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巨人たちの隠れ里 ~交渉にゃんこケトス~前編



 一度、砦に帰還した私たちが今いる場所は――燃えるように紅葉する山を越えた先の絶壁。

 霧に包まれた渓谷神殿。

 石畳みの階段を抜けた先に隠されていた、巨大な街である。


 貴族詩人のケントくんを連れて、巨人たちの隠れ里に足を踏み入れていたのだ。


 霧の街。

 周囲を包む濃霧の印象が強いせいか、そんな言葉が私のネコ頭の中に浮かぶ。


 メンバーは大魔帝ケトスこと偉いニャンコな私。

 オークたちを束ねる長で、大柄な亜人種――魔帝豚神のオーキスト。

 そして。

 人間を代表して貴族でもあるケントくんの三名となったわけだが。


 オーキストと私は周囲をちらり。

 互いに目線を合わせて、ふーむと軽く獣の唸りを上げてしまう。


 勝手に隠蔽の魔術を破って里に侵入したのは確かだが、囲む気配は敵意と殺意に満ちている。

 肉眼での目視はできないが――。

 巨人たちに、取り囲まれているのだろう。


 魔力による監視の反応が多数、こちらをギラギラと見つめていた。


 霧で包まれた石の街。ストーンヘンジと呼びたくなる石作りの巨大建造物群の前で、小さき黒猫の私は――くわぁぁぁぁっと大きな欠伸をひとつ。


 向けられる殺意から気を逸らしているのである。

 思わず反撃しちゃったら、話し合いどころじゃないしね。


『んー、どうやら歓迎はされていないようだね。まあ、結界をツメでバーリバリと破っちゃったし仕方ないんだろうけど……』

「いかがいたしましょう。制圧いたしますか?」


 呟いた私に、魔帝であり私の部下であるオークのオーキストは静かな口調で周囲をギロリ。

 敵意と殺意。

 巨人という大きな存在でありながらも潜伏する彼らを、そっと眺める私達とは裏腹。


 呪歌を用いた支援特化職――。

 吟遊詩人であるケントくんは、気配を掴めないのだろう。

 周囲の石畳を眺め、呑気に頬をぽりぽり。


「えーと……すみません。ボクにはぜんぜん状況が分からないのですが。もしかして、囲まれているんですか?」

『その通り。君の五倍は背の高い巨人さん達が、怖い顔をして霧の中からこっちを見ているのさ。いやあ、こんなに歓迎されるなんて、やっぱり私って他人を惹きつける才能があるのかな。ぶにゃはははははは!』


 冗談を言いながらも送る私の目線を読んだのだろう。

 ケントくんがじりりと後退し、オーキストの背後に回り込む。

 この状況で一番困るのは、私達に比べると圧倒的に弱いケントくんを狙われてしまう事だからね。


 オーキストが武人としての顔で、屈強な腕を伸ばし――。


「我、魔帝の位を預かる者。大地よ、風よ――我等の身を守り給え」


 強固な七重の結界を展開。

 自らと人間ケントくんを守るように守護方陣を構築する。


「人間の詩人よ、我から離れるでないぞ」

「は、はい……すみません。ありがとうございます」


 人間があまり好きではないのだろう。

 オーキストは冷めた瞳でケントくんを見て、牙を覗かせる口をぐふり。


「ふん、礼は不要だ。勘違いをするなよ。他ならぬケトス様の命であるから守ってやるだけの話だ。それに、人間である貴様がいなくては交渉が進まぬのだからな。これは仕方なき事。そう、だから――我が優しいとか、案外に人間に甘い長だとか。そういう勘違いはするなよ。いいか、絶対だからな」

「は、はぁ……ではお礼は別の形にするとして。今はお言葉に甘えさせていただきますね――よろしくお願いします」


 オーキストは周囲からの遠隔攻撃を警戒し、どの角度からでもケントくんを守れるように魔力の盾を顕現させ。

 次に状態異常から守る豚さん印の護符を周囲に散布し。

 耐火耐電の魔術を器用に豚シッポから放出している……。


 ……。いや、過保護過ぎないか?

 オーキスト自身もそう思ったのだろう。素直に大人しくしているケントくんに向かい。


「これはあくまでも、ケトス様の命だからなのだからな!」


 くわっと豚目を見開いて、再度宣言。


 この豚君。

 意外に人間に甘いのかな……それとも自分より弱い者に甘いタイプとか……。

 まあちゃんと守ってくれるなら、どっちでもいいか。


『ケントくん、オーキスト。私が合図をするまでは、結界の中で待機していておくれ。まずは交渉ができるかどうか、私が確かめるからね』


 黙礼するオーキストに、続いて頷くケントくん。

 本当は、こんな危険な場所に――人間で貴族である彼を連れてくるのはどうかとも思うのだが。


 今の彼はとても不安定で。

 何か仕事を与えてやらないと、ふわっとそのまま嘆きの魔力に呑み込まれ……まあ、なんというか、ナタリーさんのように命を断ち、魔性と化してしまう。

 そんな気がして、あまり目が離せないのである。


 さて。

 とりあえず、こっちから行動してみるか。


『聞こえているかーい! 巨人の里の民よ。こちらは君達巨人族に襲われているマルドリッヒ領の人間と、民間人たちへの被害を抑えるために協力を決めた魔族のモノだ。話し合いがしたいんだけどー! 代表の人、でてきてくれないかなー!』


 返答はない。

 石造りの街に、ネコちゃんの愛らしい声だけが響き渡るのみ。


 ちょっと明るすぎたかな?

 もう一回、声をかけてみようかと思った時。


 霧が、ギギギギと揺れて――それは現れた。


 ◇


 石の街から濃い霧が出て。


 更にその濃霧の中から現れたのは、揺らぐ巨大な影。

 異形なるその姿。

 巨体がはっきりと顕現し始める。


 そこにいたのは一人の男だった。

 イメージさせるのは街や関所を守る人間の衛兵か。

 もっとも、普通の人間ではないのは明らかだった。


 魔力を帯びた皮鎧で巨体を包む、巨人。その身長はやはり人間の五倍ほど。かつて私が住んでいた世界で言えば、電信柱ぐらいの大きさになるだろうか。


 門番の巨人。

 そんな言葉がぴったりかもしれない。


 巨人は人と似た理知的な顔立ちをギロリ。

 眉間を尖らせ、小さき黒猫である私を見ながら淡々と口を開く。


「何故だ――なにゆえに、闇に生きる魔族、その使い魔たる黒き脆弱なる獣が、光に生きる人間と共に行動している?」

『光とか闇とかさあ。もうそういう時代は終わったんだけど――まあいいや。今回の事件、魔竜と手を組み人間達と戦いを起こしている君達の意思を確認したいんだ。種の存続に関わる大事な話だからね。悪いけれど、偉い人を呼んでくれないかな?』


 提案する私に、無表情のまま巨人は口元をギシリ。


「小さき猫ごときがよく吠える――使い魔が何を語るかと思えば、偉い人に会わせろだと? くくく、くふふふふふ――片腹痛いとはまさにこのこと。敵対する人間の味方をしようとやってきた魔族の言うことなど、聞くはずがあるまい?」

『それは巨人族の総意と受け取っていいのかい?』

「ああ、それで構わぬ。だが、そうだな。せっかくここまで来たのだ、まあどうしても族長と会いたいというのなら――」


 なにやら面倒な要求。

 いわゆるお使いクエスト的な、なんか貴重なモンをもってこい! という、イベント臭を察知した私は踵を返し。

 ネコ手と尻尾をサヨナラの挨拶に振って、にゃはり!


『そうか! それが総意なら、それでいいや! 君達巨人族は我等魔族と敵対するって結論でいいんだね。んじゃ、今度は戦場で会おうじゃないか!』


 必殺、お約束イベントキャンセルである!


 いやあ、確認もできたし。

 これで開戦したら容赦なくぶっ飛ばしてもいいわけだ。


 ここでの用事も終わったと、帰る魔法陣を展開しようとしたのだが。


「ちょっと待て! きさま! 族長に会わなくてよいというのか!?」

『えー、だって。会わせる気はないんだろう? こっちも暇じゃないし、敵対するなら交流を持つ必要なんて皆無だし。悪いんだけどさ、そろそろお腹も空いてきたし帰りたいんだけど?』


 巨人は巨体で慌てて私の前に立ちふさがり。

 ビシ!

 でかい指で失礼にも、私をさし。


「んん? あー、なるほど。そうか、そうであるか! 貴様、さては臆して逃げる気であるな! 所詮は群れとなる事を選んだ魔族よ。器の大きい我等とは違い、矮小な存在どもよ」

『あー、臆した臆した。うんうん、確かに私は君達に比べるとちっちゃいし矮小だね。んじゃ、そういうことにしてくれて構わないから』


 挑発魔術をレジスト。

 臆さず私は巨人の股の下を素通りして――トテトテトテ。

 ちょっと離れた場所にいるケントくんとオーキストと、合流しようとするが。


 ズン!

 大地を叩く巨大な拳が、私の行く道を塞ぐ。


 ケントくんが慌てて私を助けようと竪琴を構えるが、それをスッとオーキストが制止する。

 オーク神は私の強さを信じているのだろう。


『これは、どういうつもりかな? 私には邪魔をしているように見えるのだけれど』

「その通りだ、小さき使い魔よ。貴様のレベルはたったの一。お使いを頼まれる程度の知能は持っているようだが、所詮は猫の知恵。賢き我等には敵うまい?」


 いつのまにか気配が、増えている。

 時間を稼いでいる間に、霧の防衛魔術で存在を隠匿。

 周囲を取り囲んでいたのだろう。


 ま、気付いてたんだけどね。

 気付いていながらも敢えて、気付かないふりをして帰ろうとした理由は単純明快。

 もし、巨人たちの思惑が動いてしまったら。


 私は――殺戮を行わざるを得なくなるからである。


 一応。

 最終警告だけはだしておくか。

 私をただの猫だと思ったままに襲い掛かり、その結果が殺戮のトマトケチャップ祭り。

 なーんてなったら、関係のない巨人さんは可哀そうだからね。


 肉球の先からわずかに魔力を滴らせ。

 スゥゥゥゥゥゥ。

 私は空を浮かんで、巨人の手に肉球を乗せ――静かなる声で告げる。


『脆弱なる者よ――その手を退け、我を通すべきだと忠告しよう』

「ほぅ、自らを浮かせる程度の幻術は使えるようだな。そうか、たしか猫魔獣は魅了と幻術が得意であったのか。くく、くふふふふふ――なれど、幻術とわかっていて、我等が引き下がる必要はあるまい? 我等は退屈しているのだ、すこし遊んでいくがいい。まあ、もっとも。遊ぶのは――我等で貴様らは玩具であるのだがな――!」


 巨人達の黒い哄笑が、霧の街に響き渡る。

 それはさながら揺らぐ山々。

 姿を隠している巨人もグルということでいいのかな。

 私達を嬲り殺しにするつもりなのだろう。


 しかしだ。


 でででで、でたぁぁぁああああぁぁぁぁ!

 やられ役にぴったりな、なんかものすっごく小者感のあるセリフの数々!


 いや、低レベルの猫魔獣だと思っているのなら幻術もまだ覚えてないだろうって。

 そういう発想はないのかな?


 まあ、ここはどうやら外界との接点が薄い場所。

 こう言っちゃなんだが、時代に取り残された地なのだろう。


 まあいいや。面倒だし、邪魔だし。

 道を邪魔するなら――。



 滅ぼすか。



 と――私が魔力を解放する。

 その直前。


 音がした。

 地鳴りか?

 いや、違う。


 ズーン、ズーン!

 大地が揺れる。

 奥の方から、少し強めの魔力を持つ巨人の影がノッシノッシと歩いてやってきたのだ。


「なんだいなんだい。この集まりは――いったい何の騒ぎだい? アタシャ聞いちゃいないよ? 誰か説明しとくれよ」


 霧の街。

 ストーンヘンジタウンにこだまするのは――まるで粋を愛する女盗賊のような豪胆な声。

 声も大柄なら、姿も大柄で。

 他の巨人が電信柱なら、この巨人は工場の煙突くらいの巨体だろうか。


 豪奢な魔力布。貴婦人が纏うようなドレスに身を包む、赤毛の女巨人である。

 手にするゴージャスなパラソルは日傘だろう。

 空全体を覆えるほどに大きな、魔力武器ともなっているようだ。


 偉い巨人なのだろう。紅く輝く髪を靡かせ歩く、その後ろには彼女より少し小さな女巨人が従者のごとく付き従っている。


 私に嫌がらせをしていた巨人が平伏し。


「族長様。お騒がせして申し訳ありません、侵入者が三匹、紛れ込んでおりまして。いえ、もうすぐにでも片付きますので」

「バカ言ってんじゃないよ! アタシに黙ったままなにを勝手にそんなことしてくれちゃってるんだい! そういうことをする前には、ちゃんと相談しろって言ってるだろうが! この馬鹿たれ共が! 今回はうっかり結界の隙間に迷いこんだネコちゃんと、その飼い主のオークと人間が相手みたいだから……まあ、良かったものの……もし取り返しのつかない相手だったら、どうするつもりだったんだい!」


 ドガン――!

 景気の良い音を立てて、女巨人が生意気な門番巨人に拳のお説教である。

 んーむ、けっこう痛そうである。


 霧に隠れて取り囲んでいた他の巨人にも、流れるような鉄槌をプレゼントし。

 赤毛の女巨人は小さき私を、見下ろして。


「こりゃ可愛いお客様達じゃないか。まったく――すまなかったねえ、可愛らしいネコちゃん。ウチの馬鹿どもが、驚かしちまって――いま、外界に戻してやるから安心おしよ」

『おや、どうやら話の分かる巨人さんみたいだね。あー、でも大丈夫。もうここでの用事も済んだし、外界には自分で戻れるから。んじゃ、巨人族の総意は確かにモフ耳で記憶したから――そういうことで』


 パラソルを閉じ、従者に渡しながら彼女は眉に皺を作る。


「総意? 自分で戻れるって、だってアンタ、レベル一のネコちゃんが……」


 言葉を途切れさせ――。

 何かを思い浮かべたかのように、はっと瞳を揺らし――。

 しばらく。

 赤毛の族長巨人は、切れ長な目を丸く見開いて。


「もしかしてアンタ――」

『おや、私を知っているのかい?』


 その言葉で全てを悟ったのだろう。


 女の肌に浮かぶのは、ぞっとした時に生じる鳥肌――ごくりと息を呑む喉に、その凹凸に沿って汗も滴り始める。

 女巨人は、押し出すように声を振り絞り――言った。


「魔王陛下でも、大いなる光でも、永遠なる死の皇子でもない――主神クラスの……存在。そんな……まさかっ」


 ズン……と、後ずさる音が鳴り響く。

 背後にいる従者とぶつかりかけて、ようやく女巨人は自分が後ずさっていたと知ったのだろう。


 信じたくない。

 そう言いたげな声と顔だった。


 私と女巨人。

 二人の間だけ、いや彼女にだけ生じたのは――濃い緊張。

 空気が、凍り付き。

 周囲の魔力がざわつき。


 戦慄と畏怖が生まれ始める。

 だから私は告げたのだ。


『そうだね。たぶん私は――君が頭に思い浮かべているあの魔猫さ』

「――っ……!」


 紅き瞳を煌々と燃やす私を瞳に捉えたのだろう。

 女の顔が、恐怖と絶望に染まっていく。


 ここ。

 かなりイイ感じのドヤポイントである。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 300話達成おめでとうございます♪ [一言] やれやれ ┐(-。-;)┌ ケトス様に喧嘩を売るとは門番の癖に見る目が無いですね。 長がすぐに誰か気が付き大事には至らなかったが、冗談抜…
[一言] 300話、おめでとうございます!! オークの族長様がこうスーパー常識人なのに 門番はなぜあんななのか不思議だけど… まぁ族長様タイプが珍しいのかも? それとも門番がおかしいだけなのか…。 う…
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