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巫女の憂鬱【SIDE:幼女シャーマン・コプティヌス】中編



 死の皇子を讃える漆黒神殿の奥。

 供物が捧げられた祭壇には一羽のニワトリがドヤり。


 ドテりと座って、クワークワクワ!

 魔力持つ嘶きを上げ、むしゃむしゃむしゃ♪

 もこもこ羽毛を歓喜に膨らませ、くわ!

 神に受け取り拒否された通常の果物と魔術加工肉、通称ハムの山の中でバッサバッサ!


『うまい! うまい、じつにうまい! あやつめ、このような供物まで受け取っているとは許されざる大罪。いっぺん、とっちめてやらんといかんな、うむ』


 翼を羽ばたかせ、暴飲暴食の真っ最中。


 彼の者の正体はというと。

 大魔帝ケトスをしてヤベえと言わせる大魔獣ニワトリこと、神鶏ロックウェル卿。


 神殿の責任者にして祭司長コプティヌスは、もこもこな羽毛をジトーっと眺めながら思う。

 ――ああ、こやつも、あの魔猫様と同じく、「こういう」タイプか……。

 と。


 スイッチをオンにし。

 神に平伏する巫女としての顔で、ゆったりと頭を下げる。


「え、えーと……ロ、ロックウェル卿様? 此度は我が神の神殿へようこそおいで下さいました、力強き神の一柱よ。怨嗟の魔性とお見受けいたしますが――あのぅ、いったい、なにをなさっておられるのじゃ?」

『ほう、そこまで見えるとは――くくく、くわーっくわくわ! きさま、ただの幼女ではないな!』


 言葉を遮り、翼でビシっと器用に指差し言うニワトリさん。


 怨嗟の魔性との言葉に、ハムを銜えるニワトリの瞳がギロリと紅くギラついたのだろう。

 弱者ならその場で凍り付き。

 石のように固まってしまったであろう視線を受け止めて、コプティヌスは頬に汗を流すだけで努めて冷静に応じた。


「永遠なる死の皇子に仕える巫女でございますので、多少、魔力と本質を見る目が備わっているのです。それで――ロックウェル卿様? ケトス様のご友人であられるあなたが、なぜこのような場所に……。怠惰なりしも慈悲深きあの方はもう、既に旅立たれた後なのですが――」


 丁寧な口調をジトーっと眺め、ロックウェル卿はクワワワワワ!


 ハムの山からズジャっと舞い上がり。

 幼女の前で華麗に着地すると、ビシ!

 バサ!

 翼で再び妙な決めポーズを取って、嘴を上下させる。


『ふむ! いいだろう、答えてやる! だが――その前にだ! 余を敬う心、それはとても、たーいへん! すばらしいが、そういう畏まった言葉は要らんぞ。此度の余は元魔王軍幹部としてでも、霊峰に住まう神鶏としてでもなく、ただここを通り過ぎるために寄っただけであるからな! それと、あの図々しい男、魔兄レイヴァンへの供物は余がありがたーっく頂いているが、構わんな? もう手を付けてしまったので、今更返せと言われても困るのだがな!』


 クワーーックワクワワワワワ!

 と、テンションの高いロックウェル卿の貌はほんのりと紅くなっている。

 どうやら、ここに来る前に既に酒を嗜んでいたのだろう。


 緊張に滲んでいた汗を拭き。

 コプティヌスは、ほっと、ちんまりとした胸をなでおろす。


 ――まあ、敵意はなさそうじゃな。というか、おそらく……この者は紳士。敵視する人間といえど、女子供には手を出さんタイプじゃな……。


 必要以上の敬語は無礼にあたると察したコプティヌスは、にんまり。

 大魔帝ケトスと接した時の口調を意識し、そっとニワトリに微笑みかける。


「それでは失礼して。それらの供物は我が神から受け取り拒否された品。わらわ、独りでは食べきれんでな。無駄にしてしまうのも忍びない……好きなだけ食べて貰って構わぬが――それで……ロックウェル卿様? バリバリバリと包装紙を散らかしまくってる所を、恐縮なのじゃが聞かせてくれんかのぅ? 普段霊峰から動かぬとされるそなたが、何故なにゆえに、このような火口付近まで? まさかわざわざ供物を盗み食いしにきたとは思えんし、理由があるのじゃろ?」


 告げる幼女の前で、ニワトリさんは自由奔放。

 我が物顔で神殿を歩き回り。

 かっしゃかっしゃ。

 火山全体を揺らすほどの大魔法陣を形成。


 魔術の構成は単純。

 調理場召喚魔術である。


 十重の魔法陣で生み出した簡易キッチンで、ちゃっかり分厚く切ったハムをフライパンで炙りながら卿は言う。


『うむ! 用があるのはそなたの後ろにある、その祭壇である』

「我が神への供物の祭壇に用とな?」


 振り向き跳ねる長い黒髪。

 その視線を追うようにロックウェル卿も祭壇を見上げ――翼の先で顎をコケコケ。

 魔力を解析するように紅き瞳を輝かせる。


『その祭壇は一種の魔術スポット、生者と死者との境が曖昧な場所。すなわち! 冥界にあるとされる死者の宮殿へと繋がる場所の一つ! 冥界下りのスキルはレア過ぎて余は持ち合わせておらんからな、徒歩で行かねばならぬのだ』


 まったく、ケトスはあのようなスキルをどこで手に入れたのか。

 と、ぶつぶつ呟きながらも卿は続ける。


『それで検索魔術で調べたところ――余が寝泊まりしている最上級スイートなホテル、ホテルロイヤルガイランから最も近き場所がここであったようであるからな。ちと、祭壇を借りに来たというわけだ。どうだ小娘よ、矮小な人間の知恵とて、理解はできたであろう!』


 言って、ニワトリさんは自分自身と、そしてコプティヌスの前に炙り焼きハムステーキの皿を差し出し。

 食えと促し、自分の分のハムをナイフとフォークで優雅に切り分けて――クチバシでパクリ。


 トサカを紅く染めて、くわわわわ!


『うむ。なかなかどうして美味ではないか! ほれ、幼女よそなたも食え。まだうら若き娘が、遠慮などするものでない。余を見習い、もっと悠然と堂々と生きるとよいぞ!』

「は、はぁ……。まぁ……そなたのように堂々とは……さすがに無理じゃが……。ともあれ! これはありがたく、いただくとするかのう!」


 断る事も無礼だと、幼女は濃厚で芳醇な焼けたハムの香りに瞳をキラキラさせる。

 差し出されたフォークをぎゅっと握って。

 ムシャムシャムシャ。


 幼女の瞳はぶわっと輝き。

 ふんわりほっぺを蕩けさせる貌は、思わず声を上げていた。


「おぉぉおおおおおぉぉー! なんと! なんとも、美味なハム肉よ! 加工肉とは冷たく硬いイメージであったが、これほどまでに美味いモノだったとは! 妾はいままで知らなかったぞ」

『そうであろう! そうであろう! クワワワワワ! 余が焼いたのだから、当然であるがな! なにも調理スキルはケトスだけの特権ではないという事がこれで証明されたわけである! 今度、あやつにも食わせてやるか!』


 幼女からの称賛に、ロックウェル卿はモフモフな胸肉部分を膨らませて、むふー!


 聡い幼女は、ようやく気が付いた。

 このニワトリ、大魔帝ケトスの事をよほど好いておるのだと。


 同じく、あの魔猫を慕う者として、コプティヌスはほんわかと、胸が温かくなっていた。

 その温かさは炙り焼きハムステーキだけのモノではないと、彼女もちゃんと理解している。


『娘よ、詳しい話は後だ。今はこの余が生み出した、素晴らしきハムステーキさんに意識を集中させるがよかろうなのだ!』


 ビシ!

 バサ!


 もふもふ羽毛を自慢に膨らませ舞い踊るニワトリに促され。

 コプティヌスも頬を緩めて、えへへと微笑んだ。


「そ、そうじゃのう! 断るのも失礼じゃからな!」

『うむ! 余も一人で完食したとバレたら魔王様に叱られるでな! これぞ利害の一致ぞ!』


 二人はしばらく。

 食事に集中した。


 ◇


 コプティヌスは久々に他人と一緒に食べる御飯に、ついつい緩んでしまう頬を自覚していた。

 本当は、あの魔猫と一緒に旅に出たかった。


 それはあのモフモフ魔猫を気に入っている、という側面もあるが単純に。

 棺桶のようなこの宮殿と祭壇の外。

 一時でいい。

 たまには自由に生きたかったのだ。


 けれど、それは叶わぬ夢。

 口では何度も外の世界に行くのじゃ! と、無邪気に見せても本当は知っていた。

 もはや、この身は長くはないと。

 だったら最後に、好きな所に行き、好きな所で遊び。

 好きな所で死ぬ。


 そんな自由だって、一応はある。


 それでも。

 わがままはできない。


 恩人に無理やりついて行き、旅先で魔力崩壊を起こし死んでしまう――そんな迷惑を掛けるなど、死ぬよりも恥ずかしい事だ、と。

 幼き頃から死生観を強く意識させられていた、彼女はそう感じていたのだ。


 食事が終わり。

 コプティヌスは脂のついた口を、てちてち手の甲で拭いながらロックウェル卿に言う。


「それにしても、そなた。まだあのホテルにおったんじゃな。たしかにあそこはガイランの街で一番大きな宿泊施設であるが」


 召喚したハンカチを幼女に渡してやりながら、ニワトリは言う。


『なかなかに住みよい場所なのでな! 朝食に出される半熟たまごはこれまた格別……あ、思い出したら、翼がムズムズ。たしか、羽毛のどこかにしまっておいた……のだが、おー! あったあった! んー! 実に美味い! 余の舌を完璧に唸らせる境地までにはちと足りんが、まあ人間族にしてはなかなかのできではないか! あとで褒めてやるとするか』


 幼女は、ニワトリがたまご目当てに滞在って……っとつっこみを入れかけるがぐっと我慢をする。

 もしそれが地雷だったとしたら面倒だという判断だ。


「伝説の神鶏様に褒められるなら、きっとホテルも誇りじゃろうて。それに、おとぎ話の登場人物であるあのロックウェル卿様がお泊りになり、しばらく滞在されたホテルとなれば評判も上がるというモノ。しばらく有名にもなるじゃろうからのう。それも需要と供給。利害関係の一致というやつなのじゃろうな」

『ホテルのスタッフは優秀であるぞ。不手際があったら石化させて持ち帰ってやろうかとも思ったのだが、その隙もないほどにな』


 そんな冗談を言うロックウェル卿だったが。

 幼女は知っていた。

 これ、マジだな……と。


 大魔帝ケトスに、かつての魔帝ロックの人となりを聞いていなかったら、冗談だと思い込んでいたのだろうが。

 ともあれ幼女は立ち上がり。

 神殿の巫女として、来訪者に向かい神秘的な顔を見せ言う。


「さて――話は分かった。つまりそちは、冥界に……というか、我が君、あのセクハ……レイヴァン様に用があるという事じゃな。たしかに妾なら、神と巫女の関係性を用い、道を作る事も可能であろうが――」


 レイヴァンの単語に反応し、ロックウェル卿はズジャっと舞い上がり。

 ビシ!


『クワワワワーッ! あの煙草ぷかぷか男めが、余を差し置いてケトスと仲良くなりおって! その辺の立場というモノをはっきりさせておくために、ちょっと会いに行かねばならぬ! どちらが先輩か。どちらがケトスと親しいか、勝負にすらならないことをあやつに教え諭し、説教をしてやらねば気が済まぬ。そういうわけだ、人の器でありながら並々ならぬ魔力を滾らせる巫女の娘よ――祭壇と汝の力を借りるぞ』


 と、真剣な顔で頷くニワトリ。


「か、神に、せ、説教とな?」

『うむ。神といえど所詮は魔族。それに余も神だ。そこに何の問題もなかろうて』


 やはり突っ込みたくなる部分をぐっと我慢し、コプティヌス。


「まあ供物が転送できるのなら、そなたを直接転送することも可能であろうが……いや、しかし……いいのかのう」

『構わぬぞ、余を供物として転送するとよい』


 ドヤっと祭壇の前で翼を掲げるロックウェル卿を見て。

 幼女はじぃぃぃぃっと困ったように瞳を細める。


 一応、あの地は死者の国。

 大魔族といえど、生者であるニワトリを送り込むのはどうなのかと悩んでいるのだ。


 生者か。

 と、コプティヌスはわずかに胸を冷たくさせた。


 炙り焼きハムステーキでぽっかぽかになっていた心と胸が。

 すぅっと現実に戻されていく。


 死者と生者の境が曖昧なこの神殿と祭壇。そこで祈り続けなければ彼女は生きられない、そしてそれでもいずれ、限界を迎えて消えてしまうだろう命。

 コプティヌスは分からなくなっていた。


 自分が生者なのか、死者なのか。


 ――魂を誤魔化し生きている妾と動く死者(アンデッド)。そこに違いなど、あまりないのかもしれんな。


 そんな心が浮かんでしまう程に――。

 分からなくなっていたのだ。


 そんな幼女を見て、ロックウェル卿はふと瞳を尖らせる。


 彼女の顔に何を見るのか。

 紅き魔眼を発動させて、じぃぃぃぃっぃいいいい。


『なるほど、そういうことか――ケトスめ。謀りおったな』

「ケトスさまじゃと? あの方がどうかなさったのであるか?」


『いや――』


 翼で嘴をツツツと撫で――。

 ふーむと唸りを上げる。

 しかし、敢えてそれ以上は語らず。


 なにもみなかった貌で、コケケと横に首を倒す。


『まあよい。それよりも娘よ、そちこそどうかしたのか? なにやら悩んでおったようであるが』

「ふふ、なんでもないのじゃ。ちと、あの魔猫様のように――センチメンタルとやらになっていただけの話じゃ」


 言って、笑顔を作ったコプティヌスは頭を切り替える。


 目の前の、ずんぐりむっくりなニワトリさんを見て。

 供物を見て。

 祭壇の魔法陣を見て。


 うん、と頷く。


 ――ま、まあ……ニワトリなのじゃから供物として転移させても、問題ないか。


 と。

 巫女の憂鬱はまだ続く――。



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