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鎮魂 ―死者たちの望み・後編―


死神霊祭・鎮魂歌サイレント・レクイエム


 言葉は奇跡となって浄化と魔術、両方の力を発動した。

 天からは十字架が顕現し。鎮魂の鐘が鳴る。

 闇の底からは死を司る最高位の死神が召喚され、亡者たちの、この地への未練を鎌で断ち切る。


 キィィィィィィン……。


 坑道を包む大規模な魔法陣。私の生み出した奇跡が、神の祈りとなって天への道を作り出す。

 死神が恭しく私に礼をし、闇へとその姿を溶かして消えた。


 亡者の声が届く。

 あ、あ……あ……。

 もはや、言葉を喋る機能も残っていなかったのだろう。

 けれど。

 彼らの朽ちた眼球は、確かに私を眺めていた。

 私に向かい、助けを求めるように朽ちた手を伸ばしてくる。

 亡者の声が届く。


 ――死をふりまく……まてい、ケトス……さま。ああ、我らが憎悪の悲願がつい……に……。あの子が……やってくれたのです……ね。

 ――あのこが……いきて……ああ、そう。そうなの……ね。

 ――ああ、これでようやく……ねむれるんだね、かあさん。

 ――あなた……。


 躯が手を繋ぎ合った。

 もはや擦り切れた骨を互いに抱き寄せ、愛おしそうになぞっている。

 カタリ……カタリ。

 頬に手を添え。

 朽ちゆく骨に構わず。

 いや、もはや崩れてしまうからこそ強く抱きしめ合い――。

 崩れていく……。

 死者の口付け……最後の別れ……か。

 夫婦の亡者だったのだろう。

 死しても尚、抱擁するその姿には魂の美しさを感じるが、それはおそらく……酷く物悲しい美しさなのだろうと、私は思う。


 ――ケトスさま……どうか、どうか人間をすべて、ほろぼしてください……。

 ――もし、あのこがいきのこっていたら……すまなかったと……つたえ……て。


 亡者たちがキラキラと光を流して天へと消えていく。

 その輝きは涙ではなく、ただの魂の残滓。

 その筈なのに。


「涙……?」


 誰かがそう呟いた。


 躯はあの子と言っていた。

 あの子供が、憎悪のままにこの環境。

 同胞の遺骸による召喚儀式を作り出したのだとしたら。

 どれほどの苦労をしたのだろうか。

 人間を滅ぼすため、大魔帝クラスの魔を呼び復讐するために尽力したのだとしたら。

 どれほどの絶望と憎悪だったのだろう。

 私には分からなかった。

 魔女マチルダが祈る私の手を見て、呟いた。


「浄化の奇跡と神霊クラスの死霊召喚。それも最高位の……本当に使えるだなんて。神の祝福を魔族であるあなたがどうして使えるの……」

『私が猫様で偉いからに決まっているだろう!』

「あの、今回のわたしは真面目に聞いているんですけど」


 ちょっと怒っているようだ。

 気まずそうに後ろ足で耳を掻き、私はふぅと息を吐く。


「ケトス様、あなた――何者なの……?」

『何者か……ふむ』


 魔を呼ぶ原因となっていた亡者達の魂を救いたいと願っていたのは真実だ。

 だから、術は発動する。

 魔術も奇跡もスキルも、モトをただせばやはり同じ力に過ぎないのだろうと私は思う。

 それに。

 もしかしたら私の中の人の心は、まだちゃんと生きているのかもしれない。

 だから、魔族であっても神の奇跡が使えるのだろうか。

 私は一体、なんなのだろう。

 何者なのだろうか。

 自分でも、分からないのだ。


 真実は分からないが。

 私は彼女の瞳を覗いて、小さく、苦笑した。


『まあ……色々とあるのさ』


 私の苦笑に彼女は何も返さなかった。

 ただ静かに。

 黙り込んで、私の瞳を覗いていた。


『どうしたんだい?』


 声をかけると。

 彼女の瞳が大きく揺らいだ。


「あ……ごめんなさい。なんだかケトス様が――あんまりにも……落ち着いた声を出されていたから……その」

『ん? 私はいつだって落ち着いた声じゃないか?』


 揺らいでいた瞳が、ジト目に変わる。


『さて、まだここの他にも彷徨っている亡者がいるはずだ。ギルドの皆も待っている、ささっと順番に浄化していこう』


 くわぁぁぁぁっと身体を伸ばし、私は立ち上がる。

 彼女も探査魔術で周囲を探りながら。


「そうね。あまり長居もできないでしょうし。ただその前に」


『なんだい』

「ありがとうございます、ケトス様。人間の代表……と、魔女のわたしがいったら他の人に怒られちゃうか、とにかく、礼を言わせていただきますわ」


 ありがとうね、と。

 微笑んで。

 その優しい掌が、私の頭を撫でた。


 私は少しだけ照れてしまったようで。

 ヒゲがぴんぴんとなってしまい、誤魔化すように欠伸をした。


 ◇


 私たちはこの地を浄化して回った。

 牢獄の中。

 凍えそうな程に冷たい土塊の床。爪で書かれた呪いの言葉を魔女が指でなぞる。


「おかあさんを殺した人間を絶対に許さない、か。やるせないわね」


 カンテラの灯りで浮かびあがる魔女マチルダの赤い唇が、ぎゅっと、切なそうに結ばれる。


『君は大丈夫かい?』

「ええ、魔女ですもの。魔女はまず最初に迫害の歴史から学ぶから」


 生贄や悪魔召喚。土着のまじないなどを扱う魔女という職業は色々と誤解を生みやすいのだ。

 かつて私が生きた地球と同じく、それなりに酷い扱いを受けた時期があるらしい。


『なんで魔女になったんだい。君ほどの才能なら他にも選択できただろうに』

「まあ魔女の家系ですし。それに、わたしの占い、未来予知能力はきっと誰かの役に立つモノだって信じているから」


 彼女は不器用な笑みを作って見せた。

 美しいと。

 そう思ってしまった。


『辛くはないのかい?』

「それは、まあ……たまにはね」


 何か嫌な記憶を思い出したのだろう、眉を下げた彼女も苦笑した。


『今回の始めみたいに、信じて貰えないことも多いだろうに』

「まあそれは仕方ないでしょ。わたしだって知らない人がいきなりやってきて、この街は滅びる! なんて言われても信じないでしょうし」


 魔女は思考に耽るように瞳を伏し。

 カンテラの灯りを覗き込んで。

 光に向かい唇を動かした。


「それでも、わたしは決めているの。信じているのよ。人間の命は、助ける価値があるものだって――信じているの」


 紡いだ彼女の言葉が、私の魂を撫でた。


 ああ、やはりこれが人の美しさだ。

 この輝きこそが、私が失ってしまった光だ。

 人は醜いだけの生き物ではない。

 彼女はそれを思い出させてくれる。

 欲しい、思い出したい。

 人間であった頃の魂を思い出したい。

 ……。

 いや。

 もし人の心を取り戻したとしても、きっと彼女ほどの美しさにはならないだろう。

 この美しさは、彼女だからこその美しさなのだ。


「なによ、人のこと見つめちゃって」

『素敵だなって思っただけだよ』

「なっ……――」


 彼女は少し惚けた様子で黙り込んでしまったが、しばらくしてはぁと深く肩を落としながらつぶやいた。


「まさか猫にそういう言葉を言われるとは思っていなかったわ」

『にゃふふふふ、私に惚れたな?』

「それはない」


 即答である。

 けれど。


「はぁ、まあ……もしあなたが人間だったら――ちょっと危なかったわよ。さっきもなんか、ネコのくせに妙にくたびれた色気出してたし……良かったわ、素敵だけどぶっとんでる大魔帝猫様で」


 顔を赤らめ。

 彼女は冗談めいた口調で、そう言った。

 一瞬。

 もし私が、元人間だったと言ったらどんな表情をするのだろうか。

 そんな思考が脳裏を過った。

 きっと驚いた後。

 ごめんなさいと寂しそうに詫びたのではないだろうか。


 私はこれでも本当に長く生きたのだ。

 敵とはいえ人間との交流が皆無だったわけではない。

 前にもあったのだ。

 私が元人間で。

 その自覚があり。

 それでも魔王様に従い人類と敵対すると知った時。


 ごめんなさいと泣いた女が、いたのである。


 もし、人間だったとしたら?

 それは呪いの言葉。きっと言ってはいけない悪戯だ。


 まあ。

 悪戯好きな猫の私だとしても、その悪戯をする気はない。

 おそらく冗談だった発言なのに、きっと彼女は困ってしまうだろう。

 だから。

 いつものように、私は――にゃふふと猫笑いをした。

 人間としての私が。

 そうしたいと思ったからだ。


『さて、そろそろ今回の件も解決する。じゃあ行こうか』


 ◇


 憎悪を謡い続けていたアンデッドは浄化された。

 あとは魔術装置を止めるなり、破壊するなりすれば解決か。

 私たちは更に奥へと進む。

 そして。

 ここが終着点か。

 血塗られた大地に、幾重にも連なり複雑で大きな魔術陣が設置されていた。


『ロックウェル卿の紋章だね。だれかがこの地の憎悪をエサに彼を指定して呼び寄せているようだ』

「誰よ、その迷惑な奴は」

『さあ、ここの場所の関係者、滅ぼされた先住人種の生き残りじゃないかな。まあ人間に滅ぼされる前に、彼ら自身が召喚陣を設置していたのかもしれないけれど。こんな事なら浄化する前に事情を聞けばよかったかもね』


 もっとも。

 あの状態の亡者が会話をできたとは思えないが……。

 アレらの精神はおそらく、生前の段階で、既に壊されていただろう。


「それでこの陣は消せそうなの?」

『いやその必要はない、彼はもう来ている。既に召喚された後だね』


「え?」


『ほら、そこにいるだろう』


 肉球で示す先にいたのは。

 一羽の怪鳥。

 血よりも赤い鶏冠。太古の竜を彷彿とさせる禍々しい眼光。

 肉骨さえ抉る鋭い嘴。雄々しく優雅な長尾。


 今、その伝説の神鶏が嘶きを上げる。

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