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作戦会議 ~そもそも論とニャンコと紳士~前編



 紅葉砦での目覚めはまず、美味しい朝食の香りから始まる。

 パチパチパチ。

 じゅじゅじゅじゅ、じゅー。

 肉の脂が熱々フライパンの上で弾ける音は、今朝のメインでもある、我に捧げるベーコンエッグの調理音だろう。

 濃厚な香りが猫鼻をスンスンと揺する。


 きっと、ほどよく蕩ける半熟の黄身。

 噛むとパリっとするカリカリベーコンが待っているんだろうニャ~。

 と、毛布にくるまる黒ネコちゃんが身体を伸ばし、むにゃむにゃむにゃ。


 砦の中に建設されたお菓子の家。

 童話魔術による我が家のベッドで目を覚ました大魔帝ケトスこと私は、うにょーんと足を伸ばし、モモのもふ毛をしぺしぺしぺと毛繕い。

 身だしなみは紳士の嗜みだからね。


 さて、毛繕いも済んだ。

 ……

 くわッ!


 猫目をギンギラギンに見開き。

 ガバっとシーツから抜け出して、猫ダッシュ!

 ウキウキしながら砦内を肉球で駆ける!


 目的地へと一直線!


『うにゃにゃにゃ! ごはんにゃー!』


 添える副菜のほうれん草のお浸し。

 その上にパラパラパラと散らされた削りブシ(元冒険者の上級装備)の香りが、ふぁさっと私のモフ耳と鼻腔を揺する。

 さあ!

 偉大なる我の朝ごはんジャー!


 と――食堂に肉球を踏み入れたのはいいのだが。


「おや、朝からネコちゃんはご機嫌さんだねえ」

『あー、この声は……』


 そこで待っていたのは、人間性がどうしようもなく女と料理の事となると暴走してしまうリベル伯父さんがいて。


「やあおはよう、ケトスくん。今日もモフモフで素晴らしい限りだよ」

『そーいや、きみがシェフだったんだよね。一晩グッスリ寝ちゃってたから忘れてたよ』


 私の猫顔に刻まれる濃い皺。

 呆れを前面に押し出す私に構わず、リベル伯父さんはシェフのスカーフを靡かせ。


「さーて、さっそくモフモフさせて貰おうかな。だってワタシは初代皇帝になる男だからね。これくらいの権利はあるだろう。うん、そうだね。君だって本当はモフられて嬉しい筈だろう? ケトスくん」

『あーはいはい。そーいうのは、いいから……』


 勝手に抱き上げようと伸びてくる腕から、ヒラリ。

 影分身で回避して。

 ネコちゃん手刀、いわゆる肉球刀で首筋をトスン!


『しばらく眠っていてもらうよ。鬱陶しいし』

「ぐぶぅぅぅぅぅ! じょ、女性とネコを侍らせて――モ、モフりたいだけの人生であった……」


 伯父さん。

 膝から崩れ落ち、ドサリ……。


『ふむ……つまらん男を落としてしまった』


 それを目にした剣豪のクラスにある侍風の冒険者が、神速の領域……っと脂汗を流し、箸で掴んでいた煮魚をぽろり。

 神速肉球刀と名付けられた気絶攻撃に驚愕しているが。

 まあ私。

 大魔帝ケトスだからね。

 武芸にも長けているから仕方ないね。


 爪の先の一本で、千人の達人剣士と対等に戦えるほどの自信もあったりするのである!

 さて。


 気絶するオッサンをやはり後ろ足でズズズと遠ざけて――と。

 食卓にちょこん。

 いや、マジでこのオッサン。

 料理だけは超一流を超える神の領域でやんの。


 ネコ目で一目見ただけで、超一流の仕事だと分かる朝食が並んでいる。


 既に猫魔獣大隊の面々は食べ始めているようで、私に気付き挨拶をしようと顔を上げるが。


『おはよう君達。いや、そのままで構わないよ。せっかくの美味しいご飯だ、ゆっくりと味わいたまえ。私も朝食を頂くからね』


 言って、闇の霧を発生させ私は姿を獣人モードへと変える。

 スラリとした麗しの獣人紳士である。


 変身した理由は単純だ。

 むろん、この謹慎中の小悪党おっさん。

 シェフと化したリベル伯父さんにモフられるのが嫌だからである。


 これで最高ランクの調理人でなかったら、こっそり謀殺してしまう所なのだが。

 んーむ。

 まさかグルメを盾に、自らの身を守るとは。


 ……。

 ま、いざとなったら傀儡の術で持って帰ればいいか。

 このオッサンなら、まったく可哀そうじゃないし……。


 この後は作戦会議が開かれることになっている。

 朝食を済ませた私は一足先に空間転移をし、とある魔導具を大量生産するべく一度、魔王城に帰還した。


 ◇


 魔王城での用事も終わり、会議の時間。

 紅葉の砦に帰ってきた私は、作戦会議の開催場となっていたテントを魔風で揺らす。


 様々な魔道具が配置された硬いテーブル。

 外からの侵入を防ぐための魔術だろう。

 紅葉砦の結界を維持する聖なるバリアが、ビリリと私の肌を淡く撫でた。


 バリアを素通りし、闇の霧から発生した十重の魔法陣から顕現するのは。

 そう、麗しダンディーな獣人紳士。

 私である。


 既に参加メンバーは集合していた。

 初め騒動があった応接室にいた人員から、謹慎中であるリベル伯父さんを抜いた人選である。

 というか。

 甥っ子の暗殺なんて企んでいたオッサンを、私へのグルメ報酬のためとはいえ謹慎で済ませているっていうのもある意味凄いが。

 まあ、当事者のケントくんがそれでいいと言っているのだから、私が口を出すことではないか。


 ともあれ。

 むずかしい顔をしていた面々はどうやら私を待っていたようで、視線がこちらに集中してしまう。


 彼らは皆、緊張した面持ちである。

 まあ会議の内容が真剣だから仕方がないか。


『やあすまない。待たせてしまったようだね』


 言って、はにかんだ笑みを浮かべて見せ、着席。

 ティーセット一式を召喚。

 獣人モードなので優雅に、ロイヤルな空気を醸しだし紅茶を啜ってみせる。


 これから真面目な会議なので、それに合わせた物静かさをアピールしているのである。

 しかし。

 はて? なんだろうか。


 皆の視線が少しおかしい。

 私は紳士モフ耳をピクピクさせて、ふーむと唸る。


『どうしたんだい? まさか、遅刻をしてしまった事を責めているのかい。参ったな、これでも遊んでいたわけじゃないのだけれど――まあ、遅刻は遅刻だ。すまない、詫びさせてもらうよ』

「いえ、そういうことではなくてですね」


 そう凛とした口調で告げたのは、作戦会議の進行役でもある男装の麗人ぽい女騎士エウリュケさん。


「あなた、どちら様ですか――? ケトス様の連れの御方、でしょうか」

『ん? ああ……、そうか。そうだね。これはすまない。君達にはこの姿を見せたことはなかったね。私がケトス。大魔帝ケトス。殺戮の魔猫だよ』


 悠然と告げて、微笑する私に。

 一同、騒然。

 会議に参加している上級冒険者の方々も、騎士の方々も、もちろんエウリュケさんも「え? いや? えぇ!?」と、いいたげな表情で言葉を失っている。


 既にこのモードを知っているケントくんだけは、落ち着いて、

 皆を鎮めるように優しい声で告げる。


「そちらの方は本当にあのケトス様ですよ。そういえばみなさん、ケトスさまの人型形態をお目にするのは初めてなのですね。まあ、普通は驚きますよね。あの黒猫さんから、こんな落ち着いた紳士な方になるとは思えないでしょうし」

『あの黒猫という言い方がちょっと気になるけれど、まあいいか。会議はどこまで進んでいるのか、エウリュケくん、説明をお願いできるかな?』


 秘書に尋ねるがごとく自然な言葉でいう私に、彼女も騎士の顔で応じる。

 まだ始まったばかりといった所か。


「ケトスさまから提供いただいた、リアルタイムで敵影を確認できる謎のロストハイスペック魔導地図によりますと。魔竜と巨人の連合軍は部隊を複数に分け、それぞれが一個師団に匹敵する群れとなり行動をしているようなのですが――現在、その全てが進軍を停止中。この紅葉砦の結界に阻まれ、マルドリッヒ領には侵入できずにいるようです」


 私の肌をビリリとさせた結界の事か。

 あれで進軍を防いでいるようだが……私は簡単に入り込めてしまった。

 一定以上の実力を持つ者には、おそらく通用しないだろう。


 魔術チョークでボードに描かれる図説を見ながら、私は彼女に先を促す。


「彼らの目的は不明。魔竜の神を崇め、指導者リーダーの目的に従っているらしいという情報は掴んでいるのですが――詳細の方はまるで……。ただ確かなのは、現在彼らはまっすぐにこちらに進んでいる事。そして、その先にあるマルドリッヒ領内への侵入を目論んでいる事であります」

『確認したいのだけれど。いいかな?』


 皆の視線を浴びながら、私はやはり優雅に紅茶をツツツツ。


『生憎、私は人間世界の世情に疎くてね。マルドリッヒ領は辺境地であり、名産である葡萄とそれを軸としたワインが有名である――としか情報がない。そもそも何故狙われているのか理解できなくてね。魔竜や巨人族に狙われるような、特別な何かがあるのかどうか、それが知りたいのだが――どうだい?』

「いえ、あたしも外からの出身なので伝承や過去は詳しくありませんが。現在の領地に特別な何かがあるとは思えないですね。あの領地の出身の方、なにか心当たりなどは?」


 女騎士の問いかけに応えはない。

 皆、目線を合わせて首を横に振るばかり。

 ケントくんも同様である。


 ふーむ、と深く椅子に腰かけ。


『ならば、あの土地そのものに何かが封印されているか。または今現在そこにいる人物が目的なのか。ともあれ、今ここで話したとしても彼らの目的は分からないわけだね』

「そうなりますね」


 考え込むように顎に手を当て、女騎士は言う。


「ケトス様は魔竜のことをよくご存じなのですか? 魔竜といえば出逢う事さえ困難な種族ですからね。我等には戦闘経験どころか、その他の情報もあまりなくて」


 皆の視線が集まっているので、私は立ち上がり。

 なにもない空間に、魔竜の生態を示す映像を投影してみせ。

 その能力。

 ブレスの有無や、どこまでの魔術が扱えるのかを軽く提示してみせる。


 鑑定魔術の応用である。


『魔竜といったら、そうだね。ドラゴンステーキにすると美味しいことがまずは浮かぶかな』


 人間が食すと能力向上効果があるのだが。

 それは、禁忌とされているようなので黙っておくとして。


『あいつらは基本、妙に生意気でね。デカイだけの魔力持つ大トカゲみたいな分際で、プライドだけは無駄に高く、魔族を相手にしても自分たちの方が強いと思い込んでいてさあ。いやあ、私の散歩コースに割り込んできたり。私の縄張りになっている地域で勝手に巣を作って暴れたり、なにかと衝突ばっかりしているよ。ムカっと腹を立てた黒猫モードの私がそのまま怒りに任せてドッカン。魔竜を退治して、はい終了! みたいな展開が多いね』


 ゆったりと語る私であったが。

 その言葉の端々に黒猫の私の影を見るのか、あー、やっぱりこの人あの黒猫だ。

 と、納得する彼らの心が透けて見えてくる。


 私もだんだん猫としての本性が、むくむくっとしてしまい。


『そっかー、魔竜か』


 と、ムフフと私は悪だくみする猫の瞳で、ぶにゃはははは!


 ネコ髯がにょきっと生えてきてしまい。

 ポン!

 身体が黒猫に戻ってしまう。


 いやあ、やっぱりこっちの方が楽でいいや♪

 あの駄目オッサンも、今はお昼の仕込みで会議には顔を出さないだろうしね!


 そもそも、獣人モードになっていたのはリベル伯父さん対策だったわけだし。

 そんなわけで。

 よーいしょっと身体を伸ばし、机の上に登って。

 ビシ!

 素敵なポーズをとって、私は猫口を丸くする。


『いいよ、今回の件。昨日の段階で既に手伝うとは言っていたけれど、もっと全面協力してあげようか? もちろん、約束の依頼料は貰うし、上乗せして貰うし。もし女神に魅了されていたケントくんが、あの例の国家反逆罪もどきじゃなくて、他に罪を犯していたのなら減刑を要求するけれど、どうかな?』

「大魔帝ケトスさまの本気のお力を借りられるのなら、願っても無い事ですが」


 と、エウリュケさんが言葉を濁し仲間達に目をやる。

 人間達も困惑しているご様子。


『ん? どうしたんだい? 私がいない方がいいなら、まあそれはそれで街とか砦は守らずに、勝手に魔竜を退治しに行っちゃうけど』


 私はどちらでもいいのだ。

 なんつーか。

 ただ、たびたび衝突する魔竜をぶっ飛ばしたいだけだし。


「いえ、お話はありがたいのです。ただ正直、こちらはケトス様に失礼な事ばかりをしていましたし、ハッキリ言って滅ぼされていてもおかしくなかったぐらいですからね。そこまで協力していただく理由が……その、あたし達には少々、わからないかな、と」


 まあ、この人たち。

 けっこう無礼を働いたわけだからね。

 自覚しているのなら、よし。


『魔竜と巨人に襲われている状況だったわけだし。多少、行動に不備や無礼があったとしても仕方がないことさ』


 今現在。

 私の心には、大海のような果てなき海原が広がっているのである!


 なぜこんなに私が心を広くしているのか、その理由はおそらくこの満腹感。

 あの男の料理が、本当に美味しいからである。

 ようするに、グルメに負けているのだ。


 なんか、微妙に悔しいけれど。

 ともあれ。


 それにだ。もっと大きな理由が他にもある。

 私はニヒィっとネコ眉をつり上げて、悪戯ネコの顔でニャヒヒヒヒと嗤う。

 素直に告げる事にしたのだ。


『なんていうかさあ。私、魔竜ってなんか無駄に偉そうで、嫌いなんだよねえ。この世界の上位存在は魔王様と、その一個下に猫魔獣。んでもって次に魔王軍だって決まっているのに。あいつら、魔王様より自分たちが上みたいな態度だし? こりゃ、なんか悪事を企んでるなら横から割り込んでぜーんぶ台無しにしてやりたいって、思ってしまってね。ぶぶ、ぶぶにゃは、ぶにゃははっはははは! いまから奴らの悔しがる顔が目に浮かぶようである!』


 言って、私は魔王城で作り上げてきた装備。

 遅刻の理由をドサリ。


『よーし! そんなわけで! とりあえず、まずはこちらの戦力を増強しようじゃにゃいか!』


 並ぶのは伝説級の装備や魔道具。

 人間達なら目にしたこともないほどの秘宝の数々。


『目指すは、魔王様に逆らう魔竜討伐。完全なる殲滅なのである! 我が協力する以上、手ぬるい殲滅では飽き足らぬ! あんのクソ生意気な巨大トカゲどもの肉片、いや、塵すら残さぬ勝利を齎してくれようなのだ!』


 くくく、くはーっはははははは!

 と、異世界の魔王のように哄笑を上げ。

 ギラギラギラと、紅き魔力を滾らせ会議場を血の色で染め上げる私。


 なぜか人間はドン引きしていて。


 輝く豪奢な最高級装備。

 腕を組んで嗤う私を目にし。

 人間達の度肝が、ビョビョーンと抜かれ跳ねる音がした。

 


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