のもとに生まれた変な関係性。
人間達のアジト。
紅葉砦に巨大な魔力柱が二つ。
食への怒りは怒髪天を衝き――滾る力は膨大。
いまにも張り裂けそうな程に、濃厚な魔力を放ち始めていた。




