神に寵愛されし詩人 ~約束されしニャンコ無双~その2
あれから一時間程。
崩れてしまった馬車道と、紅葉の樹を魔術で再生させた大魔帝ケトスこと猫魔獣の私は、モフっと膨らむ猫耳をピコピコさせながら周囲を見渡していた。
あの馬車道から離れ、人間達が築いた軍事砦に足を踏み入れていたのである。
……。
別に逮捕されたとか、そういうのではない。
互いに事情説明をするため。
今だけはおとなしく、正規軍の騎士達についていっただけなので、変な勘違いはしないで欲しい。
ともあれ。
場所は――。
伝説の金属オリハルコンで再生させ、紅葉達にも英雄級の力を与えて再生させたせいか、ほんのちょっとだけ地形が変わってしまった、馬車道。あの異常魔力スポットとなってしまったケトスさま爆心地から少し外れた、森の奥を抜けた平らな土地。
紅葉色の鮮やかな草原。
そこに彼らの隠れ家は存在していた。
天然の樹々によるカモフラージュと、紅葉を用いた幻術。
そして、レンジャーたちが用いる隠蔽スキルが施されているのだろう。
隠された地に簡易的な軍事基地が、砦という形で複数――建設されていたのである。
それなりに大きな基地なのに、なぜか人はまばら。
どこかと戦争でもしているのだろうか?
はて。
そんな情報は入ってきていないのだが――。
私はちょっと頭をひねって、ネコ髯もくねらせ考える。
ここは、まあ。
失礼な言い方をすると田舎な場所なので、情報が私の猫耳にまで届いていないという可能性もあるか。
もし私を騙す罠だったりしたら、今度こそ容赦なく全滅させちゃえばいいだけの話だしね。
ともあれ。
促された私は砦の奥へと進んでいく。
道に飾られている神像は――これ、たぶん永遠なる死の皇子を讃える偶像かな。
なんか、本人を知っているとこの冷厳な貌が可笑しいのだが。
今ここで、床を転がりまわって笑うわけにもいかない。
「どうぞこちらへ――いま物資が不足しているので、あまりお構いはできませんが」
正規軍の女騎士。
隊長を名乗ったエウリュケさん達が拠点としている砦に招かれた私は、おとなしくソファーに座り、猫足をぴょこぴょこ。
魔術テントの中で、出された紅茶をズズズズズ。
匂い取りもしていない水出し紅茶なので。
ちょっと、おいしくないかも。
『本当に、あんまりお構いできないみたいだね』
「え、ええ……まあ。すみません……」
本来、ここは隠れた砦。
来客を招く準備はしていなかったのだろう。
応接室の設備はお世辞にも整っているとはいえず――座るソファーも、硬さもふんわり感も足りない中途半端なモノとなっていた。
一応は、ここにある中でなんとか形になるように頑張ったようで。
急いで準備をした名残を感じる。
まあ、さすがに贅沢は言えないか。
こっそりと紅茶をゴージャスな私用の中身に入れ替えて、と。
応接室となっている空間にいるのは大魔帝である魔族の私と、国家反逆罪の嫌疑を掛けられているケントくん。
更に。
生意気にも私を襲ってきた騎士隊の女隊長、男装の麗人をイメージさせるエウリュケさんと、その他の騎士達が数人。
エウリュケさんの後ろには、臨時の雇われ冒険者だと思われる魔術師や僧侶が数名待機している。
既に魔術メッセージで連絡はしてあったのだろう。
その他の騎士達や冒険者の私を見る目には、微かな怯えが滲んでいた。
ここでブニャ! っと目を見開いてやったりすると面白いのだが。
真面目な場面なので、ぐっと我慢する私。
偉いね?
そして。
奥の方に気配がもう一つ。私よりも豪華な椅子に座っている、貴族風の初老男が一人。
どことなくケントくんと雰囲気は似ているが――彼からの自己紹介はない。
ケントくんも目線を合わせようとはしていない。
まあ、魂の波長を見る限りたぶん親類だろう。
血脈を魔眼で辿ると――父方の伯父さんのようである。
こりゃ、お家騒動か何かかな。
『ええ、やだなあ。なんかもう。パターンが見えちゃったよね? どうせ、この伯父さんが黒幕。出奔していた筈のケントくんの帰郷で権力を奪われるのが嫌で、なんか罪をなすりつけたとか、そういうヤツだよね?』
紅茶をズズズとしながら、やる気なく呟く私に。
ビシっと空気が固まる。
図星なようである。
当事者たちがそのまま反応しないので、私も敢えて気付かなかったフリをして。
コホンと咳払い。
『まあいいや。さて――ではこちらから事情を説明させて貰うけど、構わないね』
大魔帝ケトスとして舐められてはいけない、と。
常に魔力を放出しながら、連れである貴族詩人ケントくんを結界で護衛しているせいもあるのだろうが。
今のところは、良好とは程遠い関係だろう。
ガイランでの出来事をかいつまんで説明しながら、私は人間達を横目でチェック。
人間であるケントくんを人間から守るのは、まあ魔族としてどうなのかと思うのだが。
かつての私の依頼人。
死なれてしまったり、理由もちゃんと知らされずに国家反逆罪の嫌疑のままに投獄されて、斬首。
なんてされてしまっては、さすがに寝覚めも悪いし。
こう言っちゃなんだけどさあ。
ケントくん、なんかすっごいかわいそうだからね。
古き神々と魔王様との因縁に巻き込まれたせいで、可哀そうな目に遭っているわけでもあるし。
さすがに同情心がちょこっと頭を擡げていたのだ。
それになによりだ。
わりといま、私、暇なんだよね。
新勇者も古き神々もそう簡単に見つかるわけないし。
退屈しのぎにちょうどいいかと、私はぶにゃははははと内心、嗤っていたのである。
もし、ケントくんを陥れようとしている計画が進んでいるのなら。
それをぶっ壊して遊んでやるのも面白いかなあ、とネコの悪戯心がムクムクとしちゃっていたりもするんだよね~!
いやあ、暇つぶしと人助けを同時に狙えるなんて。
一石二鳥。
今回の事件も、ネコちゃんの暴れ舞台としては悪くないんじゃなかろうか。
◇
とりあえず、こちらの事情を簡単に説明し終えて。
私は紅茶をズズズズ。
『と、いうわけさ。理解はできて貰えたかな?』
何故か女騎士さん達は、呆然としたまま。
巨匠の描いた抽象画のように、ぐわーんと顔を歪めている。
同席している冒険者たちも同様である。
ローカスターに移動要塞の違法エンジン。
本部の人間達の女神堕ち。果ては、この辺りで祀られている永遠なる死の皇子の降臨。
まあ、信じられないのも仕方ないんだけどね。
奥のケントくんの親類っぽい貴族伯父さんの顔色は、ちょっと窺うことはできない。
そんな。
変顔選手権に出られそうな彼等の顔に冷や水をかけるかのように、冷徹な視線で、私はふふっと猫の笑み。
『そんなわけで――このケントくんの実家でご馳走を貰う予定になっているんだけど? ねえ、君達。ちゃんと話を聞いているかい? 聞く気がないなら、このまま帰っちゃってもいいんだけど。おーい、本当に反応してくれないんなら。なんかムカついてこの砦の人間全員を新しい紅葉の樹に変換しちゃってもいいんだけど、もしもーし!』
「す、すまない。その、なんだ。話のスケールが大きすぎてついていけないのだ」
応じたのは例の女騎士隊長さん。
頭痛を抑えるように手で眉間を覆い、女騎士エウリュケは供述を記録する魔術ペンを震わせながら取り繕う。
「あの――本当のこと、なんですよね? 皆さんで集団催眠にあったとか、幻術を見せられていたとかそういう事件という可能性は? 正直、このような神話のような出来事の連続、信じられない、というのが率直な感想でして」
冒険者や騎士達とも目線で会話し、同意見だとアピールしてくる人間達。
私は固いソファーにぎゅぅっと深く腰掛け、腕を組んでフンと猫鼻から息を漏らす。
『そう言われてもねえ。事実じゃないことを言ったとしても意味がないし。この私が顕現しているんだ、話のスケールが多少、大きくなってしまったのも仕方のない事さ。自慢しちゃうけれど――だって私、魔王陛下の一番の腹心。あの伝説の大魔獣だからね! で・ん・せ・つの大魔獣だからね!』
大事な事なので二回アピールである♪
「え、ええ……すみません。あなた個人を疑っているわけではないのです。ただ――なにしろ、国家反逆罪で指名手配されているケントさんもいらっしゃるので、信じていいモノかどうか。お人のよさそうなあなたを騙して、利用しているという可能性もこちらとしては捨てられないでしょう?」
と、エウリュケさんはおそらく上司であろう奥の貴族伯父さんに助け舟を求めるが。
伯父さんは、鋭い目つきをギリっとさせるだけで反応はなし。
いわゆる、なしのつぶて。
はぁ……と、こっそり漏らした女騎士のため息を私は聞き逃さなかった。
んーむ、これじゃあなかなか話が進まない。
ちなみに。
当事者であるケントくんは、私の横で静かに冥界神の竪琴をポロロロロンと奏でている。
冥界神との約束で、日に何度かこうやって彼を慰める魔曲を奏でる契約をしているらしい。
鎮魂曲は死者たちにとっては数少ない娯楽のようなもの。
今頃冥界では、彼の奏でる悲しい曲に心を寄せている筈である。
まあ、冥界神っていっても魔王様のお兄様で。
中身はツンデレいい人な、不精髭お兄さんなんだけどね。
とにもかくにも。
それよりも問題はこっちか。
さきほど、私が名推理を見せてこの伯父さんが黒幕だと指摘してしまったせいだろう。
ザザザ、ザザザ。
蠢く気配に、私のモフ毛センサーがぶにゃぶにゃと反応している。
騎士達の何人かが、この応接室を囲んでいる。冒険者たちもいるようなのである。
ケントくんを狙っているのか、それとも私を偽物と判断し急襲するつもりか。
ええ、どうしよう。
私、さすがに二回目の急襲は容赦しないんだけど。
民間人のいない人間の軍事拠点なんて、滅ぼしていいスポットトップテンには入るだろうし。
こりゃ、一応釘を刺しておくか。
私はカップを傾け、紅葉のように燃える瞳で騎士隊長をギロリ。
『それで。彼等が君達の答えかい?』
「何の話ですか?」
女騎士の目線がわずかに揺らいだ。
彼女は知らされていないのかな。
けれど、どうやら囲む気配に気づいたらしく――バッと血相を変えて立ち上がり。
「まさか!? あなたたち、おやめなさい――っ! いや、ほんと! マジでやばいから! これ! 本物のぶっ飛び大魔族! 大暴走極悪猫なのよおぉぉおおおおお!」
『なんか若干無礼な気もするけれど、まあいいや。君が知らされていないって事だけは、理解できたよ。いやあ、上司がダメダメだと大変だねえ。心より同情するよ』
二回目じゃないって事だし。
殺すのはまだ早いし。
取り囲む部下たちは、黒幕っぽい伯父さんに命令されているだけだろうし。
ちょっくら一生のトラウマが残る程度に脅かすだけで、許してやるか。
『さて、失礼するよ。今から私は少し暴れる、止めるか止めないかはご自由にどうぞ――開け、次元の扉。我は汝らの主なり』
言って。
亜空間からいつもの大魔帝セット一式を召喚した私は。
よっと、玉座に飛び移り――紅蓮のマントを靡かせ。
世界を闇で覆っていく。
「――な……っ!」
「なんだ、この闇は……っ」
「い、いやぁぁぁああああああああぁぁぁぁ!」
広がる、先の見えない闇の中。
現れたのは――玉座に座る禍々しい魔力を放つ黒猫が一匹。
玉座から流れる闇の煙は、何を隠そう。
実は――!
むろん、なんのいみもない。いつものただの演出である。
ただ存在も理由も分からぬ闇の煙が、周囲を覆っていく光景は単純に恐怖を煽るのだろう。
人間達の心は軋んで、震え始めていた。
「やだ、やめ……っ、こないでぇえ!」
「ちくしょう! なんなんだこの闇は!」
それを絶望の中で見るのは、ちょっと強めの人間達。
実力者なほど、この私の闇を強く感じるのだろう。賢く強い、本物の強者たちは既に頭を垂れて跪いていた。
闇の獣こと私は、瞳をギンギラギン!
紅き瞳をギラギラとさせて、牙を見せつけ口を開いた。
『初めまして脆弱なる人間達。ちゃんとした自己紹介が遅れて申し訳ない。私はケトス。大魔帝ケトス。魔王軍最高幹部にして、魔王陛下に最も愛されし猫魔獣さ。どうか、滅びる前にちゃんと覚えておいてくれたまえ――』
名乗り上げをした私。
慇懃な礼をしてみせた、その次の瞬間。
周囲の空間が、ぐわんと歪んだ!




