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神に寵愛されし詩人 ~約束されしニャンコ無双~その1



 燦々たる太陽が、木漏れ日を作る紅葉の道。

 はらはらと――静かに落ちるモミジの葉は美しく。

 濡れたカラス色に輝く猫モフ毛に、よく栄える。


 ふふふふ、やはり我。

 秋冬の季節にも美しく目立ってしまうのだから素晴らしい。


 ここは。

 とある辺境領地の、とある貴族のお屋敷に向かう馬車道。

 目指すは貴族詩人ケントくんの実家!


 グルメ報酬を受け取りに最強猫魔獣こと私。

 華麗でスマートで大天才ニャンコな大魔族ケトスは、前回の事件の依頼人だったケントくんについて歩いて、ニャッハニャッハニャッハ!

 二人で歩く気ままな旅。

 魔王軍の書類仕事から逃げ、そのまま散歩を継続していたのである!


 いやあ、やっぱり猫魔獣としてはこういう外の散歩って快適で。

 勇者を探すとか、レベルを上げるとか、魔王様に敵対する古き神々を探し出すとか。

 そういうもっともらしい理由をつけて、うん。

 しばらく。


 遊んでいる真っ最中なんだよね。


 実際、目的も果たすわけだから。

 まさに一石二鳥!

 グルメを探して、勇者も古き神々も探す!


 これぞ仕事と遊びを両立させた究極なサボリ。

 完璧な作戦なのニャ!


 私はプニプニ肉球で赤レンガの道を踏みしめ、にょきっと身体を伸ばし、

 ドヤァアァァァァァァア!


『くははははは! これぞ我が叡智。魔王軍最高幹部の恐ろしき計画よ――人類よ、何も知らずにのうのうと生きる愚かな種よ! 知将たる我に平伏ひれふすが良かろうなのである!』

「いや、ビシってポーズを取るのもいいですけどケトス様。ヤキイモをガジガジしながら言っても、説得力……ないですよ?」


 と、声だけは良い吟遊詩人の彼は、だんだん私の世話が得意になってきたケントくん。


 正式なフルネームはたしか……。

 ケント=フォン=マルドリッヒ。


 ちょっと前まで魔王様と敵対する女神に魅了され、何かと便利な道具に使われていた、どっかの領主の放蕩息子である。

 いや、まあ神に魅了されていたのだから放蕩とはちょっと違うか。


『そうかなあ? イモをガジガジしながらポーズを取る黒猫って、たぶんめちゃくちゃ可愛いと思うんだけど』

「そりゃあ、まあ可愛いですけど。あのぅ……ちょっと言いにくいのですが、市場で盗み食いしながら逃走してる泥棒ネコにも見えますよ?」


 いや、ほんと可愛いんですけどねとフォローする彼は、ふぅ……と気怠いため息を一つ。


 色々と苦労をしたせいだろう。

 いまだその息は重い。

 恩人である私に恩を返すためだから、こうして共に旅をしているが。もしその目的がなかったらそのまま森の中に消えてしまいそうな程に、彼の心は不安定だった。


 私は猫の瞳で、じぃぃぃぃいいい!

 この世の不幸を一身に背負った様な、ケントくんの悲壮な貌をちらりと見る。


 見た目の印象は、翳を帯びた謎の吟遊詩人。

 どこか気品のある長身痩躯な男。


 随分と痩せてしまったその貌は妙な艶が出ている。

 女神と冥界神。

 二柱の誘いを受けた影響か、どうやら妙なスキルを取得してしまったようなのだ。


 スキルの名は、神に寵愛されし器。

 取得条件は高位の神格を持つ神、二柱以上から劣情を含んだ好意を持たれる事。

 その効果はステータスと呼ばれる人間の能力の一つ、魅力の数値を膨大に跳ね上げる事らしいのだが。


 実際。

 憂うケントくんの外面からは、神秘的な悲壮な美貌が滲み出るようになっていて――。

 宿屋のオバちゃんとか、露店のおばちゃんとか、年上の女性にいやあ、無駄にやたらとモテちゃったりするんだよね。


 その度に私は尻尾を膨らませて、ぐでーんぐでーん。

 ズイズイっと前に出て、我を撫でよ! とアピールして邪魔をするのだが。

 黒き猫を従える姿がまた素敵♪ と、彼の謎の魅力を引き立ててしまい、私はちょっと面白くない。


 結局はちょっと本気を出した私の魅了ネコマジックに掛かって、こっちを優先して撫で繰り回すから、まあ、いいんだけどね。


 ちなみに。

 私の人間モードの方がモテモテなのだとは、一応告げておく。

 うん。

 別に嫉妬とか。対抗意識とか、そういうんじゃないけど。


 私、神だし、ネコだし。

 そういう上下関係ははっきりとさせておこうと思うのだ、うん。


 ともあれ。


 赤とオレンジと黄色。

 綺麗な色の紅葉した葉っぱの群れの中でジャカジャカジャカと走り回って、私は尻尾をぷるぷるぷる。

 まんまるおめめを輝かせて、猫としての本能に火を灯らせてしまうのである。


『にゃははははは! ごめんごめん、いやあ。この辺は匂いも良くて葉っぱもいっぱい、イイ感じに積んであってさぁ。なんか、こう! 猫的にテンションが上がっちゃう場所なんだよね~!』


 モミジの絨毯の上でぴょんぴょんする私を見て。

 ケントくんは悲壮な顔立ちをジト目に変えて、じぃぃぃぃ。


「ケトスさまって、大魔族――なんですよね?」

『そうだよ?』


 ふと私は考える。

 肉球を猫口にあてて、んー?

 この馬車道で行ってきた侵略の数々を思い出してみる。


 積まれた葉っぱの山の中に頭から突っ込んで、くはははは!

 街路樹に実った柿をジャンプで叩き落とし、華麗にキャッチして、くははは!

 露店で購入したサツマイモもどきをこんがり焼いて、んにゃんにゃハフハフしながら食べ歩いたりして順風満帆。


 旅の供となっているケントくんの困り顔の肩に、ずじゃっと乗って――ますます困らせて遊んだりと、気ままな旅を楽しんでいた。

 うん。

 まあ、大魔族にふさわしい暴虐の数々である。


 私はこてりと転がり。

 手の甲をしぺしぺ舐めて、毛繕いしながら答える。


『私が大魔族だっていうのは、君だって力を見たから知っているだろうに。何か変かな?』

「変ではないのですが。ケトスさまは本当に、そのぅ……自由でいらっしゃるようで」


 木漏れ日に包まれながら、貴族詩人は濃い苦笑を零し。

 ふぅっ……と、甘い息をはく。


「ボクも……自由になれたのですが――少し、どこか胸の辺りにぽっかりと……穴があいてしまったようで……すみません。また、暗い話になってしまいますから止めましょう」


 と、在りし日の女神との思い出を、悲壮な苦笑の中に浮かべてしまうから、まあ。

 ほら。

 今度は向こうの山の精が、ぽっと頬を紅く染めて――。

 山、一気に紅葉しちゃったじゃん……。


 これ、女神とか、自然の精とか。

 そういう、神秘的な女性タイプの神とか魔を無差別に誘惑しているんじゃないだろうか。


『君、歩く強制魅了魔道具みたいになってるけど、自覚してるかい?』

「何の話ですか?」


 きょとんと、告げる彼の口からは自覚ゼロ。


 なんか長い間、女神の伴侶状態でいたケントくんは、その他にも多数の特殊なスキルを習得していたらしく、年上の女性を惹きつける能力を有してしまったのは確からしい。

 これ。

 一種の呪いみたいな効果で、相手を惹きつけちゃうみたいなのだが。


 まあ、モテるのは悪くないことだし。

 解くのが面倒だし。

 放っておいても、大丈夫そうかな……?


 神の加護とか、恩寵って……言葉を変えると呪いみたいなもんだしなあ。本人に影響を与えないように解呪するのって、けっこうダルい……いや、大変なんだよね。


 で――肝心な、そんな彼だが、彼は彼でもはや色々と達観してしまったご様子。

 色恋沙汰とは距離を置きたいらしく。

 いつも悲壮な貌で、失恋を奏でる弦楽器を手に詩人としての演奏スキルを発動するばかり。


 今もポロロンポロロン。

 とある死者の神から餞別だと譲り受けた神器、冥界神の竪琴ハープ・オブ・アポリュオンを奏でて周囲の樹木の精霊を魅了し、その嘆きの響きで涙を誘い。

 ザザザ、ザザザザァァァァ。

 と、樹々を泣かせて、葉擦れの音を知らず識らずに発生させている。


 この人。

 音痴なのに、楽器は上手かったんだね……。


 燃える恋色をそよがせる紅葉道は美しいが……、これ、そのうちなんか魅了しちゃいけないヤバイ者まで魅了しちゃいそうなんだよね。

 女性神って、やっかいなの、多いし。


 でもまあ。

 それはそれで面白そうだから――別に止めなくてもいいかニャ。


 ぶにゃははははは!

 ついつい、そういう悪戯ネコ心がでてしまうのは私の悪い癖なのだが。

 こればっかりは本性なのだから止められない!


 ともあれだ。

 長くなってしまったが、ここからが本題。


 さて。

 なぜこんな何もない呑気な散歩の途中で、突然記録クリスタルの記述を開始したのか。

 それには大きく、そして単純な理由がある。


 ちょうど、人の目がなくなったその時。

 蠢く気配に、私の猫眉から伸びる毛がぴょこぴょこと反応していた。


 敵意ある何者かが、隠密スキルを使って。

 徐々に、徐々にと近づいている。


 突然で大変恐縮なのだが、まあようするに。

 私達は敵に囲まれていたのだ。


 ◇


 街と街とを繋ぐ馬車道には、落ちぶれた冒険者たちが群れとなった野盗の類が湧きやすいとは聞いていたが。

 そういう類の存在だろうか?


 むろん。

 最強猫魔獣で大魔族である私には何の問題もない。

 悠然と周囲を見渡し――ぶにゃーっと猫の瞳を尖らせる。


 立ち止まった私に、ケントくんはハープをポロロンと鳴らしながら言う。


「ケトスさま? どうなさったんですか。歩くのが飽きたなら、抱っこして運んでさしあげますが。モフモフでかわいいですし、ボクは問題ないですよ?」

『いや、抱っこで運ぶのは後にしよう。どうやら、お客さんのようだよ』


 これは、大事な大事な。

 ドヤチャンス。

 敵が隠れていそうな場所に、フフンとネコ髯を揺らしながら魔力持つ嘶きを上げる。


『ぶにゃぁぁぁっぁん!』


 全ての魔法効果を打ち消す、長ったらしい猫の声である。

 これでこざかしい潜伏系のスキルは全部無効化。

 私は意識した高慢な態度で、猫口をうにゃにゃにゃ!


『さーて、どこの誰だか知らないけど。このまま顔も名前も確認されずにモブとして消し炭になりたくないのなら、出ておいでよ。三十秒の時間を上げようじゃないか』


 返事はない。

 どうやら戸惑っているようだ。


 ケントくんが、瞳に僅かな魔力を込めて周囲を探るが。

 すぐに監視の魔術を解き、私をちらり。


「誰もいませんよ? 気のせいじゃないんですか?」

『いや――間違いなく、いるよ』


 樹木の影が、わずかに揺らめく。


『まあ、彼等が使っていたのは高度な隠密スキル。それも、世界からもその存在を隠しきる程の最上位練度を保つ、達人のスキルだ。並の使い手ならば絶対に気付かれなかっただろうね。ではなぜ、それに私が気付いたのか。答えは単純さ』


 つぅっと瞳を細め。

 魔力を滾らせながら私は言う。


『残念だけど、私。並じゃないからね』


 三十秒経ったし。

 もうぶっ飛ばしちゃっていいかと、そう思った。

 その時だった。


「しばし待たれよ!」


 樹木の裏から、なにやら騎士っぽい姿の人間達がズラズラズラ。

 その中で一番レベルの高そうな、白銀のチェインメイルを装備した騎士が声を荒らげる。

 凛としたその声から判断すると女性のようであるが。


『ざーんねん、三十秒オーバーだ。じゃあ約束通り、天に遍く……』

「ま、待ちたまえ! 我等はマルドリッヒの正規軍だ! 下手に手を出すと、後でどうなるか!? 分かっているのか!?」


 簡易隕石召喚・無差別大爆発魔術を中断し、私は眉を顰め。


『マルドリッヒ? って、たしかケントくんの実家だよね。もしかして、連絡して迎えを寄越して貰ったりしたの?』


 ケントくんに問うが、彼は否定するようにポロロロンと竪琴を鳴らし。


「いえ、帰郷するとの連絡は入れましたが――迎えが来るとは一言も」

『ふむ……まあいいや。で? えーと、君は』


 言われた白銀鎧の女騎士は、はらりと伸びた金の前髪の隙間から碧眼を輝かせ。

 頭を垂れて、跪く。


「失礼した。我が名はエウリュケ。マルドリッヒ伯に仕える正規の騎士。どなたか存じませんが、力ある獣の方よ。此度の無礼をどうかお許しください」


 その頬は、緊張の汗で濡れていた。

 見る事のできない私の力の底。その一端を肌で感じ取っている事からすると――おそらく、それなりの使い手なのだろう。

 いわゆる英雄級である。


 まあ態度は悪くない。

 いきなりの服従のポーズというのは、ちょっと情けないかもしれないが。

 私みたいな天井を越えた存在相手には、それなりに効果がある。


 弱い者虐め、したくないしね。


 そんな。

 なんとか、この場を取り繕うとする彼女の一手をぶっ壊すように。

 脳まで筋肉でできていそうな頭の悪そうな男騎士共が、ずらずらずら。


「隊長! そんな奴らの話など聞く必要などありません、早急に手を下すべきです! この者が、あのケントなのでしょう!?」

「そうです。正義は我等にあり、見つけ次第斬首も止む無しと許可まで下りているではありませんか!」

「炎熱国家連盟の恥さらしめ!」


 と、なんかいきなし。

 お約束な罵倒をしだしちゃったよ、この人たち。

 これ、本当に正規軍なのか?

 いや、まあ正規軍って我こそが正義! みたいな連中が多いし、こんな感じでもおかしくないか。


 ともあれ。

 状況が分からないとなんともいえない。


『どういうことだいケントくん。なんか変な事になってるみたいだけど。心当たりは?』

「いえ、ただ――ボクがいない間に何かがあったか。または、魅了されている間に彼女が何かをしていたという可能性はゼロじゃないかと」


 なるほど。

 人間に化けていた女神リールラケーが、当時、なにかやらかしていた。

 という事もまあ、あり得ない話じゃない。


 ぶっ飛ばしちゃってもいいけど。

 全部力で解決するってのもスマートじゃないし。私は、まともそうな女騎士をちらり。


『エウリュケさんだっけ? とりあえずその鬱陶しい連中を退けてくれないかな? 私は一応、冷静な話し合いを望んでいるのだけれど』

「申し訳ない。ただ、そこの男。ケント=フォン=マルドリッヒには国家反逆罪の容疑がかかっているのです。こちらも引くわけにはいかないのだ。どうか、静かについて来てはくれないでしょうか?」


 怜悧な唇が、木漏れ日の中で震えている。

 よほど、私が怖いとみえる。

 それでも、自らの使命を果たそうとする姿勢は、まあ嫌いじゃない。


「隊長! このような反逆者と、デブ猫の声など」

「ええ、ええ! 聞く必要などありませぬ。どうせ、食っちゃね食っちゃね。怠惰な暮らしで太った使い魔猫なのでしょう!」

「あ!? ちょ、あなたたち、それはまずいですよ!」


 慌てて叫ぶケントくんの声を聞きながらも、私のモフ耳はびょこんびょこんと跳ね上がる。


『へ、へえ君達。ずいぶんとまあ、私に喧嘩を売ってくるじゃないか。もしかして、私が誰だか知らないのかい? しかし、私は紳士な猫だ。あと一回までは我慢しよう。いいかい、一生残る呪いを受けたくないのなら、君達は下がりたまえ。これは私からの慈悲と警告だ』


 冷静さを保った、私。

 えらいね?


 しかしだ。


 ででででででで、でぶ?

 麗しき魔猫たるこの私を、でぶ?


 いや、おちつけえ。おちつけえ。

 最近の私は、常識とか、にんげんのふつう、とか。そういう基準を覚えているのだ。


「隊長が情けをかけ、手を上げぬというのならば」

「我等が代わりに汚名を被りましょう!」


 それでも脳まで筋肉タイプな騎士達の歪んだ正義は止まらず。

 ギっと剣を抜き放ってこちらを、ぎろり。


「おまえたち、待て! いやいやいや、ほんと! 頼むから、やめてぇえええぇぇぇぇ!? その御方は恐らく、あの伝説の大魔……っ!」


 更に慌てて、涙まじりに血相を変えて叫ぶ隊長女騎士に構わず。


 騎士さんの。

 一人が、もう一度。

 こういいました。


「いざ、覚悟しろ。面妖なデブ猫め!」


 と。


 ぶち。

 チュドドドオッドドドオオオオオオオオオオオオオオオドドドドン!


 天から降り注いだのは。

 魔竜ぐらいなら軽く吹き飛ばす、隕石群。


 馬車道の地形が大きく歪んで、地図が変わってしまった事は言うまでもない。

 ったく。

 これで女の人が混じっていなかったら、半死半生状態じゃなくそのまま塵にしていた所である。


 いやあ、私。

 ちゃーんと手加減を覚えてるから、偉いよね~!


 ◇


 女性である隊長や、数人混じっていた女性騎士を除き。

 正規の騎士軍が、様々な状態異常を抱えてのたうち回る、焦げた馬車道。


 大魔帝ケトスたる私は、無傷のままで怯え固まる隊長女騎士にスッキリとした猫顔でぶにゃん。

 ぶっ放した大魔術に猫毛を輝かせ、にんまり。


『で、エウリュケさんだっけ? 冷静に話を聞こうと思うんだけど、どうかな?』

「ははははは、マジで……あの伝説の大魔帝だったわけよね、これ。こんなの、敵うわけないし……あぁぁぁああああああぁぁぁぁ、あたしの無敗記録がぁぁぁっぁあああぁぁっぁ!?」


 と、女騎士さんエウリュケは。

 それはもう、いろんな感情のこもった叫びを上げたのであった。





 まあ、こんな感じで。

 今回の騒動の始まりはマルドリッヒ領の紅葉に彩られた馬車道。

 その歴史に名を残す大爆発から開始されたのである。



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